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10年後の歴史学

 昨年の12月28日、第27回清談会が開かれ、私が「10年後の歴史学」の話題提供をした。この題名の由来は、前々回の会合で永年幹事の小島謙一(以下、敬称略)が提案し、新しい共通テーマを「各専門分野の10年後を予測する」と決めたことにある。

 前々回の第25回清談会では、「隗より始めよ」(戦国策)に則り、まず小島が「自然界の4つの力」について語り、ついで穂坂正彦が「AI(Artificial Intelligence人工知能)と医療、その10年後」について発表(本ブログ2018年1月5日掲載の「清談会の定例会」を参照)、のちの議論はAI(人工知能)の占める役割が中心となった。

 ついで8月9日開催(7月28日開催予定が台風12号襲来で延期)の第26回清談会では、浅島誠が「自然を知り、生き物に学び、ヒトの立ち位置を考える」を報告、その概要は本ブログの2018年8月17日「生命科学の行方」に掲載した。もともと私の「10年後の歴史学」と二本立ての予定だったが、浅島報告だけで時間切れとなり、半年後に延期されていた。

 なお聞き慣れない「清談会」の発足以来の経緯やメンバーの名前と専門等については以前に書いた。横浜市立大学で同じ釜の飯を食った教員たちで、現メンバーは年齢順に穂坂正彦(医学)、私(歴史学)、丸山英気(法学)、小島謙一(理学、物理学)、山本勇夫(医学)、浅島誠(理学、発生学)の6名。
 
 今回の報告「10年後の歴史学」は、前回からの議論の延長では「歴史学とAI」となろう。多くの人は「歴史学とAIは縁遠く」、それは10年後も変わらないが、「無縁」ではない、と感じているのではないか。配布したレジメを以下に再掲する。

(1)歴史学と他の学問分野との比較
ア)史観・方法(「比較と関係」)・実証(最適史料)・叙述・推敲の5段階
 ⇒ブログ連載「我が歴史研究の歩み」⇒#1【1】連載「新たな回顧」
イ) 哲・史・文≒真・善・美
ウ)過去の経験≠未来の可能性&蓋然性⇒#2【35】幕末期のアヘン問題」
エ)自然科学の反復可能性vs歴史の一回性&個別具体性
 AIの特性は、膨大な数量化されたデータ蓄積(ゲノム、投資信託等を基に特定の指令に短時間で回答を割り出すこと。歴史史料は数量化に馴染まず、かつ応用価値がないため、AIの出動機会はない?
オ)個別具体性と普遍妥当性

(2)歴史学にとっての記録(文字史料、図像、映像、録音等)の重要性
ア)歴史学は記録(史料)の最大の消費者
イ)史料集(翻刻+索引等)刊行の有難さ⇒公文書館でデジタル化展開
事例a)東京帝国大学文科大学史料編纂掛編纂『大日本古文書 幕末外交関係文書』 明治43(1910)年~刊行
事例b) イギリス議会文書とアメリカ議会文書⇒いずれも一年約100冊
事例c)イギリス平戸商館長リチャード・コックス(Richard Cocks 1566~1624年)の日記“Diary kept by the head of the English   Factory in Japan”(大英図書館蔵)を東京大学史料編纂所が翻字・邦訳。
ウ)歴史家の記録(史料生産)の意義⇒#3「市大創立90周年記念式典」

(3)30年(一世代=平成の30年)の回顧と10年後の歴史学
ア)民主主義の変貌と経済変動⇒これ自体が同時代史の対象
イ)大学教育(の劣化)⇒批判を忌避、テーマを小さく設定する傾向
ウ)歴史書(歴史学の良き成果物)の有用性はいっそう高く評価される?
 ⇒「真の歴史学は古今東西森羅万象を対象とする」

 下線を引いた参考資料3点、すなわち#1【1】連載「新たな回顧」、#2【35】「幕末期のアヘン問題」、#3「市大創立90周年記念式典」は、私の以前のブログから選んだもの。私は都留文科大学学長時代に「(都留文科大学)学長ブログ」(本ブログのリンクからアクセスできる)を東日本大震災の翌日から始め、学長退任後も継続できるよう、「加藤祐三ブログ」として立ち上げてくれたのが情報センターの大輪知穂さんである。

 ブログ画面に大きな文字で「月一古典」(つきいて こてん)とあるのは、私が入学式・卒業式で話す「三訓」(三つの教訓)の第二訓。ちなみに第一訓は「足腰使え(あしこし つかえ)」、第三訓は「世界を見すえ 持ち場で動かむ」である。詳しくは本ブログ「月一古典」(2016年1月17日)参照。

