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変わりつつある世界(9)

 2023年7月4日の午後に掲載した前稿「変わりつつある世界(8)」の後、夕方のニュースメールは次のように報じた。

【処理水の海洋放出「国際安全基準に合致」 IAEA報告書】
 【ウィーン=田中孝幸】国際原子力機関(IAEA)は4日、東京電力福島第1原子力発電所の処理水を海洋に放出する日本の計画について「IAEAの安全基準に合致している」とする安全審査の結果を公表した。来日中のグロッシ事務局長は同日に首相官邸で岸田文雄首相と会い、審査結果をまとめた包括的な報告書を提出した。
 IAEAがホームページで報告書を公表した。グロッシ氏は報告書の序文で「日本の処理水の放出のアプローチと活動が関連する国際安全基準と合致していると結論づけた」と表明した。
 「IAEAは処理水の制御された段階的な海洋放出が人々と環境に及ぼす放射線の影響は無視できるほどごくわずかだと指摘している」とも述べたうえで、日本の要請に基づき放水前後の一連のプロセスにIAEAとして関与する方針を示した。
 日本政府は安全性の確認のためIAEAに第三者の専門家の立場での検証を依頼していた。グロッシ氏は4日から7日までの日程で来日しており、福島第1原発の視察も予定している。その後、韓国にも向かい、今回の報告書について同国政府に説明する。

【IAEA事務局長、処理水放出「数十年にわたり評価続ける」】
 国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は4日、都内で記者会見し、日本が計画する東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出について「今後数十年にわたって監視や評価を続ける」と 述べた。IAEAが日本に常設拠点を立ち上げ、海洋放出の影響について検証を続ける方針を示した。
 都内の日本記者クラブで記者会見した。グロッシ氏は日本が計画通り処理水の海洋放出を実施したとしても「水や魚など環境に大きな影響はない」と強調した。
 汚染水から放射性物質の大部分を取り除く技術について「新しいことではなく、既に産業界に存在するものだ」と指摘した。「一定量の放射性物質を含む水の放出は中国や韓国、米国、フランスなど多くの国で実際に行われている」と語った。
 中国や韓国、太平洋島しょ国などは処理水の海洋放出に強い懸念を示している。グロッシ氏は「懸念があることは承知している」とした上で「私の責任はいつでも疑問に対応することだ。今回の報告書は十分に科学的な答えを出している」と説いた。
 ウクライナ南部でロシア軍の制圧下にあるザポロジエ原発については「極めて危険な状況だ」と強い危機感を示した。連日報告を受けて状況を注視していると述べ「原子力発電所は絶対に攻撃してはいけない」と警告した。
 グロッシ氏は会見に先立ち、日本の原発処理水の放出計画が国際的な安全基準に合致していると結論づける包括的な報告書を岸田文雄首相に提出した。5日に福島第1原発を視察し、7日まで日本に滞在する。その後に韓国、ニュージーランド、クック諸島の3カ国を訪問する予定だ。

▼原発処理水 東京電力福島第1原子力発電所からは2011年の東日本大震災に伴う事故の影響で、放射性物質を含む汚染水が出る。この汚染水から浄化処理で大半の放射性物質を取り除いた水を処理水という。地下水や雨水などが建物内の放射性物質に触れたり、事故で溶け落ちた核燃料を水で冷却したりするため、高濃度の放射性物質を含む汚染水が1日平均で130トン程度発生している。原発処理水は敷地内の1000基を超えるタンクで保管され、廃炉作業の妨げとなっている。

【ゼレンスキー氏、プーチン氏の対応は「弱かった」…「権力構造が崩壊しつつある」との見方】
 5日付けの読売新聞は次のように報じた。
 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は米CNNが3日に放映したインタビューで、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏による反乱へのプーチン露大統領の対応が「弱かった」と評した。
 ゼレンスキー氏は、露側がワグネル部隊の進軍や一部拠点の制圧を容易に許したことから、プーチン氏が「全ては制御できていない」とし「かつて有した権力構造が崩壊しつつある」との見方を示した。米中央情報局(CIA)との間に「秘密はない」とし、CIAのウィリアム・バーンズ長官との会談で大規模な反転攻勢とその後の青写真について説明したことを認めた。
 反攻でロシアが併合した南部クリミアまで迫った上で、ロシアと年内の停戦交渉開始を計画しているとの米紙ワシントン・ポストの報道に関しては、「クリミアの占領が続く限り、終戦はあり得ない」と原則的な立場を述べるにとどめた。
 インタビューはウクライナ南部オデーサで2日に行われた。
 一方、プリゴジン氏は3日、ロシアの軍事SNSに音声メッセージを投稿し、「近い将来、我々の次の勝利が前線で見られることを確信している」と述べ、活動継続に意欲を示した。反乱は「裏切り者と戦い、社会を動かすのが目的だった」と正当化した。メッセージ公表は6月26日以来。発信場所は明らかにしていない。

【原発処理水放出設備の検査、7日に合格へ 原子力規制委】
 5日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 原子力規制委員会は5日、政府が8月にも開始する東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出に関し、放出前の設備検査の「合格」に相当する終了証を7日に東電に交付する方針を明らかにした。海洋放出に向けた政府側の安全性の評価作業はすべて終わり、放出に向けた準備が整う。
 規制委の事務局である原子力規制庁が5日午前、規制委に対し6月28日から3日間の日程で実施した検査結果で特段の問題がなかったと報告した。事務手続きを経て、7日に終了証を交付する方針も示した。委員側から異論は出ず、規制委が事実上「合格」の方針を認めた。
 東電は6月26日、処理水を海洋放出するための海底トンネルを含む設備を完成させた。規制委は同月28日から緊急時に備える遮断弁や、処理水を海水と混ぜて希釈する設備などを現地で確認した。
 7月4日に公表した報告書で国際原子力機関(IAEA)は「処理水の放出が人と環境に及ぼす放射線の影響は無視できるほどわずか」と指摘した。さらに終了証の交付により、放出前の設備面での準備はすべて整った。だが現地の漁業関係者や中国など一部の国の反対姿勢は変わっていない。
 松野博一官房長官は5日の記者会見で中国による海洋放出への批判を受け「事実に反する内容を発信している」と反論した。漁業関係者に対しては「意思疎通を密にして丁寧な説明と意見交換を重ねていきたい」と強調した。
 韓国政府は5日、処理水の海洋放出をめぐり「IAEAの発表を尊重する」とする立場を表明した。IAEAの4日の報告書をよく分析すると説明した。首相の補佐機関「国務調整室」の幹部が5日の記者会見で明らかにした。

【ヤマダ会長「EVで流通変革」 三菱自動車以外も取り扱い】
 同じ5日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 家電量販店最大手のヤマダホールディングス(HD)が三菱自動車と提携し、電気自動車(EV)販売に再度乗り出す。山田昇会長兼社長が日本経済新聞の取材に応じ、「将来的には複数メーカーのEVを取り扱う」と明らかにした。従来のディーラー経由での販売より車両価格や関連費用などを抑えて総合的に安く提供する。かつて家電でメーカー側から店頭価格の主導権を握ったように、世界的なEVシフトを契機に車でも流通変革に取り組む。
【関連記事】
・ヤマダデンキで三菱自動車のEV販売 店頭で値引きも
・ヤマダ会長「車業界は既得権益の構造、品ぞろえで変革」
 今回の三菱自との提携では、まず法人向け販売から始めて、個人向けも順次拡大する計画だ。法人向けの営業や店頭での販売をヤマダの従業員が担うほか、修理や車検などEV整備もヤマダのグループ内で請け負う。
 山田氏は「家電量販店の最大のニーズは品ぞろえだ」と強調。「家電商品と同じように一つの店にいろんなメーカーの車種が並び、消費者が比較できるような体制をつくっていきたい」とした。

EV、将来は直営店3分の1で取り扱いも
 三菱自のEV販売店舗については23年秋までに神奈川や埼玉などの首都圏の家電店「ヤマダデンキ」の11店舗で取り扱う計画だ。山田氏は今後、販売が好調に推移して取り扱う車種が増えれば「全国約1000店の直営店のうち、3分の1程度となる300店超まで増やしていく」と述べた。
 EVの価格面では、メーカー側からのリベート(販売奨励金)などを原資に値引きすることに加えて、独自の保証サービスやローン、自動車保険などを展開することでEV販売にかかる費用を従来のメーカー系列の販売店より抑えて、顧客の法人や消費者にトータルで安く売っていく方針だ。

現在の自動車業界、既得権益多く
 山田会長は「既存の自動車業界は既得権益と国に守られている」と指摘した。「(EVシフトをきっかけにした)この提携が成功すれば、物流をはじめとする現在の自動車流通の仕組みやサプライチェーン(供給網)が変わるだろう」と強調した。
 現在のEV新車販売は、車メーカー系列の販売店が大半を占める。「ヤマダのEV販売がうまくいけば他の家電量販にも波及する」と述べた。全国に売り場面積の大きい店舗を多く持つ家電量販店にとって、「EV取り扱いのハードルは低い」とみている。
 家電販売でもメーカー保証よりも期間を5年など長くした保証をヤマダが独自に提供することで、メーカー系列の販売店との差別化を図ってきた過去がある。EV販売でも同様に、ヤマダならではの価値を付加した販売方法を探っていく。
 EV販売を見据え、アフターサービスの体制も整えた。ヤマダは日本自動車車体補修協会(JARWA)と21年3月に業務提携し「ヤマダ車検」と銘打ったサービスを始めた。

独立系整備会社300社と提携
 メーカー系列ではなく独立系の自動車整備会社約300社が、ヤマダが販売したEVの保守整備を請け負う体制を構築する。ヤマダが販売する三菱自のEVについても、原則JARWAの提携工場が担当する。メーカーとは異なる独自のネットワークを整えることで、ヤマダグループ内でEVの販売からメンテナンスまでを完結できるようにする。
 販売面ではヤマダがすでに手掛けている住宅販売やリフォーム事業との組み合わせを検討する。太陽光で発電した電力を充電に使ったり、家電に電力を供給したりすることができるEVは電化住宅との相性がよい。
 今後はEVから電力を供給して家電をネットでつなげる「スマートハウス」をパッケージ商品として、「例えば、住宅を買ってもらうと車も付ける。太陽光とセットの商品も開発する。そうしたヤマダの強みを生かした提案をしていく」ことも明らかにした。「年間1万戸の住宅を作っており、(家とのセット販売などで)1000〜2000台売れればいい」とも話した。
 顧客企業や消費者への打ち出しが重要になる。EVという高額な商品を、自動車の専門ではない家電量販店で購入することへの心理的なハードルを下げていくことが求められる。
 ヤマダが2011年に住宅メーカーのエス・バイ・エル(当時)を買収して住宅販売事業に参入した際、家電店での安売りの印象が強かったことから、高額な住宅をヤマダで購入することへの抵抗感を拭えず、事業の赤字が続いた経緯がある。
 足元ではM&A(合併・買収)の効果などもあり、住建事業の収益は順調に推移している。国内外で普及期に入ったEVも当初は同様のマイナス影響が考えられる。自動車への「安心・安全」ニーズに対応し、ヤマダの本気度をいかに顧客企業や消費者に訴えられるかが大きな課題となる。(坂本佳乃子)

EV流通、異業種が揺らす 安全性に「覚悟」必要
 ヤマダホールディングス(HD)のEV販売への2度目の挑戦は、既存の自動車業界にとって台風の目となるかもしれない。スーパーや家電量販店など小売り業界はメーカー側と商品価格の主導権を巡って闘争を繰り広げてきた。1964年に始まる「ダイエー・松下戦争」はその象徴の一つだ。
 トヨタ自動車をはじめとする車メーカー側も、製販両面でEV対応を急いではいる。EVが主流になれば商品だけでなく、販売や整備の現場も変わる。整備士不足やトヨタ系など販売店で相次いだ車検不正への対応も重なり、販売改革は待ったなしだ。ただ、諸外国と比べてEVシフトに向けた改革スピードは遅いように見える。
 ヤマダは家電価格に徹底的にこだわってきた。ダイキン工業のエアコンやロボット掃除機「ルンバ」など条件に合わなければヤマダ店頭には並ばない。EVでは新興メーカーやIT(情報技術)などの異業種参入が変革の旗手になった。国内の車流通もヤマダ再参入を起爆剤に主導権がメーカー側から移ることで価格が下がり、関連サービスの担い手のすそ野も広がるかもしれない。
 一方、ヤマダがEV販売への関与を深めるほど、車メーカーと同様に高い安全性へのコミットと責任が求められる。車の不具合や事故は家電以上に利用者の生命身体への影響が大きい面もある。販売者としての覚悟が求められる。

【ごみ分別せずプラ再生 荏原が新技術、回収・処理効率化】
 同じ5日の日経ニュースメールは次のように報じた。
荏原はプラスチックなどが混ざった混合ごみからプラ原料を取り出す技術を2030年にも実用化
する。ごみを細かく分別しなくても、プラスチックをリサイクルすることができる。ごみの回収や処理などの仕組みが変わる可能性もある。
 プラなどが混ざったごみは現状では焼却処理される場合が多い。資源としてリサイクルする場合も、生ごみなどとの分別が必要だ。「ポリエチレンテレフタレート」を使うペットボトルは分別回収されることが多いが、汚れが目立つ場合はリサイクルできない。
荏原の開発した再生プラスチック技術はごみを分別せずに炉に投入できる。炉の内部には砂などを敷き詰めており、空気や蒸気を吹き込んでごみと混ぜる。400〜950度の温度帯で処理することで、ごみ成分を分子レベルにまで分解してガス化させる。
 反応温度を制御すると、基礎化学品「エチレン」や「プロピレン」などのガス成分が取り出しやすくなる。車や家電、日用品など幅広い樹脂の原料になる物質だ。
 木材やタイヤ、汚泥、生ごみ、紙類、衣類なども含む雑多な混合ごみでも処理できる技術開発にめどをつけた。ごみなどから回収したプラを原料にリサイクルする同様の施設では、化学的に分解する場合も材質によってある程度は選別する必要があった。荏原の新手法は細かい分別をしなくてもよい。
 実用化では年10万トン規模の処理量を念頭に置く。ごみ投入総量に対して、3〜4割の化学品成分を取り出せる水準まで技術を高める。取り出したガスを化学品にするために化学メーカーなどとの連携を想定する。自治体などからのごみ処理施設の発注額は従来型では200億〜400億円の規模。新手法でも設置コストは同等に抑えたい考えだ。
 22年施行のプラスチック資源循環促進法でハンガーなどを含むプラごみの分別回収は自治体の努力義務となっている。荏原の新手法は可燃ごみと資源ごみを一緒に回収できる。分別をなくせると、曜日別の回収といった手間が減り自治体の運営コストが安くなりそうだ。
 荏原は今後、全国にあるごみ処理施設の更新時の置き換えといった新規受注などを狙う。
 経済協力開発機構(OECD)によれば、19年時点で世界のプラ生産量のうちリサイクルされている割合は1割に過ぎない。海洋プラごみを減らすために欧米企業も原料にまで戻すリサイクルの取り組みを本格化させ始めている。荏原など日本勢も技術開発を一段と進めれば、海外でも商機を一段と取り込める可能性がある。

【Amazon、翌日配送を拡大 国内に宅配11拠点新設】
 6日の日経速報メールは次のように報じた。
 アマゾンジャパン(東京・目黒)は6日、宅配の仕分けなどを担う拠点を2023年中に11カ所増やすと発表した。拠点数は全国で50以上となり、現状から約3割増える。栃木や群馬、奈良など7県には初めて拠点を置く。宅配の速さを重視し、地方を含め翌日配送できる地域を拡大する。
 新設する宅配拠点「デリバリーステーション(DS)」は、大型物流施設から出荷した荷物を地域別に集約し、配送先に届ける中継地点の役割を担う。新設する11拠点のうち、栃木県、群馬県、富山県、山梨県、静岡県、奈良県、岡山県の7拠点は、それぞれの県で初のDSとなる。
 自社配送網を拡大することで、注文から配送先に荷物が届くまでの時間を短縮。拠点を新設する地域では、翌日配送が可能なエリアが広がる。
 アマゾンはここ数年、自社配送を強化してきた。人手不足が強まる中、個人事業主のドライバーと直接契約する仕組みを導入するなど運び手の確保にも力を入れている。

【ロシア反乱、中国の悪夢 習氏が恐れるプーチン氏の末路】
 7日の日経速報メールは次のように報じた。
 マキャベリは約500年前に「君主論」を著し、指導者は愛されるよりも、恐れられるほうが望ましいと説いた。プーチン・ロシア大統領は、この古典の信奉者とされる。
 だが、彼が熟読すべきなのは、同書の次の教えだ。「傭兵(ようへい)は役に立たず、危険だ。団結力がなく、権力に飢え、規律がなく、不誠実である」
 ロシアの軍事会社ワグネルによる反乱は、いったん鎮まった。だが、これは正常化への一歩ではなく、混乱の序曲だろう。
 プーチン政権が揺らげば、良くも悪くも国際政治への影響は大きい。とりわけ注目に値するのが、中国にもたらす意味合いだ。
反乱が起きた当初、中国が動揺したことは明らかだ。ワグネルを率いるプリゴジン氏が決起を宣言した6月23日以降、ひたすら沈黙を貫いた。中国外務省がようやく談話を出し、ロシア安定への支持を表明したのは同25日夜。プリゴジン氏が、モスクワ進軍をあきらめた後になってからだ。
 ロシアにどう対応するか、習近平(シー・ジンピン)政権内で、その後も真剣な検討が続いたとみられる。そして彼らが出した結論は、今後もロシアとの軍事協力を深めるというものだった。
 李尚福・国務委員兼国防相は7月3日、北京を訪れたロシア海軍のエフメノフ総司令官に、こう伝えた。「あらゆるレベルで意思疎通を強め、共同の訓練、パトロール、図上演習を定期開催するのが望ましい」
 ウクライナで誤算を続け、国内の反乱を招いたプーチン政権は、中国にとって失望続きだろう。それでもロシアを支える以外、有力な選択肢がないのが実情だ。
 中国は連帯の見返りに、プーチン氏から外交上の譲歩も引き出しはじめている。6月以降、国内取引の中継地としてロシア極東のウラジオストク港を使う権利を、ロシアから取りつけた。
 ウラジオストクを含む沿海州は1860年の北京条約で、ロシアに割譲された。中国からみれば、約160年ぶりに同港へのアクセスを得たという演出にもなる。
 ロシアが裏庭とみなす中央アジアの囲い込みにも、中国は動く。習国家主席は5月18〜19日、中央アジア5カ国との首脳会議を初めて開いた。中国の外交専門家は「プーチン氏に遠慮して、中国は中央アジアと首脳会議を開くのを控えてきた。だが、もはや気兼ねする必要が薄れた」と語る。

インド太平洋戦略に狂い
 しかし、プーチン政権の求心力が衰えれば、習政権にはプラスよりマイナスが大きい。少なくとも2つの影響が考えられる。
第1に、ロシア内の安定が揺らげば、インド太平洋への中国の戦略に狂いが生じる。中国と旧ソ連は1960年代末、武力衝突した。だが、90年代に入って中ロは国境の画定交渉を急ぎ、2008年に決着させた。
 これにより北方の火種が減り、中国は安心して東・南シナ海や南太平洋に進出できた。中国の軍事戦略に詳しい米戦略予算評価センター(CSBA)のトシ・ヨシハラ上級研究員は指摘する。
 「中国がアジアとその先の海洋に(戦略の)重点を移せたのは、北部の国境地帯が安定していることが前提の一つだ。ロシアが不安定の火種になれば、中国はインド太平洋における優先課題を犠牲にしてでも、大陸側に注意を向けざるを得なくなるだろう」
第2に、ロシア内の混乱は中国の対米戦略にも影を落とす。習政権は米国主導秩序を塗り替え、50年までに世界の最強国になる目標を掲げる。
 米国への対抗上、ロシアは唯一の大国パートナーだ。ロシアの国力が衰えたからといって、国連安全保障理事会の常任理事国や核大国の地位が消えるわけではないが、外交力は下がってしまう。習氏にとって最悪な筋書きは、プーチン氏が失脚することだ。
 中国の内情に詳しい日本総合研究所の呉軍華・上席理事は話す。「習氏がいちばん見たくないのが、プーチン政権が倒れることだ。その後に親中的な政権が生まれる保証はなく、ロシアが崩壊したり、西側寄りの政権が誕生したりする恐れもある」
侮れない心理的な圧力
 こうしたなか、世界にとって重要なのは、ロシアの苦境から習氏がどのような教訓を引き出すのかだ。明確な目算がないままプーチン氏がウクライナに侵略し、ロシア軍の死傷者が増え続けていることが反乱を誘発した。
 これを中国に当てはめれば、よほど短期で圧勝できる自信がない限り、台湾侵攻に踏み切るべきではないという教訓になる。むろん、共産党の一党支配下にあり、国中に監視システムを張り巡らす中国で、ロシアのような反乱が起きることは想像しづらい。
 ただ、プーチン政権が内戦寸前の危機にさらされたことが、習氏に与える心理的な圧力は侮れないだろう。トシ・ヨシハラ氏も次のように分析する。「共産党指導部は中国軍を厳しく統制しており、ワグネルのような反乱は起きそうにない。ただ、ロシアの反乱を受け、台湾をめぐる戦争がうまくいかず長期化すれば、政権転覆の動き が出かねない、と習氏が受け止めた可能性がある」
 10年代初め、中東では「アラブの春」が広がり、長期の独裁政権が次々と倒れた。強権政権は盤石なようで、崩れる時はあっという間だ。西側諸国も「もろいロシア」への対策を急ぐときである。

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【米国で正式承認、エーザイ認知症新薬の効果は?】
 同じ7日の日経速報メールは次のように報じた。
 米食品医薬品局(FDA)は6日、エーザイと米バイオジェンが共同開発した認知症治療薬「レカネマブ」を正式承認した。レカネマブはどんな薬でライバルとなる薬はあるのか。3つのポイントから解説する。
【関連記事】
・エーザイの認知症薬、米国で正式承認 保険適用で普及へ
・どんな治療効果があるの?
・競合薬はあるの?
・迅速承認と正式承認の違いは?

(1)どんな治療効果があるの?
 アルツハイマー病患者の脳内には「アミロイドベータ」というたんぱく質が長い年月をかけて蓄積していくことが知られている。一定以上、蓄積すると神経細胞が徐々に破壊され、認知機能に異常が起きる。レカネマブはアミロイドを除去するように設計された医薬品で、アルツハイマー病の進行スピードを27%緩やかにする効果が臨床試験(治験)で確認された。推計では症状の進行を7カ月半遅らせる効果を見込んでいる。
 レカネマブが使えるのは軽度認知障害(MCI)もしくは軽度認知症(早期AD)と診断された人だ。2週間に1度、1時間程度かけて点滴で投与する。治験では脳の出血や腫れといった副作用も報告されており、注意も必要となる。
 症状がより進んだ「中等度」、住所や電話番号などの情報が思い出せないなど日常生活に支障がでている「重度」の患者は投与の対象外となる。米国ではアルツハイマー病患者が600万人以上いるとされるが、米独立機関の米臨床経済評価研究所(ICER)はレカネマブの投与対象が140万人と推計している。
 金沢大学の小野賢二郎教授らの研究チームはレカネマブが神経細胞内でどのように働くのかを特殊な顕微鏡「原子間力顕微鏡」を使って観察することに世界で初めて成功した。細胞の中ではアミロイドが徐々に凝集して繊維状の形になっていく。レカネマブはその過程で周囲を取り囲むように結合した。
 レカネマブがあらゆる場所にくっつくと、アミロイドが大きな塊を作れないようになり細胞の毒性も減少していたという。臨床効果の仕組みの一端を明らかにしたとして、国際的な科学誌にも研究成果が掲載された。

(2)競合薬はあるの?
 エーザイは世界で最初にアルツハイマー病の治療薬「アリセプト」を開発して以降、治療薬の開発を続けてきたが開発は困難を極め失敗の連続だった。相次ぐ治験の失敗で、多くの製薬会社が撤退するなか、試行錯誤を続けた成果が実った格好だ。その意味でエーザイと同じくアルツハイマー病治療薬の開発を続けてきた米イーライ・リリーが最大のライバルだ。
 イーライ・リリーが開発する「ドナネマブ」はレカネマブと同じくアミロイドに結合するバイオ医薬品で、認知症の進行スピードを35%低下させるという治験の結果を公表している。脳の出血や腫れといった副作用はレカネマブより高い確率で発生しているが、有効性はレカネマブの27%を大きく上回っている。
 世界では140以上の治験が進行中で、うち半数以上が新薬としての承認を前提とした製薬会社による治験だ。アミロイドとは別のたんぱく質「タウ」を標的とした治療薬の開発も進んでいる。エーザイとバイオジェンのほか、イーライ・リリーやスイスのロシュ、米ヤンセン・ファーマシューティカルズといった製薬大手が手掛けている。シンガポールや韓国、中国のスタートアップも開発に力を入れる。
(3)迅速承認と正式承認の違いは?
 FDAは23年1月にまずレカネマブを迅速承認した。迅速承認とは患者数が少ない希少疾患や何年も待っている余裕のない難病に対して、開発中の新薬を速やかに届けるために米国で1992年から始まった制度だ。通常は治験で有効性や効果を何年にもわたって評価する必要がある。迅速承認制度を使えば治験の結果がすべて出そろう前でも、有効性を予測できる代替のデータで評価・承認できるのが最大の特徴だ。
 もっとも引き続き医薬品の評価を確かめる検証試験を続けることが条件となっている。その後の検証で臨床的な有効性を示せなかった場合は、迅速承認は取り消される。迅速承認はいわば「仮免許」の状態だ。
一方で完全な治験データがそろい、臨床的な利点が確認できた場合は、正式承認に切り替える。新薬の有効性や副作用を政府が評価した結果「お墨付き」を与える意味合いがある。特に米国の正式承認は日本や欧州など世界の規制当局の判断の重要な指針にもなっている。(先端医療エディター 高田倫志)
【関連記事】
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多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

ひとこと解説
 一口にアミロイドといっても、その繊維化までのメカニズムは複雑であり、過去に様々な分子標的薬の開発が失敗してきたポイントはここにあります。アミロイドβと呼ばれるペプチドは非常に小さな物質であり、それが可溶性(水に溶ける)が凝集体(プロトフィブリル)を作り、その凝集体を起点に繊維化して不要化し、神経毒性を持つと考えられています。今回のレカネマブは繊維化の元となる可溶性の凝集体(プロトフィブリル)という非常に捉えるのが難しいターゲットに作用する抗体で、効果が示され、アミロイドβ仮説が一定証明された、ということになります。今後はリリーのドナネマブの他、複数品がパイプラインで開発されており、注目です。

【規制委、東電の原発処理水設備に「合格」 放出準備整う】
 同じ7日の日経速報メールは次のように報じた。
 原子力規制委員会は7日、政府が8月にも始める東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出に関し、関連設備の使用前検査の「合格」を示す終了証を東電に交付した。政府は放出に向けた安全性の評価作業を 全て終えた。
 具体的な放出日程の調整を進める。福島県など地元の漁業関係者らの理解を求める作業は続ける。
規制委の事務局である原子力規制庁の職員が7日午後、都内で東電の処理水対策の責任者に終了証を手渡した。規制委は6月28〜30日に処理水の移送・希釈・放出設備の最終検査を実施した。トラブル時に備える緊急遮断弁などの性能も現地で確認した。
 これで放出に必要な設備面の条件は整った。処理水を測定する設備の検査はすでに3月に合格。東電も6月に放出用の海底トンネルを含む工事を完了させた。
 国際原子力機関(IAEA)は7月4日の報告書で「処理水の放出が人と環境に及ぼす放射線の影響は無視できるほどわずか」と評 価した。
 西村康稔経済産業相は7日の記者会見で、放出時期について「安全性の確保、風評対策の取り組みの状況を政府全体で確認して判断する」と述べた。
 地元の漁業関係者は反対姿勢を変えていない。福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は5日、経産省主催の意見交換会で改めて反対する考えを強調した。
 中国など一部の国からも批判がある。ロシア外務省のザハロワ情報局長は6日、中国と連携して透明性を求めていく意向を示した。韓国政府は7日に独自の検証結果を公表した。
【関連記事】
・原発処理水、8月放出へ条件整う 7日に設備合格認定
・廃炉への一歩にすぎない 福島第1原発の処理水放出
・[社説]処理水放出へIAEAの支援をいかせ

▼原発処理水 東京電力福島第1原子力発電所からは2011年の東日本大震災に伴う事故の影響で、放射性物質を含む汚染水が出る。この汚染水から浄化処理で大半の放射性物質を取り除いた水を処理水という。地下水や雨水などが建物内の放射性物質に触れたり、事故で溶け落ちた核燃料を水で冷却したりするため、高濃度の放射性物質を含む汚染水が1日平均で130トン程度発生している。原発処理水は敷地内の1000基を超えるタンクで保管され、廃炉作業の妨げとなっている。(2022年5月19日掲載)。

【米国で正式承認、エーザイ認知症新薬の効果は?】
 同じ7日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 米食品医薬品局(FDA)は6日、エーザイと米バイオジェンが共同開発した認知症治療薬「レカネマブ」を正式承認した。レカネマブはどんな薬でライバルとなる薬はあるのか。3つのポイントから解説する。
【関連記事】
・エーザイの認知症薬、米国で正式承認 保険適用で普及へ
・どんな治療効果があるの?
・競合薬はあるの?
・迅速承認と正式承認の違いは?

