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外国人居留地研究会2019全国大会

 標題の全国大会が、12月7日(土曜)に神奈川大学で、翌8日(日曜)は波止場会館で開かれた。正式名称はもうすこし長く、「第12回 外国人居留地研究会2019全国大会 第2回横浜大会」である。2008年に神戸で初めて開催された外国人居留地研究会全国大会は、後に持ち回りにより各居留地で開催して今年が第12回、そして横浜開催が2014年に次ぐ2回目となった(後述パンフレット10ページに一覧あり)。

 もともとは10月12日(土曜)と13日(日曜)の開催予定だったが、かの豪雨被害をもたらした台風19号により中止、約2か月後に繰り延べられた。横浜大会の責任者・斎藤多喜夫さんの熱意に、会場の神奈川大学と波止場会館が応えてくれたと思われる。

 横浜開港や横浜外国人居留地といえば、まず斎藤多喜夫さんである。幕末から昭和初期に掛けての横浜の歴史や文化・港湾・経済などに関する資料約25万点を所蔵する横浜開港資料館で長く仕事をつづけ、その成果を早くから編著として世に出している。『横浜居留地と異文化交流』(山川出版社 1996年)、『図説 横浜外国人居留地』(有隣堂 1998年)、『横浜もののはじめ考』(横浜開港資料館 1988年、第3版が2010年)等。

 著書としては、『幕末明治 横浜写真館物語 (歴史文化ライブラリー)』(2004年)、『横浜外国人墓地に眠る人々』(有隣堂 2012年)、『横浜もののはじめ物語』(有隣堂、2017年)、『幕末・明治の横浜 西洋文化事始め』(明石書店、2017年)、『歴史主義とマルクス主義-歴史と神・人・自然』(明石書店 2018年)等がある。

 横浜開港資料館は昭和56(1981)年創設、初代館長が遠山茂樹さん(横浜市立大学名誉教授)であったこともあり、私も同館の研究会に早くから参加した。その1つが斎藤さんの担当した「横浜居留地研究会」で、以来、40年になろうとしている。

 また37年前に刊行された同館の『横浜開港資料館紀要』の第1号(1982年3月刊)に、私は「幕末開国考-とくに安政条約のアヘン禁輸条項を中心として」を発表する機会があった。アジア近代史専攻の私が初めて発表した日本開国史に関する論文だったので良く覚えている。

 論文名に<アヘン禁輸条項>とあるのは、拙稿「19世紀のアジア三角貿易-統計による序論」(『横浜市立大学論叢』1979年)、拙著『イギリスとアジア』(岩波新書 1980年)、拙稿「植民地インドのアヘン生産-1773~1830年」(『(東京大学)東洋文化研究所紀要』第83冊、1981年)等を受けたものである。イギリス植民地インド産のアヘンが中国等に密輸されてアヘン戦争(1839~42年)を引き起こしたが、日本の開国開港にさいしてアヘン条項はどう扱われたかの疑問に答えようとした。

 次いで「黒船前後の世界」を『思想』誌(岩波書店)に1983年から1984年にかけ計8回連載、うち(四)「東アジアにおける英米の存在」、(五)「香港植民地の形成」、(六)「上海居留地の形成」において中国を中心に分析した。アヘン戦争(1839~42年)の結果の南京条約(1842年8月29日調印)が五港開港と香港植民地、<懲罰>としての巨額の賠償金を生み出す。

 一方、日本の対外令は4つの段階を踏む。1891年の寛政令(薪水供与令)、1806年の文化令(寛政令のいっそうの緩和)、1825年の文政令(異国船無二念打払令)、そして1842年の天保薪水令(文化令に復す)である。天保薪水令の公布は南京条約締結の1日前であった(同上連載(七)「経験と風説」1984年5月号所収)。

 幕府は長崎に入るオランダ商船と中国商船にアヘン戦争の戦況を提出させ、イギリス海軍の戦闘力と戦況を収集・分析していた。鎖国の<祖法>により外洋船(軍艦を含む)を持たない日本が異国船無二念打払令を続ければ敗北必至。天保薪水令に切り替え、戦争回避に徹して積極的に外交を進めた。

