白雲邸屋根の葺き替え

 三溪園の内苑にある白雲邸は、原三溪の隠居所として1920(大正9)年に落成した数寄屋風木造建築の平屋で、97歳を迎える(横浜市指定有形文化財)。屋根は、檜(ひのき)の樹皮で葺く檜皮葺(ひわだぶき)と呼ばれる伝統技法で、30~40年ごとに葺き替えなければならない(瓦葺は60~100年と長い)。

 一昨年(昨年度)の白雲邸の主屋に隣接する倉の補修工事の模様は、本ブログ「白雲邸」(2015年11月23日掲載)に載せたが、そのとき、主屋の屋根の檜皮(ひわだ)を止める竹釘が、各所に浮き上がっていることが分かった。檜皮が油を失い、痩せて沈み、竹釘が露出したものである。

 これが新たな課題となり、横浜市の予算計上が実現、約30年に1回にあたる3度目の葺き替え工事が昨年末から始まった。工期は今年3月まで。

 施工業者は、昨年11月の入札(6社が応札)により、谷上社寺工業株式会社(本社は和歌山県橋本市)に決まった。古建築の補修工事には伝統技法を駆使する多数の職人が不可欠であり、その会社は関西の数社に限られる。

 まず建物全体を覆う仮屋根(約450㎡)工事と足場組みがあり、ついで古い檜皮を剥がし、木造の骨組み部分の補修を行った段階の昨年12月22日、中島哲也総務課長と進捗状況を視察、現場責任者の矢野友則さんから説明を聞いた。補修途中の木組みの姿が見られるのは今だけである。

 ついで1月25日、正月明けから始まった檜皮葺き工事の視察を行った。主屋の屋根が278㎡、門の屋根が10㎡、合わせて約300㎡という広い屋根工事(なお延床面積は約284㎡)のうち、半分近くがすでに完成しており、私が行ったときは、北側の軒先の4間ほどにわたり、5人の職人が並んで檜皮を葺く作業の最中であった。みな40歳前後、心技体を備えた職人たちである。

 水で濡らした檜皮を丁寧に並べ、口に含んだ竹釘を取り出しては小型の金槌で素早く打ち留める。その間、5秒とかからない。正確な動きとリズミカルな金槌の音。

 屋根を下から仰ぎ見ることはあっても、上から眺める機会はほとんどない。たまたま私は一昨年に次いで2度目である。ふだん見えない所の作業に深く心を動かされ、自分の無知ぶりを思う。

 檜皮葺の概略を知ろうと、河原伸治(京都市文化財保護課技師)「檜皮葺について」(京都市文化観光資源保護財団「会報」)、「檜皮葺の技法」(公益社団法人 全国社寺等屋根工事技術保存会)、(株)友井社寺のホームページの解説等を読み、少し理解が進んだ。その一端をお伝えしたい。

 檜皮葺は、最も格式の高い技法として奈良時代に起源、貴族の住宅や神仏を祀る社殿や仏堂に使われてきた。現在のように軒先を厚く見せ、竹釘で檜皮を固定する技法は平安時代以降のものと考えられ、これにより日本人の感性にあった優美な曲線を持つ屋根が作られるようになった。現在、檜皮葺の建造物は、国宝・重文に限ると全国に約730棟あり、うち最大の2割150棟が京都市内にある。

 原材料の檜皮を採取する技能者を「原皮師」(もとかわし)という。直径60cm以上、樹齢70年以上の檜の皮を剥き、30㎏に束ねて檜皮葺師に納める。油分を多く含んだものが良質で、丹波地方の檜が最良とされる。

 その檜皮を,いくつかの規格に加工する。今回使うのは、厚さが約1.5~1.8㎜で幅が約12㎝、長さは約80㎝、約50㎝、約40㎝、約25㎝の4種類、昔の貴族が持つ笏(しゃく)のような形に見える。

 葺くのは「葺師」(ふきし)で、軒先から1.2cmずつ上方へずらして葺いていく。厚みは10cmほどだが、軒先だけは数10cmの厚さにする。重さは檜皮1㎡当たり20㎏、本瓦葺の200㎏と比べるととても軽く、建物にかかる圧が小さい。

 軒面を手斧で仕上げた後、水切銅板等を竹釘で留める。隅は雨水の滞留によって傷みやすいため、入念に施工される(谷葺、隅葺)。

 竹釘は経年劣化がほとんどなく、加工しやすく強度がある。昔は葺師自作の真竹が使われたが、今は専門職人(「竹釘師」)が主に孟宗竹で作ることが多い。加工して天日で干し、大釜で乾煎(からいり)して完成する。今回の工事では、長さ3.6cm×径3㎜の竹釘を多く使った。その数は、1坪(3.3㎡)当たり平葺箇所だけでも2400~3000本、白雲邸の場合、実に70万~90万本という途方もない数を使っている。

 2月2日、中島総務課長と3度目の視察を行い、また矢野さんから説明を受けた。「原皮師」、「竹釘師」の仕事を受け、「葺師」の仕事が大詰めを迎えている。三者一体の伝統技法の連携に古建築が支えられていることを改めて思う。

 2月16日、第3回名勝三溪園整備委員会(尼崎博正委員長ほか計7名)が開かれた。本委員会は本園の保存整備事業を進める「頭脳であり心臓」に他ならず、白雲邸の屋根葺替工事の必要性を提言したのも本委員会である。事業内容(平成28年度報告及び29年度計画・年次計画)の審議後に、現地確認の1つとして白雲邸の工事を視察した。檜皮葺き工事は終わって棟瓦(むねがわら)を載せる最終段階にあり、委員各位は興味深く見ていた。

 3月末、予定通りに工事が完了した。桜の花を背に内苑に入ると、塀越しに明るい茶色の屋根が目に入る。今後30余年にわたり、白雲邸は雨漏り等の心配もなく、呼吸しつつ生きる建物本来の姿を見せてくれるに違いない。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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