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IUCの卒業発表会

 みなとみらいパシフィコ内にあるIUC(Inter-University Center for Japanese Language Studies アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター)の卒業発表会があった。6月3日(月曜)から5日(水曜)までの3日間、1名あたり15分の持ち時間(質疑を含む)で、計55名の発表である。

 見覚えのある顔と名前が並ぶ。と言うのも、来日してすぐの今期生を三溪園へ招待(本ブログ2018年10月4日掲載「台風一過のIUC学生来園」)、さらに三溪園訪問の印象記を依頼したところ14名が応じてくれ、それを本ブログ2018年10月22日「IUC学生の三溪園印象記(2018年)」に掲載した。いずれも斬新で素直な印象を見事な日本語で述べている。

 来日から10カ月、750時間に及ぶ日本語特訓の成果を発表する学生にとっては晴れ舞台であり、ブルース・L・バートン所長をはじめとする教員・スタッフの方々にとっては、学生たちの成長を見届ける場である。私も時間の許す限り、ほぼ毎年欠かさず出席してきた。

 配布されたプログラム(すべて日本語)にあるバートン所長「ご挨拶に代えて」は言う。「…どの発表をお聞きいただいても、その独創性や専門性の高さをお分かりいただけるのではないかと思います。…主に大学院生を対象に、40週間で、読む、聞く、話す、書くの4技能すべてにわたって上級レベルの技術を身につけさせ、専門分野の研究や業務が十分に行えるよう訓練しています。…国際理解の重要性が益々高まる中、日本語教育を通じ、世界における日本理解を深めることで世界に貢献できるよう、よりいっそう努力してまいります。…」

 私にはIUCが東京から横浜へ移転した1987年からの付き合いである。それは上掲の「…国際理解の重要性が益々高まる中、日本語教育を通じ、世界における日本理解を深めることで世界に貢献…」するIUCの精神に感銘を受けるからである。日本人や日本の団体が継続的になしえなかった「世界における日本理解を深めることで世界に貢献…」を55年にもわたり進めてきたIUCに心から感謝する。

 今回の発表会で私が聴いたのは、最終日の午後の5名だけであった。どの学生も高度な専門性(内容)と日本語の駆使能力(形式)を合わせもっている。配布されたプログラムに55名分の発表題名と約250字の概要が記されている。うち私が聞いた5名分を転載し、IUCの活動と学生たちの関心・能力の一端をお知らせしたい。

(1) 助動詞ケリの意味論的不完全指定  ジョン・バンチュー(Ohio State
University)
 古文の助動詞「けり」の定義は現在も定まっておらず、多くの研究者は「けり」の意味を探る際、一つの定義に集約させようとする傾向がある。しかし、一つの形態素は通時的に意味が変化するだけでなく、共時的にも文脈に応じて意味が加えられ、彩られる。「けり」も文脈により、回想と結果相が含まれるパーフェクト、伝聞と論理的結果が含まれる間接的証拠性、または詠嘆と気づきが含まれる意外性を示すように使用されてきた。従って、一つの定義に絞るより、「けり」の意味論的不完全指定を理解し、上述の幾つかの定義の共通点を把握する必要がある。その共通点は時間的あるいは認識的に離れた既定事実が文法的に示されていることである。

(2)「若者言葉」はどのように見られているか  ウネー・ソー(Stanford University)
 本発表では人々の若者言葉に対する見方に注目する。若者言葉は若者コミュニティを維持する手段の一つであり、インターネットの発展に伴い若者言葉という概念が世間一般に広がっている。若者言葉自体は研究されてきたが、聞き手側がどのように捉えているかに関する研究は少ない。本発表では、若者言葉を使う話し手がどのように評価されているかについてのアンケート調査の結果をデータ化し、若者言葉が映すペルソナを聞き手側の見方から探る。更に言葉の選択によって無意識に他人に与える含意を探求し、日本語の若者言葉の指標性を論じる。

(3)「レンタル」によって「ニュースタート」へ -ひきこもり部屋からの脱出-  ラムジー・イズマイル(University of California, San Diego)
 「社会的ひきこもり」とは、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が6ヶ月以上持続しており、他の精神障害がその第一の原因とは考えにくいものとして定義され、様々な学者によって研究されてきた。しかし、「ひきこもり」という人たちが、どのような方法を通じて部屋から抜け出すかは、まだ十分明らかにされていない。本発表では、ひきこもりの回復を支援する「ニュースタート」というNPOでの参与観察に基づき、ひきこもりが「ニュースタート」に来るきっかけや、「レンタル」という一つの脱ひきこもり支援の過程に着目する。