(1)どんな治療効果があるの?
 アルツハイマー病患者の脳内には「アミロイドベータ」というたんぱく質が長い年月をかけて蓄積していくことが知られている。一定以上、蓄積すると神経細胞が徐々に破壊され、認知機能に異常が起きる。レカネマブはアミロイドを除去するように設計された医薬品で、アルツハイマー病の進行スピードを27%緩やかにする効果が臨床試験(治験)で確認された。推計では症状の進行を7カ月半遅らせる効果を見込んでいる。
 レカネマブが使えるのは軽度認知障害(MCI)もしくは軽度認知症(早期AD)と診断された人だ。2週間に1度、1時間程度かけて点滴で投与する。治験では脳の出血や腫れといった副作用も報告されており、注意も必要となる。
 症状がより進んだ「中等度」、住所や電話番号などの情報が思い出せないなど日常生活に支障がでている「重度」の患者は投与の対象外となる。米国ではアルツハイマー病患者が600万人以上いるとされるが、米独立機関の米臨床経済評価研究所(ICER)はレネマブの投与対象が140万人と推計している。
 金沢大学の小野賢二郎教授らの研究チームはレカネマブが神経細胞内でどのように働くのかを特殊な顕微鏡「原子間力顕微鏡」を使って観察することに世界で初めて成功した。細胞の中ではアミロイドが徐々に凝集して繊維状の形になっていく。レカネマブはその過程で周囲を取り囲むように結合した。
 レカネマブがあらゆる場所にくっつくと、アミロイドが大きな塊を作れないようになり細胞の毒性も減少していたという。臨床効果の仕組みの一端を明らかにしたとして、国際的な科学誌にも研究成果が掲載された。

(2)競合薬はあるの?
 エーザイは世界で最初にアルツハイマー病の治療薬「アリセプト」を開発して以降、治療薬の開発を続けてきたが開発は困難を極め失敗の連続だった。相次ぐ治験の失敗で、多くの製薬会社が撤退するなか、試行錯誤を続けた成果が実った格好だ。その意味でエーザイと同じくアルツハイマー病治療薬の開発を続けてきた米イーライ・リリーが最大のライバルだ。
 イーライ・リリーが開発する「ドナネマブ」はレカネマブと同じくアミロイドに結合するバイオ医薬品で、認知症の進行スピードを35%低下させるという治験の結果を公表している。脳の出血や腫れといった副作用はレカネマブより高い確率で発生しているが、有効性はレカネマブの27%を大きく上回っている。
 世界では140以上の治験が進行中で、うち半数以上が新薬としての承認を前提とした製薬会社による治験だ。アミロイドとは別のたんぱく質「タウ」を標的とした治療薬の開発も進んでいる。エーザイとバイオジェンのほか、イーライ・リリーやスイスのロシュ、米ヤンセン・ファーマシューティカルズといった製薬大手が手掛けている。シンガポールや韓国、中国のスタートアップも開発に力を入れる。
(3)迅速承認と正式承認の違いは?
 FDAは23年1月にまずレカネマブを迅速承認した。迅速承認とは患者数が少ない希少疾患や何年も待っている余裕のない難病に対して、開発中の新薬を速やかに届けるために米国で1992年から始まった制度だ。通常は治験で有効性や効果を何年にもわたって評価する必要がある。迅速承認制度を使えば治験の結果がすべて出そろう前でも、有効性を予測できる代替のデータで評価・承認できるのが最大の特徴だ。
 もっとも引き続き医薬品の評価を確かめる検証試験を続けることが条件となっている。その後の検証で臨床的な有効性を示せなかった場合は、迅速承認は取り消される。迅速承認はいわば「仮免許」の状態だ。
 一方で完全な治験データがそろい、臨床的な利点が確認できた場合は、正式承認に切り替える。新薬の有効性や副作用を政府が評価した結果「お墨付き」を与える意味合いがある。特に米国の正式承認は日本や欧州など世界の規制当局の判断の重要な指針にもなっている。(先端医療エディター 高田倫志)

【ロシア反乱、中国の悪夢 習氏が恐れるプーチン氏の末路 本社コメンテーター 秋田浩之】
 同じ7日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 マキャベリは約500年前に「君主論」を著し、指導者は愛されるよりも、恐れられるほうが望ましいと説いた。プーチン・ロシア大統領は、この古典の信奉者とされる。
だが、彼が熟読すべきなのは、同書の次の教えだ。「傭兵(ようへい)は役に立たず、危険だ。団結力がなく、権力に飢え、規律がなく、不誠実である」
 ロシアの軍事会社ワグネルによる反乱は、いったん鎮まった。だが、これは正常化への一歩ではなく、混乱の序曲だろう。

有力な選択肢ないのが実情
 プーチン政権が揺らげば、良くも悪くも国際政治への影響は大きい。とりわけ注目に値するのが、中国にもたらす意味合いだ。
 反乱が起きた当初、中国が動揺したことは明らかだ。ワグネルを率いるプリゴジン氏が決起を宣言した6月23日以降、ひたすら沈黙を貫いた。中国外務省がようやく談話を出し、ロシア安定への支持を表明したのは同25日夜。プリゴジン氏が、モスクワ進軍をあきらめた後になってからだ。
 ロシアにどう対応するか、習近平(シー・ジンピン)政権内で、その後も真剣な検討が続いたとみられる。そして彼らが出した結論は、今後もロシアとの軍事協力を深めるというものだった。
 李尚福・国務委員兼国防相は7月3日、北京を訪れたロシア海軍のエフメノフ総司令官に、こう伝えた。「あらゆるレベルで意思疎通を強め、共同の訓練、パトロール、図上演習を定期開催するのが望ましい」
 ウクライナで誤算を続け、国内の反乱を招いたプーチン政権は、中国にとって失望続きだろう。それでもロシアを支える以外、有力な選択肢がないのが実情だ。
 中国は連帯の見返りに、プーチン氏から外交上の譲歩も引き出しはじめている。6月以降、国内取引の中継地としてロシア極東のウラジオストク港を使う権利を、ロシアから取りつけた。
 ウラジオストクを含む沿海州は1860年の北京条約で、ロシアに割譲された。中国からみれば、約160年ぶりに同港へのアクセスを得たという演出にもなる。
 ロシアが裏庭とみなす中央アジアの囲い込みにも、中国は動く。習国家主席は5月18〜19日、中央アジア5カ国との首脳会議を初めて開いた。中国の外交専門家は「プーチン氏に遠慮して、中国は中央アジアと首脳会議を開くのを控えてきた。だが、もはや気兼ねする必要が薄れた」と語る。

インド太平洋戦略に狂い
 しかし、プーチン政権の求心力が衰えれば、習政権にはプラスよりマイナスが大きい。少なくとも2つの影響が考えられる。
第1に、ロシア内の安定が揺らげば、インド太平洋への中国の戦略に狂いが生じる。中国と旧ソ連は1960年代末、武力衝突した。だが、90年代に入って中ロは国境の画定交渉を急ぎ、2008年に決着させた。
 これにより北方の火種が減り、中国は安心して東・南シナ海や南太平洋に進出できた。中国の軍事戦略に詳しい米戦略予算評価センター(CSBA)のトシ・ヨシハラ上級研究員は指摘する。
 「中国がアジアとその先の海洋に(戦略の)重点を移せたのは、北部の国境地帯が安定していることが前提の一つだ。ロシアが不安定の火種になれば、中国はインド太平洋における優先課題を犠牲にしてでも、大陸側に注意を向けざるを得なくなるだろう」
第2に、ロシア内の混乱は中国の対米戦略にも影を落とす。習政権は米国主導秩序を塗り替え、50年までに世界の最強国になる目標を掲げる。
 米国への対抗上、ロシアは唯一の大国パートナーだ。ロシアの国力が衰えたからといって、国連安全保障理事会の常任理事国や核大国の地位が消えるわけではないが、外交力は下がってしまう。習氏にとって最悪な筋書きは、プーチン氏が失脚することだ。
 中国の内情に詳しい日本総合研究所の呉軍華・上席理事は話す。「習氏がいちばん見たくないのが、プーチン政権が倒れることだ。その後に親中的な政権が生まれる保証はなく、ロシアが崩壊したり、西側寄りの政権が誕生したりする恐れもある」

侮れない心理的な圧力
 こうしたなか、世界にとって重要なのは、ロシアの苦境から習氏がどのような教訓を引き出すのかだ。明確な目算がないままプーチン氏がウクライナに侵略し、ロシア軍の死傷者が増え続けていることが反乱を誘発した。
 これを中国に当てはめれば、よほど短期で圧勝できる自信がない限り、台湾侵攻に踏み切るべきではないという教訓になる。むろん、共産党の一党支配下にあり、国中に監視システムを張り巡らす中国で、ロシアのような反乱が起きることは想像しづらい。
 ただ、プーチン政権が内戦寸前の危機にさらされたことが、習氏に与える心理的な圧力は侮れないだろう。トシ・ヨシハラ氏も次のように分析する。「共産党指導部は中国軍を厳しく統制しており、ワグネルのような反乱は起きそうにない。ただ、ロシアの反乱を受け、台湾をめぐる戦争がうまくいかず長期化すれば、政権転覆の動きが出かねない、と習氏が受け止めた可能性がある」
 10年代初め、中東では「アラブの春」が広がり、長期の独裁政権が次々と倒れた。強権政権は盤石なようで、崩れる時はあっという間だ。西側諸国も「もろいロシア」への対策を急ぐときである。

【「おじさん企業」投資家はNO 女性活躍企業にマネー】
 9日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・女性活躍企業は株価や業績が伸びるケースが目立つ
・多様性に富むと強じん性・回復力への注目が増す
・男性中心では市場から見放されるとの危機感が必要
 政府は6月、2030年までに東証プライム上場企業の女性役員比率を30%以上にする目標などを柱にした「女性版骨太の方針」を決定した。企業による女性活躍の取り組み加速への期待も高まるが、めざとい投資家はすでに「女性活躍」をキーワードに企業を評価・選別し始めている。女性活躍企業と株価や業績との関係を探った。
 「女性活躍と経済成長の好循環の実現に向けた取り組みを推進する」。岸田文雄首相は6月中旬、「女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)2023」取りまとめの会議で力強く宣言した。
 ここで浮かんでくる疑問がある。企業が女性役員や従業員の比率を高めたり、女性の働きがいや働きやすさに配慮すれば、本当に株価や業績は上昇するのか――。
 東証株価指数(TOPIX)500と女性役員比率の高い50の「女性活躍銘柄」の株価を比較したJPモルガン証券の分析を見てみよう。注目すべき変化が起きたのは2020年。20年3月にともに急落した後、女性活躍 銘柄の株価の戻りはTOPIXを大きく上回った。
 この時期、新型コロナウイルスの感染拡大で経営環境が急激に悪化した。西原里江チーフ株式ストラテジストは「危機時には経営改革や斬新な視点が求められるため、多様性に富んでいる企業のレジリエンス(強じん性・回復力)への注目が増す」と指摘する。
 個別企業の事例も見てみよう。「リーマン・ショックの頃とは違い、女性活躍をはじめダイバーシティ(多様性)を高めてきたことで危機に強い会社になった」。プライム上場でデジタルマーケティング支援のメンバーズの高野明彦社長は感慨深げに話す。08年3月期には過去最大の赤字を計上するなど「会社存続の危機」(高野社長)だった。
 当時の同社は典型的な「ブラック企業」。そこで着手したのが人事制度の改革だ。計測すらしていなかった残業時間を月15時間までに抑えた。育休から復帰した社員は総務や経理といったバックオフィスに配属することが多かったが、本人の意向も踏まえつつ、原則元の職場に復帰できるようにした。
 取り組みの成果は数字にも表れている。女性管理職比率は32%と3割を超え、同業他社では20%を超えることもある離職率は8%程度。女性役員比率も29%とすでに政府目標とほぼ同水準に到達し、業績や株価も好調だ。高野社長は「人材獲得競争が厳しいIT業界だが、働きがいや働きやすさを感じた優秀な社員が活躍し続けてくれている」と話す。
 人材紹介を手掛けるジェイエイシーリクルートメントも女性活躍に積極的な企業のひとつだ。02年に新卒採用を始めたことで、20代半ばで出産を機に辞める女性社員が増加。「会社の損失」と見て保育所に預ける費用などの補助を実施し、今は産休・育休からの復帰率は100%だという。
 22年からは女性リーダー候補者を選抜する試みも始めた。田崎ひろみ会長兼社長は「画一性の高い取締役会では経営課題を多角的に捉えられない」と強調。「数年内に執行役員に占める女性を3〜4割まで増やしたい」と意気込む。
 「海外投資家からの問い合わせがここ2〜3年で増えている」。そう話すのは電線中堅のSWCC(旧・昭和電線ホールディングス)の山口太常務執行役員だ。18年には同社初の女性社長に長谷川隆代氏が就任。事務職から総合職にキャリアアップできる公募制度など「女性活躍推進プロジェクト」を立ち上げた。女性管理職比率こそまだ6%にとどまるが、多様性への関心の高い海外投資家からの注目も高まっている。
 運用会社が自主的に企業に女性活躍を促す動きも活発になっている。野村アセットマネジメントなど運用大手は23年の株主総会から、女性取締役が一人もいない企業の会長や社長の取締役再任に反対するようにした。
 ノルウェー政府年金基金や米議決権助言会社グラスルイスも同様の働きかけを進めている。インベスコ・アセット・マネジメントの 古布薫ヘッド・オブ・ESGは「企業が女性活躍を進める中で、対話や議決権行使など投資家の役割は大きい」と指摘する。
 フューチャーの神宮由紀取締役は「女性活躍推進という言葉がなくなる時が来ればいい」と話す。女性活躍に注目が集まるのは今なお女性の労働環境が整っておらず、課題として企業や社会の前に立ちはだかっていることの裏返しだからだ。男性中心の「おじさん企業」のままでは、市場からも見放されるという危機感が必要だ。

<Review 記者から>脱・見せかけ、仏作って魂入れよ
 女性活躍がなぜ重要なのか。それは女性活躍をはじめとした人的資本の拡充が「ヒト・カネ・モノ」を呼び込むための重要なツールであるからだ。
 「ヒト=人材」では、日本の労働力人口が減るなか、すでに「人材争奪戦」の様相を呈している。リクルートホールディングスの傘下企業が22年に米国で実施した調査によると、18〜34歳の労働者の72%が「上司などがDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン、多様性・公平性と包括性)を支持していないと思えば、退職や内定辞退を検討する」と回答した。
 優秀な人材が集まらないと当然、企業業績も悪化し投資家や金融機関からもそっぽを向かれ「カネ=資金」も集まらなくなる。女性の人権や不平等といった問題を放置している会社と見られれば、「モノ=取引先との商品や製品のやりとり」も細ってしまう構図だ。
 政府の掲げる「女性役員30%」という数値に合わせるだけでは「仏作って魂入れず」となりかねない。21年の企業統治指針の改訂では社外取締役の目標比率が示されたが、「形式は整えたが内実が伴っていない企業が少なくない」(ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジスト)ためだ。
 20年以上にわたって女性活躍の重要性を唱えてきたキャシー松井氏は「多様性の重視を企業の成長にどうつなげるのか、きちんと経営戦略に落とし込み、ストーリー立てて社内外に説明することが重要だ」と話す。
(ESGエディター 古賀雄大)

女性版骨太の方針
 正式名称は「女性活躍・男女共同参画の重点方針」。政府が6月に決定した。東証プライム市場に上場する全企業を対象に、2025年をめどに女性役員を1人以上選任し、30年までに女性役員比率を30%以上にする目標を設定し、数値目標の設定や行動計画の策定を促す。いずれも努力義務で罰則は設けない。
 日本の女性活躍は世界に見劣りしてきた。経済協力開発機構(OECD)によると、東証上場企業の女性役員の比率は13%と主要7カ国(G7)で最低。女性役員が1人もいない企業は東証プライム上場企業で344社と全体の19%にものぼる。世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数も23年で146カ国のうち125位となっている。

【「アジャイル」な半導体とEV トヨタも追う俊敏な経営】
 10日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 政府系投資ファンドが約1兆円を投資して、株式を非公開化する半導体材料大手のJSR。6月29日付の本紙でエリック・ジョンソン社長が今後の課題と目標について「10%を優に超える自己資本利益率(ROE)を」と語っていたのが印象的だった。
特別珍しい指標ではないが、「純利益÷自己資本×100」で求めるROEとはつまるところ、企業が分母(自己資本)も、分子(純利益)も「複利」で成長しているかをみる指標だ。復興をめざす日本の半導体産業には大事な話をしていた可能性がある。

「利益を再投資」で描く成長カーブ
 試算してみよう。わかりやすくJSRの自己資本(元手)を1千億円、ROEを10%だと仮定すると、100億円の純利益(アウトプット)をあげることになる。半分を配当に回し、残りを自己資本に足すと1050億円だ。
 その後も同じ資本生産性を保てるなら、2年目の自己資本は1102億円、3年目は1157億円に増える。10年間続けられれば、1628億円で、スタート地点の約1.6倍になる。
 あくまで元手が基準の「単利」だとこうは成長できない。複利とは「アウトプットも元手に組み込んで再投資する」ことを意味し、グラフにしたら直線でなく指数関数曲線になる。時間がたつほどに利益→再投資の循環が太くなっていき、20年後なら自己資本が約2.7倍、30年後は4.5倍と勢いを増す。ROEが向上すれば、伸び方はさらに加速する。
 もちろん、ROEだけが重要だということではない。成長速度の尺度は様々あり、例えば日本政府は停滞する半導体産業の総売上高を5.3兆円(2022年)から30年までに15兆円に引き上げる目標を打ち出している。15兆円を実現するには、年率13.8%もの複利で今後8年間、売上高を増やし続けないといけない。
 政府は最先端半導体の国内生産をめざすラピダスの設立や、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本誘致にも関わった。だが、投じる資金はあくまで民間投資を誘発する「最初の一滴」の位置づけであり、企業側に戦略、とりわけ複利で成長できる経営力がなければ、半導体再興も絵に描いた餅だ。

開発サイクルを短く、早く
 東芝で半導体開発に携わったこともある東京大学大学院の黒田忠広教授が面白い話をしていた。日本の半導体産業にとって重要なのは「利率とサイクル(周期)とコスト。とりわけサイクルだ」という。どういうことか。
 複利の成長は前出の総売上高を含め、「y=a(1+r)のn乗」という数式で表せる。株式投資や定期預金などでみかける複利計算式と同じだ。yはアウトプット、aは元手、rは利率、nは運用サイクルを指す。
 アウトプットを増やすなら、利率rを大きくしようとするのが基本だ。ただし、それは運用サイクル(通常は1年)が一定の場合で、サイクルのnを大きくできるのなら、アウトプットの成長はもっと加速させることが可能だ。
 つまり同じ制限時間の中で他者よりサイクルを短く、速く回す。半導体に置き換えれば、短い開発期間で何度も改善と改良を繰り返してチップの性能を高め、顧客に提供し続けるということになる。

「小刻みな開発」で優位な日本勢
 最先端技術から遠ざかっていた日本にとって、TSMCや韓国・サムスン電子と同じペース、やり方で競っても勝ち目はない。一方で、日本には高集積化や省電力化につながるパッケージ(チップを並べる)技術や積層(チップを重ねる)技術で優位性がある。製造装置や材料分野で競争力のあるメーカーも多い。開発サイクルの「小刻み化」は日本勢に合理的で、面白い試みかもしれない。
 日本勢が追いつく例を考えてみよう。海外の有力半導体メーカーがあり、売上高1兆円で開発サイクルは年1回のペースとする。一方、ラピダスのような新興の日本企業が売上高1000億円だとする。売上高で10倍の差があるが、日本企業はパッケージや積層の技術で工夫を重ね、開発サイクルを年3回に短くできた。
 そうすると複利の成長効果が時間とともに表れる。開発サイクルに伴う増収率を仮に同じ10%とすると、日本企業は短いサイクルで増収を達成できるため、12年を過ぎたころに売上高で追いつく計算になる。やや極端な例だが、「複利の経営」を徹底すれば勝つことができるわけだ。

トヨタの生産改革が示す「n」の時代
 改善や改良、新しいアイデアを短い周期で実現し、実装する手法は近年、「アジャイル(機敏)開発」と呼ばれ、米「GAFAM」などIT(情報技術)企業の間で一般的になりつつある。だが、これからは産業を超えてアジャイルは重要になっていくだろう。
 例えば、トヨタ自動車が電気自動車(EV)の製造に「ギガキャスト」と呼ばれる一体成型技術を導入し、工程数と投資額を半減させる計画を打ち出した。
 車の全面改良はこれまで5年前後をかけるものだったが、開発から製造までをデジタルツインで管理したり、ソフトウエアで機能を更新させたりすることも踏まえ、数カ月から1年でのモデルチェンジが可能になるという。まさに「y=a(1+r)のn乗」のnを増やす、アジャイル化である。
 ただし、米テスラや中国・比亜迪(BYD)はアジャイル開発で先行しており、トヨタはどちらかというと追う側だ。EVも半導体も「nを極めないと競争に勝てない」。そういう時代に入った。

【関連記事】
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・リコーやKDDIが「アジャイル」導入 組織はどう変わる

ひとこと解説
 EVの開発・製造には内燃機関で経験したことのないスピートを目指すことになるでしょう。誤解を恐れずにいえば、EVの成功要因とは内燃機関の成功要因の先に連続的に起こることはないからです。BYD、テスラは、内燃機関をコアとして固まったプラットフォーム、それをベースにした水平分業型開発、生準リードタイムなどを破壊しています。追いつくための新しい取り組みが伝統的OEMには不可欠でしょう。ギガキャストは部品点数・工程削減が目的のようにいわれますが、究極的に開発・生準のリードタイム短縮がゴールです。

【インド、「スタートアップ大国」へ野心 海外勢とも連携】
 同じ10日のニュースメールは次のように報じた。
 インドが「スタートアップ大国」として、国際的な存在感を高めようとしている。20カ国・地域(G20)の議長国として新興企業の活性化をテーマにした会合を新設し、このほど1兆ドル(約140兆円)の共同投資などを中心とする共同声明をまとめた。「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国の盟主として注目を集めるなか、有力な新興企業を多く抱える大国としても影響力の拡大をめざす。
 G20で新興企業について話し合う会議「スタートアップ20」は3日、提言をまとめた共同声明を発表した。「スタートアップは世界経済の成長に欠かせない存在となっている。しかし、新興企業の定義や支援策のあり方については、各国間でほとんど調和がとれていない」との問題意識を掲げた。G20各国での新興企業の定義の統一や、総額1兆ドルの共同投資などの提言を盛り込んだ。
 スタートアップ20は民間企業などを中心に構成される「エンゲージメントグループ」と呼ばれる部会のひとつで、インドが議長国を務める今回のG20のもとで初めて設置された。1月の南部ハイデラバードでの会合を皮切りに、インド政府とも連携しながら各国代表による議論を数カ月にわたって続けてきた。延べ500人以上の代表が参加したという。日本では日本貿易振興機構(ジェトロ)が代表として議論に加わり、日本企業との窓口にもなった。

