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横浜散策(その2)

 近藤さんと尽きぬ話をしながらの横浜散策は、「横浜山手テニス発祥記念館」の立寄りで第1ラウンドを終えた(本ブログ2019年6月4日掲載「横浜散策(その1)」を参照)が、夕方5時半を過ぎてもまだ明るい。カフェの屋外ベンチでコーヒーを手に話がつづいた。

 ここからは第2ラウンド「横浜散策(その2)」であるが、私がたまたま超過密スケジュールに追われて起稿できず、近藤さんに記憶の復元と記録化をお願いしたものである。すぐ届いた文章を基に草稿を作ったのが5月29日、それから2か月以上も経ってしまった。近藤さん、ご免なさい!

 急ぎ本題の「心理学で要素主義の分析と、ゲシュタルト理論ではしばしば理解が異なる」とする論点に入りたい。私の問いかけに近藤さんが答える。

 「…実験心理学の創成期19世紀後半、こころの機能や行動を構成要素に分析しその総和でこころの世界を理解しようとする立場、つまり要素主義がありました。当時の科学的方法論としては自然な流れでしょう。これに対して20世紀初頭、要素主義の考え方を否定するゲシュタルト理論が提唱されました。<ひとつの全体は要素に還元できない体制化された構造>であるとする立場です。」

 「…その<まとまり>、あるいは<全体性>、<形態>をゲシュタルトと呼び、英・仏・そして日本語でもうまく訳せない概念なので独語オリジンのゲシュタルト(Gestalt)が用いられています。例えば、仮現運動という現象があります。知覚心理学の分野での視覚による運動の知覚です。線路沿いに置かれた警報機の光の点滅をイメージしてください。2つの光が左右に離れて交互に点滅します。これを見ると2つの光が別の場所で交互に光っているという“正しい”知覚が生じます。この状況で2つの光が点滅する時間間隔(あるいは距離間隔)をうまく調整すると、1つの点が左右に運動するように見える知覚を生み出すことができます。視覚のイリュージョン、錯視が生じます。…」

 近藤さんは専門の<知覚心理学>の事例を挙げ、楽しげに話す。「…これは誰にでも体験できる現象であり、デモンストレーション、つまり証明可能です。この現象は、要素主義が主張する刺激要素と感覚要素の1対1対応の総和では理解できない心理現象です。つまりどんなに要素に分解して分析し、加算しても、この状況で私たちが実際に経験するひとつの点が左右に運動して見えることは予測できないのです。」

 異分野を専門とする私に対して、別の事例を挙げて迫ってきた。「…実証可能な科学とは違い、歴史学では実証的証明に限界がありそうなので、分野の枠を超えることは難しいのでしょうか。学際研究を可能とする知的プラットホームは学問を進める上で必然といえると思うのですが。…」

 「…先ほど公園で講義いただいた三角貿易に話を例えて見ますと、英国と中国、英国と印度、中国と印度をそれぞれ1本の線の両端に置きます。これが要素主義による三角形を構成要素の3本の直線に分解したものです。分解された要素1本ずつをいくら分析して加算しても三角貿易の真の意味は理解できないのではないでしょうか。」

 「…これに対してゲシュタルト理論では、ひとつの全体である体制化された構造として三角形の頂点に英国・中国・印度があるとすると、その場、つまり<まとまりのある構造>によって加藤理論の歴史学的意味が浮き上がる。ゲシュタルト思考の賜物かも知れませんね。少し強引ですが知的パズル遊びと思って笑ってください。三角形はグーテ・ゲシュタルト、<よいかたち>です。…」

 「…う~ん!?」と私は反応し、ゲシュタルト心理学により私の歴史理論を解明してくれたことに感謝しつつ、すぐ対応するまでにはいかず、歩きましょうと促した。来た道を戻るなかで、近藤さんが若い頃、スコットランドのダンディー大学客員研究員をしていた頃の(家族を連れて1年間)話をしてくれた。

 「…ゴルフで有名なセントアンドリュースの近く、ダンディー市から湾のような川幅をもつテイ川を挟んだ対岸の町、ニューポート・オン・テイの19世紀の石作りの頑強な建物。その1階に住む大家さんに2階を借り、家族の住まいとしていました。その門扉にあったのがFern Brae14(フェルン ブレイ)。フェルンは植物のシダ、ブレイはスコットランドの用語で「川岸に沿った丘の下りこう配」を意味します。確かにテイ川の川岸のシダが覆う斜面にその家は川を見おろすように建っていました。横浜の外国人居留地跡で見た看板は西洋文化に共通する匂いとして30年前の回想を惹き起こしたようです。」

