タケの開花(その3)

 前回(その2)で書いた「一斉開花」と「部分開花」について補足したい。「部分開花」が「一斉開花」の前段階の場合と、群落の一部だけの開花に終わることもあるらしい。一斉に開花した後、群落全体が死滅するケース、開花しても枯れないケース等があり、タケ・ササの種類により異なる。しかし、どこまでが「部分開花」で、どこから「一斉開花」かを現場で判別するのは難しい。

 5月27日朝、坂智広さんから次のメールが入った。
…オロシマササはメダケ属なので、本来はタイミンチクと同様に株によって段階的に咲いていくのかもしれませんね。29年前の記念館完成時に栽植され、いま向かって左側の植栽が地下茎の先端にある新芽まで開花している状況、また右側の生垣は開花していな状況を見ると、植栽を管理される刈り込み作業の効果・影響で一方は一斉開花しており、他方は開花していない。同じ株由来だとすると、非常に興味深い現象があるのかもしれません。いずれにせよ、観察を続けることが肝要と思っております。
…愛知県設楽町の森林でササ属のスズタケが一斉開花したとする日テレNEWSの2016年6月10日の報道がありました。研究者らが設楽町の段戸湖周辺約5000ヘクタールで「スズタケ」の花が一斉に開花したことを確認したと発表、120年に一度しか咲かないと言われるこのササの珍しい一斉開花である。
 村松先生のお話だと、ササ属では一斉開花して群落が枯れた後、種子が発芽して回復するのが多いようです。ミクラザサでは地下茎まで完全に枯れタケノコは出ず、開花結実した種子が落下後直ちに発芽して群落が回復しました。クマザサの開花を見たことがありますが、種子よりも生き残った部分からの回復のようでした。
 マダケ属のマダケは60年、120年周期で一斉開花し、不稔で種子は結実せず、開花稈の地下茎からタケノコで復活したという報告があります。不稔といっても完全に不稔ではなく、開花後地下茎からの再生竹で比較的速やかに藪が回復することはこの分野の間では常識です。

 これまで本稿ではタケとササを区別せずに使い、ときにタケ・ササと併記してきたが、両者の区別を概観しておきたい。その大きさが様々なことから両者の区別がつきにくい場合もあり、日常用語としては明確な区別をせず用いる場合もある。以下、私に分かるかぎりで通説を整理する。
 広義のタケは、その生育型から狭義のタケ(竹)、ササ(笹)、バンブー (bamboo) の3つに分けられる。熱帯域に多いバンブーは地下茎が横に伸びず、株立ちとなる。問題のタケとササの区別は、(1)タケは地下茎が横に伸び、茎(くき)は当初は鞘(さや)に包まれるが、成長するとその基部からはずれて茎が裸になる。ササはタケと同じく地下茎が横に伸びるが、茎を包む鞘が剥がれず、枯れるまで残る。(2)しかし村松幹夫さんによればササでもリュウキュウチク節であるタイミンチクは地下茎が伸びもするが株立ちもする。自然界では様々な進化状態が混在して一概に語る難しさがある。(3)葉の形態ではタケには格子目があるが、ササにはそれがなく縦に伸びる平行脈があるとされる。一般にササはタケより小さいが、一部には逆転する例もあり、オカメザサはごく小さなタケ、メダケは大きくなるササである。
 日本の大型タケ類は中国渡来であると言われるが、ササ類はまずは土着の種で、しかも変異が多い。「竹」の音はチク、訓はタケであるが、「笹」には音がなく訓読のササのみの国字(『漢字源』)であり、竹冠の下の「世」は葉の省略体という。欧米ではササ (sasa) と呼ばれ、日本的な植物として認知されている。またタケから竹釘や籠等を作り、ササの葉の防腐作用を活用して保存食(鱒寿司、ちまきなど)を包むのに使う等々、生活に密着する使途がある。

 ムギ類の研究と並行して村松さんがタケ・ササと関わり始めたのは1953年とご本人が言われる。今年5月25日に初めてお会いした折、論文抜刷3点をいただいたが、タケ・ササに関する最初の論文が1972年発表の2本であり(いずれも『富士竹類植物園報告』第17号)、この分野の先駆者として60余年にわたり研究を牽引してこられた。なお同植物園は世界のタケ500種類を展示する。
 
 大先達の研究と並行して、最近は若手の研究が進み、多数の知見が積み重ねられている。5月30日、坂さんから次のメールが入った。
…日本生態学会誌(2010、60巻1号)に井鷺裕司「多様なタケの繁殖生態研究におけるクローン構造と移植履歴の重要性」の論文を見つけました(アドレス付)。オロシマササはこの論文にあるタイプA、タイミンチクはタイプCにあてはまるのではという考え方になりますか?
 三渓園のタイミンチクも、当初どのくらいの株が植えられて遺伝的多様性があったか、DNAマーカーで分析して見るのも興味深いと思います。  坂

 私は以下のように返信した。
…井鷺論文を拝受しました。…「はじめに」に記されるように、タケ類が有用なため「種レベルの特徴というより、偶然、その地域に人為的に導入された限定された系統の性質であったり、群落を構成するクローン数が極端に少ないという事に起因する可能性がある」との仮説は生態学者らしい、種の人為的環境を重視する見方と思われます。…

 井鷺裕司研究室(京都大学農学研究科森林科学専攻教授で森林生産学を担当)のホームページには「隠花植物の系統分類、植物群落の炭素循環、都市近郊林の管理、植物群落の更新過程などに関する研究を行ってきた。現在の主要な研究テーマは、保全生態学で、フィールドワークと遺伝解析に基づくより適切かつ効果的な生物多様性保全を模索している」とある。

 一方、三溪園のタケの開花がマスコミの関心を呼び、5月31日に毎日新聞朝刊、6月3日に朝日新聞朝刊に記事が載り、6月2日にはテレビ神奈川の放映があった。6月7日の神奈川新聞は、花のカラー写真やそれを撮る来園者の姿、さらに坂さんへの取材記事等を掲載した。
 マスコミ報道の拡がりに加え、三溪園の羽田雄一郎主事の「一生に一度見られるかどうかの貴重な花で感動している…」の言葉が共感を呼んだか、来園者が急増している。
 議論が植物学の深みに入るほど門外漢の私には分からないことが増え、理解不能になることを危惧しつつ、一方でタケ・ササの花、広くは植物や生物の生態の不思議に惹きこまれている。理解できる限り、これからも伝えていきたい。(続く)
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竹の花!驚きです。知ったかぶりして「見たことあります」と言わないでよかった。奥さんが「花の写真はないの」というので、あれこれ探しました。地味といえばそうですが、実に面白いものですね。
90年ぶりということなので、ぜひ三渓園にあれこれ横浜周辺の友人を語らって行ってみます。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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