生体情報と連携した個人番号制度を整備
 今回の提言内容がどこまで各国の具体的な政策に反映されるかは不透明だが、スタートアップ20の枠組みは次回のG20の議長国であるブラジルにも引き継がれる見通しだ。
 日系ベンチャーキャピタル(VC)のビヨンドネクストベンチャーズでインドでの事業開発を担当するシャー・マユール氏は、「G20の枠組みでスタートアップについて議論された意義は大きい」と評価する。ただちにG20全体の政策協調には至らなくても「2国間の取り組みなど、できることから国際的な取り組みが始まっていくのではないか」と期待する。
 「これはインドのアイデアだ」。3日、首都ニューデリー近郊で開かれたスタートアップ20会合での記者会見で、インド政府関係者は同国が果たしてきた主導的な役割を強調した。
 インドは22年12月にインドネシアからG20議長国を引き継いだ。インドが議長国としてスタートアップに注目する背景には、デジタル分野を中心とした同国の躍進がある。インドは中国などと比べると製造業の誘致などで後れをとってきた一方で、理系人材の層が厚くIT(情報技術)産業が発展してきた。
 インド政府はデジタル公共インフラ「インディア・スタック」を推進し、生体情報と連携した個人番号制度「アーダール」やモバイルの基盤になる電子送金システム「統合決済インターフェース(UPI)」などの仕組みが整備された点も、ITを活用した新興企業の台頭につながった。モバイル決済「ペイティーエム」を手がけるワン97コミュニケーションズは、日本の決済サービス「PayPay」に技術支援をしている。
 IT規制を強めた中国に代わる投資先として、インドのスタートアップが注目されたことも追い風となった。スタートアップ20の開催には、多数のユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場企業)を生み出しているインドの自信も透けて見える。
 ただ、足元で新興企業の資金調達環境は悪化している。新型コロナウイルス禍で低金利を維持していた各国が、米連邦準備理事会(FRB)を追うように利上げ路線に転じた。米国など海外からの投資マネー流入が目立っていたインドを巡っても環境が一変した。
 印ソフトウエア・サービス企業協会(NASSCOM)などのまとめによると、21年に新たにユニコーンとなったインド企業は20年比で3.5倍の42社だった。一方で22年は23社と半分ほどにとどまった。英調査会社のグローバルデータによると、1〜5月のVCによるインド投資額は前年同期比で7割ほど減少している。オンライン教育のアンアカデミーやベダントゥなど、22年は社員を削減する動きも目立った。

日本に対する期待も
世界的に逆風が吹くなかで、日本とインドのスタートアップ分野での連携を探る動きも出てきている。
6月下旬、東京都中央区。インドから起業家を招いて同国の企業を日本の企業・投資家に紹介するイベントが開かれた。「インドと日本の友好関係は深まると強く感じている。国境を越えたM&A(合併・買収)が活発になり、様々な機会が生まれるだろう」。主催者のひとりでインドで起業家支援を手がけるGSFのラジェシュ・サハニ氏は熱弁を振るった。
人口が多くデジタルに強い人材が豊富なインドは、少子高齢化で国内市場の縮小を懸念する日本企業にとって魅力的に映る。参加した日本の関係者からはインドについて、人口の多さに加えて「スマートフォンを持ってい る人が多く、テクノロジーにとても精通している」点などへの期待の声があがっていた。
シンガポールなどを拠点にインド企業などに投資するVCであるリブライトパートナーズのブリッジ・バシン氏は、日本勢について「ひとたび企業や製品を気に入ると長期間にわたって投資を持続する」と指摘する。
リブライトも4月に都内で、出資先のインド企業と日本の関係者をつなぐイベントを開催した。オンライン診療や健康診断のネット予約サービスなどを運営するメディバディのサティシュ・カナン最高経営責任者(CEO)は「米国の投資家が基本的に純粋な投資ファンドであるのに対し、日本はコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が多い。米国からは垂直立ち上がり的な成長を求められるが、日本は長期でみてくれる」と話す。その一方でイベントでは「日本の投資家には意思決定のスピードアップを期待したい」との声もあった。
インドが海外に目を向けるなか、日本との連携拡大にもつながるのか。インドだけでなく日本勢の姿勢も問われている。(ムンバイ=花田亮輔、小林拓海、藤村広平)

【クリミア橋爆破、ウクライナ当局者が関与を示唆】
 10日の日経特報メールは次のように報じた。
 (CNN) ウクライナのマリャル国防次官が、昨年10月に起きたロシアとクリミア半島を結ぶ橋で起きた爆発について、ウクライナ軍による関与をこれまでで最も明確に示唆した。クリミア半島は、ロシアが2014年に「併合」して以降、ロシアの支配下にある。
 マリャル氏はSNSへの投稿で、500日前にロシアによるウクライナ侵攻が始まってからウクライナが達成した成果を12件提示した。
 マリャル氏はそのなかで、ウクライナが273日前にロシアの兵站(へいたん)を破壊するためクリミア橋に最初の攻撃を行ったと述べた。
 その他の成果としては、451日前のロシア軍の軍艦「モスクワ」の沈没や、373日前のスネーク島の解放などを挙げた。
 橋への攻撃によって、ロシアとクリミア半島を結ぶ主要な交通網が破壊された。橋への攻撃は、ウクライナにおけるロシア軍の軍事的対応に打撃を与えただけではなく、ウクライナ政府にとっては宣伝戦略での勝利となった。
ウクライナ当局者は当時、橋の爆破を称賛したものの、関与については明言しなかった。

【三井住友、ユニコーン育成に300億円 上場前に重点投資】
 同じ10日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 三井住友フィナンシャルグループ(FG)は国内の未上場成長企業「ユニコーン」の育成を目指す新ファンドを立ち上げる。投資総額は300億円になる見通しで、同種のファンドでは国内最大級とみられる。日本では成長後期のスタートアップを支える資金の出し手が少なく、事業基盤が弱いまま上場に至る事例が目立つ。リスクマネーの厚みが増せば、世界で戦える新興企業は生まれやすくなる。
 三井住友FGと国内の有力ベンチャーキャピタル(VC)のグローバル・ブレインがファンドを近く立ち上げる。資金の大半を三井住友FGが拠出し、実際の投資ではグローバル・ブレインの目利き力を生かす。同社はフリマアプリ運営のメルカリを創業時代から支え、  日本初のユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未公開企業)に育てた実績がある。
 政府の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)にもスタートアップが成長できる環境の整備が盛り込まれた。スタートアップ企業の資金調達は通常、成長段階によって投資家が異なる。創業期から起業家を支援する「シード(種子)」や「アーリー(初期)」段階の投資家は、日本でもVCを中心に厚みが増してきた。
 一方、成長途上の「レイター(後期)」段階になると資金の出し手が少なくなる。スタートアップ企業は事業モデルの確立後、量産投資や製品・サービスのシェア拡大に資金を十分振り向けられず、成長が鈍化しがちだ。「GAFA」のような世界で大きく飛躍する新興企業が生まれない一因とされてきた。
 三井住友FGの新ファンドは成長後期の投資に特化し、事業拡大を後押しする。新ファンドの運用期間は7年で、1社に対する投資額は数十億円規模。企業価値が100億円を超える新興企業を中心に投資し、500億〜1000億円規模に成長させてから数年以内に売却や株式の上場をめざす。
 日本取引所グループ(JPX)の山道裕己・最高経営責任者(CEO)は「日本でユニコーンが少ないのはレイターステージ(成長後期段階)でリスクをとる出資者が少ないためだ」と指摘する。内閣府の資料によると、VC投資全体に占める「成長後期型」の割合は米中が約7〜9割。日本は4割弱にとどまる。
 日本は成長後期の投資家が少ないことから、新興企業は経営基盤が弱い段階で早期の株式公開を迫られていた。東京証券取引所などによれば、東証グロース市場に新興企業が新規株式公開(IPO)する際の株式時価総額は22年の平均で101億円。米国の19億2000万ドル(約2700億円)との差は大きい。
 上場時の企業価値が小さければ、調達額も少なくなりがちだ。1社あたりの調達額(21年)は米国の450億円超に対し、日本の旧東証マザーズは14億円だった。上場後に積極的な研究開発や設備投資をしづらくなっていることが一段の成長を促すうえで支障となっている。
 日本の新興市場は個人投資家中心で、長期目線の機関投資家が少ない。株価が不安定になりがちで、経営が短期目線になるといった課題も指摘されている。上場後の追加の資金調達も難しかった。未上場のままで成長資金を確保できるようになれば、こうした問題の解決につながる。
 一般財団法人のベンチャーエンタープライズセンターによると、22年の日本のVC投資額は3403億円と31兆円を超える米国、2兆5000億円の欧州に大きく水をあけられている。政府が昨年11月にまとめた「スタートアップ育成5カ年計画」では、スタートアップへの投資額を10兆円規模にまで増やす目標を掲げる。
 スタートアップへの投融資に慎重だった銀行も近年は支援策を拡充させている。みずほFGが22年に成長後期向けのファンドを100億円規模で立ち上げたほか、三菱UFJフィナンシャル・グループも海外で培った人工知能(AI)の活用による融資を国内でも始める計画だ。
 ゆうちょ銀行もスタートアップ投資に本格的に乗り出すと表明した。巨額のゆうちょマネーの一部を成長分野に振り向ける。国内の大手金融機関が投融資に乗り出せば、国内外から新たなリスクマネーを呼び込む効果も期待できる。

【スウェーデンのNATO加盟、トルコが容認 実現へ前進】
 11日の日経ニュースメールは次のように報じた。

【この記事のポイント】
・スウェーデンとの首脳会談でトルコが反対姿勢を転換
・トルコなどの議会承認を経て加盟実現へ
・NATOの北方防衛強まる。ロシアとの緊張高まるリスク

【ビリニュス=辻隆史、イスタンブール=木寺もも子】北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は10日、トルコがスウェーデンのNATO加盟に同意したと明らかにした。これまで反対していたトルコの方針転換により、加盟実現に大きく前進する。NATOの北方防衛強化につながるが、ロシアとの緊張がさらに高まるリスクもある。

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 トルコのエルドアン大統領とスウェーデンのクリステション首相が10日、11日から始まるNATO首脳会議に先立ち、リトアニアの首都ビリニュスで協議した。協議後、NATOのストルテンベルグ氏が発表した。
 ストルテンベルグ氏は記者会見で「この重要な時期に全加盟国の安全保障に恩恵をもたらす歴史的な一歩だ」と述べた。「私たち全員をより強く、より安全にする」とも語った。
 バイデン米大統領は10日の声明でトルコの方針転換に関し「歓迎する」と強調した。「欧州における防衛力や抑止力の強化に向けてエルドアン大統領やトルコと協力して取り組む用意がある」とも言及した。
 トルコは非合法組織のクルド労働者党(PKK)支持者らを「テロリスト」とみなしており、加盟条件としてテロ対策の強化を求めた。スウェーデンが6月に新たな対テロ対策法を施行した後もなお取り締まりが不十分だとしていたが、NATOによると両国は10日の首脳会談で今後も対策を強化していくことで合意した。
 ストルテンベルグ氏はNATO首脳会議までの交渉決着をめざしていた。承認には加盟国の全会一致が必要だ。残るのはトルコ、ハンガリー両国議会での承認手続きだ。トルコ議会はエルドアン氏の与党連合が過半数を占めており、エルドアン氏が合意すれば近く批准手続きを行うとみられる。ハンガリーはトルコが容認に転じれば自国も手続きを進めるとしている。
 スウェーデンはロシアのウクライナ侵攻を受け、NATOによる集団的安全保障が必要だと判断した。2022年5月、ロシアと国境を接する隣国のフィンランドとともにNATOへの加盟を申請した。両国ともロシアのウクライナ侵攻を機に、長年の中立政策を改めた。フィンランドは既に4月に正式加盟している。加盟が実現すれば、32カ国目となる。
 バイデン氏は9日、エルドアン氏との電話協議で、スウェーデンが早期に加盟を実現できるよう要望していた。欧米にとっては、スウェーデン加盟の可否が安全保障政策の大きな焦点の一つとなっている。

【世界で熱波・水害拡大 経済損失は420兆円、29年まで】
 同じ11日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 世界を襲う熱波が波及し、干ばつや水害などの異常気象が増えている。世界の平均気温は過去最高を更新し、南米ペルー沖の海水温が上がる「エルニーニョ現象」で今夏は気温がさらに高まる可能性がある。専門家はエルニーニョによる経済損失は2029年までに最大3兆ドル(約420兆円)にのぼると見積もる。
世界気象機関(WMO)は10日、今月7日に記録した世界平均気温は17.24度で、過去最高だった16年8月16日の16.94度を上回ったと発表した。また先月は観測史上最も暑い6月となり、7月第1週も最も暑い1週間となったとみられると明らかにした。
 20年の平均気温は1850〜1900年の平均気温に比べ1.1度高い。欧州では2012〜21年の間に陸地の平均気温が1.9度も上がった。欧州の研究チームは22年5月末からの3カ月ほどで6万1000人超が熱波で亡くなったとみる。
人類による温暖化ガスの排出増などで既に気温が上昇している中で、今年は4年ぶりの発生となるエルニーニョ現象がさらに温度を高める可能性がある。
「エルニーニョの発生が猛暑を引き起こす可能性を大幅に高めるだろう」。WMOのターラス事務局長は7月4日の声明で警戒を呼びかけた。
 米国ダートマス大学は、エルニーニョによる経済損失は29年までに最大3兆ドルになると見積もる。大雨や干ばつが起これば農業や漁業を中心に世界中で被害が生じ、その影響は数年後まで続く。

豪雨は45年間で3.8倍
 気温が上昇すれば大気中の水蒸気が増え、大雨のリスクも高まるとみられている。日本の気象庁によると、国内で7月に降った「3時間雨量が130ミリ以上」の豪雨は1976年から20年までの45年間で約3.8倍に増えた。
 高温や乾燥した気候によりカナダでは毎年のように山火事が発生している。今年春にはカナダ東部で大規模な森林火災が発生。米国立気象局によるとその煙はカナダに近い米北部から中西部にも広がった。
 大気汚染の警報が発令され、およそ1億人の米国民に屋外活動を控えるように求めた。呼吸器系の疾患を持つ人は必要に応じてマスクを着用するよう呼びかけた。6月には山火事の煙が大西洋を越えてスペインにまで達した。
 カナダでは近年、40度を超える酷暑が頻発している。「気候変動の影響で、カナダでは世界平均の2倍ほどのスピードで温暖化が進む。毎年山火事で焼失する面積も明らかに増えた」。カナダ環境・気候変動省のギレット研究員はこう分析する。
バイデン米大統領も6月8日の声明で「カナダの山火事は気候変動の影響を明確に示す事例だ」と指摘。

メキシコで6月末に49度記録
 カナダだけではない。スペイン南部では6月下旬に最高気温が44度に達した。今年初めから深刻な干ばつが続き、貯水池の容量は平均で30%しか残っていない。場所によっては6%のところもある。
 メキシコ北西部でも6月末に49度を記録した。同国政府は6月に異常な暑さが原因で死亡した市民が104人にのぼったと発表した。米南部テキサス州でも厳しい熱波で死者が相次いだほか、中国やインド各地も猛暑や熱波に見舞われている。
 米国では保険の引き受けを停止する保険会社も出てきた。カリフォルニア州の大手保険会社、ステートファーム社は今年に入り、山火事など災害リスクが増えていることを理由に、カリフォルニア州での住宅所有者保険の受け付けをやめた。
 独ミュンヘン再保険によると、22年の世界の自然災害の被害額は2700億ドル(およそ38兆円)に膨れあがった。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、海洋を含む世界の平均気温が20年以内に産業革命前より1.5度上昇すると予測する。
 「世界平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以内に抑える」。21年に英国で開いた第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で採択したグラスゴー気候合意で掲げた長期目標と比べ、現状はほど遠い。国連によると、各国の温暖化ガスの削減目標を合わせても2度以上、上昇するという。
 こうした状況で、11月にはアラブ首長国連邦(UAE)で第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)が開かれる。議長国、UAEのスルターン・アル・ジャーベル産業・先端技術相は「1.5度目標は揺るがない」と強調している。各国はさらに厳しい具体的な対応を迫られる。

【性同一性障害職員の女性トイレ使用制限、最高裁認めず】
 同じ11日の日経速報メールは次のように報じた。
 性同一性障害の経済産業省職員に対する女性用トイレの使用制限を巡り、最高裁第3小法廷(今崎幸彦裁判長)は11日、国の対応は違法として、使用制限を認めない判断を示した。性的少数者の職場環境を巡る上告審判決は初めて。職員の逆転勝訴が確定した。
 夫婦別姓や同性婚など社会の意識の変化を踏まえた司法判断は近年増え、6月には性的少数者の理解増進法も施行された。従業員の性自認に即した働き方が重視される中、判決は公的機関や民間企業の対応に影響を与えそうだ。
原告は経産省の50代職員。男性として生まれ、入省後に性同一性障害と診断された。ホルモン治療を受けて女性として暮らし、2010年から女性の身なりで勤務することや女性用休憩室の使用が認められた。
 女性用トイレについては、健康上の理由から性別適合手術を受けず戸籍上の性別変更もしていないことを理由に、使用を執務室から2階以上離れたフロアに制限。処遇の改善勧告を人事院に求めたが、認められなかった。
 同小法廷は判決理由で、人事院判定について「具体的な事情を踏まえることなく同僚に対する配慮を過度に重視し、職員の不利益を不当に軽視した」として「裁量権を逸脱したもので違法」と結論付けた。裁判官5人全員一致の結論。
 判決は職場という特定の空間における判断で、不特定多数が使用する施設のトイレや公衆浴場などには直接影響しないが、国の違法を認めたことで経産省は対応の見直しを迫られる。
 社会の変容に対応した判決は近年相次いでいる。夫婦別姓を認めない民法などの規定の違法性が争われた訴訟で、最高裁大法廷が15年と21年に「合憲」とする一方、15年は裁判官15人中5人が、21年は4人が「違憲」の反対意見を付した。
 最高裁は性同一性障害の人についても19年、戸籍上の性別変更に当たり生殖能力をなくす法規定を「現時点では合憲」としながら「継続的な検討が必要」と指摘。同性婚を認めない制度の違憲性が5地裁で争われた訴訟では4地裁が「違憲」「違憲状態」とした。
 性的少数者の就業環境の整備は6月23日施行の理解増進法も事業者に求めている。
 訴訟は職員が15年、トイレの使用制限を是認した人事院判定の取り消しなどを求めて国を提訴。19年12月の東京地裁判決は「自認する性別に即した生活を送るという重要な法的利益の制約」として判定を取り消すなどした。東京高裁は21年5月、経産省が全職員に適切な職場環境をつくる責任を負っていたとして適法と判断していた。

【北朝鮮ミサイルはICBM級、過去最長の74分飛行 防衛省】
 12日の日経速報メールは伝えた。
 防衛省は12日、北朝鮮が午前9時59分ごろに北朝鮮の首都・平壌近郊から東方向に1発の弾道ミサイルを発射したと発表した。大陸間弾道ミサイル(ICBM)級で、74分ほど飛行し午前11時13分ごろに落下した。
 ミサイルは北海道の奥尻島の西およそ250キロに位置する日本の排他的経済水域(EEZ)外の日本海に落ちた。飛行距離は1000キロ程度で、最高高度は6000キロを超えたと推定した。飛行時間は北朝鮮が2022年3月に発射したICBMの71分を超えて過去最長となった。
 韓国軍合同参謀本部も北朝鮮が日本海へ長距離弾道ミサイルを撃ったと明らかにした。北朝鮮による弾道ミサイル発射は6月15日以来となる。
 松野博一官房長官は12日の記者会見でミサイルは「ロフテッド軌道で発射されたものと考えている」と明かした。北朝鮮が発射を予定する軍事偵察衛星とは異なるとの認識を示した。「現時点で被害情報などの報告は確認されていない」と語った。北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に厳重に抗議したと説明した。
 リトアニアを訪問中の岸田文雄首相は記者団に「一連の北朝鮮の行動は日本や地域、国際社会の平和と安全を脅かすもので断じて容認できない。強く非難する」と述べた。「日米、日米韓などでの緊密な連携を図り、平和と安全の確保に万全を期していきたい」と強調した。
 政府はミサイル発射を受けて国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合を開いた。首相官邸の危機管理センターに設置している官邸対策室に、関係省庁の担当者でつくる緊急参集チームを招集した。情報の収集や分析にあたった。海上保安庁は航行中の船舶に関連情報に注意するよう呼びかけた。
 外務省は12日、日米韓3カ国の北朝鮮担当高官が電話で協議したと公表した。北朝鮮による長射程の弾道ミサイル発射を非難した。「地域の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威で、国際社会に対する明白かつ深刻な挑戦だ」と確認した。抑止力・対処力の強化へ緊密に連携するとも確かめた。日本の船越健裕アジア大洋州局長、米国のソン・キム北朝鮮担当特別代表、韓国外務省の金健(キム・ゴン)朝鮮半島平和交渉本部長が参加。

【巨大ITにデジタル課税「25年発効」 米への税収集中是正】
 12日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 日米欧や中国、インドなどを含む138カ国・地域は12日、国際課税のルールを改める多国間条約の大枠をまとめた。国内に事業拠点を持たない巨大IT(情報技術)企業などにも各国が課税できるようにする。年末までに署名し、2025年の発効を目指す。
 交渉事務局を務めた経済協力開発機構(OECD)が成果文書を発表した。
 巨大IT企業が多い米国に税収が集中するのを防ぎ、各国に公平に行き渡るようにする。米企業などが各国で手掛ける事業を通じて収益を得ているにもかかわらず、自国を中心に税を納め、サービスを提供する国で納税しない問題を是正する。
 デジタル課税は自国に支店や工場など物理的な拠点を持たない企業に課税できるようにする仕組みだ。「恒久的施設なくして課税なし」という税の原則をおよそ1世紀ぶりに変え、進展するデジタル経済に対応する。
 対象は売上高200億ユーロ(約3.1兆円)超で税引き前の利益率が10%を超える企業を想定する。金融や資源採掘は対象から除き、世界で該当するのは100社程度になる見込みだ。売上高比で10%の利益を超える利潤の25%に課税する権利をサービスの利用者がいる国・地域に配分する。
 OECDはデジタル課税の対象となる多国籍企業の利益は年2000億ドル(約28兆円)になると試算する。税収増は130億〜360億ドルになる。特に低所得や中所得国が恩恵を受ける。
 対象はIT企業だけではないが、原材料費などがかさむ製造業の利益率は10%を超えにくい。グーグルやメタ(旧フェイスブック)などGAFAと呼ばれる米巨大IT企業が対象になりやすい。
 財務省によると対象となる日本企業は数社程度。22年度の売上高が200億ユーロ以上、税引き前利益率が10%以上の日本企業をQUICK・ファクトセットのデータから抽出すると11社でNTTやKDDIが該当する。
 詳細は条約が発効する過程で決まるとみられ、こうした企業が対象になるかは明確ではない。11社に3メガ銀行も含まれるが金融業のため除外されるとみられる。
 デジタル課税導入は21年10月に法人税の最低税率を15%とするルールと合わせて決まった。デジタル課税は当初は23年の導入を目指したが、その後24年に延期していた。
 日本も巨大IT企業への適正課税を進めてきた。09年には東京国税局が米アマゾン・ドット・コム関連会社に、千葉県の物流センターが課税根拠となる「恒久的施設」にあたるとして03〜05年度で計約140億円の追徴課税処分に踏み切ったことが分かった。
 アマゾン側は反発し、日米当局が協議したが、利益の大半は米国法人に帰属すると判断され、ほとんど納税につながらなかった。発効すれば課税が容易になる可能性がある。
 発効要件は明確になっていない。30カ国・地域以上が同意した上で対象となる約100の企業の60%以上が同意国・地域に本拠を置いていることを要件とする見通しだ。
 巨大IT企業を多く抱える米国が批准しない場合は事実上、発効できない条件と言える。米国の条約批准には上院の3分の2の賛成が必要だが、与野党の勢力は拮抗する。米国が批准しなければ世界を巻き込んだ「100年に1度」の税制改革は漂流しかねない。(パリ=北松円香、ワシントン=高見浩輔、藤岡昂、村上徒紀郎)

【G7、ウクライナ安全を長期保証 新枠組みへ共同宣言】
 同じ12日の日経ニュースメール【ビリニュス=辻隆史、ロンドン=江渕智弘】によれば、主要7カ国(G7)は12日、ロシアの侵攻を受けるウクライナの安全を長期的に保証する枠組みを創設すると発表した。将来にわたり領土の主権を守れるよう、各国がウクライナと安全に関する2国間の協定などを結ぶ。防衛装備の供与やサイバーセキュリティーの強化などで協力し、ロシアへの抑止力を高める。
 リトアニアの首都ビリニュスで開催中の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議にあわせ、12日にG7が共同宣言を公表した。現在のウクライナの自衛力を高めると同時に、将来のロシアによる再侵攻を抑止するため各国が長期的に支援する。
 各国はウクライナと2国間の取り決めをし、それぞれで軍事的、経済的支援のあり方を定める。宣言では各国が直ちに議論を始めると明記した。
 具体的には防衛装備の提供などのほか、ウクライナに対する訓練プログラムや軍事演習の拡大、同国の産業基盤の発展に向けた取り組みを想定する。参加国は自国の憲法や法律が認める範囲内で対応する。
 バイデン米大統領は12日に「同盟国はウクライナの未来はNATOにあることに同意した。G7は我々の支援が将来にわたって続くと明確にした」と強調した。「陸・空・海で強力な防衛力を構築するのを支援し、あらゆる脅威への抑止力を確保できるようにする」と訴えた。
 ウクライナは支援の見返りとして、国内の汚職対策や文民統制の強化といった改革を進める。ゼレンスキー大統領は同日、長期保証の枠組みについて「NATO加盟に向かっているという重要なシグナルとなる」と評価した。
 日本が他国の安全を長期的に保証する枠組みに参加するのは極めて異例となる。日本もウクライナと2国間の文書をつくる。時期や協定にするかなど細部は今後詰める。
 G7ではない他国であっても、いつでも宣言の取り組みに参加できるとも記した。岸田文雄首相は「多くの国々がこの宣言に参加することを期待する」と述べた。
 NATOも首脳会議で複数年のウクライナ支援策で合意した。G7、欧州連合(EU)など多国間の枠組みで有志国が協調し、ウクライナの反攻を支える。
 G7のうち日本を除く6カ国はNATOに加盟している。ウクライナはNATOへの加盟が実現するまで、安全を保証するよう求めていた。11日に公表したNATO首脳会議の共同声明には「加盟国が同意し、条件が整えばウクライナに参加を呼びかける」と記したものの、加盟時期のめどは盛り込まなかった。

