三溪園の自然観察会

 三溪園には多種の自生植物と庭木、そして多数の古建築(うち重要文化財が10棟)がある。ここに住む野鳥も多い。
 こうした園内の自然や古建築を学び、来園者の案内に、また自然保護や文化財保護に役立てようと、三溪園ボランティアが2003年に発足、活動を始めて10年になる(『守る・伝える・創るー三溪園保勝会の60年』2014年)。
 その活動は、①ガイド・インフォメーション、②合掌造りの管理・運営、③庭園の保守・整備、④同好グループ(毎月10日の自然観察会、茶道研究、英会話ガイド研究)に分かれる。このうち①と②は曜日別に班を構成している。現在23歳から86歳まで189名が登録、今年度の募集も進めている。
 自然観察会の活動は7年目に入った。季節ごとに変わる自然、とくに折々の植物を中心に、正門そばの掲示板に写真を10数点載せ、地図の番号と合わせて観察しやすくしている。毎月10日は約1時間、自然観察会を開く。なおゴールデンウィークと秋には特別案内日もあるため、年に16回ほどの開催となる。
 この数日間、気温が乱高下し、4月6日(月曜)は5月下旬並みまで上がり、翌7日(火曜)は小雨で3月中旬の低温、8日(水曜)は真冬の2月さながらに急降下し、10日(金曜)の観察会にもコートとマフラーを離せなかった。
 そのためであろう、本牧通りや桜通りのソメイヨシノは3割から5割ほどが花を残して、舞い散る花びらを見ない。三溪園のソメイヨシノも寒さを忍び、花をつけているのが愛おしい。
 午前10時半、正門に集合、新年会等でお会いしているボランティアさんの元気な顔がそろう。「三溪園・見ごろの植物」(2015年4月10日現在)という色刷りA4版1枚が配られた。15種の花の写真に番号を配し、その所在地を地図の番号と照合できる。「あの掲示板の更新版で、最新情報です」。
 参加者は約10名、説明に当たるボランティアは、大谷多摩子さん、加藤昌一さん、久家(くげ)孝之さん、栗原一さん、竹内勲さん。それぞれに得意分野がある。久家さんが挨拶し、ガイド金曜班の加藤さんが「今は花と新緑が一緒に見られる絶好の機会で、山桜と新緑のグラデーションが見事」と始める。まさにその通り、ここは自然林に囲まれた広大な日本庭園(17.5ヘクタール、5万3000坪)である。
 三溪園の自然観察会は山野を巡るものではなく、公園や植物園のそれでもない。国指定名勝(園内全体が文化財)の中を巡る自然観察会で、その特徴の1つが自生種と植栽種の共生である。
 まず蓮池わきのシロバナタンポポ(在来種)。三溪園という環境のおかげで、強い外来種に駆逐されず健気に生きている。
 鶴翔閣の入口正面の車止め回りは、優雅なシダレザクラと大きなエノキ(新緑)が対にあり、生垣はワビスケやリンゴツバキの常緑樹、それに秋にはアケビに似た実をつけるツル性のムベの白い花(野生)。背後の急斜面にはモウソウチクの竹林が拡がる。竹は園内随所でさまざまに役立てられる。
 内苑入口の柳津高桑星桜(ヤナイヅタカクワホシザクラ)は星形の白い花が満開、この桜は開花期間が長い。柳津高桑は原三溪の生地(現在は岐阜市)で、三溪園開園100周年前年の2006年に寄贈された。まだ若木だが、大きくなればさらに気高く立つ。
 内苑に入ると、クロマツが林立する。この一帯はクロマツの原生林だったが、戦中、松油を採るため、伐採された。この「自生のクロマツを基調に造成された日本庭園」を復元する良策は、山にある自生の木を移植することらしい。
 臨春閣の正面に立つと、山あいの花(ヤマザクラ等)と新緑(ケヤキ、クヌギ、ナラ等)が眼前に拡がる。6月頃までは、「新緑」と一括りに言うのは惜しい。樹種により緑は一様ではなく、日ごとにも変わる。
 ここで秋に話が飛んだ。オオモミジやイロハモミジの赤、イチョウの黄色とクロマツの緑が織りなす多彩な自然、それに聴秋閣や春草廬の古建築との調和は天下の絶景、これは三溪園の見せ所の1つ、「秋にもまたお越しください」と。一期一会、こうして出会った人にぜひ伝えたい、ボランティアさんの気持ちが溢れ出る。
 臨春閣わきの亭榭(ていしゃ)と呼ぶ屋根つきの橋を渡ると、眼下の清流に黄色のリュウキンカ。言われて気づいた。春の花は、黄、白、赤の順に咲くと言われるが、これは私が初めて知る草花である。
 聴秋閣や春草廬のあたり、迫りくる自然林との境界は、陽が射しこまず湿り気を帯びて、コケが趣を添える。落ち葉を取り除き、雑草を抜いて手入れした成果である。ウグイスの声が響く。
 淡黄色の花房を満載する灌木キブシは、南門を出るとすぐ脇の、まさに目の前。ずっしりと壮観である。実から採る汁は、江戸時代には既婚女性が歯を染める「お歯黒」の原料になった。
 三重塔の北斜面、日蔭に群生するウラシマソウ。蛇が鎌首をもちあげたような苞葉が、生物の多様性を思い起こさせる。
 三溪記念館の南側の生垣は、背の高いウバメガシを2メートルほどに刈り込んでいる。これを原料に「備長炭」(びんちょうたん)が作られる。
 今回は内苑を中心に園内の5分の1ほどを歩いた。廻りくる季節とともに植物も様相を変える。次回は、また別の自然が姿を現わす。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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