シンガポールの米朝首脳会談(速報)

 昨年2月のクアラルンプール国際空港で起きた金正男(金正恩の異母兄)暗殺事件が記憶に残る中、北朝鮮が北米にまで到達可能な大陸間弾道弾の発射実験を行い、それに核弾頭を搭載できると発表、世界の緊張が一挙に高まった。核弾頭とミサイルの開発は、冷戦から熱戦への逆戻りかと危惧された。

 そこに今年3月8日、トランプ米大統領(以下、米大統領)が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長(以下、金委員長)と史上初の首脳会談を行うと公表した。その後は、想像を越える事態の連続である。この歴史的会談に到る経緯を、可能な限り簡潔かつ正確に記録しておきたい。

 我々のニュース源はテレビ・新聞・週刊誌・SNS等であり、それらの情報を基に政治・経済・社会等の動きを判断するのが一般的であろう。最新ニュースが注目を集めつづける上限は、約1週間ではないかと思われる。これは視聴者の関心の持続期間であると同時に、次々と生まれるニュースを載せる紙面や時間の総量にかかわり、古いものから消えて行くからである。

 米大統領は、サプライズを活用する演出で注目を集め、世論を味方につけようとする。それが奏功する場合もあれば、逆に裏目に出ることもある。我々は、事の本質を見逃さないよう注意したい。

 3月25日、金委員長が初めて訪中、習近平主席と会談した。冷え込んだ関係を変え、来たる米朝会談の後ろ盾を固めるためと言われる。中朝間の鉄道や石油パイプラインは、北朝鮮にとって最重要の供給ルートであり、国連で議決された対朝経済制裁の貫徹か緩和かの選択は中朝間の選択に大きく左右される。

 4月1日、アメリカのポンペオCIA長官(のち国務長官)が極秘で訪朝したと発表。アメリカ側からの積極的働きかけの第一歩である。一方、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(以下、文大統領)と金委員長との南北首脳会談(2000年、2007年に次ぐ3回目)の開催が予告され、徐々に雰囲気が高まった。

 4月27日、軍事境界線にある板門店で南北首脳が会談、ハグして世界の注目を集めた。朝鮮戦争(1950~1953年7月27日)の休戦協定署名(朝鮮国連軍・北朝鮮・中国の3者で署名)以来、初めての板門店会談であり、朝鮮戦争終結等を含む共同宣言に署名。同じ民族の両首脳は世界平和の象徴であるかのような報道がなされ、ノーベル平和賞はこの両名かとの声も上がった。

 5月、さらに動きが激しくなる。8日に金委員長が2度目の訪中で首脳会談、その翌9日には国務長官となったポンペオ氏が訪朝して金委員長と会談、10日には拘束されていたアメリカ人を解放した。同じ日に米大統領は米朝首脳会談を6月12日に行うと発表する。会談場所として、板門店、モンゴル、シンガポールの3つが候補に上がった。

 並行して、米大統領補佐官ボルトン氏が13日、「見返りの援助を語る前に、恒久的かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)が必要」と発言、いわゆるリビア方式の採用を示唆した。これに反発した北朝鮮は16日、「核放棄だけを強要するのなら、これ以上の興味はない」(金桂官(キム・ケガン)第一外務次官)と発表、ペンス米副大統領は21日、「取引きできなければリビアと同じ終わりを迎えるだろう」と応酬。22日、文大統領がワシントンに飛び、米朝間の仲介工作を行うも進展せず。24日、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が「我々は対話を哀願することはない」と強硬姿勢をあらわにする。

 一方、北朝鮮は北東部にある豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を自ら爆破すると発表、予告通り24日に爆破を実施して5か国のメディアに公開したが、検証する専門家の入国は拒んだ。爆破の5時間後、米大統領がシンガポールで6月12日予定の米朝首脳会談を中止するとの書簡を金委員長宛に送ったと公表。

 慌てた北朝鮮の金桂官第一外務次官は9時間後の25日朝、手の平を返すように「関係改善のため首脳会談が切実に必要…」と表明し、文大統領に仲介を求めた。これに対して米大統領は「米軍は必要なら対応をとる準備がある。」と軍事オプションの警告を発する一方、「会談の12日開催の可能性はある。…」とも述べる。なお31日、金委員長が訪朝のラブロフ・ロシア外相に段階的非核化の意思を伝えた。

 そして1週間後の6月1日、金委員長の右腕とされる金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が訪米、米大統領はホワイトハウスに迎えて会談、世界を仰天させる。アメリカを核で恫喝してきた、人権無視国家の最高位の高官であり、個人としても制裁対象になっている人物の、18年ぶりの訪問である。金委員長からの親書を手渡して、会談は90分近くつづいた。米大統領は満足げに「われわれはほぼすべて話し合った。たくさん話した」と述べる。

 会談場所は警備に適したシンガポールのセントーサ島に決まり、会談まで「あと4日」となった6月8日、3つのニュースが流れた。第1がアメリカ発の2つ。(1)米大統領は首脳会談で北朝鮮の「非核化」は十分に詰め切れないと考え、代わりに史上初の首脳会談を実現させたこと自体を重視し、その関連で朝鮮戦争の終結合意を行うかもしれない(1953年7月27日に朝鮮国連軍・北朝鮮・中国の3者で休戦協定に調印したままの現状)。(2)訪米した安倍首相が米大統領に、日本人の拉致問題解決を米朝会談の場で強く主張するよう要請、米大統領が承諾し、これを前提として安倍首相は日朝会談において解決するとした。
 
 第2が北朝鮮発。人民武力相等の軍トップ三役を総入れ替えした。その意図は憶測の域を出ないが、穏健派を据えて外遊中の不穏な動きを抑止する目的とも言われる。毎年6月下旬に反米帝国主義のキャンペーンを張ってきたものを、あろうことかその直前、「アメリカ帝国主義の頭目」とシンガポールで笑顔の会談となれば、その及ぼす影響も考慮しなければならない。

 第3が訪中したロシアのプーチン大統領が習近平主席と会談、「中ロは朝鮮半島の平和と安定に関心を持っている」とし、米大統領・韓国文大統領・金委員長の三者による朝鮮戦争の終結宣言に対して強い警戒心を見せた。

 10日午後、金委員長が中国国際航空でシンガポール着、米大統領はその6時間後にG7開催地のカナダから専用機で到着した。

 12日午前、史上初の米朝首脳会談が始まった。冒頭で米大統領が「とても良い気分だ。…われわれは大きな成功を収めるだろう。素晴らしい関係を築くことに疑いはない」と述べる。金委員長は「ここまでの道のりは容易ではなかった。われわれには足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が時に目と耳をふさいできたが、全てを乗り越え、この場に来た」、つづく拡大会合では「この先、課題もあるだろうが、トランプ氏と協力する。…これが平和のために良いと信じている」と語る。米大統領は「われわれが解決する。協力することを楽しみにしている」とも述べた。
 
 拡大会合、昼食会を経て両首脳が共同声明に署名、夕方の記者会見で米大統領は、「今日、始まったばかりだ。重要な第一歩を踏み出した…明日からすぐ詰めの協議が始まる。…」と強調。具体性が乏しい合意、政治ショー等々の批判もあるが、この<歴史的会談>を期に、非核化・ミサイルの廃棄・拉致問題等の具体的進展を注視していきたい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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