【台湾IT産業、過去10年で最大の落ち込み 6月は2割減収】
 12日の日経ニュースメール【台北=中村裕】によれば、台湾経済が厳しい局面を迎えている。世界的なIT(情報技術)関連需要の減少で、基幹産業の半導体や電子部品の企業業績を直撃している。台湾積体電路製造(TSMC)や鴻海(ホンハイ)精密工業など主要IT企業19社の6月の売上高を調べたところ、合計額は前年同月比19.8%減だった。2013年の統計開始以来、過去10年間で最大の落ち込みとなった。
 台湾を代表する半導体大手、TSMCの6月の売上高は前年同月比11.1%減の1564億台湾ドル(約7000億円)だった。4カ月連続の減収で、不振が長期化しつつある。
 主要顧客である米アップルや米大手ITの設備投資が依然として鈍い。サーバーや新型コロナウイルス禍で膨らんだパソコン、スマートフォンの需要も反動減などを受けて中国を中心に低迷している。
 米エヌビディアなどが力を入れる生成AI関連も、現状では半導体の大きな需要増には結びついていない状況だ。
 台湾を代表する大手企業、鴻海(ホンハイ)精密工業の不振も深刻だ。アップルのスマホ「iPhone」生産などを主力とするが、6月の売上高は19.7%減の4227億台湾ドル。5カ月連続で減収となり、厳しい状況が続く。
 日本経済新聞が台湾に上場する主要企業の6月の売上高を調べたところ、全19社の合計額は約4兆9000億円で2割の減収となった。19社のうち14社が2ケタの減収に落ち込んだ。
 IT産業は台湾経済の屋台骨で、その不振から2023年1〜3月期の実質域内総生産(GDP)も、前年同期比2.87%減だった。約7年ぶりのマイナス成長となった22年10〜12月期に続き、2四半期連続の前年割れだ。
 世界的な需要減で、6月の輸出額も23.4%減と、下げ幅はリーマン・ショック後の09年以来の落ち込みとなった。
 財政部(財政省)の蔡美娜・統計処長は7日の記者会見で、今後の経済見通しについて「(長期低迷する)輸出が前年比でプラスに転じる可能性があるのは11月ごろだろう」と予測した。

【ファストリ営業最高益3700億円 今期、販売増で上方修正】
 同じ13日の日経速報メールは次のように報じた。
 ファーストリテイリングは13日、2023年8月期の連結営業利益(国際会計基準)が前期比24%増の3700億円になりそうだと発表した。21%増の3600億円を見込んでいた従来予想から100億円上方修正し、最高益を見込む。新型コロナウイルス禍後に外出需要が増え、国内で「エアリズム」などの機能性衣料や外出着の販売が好調に推移する。東南アジアや中国を中心に海外事業も伸長する。
 売上高にあたる売上収益は19%増の2兆7300億円を計画する。従来予想から500億円上方修正した。秋冬商品に続いて春夏商品の一部を値上げし、客単価が上昇している。「ゼロコロナ」政策の転換で中国事業も復調する。純利益は5%減の2600億円。従来予想から200億円上方修正した。

【ハリウッド俳優組合、43年ぶりスト 日本の配信にも余波】
 13日の日経速報メール【シリコンバレー=中藤玲】によると、俳優ら16万人が加入する俳優組合は13日、映画やテレビ出演に対して43年ぶりにストライキに入ると決めた。待遇改善や人工知能(AI)の規制を巡り、経営側との交渉が決裂。映画や配信番組の製作が止まってコンテンツ流通が停滞するほか、ハリウッドスターの来日イベントにも影響が出そうだ。
 既に米ハリウッドでは5月から、1万人以上の脚本家がストライキに突入している。映画やドラマの製作が全面的に中断した結果、テレビの深夜番組は再放送に切り替わり、米ウォルト・ディズニーや米ネットフリックスの新作映画や配信ドラマは相次ぎ延期が決まった。脚本家と俳優の組合が同時にストを決行するのは63年ぶりで、日本での映画公開やドラマ配信も含め影響が広がる。
 映画俳優組合―米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)が同日、米ロサンゼルス市で記者会見を開き、14日からストライキに踏み切ると宣言した。フラン・ドレシャー会長は「経営側は我々の貢献を軽視している。動画配信やAIはビジネスモデルを変え、今行動を起こさないと業界が危うくなる」と話した。会見場は満席だった。
 同組合にはベテラン俳優のメリル・ストリープさんなどのハリウッドスターから司会者まで幅広い16万人が加入する。今回のストライキは音楽やCMなどは除き、主に映画やドラマの契約で働く組合員が対象。別契約の昼ドラだけは製作が続行される見通しだ。
 組合は米ネットフリックスや米ウォルト・ディズニー、米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントなど大手企業が加盟する全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)と6月から交渉し、7月12日には米連邦調停和解局(FMCS)も仲裁に入ったが、合意に至らなかった。
動画配信の報酬とAI規制めぐり対立
 脚本家と俳優の同時ストは1960年が最後だった。当時は映画がテレビで再放送される際の二次利用料などを巡り、映画俳優だった故ロナルド・レーガン元米大統領が交渉を主導した。
 それから63年。今回組合が訴えているのは、動画配信の報酬改善とAIが職務を代替しないことなどだ。テレビ番組では再放送や海外放送のたびに二次利用料が受け取れていたが、配信番組では数年にわたる権利を企業が独占することが多い。脚本家や俳優は、視聴回数などに応じた報酬還元の仕組みなどを求めている。
 文章や画像を自動でつくる生成AIの台頭で、人工音声が声優の仕事を奪うといった危機感もある。許可なく肖像をAIの学習に使われることにも懸念を抱き、経営側にAI規制などを訴えた。
 AMPTPは日本経済新聞の取材に「我々は大幅な賃上げやデジタル肖像権の保護などAIについても画期的な提案をした。交渉離脱は誠に遺憾だ。業界の何千もの人に経済的苦痛を強いることになる」とコメントした。組合は「1日分のギャラで俳優の肖像権を会社が所有して永遠に使用できる案は、画期的ではない」と反発している。
 既に脚本家のストライキでハリウッドのスタジオは約8割が閉鎖されており、今回演者が加わることで、製作中断は年末まで続くという見立てもある。ハリウッドがあるロサンゼルスだけでなく、世界の各撮影地の経済にも影響を与えそうだ。同組合に所属していれば、日本人俳優もスト中は活動できない。
 さらに、完成済みの映画やドラマの宣伝もストップする。あるスタジオ幹部は「新型コロナウイルスが収束し、やっと興業が期待できる夏が来たのに」と肩を落とす。12日には米テレビ界の優秀作品に贈られるエミー賞のノミネートが発表されたが、9月の授賞式には参加できない異例の事態となりそうだ。
 13日朝、テクノロジー業界の大物が集う「サンバレー会議」に姿を見せたディズニーのボブ・アイガー最高経営責任者(CEO)は「俳優陣の期待は現実的ではないし、(ストライキは)業界への追い打ちになる」と非難した。労使の溝は深いが、このまま収束できなければ、映画産業の国としての地位が揺らぎかねない。企業の業績悪化も避けられず、双方が深い傷を負うことになる。

【エーザイ認知症薬、自宅で注射可能に 米国で23年度申請】
 14日の日経速報メールは次のように報じた。
 エーザイは米国で正式承認されたアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」の点滴薬に加えて、自宅で患者が注射できる薬剤を新たに開発する。まず2023年度中に米国で承認申請を目指す。実用化すれば、医療機関を訪れず、投与にかかる時間も1分以下に抑えられ、患者や介助者の負担軽減につながる。
 新たに開発する薬剤はペン型の注入器で皮下組織に注射する。注射する回数や用量は検討中だ。患者や家族がおなかや太ももなどの脂肪のある場所に注射することを想定している。注入器はテルモと共同開発する。
 6日に米食品医薬品局(FDA)で正式承認されたレカネマブは、医療機関で2週間に1度、1時間程度かけて点滴で投与する仕組みだ。エーザイは30年に世界で250万人が投与対象になるとみている。糖尿病のインスリンのように自宅で注射できるようになれば、患者へのメリットは大きい。23年度中にFDAに承認申請する計画だ。
 点滴薬は日本では9月末にも承認の可否が判断される見通し。欧州や中国などでも承認される公算が大きい。エーザイは皮下注射の薬剤についても新薬承認が得られたところから各国・地域で順次、申請していく考えだ。承認にあたっては皮下注射の薬剤についても有効性と安全性を改めて評価する必要がある。
 日本では「皮下注射などの医療行為」は医師法に基づき、医師が行うのが原則だが、一定の条件を満たせば、患者の自己注射が可能になっている。インスリンやホルモン製剤、関節リウマチ治療薬などの自己注射(皮下注射)が許可されている。
 レカネマブの副作用では脳の腫れや出血が報告されている。エーザイによると、皮下注射は点滴より副作用を抑えられる可能性があるという。点滴が薬剤を静脈に直接届けるのに対して、皮下注射は緩やかに薬剤が血液に吸収され、最大血中濃度が抑えられるためだ。一方、投与回数が想定より増えてしまう恐れがあるという。

【国会議員は3割減らせる 大阪知事が唱える国政改革 吉村洋文・日本維新の会共同代表】
 15日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・政治家が身分を守っていては痛みを伴う改革はできない
・自分は首相を目指さないし、なんでなりたいのかと思う
・現時点で公明に求めるものはない。政策や理念が異なる
 関西を地盤とする日本維新の会が勢力を全国に広げている。4月の統一地方選で躍進し、次期衆院選は野党第1党を目標に全ての小選挙区に候補者を擁立すると宣言している。政権与党などへの不満の受け皿となり得る。維新の戦略と展望を吉村洋文共同代表(大阪府知事)に聞いた。
 大阪府議会は過去10年間で109の定数を79まで削減した。大阪市議会も2027年に予定する市議選から定数を現行の81から70へと減らす。賛否は分かれるものの「身を切る改革」を掲げる維新が推進した。
 「維新は大阪府議会の定数を3割近く削減した。人口がどんどん減って改革すべき時に政治家が自分たちの身分を守っていては、痛みを伴う改革などできない。改革への本気度を示すリトマス試験紙になる」
 「『大阪の街は変わった』という実感のもとで、維新は自民党よりは信頼できると一定の評価を得たと思う。自民に任せていたらまずいよな、ということを多くの国民が意識し始めているのではないか」
――議員を減らして何か変わるのか。
 「新興勢力が入ってくるのを嫌がり、自分の議席を守るのに必死な政治家の集団では生産性は向上しない。政治家自身も新陳代謝していかなくてはならない。国会も議員の定数や報酬の削減から始めるべきだ。維新が自民に取って代われば直ちに定数の3割削減を実行する」
自民党は「昭和型の政治」
――過去の自民政権も「改革」を掲げたが。
 「スピードが遅すぎる。中国や欧米などの成長する国々と比べて日本ほど改革が遅い国はない。日本は30年間、経済成長せず賃金が上がっていない。社会に閉塞感がある」
――閉塞感を生み出した要因は何か。
 「金融政策と財政政策、成長戦略という安倍晋三元首相の『3本の矢』のうち、ほとんど進まなかったのが成長戦略だ。規制改革の会議で自治体が提案しても自民の族議員がいて、省庁が自分たちの権益を一生懸命守ろうとする」
 「改革は既得権との戦いだ。自民は医師会や各種の業界団体と完全にべったりだ。世襲政治もそうだ。団体の利益を保護し、様々なモノを一律に大量生産する『昭和型』の政治では成長できない。成長に向けた解を自民は持っていない」
――岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」を打ち出した。
 「官僚が描いた『絵』の域を出ていない。少子化対策は全く『異次元』とは言えない。児童手当の拡充で少子化は解消できない。この国を導こうとする強い意思や情熱をあまり感じない」
――国を改革するなら首相を目指せばいい。
 「いや、目指しません。なんでなりたいのかな、と逆に思う。知事や市長は選挙で直接選ばれるから、腹をくくれば公約を実行できる。首相は国会議員に選ばれるから、派閥などに配慮しないといけない。僕自身は向いているとは思わない。性格上、まとめられない」
 「首相が国会議員の顔色をうかがう仕組みで、リーダーシップを発揮できるのだろうか。スピードと決定力が圧倒的に欠ける。国民が直接選ぶ首相公選制になれば、ちょっと気が変わるかもしれない」
――維新なら何をどう改革できるのか。
 「自民はすぐ『増税』や『国債発行』と言うが、その前に歳出削減につながる様々な施策を打ち出すべきだろう。新しい産業や経済が生まれるよう既得権に切り込む必要がある」
 「例えばマイナンバーカードと保険証機能を一体化したマイナ保険証を使った改革だ。匿名の医療情報を国が集めてビッグデータとして解析すれば、病気になりやすい人の特徴を割り出せるかもしれない。医療費は40兆円で1割減らすだけで4兆円になる」
公明党との選挙協力考えず
 維新は公明党と「大阪都構想」で協力し、公明現職のいる衆院小選挙区では候補者を擁立してこなかった。次期衆院選では方針を変え、関西や東京などで対抗馬を立てる。
 「党是でもある大阪都構想を進めるためには公明との協力が必要だった。原則として候補者を立てて有権者に選択肢は示すべきだと思う」
 「現時点で公明に求めるものはない。個々の政策は是々非々だが選挙協力をお願いするほどの事案は大阪都構想を除けばない。維新とは政策の方向性や理念が大きく異なる」
――政治は数を増やすことも重要だ。議席を増やすため東京で公明と協力しようという議論はなかったのか。 
「それは最終的に数が増えることにはつながらない。維新の足腰が弱まる。公明の票は魅力的だが一度力を借りてしまうとずっと借り続けなければいけない議員を生んでしまう。そういう議員は誕生させない方がいい。自分の力で上がってこい、と」
大阪万博の準備に遅れ
 維新が実現へ奔走した25年の国際博覧会(大阪・関西万博)まで2年を切った。カジノを含む統合型リゾート(IR)と合わせ地域発展にかける大阪の期待は大きい。
――巨額の公費を使って万博のような大型イベントを開く意義があるのか。
 「万博では水素をはじめとする新エネルギーや再生医療など世界の英知が大阪に結集する。6カ月間のイベントで終わらせず、レガシー(遺産)を万博後に残すことが重要だ。投資の価値は十分にある」
――民間企業などが出展する国内パビリオンのうち、建設に必要な申請を済ませたのは現時点で3割程度にとどまる。海外館はさらに遅れが目立ち、申請はまだ1件も大阪市に出ていない。完成が開幕に間に合わないのではとの懸念がある。
 「スケジュールがタイトなのは事実だ。ただ、大阪・関西万博をすばらしいものとする上で、個性的なパビリオンの存在は非常に重要だ」
 「政府や運営主体、大阪府・市が協力し、参加国・地域への助言や働きかけを強めていく。建設申請が出た場合に速やかに審査する体制を整え、開幕までに必ず間に合うようにしたい」
 大阪・関西万博は2025年4月13日から人工島の夢洲(ゆめしま)で半年間開かれる
――大阪IRには何を期待するか。
 「初期投資が約1兆円、年間の経済波及効果も約1兆円だ。カジノだけでなく国際的なビジネス会議や展示会も開かれるようになる。米国のラスベガスを見てもらえれば分かるだろう」
――5月29日に首相官邸で岸田首相と面会した。万博やIRのほかに主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の話もしたと聞く。
 「僕はバリバリの大阪人だが、母親が広島で生まれ育った。司法修習の実務研修先も広島だ。サミットは核保有国の首脳が広島平和記念資料館に集まっただけでも成果だ。そういう話を岸田さんにした」
 「岸田さんは僕が広島に由来があると全く知らず『色々なところでつながるものですね』と意気投合した」
――大阪都構想の賛否を問う住民投票は2度否決された。
 「看板は下ろしていない。大阪府と大阪市がばらばらでは強い大阪はつくれない。行政の司令塔を一本化して迅速に意思決定するには都制が一番いい」
――3度目を目指す考えはないのか。
 「政治の世界はどうなるか分からない」
よしむら・ひろふみ 1975年大阪府河内長野市生まれ。九大法を卒業後、弁護士登録。2011年の大阪市議選で初当選。衆院議員、大阪市長を経て19年から大阪府知事に。ロックバンド「エレファントカシマシ」の「今宵の月のように」が好きで、ランニング中によく聞くという。
全国政党へ地方政策語れ(インタビュアーから)
通常国会の最終盤、自民党と立憲民主党はともに「維新の候補者が全国で浸透する前に」と衆院解散論に浮足立った。東京や北海道の議会でも議席を得た維新の勢いに脅威を覚えたからだ。
ここ十数年の大阪での維新の得票数からは、もはや無党派層の受け皿とは言えない「組織票」が見て取れる。700人を超えた全国の地方議員に、吉村氏は地域の街頭演説や戸別訪問の徹底を指示しているという。
維新は地方で何を訴えるのか。規制緩和などの公約は具体性に欠く。吉村氏は「都市部に親和性の高い政策で改革と成長戦略を実行し、単独で生き残れない地方に分配していく」と答えた。
大阪都構想が実現していれば周辺自治体の住民の生活はどう変わっただろうか。地方政策は全国政党を目指す吉村氏に託された課題だ。(大場俊介、上林由宇太)

【東芝、洋上風力で国内100社と供給網 産業基盤を復活】
 同じ15日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 東芝は米ゼネラル・エレクトリック(GE)と共同で、洋上風力向け基幹装置の国内サプライチェーン(供給網)を構築する。秋田など洋上風力の促進地域を中心に中小企業約100社を募り、部品の開発から製造を一括で支援する。国内勢の撤退で失われた風力関連の産業基盤を復活させ、普及が進む再生可能エネルギーの需要を取り込む。 
 東芝は2026年の国内生産を目指し、「ナセル」と呼ばれる風力発電の駆動装置の供給網の整備を目指す。ナセルは風を受けて羽根が回転する力を増幅させて発電する重要な役割を担う。大きさは3階建てのビルに相当し、増速機やブレーキ、発電機などを搭載しており、必要な部品点数は数千規模にのぼる。
 国が洋上風力の促進地域に指定する秋田県や新潟県などで説明会を開き、ナセルに必要な部品を供給できる企業を選定し、25年度から調達を始める。連携する中小企業はおよそ100社を見込んでおり、受注が軌道に乗ればさらに拡大する。部品の国産化を進めて、40年をメドに部材や部品などの国内調達率を金額ベースで6割とする。
 東芝は取引先となる部品メーカーの試作業務や、共通の規格を満たしているかチェックするなど品質維持などで支援する。洋上風力の近くに部品倉庫を設けて予備品の管理体制を整え、保守点検に携わる人材を取引先企業と共に育成する。風車は1基当たりの稼働年数が20年と長く、部品の摩耗や故障時など保守・修繕の対応力を高める。
 東芝はGEと発電システムで長い協力関係にあり、11年にはガスタービンを活用した発電システムの販売で協業した。21年にGEと提携し、洋上風力製造に参入した。
 ナセルの組み立ては京浜事業所(横浜市)で予定し、年間組み立て能力は80台程度。三菱商事などの企業連合が28年にも秋田県で稼働する洋上風力発電などに納入する。三菱商事はGEに大型風車を一括発注している。東芝はGEとの協業を生かして販売先を広げる。
 洋上風力では国内市場が育たず、三菱重工業や日立製作所が風車製造から撤退してきた。日本政府は40年までに洋上風力発電を3000万キロワット〜4500万キロワットの導入を目指す。製造や建設などに関連する投資に占める国内事業者の割合を6割にする目標も掲げる。
 国際エネルギー機関(IEA)によると、風力発電の発電容量は2040年に5億6200万キロワットと、18年の24倍に拡大する。風力発電は欧州を中心に広がり、中国や台湾、韓国などアジアでの市場拡大も見込まれる。
 欧州や中国では多数の洋上風力メーカーがひしめく。欧州ではデンマークのベスタス、スペインのシーメンスガメサ・リニューアブル・エナジーが2強。中国では上海電気集団、明陽智慧能源集団(明陽智能)などがしのぎを削っている。
 各社は基幹装置も内製化しており、コスト競争力は海外勢が優位とみられる。だが、安全保障の観点では、国内で保守点検も含めて安定した供給網を整えることで、部品納入事業者の選定で優位に立てる可能性がある。
 洋上風力を巡る国内勢の動きでは、JFEホールディングス傘下のJFEエンジニアリングが1本の大型の杭を地盤に打ち込み風車を支える「モノパイル」の工場建設に着手。24年4月からの生産開始に向け準備を進める。東洋建設と商船三井は、洋上風力発電関連のエンジニアリングや施工を手がける共同出資会社を6月末に設立した。

【夏のボーナス過去最高89.4万円 鉄道や百貨店がけん引 2年連続プラスも伸び率鈍化 本社調査】
 17日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 日本経済新聞社がまとめた2023年夏のボーナス調査最終集計(6月30日時点)は、全産業の平均支給額が前年比2.60%増の89万4285円だった。2年連続で過去最高を更新したが、伸び率は鈍化した。物価高が長引いて実質賃金のマイナスは続く見込みで、消費回復には不透明感もある。
非製造業、コロナ禍から回復鮮明
 上場企業を中心に比較可能な406社を対象に集計した。9.96%増と過去最高の増加率だった非製造業が全体をけん引した。夏季賞与は、業績連動方式をとっている企業が4割を占める。非製造業は新型コロナウイルス禍からの業績回復が鮮明だ。上場している非製造業の23年3月期の純利益は前の期比11%増だった。
• 【関連記事】夏ボーナス、製造業は停滞 原料高響き繊維・化学など減
 全体の伸び率は前年の11.29%から大幅に縮んだ。組合員数で全体の7割超を占める製造業が0.82%増にとどまったことが響いた。製造業の3割が、今後のボーナスに原材料価格の上昇が影響すると答えており、先行きに影を落としている。
鉄道・バスの伸び率最大
 非製造業は11業種中9業種でプラスだった。鉄道・バスの伸び率が最も大きく26.81%増だった。JR東日本が18.04%増の89万8700円。前年の15.06%に続き、2年連続で2ケタ増となった。コロナ対策の行動制限の解除で純利益は3期ぶりに最終黒字を確保しており、「従業員の尽力や物価上昇を勘案した」(担当者)という。インバウンド(訪日外国人)需要の拡大が見込める空運も好調。全日本空輸が増加率2位で100%、日本航空も36.23%増で9位だった。
 情報・ソフト(12.24%増)が続き、大塚商会が14.40%増の154万4876円だった。業績に加え「22年夏にベアを実施した」ことも底上げにつながった。不動産・住宅は8.93%増。前年の12.91%増から鈍化したものの夏・冬を通じて大幅増が続いている。積水ハウスは米国での住宅受注などで業績が好調なことを反映し、8.79%増の178万2000円だった。
訪日客に期待、百貨店好調
 訪日客拡大への期待感や新型コロナの「5類」移行による経済活動正常化への期待感から百貨店・スーパーも6.30%増だった。高島屋は前年比9%増の77万6976円。訪日客の回復で業績が好調だったことに加え、物価高に対する従業員の生活不安払拭、従業員のエンゲージメント(働きがい)向上の狙いがある。大丸松坂屋百貨店も21.59%増と大きく伸ばした。
 交渉時期が遅かった企業は支給額が伸び悩んだ傾向もみられた。23年の春季労使交渉までに夏ボーナスの支給額が決まった企業群で伸び率が3.58%増だったのに対し、直前に決定した企業群では同0.2%にとどまった。春季労使交渉時は物価上昇率が足元より高く、生活防衛のための賃上げ機運が高まっていた。
物価高で実質賃金はマイナス
 数%の上昇では物価高をカバーしきれない。厚生労働省が公表した5月の実質賃金は前年同月比で1.2%減で14カ月連続のマイナスだった。23年の春季労使交渉は連合の最終集計で賃上げ率3.58%と30年ぶりの伸び率を実現したが、それでも実質賃金はマイナスのままだ。
 みずほリサーチ&テクノロジーズは実質賃金は24年度までマイナスが続くとみる。酒井才介主席エコノミストは「夏ボーナスの伸び率2.60%を受けても実質賃金のマイナスは続く。旅行など一部サービス分野は回復が期待できるものの全体としては夏のボーナス商戦の大幅な回復は期待しにくい」と話している。

【ウクライナ穀物合意、ロシアが停止表明 小麦価格が上昇】
 同じ17日の日経速報メール【イスタンブール=木寺もも子】によると、ロシアのペスコフ大統領報道官は17日、同日が期限だったウクライナなどとの黒海穀物合意について「停止する」と述べ、延長に応じない考えを示した。合意を仲介したトルコ、国連にも18日からの停止を通告した。
• 【関連記事】クリミア橋、爆発で橋桁崩落 ウクライナの攻撃か
 2022年7月に成立した穀物合意は、ロシアが封鎖した黒海で穀物船は例外的にウクライナの港を出入りできるようにする仕組み。17日のシカゴ市場の小麦先物価格は一時、4%を超えて上昇した。
 ペスコフ氏はロシアが求める「条件」が満たされればただちに再開するとも付け加えた。条件の詳細は明らかにしなかったが、欧米による金融制裁の緩和を求めているとみられる。ロシアは自国の銀行が国際決済網から締め出されていることや保険の制限が自国産の食料・肥料輸出を妨げていると主張している。
 国連やトルコはロシアの説得を続ける。ロシアは22年10月にも黒海艦隊への攻撃を理由に一時、合意を一方的に離脱した。復帰後も合意の有効期限を4カ月から2カ月に短縮するなどして揺さぶりをかけてきた。
 トルコのエルドアン大統領は17日の記者会見で「我が友のプーチン大統領も穀物合意の継続を望んでいると信じる」と述べ、近くプーチン氏と電話で協議する考えを示した。
 ロシア大統領府は関連を否定したが、17日未明に起きたクリミア橋の爆発がロシアの態度硬化に影響している可能性がある。ロシアのセルゲイ・ミロノフ議員は爆発がウクライナのしわざだと主張し「穀物合意(の更新)はあり得ない」と訴えた。
 英フィナンシャル・タイムズ(FT)などによると、欧州連合(EU)はロシアの農業銀行の子会社を国際決済網に接続させる妥協案を検討している。ただ、ロシアはこの案にも肯定的な反応を示していなかった。
 ロシアによる全面侵攻前、ウクライナは小麦やトウモロコシの輸出で世界シェアの約1割を占めていた。国連によると22年8月以降、合意を通じて輸出された穀物は計約3300万トンに上る。最大の輸出先は中国で、スペイン、トルコが次ぐ。約2割は中・低所得国に輸出されている。
 南アフリカのラマポーザ大統領は15日、プーチン氏との電話で穀物合意の延長について協議した。穀物価格の上昇で大きな打撃を受けるアフリカの立場を説明したとみられる。ロシアによる揺さぶりを受け、ウクライナはドナウ川などの輸送経路を拡大してきたが、黒海を完全に代替できるかは不透明だ。

