横浜華僑社会の形成と発展

 横浜市立大学(以下、市大)の卒業生で、いま横浜開港資料館主任調査研究員の伊藤泉美さんからメールが届いた。お茶の水女子大学(以下、お茶大)へ学位論文(論文博士)を提出、その公開発表会が開かれるので、お時間があればお越しいただけないかと、彼女らしい丁寧な誘いであった。幸い、他の用事は入っていなかったため、すぐに出席の返事を出した。

 しばらくしてレジメとパワーポイントによる説明資料が送られてきた。学位論文の題名は「横浜華僑社会の形成と発展-1859年から1920年代中頃まで」であり、第1部「通史編 落地生根への道のり」に4章、第2部「団体編―華僑社会を支えた組織」に6章、そして第3部「経済活動編-職業の実相」に3章を充て、全体として3部13章からなる壮大な内容で、形式も整っている。

 伊藤泉美さんは1984(昭和59)年度の卒業。当時の市大の教育組織では、彼女は文理学部人文課程東洋史に属していた。卒業論文は必修であり、テーマを決めるため4年次の春から「卒論ゼミ」を用意し、同僚の金子文夫助教授(いまの准教授)と、自主性をいかに発揮させるかに重点を置いて指導した。

 学生たちは、ごく曖昧なテーマから徐々に焦点を絞り、①先行研究の整理、②当面の論文名、③使う史料と分析方法などを発表するなかで、ついに完成に漕ぎつける。伊藤さんの卒論は「1853年上海小刀会起義について」であった。
卒業後、お茶大の大学院修士課程へ進学、そのテーマが「横浜華僑社会の研究」だったのであろう。博士課程を単位取得満期退学、その間に横浜開港資料館で働くようになった。

 1989年、横浜開港130周年・市政公布100周年を記念する横浜博覧会(YES’89)が開かれるのに伴い、私はパビリオン「黒船館」展示に協力すると同時に、市大事務局から英文で横浜を紹介する本をつくれないかと要請を受けた。その構想・企画・執筆依頼・編集・翻訳(和文英訳)・出版には協力者が要る。その作業全般の助けを彼女に求めた。

 その成果物『Yokohama Past & Present』(A4×302ページ)は、博覧会の翌1990年に刊行、また市会からの要望に応えて、日本語補助版『横浜いま/むかし』も刊行した。英文による都市紹介は本書が日本初であり、本書をインドのボンベイ(現在のムンバイ)で見たと便りを貰ったことがある。

 横浜開港資料館(初代館長は遠山茂樹市大名誉教授)は「横浜開港(1859年)から関東大震災(1923年)までの横浜の歴史に関する資料を収集・保存・公開」する目的を掲げて1981年に創設された。発足当初から、研究員は(1)年に数回の企画展示のいずれかに関わること、(2)歴史資料の収集・保存・公開には「研究」が不可欠の前提であるとして、外部委員をも含めた研究会を組織し(または参加)、その成果を公表すること、(3)「横浜開港資料館紀要」に論考・資料紹介等を発表すること等々の大方針を堅持している。今回の博士論文には、それぞれに積極的に関与してきた伊藤さんの蓄積が随所に窺える。

 もう1つ、忘れがたい思い出がある。1990年から5年間にわたり「横浜と上海」に関する共同研究を友好都市の両市間で行うことが決まり、横浜市は横浜開港資料館が、上海市は上海档案館と上海社会科学院歴史研究所が担当した。1843年開港の上海と1859年開港の横浜は、開港を機に急速な都市化をとげた点で良く似ており、両者の近代史の比較研究が主な内容である。
私も開港資料館組に参加し、メンバーの相互訪問にも参加、言うまでもなく伊藤さんの溌剌と働く姿がそこにあった。成果物の『横浜と上海』(日本語版と中国語版)は1995年に刊行され、彼女は「横浜における中国人商業会議所の設立をめぐって」、私は「2つの居留地」と「都市史研究の課題と展望」を書いた。

 このころから私はさらに多忙になり、開港資料館の研究会からも遠ざかり、たまに企画展を観にいくと伊藤さんに案内を乞う程度の時間しかなかった。一昨年、彼女も参加して3年にわたり131回の編集会議の末に完成した『関聖帝君 鎮座150周年記念 関帝廟と横浜華僑』(同編集委員会 2014年)の寄贈を受けたが、まだ十分には読み込んでいない。
そこに今回の学位論文提出の連絡である。審査委員は私も旧知の岸本美緒教授(主査)、小風秀雅教授をはじめ計5名。旧来の学科分類では岸本さんが東洋史、小風さんは日本史(国史)であり、この論文のように東洋史と日本史の双方にまたがる内容の審査には最適の構成である。

 公開発表会は、54年ぶりの11月降雪を記録した日の翌25日。伊藤さんは「54年前に生まれた私の博論提出に驚いたためか…」と雪の話題から切り出し、約60分をかけ、3つに大別して話を進めた。その(1)が先行研究を概観して本論文の「目的と意義」を示すこと、具体的には①横浜華僑社会の歴史的発展過程を初めて解明、②組織団体の分析を通じて横浜華僑社会の構造・特徴・成長過程を考察、③華僑の経済活動の実態分析、である。

 その(2)は、3部13章からなる全体の概要を示した後に、第1部「通史編-落葉帰根から落地生根への道のり」の要点をまとめ、①形成期(1859年の開港~1870年)、成長期(1871年の日清修好条規締結~1893年)、変動期(1894年の日清戦争~1899年)、発展期(居留地撤廃の1900年~1923年)、再生期(1923年の関東大震災~1920年代中頃)の5期の特徴を説明する。ついで②横浜華僑社会の組織団体を分析、③関東大震災と戦災で一次資料がきわめて少ないなか、各種新聞や在日外国人年鑑を緻密に分析し、④華僑の職種は製造業と貿易業が多く、その果たした役割として、ア)欧米人と日本人の仲介者、イ)欧米技術の移転者、ウ)貿易活動の推進者であると総括した。

 最後に(3)本論文の特徴的な手法として、文字資料にとどまらず非文字資料の<画像>と<モノ>(出土品、発見した周ピアノ等)を活用したことを語った。多くの歴史研究がもっぱら文字資料に依るなかで、これは独創的である。

 以上の3点を、パワーポイントの説明や画像を巧みに駆使して論じた。<見せ方>の見事さは、展示作業やギャラリートーク等で磨いたものか。

 回覧された論文はA4×595ページの(超)大作である。出版し、広く世に知ってもらう価値が十分にある。
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ご卓見拝読致しました。

華僑についての記述拝読致しました。
中華街の華僑の有志の皆さんが、孫文の辛亥革命に大きく貢献したと仄聞しております。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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