『日本月刊』創刊3周年祝賀会

 『日本月刊』と略称される雑誌の創刊3周年の祝賀会が、11月26日、東京青山のホールで開かれた。正式名は『人民日報海外版 日本月刊』(発行人:呉暁楽)。編集長は蒋豊(1959年北京生まれ)。彼は15年にわたり『日本新華僑報』紙(現在は毎月10日と25日の2回刊の中国語紙)の編集長をつとめてきた。加えて雑誌編集長も兼務、さらに中国各地のテレビ局に記事や解説を配信し、著書も続々と刊行する、瞠目すべき中国人知日派ジャーナリストである。
 来賓挨拶を求められた私は、短時間、彼との四半世紀にわたる積る話をした。それを敷衍して、ここでは述べたい。
蒋君は北京師範大学で歴史学(明代史)を学び、卒業後は『中国青年』紙等の記者を経て日本へ留学、1989年、私が横浜市立大学の研究生として受け入れた。これが最初の出会いである。教室では、いつも前の方の座席で私を見つめ、ノートを取っていた。その一途な熱心さは、いまも強く心に残る。
 講義要項には参考書を何点か掲げたが、留学生などの事情も推し量り、買わなくても図書館にそれぞれ数点を備えてあると述べ、毎回、主な課題を厳選して、上掲の参考書から年表・地図、統計表、重要資料等をコピーしたプリントを配った。
 大型連休が明け、そろそろ出席率が落ちるころにも、変わらず熱心な蒋君の姿があった。ある日、講義を終えて汗をぬぐっていると、付箋をたくさん付けた拙著『イギリスとアジア』(岩波新書 1980年)を手に、「…先生、これを中国語に訳したいのですが…」と言う。思いがけない要請に、私は「…うん。訳稿ができたら見せてほしい…」と答えたと思う。
 2週間後、彼は新発売の中文版ワープロで印刷したA4×50ページほどの訳稿を持ってきた。目を通すや、リズムを備えた格調高い文章に唸った。そこから、二人の何百時間にもわたる読み合わせの格闘が始まった。
 訳稿を私が何度も点検したうえで、読み合わせの作業に入る。蒋君が原書の日本語を音読し、私が訳文を目で追い、誤解やあいまいな理解がないかを確かめ、彼がさらに訳文を磨く。1日に4時間ほどが限界であった。
 こうしてついに1991年、「加藤祐三史学著作選之一」として、蒋豊訳『十九世紀的英国和亜州』が中国社会科学出版社(北京)から刊行された。ざら紙に印刷された、紫色のカバーの簡易表装である。
 ついで「加藤祐三史学著作選」シリーズの訳書二が1992年刊の『東亜的近代』(『東アジアの近代』講談社ビジュアル版『世界の歴史』第17巻、1985年、講談社)、その三が1992年刊の『日本開国小史』(『黒船異変』1988年、岩波新書)、その四が1993年刊の『横浜今昔』(『横浜いま/むかし』1990年、横浜市立大学)である。原書は4冊とも絶版で、古書でしか入手できない。ただ『黒船異変』を継承発展させた『幕末外交と開国』(2012年、講談社学術文庫)は現役であり、入手できる。
 この一連の訳出作業には忘れられない思い出が幾つもあるが、何よりも立て続けに4冊もの訳書を完成させた彼の粘り強さとバイタリティーに脱帽した。その後、彼は九州大学の修士課程に進み、やがて消息が途絶える。他の中国人留学生に尋ねてもみたが、知ることはできなかった。どんなに心配したことか。
 それが20年ぶりに都留文科大学宛にメールをくれた。再会の喜びについては、「学長ブログ」077番「20年ぶりの再会」(本画面右のリンクでアクセス可)に譲る。
 今年の夏、『日本開国小史』(『黒船異変』1988年、岩波新書)を東方出版社(北京)から再刊したいと言ってきた。再刊を求める声があるのは嬉しい。再刊版では、蒋君が「序言」を、私が「后記」を書くことにした。
 東方出版社の新版の表紙が、旧版の緑色から明るい青色に変わっている。紙質は格段に良くなり、四半世紀の中国経済の成長ぶりをうかがわせる。<黒船>という言葉も、この間に中国語にすっかり定着したため、訳書名は原書のまま『黒船異変』とし、「日本開国小史」は副題に入れたと言う。
 「后記」で私は、『イギリスとアジア』から『黒船異変』に至る約10年間の自身の研究の流れをたどり、アヘン戦争の敗北(1842年)に始まる中国近代史と、「交渉条約」(1854年)に始まる日本近代史との対比を背景に、幕府とペリー提督との間に結ばれた日米和親条約の実像を描くに至った経緯を記した。
 蒋君のように歴史学から転じたジャーナリストは、世界的に稀有である。私は祝賀会の挨拶の終わりに、「経験に学ぶ者は愚者、歴史に学ぶ者は賢者」を引き、小さな個人の経験の数百億倍もが詰まった歴史を知る彼は貴重な存在であり、ジャーナリストとしての、さらなる活躍に心から期待する、と結んだ。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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