梁山泊の若き研究者たち

 冷たい雨に桜の花も身を縮めていた。開花宣言から10日も経つのに、やっと3分咲きという異常気象である。年度末の3月31日(金曜)夕刻、ある送別会に出るため、東京大学の農学部正門を入り、構内を抜けて、最南にある東京大学総合研究博物館(以下、博物館)へ向かった。建物は東洋文化研究所(以下、東文研)の隣、懐徳館(前田侯の造った建物と庭園)の向かいにある。

 私の東文研助手時代は1967~72年、それから50年になることに気づき、愕然とした。そのころは総合研究資料館として、東文研と同じ建物にあった。

 そんなことを思い出しつつ、1年前に記憶を戻す。博物館地階にある大型動物解剖室で、キリンの解剖に取り組む一人の若い女性を見た。遠藤秀紀教授(獣医学、比較解剖学、遺体科学)の指導を受け、博士論文の執筆に余念のない郡司芽久さんである。遠藤さんには『哺乳類の進化』(東京大学出版会 2002年)のほか、『解剖男』講談社現代新書 2006年)や『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』(光文社新書 2010年)等の啓蒙書がある。

 全国の動物園から献体を受けて学術的解剖を行う唯一の大学施設が、遠藤教授の率いる教室と聞いて納得はしたものの、うら若き女性研究者が、大きなキリンの解剖に独り挑戦する姿にミスマッチの魅力があった。麒麟女を自称する。

 このキリンの解剖現場には偶然に迷い込んだのではない。マダガスカルだけに生息する夜行性サルのアイアイを中心とする動物学(サル学)の権威、島泰三さんから「キリンの解剖を見たくないか」と誘われ、二つ返事で応じた。彼はアイアイ・ファンドを主宰しており、上野動物園のアイアイ館は彼の肝いりで作られた。最近の著書は『ヒト 異端のサルの1億年』(中公新書 2016年)。

 島さんと私は、長い伝統を有する向陵テニスクラブ(以下、向陵)のメンバーである。キリンの解剖を見せてもらうことになったのも、郡司さんが学術振興会の「育志賞」の書面審査に通り、彼女がプレゼンをするので異分野の私に予行練習を聞いてくれと言ってきたのも島さんであり、彼女を含め遠藤研を巣立つ大学院生2人の送別会に参加しないかと誘ってくれたのも島さんである。

 学術振興会の育志賞とは、そのホームページによれば、天皇陛下の即位20年に当たる平成21年、社会的に厳しい経済環境の中で勉学や研究に励む若手研究者を支援・奨励するための事業の資として下賜金を賜り、それを受けて学術振興会が「将来、我が国の学術研究の発展に寄与することが期待される優秀な大学院博士課程学生を顕彰することで、その勉学及び研究意欲を高め、若手研究者の養成を図ることを目的として、平成22年度に創設」したものである。

 第7回(平成28年度)育志賞には、大学長推薦90名、学会長推薦54名(重複推薦を含む)の計130名が応募し、審査(佐々木毅委員長等9名の委員会)を経て17名が受賞した。その一人が郡司さんで、3月8日(水)の日本学士院での授賞式では、秋篠宮殿下・妃殿下の前で受賞者代表の栄に浴したという。

 彼女は幼少期から動物を飼育し、夢は動物学者、とくにキリンの不思議な佇まいに強く惹かれた。博士課程(農学生命科学研究科 農学国際専攻)の研究テーマは「偶蹄類の頸部伸長に伴う筋骨格構造の進化とその遺伝基盤の解明」であり、キリンの解剖を通じて、その構造を解明した。

 哺乳類は首の長さに関わらず頸椎数は一定、つまりヒトとキリンの首の骨は同じ7個である。にもかかわらずキリンは首を柔軟に動かし、地上の草から髙所の木の葉まで食べることができる。彼らは如何にしてこのような首を獲得したのか。答えは第一胸椎周囲における肋骨の構造や筋肉にあり、と解明した。この研究成果は、哺乳類全体の体の構造や形を決定づける仕組みの解明に貢献すると期待される、と育志賞の受賞理由にある。

 送別会場の博物館3階会議室には、遠藤教授と大学院生(修士・博士課程)の工藤光平、郡司芽久、小林沙羅、吉田将崇、今井亮太、楠見繭、風見奈穂子(進学順)の7名(男子3、女子4)に教授秘書の佐々木智恵(いずれも敬称略)。リケジョ(理系女子)の多いのが頼もしい。

 向陵からは島夫妻に加え、弁護士・弁理士の赤尾直人さん、フレンチシェフで「鉄人」と呼ばれる浅川秀樹さん、それに私の5名が参加、合わせて14名である。浅川さんが特別料理を差し入れてくれた。

 大学院生たちの扱う動物はニワトリ、キリン、アシカ、カメ、ワニ、ヘビ、モモンガとそれぞれ異なる。風貌といい情熱といい、各人の個性も多彩である。多様な動物から得られる知見を導く理論と解剖手法は遠藤さんが伝授すると同時に、遠藤さんも若い知性の格闘の経過・結果から得るものが多いと言う。

 (知的)挑戦には失敗がつきものであり、その山を幾つ超えるかで勝負が決まる。そのときに違う研究対象と方法を持つ若者たちが同じ研究室に集まることにより、教えあい学びあい、切磋琢磨することにより前へ進むことができる。

 私の脳裏に「遠藤研という名の梁山泊」のイメージが思い浮かんだ。梁山泊は宋代の『水滸伝』に描かれた豪傑・野心家の集まる場所である。遠藤研の若き研究者たちは権力奪取の野望ではなく、大型動物の進化、ひいては生命の進化(の歴史)を知ろうとする、限りない夢に挑戦する豪傑・野心家たちである。

 研究結果がすぐに応用・実用につながる訳ではないためか、研究費獲得には苦労すると遠藤さんは言う。いわゆる実学ではなく純粋な知的探求心は、これぞ大学の重要な本質の一つであるが、現今の科学研究費の配分は実学に強く傾きがちであり、それも短期に成果が出るモノが重視される。

 若手研究者の就業実態も有期(2~5年程度)が多く、将来に不安を残す場合が少なくない。先輩たちの様子から、諦めて収入の良い職に就く人もいる。郡司さんは育志賞を得たため学術振興会の特別研究員(奨励金あり)として国立科学博物館(つくば市の研究部門)に勤めつつ、遠藤研でも解剖を続けるという。後輩たちの励みになれば良い。

 年配者からは、「アシコシ ツカエ」「ツキイチ コテン」(加藤)とか「いまのうちから体を鍛えておけ。それが知能を支える秘訣」(赤尾さん)などの激励につづき、シェフ浅川の料理が披露される。トマトクリームスープ、ラタトゥイユ(南仏風野菜の煮込み)、ビーフストロガノフ、これに院生持参のチマキ等を、赤尾さん差し入れのワインとともに堪能した。デザートのフラン・マラスキーノ風味&バニラアイスクリームのフランボワーズソース添えの盛り付けの妙技には、女性たちの目が釘付けになった。

 全国の大学の幾つもの研究室で、文系・理系を問わず、若き研究者が情熱を傾けて研究に励んでいる。少子高齢社会で人口減少に直面する我が国の未来を支えるための、彼らは唯一とも言える貴重な人材群である。応援していきたい。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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