月一古典(つきいちこてん)

 2014年4月、この「加藤祐三ブログ」を始めて、もうすぐ2年になる。東日本大震災に突き動かされるようにして、翌日の2011年3月12日から始めた「都留文科大学 学長ブログ」を引き継いだもので、合わせると5年になる。
 ブログの冒頭に大きな漢字で「月一古典」、下に「つきいちこてん」と振っているのを、どういう意味かと時おり質問される。新年にあたり、月一古典の由来をふり返ってみたい。
 これは「三訓」と称した私の人生訓の一部であり、自戒でもある。拙稿「史観と体験をめぐって」(横浜市立大学論叢・人文科学系列第54巻、2003年)に横浜市立大学長(1998~2002年)として最後の卒業式式辞(2002年3月)を再録したが、新たな世界へ旅立つ卒業生へ贈る言葉として三訓に触れた。
 その9年後、2011年3月、東日本大震災が起きる。収束の時期さえ定かではない福島第一原発の事故から1カ月、都留文科大学長(2010~2014年)として新入生に語りかける4月の入学式式辞に三訓を添え、大学ホームページにも載せた。ここから一部を再録したい。なお『学長ブログ』(本ブログのリンク)に「新入生を迎えることば」を載せたのは翌2012年からである。

 みなさんの活躍する時代は、今回の大震災に直面して、価値観も社会システムも大きく変わるでしょう。その姿はまだ見えていません。いつの時代においても未来は不透明で見えにくいものですが、見えないものを明らかにしたいという探究心や想像力が人間には備わっています。こうして我々は文学・芸術・思想を編み出し、大海原へ漕ぎだし、果てしない宇宙へと世界を拡げ、人文社会科学や科学技術を創造してきました。
 新しい価値観や社会システムの推進には、若者の柔軟な発想と力が不可欠です。人間は一生をかけて成長しますが、青春時代に得たものの影響は甚大です。これから教師や書物を通じて勉学に励む時、部活やボランティアで絆(きずな)を深める時、そして遠く親元を離れ大人として社会とかかわる時、自分の内面から湧いてくる考えや感覚を信じ、大切にしてほしい。それがたとえ漠然としていても、これこそが一人一人にとって個性的で本源的なものだからです。
 千年前を振り返ると、日本は平安時代で、「源氏物語」、日本最古の医学書である「医心方」(いしんぼう)、羅針盤などの4大発明を生み、世界ではアジアがもっとも先進的な役割を担っていました。現在は最先端の科学が時代を牽引しています。便利な電化製品、交通手段等々は多くの利便性を与えてくれるとともに、不透明性を内包しています。これからは、歴史的に蓄積されてきた人類の英知を再点検し、地球を支える新たな仕組みを創り出す時代に入ります。
 私自身がみなさんと同年輩であった青年時代から、半世紀以上が経過しました。私には記憶に残る強烈な体験が、大きく分けて5つあります。第一が1945年の東京大空襲と集団疎開、それにつづく戦後の食糧難です。第二が戦後数年間を経ての戦後復興と安保闘争です。第三が団塊世代を中心とする学園紛争から高度経済成長への時代です。本日ご列席のご家族の方には、その世代の方がおられると思います。第四がバブルとバブル崩壊の四半世紀であり、みなさんが生まれ育った時代です。そして第五が二十一世紀、経済や情報のグローバル化時代です。そこに今回の大震災が起きました。
 この間、社会も環境も教育も大きく変化しました。温故知新という言葉があるように、みなさんは機会をとらえて、ご家族や年長の方々がどのように生きてきたかを尋ねてみて下さい。その会話を通じて、ご両親や祖先の時代を知り、今後どのような社会を築いていくか、未来の担い手として考えてみてください。
 最後に、自分を前向きに転換する心構えについて、私の3つの人生訓、示唆、すなわち通称「三訓」を進呈しましょう。いつの時代にも通じると思います。
 第一が「アシコシ ツカエ」です。「直立二足歩行」は人類だけが得た能力であり、そこで重たい脳と広い視野を獲得しました。それを支えるためのアシコシが大切です。ともすると軽視しがちですが、「心身の活動と休息のリズム」を身につけてください。心と体は密接に関連しており、身体を動かせば心も活発に働きます。
 第二が「ツキイチ コテン」です。月に一度は意識的に古典に触れてほしい。長い歳月を経て感動を与えるものを古典と定義すれば、古典とは文学、芸術、思想、あるいは城や石垣、神社仏閣、橋など、人間が生み出したものにとどまりません。人為を超越した山や川、樹木や巨石なども古典に入ります。
 「山紫水明の大学町」都留は、山青く、水清らかで、天下に名だたる秀麗な富士山をあちこちから仰ぎ見ることができます。桂川から引水した家中川が街中を流れています。こうした広い意味の古典は、身近にたくさんあります。
 第三が、自分と世界との関係です。「セカイヲ ミスエ モチバデ ウゴカム」(世界を見すえ 持ち場で動かむ)です。最後のムは「動くぞ」という決意を表わします。順調な時も、行き詰まった時も、折りにふれて、自分の持ち場が大きな世界と結びついていることを感じとって欲しい。
 自分の生きる場と世界を関係づけると、視界が開けます。世界に志を同じくする人々がいると自覚する時、勇気が湧いて、持ち場は揺るぎないものになります。本学には全国から学生が集まっており、さまざまな出身地の人たちがいます。今日の出会いを大切に、世界を拡げる第一歩にしてください。

 この「三訓」の第2「ツキイ チコテン」をひらがなに換え、本ブログのキャッチコピーとした。三訓につける解釈はその場・その時で異なるが、基本は今も変わらない。 
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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