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岡倉天心市民研究会

 岡倉天心市民研究会(岡倉天心横浜顕彰会)とは、天心(1862~1913年)の生誕150年、没後100年を記念し、2013(平成25)年、三溪園で茶会を、そして横浜市開港記念会館(天心の生誕地)で「天心フォーラム」を開催、これを受けて作家の新井恵美子さんを会長に、千葉信行さん(元神奈川新聞社)を事務局長として2014年6月に発足した団体である(以下、同会)。

 ついで同年8月に同会は会報『天心報』を創刊、以来刊行をつづけ、今年10月刊が第14号である。A4(4段、縦組)の6~12ページ組(号による)で講演録が中心。千葉さんの情熱と広い人脈が光る。

 この「天心フォーラム」について、私は『(都留文科大学)学長ブログ』106号(2013年11月1日、本ブログのリンクにあり)に一文を掲載、「しばらくは天心を追いかけ、私なりの天心観、天心をめぐる人の環、明治期の世界情勢、日清・日露戦争という 100 年前の大転換期を考えてみたい」と書いた。

 それから3年近くを経て、本ブログに「20世紀初頭の横浜-(7)岡倉天心『日本の覚醒』」(2016年9月20日)という短文を書くことができた。天心の英文3部作(ほかに『東洋の理想』及び『茶の本』)のうち、本書は美術論ではなく、江戸時代以降の日本人の根底に流れる<精神>に関する史論である。

 そして2016年10月22日(土曜)、初めて同会主催の市民講演会(横浜市開港記念会館)に出かけた。講演に先立ち、「岡倉天心生誕之地」の生誕碑(上が御影石、下が大理石)を囲み「天心忌」(命日は9月2日)が行われた。碑の題字は日本美術院同人・安田靭彦、天心の顔のレリーフは日本美術院同人・新海竹蔵による。新井会長はやむない事情で欠席、高井祿郎さん(副会長)や千葉さんたちに、私も飛び入り参加させてもらった。

 この生誕碑の由来を千葉さんに尋ねると、カバンに入れた冊子『岡倉天心生誕記念碑建設記念』(全53ページ)のコピーを気前よく下さった。この碑は横浜開港100周年(1959年=昭和34年)を機に、その前年に発足した「岡倉天心生誕碑建設委員会」が提案、募金で造られた。冊子には除幕式の写真6葉、扇谷義男の「献詩」、天心の略歴、世話人(内山岩太郎、平沼亮三、野村洋三、半井清、大仏次郎、唐沢俊樹、矢代幸雄の錚々たる名士7名)による発起人ご承諾お願い、除幕式次第、寄付金一覧、建設費収支明細書(594,100円、うち3,100円が差引不足)、除幕式(1958年5月16日)の模様、来賓挨拶、欠席者の挨拶文等が含まれる。矢代幸雄挨拶(記者の記録)には天心とウォーナーやタゴールとの交流に触れた部分もあり、貴重である。

 この横浜開港100周年は戦後の復興過程にあり、開港50周年祝賀会(1909年)や後の開港130周年(1989年の横浜博覧会)、開港150周年(2009年)に比べて動きが鈍かった。生誕碑のある一帯も駐留軍の接収地内にあっただけに、その建造は大きな意味を持った。今年で58年になる。

 なお天心が生まれた時代の横浜居留地、彼が英語の話す・読む・書くを修得した環境等、またその前提となった日米和親条約(1854年)、日米修好通商条約(1858年)、横浜開港(1859年)、「関内」や「居留地貿易」については、上掲のブログ拙稿「20世紀初頭の横浜」等をご覧いただきたい。

 1時半から始まった第15回講演は、古田亮さん(東京芸術大学美術館准教授)の「日本美術を見る『目』-岡倉天心に学ぶ絵画の見方」。古田さんの専門は美術史、キューレータとして展示企画を精力的に展開する一方、執筆にも多忙である(『俵屋宗達-琳派の祖の真実』2010年、平凡社等)。

 今回の講演は『美術「心」論 漱石に学ぶ鑑賞入門』(2012年)や図録『夏目漱石の美術世界展』(2013年)等を踏まえ、「天心に学ぶ、美術作品の見方」(知・情・意の各方面から)、「過去を見る目」(とくに雪村をめぐり)、「同時代を見る目」(国内勧業博覧会の天心の審査要領、品位・意匠・技術・学識の4点)とつづき、最後に「天心没後の日本画」にも触れた。詳細は『天心報』の次号に掲載予定である。

 これまでの『天心報』掲載の講演録のタイトルを一覧する。

 創刊号(2014年8月):大矢紀(日本美術院同人)「日本人の器超えた大人物」。第2号:新井恵美子「横浜と幼少期の天心」+千葉信行「開港場で身に付けた英語力、その後の天心の有力武器に」。第3号:草薙奈津子(平塚市美術館館長)「天心が伝えたもの」+清水緑(三溪園学芸員)「響きあう美術の琴線-天心・三溪・観山」。第4号:千葉信行「わが天心体験―美を感じる時」+「天心、多角的アプローチ」。第5号:小田裕子(裏千家正教授)・川原澄子(表千家教授)「『茶の本』を味わう」。第6号:河合力(寛方・タゴール会事務局長)「天心・寛方・タゴール」。第7号:佐藤志乃(横山大観記念館学芸員)「天心と大観-美術でも国の近代化を担う」。第8号:山口静一(埼玉大学名誉教授)「フェノロサと天心-東京美術学校開校まで-フェノロサに育まれる天心の美術観」。第9号:田中喜芳(ホームズ・ドイル研究家)「岡倉天心とシャーロック・ホームズ」。第10号:清水恵美子(茨城大学准教授)「岡倉覚三・天心と弟・由三郎」。第11号:岡本佳子(国際基督教大学アジア文化研究所研究員)「『東洋の理想』を読む」。第12号:桶谷秀昭(文芸評論家、東洋大学名誉教授)「天心と近代-明治から平成まで」。第13号:山口静一(埼玉大学名誉教授)「天心とフェノロサ-その2 天心受難は洋画派の策略」。第14号:柏木智雄(横浜美術館副館長)「恩師の無念 絵画で表現-天心の弟子たち-観山と靭彦」。

 いずれも本格的で、平易な語り口である。開催順の講演録を再編集すれば、天心像がいっそう立体化するにちがいない。天心の存在と功績を広く世に知ってもらうため、一書の刊行を期待したい。
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天心と三渓の関係

始めまして、私はNHK[日曜美術館」を制作しています(株)オフィス天野のディレクター大島洋子です。
お尋ねしたい件があります。どうぞご教示くださいませ。

7月から横浜美術館で開催される「三渓展」に関連した番組を現在企画しております。三渓が日本美術に傾倒し、コレクターとして、また三渓園造園に心血を注がれたのには、天心の影響が大きかったのでは・・・というご意見を、先日三渓研究者の猿渡様より伺いました。
それを実証するような手紙とか、交流を表す資料などご存じでしたらお教えください。
三渓さんが日本美術に心を砕いたモティベーションを深く知りたく思いまして質問いたしました。よろしくお願いいたします。

ケイタイは090-5992-5242です。

プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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