【TPP、英加盟を承認 発効後初拡大 12カ国・14兆ドル経済圏に】
 同じ17日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 日本やオーストラリアなど環太平洋経済連携協定(TPP)の加盟11カ国は16日、ニュージーランド・オークランドで開いた閣僚会合で英国の加入を正式承認した。2018年12月の協定発効後で初の新規参加国となる。TPPの経済圏はアジア太平洋から欧州に拡大する。
 TPPは自由貿易協定(FTA)のひとつで相互に関税をなくし、投資のルールを透明にして経済活性化を狙う。参加各国の国内手続きを経て、1年以内の発効をめざす。中国や台湾なども加盟申請しており、拡大交渉開始の是非が焦点となる。
 日本からはTPP担当の後藤茂之経済財政・再生相が出席。英国の加盟で日本からの輸出ではコメなどで恩恵を期待できる。既存の日英経済連携協定(EPA)で関税引き下げの対象外の精米は、英国に輸出する際にかかっている1キロあたり20円ほどの関税がTPPを通じて撤廃される。
 英国の参加でTPP加盟国の国内総生産(GDP)の合計額は11.7兆ドル(約1600兆円)から14.8兆ドルに増える。世界全体のGDPに占める割合は12%から15%に拡大する。貿易総額は6.6兆ドルから7.8兆ドルに増加し、総人口は5億1000万人から5億8000万人ほどになる。
 英国は20年1月に欧州連合(EU)を離脱して以降、TPPを通商政策の柱にすえる。自由貿易の枠組みを広げたい現加盟国と利害が一致した。

 
【太陽光発電2割に土砂災害リスク 審査・監視追いつかず】
 18日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 全国の太陽光発電設備(500キロワット以上)の2割が土砂災害リスクの高いエリアに立地していることが分かった。適切な管理がされていない開発は土地の保水力を低下させ、崩壊を招く恐れが増す。持続可能性を高めるには事業者による点検・管理、行政の監視強化など、防災対策が欠かせない。
 埼玉県西部に位置する横瀬町。土砂災害特別警戒区域を含む山林の急斜面を一般家庭用換算でおよそ200世帯分に相当する大きさのソーラーパネル(1088キロワット)が覆う。下方には民家が立ち並び、国道が走る。
 同発電所を巡っては2015年の建設時、計画区域以外の無届け伐採などが発覚。事業者が計1145本の植林と排水設備の設置を明記した是正計画を町に提出していた。
設備の不備 ドローンで発見
 日本経済新聞は2月、町への情報公開請求で得た是正計画図面を基に上空へドローンを飛ばし現況を調べた。パネル周囲には樹木がほとんど確認できず山肌が露出し、排水設備も十分に整備されていなかった。計画未履行の疑いを町に指摘。町は2回にわたり現場を検証し、植林、排水設備計画が履行されていないことを視認した。
 3月、町は森林法に基づき、山肌が露出している部分に植林を実施するよう指導した。事業者は「メンテナンスが行き届いていなかったことを反省している」として植林を実施した。排水設備計画についても「詳細を確認中」(町振興課)としている。
 農林水産省などによると、太陽光発電設備は開発時の樹木伐採による山の保水力低下やパネルからの雨滴や支柱を伝わって浸透する水により地表の浸食を招きやすい。地域防災が専門の山梨大学の鈴木猛康名誉教授は「明らかに土砂災害の脅威が増す」と指摘する。
 リスクの高いエリアに設置された太陽光発電設備は全国に点在する。国立環境研究所が公開した500キロワット以上の9250件のデータ(20年時点)を分析したところ、18%にあたる1658カ所が国、都道府県の指定した土砂災害(特別)警戒区域、土砂災害危険箇所、急傾斜地崩壊危険区域、地すべり防止区域のいずれかに設置されていた。
 内訳は土砂災害(特別)警戒区域881カ所、土砂災害危険箇所1278カ所、急傾斜地崩壊危険区域7カ所、地すべり防止区域27カ所。地域別では九州・沖縄が354カ所で最も多かった。
 背景にあるのは急激な需要の高まりだ。11年の東日本大震災以後、政府は電源不足を補うため、固定価格買い取り制度 (FIT)で太陽光発電の普及を促した。国土の3分の2が森林の日本で開発の波は傾斜地へと及び、日本の導入量は22年時点で7883万キロワットと12年比約12倍となった。国土面積あたりでは17年以降、主要国最大となっている。
 一方で気候変動の影響で災害そのもののリスクは上昇傾向にある。1時間降水量が100ミリメートル以上の豪雨は年4.4回(10年平均)と、80年代に比べ5割増。人命が失われる土砂災害が静岡県熱海市や長野県岡谷市など、各地で発生している。太陽光開発に絡み林地で発生した事故は、12年のFIT開始後10年で少なくとも230件。15年には群馬県で施工不良により、のり面が崩壊し、人家に土砂が流入した。
 日本の電源構成は環境負荷の大きい化石燃料に依存する構造が続く。無秩序な開発で信頼が揺らげば、50年のカーボンニュートラル達成はおぼつかない。
開発実態、届け出とズレ
 太陽光発電設備に起因する災害を防ぐには自治体による審査・監視が不可欠となるが、急増する開発に体制が追いついていない。林地の開発実態を把握しうる職員は過去10年で2%減少した。脆弱な体制は開発時の届け出面積と実態のズレを見逃す要因となり、規制の実効性を低下させている。
 全国の民有林の6割超は水源や環境の保全、災害防止などを目的に森林法で計画的に整備している。こうした土地で5000平方メートル超(3月末までは1万平方メートル超)の太陽光開発を進めるには、事業者が排水設備など防災に関する整備計画を都道府県に提出し、開発許可を得る必要がある。逆に5000平方メートル以下(同1万平方メートル以下)であれば、立地市町村への簡易な届け出だけで済む。
 日本経済新聞は3月、土砂災害危険箇所にある岡山県井原市の太陽光発電設備(1822キロワット)の開発面積が届け出の9700平方メートルを超え、当時の基準で許可取得が必要な面積以上の森林を伐採していた疑いがあることを突き止めた。開発図面と衛星画像の比較では、伐採面積が計画の1.5倍程度に広がっていた。
 所管する井原市は日経の指摘で過剰伐採の事実を把握。5月末、森林法に基づき事業者側に植林を実施するよう指導したという。事業者は「現在、事実関係を確認中」としている。
 計画を超える伐採が行われていたことを把握できなかったことについて市農林課は「担当は1人で農地に関する業務も抱える。現場に出向いて確認するには人手が足りない」と説明。開発許可を担当する県治山課は「面積が確定するまで市が対応する」と回答した。
 土砂災害危険箇所にある群馬県藤岡市の太陽光発電設備(750キロワット)でも森林法違反があった。日経の指摘に県は1月、事業者に正確な測量を指示。結果、2万平方メートル以上の森林が無許可で開発されていた。事業者は改めて林地開発許可の手続きをとる見通し。事業者は「県の指導に従い設備を改善していきたい」と答えた。
 市森林課は「開発面積の広さから県の管轄だと認識していた」と説明。県森林保全課は「山の奥地は確認が行き届いていなかった」と話した。
 開発許可取得には防災設備整備費に加え、数カ月程度の審査期間も必要となり、事業者負担は大きい。名古屋大の丸山康司教授は「開発面積によって対応費用に大きな差が出る仕組みは事業者の『規制逃れ』を誘発しやすい。開発の急増ペースが自治体の対応能力を超えている」と指摘する。
 林野庁への情報公開請求で取得した過去の森林法違反数をみると、過去9年(13~21年度)、岡山県、群馬県の報告はゼロ。林野庁治山課は「自治体によって監視が行き届いていない可能性はある」と話す。
 災害リスクの高い地域へのパネル設置や頻発した無許可開発を受け、許認可プロセスを厳格化する動きも相次ぐ。国は森林法施行令を改正し、4月から太陽光向け林地開発で許可取得が必要な条件を厳しくした。埼玉県越生町や神戸市、熊本県南関町などの地方自治体も条例で土砂災害リスクの高いエリアでの開発を禁止した。宮城県では4日、森林開発を伴う再生可能エネルギー発電設備の所有者に税金を課す全国初の条例が成立。大規模な森林開発を抑制し適地に誘導するのが狙いで、24年4月までの施行を目指す。
人員不足 衛星画像で補う
 横浜国立大学の板垣勝彦教授は「地方自治体は慢性的な財政、人手不足にある」と話した上で「監視体制に隙間を生まないため県と市など行政間の連係を強めることに加え、少ない人員でも監視を強化できる体制をつくるべきだ」と指摘する。
 総務省によると、林地の監視などを担当する自治体職員数は22年時点で全国1万1048人。林業の衰退に伴い微減傾向が続く。こうした中で監視の実効性を高めるには、新たな技術の活用が欠かせない。
 森林総合研究所は22年に衛星画像から検知した全国の森林伐採状況データ(1985〜2019年)の無償提供を始めた。林野庁も伐採状況の検知ツールを開発した。現時点で茨城県や大分県日田市、岩手県住田町などが活用するほか、導入を検討する自治体も広がりつつある。
 京都大学の安田陽特任教授は「監視強化と並行する形で、事業者による主体的な安全管理の取り組みを後押しする制度も模索していく必要がある」と指摘。設備認証制度や格付け取得と連動し、安全性の高低で損害保険料を変動させるなどの仕組みづくりを提言している。(兼松雄一郎、高橋耕平、岡田江美、宗像藍子、ドローン撮影 浦田晃之介、グラフィックス 貝瀬周平)
関連する情報やご意見を取材班(nkij@nex.nikkei.co.jp)までお寄せください。



この間、下記の録画を視聴することができた。(1)BS6報道1930「ワグネル部隊受け入れ、狙いはアフリカ利権? ルカシェンコ氏 思惑は 移民に紛れ込まえいる? 東欧は部隊越境を警戒」7月4日。 (2)BS6報道1930「旧統一教会の内部音声を独自入手「岸田に教育を」5日。 (3)BS6報道1930「反転攻勢本格化から1か月「ウクライナ軍の戦果」を徹底検証」10日。 (4)映像の世紀 バタフライエフェクト「JFKをつくった3人のケネデイ」10日。 (5)BS6報道「ロシア兵18万人東部に…ウクライナ軍が警戒するカウンター反転攻勢」11日。 (6)BS6報道1930「NATOサミット詳報 NATO元幹部やポーランド軍現役トップが語る」12日。 (7)BS6報道1930「“殺傷兵器”輸出も? 目的はウクライナ支援、本音は防衛産業育成か。 (8)BS6報道1930「拘束理由が分からない中国スパイ法の闇、登山・釣りが危険行為?」14日。 (9)NHKスペシャル「混迷の世紀 第10回 台頭する“第三極”インドの衝撃を追う」16日。 (10)BS6報道1930「ロシアとウクライナの背後で動く“戦争管理者” 米CIAの思惑と誤算」17日。

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アヘン禍いまもなお

 7月11日の朝日新聞デジタルで、「第1回 皇后はアヘンに溺れた 日本の人工国家「満州国」を支えた闇の資金源」の掲載があり、つづけて計6回の連載があった。うち第1回と後藤新平を語る第3回および復権したタリバン政権下のアヘン密売の様子を伝える第6回を見る。

【プレミアムA】満州 アヘンでできた“理想郷”
 日本の人工国家「満州国」の財政を支え、現地の日本軍の工作資金となっていたのが「アヘンマネー」だった――。中国での現地ルポや近年の研究成果をもとに、「闇の資金源」の実態を追います。
 旧満州国の首都「新京」だった中国吉林省・長春。住宅街を抜けると、分厚い壁に囲まれた建物群が突然現れる。満州国の皇帝だった溥儀(ふぎ)と、皇后・婉容(えんよう)が暮らした場所だ。
 日本の傀儡(かいらい)国家で、日本の敗戦によって13年半で崩壊した満州国は、中国で「偽満州国」と呼ばれる。
満州国皇帝に就任した愛新覚羅溥儀(ふぎ)。実態は関東軍の操り人形だった。溥儀の皇后婉容(えんよう)は不自由な境遇のなかで夫との関係も冷め、重度のアヘン中毒に陥った。

満州国
 1931年の満州事変の翌年、関東軍(満州に駐留していた日本軍)が中国東北部につくった「国家」。政権の正統性を確保するため、清朝最後の皇帝だった溥儀(ふぎ)を帝位に就かせた。「王道楽土」の建設、「五族(日・満・漢・モンゴル・朝鮮)協和」といったスローガンを掲げたが、実権は日本人が握った。45年、日本の敗戦とともに消滅した。

溥儀
 映画「ラストエンペラー」で知られる清朝最後の皇帝。姓は愛新覚羅。2歳で即位したが、辛亥(しんがい)革命で1912年に退位。32年の満州国成立とともに執政として迎えられ、34年に皇帝に即位した。日本の敗戦後、極東国際軍事裁判で「日本軍に強制されて皇帝になった」と証言した。
 この場所は現在、「偽満皇宮博物院」として一般公開され、平日も観光客でにぎわっていた。

 映画「ラストエンペラー」のロケにも使われた広大な敷地の一角に、溥儀らが住居として使った「緝熙楼(しゅうきろう)」があった。
「ラストエンペラー」として知られる清朝最後の皇帝・溥儀と皇后・婉容らが旧満州国時代に暮らした場所。現在は「偽満皇宮博物院」として一般公開されている、中国吉林省長春市。1階の数部屋は、溥儀や婉容の写真の展示スペース。夫婦が手を取り合う数枚のツーショット。チャイナドレス姿の婉容の耳元にはピアスが光る。顔はふっくらとし、カメラをまっすぐ見つめほほ笑んでいる。
 美貌(びぼう)で知られた皇后は、不自由な境遇や夫との関係に悩み、次第に「あるもの」にのみ込まれていく。

 2階の婉容の寝室の斜め向かいに、20畳ほどの部屋があった。じゅうたんも壁紙もピンク色。天井から金色のシャンデリアがつり下がり、中世ヨーロッパの貴族の部屋のようだ。部屋の奥にソファがあり、すぐ前の机の上に細い管のようなパイプとランプが置かれていた。
 「婉容の喫煙室」 部屋の前の解説文にはそう記されてある。この部屋は、婉容が麻薬・アヘンを吸引するために使っていた部屋だ。ソファに横たわり、ペースト状のアヘンをランプであぶり、立ち上る煙をアヘンパイプで吸う。
アヘン
 ケシの実から採れた乳液は時間がたつと黒褐色の固まりになる。これがアヘンで、吸引すると痛みや悩みが消えて陶酔感や性的快感に浸れるが、回数ごとに効き目は鈍り、使用量が増えていく。快感が切れると強い不安や倦怠(けんたい)感に襲われ、苦痛から逃れるため、アヘンなしにいられなくなってしまう。
 「自由を奪われ、寂しさと苦しみを紛らわすために、婉容は一日中アヘンを吸った」。

 解説文にそう記されていた。

 婉容は最後には重度のアヘン中毒になり、顔はやせこけ、自力で立てないほど衰弱していたという。誰にも見届けられることなく、39歳でこの世を去った。
 だが当時、アヘンにむしばまれたのは、婉容だけではなかった。

【「アヘンは治療用」台湾統治でひらめいた「名案」 それは偽善だった】
  麻薬のアヘンを管理・販売し、財政収入に充てるという満州国の国家システムには「原型」がありました。連載の3回目では、「満州アヘンマネー」の源流をたどります。
 日本は戦前、傀儡(かいらい)国家の満州国を舞台に、アヘンで巨額の資金を得る制度を整えた。
 その制度の原型をつくった人物の銅像が、岩手県奥州市の水沢公園に立っている。
 高さ約4・8メートル。丸い眼鏡をかけた背広姿の男性は、明治・大正期の政治家・後藤新平だ。
水沢公園に立つ後藤新平の銅像。南満州鉄道株式会社(満鉄)初代総裁だった時の姿をかたどった銅像だという。 「わが国近代化の偉大なる先駆者」  銅像の台座の銘板にはこう記されている。

 後藤は幕末の1857年、仙台藩水沢城下に生まれた。医師から衛生行政の官僚、政治家へと転身。日本の鉄道整備や、関東大震災後の復興計画を描いたことで知られる。

 壮大な構想を提唱し続け、「大風呂敷」とも呼ばれた。
JR水沢駅から15分ほど歩くと、後藤新平記念館がある。館内の展示は少年時代から始まり、内務省衛生局長時代や台湾民政長官時代、東京市長時代など、時代を追って事績を紹介している。
 同館では「阿片(あへん)」に関する資料も所蔵している。

 その一つ、内務省衛生局長だった後藤が1895年に出した「台湾島阿片制度ニ関スル意見」を閲覧できた。

 朝鮮半島の権益をめぐって日本と清国が衝突した日清戦争は1895(明治28)年、台湾の日本への割譲などを決めた下関条約の調印で終戦を迎えた。当時の台湾では、人口300万人の1割以上がアヘンを吸引していた。イギリスが台湾にアヘンを輸出していたことに加え、近代医学の未発達だった土地で、アヘンの陶酔感が身体の痛みを和らげる「薬」として重宝がられていたことが背景にあった。

【アヘンを堂々と売買する国、一転 「貴重な収入源」断とうとする理由】
連載の第6回(2022年8月11日掲載)のテーマがこれである。イスラム主義勢力タリバンがアフガニスタンの政権を崩壊させ、権力を握ってから2021年8月15日で1年。国際援助が減り、失業や食料不足が暮らしを直撃するなか、懸命に生きる人々の姿に迫る連載の最終回です。

 「なめてもいいぞ」 ひげを蓄え、青や茶色の民族衣装を着た仲買人の男たちは、そう言って袋を広げた。顔を近づけると、腐りかけの果実のようなにおいが鼻をついた。袋の底には、褐色の泥のような液体がたまっていた。

 取材の案内役の男性が小声で言った。「ケシの実からとれた汁だ。時間がたつと黒褐色の塊になる。それがアヘンだ」
 7月中旬、タリバンの本拠であるアフガニスタン南部カンダハルから、隣のヘルマンドとの州境に向かった。一帯はアヘンやヘロインの原料となるケシの世界的な産地として知られる。

 ケシの汁は幹線道路から少し外れたところにある市場で売り買いされていた。トマトやキュウリ、ブドウが積まれた市場の一角に、透明なプラスチック製の袋が並ぶ露店があった。あごひげを蓄えた男たちが、じゅうたんの上に車座で座っていた。ケシの汁を売りに来た栽培農家と仲買人が価格交渉を始めたところだった。

 「これは4キロちょっとだな」「いやもう少しあるはずだ」

 はかりの片方に分銅のようなおもりを重ね、もう片方に載せた袋の重さを量っていく。買い取り価格は重さだけでなく、品質や時期によっても変わる。

 この日は1キロ当たり1万5千~2万アフガニの値がついた。日本円に換算すると、約2万2500~3万円。昨年8月にイスラム主義勢力タリバンが復権した後、ケシ栽培が禁止されるとの情報が飛び交い、価格は上昇した。栽培農家は満足そうにお金を受け取り、市場を後にした。

【連載 混迷の十字路 アフガニスタン政権崩壊から1年。タリバン復権 女性の教育は?人権は?】

 この2021年8月15日、NHK国際報道は次のように報じた。
 約半世紀にわたる動きを整理しておきたい。

これまでの動き
1979年 旧ソビエト軍の軍事侵攻
1989年 旧ソビエト軍の撤退 内戦状態に
1994年 アフガニスタン南部でタリバン結成
1996年 首都カブールを制圧し政権樹立
2001年 アメリカ同時多発テロ事件
       タリバン首謀者オサマ・ビン・ラデイン容疑者の引き渡し拒否
       アメリカ軍などの軍事作戦で政権崩壊
2014年 駐留する国際部隊の大部分が撤退
2020年 アメリカ軍の完全撤退を含む和平合意に署名
2021年 4月 和平合意受けアメリカ軍撤退を開始
       8月 タリバンが首都カブールに進攻

そもそも何が起きたの?
 それまで治安を担ってきたアメリカ軍などが撤退を進める中、2021年8月15日にイスラム主義勢力タリバンが首都カブールに進攻。当時のガニ大統領は国外に脱出して政権が崩壊し、20年ぶりにタリバンが政権を握りました。
 タリバンは旧政権時代、イスラム教を極端に解釈し、女性に「ブルカ」と呼ばれる全身を隠すベールの着用を求め、女性の就労や教育を禁止するなどして国際的な批判を浴びました。
 再び政権についたタリバンは記者会見を開き、女性の就労や教育などの権利を守ると明言していました。
かつての姿勢がどう変わるのか、国際社会が注視していました。

女性の権利は守られているの?
 守られているとはいえず、むしろかつてのように人権を制限する動きもみられます。
 ことし5月、イスラム教徒の女性が人前で髪を隠すのに用いるスカーフ「ヒジャブ」の着用に関する指針を発表し、家族以外の男性の前では目だけを出し、顔を覆うことを義務づけました。さらに特段の理由がない限り女性は家にいたほうがよいとする方針を打ち出しました。
 一方、20年前はすべての女性に対して禁止していた教育をめぐっては、国際社会が批判を強める中、タリバン暫定政権は、大学にかぎり、校舎で学ぶ時間帯を男性と女性とで分けるなどして授業を再開させています。
 しかし、日本の中学校と高校にあたる中等教育の学校では、女子生徒が自宅待機を命じられ、登校ができなくなりました。男女別学などタリバンの解釈によるイスラムの教えに沿った環境が整っていないというのが、その理由です。
 ことし3月には暫定政権の教育省は授業を再開する見通しを示したが、当日になって急きょ延期しました。
 タリバンは延期の理由について手続き上の問題と説明していますが、暫定政権発足から1年がたっても再開の見通しはたっておらず、国連機関や各国からの批判が強まっています。

なぜ、変わらないの?
 専門家の中には「変えようにも変えられない状況」だと指摘する声があります。いま、政策を大きく変えた場合、イスラムの教えに厳格な保守強硬派からの支持を失いかねないからです。
 そもそもタリバンはイスラムの教えを極端に厳しく解釈した政策をとってきました。
 前回タリバン政権が樹立した1990年代は旧ソビエト軍の撤退後の内戦が長引く時期でしたし、今回もアメリカ軍の撤退直後で国内が混乱した時期でした。タリバンはこうした混乱の中で外国勢力ではなく、アフガニスタン国民自身の手で国を安定させていく姿勢が支持を集め、政権の座についてきました。
 だからこそ、自らの原理原則を曲げたとみられることに慎重にならざるを得ない状況になっているのです。
一方、旧政権時代は恐怖政治などとの批判を受け、国際社会だけでなく国民からも支持を失い、結局政権を維持できませんでした。
 こうした経験から今回政権を握った当初は「20年前と今の我々は違う」と強調し、女性の就労や教育については「イスラムの教えの範囲内」で認めるとしていました。
 こうしたことからタリバン内部やアフガニスタン社会での妥協が成立すれば、長期的には女性の権利について改善も期待できるという見方もありましたが、国内の経済状況の悪化なども重なって、今変えることはより難しくなってきているといえます。
今後、改善する見通しはあるの?
 現時点では難しいといえます。それを印象づけたのが、暫定政権が2022年6月30日から7月2日まで首都カブールで開催した国の重要事項を話し合った会議です。
 イスラム教の指導者や部族長ら3000人あまりが集まり11の決議を採択しましたが、女性の権利については「イスラム法の範囲内で特に留意するよう求める」とするにとどまっています。
 国連や欧米などが繰り返し求める女性の人権の尊重についてタリバンが歩み寄る姿勢はありません。

市民の暮らしはどう?
 過去に例がないほど厳しい状況となっています。
 タリバンが復権したあと統治への懸念などから欧米各国が相次いで支援を停止し、保有していた海外資産も凍結されました。このため経済状況が極端に悪化しました。
 さらに去年、過去30年で最悪とも言われる干ばつに見舞われたほか、ことし6月には、東部のホスト州を震源とするマグニチュード5点9の地震が発生。WHO=世界保健機関によりますと、8月7日の時点で1036人が死亡、2989人がけがをしました。
 タリバンの暫定政権を承認していない日本や欧米各国は、国際機関を通じた間接的な支援を行うにとどまっています。

治安はどうなっているの?
 これまで政府と反政府武装勢力が繰り広げてきたような戦闘は大幅に減っています。ただタリバンと対立する過激派組織IS=イスラミックステートによる散発的な攻撃が増加しています。
去年10月には、北部クンドゥズと南部カンダハルにあるイスラム教シーア派のモスクを狙った自爆攻撃があり、少なくともあわせて120人が死亡しました。
 国連によりますと、タリバンが復権してからことし6月15日までの10か月の間に、ISによる攻撃で、市民700人が死亡、1400人以上がけがをしたということです。死亡した人のうち、159人は子どもでした。
 さらに経済の混乱から市民の間での一般的な犯罪も増えているということです。

「アルカイダ」との関係を絶つという合意は守られているの?
 アメリカは依然として関係が続いているとみています。
 そもそもタリバンとアメリカは2020年にアメリカ軍の完全撤退を含む和平合意、いわゆるドーハ合意に署名しました。このなかで、タリバンは、国際テロ組織アルカイダなどアメリカの安全を脅かすすべてのグループとの関係を断ち、アフガニスタンを再びテロの温床にしないことを約束していました。
 しかしその後もアルカイダと合同で軍事訓練を行うなど密接な関係が指摘されていました。
 アメリカ政府は8月1日、アルカイダの現在の指導者アイマン・ザワヒリ容疑者を、首都カブールの潜伏先の住宅で殺害したと発表しました。2001年の同時多発テロ事件に深く関わったとされる人物です。
 ホワイトハウスの高官によりますと、タリバンはザワヒリ容疑者とその家族をかくまっていた上、潜伏していた証拠を隠そうとしていたということです。
 アメリカ側の発表によれば、タリバンは合意に反してアルカイダ幹部との関係を続けていたことになります。

国際社会は今後どう向き合えばいいの?
 難しい判断を迫られています。多くの人々が危機的状況にある一方、タリバンの暫定政権を認めることはできないからです。
 女性の人権や教育問題などを理由に、暫定政権を承認した国はまだ1つもありません。
 OCHA=国連人道問題調整事務所とUNHCR=国連難民高等弁務官事務所は、ことし1月、食料支援や保健分野といった人道支援に、ことし1年間で総額50億ドル、日本円にして5770億円あまりが必要になるとして、各国に拠出を求めています。1か国に対する支援額としては過去最大です。
 グランディ難民高等弁務官は「時間は限られている。もしアフガニスタンが崩壊すれば、周辺国や、さらにその先に、多くの人々が流出する」と危機感を示しています。政権承認とは切り離した形で、各国から人道支援を促進する動きも出ています。
 暫定政権から人権問題などで譲歩を引き出す戦略と同時に、命の危機にさらされるアフガニスタンの人たちを守る国際社会全体の支援が必要です。

