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知の再武装の時代に向けて

 標題の「知の再武装の時代に向けて」とは、「丸善」創業150周年記念連続講演会第5回の寺島実郎さんの講演タイトルである。そのネーミングに惹かれて参加した。8月8日(木曜)の夕方6~8時、会場は日比谷図書文化館、3日つづきの猛暑日であった。

 同時に、「丸善」創業者の早矢仕有的(はやし ゆうてき、1837~1901年、岐阜県出身)の多方面にわたる活躍にも興味があった。明治2(1869)年に横浜で洋書及び薬品医療器の輸入販売の<丸善>(当初は<丸屋>または<丸屋善八>)を創業、元金社中(出資者)と働社中(従業員)の両者が構成する近代的会社組織の元祖と言われた。さらに明治4(1871)年、仮設の市民病院を現在の中区北仲通り六丁目付近で開業、これがのちに横浜共立病院、十全病院と名称を変え、私の勤務していた横浜市立大学の医学部(附属病院)の基礎となる。

 寺島さんは現在、一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長、一般社団法人寺島文庫代表理事で、元三井物産社員の経験を活かし、経済の諸指標を的確に使い、世界の中の日本について、あるいは世界から見た日本について、鋭い社会評論を行うことで知られている。メディアへの登場も多い。

 本日の講演資料として、(1)世界のGDPシェアの推移(円グラフ)、(2)Digital Dictatorship(デジタル専制)、(3)IМFの世界経済見通しの3つを挙げる。

 まず(1)では、世界のGDPシェアの推移を6つの年(①=1820年、②=1913年、③=1950年、④=1988年、⑤=2000年、⑥=2018年)に分け、推移を縦横に語りながら、日本のシェアを各国・地域と比較して分析する(資料はOEⅭDとIМFのデータ、江戸時代の①=1820(文政三)年は推計値)。

 そこから引き出す結論が興味深い。6つの年次のうち①~③までは日本のシェアが3%、④に16%と急増、⑤でも14%を堅持、それが⑥で6%に急減する。

 これは何を意味するか。戦後の高度成長以来、日本経済を主導してきた製造業が役割を終えつつあるということである。⑥の6%に急減した分を担うのが16%の中国と3%のインド。日本からこれら地域へ製造業が移転したと言える。

 これを受けて「(2)Digital Dictatorship(デジタル専制)」では、デジタル・エコノミーへの構造変化を2019年6月現在の各社の株式時価総額を通じて分析する。

 アメリカのIT5社(GAFA+M)が約450兆円(ドル表示を円換算)、中国のIT3社(Baido.Alibaba,Tencent)が98兆円であるのに対し、日本の東証一部上位5社(トヨタ自動車、ソフトバンクG、NTTドコモ、キーエンス、ソニー)は57兆円であり、第四次産業革命=データリズム(データを支配するものがすべてを支配)のデジタル・エコノミー時代に完全に遅れをとっている、とする。

 関連して、日本の株価時価総額上位10社の推移を1960年から10年ごとに掲げる。このデータからも、製造業からデジタル・エコノミーへの大きな流れが読み取れる。

 最後の「(3)IМFの世界経済見通し」では、実質GDPの過去10年における対前年比%(購買力平価ベース)の統計表を使い、新興国の高い成長率に比して、最近5年間では日本が世界で最下位にあることを明らかにする。

 こうした日本経済の現実を、日本も「まあまあ良くやっている」と流し、「不満は少ないが、不安はある」のが日本人の平均的な心情ではないかと指摘する。

 日本経済の<後退>と今後の見通しを予想する別の指標が、8月12日(月曜)の日本経済新聞(朝刊)の1面に載った。見出しは「ESG×収益力 欧米が先行 人材・投資呼び込む 企業の持続性重視へ新指標」。添付の棒グラフによれば地域別で欧州、北米、アジアが高く、日本がその約半分、ついで中国がその3分の1で、世界平均を大きく割り込む。

