ペリー提督日本遠征紀

 1854年3月31日(嘉永七年三月三日)、横浜村(人口約400人、現在の横浜市中区)で日米和親条約が調印され、日本は「鎖国」政策を破棄して「開国」、近代へ歩み始めた。日本側全権は林大学頭(復斉)、アメリカ側はペリー提督である。
 ペリー率いる「黒船艦隊」は、世界最大・最新鋭の蒸気軍艦3隻をふくむ9隻の大艦隊であった。帆船も蒸気軍艦もともに鉄製ではなく木造、防腐剤を塗って黒く見えたため黒船と呼ばれた。
 アメリカは1776年にイギリスから独立して78年目の「新興国」である。当時の「超大国」は言うまでもなくイギリス、そのイギリス海軍でさえ保有しない世界最大・最新鋭の蒸気軍艦(スクリューではなく外輪で動く)をアメリカ海軍は建造・保有し、その大半を日本に投入した。
 これらの経緯について、拙著『黒船前後の世界』(岩波書店 1985年、ちくま学芸文庫 増補版 1994年)、『黒船異変』(岩波新書 1988年)、『幕末外交と開国』(講談社学術文庫 2012年)等で、私なりの見解を示した。さらに、巨大な黒船艦隊に幕府はどう対応したのか。これに関しても、上掲の拙著で展開した。しかし、「無能無策の幕府」が脅しに屈し、「不平等条約」を強いられたとする説は、残念ながらまだ一部に残ある。
 日米双方には、記録画等の図像資料をふくめ膨大な記録が残されており、なかでもペリー艦隊の2年余にわたる行動の記録は、第一級の史料と言える。開国160年を機に、8月末、宮崎寿子監訳『ペリー提督日本遠征記 上下』が角川ソフィア文庫から刊行された。日米初の条約交渉をアメリカ側から雄弁に物語る名著である。
 本書は、1856年に米国議会上院へ提出された報告書「米国艦隊の中国海域及び日本への遠征記-1852~54年」(”Narrative of the Expedition of an American Squadron to China Seas and Japan, in the year of 1852, 53 and 1854”)全3巻のうちの第1巻である。編者はニューヨークのカルベリー教会牧師で歴史家のホークス、彼は博物学的関心が高く、記述に偏りがない。
 この訳書は、実は3度目のお目見えである。1998年に栄光教育文化研究所から大型本1冊として、ついで2009年に万来舎から上下2冊本として、そして角川ソフィア文庫の本書である。いずれも宮崎寿子(オフィス宮崎)監訳で、解説は私が書いた。
 絶版の土屋喬雄・玉木肇訳『ペルリ提督日本遠征記』(岩波文庫、全4冊、1948年)に代わる新たな本文庫はハンディーで、活字が大きく眼に優しい。ペリーに同行した画家ハイネとブラウンによる多くの挿絵が臨場感を膨らませる。国際政治史の資料にとどまらず、旅行記、日本文化論としても面白い。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
カテゴリ
QRコード
QR