過去から見える未来

 総合地球環境学研究所(京都)の第6回地球研東京セミナー「環境問題は昔らからあった-過去から見える未来-」が、2015年1月16日、有楽町朝日ホールで開かれた。去年、第5回セミナーに初めて出たが(都留文科大学学長ブログ115「都市は地球の友達か‼?」)、今回もほぼ満席の盛況ぶりである。それから4か月近く経つが、時おり思い出すほど印象が強かったので、ここに報告しておきたい。
 4つの講演、すなわち鬼頭宏(上智大学)「人口変動と環境制約-江戸システムを事例として」、中塚武(総合地球環境学研究所)「気候変動によって人間社会に何が起こったか-弥生から近世まで」、工藤雄一郎(国立歴史民俗学研究所)「旧石器・縄文時代の環境変動と人々の生活の変化を考える」、羽生淳子(総合地球環境学研究所)「縄文人に主食はあったか-食の多様性と環境問題」があり、最後に村上由美子(総合地球環境学研究所)の司会(いずれも敬称略)で4氏のパネルディスカッションが行われた。
 鬼頭さんは、標題の講演に関する概要「人口変動と環境制約-江戸システムを事例として-」をA4×2枚で示すとともに、「歴史に学び、未来に備える」と題した24枚の貴重なpptスライド(放映とプリント配布)を使い、明快に講演を進めた。
 日本の森林面積比率が世界的にきわめて高いこと(近世~現在で65%超、他国は25%~5%)、日本列島の人口変動に4つの波があったこと、そして文明システムの構成要素を示した後に、<資源・環境>、<人口動態>、<文明システム>の3要素からなる「文明システムの転換モデル(試案)」を提示した。
 強調点は、①21世紀は人口減退の時代だが、過去にも人口減退の時代があった、②人口減退は文明システムの成熟期に起き、そこでは量的成長は難しく環境変動の影響を強く受けた、③文明成熟期は次世代の文明を模索する時であり、今こそ歴史的経験を活かして持続可能な社会を構築する時である。
 中塚さんは、地球研の「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの模索」プロジェクト(5年計画)の初年度の成果を発表した。データ証拠(主にグラフ)をpptスライド(28枚分、放映とプリント配布)で示し、次の2点を強調した。
 ア)寒冷地の樹木の年輪幅は夏の気温上昇で広くなるが、日本のような温暖地の樹木の年輪幅では夏の気温の復元が難しいため、広域のデータから東アジアの夏季気温(平均値)を求めた。イ)気候変動と歴史年表を照合、古代の倭国大乱、中世の動乱、近世の3大飢饉(享保・天明・天保)のそれぞれで、気候変動と社会動乱との間に「きわめて普遍的な」関係性があることを証明。
 パネルディスカッションでは、まず年代測定等、最近の分析手法の進歩による新しい知見や、過去の実像を明らかにしつつある研究状況が、4氏からともども語られた。すなわち炭素年代測定法が絶対年代の決定に近づき、花粉分析はウルシとヤマウルシを区別できるほど精度を上げ(2004年~)、土器に付く残存物の分析も進んだ。田んぼに埋蔵されている杉の巨木の年代を先史時代の2300年BCまで測定、また縄文中期の気候変動は年単位の同定が可能となった。
 こうした過去に関する研究の進展を踏まえて、「過去から見える未来」をどう描くか。過去の知見の深化は未来への展望を必ずしも意味しないが、幾つかの面で過去の新しい知見が未来の予見に役立つとして、次の2点が強調された。
 第1は、気温や降水量の数10年周期の長間隔の変動は記憶に残りにくく、対応が遅れる。その結果、しばしば飢饉や反乱・内乱が引き起こされ、社会体制の変革が促された。これを認識し、記憶を継承し、状況に対応する社会を構想することが望まれる(中塚)。
 ちなみに今年4月25日に起きたネパールの大地震が80年目であり、地震の脅威が集団的記憶として残らず、惨事が拡大したと言われる。
 第2に、江戸時代後半(人口の4つの波のうち第3の人口減少期)は文明成熟期にあり、文明システムの環境収容力が上限に近づくとともに、人口成長が困難になった。現代(第4の人口減少期)も似た状況下にあり、主要先進国では1970年代から出生率の低下(少子化)が起きている。こうした時代こそ次世代の文明を模索する時にほかならず、歴史を教訓とし、持続可能な社会(Future Earth構想)を構築しようと提案する(鬼頭)。
 鬼頭さんが示す1960年代からの主要文献(R.カーソンの『沈黙の春』やローマクラブの『成長の限界』等)の古典的業績に立ち返り、文明の「意識の転換」の意義を考えてつづけていきたいと思う。
 私は『地球文明の場へ 新しい旅立ち』(『日本文明史』第7巻 1992年 角川書店)において装置・制度・自然・個体の4つからなる「文明の三角錐」論(自然を底辺におく4面体=三角錐)を展開したが、それから20余年、とくに装置の肥大、なかでも人工知能の開発が人間を支配しかねない状況にまで進み、制御の仕組みの遅れ(=制度の不適合)が危惧される(本ブログ「地球環境とサイエンス」2014年10月1日参照)。また個体の劣化は著しく、総じて「文明の三角錐」は倒壊寸前にあるのではないか。
 特定のテーマを深く追う研究者にとって、時折でも「過去から見える未来」という普遍的な課題に思いを寄せる意義は大きい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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