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横浜市立大学の入学式

 横浜市立大学(以下、市大)入学式は従来通り4月5日、ソメイヨシノが満開を誇るなかで行われた。ちょうど4年に1度の市議会議員の選挙運動中(投票日は7日の日曜)であった。

 今年の入学式は格別の意味を持っている。昨年11月3日(文化の日)、横浜市立大学創立90周年記念式典が挙行され(本ブログ2018年11月7日掲載の「横浜市立大学 創立90周年記念式典」を参照)、そこで昨年度に発足したデータサイエンス学部、今年度から再編発足する国際教養学部、国際商学部、理学部の3学部、それに従来の医学部を合わせた、5学部体制が明らかにされた。

 私が学長を務めたのは1998年5月1日から2002年4月30日までの4年間であり、退任してから17年が経つ。私の退任後に公立大学は設置者(自治体)の<直営>から独立性を持つ公立大学法人へ移行できる制度変更がなされ、その制度設計に公立大学協会(全公立大学長が加盟)の相談役として私も参画した(『公立大学協会60年史』2010年)。

 公立大学法人への移行は、国立大学法人への移行が全大学一斉に行われたのとは異なり、各自治体とその公立大学が独自に決定し、また理事長と学長の<一体型>か<分離型>かをも選択できる制度設計であった。

 公立大学法人化は<法人化>、あるいは<独立行政法人化>を短縮して<独法化>とも呼ばれた。市大の法人化は2005年。理事長と学長の<分離型>を採用、学部編成も大きく変更して国際文化学部・理学部・商学部の3学部を1つの国際総合科学部に括り、医学部との2学部体制とした。

 国際総合科学部という学部名は、受験生・在校生にとって学ぶ対象が分かりにくい上に、教職員にとっても説明するのが難しい。この<合理化>による2学部体制を見直そうと、3年余の努力が重ねられ、紆余曲折の末、昨年秋、上掲「創立90周年記念式典」において新たに5学部体制を宣言した。

 この5学部体制の発足が今年の入学式である。新体制までの苦闘の軌跡を知る者にとっては大きな喜びである。先頭に立たれた二見良之理事長と窪田吉信学長の奮闘には敬服の念を禁じ得ない。

 式典は、森林太郎(森鴎外)作詞・南能衛作曲の横浜市歌の斉唱に始まる。「わが日の本は島国よ/朝日かがよう海に/連りそばだつ島々なれば/あらゆる国より舟こそ通(かよ)え」(一番)。私も思いを込めて歌う。市歌は横浜開港50周年を祝う1909年に作られた(本ブログ2016年6月9日掲載「開港記念日と横浜市歌」を参照)。今年は開港160年である。

 ついで窪田学長の式辞。自分の頭で考え、課題を発見して解決することが重要であり、多くの分野を持つ総合大学の利点を生かすも殺すも「みなさんの姿勢にかかっている」と語り、専門外の科目に学んだ自身の経験を披露した。

 林文子市長は、市大が横浜市とともに歩んできた長い歴史を持つことを強調したうえで、みなさんは我々の「夢と希望」と呼びかける。自分は母子家庭だったため大学進学を諦めて社会へ出たが、そこで男女の地位の格差に愕然とするも、目標に向かって邁進してきた。
 大学へ進むことができたら、もう少し理論的に考えることができたかもしれない。それがないだけに、人との意思疎通に心を砕いた。「…みなさんも相手の立場に立って思いを伝えるように努力して欲しい、私は大学が大好き」と熱く語る。

 新入生(学部990名と大学院修士・博士課程261名)を代表してデータサイエンス学部の渡辺武尊君が宣誓、混声合唱団(中村響指揮)が歓迎の歌を披露、ついで応援団(大薗拓未団長)とチアダンスがリードしての校歌斉唱へと進む。

 西条八十作詞・古関裕而作曲の校歌は3番まであり、「…世界の海港(みなと)に意気も高らか…」、「若き日みじかし真理は遥(はる)けし 究る情熱 鉄火もつらぬく」、「…民主と自由の紅さす曙 みどり明けゆく歴史の半島…」と謳い、それぞれの最後を同じ「ああ 浜大の俊英 われら」で結ぶ。

 私はじっと聴き入る新入生たちを見つめ、これからの学生生活が健やかで有意義であるよう心から願い、密かにエールを送った。

 顧みて、本ブログ「大学教員の仕事」(2019年3月5日号)で述べたように、教職員が分野を超えて、自由闊達に話し合う場を工夫できないものか。たとえば将来計画委員会やその全学組織である将来構想委員会といった、過去に一定の役割を果たした組織がある。創立100周年にむけて踏み出したのを機に、現状に甘んじることなく、将来構想会議のような組織を立ち上げられないか。これまで歩みを共にしてきた卒業生や元教職員の経験と知恵を結集する必要も出て来るように思う。そのきっかけを作るのは、執行部であろう。

 折しも小惑星りゅうぐうに向けた「はやぶさ2」のインパクタ発射が成功した。プロジェクトチームを束ねるJAXA(宇宙航空研究開発機構)の津田雄一プロジェクトマネージャは43歳。機体の設計に関わり、その知識をかわれて若くして先輩研究者からプロジェクトマネージャを引き継いだ。率いるのはJAXAのスタッフだけでなく、協力するメーカーや大学、海外の研究者など総勢600人を超えるチームだと言う(NHK NEWS WEB)。

 津田さんはメンバーの意見を聞きながらミッションを進めることを大事にし、「みんなそれぞれ役割があって、その役割を全員が、力いっぱい発揮できるようなチームにしようと心がけてやっています。必ずしも私の言う事を聞いてくれる訳ではなく、意見がたくさん出ます。その中でいい道をみんなで決めていくことができるのが今のチームです」と語る。

 市大にも、津田さんのような人材がいるに違いない。大学である以上、目的は多様であり、一つに絞ることはできないが、universe(存在するすべてのものとしての宇宙、森羅万象、学問の全領域…)から派生したuniversity(一つにまとまった集団、大学)こそ、大学の本来の使命である。

 人文・社会・自然等の諸科学を包括する市大の将来を自由闊達・縦横に議論する仕組みが欲しい。これこそ創立100周年を実質的に深める第一歩ではないか。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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