【アヘン禍いまもなお】
 タリバン復権から1年後、アヘンを売り満足げに市場を後にした栽培農家の姿を次のように描いた。「国際援助が減り、失業や食料不足が暮らしを直撃するなか、懸命に生きる人々の姿に迫る連の最終回。この日は1キロ当たり1万5千~2万アフガニの値がついた。日本円に換算すると、約2万2500~3万円。昨年8月にイスラム主義勢力タリバンが復権した後、ケシ栽培が禁止されるとの情報が飛び交い、価格は上昇した。栽培農家は満足そうにお金を受け取り、市場を後にした」
 この記述から、アヘン売買が野放しであるのが分かる。これは小規模な栽培農家が思わぬ高値でアヘンが売れた様子を描いている。
 旧満州の場合は政権そのものがアヘンの供給者であった。これと比べると規模も仕組みも異なる。
 しかしアヘンを求める側から見ると、取り締まりもなく、金さえ出せば手に入れることができる。こうしてアヘン禍は絶えることなく拡がる。弱体化したタリバン政権には「野放し」しか手がないのであろうか?
 あるいは政権が専売制(アヘンの生産と販売の権限を持ち、これを税収とすること)を採用してアヘン供給者の側に積極的にまわるか? そうなるとアヘン禍はさらに拡がる。 予断を許さない。

変わりつつある世界(8)

【賃金底上げで好循環、骨太の方針決定 負担増踏み込まず】
 前稿(7)を書き終えた6月17日の夕方、日経速報メールは次のように報じた。
 政府は16日、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を閣議決定した。転職促進などの労働市場改革や成長基盤を固める少子化対策で、物価と賃金が安定的に伸びる「好循環」の実現を目指す。半導体などへの成長投資も盛り込んだ。子育て施策や防衛費の積み増しに必要な負担増には踏み込まず懸案は先送りした。

骨太の方針の全文はこちら。
https://partsa.nikkei.com/parts/ds/pdf/20230616/20230616.pdf

 骨太の方針は生産性の向上で賃金を底上げし、消費や設備投資を伸ばすことで「更なる経済成長が生まれる『成長と分配の好循環』を成し遂げる」とうたった。物価高に耐える構造的な賃上げにより「分厚い中間層を復活させる」狙いがある。
 少子化対策や労働市場改革、脱炭素、経済安保への政府支出に重点を置いた。市場任せでは投資が手薄になりやすいとみて政府が「予算・税制、規制・制度改革を総動員」すると打ち出した。
 岸田首相は16日の経済財政諮問会議と「新しい資本主義」実現会議の合同会議で、骨太の方針に基づき予算編成などを進めて「国民全体が将来に明るい希望を持てる経済社会をつくる」と語った。夏の概算要求や年末の予算編成で具体化する。
 少子化対策では児童手当の所得制限を撤廃し、高校卒業時まで給付期間を延ばす。2024年10月分から実施する方針だ。
 就労の有無を問わず柔軟に利用できる「こども誰でも通園制度(仮称)」もつくる。これらの施策で地方分も含め年3兆円台半ばの予算が必要と見込む。
 成長産業への人材移動に向け、労働市場も改革する。自己都合の離職でも会社都合と同じ7日で失業手当を受給できるようにし、転職の壁を取り除く。
 成長投資では半導体や蓄電池などの国内投資促進を盛った。複数年度の計画的な支出を示して民間の予見可能性を高め、設備投資や研究開発を後押しする。
 具体策として盛ったメニューは家計や企業に対する支援策が多い。財政支出や税優遇の構想が先行し、高齢化で膨張する社会保障費の抑制や財政運営を持続可能にするための国民負担など、耳障りなテーマは詳しい言及を避けた。
 物価と賃金の好循環が実現しても財政運営がおぼつかなければ、家計の消費や出生率向上を左右する若者世代などが抱える将来不安は払拭しにくい。
 少子化対策は「国民に実質的な追加負担は求めない」と唱える。歳出改革で原資の一部を確保すると打ち出すが、具体的な項目は未定だ。
 政府内には個人が払う健康保険料に月数百円を上乗せする案があるものの、骨太方針では触れていない。年末の予算編成まで制度設計は先送りになった。
 23年度から予算を大幅に積み増した防衛費は、いまだに財源が宙に浮いたまま。
 骨太方針では防衛財源の確保に向けた増税について「25年以降のしかるべき時期とすることも可能となるよう」との記述が最終盤で盛り込まれた。税外収入の上積みなどで増税を先送りするよう求める自民党の意向が反映された。
 政府は23年度税制改正大綱で、防衛財源として法人税や所得税などを「24年以降の適切な時期」に引き上げる方針を示した。もともと曖昧だった歳入確保策は今回の骨太方針でさらに曖昧になった。
 国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を25年度に黒字化する政府目標についても、与党の積極財政派への配慮から、2年続けて本文での明記を見送った。

【介護難民、2050年に400万人 団塊ジュニアの老後厳しく 1億人の未来図】
 18日の日経速報メールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・高齢化社会で「老々家族介護」がさらに進む
・海外人材は世界的な獲得競争が不可避な情勢
・介護維持にはAIやロボットの活用が重要に
 人口が1億人を割る2056年の日本は、3750万人が65歳以上になる。成人の18歳から64歳までは5046万人で、1.3人の現役が1人の高齢者を支える未曽有の高齢化社会がやってくる。介護が必要な人は50年度に941万人に膨らみ、介護をする人は4割も足りない。今よりさらに「老々家族介護」の時代がくる。
 団塊ジュニア。バブル経済が崩壊したころに社会に出て、デフレの25年間に働き続けたこの世代の老後は厳しい。日本では85歳以上の高齢者のうち6割は介護が必要と認定されている。団塊ジュニアの多くが80代となる30年後に介護をしてくれる人は、少ない。
 第一生命経済研究所の星野卓也氏の試算では、50年度に介護保険で「要介護」か「要支援」となる人は941万人と20年度から4割近く増える。施設や訪問で介護を手掛ける「介護職員」は302万人必要だが、今の就業構造を前提にすると6割の180万人しか確保できず、122万人も足りない。
 介護の認定状況を見ると、自力での歩行や入浴が難しくなってくる「要介護2」以上が5割を占める。必要数の6割にとどまる人員で対応できるのはおそらく要介護のみ。要支援を中心に4割程度、400万人近くはケアを受けられないだろう。
 介護保険にかかるお金も莫大だ。18年の試算によると、国が見込む40年度の介護費用は25.8兆円になる。社会保障給付費に占める割合は1割強と、18年度時点の9%より上がる。
50年に半世紀の節目を迎える介護保険制度の厳しい未来図は、すでに見えつつある。
 「人手不足がダメ押し。若い人は高齢者と一対一で向き合うのも嫌がる」。群馬県の東吾妻町社会福祉協議会は22年10月、訪問介護を廃止した。今はデイサービスの提供が中心だ。
 人件費や光熱費が上がり、事業者の経営は厳しい。東京商工リサーチによると介護事業者の倒産は22年に143件と、00年に介護保険制度が始まってから最も多かった。特別養護老人ホームは、22年時点で25万人以上が申し込んでも入所できない。
 介護保険が行き詰まれば「老々家族介護」になる。19年時点でも75歳以上を同居して介護している人の33%は75歳以上で、比率は01年から14ポイント上がった。経済産業省の試算によると仕事をしながら介護をする「ビジネスケアラー」は30年時点で318万人になり、経済的な損失は9兆円超に達するという。
 海外人材を受け入れたいところだが、40年には経済協力開発機構(OECD)全体で介護職員を1350万人追加する必要があるとの試算がある。ニッセイ基礎研究所の三原岳氏は「世界的な獲得競争になる」とみる。
 人口減で働き手が足りず、海外からの受け入れも難しい社会でどうすれば介護を維持できるか。淑徳大の結城康博教授は「現役世代が安心して働けるように投資すべきだ」と話す。解決策の一つが人工知能(AI)やロボットだ。
 藤田医科大は愛知県豊明市の拠点で研究を進めている。部屋のセンサーで高齢者の活動量を測って運動不足を把握し、天井のレールから下がる装置で歩行をサポートする。同大の大高洋平教授は「在宅で長く普通に過ごすなら、テクノロジーで支える必要がある」と語る。
 東京都大田区の社会福祉法人善光会は歩行を助けるロボットなどを導入した。先端技術を使う機器の採用数は20〜30種類と多い。善光総合研究所の宮本隆史社長は「新しい技術を前提とした教育投資が重要」と話す。
厚生労働省の研究では、就寝状況などの見守りセンサーをすべての入所者で導入すると職員の業務時間が26.2%減り、対応できる利用者数が1.3倍に増えた。しかし22年に約1万カ所の高齢者施設を調べたところ、センサーの導入は3割にとどまる。介護のIT(情報技術)投資は遅れている。
 ITやロボットへの投資が進めば、少ない人手で多くの人を介護できる。三菱総合研究所は将来の介護はロボットとの共生が当たり前になると見る。ロボットが動きやすいように設計された施設や住居で、入浴や食事などを助けてもらう。
 全国老人保健施設協会は将来、コンシェルジュロボットが介護士の人員基準として認められる姿を想定したリポートをまとめた。人間は心のケアに専念するようになる。
 AIやロボットが介護の主力になるまでは、働き方改革で人手を確保する必要がある。埼玉県川口市の介護老人福祉施設「春輝苑」は21年8月から、週休3日制を本格導入した。半年間議論し、シフトの見直しや引き継ぎ作業の動画活用などで無駄な業務を減らした。1日の勤務時間は延びたが連休を取りやすくし、人材をひき付ける。
 それでも介護の担い手が足りなければどうするか。
 56年の1億人社会には65〜74歳が1276万人いる。高齢者も支える側に回らなければ、乗り切れない。(中村結、中川竹美)
 制度持続へ、1年単位で改革を 吉川洋・東大名誉教授
 介護で人材を集めるためには、持続的に所得が上がる仕組みにしなければならない。生産性の向上が不可欠だ。
 ロボットやIT(情報技術)の導入が1つの解だが、活用法は明確でない。全国のいくつかの施設が先進的な取り組みをしていても、介護現場の人は忙しくて見学に行けない。まずは政府がベストプラクティスを示すべきだ。東京・霞が関にモデルルームを作っても良い。導入のインセンティブも必要だろう。
 高齢化が進む中、介護サービスの縮小は現実的ではない。持続性を高めるため経済的に余裕がある人にもう少し負担してもらう必要がある。
 医療は少額のうちは自己負担が高いが、高額になると負担が抑えられる仕組みがある。介護はメリハリのある制度設計が不十分ではないか。こうした改革は10年単位では間に合わない。せめて1年単位で進めるべきだ。
 外国人の働き手はもっと受け入れる方向に変わらざるを得ない。日本語や介護の能力が少しでも規定に満たないと帰国させるようでは、選んでもらえない。子どもの教育環境なども含め、外国人労働者に来てもらえる国にしなければならない。
 人口減は危機的で、あらゆる政策を講じて少子化を抑えていかなければならない。ただ、人口減だから経済成長しないというのは誤解がある。1人当たりの所得が伸びれば人口減を凌駕(りょうが)できる。それが先進国のパターンだ。イノベーションにより成長へと転換することは可能だ。 

【作家の平岩弓枝さん死去 91歳 「御宿かわせみ」】
 18日の日経速報メールは次のように報じた。
 人気時代小説「御宿かわせみ」シリーズや「ありがとう」などのテレビドラマ脚本で知られる作家で、文化勲章受章者の平岩弓枝(ひらいわ・ゆみえ)さんが6月9日午前4時17分、間質性肺炎のため東京都内の病院で死去,91歳。告別式は近親者で行った。喪主は長女、小池三佳さん。
 東京・代々木八幡宮の一人娘として生まれる。日本女子大卒業後、作家の戸川幸夫に師事。その後戸川の勧めで、作家の長谷川伸が主宰する「新鷹会」に加わる。まもなく刀剣の世界を描いた短編「鏨師(たがねし)」を発表、1959年に27歳の若さで直木賞を受賞した 。
 73年、江戸後期の大川端の旅籠(はたご)を舞台とする代表作「御宿かわせみ」の連載を開始。2007年からは舞台を明治期に移した「新・御宿かわせみ」を連載した。単行本、文庫を合わせたシリーズ全体の発行部数は1500万部を超えている。市井に生きる人々の人情味あふれる物語が、読者の支持を集めた。
 ほかの小説作品に、剣の名手である青年が表に出せない犯罪に立ち向かう「はやぶさ新八御用帳」シリーズ、大石内蔵助の妻に光を当てた「花影の花」(吉川英治文学賞)、師匠と弟子の成長を描いた「西遊記」(毎日芸術賞)などがある。
小説以外に、NHK「旅路」、TBS「肝っ玉かあさん」「ありがとう」などの人気テレビドラマや、「三味線お千代」「真夜中の招待状」といった芝居の脚本も手掛けた。
 87年から2010年まで直木賞選考委員。04年文化功労者、16年文化勲章。

【日本の半導体もロシアへ流入 第三国経由、規制及ばず 1年強で約15億円 日経調査】
 同じ18日の日経速報メールは次のように報じた。
 日本メーカーの半導体がウクライナ侵攻後もロシアに流入していることが日本経済新聞の調査でわかった。1年強で少なくとも約15億円分が取引されていた。大半は中国など第三国を経由しており、海外への直接輸出を規制対象にした日本の法律で歯止めをかけられない。迂回ルートを封じ、制裁の実効性を高める方策が求められる。
 日本は2022年3月、米国の制裁に足並みをそろえ、自国の半導体のロシアへの輸出を規制した。性能などに伴って段階的に実施したが「一般に使われている半導体は当初から規制の対象にした」(経済産業省貿易審査課)という。
日経はインドの調査会社エクスポートジーニアスからロシアの通関データを入手し、22年2月24日〜23年3月31日の半導体の輸入記録を調べた。
 1回5万ドル以上の取引を分析したところ、日本メーカー名が記された半導体の取引は少なくとも89件あり、200万個以上が約1100万ドル(約15億円)で流入していた。香港を含む中国からの出荷が金額ベースで7割を占め、韓国、トルコ、リトアニアが続いた。
 日経は4月の報道で、米国がロシアへの輸出を禁じている米メーカーの半導体が、侵攻後に少なくとも1000億円規模でロシアに流れていることを明らかにした。取引の7割超は香港を含む中国を経由しており、侵攻後にできた商社やロシアの富豪などが輸出入の担い手になっていた。
 米国は第三国の企業にも制裁を科す仕組みを持つが、日本が法的根拠とする外国為替及び外国貿易法(外為法)は、対象が日本からの直接輸出に限られる。
 貿易統計によると、22年のロシアへの半導体の直接輸出は約15万個となり前年比85%減少した。ただ、他国を経由する取引については、十分に規制できていない。
 香港に拠点を置くある商社は22年10月、約4千個のキオクシアホールディングス(HD)の半導体を約17万ドルで、ロシアの電子部品卸売会社に輸出した。このロシア企業は、武器生産に関わるとウクライナ側が分析する人物が出資していた。
 キオクシアHDは同社の製品が規制の対象であることを認め「顧客や販売代理店には各国の輸出規制の順守を求めている」と説明した。ロシアに流入した事例については「確認できていない」と述べた。香港とロシアの企業は日経の取材に応じなかった。
 22年3月には、中国企業のキング・パイ・テクノロジーが別の日本メーカーの半導体約15万ドル分をロシア商社に輸出した。キング社は同6月、ロシア軍事企業と取引があるとして米商務省から制裁を受けている。
 23年5月に広島で開催した主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)は、声明で「我々の措置の回避や迂回をさらに阻止する」と強調した。欧州連合(EU)のミシェル大統領は「(既存の対策の)抜け穴をふさぐことに集中している」と話す。
供給網(サプライチェーン)が複雑な半導体の流通への対応は、日本にとっても輸出管理の試金石になる。

【パナソニック、女性活躍の先へ 公平を重視 多様性の進化形「DEI」】
 19日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・ダイバーシティの進化形「DEI」は、米国で広がる
・個性が最大限に生きることが、より高い価値を創出
・パナソニックはDEIポリシーを定め、人材戦略の柱に
 ダイバーシティ(人材の多様性)の重要性が指摘されて久しいが、その先駆企業で「DEI」を掲げる動きが広がっている。パナソニックグループもその一つだ。女性活躍推進を始めて約20年、多様性施策を次のステージへと進めようとしている。ダイバーシティの進化形「DEI」とは何なのか。実相を探る。
 「ブラウザ上で3Dコンテンツを円滑に動かすには……」。宮原遼太郎さん(29)は自宅で黙々と原稿を打ち込む。3次元(3D)CG(コンピューターグラフィックス)の解説書を現在執筆している。本業はパナソニックホールディングス(HD)の技術職、半導体製造装置の設計に携わる。
 CGプログラミングは学生時代からの趣味だ。週末を執筆に充てる。副業から思わぬ副産物も得た。CG技術を機械設計に応用できると気付いたのだ。宮原さんは「自分が望む働き方を応援してもらえて、会社での仕事のモチベーションも高まる」と笑顔で話す。
 パナソニックグループは2021年に人材戦略の方針となるDEIポリシーを定めた。DEIとは企業経営において、社員それぞれが持つ多様な個性が最大限に生きることがより高い価値創出につながるという考え方。「D」はダイバーシティ(多様性)、「E」はエクイティ(公平性)、「I」はインクルージョン(包括性)の頭文字で、中でも力を注ぐのがE(公平性)の実現だ。
 どう働きたいのか、仕事で何を成し遂げたいのか――社員一人ひとりの思いと事情は異なる。「子育てのために在宅勤務したい」「親の介護のために地方の実家から働きたい」「他社でも力を試してみたい」。挑戦する機会を公平に与える意思をEに込めた。
働き方や昇格の仕組みを見直し様々な社員の要望に応えられるよう、グループ9社は昨年以降、フルリモート勤務や副業解禁、週休3〜4日制、1日の最低労働時間の撤廃など多様な働き方を各社の事情に合わせて積極的に採用している。
 改革対象は働き方にとどまらない。昨年からグループ全体で管理職昇格試験の見直しにも取り組む。試験は事前準備に時間を要し、育児中の社員などは上司から勧められても受験を避ける事例があった。それが女性管理職登用の遅れにつながっていると考えた。
 パナソニックコネクトは昇格試験を廃止し、ジョブ型雇用に切り替えた。人事総務本部の菊池文香さん(33)は7月にマネジャー(課長)昇格を控える。20年4月に長男を出産、子育てに追われる日々だ。「試験に備える余裕はなく、同年代の昇格を脇から見ていた」。だが制度変更でチャンスが巡ってきた。職務記述書に基づき、課長にふさわしい人材だと昇格が決まった。
 パナソニックHDの盛山光・戦略人事部長は「『E』にはこれまでの自省も込めている」と説明する。01年に「女性かがやき本部」を設置し、女性活躍からダイバーシティ施策は始動した。その後、外国人やシニア、障害者、LGBTなどの性的少数者などに裾野を広げてきた。ただ成果は十分とはいえない。例えば22年の女性管理職比率は5.4%にとどまる。
 20年目を迎えるに当たり施策を改めて議論した。米国でDEIが広がっていると情報を得た。個々の違いに合わせて機会を公平に提供してこそ多様性は実現するという考え方だ。「これまでの施策に足りなかったものをみつけた」(盛山部長)
 個性を尊重する職場風土を醸成するためにアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)研修を全グループ社員を対象に昨年始めた。パナソニックの高木桂子さん(51)は110人いる指導役の一人だ。これまで約300人の社員を指導した。「ほとんどの社員はアンコンシャスバイアスもDEIも聞いたことがない。でも実例を交えて説明すると自分のこととして徐々に理解してもらえる」と手応えを感じている。
 多様な人材が組織にただ存在するだけでは競争力強化につながらない。それぞれが個性を発揮し、刺激し合うことで初めてダイバーシティは効果を発揮する。そんなゴールに向けて、20年を経てもパナソニックグループの試行錯誤は続く。
画一的ルールでは挑戦できない人も
 パナソニックHD楠見雄規グループCEOの話 創業者の松下幸之助は経営理念に「社員稼業」「自主責任経営」を掲げた。社員一人ひとりがより良い方向、より良い視座を考え抜き、挑戦し、高い結果を出していこうという考え方だ。
 これは言葉こそ違うが、今日のダイバーシティ経営に通じる理念だ。原点に立ち戻り、社員一人ひとりが生きる経営を実践していきたい。
 そのカギがDEIだ。なかでも「E=公平性」が会社の競争力にとても大事。画一的なルールを適用すると仕事で挑戦できない社員が出てくる。
 挑戦機会を公平に提供すれば、働く個人は力を発揮できキャリアをつなげる。その積み重ねは会社の強みになる。
ただ「平等」では足りず日立製作所やANAホールディングス、花王、サントリーホールディングスなども専任担当や専門部署を新設するなどしてDEIを人材戦略の柱に据える。
 DEIの「E」はEquality(平等)の頭文字だと誤解する人も多い。公平性との違いを理解するにはイソップ童話「キツネとツル」が助けになる。
 いじわるキツネがツルを食事に招くが、平皿でスープを提供し、くちばしが長いツルは飲めない。返礼にキツネを招いたツルが細長いツボで肉を供し、キツネは鼻先が入らず食べ損なう。
 食器を統一すれば平等ではある。一方、それぞれに適した食器を選べばツルもキツネも公平に食事にありつける。どうすれば多様な人たちが力を存分に出せるか。そこに焦点を当てることこそがDEIのエッセンスだ。

【ヤマト、メール便の配達を日本郵便に移管 薄型荷物も】
 19日の日経速報メールは次のように報じた。
 日本郵政の連結子会社である日本郵便とヤマトホールディングス傘下のヤマト運輸は19日、ヤマトのメール便などの配達を日本郵便に全量委託すると発表した。物流業界で人手不足が深刻化するなか、ヤマトは非中核事業を切り離し、日本郵便は郵便物配達で積載率を高める。
 ヤマトが「クロネコDM便」の名称で展開するメール便と、「ネコポス」の名称で展開する小型薄型荷物が対象。いずれも消費者の自宅のポストに入る大きさの荷物となる。ネコポスはフリーマーケットアプリ「メルカリ」の利用者が多い。
 今後、ヤマトが顧客から預かった荷物を日本郵便の全国に62カ所ある地域区分局まで輸送し、日本郵便が配達する。
 EC化やフリマアプリの浸透で荷物数は中長期で増加が見込まれる一方、24年4月にはトラック運転手に時間外労働の上限規制が適用され、輸送能力の縮小は避けられない。物流停滞が懸念される「2024年問題」を見据え、競争関係を超えた提携に乗り出す。
 2022年度の宅配便の取扱個数はヤマト運輸が23億3971万個で首位、佐川急便が13億5900万個で2位、日本郵便が9億8031万個で3位だった。日本郵便は2021年9月、佐川急便とも小型荷物配送や国際荷物の輸送で提携している。

【習近平国家主席、米国務長官ときょう面会】
 同じ19日の日経速報メール【北京=坂口幸裕】によると、米国務省は19日、ブリンケン国務長官が同日午後に中国の習近平国家主席と面会すると発表した。偶発的な軍事衝突を避けるため意思疎通を維持し、バイデン米大統領が意欲を示す米中首脳会談に道筋を付けられるかどうかが焦点になる。
 習氏が面会を受け入れたことで、中国が米国との対話を重視する姿勢が明確になる。これに先立ち、ブリンケン氏と中国の外交担当トップの王毅(ワン・イー)共産党政治局員は19日に3時間ほど会談した。
 国務省によると、ブリンケン氏は王氏に米中の競争が対立に発展しないよう開かれた意思疎通のルートを通じて両国関係を管理する重要性を強調した。外交手段で懸念も提起していくと伝えた。米側は会談を「率直で生産的な協議」と評価し、協力分野を探る方策も話し合った。
 米国の閣僚訪中は2021年1月に発足したバイデン政権では初めてで、19年を最後に途絶えていた。米国務長官の訪中は18年10月にトランプ前政権のポンペオ氏が訪れて以来、約5年ぶりだった。
 米中関係は米軍が2月に米本土へ飛来した中国の偵察気球を撃墜したのを機に冷え込んだ。22年11月にインドネシアで対面会談したバイデン氏と習氏が合意したブリンケン氏の訪中は直前に延期された。
 米中は台湾や人権など幅広い問題で対立を抱えつつ、偶発的な軍事衝突を避けたい思惑では一致する。最近は対話の再開に向けて軌道修正を探ってきた。5月上旬にサリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)と王氏がオーストリアで会談したのきっかけに動きが本格化した。
 レモンド米商務長官と中国の王文濤商務相も5月下旬に米国で会った。米中央情報局(CIA)のバーンズ長官も5月に極秘で中国を訪問し、中国当局者と会談した。6月5日にはクリテンブリンク米国務次官補(東アジア・太平洋担当)が北京を訪れ、ブリンケン氏の訪中を調整した。
 18日に北京入りしたブリンケン氏は同日、中国の秦剛国務委員兼外相と夕食会を含めおよそ7時間半会談した。米国務省の声明によると、衝突回避へ双方の対話を継続するため秦氏を米首都ワシントンに招き、適切な時期に相互訪問することで合意した。米国の経済閣僚の訪中も検討する。
 18日の秦氏との会談で、ブリンケン氏は米中間の誤解や誤算のリスクを減らすため対話を維持する重要性を強調した。
 台湾問題も話し合った。秦氏は台湾統一について「中国共産党の歴史的使命だ。妥協や譲歩の余地はない」と強調した。台湾問題などを念頭に、中国への内政干渉をやめるよう要求した。

