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40年ぶりの再会

 今年の正月明けに、草光俊雄さんから新著『歴史の工房-英国で学んだこと』(みすず書房 2016年)が送られて来た。40年前にロンドンで出会い、以来、年賀状交換だけで続いていた。20年程前に共同研究『日英交流史』の筆者打合せ会で再会したものの、ゆっくり話す時間がなく、草光さんに対する私の印象と記憶は40年前に固定されている。

 まず表紙の装幀に目を奪われた。解説をみると、やはりウィリアム・モリスの作品で、強烈な印象を与える。彼がシェフィールド大学で工業化とデザインに関する博士論文をとったことを思い出し、まさに彼らしいと納得した。

 序文に目を通すと、「なぜ歴史を学ぶようになったのか」と切り出し、「…読者は一見ばらばらな対象のなかにひとつの共通するトーンがあることに気づいてくださるだろうか。それは歴史を調べたり書いたりすることへのよろこびである。…」と、楽し気に綴る。

 思い返せば1977年秋、私は「19世紀東アジアにおけるイギリスの役割」をテーマに文部省の在外研究の助成を得てイギリスへ渡った。旧知のディリア・ダヴン(中国女性史の研究者)の姉のアンナがロンドン在住のイギリス近代史研究者で、アンナから日本人がいるから会わないかと紹介された。

 クサミツという珍しい苗字、イーストエンドはスピタルフィールズ青果市場の近くにある彼の寄宿先を訪ねた。18世紀のテラス・ハウスで、絹織物工が住んでいた古い建物である。この10歳若い青年から、私はロンドンの歩き方、史料の所蔵先、学界の研究動向や人脈等について、貴重な指南を受ける。

 本書は主に歴史と歴史家に関するエッセー集である。ページをくくっていると、「…1977年の晩秋だったと思う。当時リーズ大学に滞在していた東洋史の加藤佑三さんと車で旅行をし、イングランドの東部を北から南下してケンブリッジに行った…」とある。その「佑」の字をペンで「祐」と修正してあった。もう一つ、拙著の書名にも誤記があった。

 添え状にあるメールアドレスに返礼、そこで私も草光さんの俊雄をうっかり敏雄と誤記していた。すぐ返信が届いた。「…これからメール連絡がとれますね。先生のお名前を間違えたばかりではなく、新書のタイトルまで間違えて…冷や汗です。…これも何年も年賀状だけでのお付き合いだった結果だったのかと、もっと身近な付き合いをしなければいけなかったなと、反省しきりです」。

 草光さんが誤記した拙著の書名は、正しくは『イギリスとアジア-近代史の原画』(岩波新書 1980年)である。そのなかに「…よく泊めてもらったR・サミュエルの家で、彼と、彼のところに寄宿している草光俊雄の三人で、夜の明けるまで議論したことも、私にはありがたかった。…」とある。ここでは草光さんの名前を正しく俊雄と書いていた。

 草光さんの今回のメールには嬉しいことに40年前の写真が添付されており、「大陸浪人のような先生とまだ初々しい(?)私との写真で、おそらくブリストル経由でバースに出かけたときのものかと思います。…」とあった。

 追いかけるように「草光俊雄さん退職・出版を祝う会ご案内」が版元のみすず書房から届いた。「出版」は上掲の本だが、「退職」とは放送大学教授(東京大学教授退職後に移る)の定年を指す。4月5日、18時、有楽町の電気ビル北館20階にある外国特派員協会へ出かけた。

 発起人は、五十音順に、川勝平太(比較経済史、静岡県知事)、丹治愛(英文学)、長谷川郁夫(小澤書店創立者)、富士川義之(英文学)、宮下志朗(仏文学)の五氏(いずれも敬称略)。私が知るのは川勝さんだけ、40年程前、オクスフォード大学セント・アントニーズ校のセミナーに話をしに行った折、聞き手のなかにいた青年だが、残念ながら公務のため欠席、会うことが叶わなかった。

 寒さで遅れた桜が、この日を待っていたかのように満開となった。受付で手渡された出席者リスト(五十音順)の約100名のうち、識別できたのは川勝さんともう一人だけ。スピーカーとして「乾杯の挨拶」、(1)発起人1、(2)イギリスでの出会い、(3)発起人2、(4)編集者、(5)友人、(6)放送大学、(7)東大学生と区分された計18名が挙がっており、私は(2)のなかにあった。

 草光さんはイギリス近代史家である。慶応義塾大学の学部と修士課程では経済学説史を専攻し、「イギリスの歴史についてはほとんど無知といった体たらくでイギリスに出かけ…英語もほとんど出来なかった。…」(序文)。なまじ固定された狭いテーマを持たずに留学したのが幸いしたのではないか。

 本書の書名は、(4章)「歴史工房での徒弟時代-親方ラファエル・サミュエル」から取ったのであろう。近代イギリスの貧富差の拡大や労働者の実態、職人たちの政治運動等を明らかにするR・サミュエル主導のヒストリー・ワークショップ(歴史工房)運動について述べている。

 R・サミュエル(私の2歳年長)は『ニュー・レフト・レビュー』誌の最年少の編集者となった新左翼の若きリーダーで、オクスフォード大学ラスキン校のチューター等をつとめた。

 サミュエルの家に草光さんが寄宿し、その草光さんを私が訪ねたことになる。草光さんは、探求心と美的センスに優れており、期待と不安をエネルギーに前進する「初々しい」勇者のように見えた。

 上掲の「…車でイングランドの東部を南下し…」の旅行は、私が中古車を購入、「旅は歴史家の母」と言いつつ産業遺構等を巡っていたころで、このときは彼の留学先のシェフィールド大学で合流し、中世以来の農地の形状を残すオープンフィールドで有名なリンカーンを訪ねたのではないか。エンクロージャーで細切れにされた農地とは違い、広大に拡がる農地の風景に二人で見とれた。

 祝賀会は、最後に草光さんが奥様への感謝を含む挨拶をして散会となった。

 40年ぶりの瞬時の再会であったが、彼の著書を読み進め、ゆっくり懐かしい日々を思い起こしている。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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