横須賀開国史講演会

 この講演会は、横須賀開国史研究会の12月総会時に開催される定例のものである。会場は神奈川県のヨコスカ・ベイサイド・ポケット(横須賀芸術劇場小劇場、定員500名)。今年の演題は「横須賀製鉄所と富岡製糸場」、副題に「プレ横須賀製鉄所(造船所)創設150周年記念」とあり、富岡製糸場総合研究センター学芸員の岡野雅枝さん(文化財保存学)の講演「富岡製糸場の設立に係る横須賀製鉄所との関連性について」を受けて、横須賀開国史研究会の山本詔一会長とのトークがあった。
 富岡製糸場(群馬県富岡市)は、今夏にユネスコの世界遺産に登録された、明治5(1872)年設立の官営製糸場である。高い技術と規律を身につけた工女を育成すべく、養蚕地帯を中心として士族の子女を集め、模範伝習工女とした。彼女らが地元に戻って普及に当たり、良質な生糸の生産を進める、そのシステムに驚かされる。
 生糸は、横浜開港(1859年)以降、最大の輸出品で、日本の外貨獲得の筆頭の位置にあった。その生糸の品質改善を担う重点政策である。
 富岡製糸場の建造物が、日本伝統の木造建築と耐火性の強いレンガを組みあわせた独特の「木骨煉瓦造」であり、建造から142年後の現在も、立派に残されている(うち3棟が国宝指定)ことに人々が驚嘆した。
 官営工場は1893(明治26)年に三井に払い下げられ、1903(明治36)年に原合名会社(原三渓)へ、1939(昭和14)年に片倉工業へと経営主体は移るが、1987(昭和62)年の操業停止後も同社が保存に尽力、2005(平成17)年からは富岡市が所有・管理し、ほぼ原形通りに残し、世界遺産登録を実現させた。
 一方、横須賀製鉄所(造船所)は、富岡製糸場設立の8年前の1864(元治元)年、幕府の小栗上野介らの尽力で創設され、来年150周年を迎える。横須賀開国史研究会の目的は「三浦半島と関わりのある開国及び近代化の歴史(以下「開国史」という)の掘り起しと研究を行う」(会則)ことであり、近代化の最重点テーマが、地元横須賀の「近代日本のルーツ」横須賀造船所の研究と施設の一部保存等の運動である。明治4年に横須賀造船所と改名し、この年にドライドック(船の修理施設、日本最古、現役で稼働)を完成させるが、同時に動力機械等の機械製造の総合工場でもあり、製品を日本各地に供給した。
 開国史研究会発行の「横須賀造船所散歩」(地図入り)の初版は2006年刊、『横須賀案内記 -製鉄所からはじまった歩み-』の刊行は2007年。また「近代日本のルーツ横須賀製鉄所」等の簡潔明瞭で便利なパンフレットも嬉しい。これらを手にガイドツアーもある。足で確かめる郷土の歴史は健康にも良い。
 この横須賀製鉄所の建物は現存しないが、写真が示す限り、富岡製糸場の「木骨煉瓦造」とトラス工法の屋根を持つ建造物(工場)に酷似している。建築史家の松村貞次郎が早くも指摘した通り、たんなる偶然ではない。両者を結ぶ人と技術を確かめるのが、今回の講演会の狙いである。
 まずは講演を主催した横須賀開国史研究会を少し詳しく紹介したい。14年前の2000(平成13)年6月に創設、以来、毎月の勉強会(古文書を読む会等)、2泊3日の研修会(史跡探索や史料調べ等)を重ねて、毎年、欠かさず6月の研究会講演、12月の総会及び講演会を開催、その時々のホットな話題を取り上げてきた。会員数は450人を誇る。これだけでも瞠目すべき活躍である。
 さらに、『開国史研究』誌を毎年欠かさず刊行、研究会シンポジウムや総会時の記念講演、それに勉強会の報告や史跡探訪等を収録する。直近の第十四号は平成26(2014)年3月に1100部を発行、122ページ。本誌は高い学術性と市民運動の成果物(それを支援する行政)の両面を持ち、全国的に知られる。
 会長の山本さん(65歳)は大学で日本史(近世史・近代史)を学び、浦賀で老舗書店(江戸時代に創設、その7代目)を経営するかたわら、粘り強く歴史を調べる市民活動を進めてきた。単なる郷土史に留めず、地域史がおのずと国際性を持つことを視野に入れている。
 学問への情熱と柔軟な発想の持ち主である山本さんは、「いちど会ったら友だち」を地で行くような他者への親近感と人を惹きつける魅力を備えている。それが450人もの会員をまとめ、毎年の講演会に最適の講師を連れてくる選択眼につながっている。それに、事務局長兼「よこすか開国史かわら版」編集長の小倉隆代さんや幹事たちの、この上なく強い支えがある。
 私も彼の魅力と情熱に「負けた」一人である。横浜の関内ホールで私が横浜学連絡会議主催の講演で、オフィス宮崎訳『ペリー艦隊日本遠征記』(全3巻、栄光出版文化研究所、1997年)刊行の意義に触れた。その時に初めてお会いし、「横須賀でも開国史研究会を立ち上げたい」と言われた。その後、横浜市立大学長室を訪ねてこられ、設立総会記念講演の要請の熱意に「負け」た。2000年6月に行われた私の講演「ペリー来航とその時代」は、『開国史研究』誌(創刊号 2001年3月)にある。
 さて、横須賀製鉄所と富岡製糸場の建造物が類似しているという話題に戻ろう。岡野さんが発表した論文「富岡製糸場の設立に関わる横須賀製鉄所との関連性について-<ヴェルニー書簡>の分析を中心に-」(『平成25年度富岡製糸場総合研究センター報告書』2014年 富岡市 所収)によれば、横須賀製鉄所で船工兼製図職として働いていたフランス海軍所属のバスティアンが、富岡製糸場の「木骨煉瓦造」を設計した人物であり、私生活の乱れをヴェルニー(幕臣小栗上野介が招聘したフランス人お雇い外国人で、横須賀製鉄所首長)に指摘されて、解雇寸前、全力で取り組んだ仕事である。
 横須賀の建物を施工したのは大工(棟梁)の金五郎(きんごろう)。彼と、明治期に苗字を得て、富岡製糸場の施工を請負った豊田金五郎は同一人物とする仮説も信頼性が高い。岡野さんは当時の関係者間で交わされた書簡(横須賀製鉄所のヴェルニーと富岡製糸場の責任者ブリュナ等)や、富岡の工具類や鉄水溜が横須賀製鉄所製(その分社であった横浜製鉄所製)であること、「ヨコスカ造船所」の刻印がある煉瓦が富岡製糸場内で発見されたこと等々を挙げた。
 ついで岡野・山本お二人のトークに移り、山本さんの巧みな誘導で、調べるべき今後の課題がいっそう明白になった。機械製造の最先端を行く横須賀製鉄所(1864年創設)と、輸出の稼ぎ頭・生糸の品質改善のための富岡製糸場(1872年創設)、この2つを結ぶ上位のキーパーソンとして、渋沢栄一(1840~1931年)の存在が浮上する。次の展開を期待したい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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