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三溪園と日本画の作家たち

 三溪園の創設者・原三溪(1868~1939年)の没後80年を記念して、三溪園では横浜美術大学と連携し、「三溪園と日本画の作家たち」を開いている。大別して次の3部構成である。

 (1)「三溪園 原三溪が支援した作家たち」(三溪園内の三溪記念館第1、第2展示室で開催中、担当は三溪園学芸員の北泉剛史)。会期は7月12日(金曜)から8月18日(日曜)まで。
 (2)「下村観山(四季草花図)復元画」(制作 越智波留香)ほか。三溪園記念館第3展示室。会期は7月12日(金曜)から10月1日(火曜)まで。
 (3)「景聴園+越智波留香」、恒例の夏の公開に合わせて三溪園内の鶴翔閣にて。会期は8月3日(土曜)~18日(日曜)。

 今回の企画意図について、三溪園と横浜美術大学の連名のあいさつの中で、次のように述べている。

 「今年は三溪園の創設者・原三溪の没後80年を迎えます。これを記念し横浜美術大学との連携による企画展「三溪園と日本画の作家たち」を開催します。
 三溪は明治期末から昭和期にかけて生糸貿易・製糸業で財をなし、日本・東洋の古美術品を蒐集する一方で、岡倉天心の依頼を受け、日本美術院を中心とした若い日本画家たちを支援しました。画家たちは制作に専念できるよう資金を援助されただけでなく、毎月行われたという古美術の鑑賞会で、三溪が蒐集した美術品から古典絵画の表現技法を深く学ぶことができました。なかでも下村観山は、狩野派の古典的素養に近代の新しい感覚を兼ね備えた高い画技を持っていたことから、三溪が最も愛し厚く支援した画家です。
 横浜美術大学で絵画研究室助手を務める越智波留香氏は、関東大震災で失われてしまった松風閣に観山が描いた障壁画《四季草花図》を綿密に研究し、このたび復元制作を行いました。本展では、当園が所蔵する観山の下図とあわせて、その成果を展示します。
 三溪園を舞台に新しい時代の日本画の表現を模索した作家たちの作品を通して、原三溪という芸術のパトロンが、その発展に来した歴史的意義をあらためて見直していただく機会となれば幸いです。」

 今回、横浜美術館で「原三溪の美術 伝説の大コレクション」展(会期は9月1日まで)が開かれるのを機に、三溪園の吉川利一事業課長を軸として、横浜美術大学、横浜美術館の三者を結ぶ大きな輪に拡げられないかとの協議が昨年夏から一挙に進み、このような企画が実現する運びとなった。

 2つの会場のうち三溪記念館は1989(平成元)年の建設、築30年で3つの展示室を持つ。もう一つの(3)の会場の鶴翔閣は1902(明治35)年建造で築117年の由緒ある建物で、横浜市指定有形文化財である。

 (1)の第1、第2展示室では、明治30年代以降の、日本美術院(岡倉天心たちが明治31(1898)年7月に創設)の伝説的な日本画家、すなわち下村観山、横山大観、今村紫紅、荒井寛方、速水御舟等の作品約30点を展示している。

 彼らは、生年から概ね10年ごとに三世代に分類できる。第一世代が横山大観、西郷孤月、下村観山、荒井寛方。第二世代は今村紫紅、小林古径(本展では出品なし)、安田靫彦、前田青邨。第三世代は牛田雞村、小茂田青樹、速水御舟。このうち荒井寛方(1878~1945年)は三溪が初めて支援した日本画家で、明治36(1903)年、寛方が美術雑誌『国華』(28歳の岡倉天心が1889(明治22)年に創刊)に掲載する《孔雀明王像》(国宝、東京国立博物館、三溪旧蔵)を模写するため三溪園に滞在したことが機縁となった。

 第2展示室の12点はすべて下村観山(1873~1930年)の、明治末から大正12(1923)年までの作品である。三溪は、明治41(1908)年の第1回国画玉成会展覧会に出品した観山筆《大原御幸》(東京国立近代美術館)を見て、その卓抜した画才に感じ入り、明治44(1911)年、天心を通じて観山に支援を働きかけ、大正元(1912)年には本牧和田山(現、本牧山頂公園)に屋敷を提供した。今回の展示品は絹本着色、絹本淡彩、紙本淡彩、紙本墨画から成る。大型紙本墨画の《老松》(192.6㎝×143.3㎝)がとりわけ目を惹く。

 一方、第2会場の鶴翔閣では、かつて倉の奥の<客間棟>で伝説の大画家たちが制作に打ち込み、また<楽室棟>では1910年代から第二世代を中心に三溪所蔵の名画をめぐる古美術鑑賞会が頻繁に開かれた。議論し、切磋琢磨する芸術家たちの熱気と気概あふれる場所であった。

 その同じ場所で、約百年を隔てた今日、次代を担う若き作家たち、すなわち「景聴園」(けいちょうえん、京都市立芸術大学で日本画を学んだ作家5名と企画者2名からなる)が、新たな日本画を模索する。

 この(1)と(3)を結ぶのが、記念館第3展示室の(2)「下村観山(四季草花図)復元画」(制作 越智波留香、横浜美術大学絵画研究室助手)である。原画は三溪園山上の松風閣にあった京間十畳和室の障壁画(1912年)であるが、関東大震災(1923年)で建物は倒壊、作品も消失した。残された小下図(下絵)や古写真等を手がかりに、観山の他の作品も参照し、可能な限りの推考を重ねて作り上げた大型(264.9㎝×781.5㎝)の作品である。