 我々は港の見える丘公園から新緑の中を下り、谷戸橋を渡って山下公園へ向かう。関東大震災(1923年)で壊滅的打撃を受けた横浜は、原三溪を筆頭に震災復興に全力を尽くした。その結晶の一つが、倒壊した建物の瓦礫等を埋め立てて造った山下公園(1935年開園)である。ニューグランド(正式には<ホテル、ニューグランド>と表記)の旧館入口に「横浜開港160周年」の看板。その先の、イチョウの枝に架かる天空の月を写真に収める。

 道を渡って横浜港に接する山下公園へ。係留してある氷川丸は1925(昭和5)年、横浜船渠(ドック)で建造された。戦時には病院船として、戦後は客船・貨客船として役目を果たした。従兄弟の加藤敬二が船長を務めた時期があり、船内を案内してもらった懐かしい船である。

 山下公園を後にして、朝陽門から中華街に入る。関帝廟に参拝し、夕食。2人だけの中華料理には小皿料理が一番である。ここで近藤さんが北九州市立大学で塾長を務める社会人大学(i-Design コミュニティカレッジ)の話になった。近藤さんによる再現は、ほぼ以下の通りである。

 「…日本の大学における教養教育改革が声高に叫ばれて久しい。伝統的に科学教養・人文教養・社会教養が学士課程の3本立ての教養教育の内容としてカリキュラムに含まれています。教養科目は社会人となる学生にとって専攻する専門分野に関わらず身につけておくべき<生きる力となる基盤>です。当然大学では、初等・中等教育を経た二十歳前後の学生を受講者としての立て付けになっています。果たしてそれで十分か?…」

 「…人生100年時代、それぞれのステージで必要とする教養のあり方は変化するものでしょう。50代には50代の、60代には60代の。また人生経験の違いによっても変化するはずです。社会人大学は、自分の意思で学び、その教養を身につけます。そのためには設置の科目は個々の社会人学生の社会経験や要求に対応できるものが準備される必要があります。」

 「…事前のニーズ調査による科目の設定や教員側からの社会人の経験に応じた科目の提案など多様性をもった対応が新たな教育の可能性を拡げるものとして必要です。また、授業内容においても二十歳前後の学生とまったく違う反応があります。例えば、心理学で記憶の話をすると特に年齢の高い方は記憶術に高い関心を示します。社会経験が豊富で、年を重ねるごとに豊かなエピソード記憶をもつ方は、若者より有利に記憶術を使う可能性があります。」

 「また、この社会人大学は新任の教員にとっても、よい学びの場となる可能性があります。新任教員にとって通常受講学生は自分よりも若く、年齢差があまりありません。過去の自分が学生のころの経験、それが授業に役立ちます。しかし、自分より年齢の高い、しかも異なる社会経験を積む社会人学生を前に授業をする場合、同じ科目であっても理解を促し、伝えるためには、話す内容、取り上げ方を工夫する必要があります。創造性を持った授業準備の必要性です。ここに教員としての質の向上が期待できると思います。…」

 驚くべきは、これが単なる企画や計画ではなく、今年度から実施段階に入ったことである。近藤塾長の熱が伝わってくる。一方、私は書いたばかりの「大学教員の仕事」(本ブログ2019年3月5日)を思い出し、大学教員の多くが今、<気概>を失いつつあるのではないかと危惧していた。

 この点を近藤さんに伝えると、上掲の「大学教員の仕事」には、「後輩教員への温かな眼差しとバトンを託す思いとしての強い意志が感じられます。とりわけ最後の3点目は、大学を担う教員一人ひとりが自らの心得として軸にすべきものでしょう」と返ってきた。

 その<最後の3点目>を再掲する。「教員個々人の領域に引きこもらず、分野・職種・年齢等の異なる大学構成員(教員・職員・学生)との自由闊達な意見交換により、大学本来の役割である知(知識+知恵)の創造・継承・普及に寄与すること」。

 今回の横浜散策は予定していたコースの何分の一かに過ぎない。加えて、近藤さんから催促が来ている。「7、8年前の宿題、覚えていますか? 孔子の言葉をまとめた『論語』のことです。そこには人生訓として70歳(従心)まではありますが、80歳、90歳についての言はありません。先生に考えてもらう約束ですが…」

 難しい宿題を抱えつつ、いずれ「横浜散策(その3)」をお届けするつもりである。(続く)
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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