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シンポジウム「和食と健康」

 一般社団法人/和食文化国民会議と一般社団法人/キャノン財団の共催シンポジウム「和食と健康 2020春 長寿につながる和食を科学的に再発見する」が2月4日(火曜)、富士ソフト 秋葉プラザのアキバホールで開かれた。

 チラシには次のようにある。「<長寿につながる和食を科学的に再発見する> 高齢化社会となった今、いつまでも健康ですごすことは私たちの願いです。世界的に健康的な食事と評価されている和食は、私たちの健康にどのように役に立っているのでしょうか。健康的な長寿につながる和食について、科学的側面から最新の研究内容を報告します。」

 和食文化国民会議(略称 和食会議)は、「和食:日本人の伝統的な食文化-正月を例としてー」のユネスコ無形文化遺産登録申請を契機に、和食文化を次世代へ継承しようと、2015(平成27)年2月4日に設立、その価値を国民全体で共有する活動を展開している。

 具体的には、(1)「和食」の適切な保護・継承のために必要な情報収集に関する事業、(2)「和食」の調査・研究に関する事業、(3)「和食」の普及啓発に関する事業、(4)「和食」に関する技及び知恵の伝承に関する事業、(5)「和食」の情報発信に関する事業、(6)前各号に附帯又は関連する事業の6つである(ホームページより)。

 「和食」と「括弧」つきなのは新しい命名を意識したためか。今回のシンポジウムのなかでも「和食」ではなく「日本食」の用語が多用されていた。

 そこに4つの部会を置く。(1)調査・研究部会(大久保洋子部会長、(2)技・知恵部会(村田吉弘部会長)、(3)普及・啓発部会(後藤加寿子部会長)、(4)全国「和食」連絡会議(服部幸應議長)。今回のシンポジウムは(1)の活動の一部であり、大久保部会長が開会の挨拶を述べた。

 ついで共催の一般社団法人/キャノン財団の星野哲郎事務局長が挨拶、㈱キャノンとキャノン財団の活動を説明した。国産高級カメラ製造を目的に1937年に設立したキャノン株式会社が、創業70年を機に2008年に設置した一般社団法人がキャノン財団であり、これまでに科学技術の発展に貢献する研究への支援(研究助成)160件(28億円)を行ってきた。11年目の2019年からは「善き未来を切り開く科学技術」と「新産業を生む科学技術」の2つの研究助成に的を絞る。

 いよいよ次の2つの研究発表(各1時間)である。
 発表Ⅰは、石川県立大学生物資源環境学部の小栁喬準教授「伝統発酵食品が育んだ和食文化と、我々にもたらす健やかな未来」
 発表Ⅱは、東北大学大学院医学系研究科の辻一郎教授「和食が心身の健康に及ぼす影響について」
 これを受けて伏木亨/一般社団法人和食文化国民会議代表理事・会長(龍谷大学農学部教授)をコーディネータに、発表者お二人とのパネルディスカッションが行われる。

 シンポジウム・講演会等の情報はかなり多く、そのどれに参加するか。これまで9年近く書きついできた合計353本のブログ記事と関連がある。私のブログ第1号は2011年3月12日、東日本大震災発生の翌日で(『(都留文科大学)学長ブログ 2011~2014年』2014年刊所収)、これは本ブログのリンクにデジタル版を付した。それを継いで、新たに本ブログ『月一古典(つきいち こてん)』を始めて今日に至る。

 そのなかに食材や土地の特性について書いた記事が幾つかある。「都留の地場産業を訪ねる」(『学長ブログ』64 2012年9月29日掲載)は、清らかな湧水を利用したワサビ栽培や自然に生えるクレソン等の食材について書いた。

 和食を題名に入れた最初が「和食が消える?」(2014年8月13掲載)である。2013年末、「和食 日本人の伝統的食文化」がユネスコの会議で<無形文化遺産>への登録が決まったことに関連した記事である。<無形文化遺産>とはユネスコの主催する「世界遺産」(世界自然遺産と世界文化遺産)及び「記憶遺産」と並ぶ3つの登録遺産の1つであり、2006年4月発効の「無形文化遺産の保護に関する条約」に基づく。

 日本からの提案書は、和食(WASHOKU)を「<自然の尊重>という日本人の精神をあらわす、食に関する社会的習慣」と定義し、その特徴を「新鮮で多様な食材とその持ち味を尊重」し、「年中行事と密接な関連」を持つと述べている。

 登録を決めた背景として、世界的な和食の人気がある。米国の1万4000余軒の和食レストラン(この10年で倍増)や香港にある寿司屋・居酒屋等を入れた約900軒、フランスに1000軒、英国に600軒の和食レストランがある。

 この<無形文化遺産>への登録を日本国内ではどう受け止めているのか、ブログでは上野アメ横の乾物の名店<伊勢音>の店主に尋ねている。「…和食尊重は良いことだし、本物の出汁を広めるチャンスでは?」と私が切り出すと、「いや。人工調味料に押され、天然出汁の食材は売れなくなったねぇ。日本人の味覚がダメになってきた…」とこぼした。

 世界の流行や評価と国内のそれが相反する方向にあるのは珍しくない。とくに広義の文化に関するものでは、<自文化>を対象化するのが難しいだけ、<異文化>の眼からの指摘に教えられ、学ぶことも少なくない。

 また<異文化>への過度の憧れから、<自文化>を劣ったものと見る傾向もまだある。こうした過去の2つの傾向を背景とし、ユネスコ無形文化遺産の登録と伊勢音店主の発言を対比し、題名に「和食が消える?」と疑問形を付した。