 この連載と関連論文を合わせて、『黒船前後の世界』(岩波書店 1985年)を刊行、さらに1994年には、ちくま学芸文庫版『黒船前後の世界』で約2割を増補、「Ⅹ 展望―開国から開港へ」の1章を加え、また20の補注を付したが、その4つは米総領事ハリス(のち公使)に関するものである。

 近代アジア史からアヘン問題を契機に日本開国史に踏み入った私にとって、斎藤さんの横浜に関する研究から多くを教えられ、「横浜居留地研究会」ではさまざまな研究者と知り合う機会を得た。斎藤さんの粘り強い史料探求力と<百科全書派>に匹敵する膨大な事項の記憶力に舌を巻いた。

 その成果物の横浜居留地研究会編『横浜居留地と異文化交流-19世紀後半の国際都市を読む』(山川出版社 1996年)に寄せた拙稿は、「アヘン密輸ハートレー事件-1877年の横浜税関の摘発、領事裁判、日英外交交渉」である。斎藤さんの個別具体的な史実把握から影響を受けたように思う。

 その後、かながわ検定協議会(テレビ神奈川、神奈川新聞、横浜商工会議所で構成)の「かながわ検定」(「横浜ライセンス」と「神奈川ライセンス」の2本立て)が発足、その作問委員会でご一緒したが、もっぱら斎藤さんの博識に依存して12年間(2007~2017年)を完遂することができた。

 今年5月、斎藤さんから今回の全国大会の案内メールを頂いた。追いかけて届いたパンフレットは、表紙と賛同企業の広告を含め、A4×24ページの丁寧な作り。冒頭の<ごあいさつ>では、兼子良夫さん(神奈川大学長)、水野佐知香さん(横浜音楽文化協会会長)、斎藤多喜夫さん(横浜外国人居留地研究会会長)の3氏が、2019全国大会の意義を語る。

 初日は午前に公開研究会「租界と居留地」、午後にヨコハマ・ワーグナー祭スペシャルコンサートがあり、2日目が会場を波止場会館に移して午前にシンポジウム「居留地の音楽・美術・文学」、午後にドーリング商会のオルガン演奏が予定されていた。全部に出たかったが、日程の変更にともない、12月7日(土曜)午前の「租界と居留地」にだけ参加できた。

 「租界と居留地」について、パンフレットに3氏の発表主旨が各1ページを割いて載せている。鶴田啓(東京大学史料編纂所教授)「前近代日本の<居留地>」、大里浩秋(神奈川大学名誉教授)「中国に置かれた租界について」、斎藤多喜夫「日本の開港場・開市場と居留地・雑居地」。

 会場ではパンフレットの補足としてめ、さらにA4×24ページの冊子「租界と居留地」が配られた。報告の詳細な補足と放映する図像・表等が掲載されている。パンフレットの原稿執筆が5月ころで、その補遺であると説明があったが、貴重な資料集である。

 鶴田啓「前近代日本の<居留地>」の概要は次の通り。古代には外国使節を滞在させた筑紫の<鴻臚館>、664年に設置された大宰府、さらに<難波館>があった。ついで中世の博多には唐人商人が居住していたが国家が制度として設定したものではない。近世になると家康は自由に貿易を認めていたが、1635年、中国商船の来航地を長崎に限定し、翌年、ポルトガル人を収容する埋立地(出島)を有力町人の出資で完成させる。ポルトガル人追放後はオランダ人用とした。また1689年、唐人屋敷を作った。

 斎藤多喜夫「日本の開港場・開市場と居留地・雑居地」の概要は次の通り。居留地の起源は「遠隔地貿易のためにやってくる異邦人を隔離し、混乱を避けるために現地社会とは別に管理した。…日本側の意識としては近代日本の居留地は中国の租界を移植したものではなく、長崎出島の制限を緩和したもの」であり、五港開港・2開市は同時ではなく段階的に進められたため、一律の内容ではない。そして各港市の居留地と雑居地(借家と借地の別)の有無については一覧表で示す。

 大里浩秋「中国に置かれた租界について」の概要は次の通り。「1840年代から1930年代にかけて日本を含む諸国が中国に置いた空間的利権として、租界・租借地・鉄道附属地などがあり、…うち租界はとは主権は中国に属しながらも、その中国側の行政権が行使されずに、他国政府に長期間貸与された地域」である。1842年の南京条約で五港開港、2年後にアメリカとフランスが条約を結び同等の権益を確保、ついで天津条約(1858年)、北京条約(1860年)、下関条約(1895年)と拡がることについて、また後の租借地と鉄道附属地について触れる。

