国指定名勝の10年

 三溪園は平成19(2007)年2月6日、文化財保護法の規定に基づき国指定の名勝となった。明治39(1906)年の開園から100年後である。それからさらに10年が経った。
 指定の解説文に「三溪園は、近世以前の象徴主義から脱却した近代の自然主義に基づく風景式庭園として傑出した規模・構造・意匠を持ち、保存状態も良好で、学術上・芸術上・観賞上の価値は極めて高い。また、当初の原富太郎(三溪)の構想どおり広く公開され、多数の来訪者に活用されている点も高く評価できる。」とある。
 
 国指定名勝とは、「我が国の優れた国土美として欠くことができないもの」(平成7年改正の文部省「指定基準」)であり、自然的なものから人文的なものまで指定範囲は幅広い。①公園、庭園、②橋梁、築堤、③花樹、花草、紅葉、緑樹などの叢生する場所等11種に分かれ、2017年6月現在、計402件。国指定名勝の整備には国の補助金が出る(補助対象経費の半額)。
 上記①公園・庭園のうち庭園は144件で、所在地は京都45、滋賀19の順に多く、金閣寺、銀閣寺、苔寺、大徳寺方丈庭園等があり、また岩手県の毛越寺庭園、東京の小石川後楽園、旧浜離宮庭園、六義園、さらに金沢の兼六園等が有名である。近代の庭園はきわめて少なく、東大構内の懐徳館庭園、佐倉市の旧堀田正倫庭園等、そのなかで三溪園の規模は約18haと群を抜く。 

 公益財団法人三溪園保勝会では、平成20(2008)年度から国の補助金を受けるようになり、平成21(2009)年4月、各分野の専門家・学識経験者(歴史、庭園、建築、植生、地盤工学等)にお願いして、三溪園整備委員会を設置し(担当は羽田雄一郎主事)、重要事項の審議をつづけてきた。委員の任期は1年とし再任を妨げないと規定、委員長は本年度も引き続き尼﨑博正教授(京都造形芸術大学)を互選した。

 2016年度3回目の委員会(2017年2月16日)において「名勝三溪園保存整備事業報告書(中間) 平成28年度」(384ページ、以下、報告書と呼ぶ)が提出された。委託先は㈱環境計画研究所(吉村龍二所長)、以下の5章からなる総合的かつ詳細な内容で、書名に(中間)とあるのは、これからも続くことを意味する。
 第1章 保存整備事業の経緯と目的
 第2章 三溪園の価値
 第3章 保存整備事業
 第4章 保存管理計画
 第5章 事業計画

 この報告書を踏まえて、いま三溪記念館の第3展示室で8月16日まで「名勝指定10周年記念―三溪園をまもり伝える―」が開かれている(担当は羽田主事と清水緑学芸員)。三溪園を守り伝えるため、さらには開園当初の姿に近づけるため、各分野の専門家により「名勝整備委員会」を立ち上げ、長期計画により三溪園の整備を行ってきた経緯を紹介している。その一部を抄録しよう。

 (1)整備のこころがまえ:三溪園の保存整備事業は、変化しつつある景観を、傷んだ部分の修理や、危険な箇所の保全、生長しすぎた樹木の整理などを通して、元の姿に近づけることを目的とする。それには、発掘調査や史料をもとに明らかになった事実をよりどころとして、実際の修理方針を検討し、設計、実施というように手順を踏んですすめていく。原三溪がつくりあげた作品である三溪園を守り伝えていくために、十分な検証を行いながら、よりよい姿で後世に遺していくことを目指す。
 (2)三溪の庭づくり:三溪園の土地は、先代・善三郎が別荘地として求めたもので、善三郎の逝去(明治32年(1899)後に三溪が引き継いだ。三溪が構想した庭園の設計図などは、今のところ残されていない。三溪が美術品を収集していた際に、奈良の古美術商・今村甚吉へ宛てた書簡の中に、建造物や庭石の入手について触れられているものがある。三溪園の庭づくりには、三溪自ら足を運び、目で確かめて、一木一草一石が選ばれたことがわかる。そのことを記した三溪の書簡を紹介する。
 (3)三溪園のこれから:三溪は「自然は造物主の領域」であり私有すべきではなく、公共性があるものという考えを実践した。三溪が心をこめてつくりあげた庭園は、古建築や美術品の保存も視野に入れた文化財そのものである。名勝整備事業は現在、整備委員会発足時に立てた長期計画の半ばである。多くの文化人が集い、多くの市民の憩いの場である三溪園の姿をよい状態で遺していくため、これからも丁寧に保存整備をすすめていくことが望まれる。

 これまで実施した具体的な保存整備事業は以下の通りである。
 内苑流れの整備 平成20~24年度(2008~2012)
 外苑流れの整備 平成22~25年度(2010~2013)
 植栽整備 平成21年度~(2009~) 
 内苑土塀の保存修理 平成20年度(2008)
 寒霞橋欄干の改修 平成21~22年度(2009~2010)
 観心橋の改修 平成22~23年度(2010~2011)
 白雲邸崖の整備 平成23~24年度(2011~2012)
 三重塔周辺園路の整備 平成23~24年度(2011~2012)
 亭榭欄干の改修 平成23・25年度(2011・2013)
 大池アオコの調査 平成23~25年度(2011~2013)
 白雲邸崖横穴の修理 平成25年度(2013)
 南門崖の整備 平成25~26年度(2013~2014)
 正門藤棚の改修 平成25年度(2013)
 中ノ島の木橋の改修 平成25~26年度(2013~2014)
 白雲邸倉の保存修理 平成22・25~27年度(2010・13~15)

 いずれも素通りしがちで、目立たない場所にあるものが多い。だが手を抜けば現在の三溪園はない、重要なものばかりである。三溪園の名勝指定範囲18haのうち、山林部は約10haで庭園部は約8ha、来園者が山林部に踏み入ることは稀であり、庭園部についても崖の整備等を目にすることは少ないであろう。

 日々呼吸しつつ生きている名勝・三溪園の整備には、莫大な費用と手間、そして適宜の判断が不可欠となる。整備委員会はそのための「頭脳であり心臓」である。

 近未来の差し迫った保存整備対象は、最初に来園者が触れる正門と南門の一帯である。さらに臨春閣(重要文化財の古建築)の檜皮葺き屋根の葺き替え等の時期も迫っている。2019年11月、横浜で開催予定のラグビー・ワールドカップ決勝戦と2020年夏のオリンピック・パラリンピックに間に合わせたい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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