【中国、10カ月ぶり利下げ 景気回復の鈍化で】
 同じ19日の日経速報メール【北京=川手伊織】によると、中国人民銀行(中央銀行)は20日、利下げに踏み切った。事実上の政策金利と位置づける最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)の期間1年、同5年超のいずれも下げた。2022年8月以来、10カ月ぶりの引き下げとなる。不動産市場の低迷など景気の回復ペースが鈍るなか、利下げで需要を刺激する狙いだ。
 優良企業に適用する貸出金利の参考となる期間1年のLPRは年3.55%となった。これまでの年3.65%から0.1%引き下げた。住宅ローン金利の目安となる同5年超の金利は年4.20%と、従来の年4.30%から0.1%低くなった。
 人民銀行の易綱総裁は7日、上海で企業経営者らとの座談会で、金融調節で景気下振れリスクの抑制に力を入れていくと強調した。人民銀行は15日、LPRを計算する基礎となる市中銀行向けの短期金利を引き下げていた。
 中国景気は減速感が出ている。経済の波及効果が大きい不動産は販売が伸びず、新たな開発ニーズもしぼんだままだ。建材の生産も振るわない。需要不足が目立ち、民間企業の固定資産投資は1〜5月の累計で前年同期比減少に転じた。
 この結果、資金需要がさえない。5月の銀行などによる人民元建て新規融資は前年同月比28%減少した。「ゼロコロナ」政策に伴う厳しい移動制限で景気の停滞が続いていた22年11月以来のマイナスだ。
 家計や企業には、新型コロナウイルス禍の先行き不安で染みついた節約志向が根強く残る。中国全体でみた預金と貸し出しの残高差は5月末時点で47兆4000億元(約940兆円)と、過去最大だった3月に次ぐ規模だ。
 物価上昇率も低空飛行が続き、デフレ懸念すらくすぶる。人民銀行は利下げで家計や企業の借り入れ需要を増やし、経済を下支えしたい考えだ。

【中国アリババ、双頭体制へ 張会長兼CEOが9月退任】 
 20日の日経速報メール【上海=土居倫之】によると、中国ネット通販最大手のアリババ集団は20日、張勇(ダニエル・チャン)会長兼最高経営責任者(CEO)が9月10日付で退任すると発表した。後任の会長には蔡崇信(ジョセフ・ツァイ)副会長、CEOには傘下の淘天集団の会長を務める呉泳銘(エディー・ウー)氏がそれぞれ就任する。
 蔡氏と呉氏はどちらも創業メンバーで、経営支配権を実質的に握る「パートナー」を務めている。アリババは成長鈍化に直面しており、双頭体制で再成長を目指す。退任する張氏は重点分野に位置付けるクラウド事業のトップに専念する。
 急成長してきたアリババを取り巻く環境は中国政府のネット企業に対する統制強化と、市場の競争激化で一変した。
2020年秋に傘下の金融会社、アント・グループの上場が当局の圧力で延期に追い込まれ、21年4月には独占禁止法違反で過去最大となる182億2800万元(当時のレートで約3000億円)の制裁金が科された。
 主力の国内ネット通販市場は、京東集団(JDドットコム)や拼多多(ピンドゥオドゥオ)などライバルとの激しい競争にさらされている。
 アリババの23年3月期通期の売上高は前の期比2%増にとどまった。株式時価総額はピークの3分の1以下の水準で低迷する。
アリババは経営を効率化するため今春からグループを6事業に分割する組織再編に乗り出した。5月には生鮮スーパー、物流、クラウドの各事業を新規株式公開(IPO)する方針を公表した。
 今回の人事は構造改革の一環とみられている。13年まで最高財務責任者(CFO)を務めていた蔡氏は資本市場に精通しており、再び成長軌道に乗せる役割を担う。

【解散風にあおられる政治の不毛 財源論から逃げるな】
 22日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・国会期末に吹いた解散風で重要政策が先送りに
・選挙を意識し、負担増の議論から逃げる不毛
・与野党とも腰据えて難題に挑む姿勢取り戻せ
 世界最高峰のエベレスト(中国名チョモランマ)は常に強い西風にさらされているが、春と秋の一時期だけジェット気流がそれて風が弱まり、気候が比較的安定する。この短い期間に各国の登山家が一斉に山頂をめざすのだ。
 こちらは風がおさまったとたんに店じまいである。春から永田町に吹き荒れていた「解散風」は唐突にやみ、通常国会は緩んだ空気のなか、150日間の会期を満了して閉会した。
 衆院解散・総選挙の可能性に敏感になる議員心理は理解できる。しかし、あるかどうかもわからない選挙への影響を恐れるあまり、国民に受けが悪いと思われる政策の先送りに終始する政治は、あまりに不毛だ。
 あっけない幕切れ 幕切れはあっけなかった。解散権を握る岸田文雄首相が15日に今国会での解散見送りを表明。立憲民主党は直後の16日に内閣不信任決議案を提出したものの、与党だけでなく一部野党にも反対されて葬られた。この時点で、5日間の会期を残して与野党攻防は事実上終わった。
 与野党で解散の見立てが取り沙汰されたのは、①来年に自民総裁選を控える首相は、それまでに衆院選に勝って再選を確実にしたいはずだ、②今年末以降は増税などの検討が本格化する可能性があり、主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の余勢をかった解散もありうる――というロジックからだった。
 根拠があるようでないようなものなのだが、サミットの盛り上がりもあって風は勢いを増す。ついには首相が13日の記者会見で「(会期末の)情勢をよく見極めたい」と含みをもたせてダメを押した。
 もともと勝手に強まっていた解散風だ。首相側からすれば「利用しない手はない」ということだったのかもしれない。「選挙間近か」と野党は浮足立ち、政権が重視した防衛費増額のための防衛財源確保法は16日に成立。自民内でも、難航していた衆院小選挙区の候補者調整が進んだ。
 それにしても、である。衆院議員の任期は2025年10月までだ。まだ2年以上もあるなかで解散が取り沙汰され、多くの議員が右往左往するという事態をどう考えればいいのか。
 自民党が結党された1955年以降、衆院議員任期の折り返し前に総選挙となったのは3回だけだ。
最初は大平正芳政権の80年。自民の内紛で、野党提出の不信任案を採決する本会議に非主流派が大量欠席し、不信任が成立してしまった。解散に踏み切った大平氏は選挙中に亡くなり、初の衆参同日選を自民が制した。
 2回目は小泉純一郎政権の2005年だ。小泉氏が執念を燃やした郵政民営化の法案が自民の造反によって参院本会議で否決されると、小泉氏は衆院を解散して信を問い、圧勝する。
 郵政民営化法案が自民の造反で参院で否決されると、小泉首相はためらわず衆院解散に打って出た(2005年8月)
3回目は第2次安倍晋三政権の14年である。消費税増税の先送りを大義名分に、準備不足の野党に奇襲をかける。いわば一石二鳥の解散で、その後の長期政権につながっていく。
「黄金の3年間」だったはずが…
ハプニングか、狙い澄ましてかは別にして、歴代の首相のほとんどは、解散の可能性などおくびにも出さないのがふつうだ。それだけに自ら風をあおるかのような岸田首相の異例さが際立った。
首相は21年10月の就任直後の衆院選を乗り切り、22年7月の参院選も勝利。大型の国政選挙への影響を意識せずに、有権者に負担を強いる難題にも取り組める「黄金の3年間」を手に入れたと言われた。
 一方で、時の首相は解散に有利なタイミングを常に探っているものだ。岸田氏も総裁選から逆算した政局カレンダーを欠かさずアップデートしているだろう。
 ただ、サミットの高揚感は瞬く間に冷め、足元では連立を組む公明党との不協和音や政務秘書官を務めていた首相長男の不祥事、マイナンバーをめぐる相次ぐトラブルなどで、内閣支持率に陰りが生じている。
 「伝家の宝刀」は抜かなかったのか、抜けなかったのか。いずれにしても「黄金の3年間」のうち、すでに1年近くが過ぎてしまった。
 昨年末に方針を打ち出した防衛力の抜本的強化に向けた財源の手当ては、いまだに心もとないままだ。成立した財源確保法で担保したのは一時的な収入にすぎない。肝心の増税の実施時期の決定は、ずるずる先送りされそうな気配である。
 児童手当の拡充などを盛った少子化対策でも「実質的な追加負担が生じないよう歳出改革を徹底する」と増税論を封じてしまった。
 いずれも国の根幹にかかわる大問題であり、時間との競争でもあるはずなのに、選挙を気にして負担増の議論から逃げ続ける。いったい、いつ決めるつもりなのだろうか。
超党派で腰据えた議論を政治が負担増を含めた改革に道筋をつけた事例として挙げられるのが、2012年の社会保障と税の一体改革だ。民主党の野田佳彦政権の当時、民主、自民、公明の3党が消費税率の10%への2段階引き上げを決め、曲折を経て第2次安倍政権で実現する。
 国民負担を伴う大きな政策課題は、超党派で合意を得るのが本来は望ましい。問題はその前提となる政権獲得のリアリティーがいまの野党に欠けていることだろう。
 近い将来に政権交代があり得ると思えば、野党も現実路線を意識せざるをえない。「与野党の共同責任で負担増への道筋をつけておくのは得策だ」という判断も働きうる。
 しかし、「1強多弱」のいま、野党側の候補者擁立は遅れ、選挙協力も進まない。むしろ立憲民主党と日本維新の会の「野党第1党争い」が激しさを増している。
 日本の政界では、この秋にさらに強い解散風が吹き荒れるのだろうか。ヒマラヤのジェット気流とちがって、こちらの風は自然現象ではない。風をあおり、風にあおられる政治と一線を画し、与野党が腰を据えて難題に挑む姿を取り戻してもらいたい。

【人類の生産性、250年で27倍 テクノロジーの光と影 新連載「テクノ新世」予告編】
 23日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 指数関数的な発展を遂げるテクノロジーが世界に衝撃を与えています。高度な言語能力を持つ人工知能(AI)や安価なゲノム編集技術の登場は生命や倫理をめぐる根源的な問いも投げかけています。26日開始の連載企画「テクノ新世」では技術によって変容する社会の最前線に迫り、地球史の新たな時代を展望します。
【「テクノ新世 岐路に立つ人類」記事一覧】
• (1)親切なAIは人を衰退させるか 「人新世」終わらせる技術
• (2)国民の意見、8割が偽投稿 19歳が揺るがした民主主義
• (3)「3人の親」から子ども誕生 技術が変える家族のカタチ
• (4)インド1億人超「アプリ婚活」 人生の選択、AI頼みに?
• (5)「理想郷」装う監視国家 ビッグ・ブラザーが姿現す日
 人類は、テクノロジーとともに歩んできた。昨日は不可能だったことも、明日には可能になる。確かな進歩を続けてきた、二人三脚の道のり。しかし今、テクノロジーの加速は我々を置き去りにしようとしている。ともに歩き続けるのか、振り落とされるのか。それは、人類の選択にかかっている。
動力の自動化からデータ社会の到来まで
人の力から、機械の力へ。輸送と電話、世界が1つにつながる基盤が整った。一部の労働者は「仕事が機械に奪われる」恐れにかられた。 
 飢えの恐怖から解放された人類。豊かさはメディアという新たな娯楽も生む。人々の生活を支えるエネルギーは、悲劇ももたらした。
 人類にとって地球は狭くなった。月へと降り立ち、疫病を根絶し、生命の神秘にすら手を加える。技術は人間を神のごとくに振る舞わせた。
 手の中の小さな機器を通じ、大量の情報が世界に飛び交う。人知をしのぐ機械の知能と、振り回される人類。使われているのは果たしてどちらか。
 「高度に進化したテクノロジーは魔法と見分けがつかない」――。SF作家アーサー・C・クラークの言葉は、技術が人間を超越しようとする今こそ響く。止まらないイノベーションを理解する。その責務が我々にはある。テクノロジーと共に、これからも歩み続けるために。

【海底通信ケーブル増設、日欧新ルート念頭 経済安保強化】
 23日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 政府は2024年度にも、民間と共同で日本の国内外を結ぶ海底ケーブルの増設に乗り出す。日欧間など海外との新ルート開通や、海外からのケーブルと日本の通信網をつなげる国内拠点の新設などを念頭に置く。政府はこうした民間事業を資金面から支援する。災害や地政学リスクに強い分散型の通信網づくりを進め、経済安全保障の強化につなげる。
 海底ケーブルはインターネットや国際電話に欠かせない基幹インフラで、日本は国際通信の99%を海底ケーブルに頼る。海底ケーブルの陸揚げ拠点を分散するなどして、災害や有事にも通信網が混乱しないようにする。
 米調査会社テレジオグラフィーによると、日本と海外とのインターネットのデータ伝送容量は21年は毎秒33テラビット(Tbps)と17年の3倍に増えた。人工知能(AI)などの普及でさらに加速度的に増加する見込みだ。回線需要は10年後は15〜30倍になるとの見方もあり、海底ケーブル通信網を拡充する必要性が指摘されていた。
 政府は24年度にも、資金拠出の枠組みを充実させる。総務省が21年度に創設した500億円のデジタルインフラ整備基金の活用や、海外通信・放送・郵便事業支援機構(JICT)などを通じた出資を検討する。支援対象は複数の事業者でつくるコンソーシアムを想定し、事業費の一定割合を補助する。
 太平洋を横断するケーブルを敷く場合、3億ドル(およそ430億円)程度の資金を要する。支援の総額は数百億円単位にのぼる可能性がある。
 海外との新ルートでは日欧間が有力な対象だ。欧州連合(EU)は北米側の北極海を経由して日本と欧州を結ぶ「ファー・ノース・ファイバー事業」を支援している。全長1万5000キロメートルほどで、丸紅子会社のアルテリア・ネットワークス、フィンランドの国営企業シニア、米通信会社ファー・ノース・デジタルがつくる共同事業体が担う。
 通信は遠いほど時間がかかり、遅延しやすくなる。日欧間は太平洋から大西洋に抜けるルートや、インド洋を通るルートが主流だが、北極海を通れば2〜3割短くなる。ロシアの影響を回避するルートとすれば、安全に高速な通信を実現できる。
 日本とつながる既存のケーブルは太平洋やインド洋を通じ米国やアジアとつながるものが多い。計画ベースでもNTTと三井物産が22年に日米間で通信ケーブルを建設するための新会社設立を発表した。大西洋では米メタが新ルートを予定している。
日本は周辺のネットワークも強化する。政府は海外とつながる海底ケーブルを日本の通信網に接続する「陸揚げ局」を北海道や九州で増設する方針だ。国際ルートから分岐して日本につながる支線も増やす。こうした事業を政府が支援する。
 陸揚げ局の多くは千葉県・房総半島と三重県・志摩半島に集中する。11年の東日本大震災時は、房総半島と志摩半島に陸揚げされている日米間の国際海底ケーブルの大半が損傷し、ネットなど多くのサービスに影響が出た。
 ケーブルの敷設工事は米サブコム、仏アルカテル・サブマリン・ネットワークス、NECの主要3社が市場を寡占している。米グーグルや米メタなどが直接投資する例も増えている。
 海底ケーブルの増強によりネット通信の断絶や経済活動の混乱を招くリスクは下がる。国際的な有事には海底ケーブルが攻撃対象になる恐れがある。
 北大西洋条約機構(NATO)はウクライナ危機に関連し、ロシアが西側諸国の海底ケーブルを標的にすると懸念する。日本が日欧間の新ルートとしてロシア側ではなく北米側の北極海を想定するのもロシアの出方を警戒してのことだ。
 台湾では近年、本島と離島を結ぶ海底ケーブルが切断される事案が続いている。中国の関与が疑われる。22年10月には英国とフランスの海底ケーブルが切られたが犯人は不明だ。
 通信障害は安全保障に直結するだけに防護や複数ルートの確保が重要になる。
海底ケーブル網を充実させることでデータセンターなどの投資を呼び込みやすくする狙いもある。日本には北米とアジア、太平洋地域を結ぶ地理的優位性がある。
 国際的な通信量は増え続けており、世界で毎年20本ほどの海底ケーブルが新設されているとされる。米調査会社テレジオグラフィーによると、太平洋を横断する 日米間に10本近くの海底ケーブルが敷設されている。

【司法試験、2026年からパソコン受験に 筆記から転換 論文主体の国家資格では初】
 同じ24日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 法務省は弁護士や裁判官になるための司法試験について2026年からパソコンによる受験へ切り替える。これまでは筆記試験だった。ペンや紙を使う実務はほぼなくなっており、デジタル社会に見合った方式へ変える。
 試験会場に用意した端末を操作して受験するCBT(Computer Based Testing)方式と呼ぶ方法を想定する。法務省が司法試験に対応したシステムを開発し、インターネットにはつながらない仕組みとなる見通し。
 法科大学院を修了していない人が司法試験の受験資格を得るための予備試験にも適用する。
 法務省によるとCBT方式の導入は論文が主体の国家資格試験で初めてとみられる。「ITパスポート」や「情報セキュリティマネジメント」など一部の短答式の試験では取り入れた例がある。
 米国はニューヨーク州など幅広い州で弁護士試験にCBT方式を採用している。英国でも導入済みで、韓国は24年から論述式の試験をCBT方式に移行する予定だ。
 米カリフォルニア州は20〜21年に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて自宅などで受験可能なオンライン試験も取り入れた。
司法試験は4日間の日程で、マークシートを使って解答する短答式とペンで記述する論文式の2種類がある。論文式で書く量はA4サイズの用紙で最大64枚、文字数に換算するとおよそ4万字となる。22年試験の受験者数は3082人だった。
 大量の文字をペンで書く試験方式が実務と乖離(かいり)しているうえ、採点する事務負担も重いとの指摘がかねて出ていた。
CBT方式の導入に先立ち、25年度からはオンライン出願と受験料のキャッシュレス納付を始める。現在は願書に収入印紙を貼って出している。
 CBT方式は不正や端末障害への懸念から導入してこなかった。社会のデジタル化が進むのにあわせて国家試験のあり方も変えるべきだと判断した。端末の安定性確保や不正防止の方策を26年までに詰める。

【ロシアでワグネル反乱  南部で交戦、モスクワへ北上か】
 同じ24日の日経速報メールは次のように報じた。
  ロシアの民間軍事会社ワグネルが同国内での武装蜂起を宣言した。創設者のエフゲニー・プリゴジン氏は24日、ワグネルの部隊が南西部ロストフ州に入ったと明らかにした。すでにロシア軍と交戦しているもようだ。プーチン大統領は同日の緊急のテレビ演説で「この反乱に参加したものは全員処罰する」と述べた。
【関連記事】
・ウクライナ戦況に影響も ロシア内乱なら継戦能力低下
・G7外相が緊急電話協議 EUは危機対応センター発足
・プーチン氏、ワグネルに投降を要求 国家分裂に危機感
 ウクライナへの侵攻以降、ロシアでは正規軍とワグネルとの対立が表面化していた。ワグネルによる武装蜂起で、ウクライナでの戦況に影響が出る可能性が出てきた。
ロシア連邦保安局(FSB)は23日に「武装蜂起を呼びかけた」として刑事訴追に向けた捜査を始めたと発表していた。タス通信によると、訴追されれば最大20年の懲役刑を受ける可能性があるという。
プリゴジン氏は24日朝、ワグネルの部隊がロストフ州の州都ロストフナドヌーに入ったと表明。州都にあるロシア軍施設などを制圧したとし、ロストフの市街地に武装したワグネルの戦闘員が展開する動画なども投稿した。プリゴジン氏はロシアのショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長への面会を要求している。
 ワグネルはロストフから北上し、南西部のリペツク州に到達した。同州の知事は24日、ワグネルの部隊が州内を移動していると明らかにした。同州とモスクワの距離は約400キロメートルある。
 リペツク州に隣接するボロネジ州では、ロシア軍との衝突が起きたようだ。ロイター通信は同州の高速道路で、ロシア軍のヘリコプターがワグネルの部隊を攻撃したと報じた。米紙ニューヨーク・タイムズは同州でワグネルとロシア軍が戦闘している映像を確認したと伝えた。英BBCの報道によると、ロシア軍事筋の話として、ワグネルがボロネジの全ての軍事施設を制圧したとしている。
英国防省はロストフから北上し「ほぼ間違いなくモスクワに向けて進軍している」と分析した。
 プリゴジン氏はロシア軍にミサイルなどで攻撃され、ワグネルの多数の戦闘員が死亡したと主張していた。抗議の意思を示す「正義の行進」を始めることで「この悪行に対抗する」と話していた。
 これに対し、プーチン氏はテレビ演説で「我々は反逆と裏切りに直面している」とワグネルの対応を批判した。ロシア国防省はワグネルの戦闘員に武装蜂起に参加しないよう呼びかけた。
 モスクワの緊張感は高まりつつある。ソビャーニン市長は24日に対テロ作戦態勢を宣言し、26日を休日にすると表明した。今後はモスクワを含め、ロシア各地での本格的な交戦に発展するとの懸念が広がる。
 主要7カ国(G7)の外相は24日、ワグネルが武装蜂起を宣言したことを受けて緊急の電話協議をし、情勢認識で意見交換した。
ワグネルはウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトでの戦闘で前線に立って戦い、ロシアの進軍につなげてきた。今後、ワグネルが戦線から完全に離脱すれば、ロシアの一定程度の戦力低下は避けられない。

笹川平和財団主任研究員の畔蒜泰助氏
 ロシアの民間軍事会社ワグネル創始者のプリゴジン氏とロシア軍との対立は以前から表面化していた。ワグネルを傘下に収めようとするロシア軍に対し、プリゴジン氏は反発した。今回の行動はプリゴジン氏の軍に対する抵抗といえる。
 対立が大きくなった一番の原因はプーチン大統領にある。ロシア軍がワグネルへの圧力を強めることを事実上認める一方で、プリゴジン氏がショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を激しい言葉で非難しても何も行動をとってこなかった。プリゴジン氏が自身の発言がプーチン氏に容認されていると受け取っても不思議ではない。
 プリゴジン氏の行動が軍への示威行動なのか、プーチン政権そのものに向けたものなのかは不明だ。ただ少なくともプーチン氏は国家や国民への反逆行為だと捉えた。
 ウクライナの軍事作戦を指揮する副司令官で、プリゴジン氏と関係が近いとされるスロビキン氏は「元の場所に戻れ」と呼びかけ、プリゴジン氏から距離を置いた。ロシア軍の幹部の間で対立が起きている雰囲気はない。一方で、末端の兵士の反応は読めない。
 プーチン政権は今回の事態をどう収拾するのかは見通せないが、最悪のシナリオはロシア各地に今回のような蜂起が波及することだ。
(聞き手は川上宗馬)
英国際戦略研究所のナイジェル・ゴールド・デービス上級研究員
 ショイグ国防相がワグネルに国防省との契約を命じ、プーチン大統領がこれを支持した。プリゴジン氏は国防省の傘下に入れば権力を失うため、反乱せざるを得なくなった。彼は大きなリスクを負った。政治勢力として壊滅するか、クレムリン(大統領府)に根本的な変化をもたらすか、オール・オア・ナッシングのような状態だ。
もしプーチン氏が権力の座に居続けるならプリゴジン氏は逮捕され、何年も刑務所に入ることになるだろう。プーチン氏を排除する以外、生き残る道はない。
 クレムリンの望みは、ワグネルのメンバーがプリゴジン氏を拒否し、正規のロシア軍への従属を受け入れる側に立つよう説得することだ。それでもプリゴジン氏が求心力を保てばロシア軍と衝突し、暴力が行使される可能性が高い。
  ロシア軍はワグネルより圧倒的に強く、圧倒的に大きい。治安部隊もいる。ただ、結果は人々の忠誠心がどこにあるか、どちらが団結を維持できるかにかかる。プリゴジ氏はソーシャルメディアの発信に非常に積極的で、支持基盤をつくるために懸命に取り組んできた。
 ウクライナの戦況にまだ実質的な影響はないと思うが、ロシア国内の危機がウクライナに有利に働くのは間違いない。ワグネルの兵がロシア軍から離脱したことで、ウクライナ国内のロシア側の兵力は減っている。ロシア人がロシア人と戦っている状況を目の当たりにすると、ロシア軍に疑念と分裂が生まれ、士気が下がる。
(聞き手はロンドン=江渕智弘)

【産業革新機構、半導体素材大手JSRを1兆円で買収へ】
 25日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・JSRは半導体の重要素材で世界シェア約3割
・政府、半導体を戦略物資と定め供給網強化
・年内にもTOB、JSRは2024年中に非上場に
政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)は半導体材料のJSRを約1兆円で買収する。同社は半導体の重要素材で世界シェアの約3割を握る。政府は半導体を戦略物資と定め、国内で先端品の量産に巨額の支援を始めた。国際競争力が強い素材分野でも成長投資を継続できる環境を整え、素材から製品までの半導体サプライチェーン(供給網)を強くする。
JSRはフォトレジスト(感光材)と呼ばれる素材の世界シェアで首位。東証プライム市場に上場している。海外を含めた競争当局の審査を経て、JICは早ければ年内に同社へのTOB(株式公開買い付け)を実施する。手続きが順調に進めば、2024年中に上場廃止となる見込みだ。
 JICはJSRを買収するための新会社へ5000億円程度を出資し、みずほ銀行が4000億円強を融資する。出資と融資の中間的な優先株や劣後ローンの計1000億円を複数の銀行が引き受ける。JICは昨年、国際競争力の強化を目的に大規模な事業再編に投資するファンドの投資枠を2000億円から9000億円へ広げた。
 JSRの株式時価総額は23日時点で約6700億円。総額で約1兆円にのぼる買収額は、JSRの潜在力や成長性を高く評価しているため。半導体の回路形成に欠かせないフォトレジストは、シリコンウエハーにパターンを焼き付ける際に塗りつける感光性の液状樹脂だ。
 JSRは同素材で約3割の市場シェアを持ち、高性能なフォトレジストの分野ではさらに高いシェアを握っている。21年にはフォトレジストの開発・製造を手掛ける米企業を約450億円で買収した一方、祖業である合成ゴムの事業をENEOSに売却するなど事業の入れ替えを進めてきた。
 半導体の微細化が進むなか、JSRは競争力を高めるために経営資源を半導体事業に集中する必要があると判断したようだ。非上場化で大胆な事業再編をしやすくなる利点があるとみている。
 今回は入札を経ず、JICがJSRと相対交渉する異例の買収となる。関係者によると、経済安全保障の観点からも海外のプライベートエクイティ(PE)ファンドより国内ファンドによる買収提案を優先したという。半導体の国際競争力を強化したい政府も、政府系ファンドのJICによる買収を後押ししてきたようだ。
 JICは株式の非公開化を含めた再編案を募る東芝の入札にも参加したが、日本産業パートナーズ(JIP)に敗れた。
政府は16日に閣議決定した「新しい資本主義」実行計画の改定版で、「先端・産業向け半導体、製造装置、部素材、原料の製造基盤の拡大や人材育成を進める」と明記した。供給網の安定性を高めるため、重要な技術の育成を重点的に支援する考えを示していた。
 経済産業省は国内の半導体製造拠点の整備に2年で2兆円ほどの予算を投じる。世界最大の半導体受託製造会社、台湾積体電路製造(TSMC)やソニーグループが熊本県に先端半導体工場を共同で新設する計画を表明した。次世代半導体の製造を目指すラピダスも北海道に工場の試作ラインを建設し、20年代後半からの量産を目指す。
 JSRは1957年に「日本合成ゴム」として設立された。世界的な天然ゴム不足に対応し、国策として政府が当初4割の株を保有した。69年に民間会社になり事業多角化を始め、70年代後半に半導体のフォトレジストを事業化した。祖業の合成ゴム事業は2021年に売却を決め、半導体と医療領域へと経営資源を振り向ける改革を進めている。23年3月期の連結売上収益は前の期比20%増の4088億円、純利益は58%減の157億円。