(4)伝説の島から現実の州へ -日本の古地図におけるカリフォルニア-  タミ・ヒオキ(Stanford University)
 19世紀、日本では大きな変化が起きた。江戸時代には海外からの情報が限られていたが、19世紀に入って世界に関する情報が増えたのである。世界地図は、その重要な資料の一つであった。外国からの情報の制限のため、初期の日本の世界地図は不正確な部分がいくつもあった。しかし、19世紀には、世界地理の情報が蓄積され、以降の世界地図は次第に正確になり始めた。本発表では、18世紀末および19世紀に作られた世界地図におけるカリフォルニアの描写を通して、日本の古い世界地図の変化を検討する。カリフォルニアは日本の古地図でどのように描かれたのか、そして、当時の日本とカリフォルニアの関係はこの地図からどのように解釈できるかについて分析する。

(5)米国訴訟における「ディスカバリー」とそのリスク  エバン・ターキントン (米国弁護士)
 日本企業がアメリカで訴訟に直面した場合、潜在するリスクが多々ある。日本と異なるアメリカの情報開示手続(「ディスカバリー」)に伴うリスクがその一つである。訴訟に関連しうる様々な情報や文書の開示が連邦民事訴訟規則により義務付けられ、裁判所がこれを厳しく取り締まる。一方、日本の民事訴訟法も文書提出義務を規定するも、例外を規定する条文や義務を否認する判例により、提出義務がかなり制限される。本発表では、両国の民事訴訟制度における証拠収集に対する基本的な考え方を紹介し、日本企業などの当事者がアメリカでのディスカバリー義務を軽視した場合のリスクを説明する。

 55名全体の発表傾向を示すために、昨年秋に三溪園訪問印象記を寄せてくれた14名(本ブログ2018年10月22日掲載「IUC学生の三溪園印象記(2018年の発表)」のうち、上掲のウネー・ソーとエバン・ターキントンを除き、了承を得た10名の発表題名と所属大学名を掲げておきたい。三溪園印象記と今回の卒業発表とは明示的な因果関係はないものの、なんらかの関係を示唆しているように思う。関心のある方は読み比べていただきたい。

★レーセン ハナ(Princeton University) 能の般若における人間と鬼の境界性
★アーロン スティール(University of Washington) 「日本を学ぶ」から「日本で学ぶ」へ
★サンピアス ウェスリー(University of Illinois Urbana Champaign) 明治初期の衛生観念普及事情
★マット ミックレラン(University of Victoria) 文字表記と音声表記 -日本アニメ翻訳に関する一考察-
★イアン ハッチクロフト(Occidental College) 持続可能な開発目標(SDGs)に対する日本の取り組み
★チョウ モウシ(Heidelberg University) 江戸時代の禁書政策 -『帝京景物略』を中心として-
★ファトゥマ ムハメッド(University of Washington) ライトノベルにおける「異世界」の台頭とその意義
★メーガン マッカーシー(University of San Francisco) 「武は愛なり」世界に広まった合気道
★リリアン ハート(DePaul University) 日米国際交流における官民パートナーシップの意義
★カサリン ジョプリン(Stanford University) 性別二元性への挑戦 -日本と西洋のドラァグシーンの比較-

 3日間にわたる卒業発表の終わりに、青木惣一副所長が挨拶に立ち次のような趣旨のことを述べた。「卒業発表を聞くとき、毎年のことだが、その発表内容と日本語表現(言語形式)の両面に関心が向く。日本語教師としては本来、日本語表現(言語形式)がどこまで進歩したかに集中して聞くべきだと思うが、その上達ぶりに押され、みなさんの発表内容についつい引き込まれました。本日で40週にわたる集中特訓を終えて、読む、聞く、話す、書くの4技能すべてにわたって上級レベルの技術を身につけたことを証明しました。明後日の卒業式を以てすべて終わりです。これを新たな第一歩として、さらに精進してください。」

 学生たちは、今日の達成感から次の一歩へ、それぞれに次の目標を心に刻んだに違いない。母国で、あるいは他の移動先で、さらに専門性を高め、未来に羽ばたいてほしい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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