 画面の構成は、左欄が略歴や掲載歴等、中央が本文、右欄がリンクやカテゴリ(5分類)である。本ブログの最初が2014年4月6日掲載の「桜と新緑の競演」で、それから4年10カ月、カテゴリの数字を加算すると185回になる。「(都留文科大学)学長ブログ」から数えて、早や8年になろうとしている。

 #1【1】連載「新たな回顧」は2015年6月30日掲載、私の研究対象を①中国近現代史、②近代アジア史、③日本開国史、④文明史、⑤横浜の歴史、の5種にわけて紹介したもの。分野の異なる方への簡単な自己紹介であるが、同じ歴史学の仲間には、さらに詳細な説明が必要となろう。

 #2【35】「幕末期のアヘン問題」は2018年9月7日掲載、19世紀中葉の国際政治とアヘン問題を示した論考である。拙著『イギリスとアジア』(1980年 岩波新書)のなかでイギリス議会文書所収の貿易統計を駆使し「19世紀アジア三角貿易」(紅茶、アヘン、機械製綿製品の3大商品による中国・イギリス植民地インド・イギリスを結ぶ)を明らかにし、うちグラフ「インド産アヘンの140年 1813~1914年」から19世紀中葉の貿易構造と政治構造の特徴を説明した。

 こうした状況下で日本におけるアヘン問題はどうであったか。最強の鎮痛剤であると同時に麻薬にもなるアヘン(主成分はモルヒネ)の国家的・社会的管理のあり方、さらに開国・開港の条約交渉でアヘン問題をどう処理したか。これが拙著『黒船前後の世界』(1985年 岩波書店)につがるテーマであり、上掲「③日本開国史」に踏み込んだ最初の著作である。

 幕府は長崎に入るオランダ船と中国船から積極的に情報を蒐集・分析してアヘン戦争(1839~42年)の行方を把握、南京条約締結の一日前に穏健策の「天保薪水令」(1842年8月28日)に切り替えた。

 この情報収集・分析・政策化の流れを継承し、老中首座・阿部正弘はペリー来航に対して「避戦」外交に徹し、平和裏に「交渉条約」を締結した(詳細は拙著『幕末外交と開国』2012年、講談社学術文庫を参照)。

 「交渉条約」には「敗戦条約」と違い、懲罰としての賠償金支払いや領土割譲がない。中国がアヘン戦争に負けて強いられた「敗戦条約」とは対照的である。こうして世界に列強、植民地、「敗戦条約国」、「交渉条約国」からなる「近代国際政治―4つの政体」が成立した。19世紀中葉の、この大転換は、現在に至るまで大きな影響を及ぼしている。

 #3「市大創立90周年記念式典」(正式名は#3「横浜市大大学 創立90周年記念式典」)は2018年11月7日掲載で、市大の近況を伝えたもの(この式典に出席したのは小島と私)。上掲(2)-ウ)「歴史家の記録(史料生産)の意義」の最近の一例である。

 以上が配布したレジメと3通の参考資料の概略説明である。いつもの侃々諤々、熱い言葉が飛び交う展開となった。そのなかから私が答えた3つを挙げたい。

 第一がAIの成長に関すること、上掲レジメ(1)-エ)欄にある「AIの特性は、膨大な数量化されたデータ蓄積…」の「数量化された」について異議が出され、必ずしも数量化されていない膨大なデータを読み解くdeep thinkingが進んでいること、それにより人間がAIを利用する便利な状況から、やがてAIが人間を支配する危機(その想定時期から2040年問題とか2045年問題と呼ばれる)に話が進んだ。

 本ブログで以前に取り上げた藤原洋さん(株式会社ブロードバンドタワー代表取締役会長兼社長CEO)たちの講演「地球環境とサイエンス」(2014年10月1日掲載)や「ありがたき耳学問」(2016年5月24日掲載)を思い出した。AIがさらに進化して人間を支配する事態をなんとか回避できないか。

 第二が、幕末開国の外交について阿部正弘の主導する「避戦策」の意義を述べたのに対し、決定的なのはリーダーの存在ではないかとの意見が出た。確かに、どの時代、どの組織にも、大きな変革を成し遂げるには、リーダーが不可欠である。ただし、人が時代を作るのか、あるいは時代が人を生むのかは、判断が難しい。

 第三が、上述「近代国際政治―4つの政体」(19世紀中葉)の大転換以降の、世界史の大きな流れについてである。そこまでなかなか関心が及びにくい。日本人の歴史好きは「ある一点」に焦点を当てる一方、長い年月の流れのなかに「その一点」を位置づけるのが一般に苦手である。この点について、いずれは私見を述べてみたいと思う。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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