船医、この10年

 我らの「清談会」は、2005(平成17)年に始まり、夏と冬の年2回、定例会を重ねて来た。メンバーは横浜市立大学(以下、市大)で同じ釜の飯を食った異分野の学者たち。今日まで続いたのは、発起人で「清談会」の命名者、そして粛々と幹事をつとめてきた小島謙一さんのおかげである。

 この23回目が2016(平成28)年12月27日(火曜)、新高輪プリンスの古稀殿(中華料理)で開かれ、最初に穂坂正彦さんと私の80歳(傘寿)を祝ってくれた。穂坂さんは1936(昭和11)年1月生まれ、同年12月生まれの私の実質1年先輩である。

 今回の話題提供者は穂坂さん(医学)。市大医学部教授(泌尿器学)を退任後に就いた船医(シップ・ドクター)の体験を淡々と語った。聞き手は、年令順に丸山英氣さん(法律学)、小島さん(物理学)、浅島誠さん(生物学)、そして私(歴史学)の4名。

 穂坂さんは海が大好きなうえ、9歳先輩の市大名誉教授・西丸與一さん(法医学、『法医学教室の午後』の著者)から大きな影響を受けたと思われる。西丸さんは、市大退職後、1998年4月就航の「ぱしふぃっくびいなす」号(Pacific Venus、日本クルーズ客船社)の初代船医となった。

 以下の記述の大半は、穂坂さんの詳細な配布資料に基づく。

 穂坂さんが船医をつとめた「ぱしふぃっくびいなす」号は、総トン数:26,518トン、旅客定員:644名、乗務員数220名、客室数:283。長さ:183.4m、幅:25.0m、高さ:12階。104日間の世界一周クルーズのほか、日本近海やアジア・インド洋クルーズ、オーストラリア・ニュージーランドクルーズ等を実施している。なお世界を一周する客船は世界に10艘あり、その専属船医は30~40名で、きわめて稀有な職業だという。

 本船の船医は原則1名、看護師2名の態勢で、旅客と乗務員、最大864人の総合医療を担う途方もない重責である。乗船期間中、休まる日は1日たりともない。

 船医の業務は、(1)総合医療、(2)メンタルヘルスケア、(3)感染症の予防、(4)検疫・死亡者対応、(5)医療外業務に分かれるという。

 うち(1)総合医療では全診療科の治療と外科的処置、救急蘇生等を行う。診療所(病室2、ベッド数3床)は、全診療科の薬剤を揃えている。重症者や専門医を必要とする患者には寄港地で同伴し、現地の医師と対応を決める。

 (2)メンタルヘルスケアでは、様々な精神疾患の治療に当たる。特に乗務員は狭い空間で土日祝日もなく、長期間、変化のないメンバーと共に仕事をするため、よほど人間関係が円滑でなければ耐えられない。薬物・アルコール依存症、うつ病、統合失調症等の発症率も高い。船からの投身自殺にも遭遇した。

 (3)旅行者感染症は、マラリア、エボラ熱、ジカ熱、マースほか多くあり、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)からリアルタイムの情報を得て、疾患の説明、予防対策を船客、乗務員に周知する。

 (4)検疫・死亡者対応とは、入国検疫、死亡者検疫・遺体搬送手続等。

 (5)医療外業務では、トップ4役(船長、機関長、ホテルマネージャー、船医)の一人として船客の送迎、パーティーや催事での挨拶・接遇、洋上スクール校長、運動会PTA会長、ドクタートーク等に出る。社交性も必要であろう。

 穂坂さんの強靭な精神と肉体、そして人々に貢献する真摯な態度は、市大で苦労をともにした時から熟知している。彼は1995~1999年に医学部長を、私も1995~98年に国際文化学部長ついで1998~2002年に学長をつとめ、ともに力を合わせて医学部・病院改革に邁進した。

 若き日に総合医を志しつつ、一流の泌尿器学専門医となった後、2001年、65歳にして全診療科を担う船医に就任、ついで70歳(古稀)から80歳(傘寿)まで10年連続の勤務を完遂した。これだけの激務、これほど広範な業務を、一人でよく乗り越えたものだと感服する。

 適切な判断で一命を救われた患者からの感謝、そして末期の患者を見守った穂坂さんの印象を、一例ずつ挙げたい。

 突然の胸痛で倒れた女性(52歳)。狭心症の所見で直ちに投薬するも船は大西洋の真ん中。次の寄港地の医師とともに帰国を説得、患者は紹介状を持って渋々帰国した。後に次のような趣旨のメールが届く。「ご紹介いただいたS医大を受診した。即入院、絶対安静で、血管を広げる手術を受け、おかげで元気を取り戻した。せっかく先生に助けていただいた命、体力の回復に努め、また何時か、船上でお会いできる日を楽しみにしている。」

 もう1つが、直腸癌で手術不能、腸管浸潤、リンパ腺・肝・脾臓転移、人工肛門設置という末期癌の女性(52歳)である。高熱を出し、転移巣の細菌感染と診断。抗生物質の点滴で3日後に解熱。その後は寄港地で観光を楽しむ。船内では喜々として盆踊りに興じた。余命3ヶ月。

 穂坂さんは、精神科医エリザベス・キューブラ=ロスの『死ぬ瞬間』(On Death and Dying、1969年)を思い出す。告知から衝撃・否認・怒り・取引・抑鬱・受容を経て、患者は穏やかに尊厳を保ち、死を迎える。

 死を受容し、残された時間を精一杯生きている、この人の姿に穂坂さんは胸を打たれた。

 話し終え、穂坂さんは言う。「これで医療活動から引退する」。私は驚いて言った。「こんなに貴重な経験は、医療行為を通じて若い医師たちに伝えるべきだ」。「医療知識は日々進化して、ついていけない」と穂坂さん。小島さんがすかさず入る。「知識と知恵は別物です」。この名言に穂坂さんはゆっくり頷いた。

 この日、清談会の解散は、いつもより少し遅くなった。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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