【25】連載「イギリスとアジア」

 連載「紀行随想 イギリスの近代」(世代群評社の『道』誌)を見た木村秀彦さん(岩波書店編集部)が、帰国後の1979年春、声をかけてくれた。連載等を新書にまとめないかと言う。

 イギリスから自宅へ送った大量の史料コピーは、べニア板張りの大型紅茶箱で7箱はあった。開けて史料的価値の高さが改めて分かった。これらの史料とメモを駆使すれば、1つの歴史書ができる。欣喜雀躍した。

 ワープロやパソコンが普及する以前で、強い筆圧から来る腱鞘炎に悩まされ、鉛筆を4Bに変えて、表面の滑らかなA4サイズの縦書き原稿用紙に向かう。1979年の夏休みは執筆に専念した。能率を上げるため早朝2時に起床してすぐ執筆、11頃までつづけると休憩を入れても8時間は確保できる。昼食後、1時間半の仮眠。午後2時に再開して、晩の10時まで8時間、合わせて16時間の作業ができた。若さゆえである。

 私は書き始めると速いが、推敲には時間をかける。雑誌連載に加えて新たな書き下ろしを組み入れ、『イギリスとアジア-近代史の原画』(岩波新書 1980年1月)は刊行に至った。黄表紙版の108番。偶然とはいえ、この数字が仏教でいう煩悩の数と同じであるのが妙に嬉しかった。

 本書は序章「点描」と「おわりに」を除くと、3部9章の構成である。序章と各部の冒頭には、副題の「近代史の原画」に相応しい、時代を象徴する銅版画(エッチング)を入れた。

 「Ⅰ イギリス近代の風景」には、「第1章 村の生活-1790年」、「第2章 人と交通と情報」、「第3章 都市化の波」の3章が並ぶ。
第1章はイングランドを中心として旅をつづけた成果を取り入れ、近代の幕開けに村の生活が変わる状況を家計簿等から示し、第2章で交通網(道路と運河)の展開が情報を広く運ぶ状況を招来したこと、第3章では急激な都市化(とくに産業革命都市)による下水道整備等の及ばない過渡期の姿を描いた。

 「Ⅱ 19世紀のアジア三角貿易」は、「第4章 紅茶と綿布」、「第5章 アヘン貿易」、「第6章 アヘン生産」の3章が入る、本書の核心的部分である。
貿易統計を活用して、第4章で紅茶と綿布(薄手のインド産綿布と厚手の中国産綿布のイギリスへの輸入から反転して産業革命の工場製綿布のインドへの輸出)を示し、第5章では植民地インドから中国・東南アジアへのアヘンの輸出を明らかにし、イギリス・インド・中国を結ぶ19世紀アジア三角貿易の実態を明らかにした。第6章にはケシ栽培・アヘン生産の科学的実験例等を加えた。

 「Ⅲ イギリスとアジア」は、「第7章 イギリス国内のアヘン」、「第8章 パブと禁酒運動の産物=レジャー」、「第9章 イギリスとアジア」の3章が入る。
 第7章ではイギリス国内のアヘン消費(主にアヘンをアルコールに溶かした強心剤アヘンチンキの流行)の状況を述べ、第8章は近代化初期のイギリス国内の諸相(酒税歳入が40%を占める等々)と近代スポーツの誕生等を描き、第9章でイギリスのアジアとの関係やアジアに及ぼした影響に触れ、イギリスは清朝中国と戦争による激烈な出会いをしたが、日本とは「おだやかな出会い」をしたと述べる。

 「あとがき」(1979年10月付け)では、中国近代史からイギリス史を見ることを中断し、イギリス近代史からアジアとの関係を考える発想の転換にいたった経緯を述べ、また副題「近代史の原画」に触れて、本書に描いた近代の姿は世界史の教科書にないものが多く、これはコピーではなくオリジナル(原画)であるがデッサン(原画)にとどまっているかもしれない、とも述べた。

 また新書にしては長めの6ページの参考文献を付け、本文に省略形で入れた注と対応させる方式をとった。本書は広い読者を対象とする一般書として、何よりも読みやすさを心がけたが、従来の常識とかなり違う内容を含んでいるため、学術書と同様に出典を示し、史料の表記に工夫をこらした。読み進めるための障害を少なくする一方、根拠を知りたい読者には参考文献に到達できる工夫である。新書にこの方式を採用したのは、本書が最初ではないかと思う。

 アヘン戦争(1839~42年)を知らない人は少ないが、戦争の原因となったアヘンの生産と流通に関しては、中国史学界はもとより欧米でも十分な研究がなかったため、本書が初めて明らかにした事実も少なくない。本書は版を重ね、12年にわたり18刷まで刊行、多くの書評を得た。

 毎日新聞の「私の仕事」欄(1980年2月18日)では「イギリス国内のアヘン需要は第一次大戦中までつづき、近代日本のお手本のイギリスは大正時代に”アヘン漬けになっていた“」と驚きを表明、主題とした「19世紀アジア三角貿易」とは違う側面に注目している。

 学術誌では『史学雑誌』(1981年1月号)の新刊紹介で石井寛治さん(東京大学経済学部)は「…本書の面白さは、最近とみに豊かになったイギリス社会史の研究成果を取り込みながら、さらにオリジナルな史料に当たってゆくさいの、東洋史家たる著者の眼のつけどころである…」とし、それぞれの中心課題をⅠ部では「中国産紅茶に呪縛されイギリス社会の構造」、Ⅱ部では「インドから中国へのアヘン輸出のピークが1880(明治13)年であること」、第Ⅲ部では「アヘン中毒とアルコール漬けの19世紀イギリスから公園とレジャーに象徴される今日のイギリス社会がいかに生まれたかの説明」と述べている。

 本書には中国語訳『19世紀的英国和亜州』(『加藤祐三史学選之一』 中国社会科学出版社 1991年)がある(訳書出版に対して横浜市海外交流協会から助成金を受けた)。訳者の蒋豊さんは私のもとに留学してきた北京師範大学史学科出身の英才で、いま人民日報日本月刊(東京)の編集長であり、東方出版社(北京)の東京支社長でもある。この訳書を通じて、中国近代史の起点であるアヘン戦争の世界的な背景が、初めて中国人読者に届けられた。(続く) 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
カテゴリ
QRコード
QR