 どのように復元したかを示す数葉のパネルがある。下図や観山筆《白狐図屏風》の他、俵屋宗達たち琳派の作品を研究し、金銀泥に銅粉や墨で陰影を作る、また<たらし込み>という墨や絵の具の滲みや混ざり合いを活かす画法を取り入れる、さらに和紙を3回裏打ちする技法を再現等々、ひたむきな苦闘の結実は後につづく人の参考と励みになるにちがいない。

 ここには観山の下図のほか、実際に使っていた絵筆、スケッチブック等も展示している。

 8月3日(土曜)、第2会場の鶴翔閣において(3)「景聴園+越智波留香」が始まり、若き現代の作家たち「景聴園」の作品28点と越智さんの作品2点が披露された。

 大広間を小さく仕切り、ふだんの鶴翔閣を知る人には、あたかも異空間かと思わせるレイアウトである。柱や鴨居に傷をつけぬよう、三溪園建築担当の原未織が立ち会い、慎重に作業を進めた。

 見事にできあがった展示空間に込めた思いが、A3両面×1枚の配布リーフレット(文:乃村拓郎/景聴園)に書いてあった(裏面は作品の配置図と作者・作品名一覧)。その一部を引用したい。

 「…明治から大正にかけて日本画家達は、…西洋画法の導入を試み、かたや伝統的な線描や古典への回帰があり、奥行きを求める画面へ、または平面的な画面構成へと融合と回帰を繰り返し日本画の輪郭を探っていきます。…時代が進むと新しい画材の開発も行われ、作品のあり方も床の間に飾る作品から、展覧会で見る作品へと変化していきます。…今回の展示は、大学で日本画を学んだ現代の作家達によります。日本画が生まれて約百年が経った今、現代の作家はかつての日本画達が見た景色の中に立っているのでしょうか。そして彼らが鶴翔閣に集まった日本画家を振り返ったとき、どのような景色を描けるのでしょうか。
…今も昔も作家達の眼差しには、新たな地平を拓くという強い意思があります。…近代において日本画の興隆の舞台となった鶴翔閣で、時代の視線が交差する時、どのような景色が現れるのか、どうぞご高覧ください。」

 この日、越智さんを講師に迎え、11時、1時、3時からの3回、各回の定員15名程度で、ワークショップ「三溪園の画帖をつくろう!」が行われた。<茶の間棟>に机と画材等をならべ、「三溪園の風景をあしらった古い本の形式の一種である<画帖>を作り、今日の思い出を描きこんでみましょう」と呼びかける。猛暑日にもかかわらず、若いカップルや家族連れで賑わった。その奥の<書斎>にも越智さんの作品が2点。

 この前日、日本経済新聞の8月2日朝刊1面<春秋>欄の、埼玉県東松山市にある「原爆の図丸木美術館」についての記事が目に留まった。この美術館は画家の丸木位里・俊夫妻が1967年に設立したもので、共同制作<原爆の図>を展示している。1980年代は広島・長崎の修学旅行前に学習に来る団体が急増するが、やがて<原爆の図>は残酷だとして教科書への掲載が減り、美術館は活気を失う。しかし東日本大震災(2011年)後、社会問題と向き合う美術家を招くと、彼らが<原爆の図>に刺激されて新作を生み、その作品目当ての若い観客が丸木夫妻の<原爆の図>に共感するという。

 後世に残すべき作品を大切に保存・管理し、新しい発想で今に生きる人々に伝えていくことがいかに重要かを改めて心に刻む。

 それとともに、「下村観山《四季草花図》復元画」のように、失われた作品の復元も劣らず重要である。それはまた美術研究を深め、創作活動の可能性を拡げる。「景聴園」の作品群が及ぼすにちがいない今後の影響を見守りたい。

 三溪園という国指定名勝が、若い世代に活動の場や、他に類をみない収蔵品を提供して彼らの後押しができれば、そして彼らの作品をきっかけに若い観客や仲間が増えてくれればと思う。

 今後の予定は以下の通り。

 8月10日(土曜) 11~12時、越智波留香講演「<観山の間 四季草花図>の復元-三溪と観山が描いた理想空間」。ゲスト:荒井経(東京藝術大学大学院保存修復日本画研究室教授)。定員は30名。

 8月10日(土曜) 13~14時半、出展作家によるギャラリートーク。越智波留香、景聴園(上坂秀明、合田徹郎、服部しほり、松平莉奈、三橋卓)。聞き手:森山貴之(本展企画、横浜美術大学美術・デザイン学部准教授)。ゲスト:荒井経(東京藝術大学大学院保存修復日本画研究室教授)。定員は30名。

 8月11日(日曜) 10~16時の間に随時受付(一人30分程度) ワークショップ「みんなで大作に挑戦!~孔雀明王ぬり~」 講師:景聴園(上坂秀明、合田徹郎、服部しほり、松平莉奈)。「岩絵具を使って大作ぬりえに挑戦! 岩絵具に親しんでもらうとともに、三溪園で大作に挑んだ横山大観らの制作を体感してもらいます」と呼びかけている。

 なお、この展示「三溪園と日本画の作家たち」の会期は8月18日(日曜)までの予定であったが、三溪記念館の第3展示室(「下村観山(四季草花図)復元画」のある部屋)に限り、展示物を一部入れ替えて、10月1日(火曜)まで延期する。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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