 「持続的に高収益を上げられると評価できる企業」として、株式時価総額300億ドル(約3・2兆円)以上、自己資本利益率(ROE=return on equity)が20%以上の263社を対象とし、資本効率を示すROEに企業価値の拡大を目指すESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治)を乗じたものが、新たなROESG指標である。

 なお「企業のブランド力に寄与する」ESGとは、同紙<きょうのことば>によれば、以下の要素からなる。Eが二酸化炭素排出量の削減、再生可能エネルギーの利用、生産過程での廃棄物低減等、Sは供給網での人権問題の配慮、個人情報の保護や管理、製品の安全性の確保等、そしてGは取締役会の多様性確保、適切な納税、贈収賄等の汚職防止等を意味する。企業の質の評価を含み、説得力がある。

 経済面から見た世界と日本、あるいは世界の中の日本の行方を考えれば、このまま放置はできない。投資が逃げ、優秀な人材が流出すれば、将来への期待も後退する。

 ここから寺島さんの「知の再武装の時代に向けて」の提案が始まる。講演を補う詳細は、無料で配布された著書、寺島実郎『ジェロントロジー宣言 「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年 NHK出版新書 560)の中にある。

 新刊本に付す帯には版元と筆者の狙いを要約して示すことが多い。著書の表紙側には「100年をどう生きるか。自分の生き方を見つめ直し教養をアップデートせよ!「ジェロントロジー」という新・学問のすすめ」とある。

 「ジェロントロジー」と括弧を付しているのは日本語にまだ馴染んでいないことを意識してのことであろう。英和辞典にGerontologyは老人学とある。寺島さんは、「健全で幸福な高齢化社会を創造するためには、より広範で体系的英知を結集する必要がある」という点から<高齢化社会工学>と訳すべきとする。

 ついで裏表紙のキャッチには、「体系的な学びを通して、個人と社会システムを変革する。私は<高齢化によって劣化する人間>という見方を共有しない。もちろん、老化による身体能力の衰えを直視する必要はある。だが、人間の知能の潜在能力は高い。心の底を見つめ、全体知に立ってこそ、美しい世界のあり方を見抜く力は進化しうる。<知の再武装>を志向する理由はここにある」と記す。

 高齢者が人口の7%以上を超えると高齢化社会、14%を超えると高齢社会、21%を超えると超高齢社会と呼ばれる。日本は1935年に4.7%で最低であったが、2007年に21.5%の超高齢社会となり、2050年代までは世界1位を堅持すると予測される。こうした時代だからこそ、日本人が<知の再武装>を提起することに大きな意義がある。

 講演の終了時間が迫るなかで、寺島さんは最大の課題が<都市郊外型の高齢化>にあるとし、国道16号線(都心の周囲を環状に結ぶ首都圏の道路、総延長は約250キロ)沿いに造られた団地群とその住民に触れる。この人びとは団塊世代を代表し、<金のたまご>として上京、製造業主導の戦後経済を牽引してきた。いま古稀を過ぎて70代に入った。

 「ニュータウンの問題は、将来の発展の前提となる世代の交代という図式が壊れていること」であり、「…団地やニュータウンというコンクリートのブロック空間に独居老人を閉じ込めたまま地域社会全体が高齢化しているのが、都市郊外型の高齢化の特質…」と指摘する(第2章)。

 最後が演題の本題である「知の再武装の時代に向けて」だが、時間切れで十分には語られなかったため、著書から論点を抜粋しておきたい。誰にも<中年の危機>は訪れる。「…自分は本当にこのような生き方でよいのだろうか」と自問自答を繰り返すうちに、深い心の闇に迷い込む人もいる。

 そうした危機から脱する方法として、一つは人生の使命に気づくこと、もう一つは人との出会い、と述べる。その後に展開する<江戸時代における知の基盤>、<戦前まで生きていた和漢洋の教養>、<戦後社会科学教育の欠落部分とは何か>、<生命科学がもたらす新しい人間観>等の記述は興味深い。そして最後の第5章「高齢者の社会参画への構想力 食と農、高度観光人材、NPO・NGO」には、多くの具体的な示唆が記されている。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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