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新しい大学評価機関

 10月11日(金曜)午後、一般財団法人大学教育質保証・評価センターの設立を祝う記念シンポジウム(3時半から)と祝賀会(5時半から)が、メルパルク東京で開かれた。超大型台風19号の接近が危惧されるなか、公立大学長及び関係者多数が集まった。なお1時半からは認証評価実務説明会があった。

 一般財団法人大学教育質保証・評価センター(以下、本センターとする)は、公立大学長を会員とする一般社団法人公立大学協会(以下、公大協とする)により設立されたもので、既存の公益財団法人大学基準協会(2004年認証)、独立行政法人大学評価・学位授与機構(2005年認証、現在は大学改革支援・学位授与機構)、公益財団法人日本高等教育評価機構(2005年認証)につぐ、第4の大学評価機関として、実に14年ぶりに誕生した。

 本センターは、大学の教育研究等についての評価等を行うことを通じ、大学の自律的な質保証活動を支援することを目的とする(定款第3条)。具体的には、①大学の教育研究等の総合的な状況についての評価、②大学の教育研究等の総合的な状況についての評価に関する調査研究、③前各号に附帯又は関連する事業を行う。

 認証評価制度の発足時(2002年)の<理念>である「…大学の理念や特色は多様であるため,各々の評価機関が個性輝く大学づくりを推進する評価の在り方に配慮するとともに,様々な第三者評価機関がそれぞれの特質を生かして評価を実施することにより,大学がその活動に応じて多元的に評価を受けられるようにすることが重要」(中央教育審議会答申(2002年)「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」)を存分に生かしている点に特徴がある。

 すなわち「様々な第三者評価機関がそれぞれの特質を生かして評価を実施」することを通じて、「多元的に評価を受けられるようにすること」が、認証評価制度の理念である。ともすると硬直化した制度適用(合否判定のみを重視する等)がなされかねない中で、本センターの「評価等を行うことを通じ、大学の自律的な質保証活動を支援することを目的とする」は大きな意義を持つ。

 なお本センターは公大協により設立された機関であるが、公立大学のみならず国立・私立の大学に広く門戸を開いており、制度本来の趣旨である「多元的に評価を受けられる」1つの機関として位置づけられる。

 14年前に3つの大学評価機関が誕生した頃、公立大学はまだ少なく、公大協として独自の行動をとる力量に欠けていた。ところが公立大学数は年を追って増えつづけ、約2倍の93校となった。2018(平成30)年度現在では、大学総数781校(国立大学86校、私立大学604校)の約12%を占める。公立大学長をメンバーとする公大協は、大学団体としての本来の役割を名実ともに存分に発揮できるまでに成長した。

 本センターの役員は、奥野武俊代表理事(元大阪府立大学長)、近藤倫明理事・認証評価委員会委員長(前北九州市立大学長)、佐々木民夫理事・評価システム委員会委員長(元岩手県立大学副学長)、吉武博通理事(公立大学法人首都大学東京理事)、監事は稲垣卓(前福山市立大学長/福山市政策顧問)、中島恭一(元富山県立大学長/前富山国際大学長)の6氏。

 評議員は、荒川哲男大阪市立大学長、鬼頭宏静岡県立大学長、郡健二郎名古屋市立大学長、柴田洋三郎福岡県立大学長の4氏である。

 記念シンポジウムは、中田晃事務局長の司会の下、奥野代表理事による「開会挨拶」に始まった。この間の苦労を淡々と語り、今後への強い決意を示す。

 「本センターは、一般社団法人公立大学協会によって設立されました。公立大学協会は、各公立大学における第1巡目の認証評価受審の実績を踏まえ、協会内の研究組織において、2012年度から6か年度に渡り、認証評価についての検討を行ってきました。同時に、「公立大学法人評価に関する調査研究」を文部科学省からの委託により実施、さらには会員校に出向いたうえで、新たな考え方のもとでの試行評価を繰り返してきました。
 これらの取り組みを踏まえ、2018年3月、本センターを独立組織としたうえで、文部科学大臣に対し、大学評価機関としての認証申請を行いました。
 その後、大学分科会及び審査委員会の1年5か月に及ぶ審査を経て、ここに正式な認証を得ることができました。審査の過程では、大学の質保証制度の重要性を改めて学ぶと同時に、評価をめぐる議論にも一石を投じることができたのではないかと考えています。認証に至るまでにいただいた、多くの支援に感謝しつつ、国公私立大学の認証評価の実施に向けて前進いたします。」

 ついで小林雅之教授(教育社会学、桜美林大学総合研究機構)の基調講演「大学の質保証と大学評価の課題」と、それを受けての討論があった。

 基調講演は、パワーポイントによる23枚のスライドを使って(配布版と放映版を併用)論旨明快に進め、大別して(1)大学の質保証と評価に関する政策の流れ、(2)大学評価の2つのタイプ(制度型と市場型)、(3)今後の課題、の3つについて述べた。

