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臨春閣の屋根葺き替え工事

 今年度から三溪園の重要文化財建造物の大規模改修工事(保存修理工事)が始まった。第1期は6年、3期にわたり全部で14年という長丁場を予定している。その最初が臨春閣屋根葺き替え工事(屋根面積は694㎡)である。

 昨年12月25日、記者発表を行った。「珠玉の数寄屋、約30年ぶりの保存修理へ ― 三溪園の重要文化財 臨春閣、屋根の葺替えを1月から実施」と題し、次の説明を加えた。「シンボル・旧燈明寺三重塔とともに三溪園の“顔”である歴史的建造物といえば、桂離宮と並び近世数寄屋建築の白眉とも評される臨春閣。このたび、当財団では国・県・市の補助を得て、この臨春閣の保存修理を、年明けの2019年1月から実施することとしました。過去、臨春閣の大規模な修理は、戦後昭和33(1958)年、昭和62(1987)年に実施され、今回で3度目を数えます。おもに長年の風雪により老朽化した檜皮(ひわだ)と杮(こけら)の屋根材の交換、耐震対策工事を中心に行いますが、いずれも貴重な文化財を将来に向けて良好な状態で遺していくために必要不可欠な工事です。ご理解・ご協力をよろしくお願いいたします。」

 臨春閣の写真には次の説明を付した。「臨春閣は、三溪園内苑庭園の景観の要となる中心的な建造物。3つの棟が雁行形に配置される構成や紀州徳川家の別荘という来歴から、京都・桂離宮(八条宮家の創設)と並び称される。三溪園が通称「東の桂」とも称される所以である。」

 臨春閣は3棟からなり、東南の園路から西北に向かって右から第一屋、第二屋、第三屋と展開する。工事は大きく2期に分けて行い、前期は今年2月から11月頃まで(10か月)が第一屋と第二屋、ついで11月頃から来年5月頃まで(6か月)が後期の第三屋である。

 正月明けから、建物全体を風雨から守る素屋根(すやね)の組み立てが始まり、日々、その姿が高く伸びて2月中旬にほぼ出来上がった。2月28日、本年度第3回整備委員会(委員長は尼﨑博正京都造形芸術大学教授)を開き、参考資料として三溪園主催「重要文化財臨春閣 保存修理工事見学会」のリーフレット(A3両面)を配る。現地指導では工事現場の足場に登り、藤倉賢一さん(公益財団法人文化財建造物保存技術協会技術主任)から説明を受けた。

 4年前の2015年秋、隣接する白雲邸(横浜市指定有形文化財)の倉の補修工事でも現場を確認し、次のように書いた(本ブログ2015年11月23日掲載「白雲邸」)。「…屋根の上から全体を眺望すると、今回の工事外の主屋の広い檜皮葺の屋根が気になった。檜の皮を重ねて葺く技法は、日本家屋の特徴の一つであるが、檜皮を止める竹釘が各所に浮き上がって見える。檜皮が油を失い、痩せて沈んだ結果、竹釘が露出したもので、これが新たな課題となった。…」

 その翌年、懸案の白雲邸の檜皮葺き工事が始まり、その工事を幾度か見学したときの感動を思い出した。「…1月25日、正月明けから始まった檜皮葺き工事の視察を行った。主屋の屋根が278㎡、門の屋根が10㎡、合わせて約300㎡という広い屋根工事(なお延床面積は約284㎡)のうち、半分近くがすでに完成しており、…北側の軒先の4間ほどにわたり、5人の職人が並んで檜皮を葺く作業の最中であった。みな40歳前後、心技体を備えた職人たちである。…水で濡らした檜皮を丁寧に並べ、口に含んだ竹釘を取り出しては小型の金槌で素早く打ち留める。その間、5秒とかからない。正確な動きとリズミカルな金槌の音…」と書いた(本ブログ2017年4月3日掲載「白雲邸屋根の葺き替え」)。

 折しも2月5日、文化庁から審査が1年先送りとなっていた「伝統建築工匠(こうしょう)の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」をユネスコ無形文化遺産へ再提案するとの報道発表があった。小さい新聞記事で気づき、文化庁ホームページにアクセスして全貌を知る。

 文化庁発表によれば、伝統建築技術とは「木・草・土などの自然素材を建築空間に生かす知恵,周期的な保存修理を見据えた材料の採取や再利用,健全な建築当初の部材とやむを得ず取り替える部材との調和や一体化を実現する高度な木工・屋根葺(ぶき)・左官・装飾・畳など,建築遺産とともに古代から途絶えることなく伝統を受け継ぎながら,工夫を重ねて発展してきた技術」を指す。

 さらにいう。「歴史的建築遺産と技術の継承を実現する適切な周期の保存修理は,郷土の絆(きずな)や歴史を確かめる行事であり,多様な森や草原等の保全を木材,檜皮(ひわだ),茅(かや),漆,い草などの資材 育成と採取のサイクルによって実現するなど,持続可能な開発に寄与するものである。」

