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生命科学の行方

 清談会は夏と冬の年2回、定例の会合を重ねて13年目に入った。今回の8月9日が第26回目である(7月28日の開催予定が台風12号のため延期)。本ブログの「清談会の定例会」(2018年1月5日)で述べたが、横浜市立大学時代の教員仲間で今でも志を共有する6名。自他ともに認める幹事の小島謙一さん(以下、敬称略)のおかげで、長くつづいている。

 前回以来、小島の提案で新しい共通テーマを「各専門分野の10年後を予測する」とし、言い出しっぺの小島が「自然界の4つの力」を、穂坂正彦が「AI(Artificial Intelligence人工知能)と医療、その10年後」を発表した。学界トップクラスの専門家が分かりやすく語る。知らない世界の扉が開く。初歩的な質問も含め談論風発、次第に共通問題としてAI(人工知能)の占める役割が中心となった。

 今回は浅島誠「自然を知り、生き物に学び、ヒトの立ち位置を考える」である。浅島は発生生物学の研究で1988年、胚発生における分化誘導物質<アクチビン>を世界で初めて同定(ノーベル賞級の成果)、2001年に紫綬褒章を受けた。また大学運営・学務面でも積極的に活躍、東京大学教養学部長(2003~2005年)、東京大学副学長(2007~2008年)を務め、2017年に瑞宝重光章を受章した。市大在任中(1974~1993年)のニックネームは<青年将校>、いまも勢いはそのままの、我らが清談会の最年少である。

 パワーポイント用スライド計16枚を印刷・配布し、意見を開陳した。私が理解できた範囲では、(1)人口増と地球環境、(2)生命科学発展の経緯、(3)生命科学の行方、の3つに大括りできる。順に概要をまとめ、私見を述べたい。

人口増と地球環境
 生命(単細胞生物)の誕生から今日までを1日24時間とすると、人類の歴史はわずか30秒、ヒト(ホモサピエンス)の歴史は1秒に過ぎない。ヒトは地球上の新種である。19世紀以来の約200年、人口が幾何級数的に急増し、1950年の25億人が現在70億人を突破、2050年には91億人と推計され、炭酸ガスが平行して増加、地球の扶養力(自然の恵みであるエネルギー、資源、水、空気、食糧等の持続可能な水準)をすでに突破している。

 高齢化・少子化の進展も危険要因である。なかでも医療費の増大は財政負担を圧迫し経済発展を抑止している。日本の場合、国家予算98兆円(2017年)のうち半分の47兆円を医療費が占める。

生命科学の発展
 20世紀後半から21世紀にかけて、生命科学の発展は著しいとして、13の事例を挙げる。これが本論と思われる。すなわち、①遺伝子改変技術(1989、ノックアウトマウス)とゲノム編集技術、②タンパク質立体構造解析と医薬品設計、③哺乳類クローン胚作成技術と染色体工学、④脳高次機能解析技術の発達とAI(人工知能)、⑤ヒトゲノム解読完了(2003)と個別化医療、⑥バイオイメージングの進歩と可視化(学際的分野の進展)、⑦生体や特定の分子の可視化とシグナル伝達機構の解明、⑧RNA新機能発見と遺伝子制御、⑨再生医療と遺伝子治療技術、⑩次世代コンピュータによる多量な情報処理(バイオインフォマティクスの必要性とビッグデータとシミュレーション科学)、⑪遺伝子・細胞診断技術と生殖医療、⑫人工生命作成(2010、マイコプラズマ)、⑬炎症と免疫・アレルギーの新たな展開。下線部は最近約10年間の研究成果を指す。

 具体的な内容は私の理解を越えるが、門外漢には次の3分類が分かりやすいと思う。ア)基礎となる発明・発見が①、④、⑦等、イ)医療関係が②、⑤、⑨、⑪、⑬等であり、ウ)今後予想される多方面への展開がが④、⑩等である。

 このうちア)について次のように言う。ゲノム解読に7年かかり(1997年~2003年まで)、約800億円の経費がかかったが、現在は一人のゲノム解読が1時間、10万円で可能となった。その速度と費用の両面で500億倍以上の進化を遂げたことになる。それだけ安価に誰でも使えるようになったことの弊害、あるいはその悪用による被害をどう防止できるか(すべきか)。言い換えれば、生命科学の急激な進歩自体が生命倫理を忘れた<暴走>の結果という部分もあり、その延長上に生命科学の膨大な蓄積が生命(人類を含む)に対して牙を剥いている可能性がある。科学と倫理観の関係をどう再構築するか。

 つぎのイ)医療関係の②、⑤、⑨、⑪、⑬等については、AIが補助的ないし主体的に作動する、ないし活躍する。少子高齢化に突入して極端な人手不足が見込まれる日本では<救世主>とも見られる。生産過程や流通、司法や医者の分野では従来の仕事をAIが代替すると述べる。

 なかでも医療分野では<先制医療>(発症前の診断技術により、発症を遅延・防止すると同時に、発症前介入を行う医療)が癌治療の分野で進む可能性が高い。遺伝子と環境の与える影響、それが子孫に伝わる可能性を分析するエピジェネティックス解析が進んでいる。

 最期のウ)多方面への展開が今後予想される④、⑩等の分野では、科学の<独走><暴走>を抑止する現代の<倫理観>をいかに構築するかである。高速演算能力を高める量子コンピュータの発展により、生命科学はさらに進歩し、AIが自己創造力を発揮すればするほど<倫理観>の置き去りが危惧される。

生命科学の行方 
 浅島は「生命科学の発達が…人類の脅威になることは英智を持って避けなくてはならない。その英智とは何か。今こそ生命科学に問われている」と悲鳴をあげつつ、生命科学者としての一つの回答を、「生物がもつナチュラルヒストリーと多種多様性から学ぶことが必要」として次の4点を提起する。

 それぞれ数行の文章で述べられているが、私なりに整理すると、①地球上に存在する1000万種もの多様な生物の「美しい姿(構造と機能)」、②遺伝子等のように精緻な機械に似た「芸術品」、③4つの文字で表現される遺伝子から作られるアミノ酸は20種類だが、それで構成される蛋白質は数百万~数千万であり、生物は単純で複雑、④現代の科学技術は生物の形態や機能から得た生物モデル(ロボット、飛行機、創薬、AI等)の4つである。いずれも生き物(とくに彼の研究素材であるイモリ)への根源的な感動と畏敬の念を呼び起こす。

 ここまできて、演題「自然を知り、生き物に学び、ヒトの立ち位置を考える」の意味が鮮明になった。この根源的な感動と畏敬の念を共有する若手研究者を増やす活動こそ、これからの浅島に期待してやまない。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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