 まず(1)については(ア)事前コントロールとしての設置認可と(イ)事後コントロールとしての評価(内部質保証)があり、日本では主に(ア)が質保証の機能を果たしてきたが、国際的な傾向としては(ア)から(イ)へと移行しており、グローバル化のなかこのまま放置できないとし、その各論として、①事前コントロールと事後チェック、②大学設置認可と認証評価、③大学教育の質保証の枠組み、④認証評価制度と他の質保証制度について述べる。

 ついで中央教育審議会の「2040 年に向けた高等教育のグランドデザイン答申」
(平成30年11月26日の第119回総会)に触れ、その「引き続きの検討事項」の1つとして「教学マネジメント指針の作成、学修成果の可視化と情報公表の在り方の検討を行うこと」を掲げ、教員サイドから見た教育(=教え育てる)体系に止まらず、学生の学修(=学び修める)成果の点検・評価を確実に行うことの重要性を指摘する。

 そのうえで(2)大学評価の2つのタイプ(制度型と市場型)を<評価目的>、<評価責任>、<信頼性>、<評価軸>等10項目を示して比較検討し、制度型に軍配を挙げる。一方、グローバル化(資金や教員・留学生の移動等)のなかで市場型の『USニューズランキング』と『タイムズ世界大学ランキング』の2つが巨大市場を牛耳りつつある現状に注意を喚起する。

 ついで近藤理事(認証評価委員会委員長)による説明「大学教育質保証・評価センター 認証評価の理念」があり、(1)本センターの目的、(2)本センターが行う認証評価の目的、(3)設立までの経緯の3点を簡潔に述べた。

 こちらのパワーポイントはスライド8枚であるが、図や表に加え、主な役員3名(上掲の奥野代表理事、近藤理事、佐々木理事)の写真も添えてある。複雑な問題を短時間のうちに話す制約の下、巧みな話しぶりを支える補助資料として効果的である。

 本センターの目的(1)については前述の定款第3条にあるとおり、「大学の教育研究等についての評価等を行うことを通じ、大学の自律的な質保証活動を支援することを目的とする」である。ここを読み飛ばしてはならない。<評価>という行為(手段)を通じて、<大学の自律的な質保証活動を支援>するのが<目的>である。これを明示するのは本センターの特色である。

 ついで(2)本センターが行う認証評価の目的については、(1)を受けて「…大学の教育研究の質の保証及び向上の取組みは大学自身の責任であることを自覚し、…評価を通じて大学の教育研究の質の向上に資すること」を目的とすると述べる(大学機関別認証評価実施大綱「はじめに」)。これは2002年中央教育審議会答申の本旨を強調したものであり、14年遅れで創設された後発者メリットであろう。

 本センターの特徴を(1)<社会から見て信頼性の高い評価>として具体的に3点、(2)<関係者にとって妥当性の高い評価(法)>として具体的に3点を挙げ、そのための3つの基準を掲げる。基準1「基盤評価:法令適合性の保証」、基準2「水準評価:教育研究の水準の向上」、基準3「特色評価:特色ある教育研究の進展」である。詳しくは本センターのホームページにある。

 最後が(3)設立までの経緯であり、ここを近藤報告は強調したように思う。表「認証までの活動の経緯」は2010年度(公大協会長=矢田俊文北九州市立大学長)に始まり、2011年度(会長=奥野武俊大阪府立大学長)が空欄、2012年(会長=同)に公大協内に「公立大学の質保証に関する特別委員会」を設置して新たな評価機関の発足も念頭に検討を開始、2013年(会長=木苗直秀静岡県立大学長)に「公立大学政策・評価研究センター」に改組(センター長は浅田尚紀広島市立大学長)、ワークショップと調査研究を進め…、2018年3月、郡健二郎(名古屋市立大学長)会長のときに認証申請し、1年5か月の長い審査後の2019年8月21日、認証評価機関として文部科学大臣の認証を得た。

 検討開始から10年、申請から1年5か月、粘り強く継続的に奮闘してきた成果である。なお空欄の2011年度は、5月の公大協総会で奥野さんが公大協会長に就任した年で、直前の3月11日が東日本大震災である。これを受けて、公大協の学長会議(秋に開催)にボランティアの学生団体も参加する新しい波が起きた。そのなかから新しい大学認証評価が成長してきたと言える。いまも学長会議でランチ交流会や学長・学生合同セッション等が行われている。