 ユネスコ無形文化遺産への昨年の提案は、国の選定保存技術の次の14件である。「建造物修理」,「建造物木工」,「檜皮葺(ひわだぶき)・杮葺(こけらぶき)」,「茅葺(かやぶき)」,「建造物装飾」,「建造物彩色(さいしき)」,「建造物漆塗(うるしぬり)」,「屋根瓦葺(やねがわらぶき)」、「本瓦葺(ほんがわらぶき)」,「左官(日本壁)」,「建具製作」,「畳製作」,「装潢(そうこう修理技術)」,「日本産漆生産・精製」,「縁付(えんつけ),金箔(きんぱく)製造」。

このうち「檜皮葺・杮葺」の説明は次の通り。
「選定年月日:昭和51年5月4日
保存団体名:(公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:檜皮葺(ひわだぶき)及び柿葺(こけらぶき)の技術は,建造物の屋根葺(ぶき)技術として我が国特有のものである。この技術の発祥は詳(つまびらか)でないが,檜皮葺は8世紀の中ごろに既に用いられており,柿葺は古く発生した板葺(いたぶき)を源流とし,中世の末にはその技法が定着し大成したとみられている。現在,多数の檜皮葺・柿葺 の建造物が,重要文化財として保護されており,これらの建造物を保存するためには檜皮葺・柿葺の技術は欠くことのできないものである。しかるに,指定文化財以外では若干の社寺建築にその需要があるとはいえ,一般建築界では全く用いられない技術であって,このため伝承は困難となりつつある。」

 今年のユネスコ無形文化遺産への再提案書には、新たに原料にかかわる「檜皮採取」、「屋根板採取」、「茅採取」の3件が加わり、17件となった。檜皮採取は危機に瀕していると聞き、案じていたが、これは朗報である。

「檜皮採取」の概要は次の通り。
「選定年月日:平成30年9月25日
保存団体名: (公社)全国社寺等屋根工事技術保存会
概要:檜皮(ひわだ)採取(さいしゅ)とは,屋根葺の一種で社寺に多く見られる檜皮葺に用いるため,80から100年生以上の檜の立木(たちき)から,樹皮である檜皮を剥ぎ取る技術である。立木の檜は10年ほどで樹皮が形成され,再び採取が可能となるが,そのために樹皮下の形成層を傷つけない技術が必要である。檜の立木の下部からヘラを入れ,上方(じょうほう)にめくり上げ,麻縄(あさなわ)を巧みに使って足掛かりとして,高い木では20メートル以上まで登り剥いでいく。檜皮の採取は樹皮の形成期間である4月から7月までは剥ぐことができず,労働期間が限定される。単独で山中深く入り,高い木に登る等,危険を伴い,採取した檜皮を担いで山裾まで下ろす等,重労働も要求される。 現在重要文化財として保存されている檜皮葺の建造物を維持し,後世に伝えるためには檜皮採取の技術は欠くことができない重要な技術である。」
 
 3月13日、三溪園主催、(公財)文化財建造物保存技術協会・(株)児島工務店の協力を得て「重要文化財臨春閣 保存修理工事見学会」を行った。ガイドの参考にしてもらうため、対象は三溪園ボランティア有志である。

 その案内リーフレット(上掲)には、臨春閣の平面図・立面図と作業工程の概略を載せた。「資料:檜皮葺(ひわだぶき)について」は、国宝・重要文化財に指定されている建造物で檜皮葺きは700棟を超えるが、その約7割が近畿圏に集中し、関東圏には6%弱の40棟と述べる。檜皮1枚の厚みは1.5ミリ、それを数10枚重ね竹釘で留めていく。作業工程は写真で示し、①檜皮(原皮)の剥ぎ取り、⑤檜皮拵え(こしらえ)、⑦軒付積みと進み、⑫平葺に到る計12の作業手順に解説を付した。

 三溪園ボランティアは、現在233名が登録、三溪園の魅力を外に発信する第一線の活動を担っている。内訳は、ガイドインフォメーションが157名(英語ガイドを含む)、合掌造管理運営ボランティアが46名、庭園保守管理ボランティアが74名である(複数所属あり)。詳しくは本ブログ「三溪園ボランティアの活動」(2019年1月29日掲載)を参照されたい。

 公益財団法人三溪園保勝会は、定款に「国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して、歴史及び文化の継承とその発展を図り、潤いある地域社会づくりに寄与するとともに、日本の文化を世界に発信することを目的とし」(第3条)とあり、その公益目的事業として、
 (1)重要文化財建造物及び名勝庭園の維持管理
 (2)重要文化財建造物及び名勝庭園を活用した伝統文化の振興
 (3)原三溪に関連した美術品等の収集、保存及び活用
を掲げている(第4条)。

 「重要文化財建造物」、「名勝庭園」、「原三溪に関連した美術品等」の三者を解りやすく古建築、庭園、美術品と略称し、私は密かに三溪園の「三種の神器」と呼んでいる。

 その一つ、古建築の保存工事に向けて、伝統技法に裏打ちされた匠の技が30年ぶりに結集する。その最初が臨春閣である。工事の進展に合わせ、来園者への工事見学会を予定している。三溪園ホームページ等を通じてお知らせするので、楽しみにしていただきたい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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