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オバマ大統領の広島訪問

 5月26、27日開催の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の後にオバマ大統領が広島を訪問することが日本政府に伝えられた。アメリカの現職大統領が広島を訪れるのは初めてである。その目的は、すべての犠牲者を追悼するとともに、「核の使用を二度と繰り返してはならない、核兵器のない世界を実現させる」意思表明であると報じられた。

 オバマ大統領は就任直後に広島訪問の意思を、また2009年のプラハ宣言で「核のない世界」の実現を表明、これによりノーベル平和賞を受賞した。就任から約7年半、広島訪問がやっと実現する。
 
 安倍首相が同行することも、世界のマスコミが一斉に報じた。記者会見(5月10日晩)での安倍首相の「ともに追悼」をも含め、マスコミの反応は好意的で、アメリカでも批判的な記事はほとんどなく、これを機に核廃絶への世論喚起に言及する記事が多かったという。

 広島の原爆投下と原爆反対運動に関して私も強い関心を持ち、本ブログでも取り上げた。私自身が参加した「広島・アウシュビッツ平和行進」(1962~63年)については「我が歴史研究の歩み(連載)」の【4】~【9】にあり、とくに1962年秋、地中海で目の当たりにした【6】「キューバ危機」(2015年11月16日掲載)をご覧いただければありがたい。

 広島に関してアメリカの世論は敏感である。1945(昭和20)年の原爆投下が日本軍の真珠湾攻撃(1941年)で始まった太平洋戦争を終結させたとする「原爆有効論」(原爆投下正当論)が根強い。原爆投下について謝罪すればこれを否定することになるという見解があり、米大統領の被爆地広島訪問自体がそれに通じかねないとする見解もある。

 ここに至るまで、米政府関係者の広島訪問という3つの行動が前提にあった。第1が2009年のルース米駐日大使、第2が昨年のケネディ米駐日大使、第3が今年4月11日のケリー国務長官である。

 ケネディ大使はケネディ元大統領(JFK)の長女、5歳のときホワイトハウスでキューバ危機(1962年)を経験、核戦争の恐怖を子どもながら痛感しており、また学生時代の1978年には叔父エドワード・ケネディ上院議員とともに広島を訪れている。大使就任前は弁護士・作家・編集者として活躍。

 ケリー国務長官はベトナム戦争を海軍で体験、その後も退役軍人に強い影響力を持つ。G7外相会議で広島を訪れた今年の4月、原爆資料館を訪問、その率直な印象を語ると同時に、「すべての人が広島に来るべきだ、大統領もその一人になってほしい」と述べたことは記憶に新しい。

 71年前の1945(昭和20)年8月6日(月曜)午前8時15分、広島に原爆が投下された。その時、日本人市民、軍関係者、建物疎開作業に動員された周辺町村住民のほか、日本の植民地だった朝鮮・台湾や中国大陸からの人々、強制徴用された人々、中国や東南アジアからの留学生、アメリカ軍捕虜などの外国人を合わせて約35万人の市民や軍人がいたとされ、原爆による死者は約14万人(「広島市ホームページ」)、うち米軍捕虜の死者12名が明らかにされた。

 これらの事実を考えると、「すべての犠牲者を追悼…」のすべてとは、日本人にとどまらず、米軍捕虜をふくめ犠牲となったすべての人々を含む。

 その後71年間、核兵器開発競争が進み、世界の核保有国は核拡散防止条約NPT批准の5か国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)のほかインド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルとなり、配備済核弾頭は4300個、未配備または解体待ちは11380個(2015年の推定、概数)、うち米ロ両国が約9割(両者でほぼ半々)を占める。「核のない世界」はいっそう重要性を帯びている。

 オバマ大統領は、ベトナム訪問を終えた25日夕方、専用機エアーフォースワンで中部空港に到着、全国3500カ所で7万人の警察官を動員した厳戒警備のなか、ヘリコプターで志摩観光ホテルに入った。

 サミット最大の課題は世界経済の将来に向けて講じるべき措置であった。その重要性は言うまでもなく、世界経済の新たな危機回避に政策を総動員する首脳宣言をまとめたことは大きな成果である。継続する課題は、100日後に中国江南の杭州で開かれるG20(先進国+新興国の20か国)で議論される。

 27日午後、オバマ大統領はサミット会場から中部空港経由、岩国基地へ飛び、ヘリコプターで広島に入った。安倍首相の出迎えを受け、ともに原爆資料館(1955年に開館、広島平和記念資料館)を見学、「核兵器なき世界を追究する勇気を持とう」と記帳した。

 原爆慰霊碑前は、坪井直さん(91歳、原爆被爆者団体協議会代表委員)、森重昭さん(78歳、自身も被爆者、被爆した米兵捕虜の実態を調査した研究家)たち少数の被爆者代表と、岸田文雄外務大臣(広島一区)、松井一実広島市長、田上富久長崎市長ほか約100名が待つ、静かな慰霊の場となった。

 オバマ大統領と安倍首相が献花、ついでオバマ大統領が「71年前のよく晴れた朝、空から死が降ってきて世界は変わった。…私は原爆の恐ろしさに思いをはせ、犠牲者を悼むために広島に来た。…被爆者から学び、戦争が起きにくい世界をつくっていく…」と語った。現職アメリカ大統領訪問の「歴史的瞬間」である。

 安倍首相の演説についで両氏は被爆者代表のもとに歩み寄り、オバマ大統領は坪井さんの手を握って言葉に耳を傾け、森さんを抱擁、「被爆者から学ぶ」ことの重要性を示す謙虚な行動と思われた。

 報道では被爆者の9割が「まずは現実を見てくれた」と大統領の広島訪問を評価(翌朝の朝日新聞)、また被爆経験の語り部の池田精子さんは「世界の世論が変わって来た」と語る(翌朝の読売新聞)。世論調査ではサミット外交を62%が、大統領の広島訪問を92%が評価している(日本経済新聞社、5月30日)。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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