戦後70年によせて

 安倍首相の私的諮問機関「21世紀構想懇談会」(座長:西室泰三日本郵政社長)が8月6日の広島原爆投下の日、報告書を首相に手渡した。それは、戦後50年の「村山談話」と60年の「小泉談話」に共通する「<植民地支配>と<侵略>に対して<痛切な反省>」を継承したうえで、さらに踏み込んだ内容であった。
 すなわち①「満州事変(1931年)以降、大陸への侵略を拡大し、無謀な戦争で多くの被害を与えた」、②「1930年代後半から植民地支配を過酷化」した、③「1930年代以降の日本の政府や軍の指導者の責任は重い」。
 その背景説明として、④「欧米列強の植民地支配が世界を覆う中で、日本も台湾を植民地とした」こと(1895年の日清戦争の講和条約を指す)、⑤満州事変以降の侵略は「第一次世界大戦後の民族自決、戦争違法化、民主化、経済発展主義という流れから逸脱して、世界の大勢を見失った」ものであること。
 背景説明の重点をあくまで「満州事変(1931年)以降」に置いているが、その淵源として⑤の「第一次世界大戦後の民族自決等」(1918年以降)を挙げ、さらに④で台湾の植民地化、すなわち日清戦争(1894~95年)にまで遡及する。
 日清戦争以降の歴史認識については、私も同じような見解を持っている。しかしながら、もう少し時代を遡った日本に思いが行く。上掲④「欧米列強の植民地支配が世界を覆う中」で、日中両国が最初に直面したのが1840~50年代の「開国」である。日中は、ともに近代史の起点をここに置いている。
 開国から現在までを、次の3期に分けて考えてみた。
 第1期 日本開国(1854年)から日清戦争(1894~95年)に至る「近代化に邁進」の40年
 第2期 日清戦争から敗戦(1945年)までの「侵略と植民地支配」の50年
 第3期 戦後の「戦争放棄と経済成長」の70年
 近代史の起点である第1期の開国については、インド、インドネシア等がすでに列強の植民地(立法・司法・行政の国家三権を喪失)下にある中で、日中両国は異なる形で開国を迎える。
 中国はアヘン戦争に敗北し、イギリスと「敗戦条約」の南京条約(1842年)を結ぶ。一方、日本は戦争を回避し、外交を通じて平和裏に日米和親条約(1854年)を結ぶ(「交渉条約」)。
 敗戦条約には、「懲罰」として莫大な賠償金支払いと領土割譲が伴う。南京条約では600万ドルの賠償金支払い、香港島の割譲を余儀なくされた。
 一方、交渉条約にはそもそも「懲罰」の概念がなく、賠償金支払いも領土割譲も生じない。アメリカ側や国際政治の事情も作用し、幕府の外交能力(情報収集・分析・政策化)が大きく活かされた。
 こうして日本は幸運な形で開国をスタートさせ、近代化に邁進、独立を維持する。それから40年、欧米に学びつつ立憲君主制を確立すると同時に、「富国強兵」の矛先を近隣諸国へ向け、日本最初の大規模対外戦争である日清戦争(1894~95年)に突入する。開国時には平和的に国際社会に参入した日本による、「侵略」と「植民地化」の始まりである。
 私は『東アジアの近代』(ビジュアル版「世界の歴史」第17巻、講談社、1985年)で、日本史と東アジア史を結びつけ、前述の第1期と第2期を中心とする近代史を書いた。
 本書の中国語訳が1992年に出たが(北京の中国社会科学出版社)、今年、23年ぶりに再版が出た。再版元の東方出版社(北京)は、「…日本は時間差を利用し、列強に翻弄された中国の道を回避して自ら軍事帝国の一員となった。日本は中国の優れた文化を学ぶと同時に、中国の失敗から教訓をくみ取った。…」と解説を付し、とくに日中両国の開国と、その後の展開に関心を寄せている(当ブログ2015年7月10日号「中国語訳『東亜近代史』」を参照)。
 国や立場が違えば歴史の見方が異なることはよくある。とくに一国史中心の伝統が強い史学界では、東アジア近代史は研究蓄積が浅いうえに、政治的な立場が大きく影響する可能性が高い。地道な歴史研究が今後も強く望まれる。
 8月14日、懇談会報告書を尊重し、閣議決定による政府見解として、安倍首相の「戦後70年談話」が発表された。内容は、村山談話(戦後50年)と小泉談話(戦後60年)を「ゆるぎないものとして」引き継いでいくとし、また「謙虚に歴史の声に耳を傾ける」とも言う。
 15日の全国戦没者追悼式における天皇陛下のお言葉は、「さきの大戦に対する深い反省」に言及、「戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願う」と述べる。
 「戦後民主主義教育を受けた第一世代」として、この認識を基盤に未来志向の対外関係が展開していくことを願う。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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