 3つの報告はきわめて広い時代と内容をカバーしている。日本古代の<居留地>から、安政五カ国条約(1858年~)以降の開港五港(函館、新潟、神奈川、兵庫、長崎)と2開市場(東京の築地と大坂の川口)を中心とする日本各地の展開、そして中国の租界についてはアヘン戦争(1839~42年)に伴う南京条約(1842年)の五港開港から約90年に及ぶ租界・租借地・鉄道附属地の展開を網羅している。

 3氏の報告を受けて、孫安石さん(神奈川大学非文字資料研究センター研究員)と菊池敏夫さん(同研究員)によるコメントと質問があった。お二方の研究課題に基づく見解と質問が示され、充実した時間を味わうことができた。

 その一方で、それぞれに深く究明する熱意は伝わってくるものの、わずか一人の持ち時間が30分、コメントと質疑応答を含めて計2時間半の公開研究会で全体を貫くテーマが何か、なかなか把握しきれない。私はせっかくの貴重な資料を頂いて、それらをどう生かすべきか迷っている、と敢えて質問した。

 「租界と居留地」の後には、新井力夫さん(横浜音楽文化協会顧問、フルーティスト)の「ヨコハマ・ワーグナー祭スペシャルコンサートについて」と演奏プログラム(計3ページ)、神木哲男さん(外国人居留地研究会全国会議議長)の「外国人居留地研究会全国大会in横浜開催に寄せて」(ここに過去の全国大会の一覧がある)がつづく。

 2日目の「居留地の音楽・美術・文学」には計7本の論考。発表者名とタイトルだけを以下に一覧する。
(1)山田耕太(敬和学園大学学長)さんの「新潟の音楽・文学・美術の萌芽とその後」
(2) 角田拓朗(神奈川県立歴史博物館主任学芸員)さんの「横浜居留地と近代日本美術-ワーグマン、五姓田派、横浜絵…」
(3) 中村三佳(神戸外国人居留地研究会会員)さんの「居留地の文学-「INAKA」について」
(4) ブライアン・バークガフニ(長崎総合科学大学教授、代読:松田恵/姫野順一)さんの「長崎居留地と西洋音楽の普及」
(5) 佐々木茂(北海道教育大学名誉教授)さんの「洋楽受容の先進地函館-ハリストス正教会の日本語聖歌-」
(6) 玉置栄二(桃山学院史料室室員)さんの「大阪の洋楽受容と川口居留地:ジョージ・オルチンを中心に」
(7) 中島耕二(フェリス女学院資料室研究員)さんの「築地居留地と近代
音楽-讃美歌との出会い-」

 ついで斎藤さんの「横浜居留地豆知識」(3ページ分)があり、具体的で分かりやすく、ともすると混同しかねない事象・事実を明快に解き明かしている。「神奈川か?横浜か?」、「開港場とは?居留地とは?」、「開港場横浜の範囲は?」、「関内とは?」、「横浜居留地の範囲は?」、「治外法権とは?」、「居留地に日本人は住めたか?」の7点。

 締めくくりが「開港期の音がよみがえる」(ウィンダム/鈴木史子)である。横浜外国人居留地の楽器商人ドーリング商会が輸入した貴重なリードオルガンを、まわりまわって山本博士さん(眞葛焼きの研究・蒐集家)が入手、修理を施した。このオルガンで、中村英子さんがバッハの瞑想曲や讃美歌、唱歌等を演奏する。

 斎藤多喜夫さんは「12回を重ねるなかで、…研究の<深まり>と<広がり>があった」と記す。<深まり>とは「居留地の起源や実態を世界史的な視野で研究すること」であり、<広がり>とは「居留地をさまざまな側面から研究すること、…今回は<居留地の音楽・美術・音楽>というシンポジウムでこの課題に応えるつもり」と意気込みを示す。

 さらなる情報を得たい方は、横浜外国人居留地研究会ホームページにアクセスされたい。yokohama-fs.jimbo.com

 2019全国大会を終えたいま、12年の歩みを通じて、「外国人居留地研究」の<深まり>と<広がり>は、見事に目標の8割を達成したのではないかと、私は感じている。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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