 ついで「三溪園の正月行事」(2015年1月5日掲載)では、三溪園の正月行事の一つ<包丁式>“宝船の鯛”(ほうせんのたい)について述べた。これは室町時代の長享3(1489)年の奥書にある『四条流庖丁書』に依拠し、横浜萬屋心友会(会員約20名の料理人の会)による<港町横浜と初夢>の一つである。

 また幕末の1854年3月8日、横浜村において幕府代表の林大学頭とアメリカ東インド艦隊司令長官ペリーの、日米初の公式会談である日米和親条約の交渉が行われたが、その<ペリー饗応の膳>を請け負った料理店について「善四郎とペリー饗応の膳」(2018年3月26日掲載)を書いた。

 ほかにも和食をめぐる講演会、とくに熊倉㓛夫(日本文化史・茶道史、国立民族学博物館名誉教授)さんの縁で和食文化国民会議主催の講演を聴き、また仏教伝来に伴う肉食禁止の大義名分と実体との格差等について調べたこともあったが、まだ中途半端であり、それだけに今回のシンポジウム「和食と健康」に大きく期待した。

 発表Ⅰ「伝統発酵食品が育んだ和食文化と、我々にもたらす健やかな未来」(小栁喬準教授)は、図・表・グラフ・写真等のスライド63枚からなる行き届いた資料を配布、それをスクリーンに映し出して説明する。聴衆はスクリーンの映像と口頭説明を合わせて理解し、その確認として配布資料に戻れば良い。情報伝達の方法として視聴者に配慮がある。

 記録を基に世界の発酵食品の歴史をワイン(紀元前6000年頃~)、ビール(紀元前4000年頃~)、ヨーグルト(紀元前5000年頃~)と辿り、日本の神話(日本書紀、古事記等)に登場する酒や果実酒を述べ、さらに魚醤(紀元前5世紀~)や塩辛(鮨、紀元前3世紀~)に及ぶ。

 ついで食品を発酵させる微生物を<細菌>(バクテリア)と<真菌>(酵母、コウジカビ等)に2分類し、前者に①乳酸菌と②納豆菌を、後者に③アルコールをつくる<酵母>と④デンプンからブドウ糖をつくる<麹菌>を入れる。ここに登場するのが蒸した米に<麹菌>(黄コウジカビ)を生やした<米麹>である。

 「<麹菌>がいなければ…日本食はなくなる(存在しない)」ため、<麹菌>は<国菌>とも呼ばれる。大気中に生息するこの微生物<麹菌>(黄コウジカビ)を蒸した米に付着繁殖させる。これが日本酒、甘酒、味噌、醤油、酢をつくるすべての根源である。

 私は中国農業史を勉強するなかで「デンプンを糖化し、さらにアルコール化する2段階の発酵過程を担えるのは<麹菌>だけである。<麹菌>は日本や東アジア沿海部の一部にしか生息しない」と知ったときのことを思い出した。

 ここから石川県の「豊かな発酵食品」の紹介に入る。カブとブリと米麹甘酒でつくる<かぶらずし>、大根と身欠きニシンと米麹甘酒でつくる<だいこんずし>、猛毒の<フグの卵巣の粕漬け>は2年程で毒が消え珍味と化す。奥能登の<あじのなれずし>に及ぶ頃、小栁さんの楽しそうな語り口に誘われて、手間暇かけた滋味あふれる料理の数々が脳裏に浮かんだ。

 次に<米麹>が<乳酸菌>の繁殖を後押しする実態を明らかにし、これが東南アジアの発酵食品との違いとして微生物の世界へ導いていく。発酵食品を通じたタイ、カンボジアの学生たちとの交流も微笑ましい。そして最後を「伝統発酵食品の運命は……食文化が発達すれば発酵食品は……なくなる?」と問題提起、その元凶は料理に時間をかけたくない生活習慣ではないか、と結ぶ。

 15分の休憩を挟み、発表Ⅱ「和食が心身の健康に及ぼす影響について」(辻一郎教授)に入る。こちらも周到な64枚のスライドからなる資料を配布、(1)緑茶・ミカン・キノコと健康との関係、(2)食事パターンとは、(3)日本食パターンと健康との関係、(4)いつ頃の日本食が健康に有益なのか?(1975年説)の4つのテーマを語る。

 日本食の弱点(欠陥)は塩分摂取量の多いことである。そこでカリウム(野菜や果物)の積極的な摂取を勧める。

 日本食といっても一様ではなく、当然ながら時代の変遷がある。1975年の宮城県大崎市の約5万人の調査結果に見る<食事パターン>を世界の良質な<食事パターン>と比較、日本食の米飯、味噌汁、魚類、野菜、海藻、漬物、緑茶の食習慣を理想とする。

 また「和食の構成要素」として次の7点を挙げる。ア)米、大豆、野菜、果物、海藻、魚介類等の食品、イ)緑茶、ウ)味噌、醤油、納豆、漬物等の発酵食品、エ)一汁三菜等の影響バランス、オ)味噌、醤油、酢、みりん等の調味料、カ)椀、和、煮、焼、蒸、揚、酢、飯等の調理法、キ)四季、年中行事との関連等の文化的側面。

 休憩を挟み、パネルディスカッションに入る。伏木さんが聴衆を代表するかのように巧みに発表者お二人から補足説明を引き出す。<食>は楽しく、叡智の結晶、という実感が伝わってくる。

 小栁さんは、「…私は福岡出身ですが、赴任地の石川県や調査先の東南アジアで初めて知った数々の料理、とくに発酵食品に感激しています。…」と言う。和食の地域性と多様性、そして広く東南アジア諸国とつながる共通面も知ることができた。

 なお受付で販売していた渡邊智子・都築毅共著『和食と健康』(和食文化国民会議監修/ブックレット4、思文閣、2016年)は、多様な切り口や視点で<和食と健康>を語っており、興味深く読んだ。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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