「東アジアの近代建築」から30年

 11月29日(日曜日)、東京港区の建築会館でシンポジウム「東アジア近代建築史研究の回顧と展望-『東アジアの近代建築』から30年-」が開かれた。副題の『東アジアの近代建築』は村松貞次郎先生退官記念シンポジウムの記録であり、村松伸・西澤泰彦編で刊行された(非売品)。
 このシンポジウムに参加した人たちの裾野は広い。30年=1世代と言われるが、村松伸さん(東京大学)や西澤さん(名古屋大学)の世代が現役の今、総括と展望を行う意義はとても深い。
 村松貞次郎さんの後任となり、その後の研究を先導したのが藤森照信さん(東京大学名誉教授)や堀勇良さん(元文化庁主任文化財調査官)であり、堀さんに言わせれば40年組、後で分かったが1940年代生まれを指す。今回の企画の責任者は1950年代生まれの村松伸さんと1960年代生まれの西澤さん、そこに1970年代生まれの谷川竜一さん(金沢大学)たちが加わり、発表者は1970年代生れが多かった。土台のしっかりした健全な年齢構成と言える。ちなみに私は1930年代生まれ、藤森さんの10歳上である。
 29年前になるが、上掲の村松さん、西澤さんや藤原さんら若手に声をかけられ、私が編著者の形で『アジアの都市と建築』(鹿島出版会 1986年)を刊行した。私は都市史には関心を持っていたが建築史とは無関係の、近代アジア史専攻である。編著者とは名ばかり、短く冒頭の挨拶を書いた程度である。
 この6年前、私は『イギリスとアジア-近代史の原画』(岩波新書 1980年)を刊行、在外研究でイギリスに滞在し、「西から東への影響」と「東から西への影響」を設定、「19世紀アジア三角貿易」(18世紀中ごろに始まる)を解明し、ついで『黒船前後の世界』(岩波書店 1985年)を出版、そのⅣ「香港植民地の形成」、Ⅴ「上海居留地の成長」の2章で、香港や上海の初期都市形成を扱った。これが私に声をかけてくれた一因であろう。
 建築を歴史的に研究する建築史の分野は、「史」が付く通り、歴史家の仕事と交差するが、私の主な関心は「都市」にあり、なかでも19世紀中ごろに誕生して急成長する上海、香港、横浜に置かれていた。これが彼らとの接点である。
2014年5月、西澤さんから1通のメールが届いた。『東アジアの近代建築』刊行から30年になる2015年、総括のシンポジウムを企画しているという。
 また学術振興会の外国人特別研究員(2010~12年)として受け入れた陳雲蓮さん(中国)が、ケンブリッジ大学図書館で拙著『黒船前後の世界』を見つけ一読、いろいろご教示願えればともあった。そこで陳さんから何回も論考を送ってもらい、幾度か話し会う機会を得たが、彼女の独創性や実証性に感嘆した。
 そして西澤さんからのメールから1年半、今回のシンポジウムが実現した。陳さんの報告「上海・北四川路が結ぶ近世と近代」もある。ところが所用が重なり、着いたのが夕方、聴けたのは徐東千「開港期の韓国ソウル」と鮎川慧「植民地期の香港とイギリス人建築家・技術者」の2報告だけであった。しかし懇親会では、初めて会う若手研究者たちと大いに歓談することができた。
 事前に報告趣旨を集めた冊子(予稿集)がある。これによりシンポジウムの概要を伝えたい。
 10時開会、「序-回顧編―東アジア近代建築研究の回顧」(5報告)、第1部「東アジア近代建築史研究の現在」(6報告)、第2部「世界の中の東アジア近代建築史研究」(6報告)と進み、6時半に終了した。なお冊子には第3部「資料編-各地の調査とその成果」(4報告)も収録されている。
 冊子の「開催趣旨」(西澤さんほか)にある通り、30年前の『東アジアの近代建築』の果たした役割は、それを契機として、①組織的な研究体制の確立、②国境を越えた研究者の交流、③国際的な共同調査・研究の3つが生まれた点にある。その成果物は、東京大学+清華大学(北京)『中国近代建築史総覧』(全14冊)、2001年に発足したmAAN(modern Asian Architecture Network)や東アジア建築文化会議(EAAC)等に見られる。
 こうした研究者の広域交流の発展は、研究内容にどのような変化をもたらしたか、これからもたらすのか。2つの基調講演から見たい。
 第1部「東アジア近代建築史研究の現在」の基調講演は、藤森照信「この40年」である。40年前、日本近代建築の通史を書くには、大航海時代以降のヨーロッパの影響を受けた東アジアの近代建築(400年をかけた<建築の大航海時代>)を解明する必要があると考えた藤森さんは、その伝播ルートを逆にたどる企画を立て、村松さんや西澤さんらとアモイを調査、ついで1983年に上海の調査に出かけた。この東アジア調査の成果は、『日本の近代建築 上下』(岩波新書、1993年)に収められている。
 そして次のような展望を語る。「上海には、19世紀半ばから20世紀半ばまでの100年間に欧米で生起したほとんどの歴史的様式がそっくり伝えられており、その識別こそ全体把握の鍵になる。そして、この方面こそ東アジアの近代建築研究者がこれから力を注ぐべきであろう。」
 第2部「世界の中の東アジア近代建築史研究」の基調講演は、村松伸「<世界の中の東アジア建築の200年>を構想するために」(副題「私たちを取り巻く建築環境はどこから来て、どこに向かうのか」)である。彼が33年前に藤森さんと話し合ったライフワークこそ<世界の中の東アジア建築の200年>を構想することであった。その構成要素として1つの中心的問い、5つの衝撃(イギリスの産業革命に端を発する西洋建築の世界への波及200年史)、13の大問、40の小問があると言う。
 そして建築史研究は「私たちが現在直面している様々な課題を、建築環境という私たちの得意とする専門的視点から、解決する手段や知恵を過去から発掘する行為で、…人文学に限りなく近い建築史研究の本来的役割…」と結ぶ。
 30年の節目で関係者が一堂に会し、問題を共有できたことの収穫は大きい。我々は新たな研究の出発地点に立った。これからが楽しみである。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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