 10年という歳月は長いようで短い。公大協の役員(会長、副会長)の任期は2年(5月総会で承認)、報告者の近藤理事は平成23(2011)年(以下、西暦表記とする)に北九州市立大学長となり、公大協では3代の会長の副会長(3名)の一人として、5年間にわたり継続的に本課題に関わり、本センター設立までの10年のうち、合わせて8年を経験してきた。いま最終段階の大役を担い、これからをリードする。

 ちなみに北九州市立大学長を退任(2017年)後も定年前のため特任教授として大学に残り、生涯学習の北九大社会人大学(i-Design コミュニティカレッジ)を立ち上げ、塾長を務める(本ブログ2016年10月13日掲載の「江戸散策」等)。

 近藤さんとの出会いは、機構の機関別大学評価の現地調査の一員として私が北九州市立大学(矢田俊文学長、2009~2010年の公大協会長)を訪問した時、副学長として説明の先頭に立っていた。その爽やかな印象から、私は密かに<若きプリンス>と呼んでいたが、その後も折を見て歓談の機会を持っている。

 今回も近藤報告の要旨を聴くために前日に落ち合い、彼の知らない時代の初代公大協事務所あたりを散策、裏手にあったそば屋もうなぎ屋のあった一帯も再開発のため更地になっていて、遠回りをした末に入ったのが居酒屋・串八珍(後述)、そこでレクチャーを受けた。

 矢田さんとは縁のある新潟つながりで話す機会が多かったが、遠く離れてからはめったに会えない。そこに偶然、このシンポジウムの直前に『矢田俊文書作集 第四巻』が届いた。題して『公立大学論(上)平成の大学改革と公立大学』(原書房 2019年)である。じっくり読みたいと思う。公大協のみなさんにもぜひ推奨したい。

 公大協をめぐる<人の縁>は、10年前からさらに10年を遡り、合計すると20年超になる。前半の10年については、公立大学協会『地域とともにつくる公立大学一公立大学協会60周年記念誌』(2010年)をご覧いただきたい。

 本ブログのリンクにある拙稿「学長在任時を振り返って」(大学マネジメン卜誌 DEC 2014 Vo.110,NO .9 2)にも手短に述べている。5大学から会長校が選出され、会長交代とともに大部の資料が開封されぬまま次の会長校へ移動する時代が約半世紀つづき、公大協としての持続的活動を支える基盤がなかった。

 この形骸化していた公大協が目を覚ましたのは、荻上紘一(東京都立大学長)会長時代(2000~01年度)、児玉隆夫(大阪市立大学長)会長時代(2001~02年度)からである。2001年2月、公大協が初めて宮澤夏樹さんを事務局長に専任し、独自の事務所(西新橋)を持ち、継続性を担保する役割を担う組織とした。これこそ組織強化の基本であり、第一歩であった。

 荻上・児玉両会長の時期が私の横浜市立大学長時代(1998~2002年度)と重なり、年齢も近く(私が少し年長)、共通の趣味があり、研究面では<文理融合>、新設の公大協事務所で会議を終えると、新橋駅へ向かう道筋にある串八珍で議論のつづきをして親交を深めた。

 20年余にわたる<戦友>を久しぶりに集めようと児玉さんからメールが入った。シンポジウムの日の昼食を共にして歓談したいと、荻上さん、森正夫(愛知県立大学長)さんに声をかけたが、あいにく時間調整ができず、<四人組>が揃ったのは祝賀会の短い時間だけであった。

 昼食の歓談は児玉さんとサシの10数年ぶり。台風の接近が分かっているのに大阪から傘もなしの手ぶらである。すこしも変わらない。思わず口元がゆるむ。近くのタイ料理屋で歓談と相成った。

 大きな転機となった公大協の事務局新設、法人化にも各種委員会を設けて積極的な議論を進めたことの意義等を再確認した(詳しくは上掲『公立大学協会60周年記念誌』を参照)。これに拍車をかけたのが、2007年の中田晃さんの事務局長就任である。

 今回の歓談は前半の10年に集中し、後半の近10年については当事者意識が薄いことに気づいた。公大協の活動ぶりについて本ブログに何本か記事を書いている(2014年10月15日掲載「公立大学学長会議」等)ものの、主体的に関わっておらず、もっぱら<記憶から記録へ>の意図にそって書いている。「…今日の参加は、この近10年を学ぶためだね…」と確かめあった。

 シンポジウム後の祝賀会は広い会場に変更。中田さんの司会で始まり、鬼頭公大協会長(静岡県立大学長)が挨拶。来賓として佐々木さやか文部科学大臣政務官と大学改革支援・学位授与機構及び認証評価機関連絡協議会議長を務める長谷川壽一氏の挨拶があった。祝詞は<半来賓>の荻上さんが述べた。会場は祝賀に盛り上がったが、あいにくの台風による交通機関の乱れの情報に、急ぎ帰途につく姿もあった。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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