【プリゴジン氏を名指ししなかったプーチン氏 ウクライナ戦線へ影響は】
 同じ25日の朝日新聞デジタルニュースは次のように伝えた。
笹川平和財団主任研究員・畔蒜泰助氏
 ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者、プリゴジン氏によるロシア軍への武装蜂起宣言に混乱が広がっています。プーチン政権やウクライナ侵攻に対して、どのような影響が考えられるでしょうか。笹川平和財団主任研究員の畔蒜(あびる)泰助氏(ロシア政治)に聞きました。
•影の存在だったはずのプリゴジン氏、なぜ反乱 背景に国防省との対立
•プーチン氏、反乱の戦闘員に投降要求 モスクワは「対テロ作戦」態勢
 ――プリゴジン氏の狙いは何でしょうか。
 二つ考えられます。一つは対立が深刻化していたロシアのショイグ国防相への反抗です。国防省は最近、ワグネルに対して正規軍の傘下に入るよう圧力を強めていました。これを拒んだプリゴジン氏が、ショイグ氏の頭越しに、プーチン大統領に訴えかけたというシナリオです。この場合、皇道派の陸軍青年将校が天皇親政を求めて政府中枢を襲撃した2・26事件を彷彿(ほうふつ)とさせます。

【ワグネル、武装蜂起を停止 プリゴジン氏はベラルーシへ】
 同じ25日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 ベラルーシ大統領府は24日、同国のルカシェンコ大統領が民間軍事会社ワグネル創業者のエフゲニー・プリゴジン氏と協議し、ワグネル戦闘員によるロシア国内での武装蜂起の停止で合意したと発表した。ロシア通信は同日、ロシアのペスコフ大統領報道官がプリゴジン氏の刑事事件は取り下げられ、プリゴジン氏はベラルーシに出国すると述べたと報じた。
【関連記事】
・岐路に立つロシア、和平か混迷か ワグネル反乱
・ワグネル、ロシア南西部から撤収開始か 欧米メディア
 ベラルーシ国営ベルタ通信によると、協議では両者がロシア国内で流血の事態に至ることを避けることで合意した。ルカシェンコ氏がロシア国内でのワグネル武装勢力の移動停止と、緊張緩和のためのさらなる措置を提案し、プリゴジン氏が受け入れたという。ワグネル戦闘員の安全保証などが議論されたもようだ。
 プリゴジン氏も通信アプリのテレグラムで「我々はモスクワまで約200キロメートルまで来た。この間、我々戦闘員の一滴の血も流さなかった」「我々は隊列を反転し、計画に従い、駐屯地へと戻っていく」と投稿。
 ベルタ通信などによると、両者の協議に先立ってロシアのプーチン大統領はルカシェンコ氏と協議し、ワグネルの武装蜂起への対応について議論した。両首脳は共同で問題解決にあたることで合意したという。
 24日にロシア南西部のロストフ州を出発したワグネルの部隊は幹線道路を北上してボロネジ州などを通過し、首都南方まで迫っていた。
 プリゴジン氏は24日、ワグネルの戦闘員がウクライナ国境近くのロストフ州に入ったと通信アプリに投稿した。ロシア連邦保安局(FSB)は武装蜂起を呼びかけた疑いでプリゴジン氏の刑事訴追に向けた捜査を進めていた。
プリゴジン氏はワグネルの多数の戦闘員がロシア軍にミサイルなどで攻撃されて死亡したと主張、ロシアのショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長への面会を要求していた。「抵抗するものはただちに抹殺する」などとも述べ、モスクワに進軍する意向を示していた。
 ウクライナへの侵攻については、プリゴジン氏は、ショイグ氏ら軍上層部がプーチン氏をだまし、自らの利権のために始めたとも主張していた。
 プーチン大統領は24日午前の緊急のテレビ演説でワグネルの武装蜂起について「内部の裏切りも含め、あらゆる脅威から国民と国を守る」と反乱を非難した。ロシア軍への軍事行為は「裏切り者だ」と強調し「犯罪行為への参加を止めるという唯一の正しい選択」をするよう求め、投降を呼びかけた。
 首都モスクワではワグネルの進軍への警戒が一段と高まっていた。ソビャーニン市長は24日「対テロ作戦が宣言された」と通信アプリに投稿した。防衛産業など一部を除いて26日を休日とすることを決め、市内の移動を極力控えるよう市民に求めた。

【米国務長官「ロシア国内に深刻な亀裂」 ワグネル反乱】
 26日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 ブリンケン米国務長官は25日、ロシアの民間軍事会社ワグネルによる反乱について「(ロシア内部に)深刻な亀裂が生じている」と述べた。バイデン米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領は電話協議でウクライナへの支援継続を確認した。一方、ロシアのプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領も25日に電話協議した。
 ロシア軍首脳と対立してきたワグネル創設者エフゲニー・プリゴジン氏は23日深夜に武装蜂起を宣言したものの、反乱は1日で収束した。
 プーチン氏とルカシェンコ氏の電話協議は2日連続で、プリゴジン氏の処遇を話し合った可能性がある。プリゴジン氏は24日夜に進軍停止を表明して以降、動静が伝えられていない。同氏の報道担当者は25日、ロシアメディアに同氏と連絡が取れていないと明らかにした。
 ウクライナメディア「ウクラインスカ・プラウダ」は25日、プリゴジン氏が撤退に際して、ロシア当局からショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長の解任を約束された可能性があったと報じた。ウクライナ情報当局筋の話として伝えた。
 ブリンケン氏は米ABCテレビのインタビューで反乱の動きを「プーチンの権威への直接的な挑戦だ」と強調。「ロシアがウクライナ侵攻を遂行するのは難しくなるかもしれない」と話した。
 ロシアがウクライナ問題に集中できなくなれば「ウクライナにとって戦場での後押しになり得る」との見方を示した。
 米メディアによると、米国の情報機関がワグネルによる武装蜂起の画策を事前に把握していた。強硬派のワグネルがロシア軍を掌握すれば、ロシアがウクライナで核兵器を使用するリスクが高まりかねないと警戒を強めていた。
 ブリンケン氏は「これはロシアの内部問題だ。数カ月にわたり緊張が高まり、今回の事態につながった。この先どうなるかわからない」と説いた。
 ウクライナ侵攻について「あらゆる面でプーチンにとって壊滅的で戦略的な失敗だった」と断定した。「プーチンが成し遂げようとしたことはすべて逆の結果となっている。ロシアは経済的、軍事的に弱体化し、世界における地位は急落した」と明言した。
 ブリンケン氏は25日の米CNNテレビで「ロシアのような大国が不安定な兆しを見せるのは懸念すべきことだ」と説明した。現時点で「核兵器に関してロシアの態勢に変化は見られない。非常に注意深く見ている」と唱えた。
ウクライナによる反転攻勢に関し「数週間、数カ月かけて展開することになるだろう。ウクライナは成功に必要なものを手にしている」と言及した。
 米ホワイトハウスは25日、バイデン氏とゼレンスキー氏が電話協議したと発表した。ワグネルの武装蜂起と、 その停止を巡る情勢について話し合った。ウクライナへの支援継続も確認した。
 両首脳はウクライナのロシアに対する反転攻勢の進捗についても話し合った。バイデン氏は安全保障や経済、人道面での支援を続けると表明した。バイデン氏は24日に英独仏の首脳と電話協議し、ウクライナの自国防衛に必要な支援の継続を確認していた。(ワシントン=坂口幸裕、ニューヨーク=大島有美子)

【プリゴジン氏「大丈夫だ。さようなら」 ロシア人記者が見た去り際】
 27日の朝日新聞デジタルニュースは次のように伝えた。
 24日にかけてあったロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者プリゴジン氏による反乱は約24時間で収束した。だが、ワグネル戦闘員に中心部を占拠されたロシア南部の100万人都市ロストフナドヌーは混乱に包まれた。その一部始終を目撃したロシア人記者が一夜明けた25日、朝日新聞のオンライン取材に応じた。記者が目にしたのは、故郷の街角で武器を構えて並ぶ戦闘員に向けて、住民たちが拍手を送る異様な姿だった。
• プリゴジン氏いまどこに 身の安全脅かされ「死が迫っている」指摘も
• プリゴジン氏の反乱、24時間で収束 住民がワグネルたたえる動画も
 取材に応じたのはロシアの最有力ネットメディアの一つ「Lenta.ru」の記者で、ロストフナドヌー出身のイロナ・パレイさん(24)。昨年秋まで地元紙記者として働き、その後モスクワに移ってLenta.ruで働くようになった。普段は事件記者として活躍している。
 23日は休みをとって、モスクワから丸一日かけて列車で帰郷した。列車がロストフに近づいた午後9時ごろ、プリゴジン氏が反乱を宣言したというネット記事を読み、「深刻なことが起きている」と気づいた。
 午後11時ごろ、自分の目で何が起きているのかを確認したいと、実家から車で中心部に向かった。
 日付が変わった24日午前0時。中心部に位置し、後にワグネルに占拠されることになるロシア軍の重要拠点、南部軍管区司令部の近くにたどり着いた。
 金曜日の夜ということもあり、街は多くの人たちでにぎわっていた。「私も、そしておそらく多くの人々も、まさかこの街にワグネルが現れるとは思っていませんでした」
 帰宅して4時間ほど寝たパレイさんの電話が鳴ったのが午前8時だった。編集部の同僚から、プリゴジン氏がSNSに動画を投稿し、司令部を占拠したと宣言したと聞かされた。
 「状況は深刻だ。ネットでは情報が錯綜(さくそう)している。何が起きているのか、自分で見てきてほしい」
 パレイさんはうなずき、1時間後に車で出発。実家の犬も朝の散歩のついでに連れていった。

【大学10兆円ファンド認定候補、東大・京大・東北大に絞る】
 27日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」の支援対象の審査を担う文部科学省の有識者会議が、認定校の候補を東京大、京都大、東北大の3校に事実上絞ったことが26日、複数の関係者への取材で分かった。現地視察を実施したうえで、最初の認定校を2023年秋ごろに決める。
 永岡桂子文科相は27日の閣議後の記者会見で「大学との丁寧な対話を踏まえて10大学を審査した。今後、研究現場の状況把握のために現地視察をする」と説明。近く視察の対象校を公表する考えを示した。
 大学ファンドは公募で選んだ数校を「国際卓越研究大学」と認定し、株式や債券の運用益で助成する。運用益の目標は年3000億円。運用益で研究基盤を強化し、国際競争力を高める。審査は国内外の有識者10人の組織が担う。
 公募期限の3月末までに申請したのは国立が東京科学大(東京工業大と東京医科歯科大が24年度中をめどに統合)、名古屋大、京大、東大、筑波大、九州大、東北大、大阪大の8校、私立は早稲田大と東京理科大の2校だった。
 複数の関係者によると、これまでの書面や聞き取りの審査の結果を踏まえ、東大、京大、東北大の3校を現地視察の対象に選んだ。7月にも現地視察を実施する。
 各大学は認定に向けて研究力強化や組織改革の計画を立てた。
 東大は今後10年間で組織改革を進め、脱炭素やバイオの研究成果につなげる。東北大は次世代放射光施設「ナノテラス」を拠点に半導体や量子、材料科学に力を入れる。京大は「自律的なガバナンスを確立し、外部資金の獲得を強化する」と説明していた。

【画像生成AIが持つ2つの顔 フェイクも「民主化」 テクノ新世 岐路に立つ人類】
 27日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 何が本当で、何がウソか。インターネットやSNS(交流サイト)の登場で見極めが難しくなった事実と虚構の境界が、ますます不鮮明になっている。背景にあるのが文章や画像を生成する人工知能(AI)の急速な進化だ。
 米国防総省付近で爆発が起きた――。5月、SNSでデマが拡散し、米国の株価が一時的に下落する事態が発生した。AIで作成したとみられる爆発の画像によって信ぴょう性が増し、短時間とはいえ「真実」と受け止められて混乱につながった。
 騒動はこの1件に限らない。3月には若者風のファッションに身を包むローマ教皇や、警官に囲まれて拘束されるトランプ前米大統領の偽画像が出回った。6月に入り、ロシアの一部地域でプーチン大統領が演説する偽の動画が放映されたと報じられた。

【ロシア凍結資産「ウクライナ復興に活用」 欧州委員長】
 同じ27日の日経速報メール【ロンドン=赤川省吾、ブリュッセル=辻隆史】によれば、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は27日までに、日本経済新聞の書面取材に答えた。ウクライナ支援に強い意欲を示し、EU各国が凍結中のロシア資産を復興費用に活用する考えを表明した。
• 【関連記事】日本との関係「格上げを」 欧州委員長、極東安保に意欲
東アジア情勢を巡っては中国による台湾への武力行使をけん制し、安全保障分野で日本と協力を深める考えを明らかにした。
ウクライナはロシアの侵略で甚大な被害を受けている。フォンデアライエン氏は「ロシアによる破壊のコスト」という表現でロシアを強く非難し「(損失は)侵略戦争が終わるまで増え続ける」との認識を示した。
EUが500億ユーロ(7兆8000億円)の支援を表明したことにも触れ、主要7カ国(G7)などが官民ともに復興に関与すべきだの考えを強調した。
 「私はロシアがウクライナで引き起こした大規模な破壊の代償を払うべきだと確信している」と力説し、復興費の一部はロシアが肩代わりすべきだと断言した。
 EUはロシア中央銀行が国外に保有していた外貨準備だけで約2000億ユーロを凍結したとされる。このロシア資産から生じる利子を復興に充てる案がある。
 加盟国で賛否が割れているものの、フォンデアライエン氏は固い決意をみせた。「ロシアの公的資産をウクライナ復興に活用できるようにするには、強力な法的手段が必要だ」と述べ「近く(具体案を)提示する」と言明した。実現すれば一歩踏み込んだ形でのウクライナ支援となる。
 ウクライナにはロシア資産を全て没収し、引き渡すよう求める声がある。「没収案は議論するのか」との質問にフォンデアライエン氏は明確に答えず、含みを残した。法的なハードルは高いが、将来の検討課題になる可能性がある。
 民間軍事会社ワグネルの反乱などでロシアの国内情勢は不安定になっている。フォンデアライエン氏はロシアの政治状況についての質問にコメントしなかったが、29日に開幕するEU首脳会議では凍結資産の扱いを含めてロシアへの対応が議題になる見通しだ。
 強権国家と民主主義陣営の溝が深まるなか、欧州では中国の軍事台頭への懸念が強まる。フォンデアライエン氏は台湾に対して武力を使わないよう、習近平(シー・ジンピン)国家主席に直接伝えたと明かした。
 「我々は武力による一方的な現状変更に反対する」と述べ、4月に訪中した際に「そうした点について首脳会談で指摘した」と説明した。
 東アジアの安定に向け、日本とは「安全保障分野での協力を格上げしたい」と意欲をみせた。閣僚を含む新しい定期協議の枠組みを検討する。東アジアでの欧州艦船と日本の自衛隊との合同訓練などの案も浮かぶ。

【「プリゴジン氏、ベラルーシ到着」 ルカシェンコ大統領】
 同じ27日の日経速報メールは次のように報じた。
 ベラルーシのルカシェンコ大統領は27日、民間軍事会社ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏がベラルーシに到着したと表明した。ベラルーシ国営ベルタ通信が伝えた。空路で入国したとみられている。
 ルカシェンコ氏は今後入国が予定されるワグネルの戦闘員らが駐留する場所について、放棄された基地を提供する用意があるとも述べた。ベラルーシとして可能な限りの援助をする考えを示した。
 ルカシェンコ氏はプリゴジン氏と20年来の知人という。ロシアのプーチン大統領の意を受けて仲介役となり、プリゴジン氏と24日に協議して武装蜂起の停止で合意した。23日夜に発生した反乱は1日で収束した。
ロシアのペスコフ大統領報道官は24日夜に「プリゴジン氏の刑事事件は取り下げられ、ベラルーシに出国する」と記者団に説明していた。
 プーチン氏は26日のテレビ演説で、ワグネルの戦闘員らはロシア国防省と契約を結べるほか「希望者はベラルーシに行くこともできる。私の約束は守られる」と述べた。
 プリゴジン氏は24日にロシア南部ロストフ州を離れてから所在が不明となっていた。ロシア連邦保安局(FSB)は27日、ワグネルに対する捜査を打ち切ったと発表した。

【プーチン大統領、「ワグネル反乱」後始末に苦慮】
 同じ27日の日経速報メール 【ウィーン=田中孝幸】によると、ロシアのプーチン大統領が民間軍事会社ワグネルの反乱の後始末に苦慮している。26日にワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏がメッセージを出すと、すぐにプーチン氏も演説して健在を誇示した。反乱がもたらしたロシア軍兵員への悪影響は深刻で、一連の説明には苦しさもにじむ。
 「我々の社会の団結は、いかなる脅迫や国内混乱をあおる試みも失敗する運命にあることを示した」。プーチン氏は26日夜に公表した6分間の演説で、反乱を素早く鎮圧できたと主張し、政権が揺らいでいないとアピールした。
 プリゴジン氏は同日夕に11分間の音声メッセージを公表し、反乱について「(軍上層部などウクライナ侵攻で)数々の失敗を犯した人々を裁くためだった」と正当化する自説を展開した。
 直後のタイミングでのプーチン氏の演説には、プリゴジン氏の主張だけが拡散される事態を防ぐ狙いも透ける。プーチン氏は演説後、ショイグ国防相や複数の治安機関のトップを集めた会議を開き、情勢を掌握していることを演出した。プーチン氏は27日にも反乱の対応にあたった治安機関員たちに演説し、労をねぎらった。
 ロシア国営メディアはプリゴジン氏の音声メッセージを一切報じなかった。これまでも同氏については反乱を起こしたが失敗したとの報道にとどめている。
 「反乱は西側の陰謀」とのイメージづくりにも余念がない。プーチン氏は演説で、反乱の指導者は「国の分裂と弱体化という犯罪に関与し、国は巨大な外部の脅威と国内からの前例のない圧力に直面している」と強調した。プリゴジン氏らはロシアの内戦を望む西側の術中にはまったとの認識を示した。
 政権を支持する高齢層には国営テレビに信頼を寄せる市民が多いとされる。政権側にはウクライナ侵攻の目的とした「西側との戦い」の文脈に今回の反乱を位置づけ、支持層の離反を防ごうとする思惑もあるようだ。
 とはいえ、ウクライナ東部の激戦地バフムトを奪取した「英雄」としてプーチン氏が5月に称賛したワグネルを一転して「裏切り者」と扱うのは苦しさが否めない。
 プーチン氏は「ワグネル(戦闘員)の大半は愛国者だ」と言及した。「最後の一線で立ち止まった」とも述べ、流血の事態を回避した戦闘員たちへの謝意も表明した。反乱者を厳しく処罰すると語った24日の演説から態度を軟化させた。
 ロシア通信によると、連邦保安局は27日、ワグネルに対する捜査を打ち切ったと発表した。ロシア国防省は同日、ワグネルが保有する大型軍事機材を同省に移管する準備を進めていると発表した。
 プーチン氏は戦闘員には国防省との契約やベラルーシへの移動といった選択肢を認める意向を示した。反乱の首謀者であるプリゴジン氏と他の戦闘員への対応を分けることで従来の立場との整合性を保ち、事態の沈静化を図ろうとしている。
 ベラルーシの国営メディアによると、ルカシェンコ大統領は同日「(ワグネルの)司令官たちが我々のところに来て助けてくれたら、かけがえのないことだ」と述べ、受け入れに前向きな考えを示した。
 情報統制下でも様々な手段でプリゴジン氏の主張に触れてきた若年層や軍の兵員に今回の反乱がもたらした影響は大きい。軍上層部の腐敗を指弾し、政権が掲げるウクライナ侵攻の大義名分を否定した同氏の主張に共感する市民や兵員は少なくないとみられ、士気の低下は避けられない。
 プーチン氏はワグネルに撃墜され死亡したロシア空軍機のパイロットに哀悼の意を表明したが、反乱を不問に付したことへの軍内の不満は残る。待遇面で劣る正規軍にあえて合流するワグネルの戦闘員はごく少数とみられ、戦力の低下が指摘される。
 オーストリアのウォルター・フェイシティンガー戦略分析センター長は「侵攻の意義をプリゴジン氏が否定したことで、戦うことへの疑念が兵士に広がる可能性がある」と分析する。2万人規模とされ、主に特殊作戦に従事していたワグネルの戦線離脱で「ロシア軍の戦闘力に影響が出る」とも指摘する。

【プリゴジン氏の汚職問題調査へ プーチン大統領が明言】
 28日の日経速報メールは次のように報じた。 
 ロシアのプーチン大統領は27日、23~24日に武装蜂起した民間軍事会社ワグネルを率いたエフゲニー・プリゴジン氏の企業グループによる軍への食料提供ビジネスで、国家が年間800億ルーブル(約1350億円)を支払っていたと明らかにした。その上で「これらすべてを調査していく」と言明した。
 プーチン氏はモスクワで開いた軍人との会合で、プリゴジン氏の企業グループ「コンコルド」との取引問題を提起した。コンコルドはレストランやケータリングサービス、クリーニング、建設など様々な事業を展開している。その一つである軍への食料提供について「誰も何も盗んでいないことを期待する」と発言した。
 ワグネルもコンコルド傘下の会社だ。ウクライナ軍事侵攻に参加していたワグネルについて、プーチン氏は27日、国家が2022年5月からの1年間に862億ルーブル以上を支払ったと明らかにした。この資金は戦闘員の給与や成功報酬に充てられ、さらに保険金として1100億ルーブルも支払ったと説明した。
 ワグネルが武装蜂起した原因の一つは、ショイグ国防相が6月末までに雇い兵と直接契約を結ぶよう命じたことにある。ワグネルも対象とし、プーチン氏も支持した。これに対してワグネル側は契約を拒否した。
 ワグネルの戦闘員が国防省と直接契約すれば、プリゴジン氏は様々な利権を失う可能性があった。同氏は23日、通信アプリのテレグラムで、ショイグ国防相ら軍幹部を念頭に「ワグネルを解散させたい人がいる」と激しく批判した。
 コンコルドやワグネルの資金はプリゴジン氏が自ら管理し、同氏しか資金の流れを把握していないとされる。ワグネルは国家の資金だけでなく、シリアでの軍事行動やアフリカ諸国での政権の警護サービスなどで多額の資金や天然資源開発の利権を得ていたと伝えられている。
 プーチン氏はコンコルドの汚職問題を取り上げることで、「裏切り者」と批判したプリゴジン氏に対する国民の共感や評価を低下させる狙いがありそうだ。同氏は軍幹部の汚職や利権を「悪」と呼んで武装蜂起を正当化してきた経緯がある。

【ヤマダデンキで三菱自動車のEV販売 店頭で値引きも】
 同じ28日の日経速報メールは次のように報じた。
 ヤマダホールディングス(HD)は7月から三菱自動車の電気自動車(EV)を販売する。法人向けから入り、将来は個人向けにも広げる。修理や車検もヤマダが請け負う。家電同様に店頭で一定の値引きもする方針だ。EVを「新しい家電」と位置づけ、太陽光発電と住宅を組み合わせた売り方も取り入れる。異業種参入で国内EV普及に弾みがつく可能性がある。
 世界で普及が進むEVを巡っては米テスラがネット販売に注力するなど、顧客を獲得する新たな販売手法が生まれている。蓄電池として機能するEVは、太陽光発電と親和性が高い。自動車にとどまらない価値があるEVの取り込みに向けて異業種も参入する。 自動車メーカーの販売網を中心とした車流通が転機を迎えている。
 三菱自系列の販売店とヤマダが登録販売店契約を結ぶ。軽EV「eKクロスEV」と商用タイプの軽EV「ミニキャブ・ミーブ」を販売する。
 ヤマダは全国に約1000店の直営店を展開するが、まずは首都圏の家電店「ヤマダデンキ」の5店舗で販売する。取扱店舗は2023年秋までに11店舗に広げ、順次拡大する。
 購入者にはヤマダで扱うカーナビやドライブレコーダーなどを無料提供したり、独自の保証サービスを付けたりすることを検討している。EV購入にかかる費用を従来のメーカー系列の販売店より抑える方向だ。
 値付け「通常の家電製品と同様に」
ヤマダは値付けについて「通常の家電製品と同様に考えていく」(幹部)としている。メーカー側からのリベート(販売奨励金)や他の商品との利益の見合いなどを考慮に入れて値引きする。ヤマダで使えるポイントは付与せず利用もできないようにする見通しだ。
 法人向けには車両価格に保守や点検費用などを含んだ「メンテナンスリース」の形式で販売する。個人向けにはリースのほか、通常の売り切り型も検討する。
 EV販売におけるヤマダと三菱自の協業は今回で2度目となる。10年12月に個人向けの「アイ・ミーブ」販売で連携したが当時はEV市場が立ち上がっていなかった。家電店でEVを買うことへの消費者の抵抗感が強く販売が振るわず、協業は3年弱で打ち止めとなった。
 ヤマダが販売を始める三菱自動車の軽商用EV「ミニキャブ・ミーブ」
ヤマダの従業員が法人向け営業や店頭での販売を担う。EVだけでなく、充電設備もセットで提案し、ワンストップで顧客企業がEVを導入できるようにする。販売する車両はヤマダの店舗の駐車場で展示する。自治体や企業などへの日常の営業活動には三菱自のEVを使って宣伝する。

日本で軽EVがヒット、普及の兆し
 日産と三菱自が共同開発して22年6月に発売した初の軽EV「サクラ」は地方の「2台目需要」を取り込み、23年3月までの累計で4万台規模を販売した。三菱自の5月の国内販売に占めるEV比率は8%に達した。
 脱炭素の流れでヤマト運輸や佐川急便など物流大手も配送車にEVを導入し始めた。消費者と企業の双方でEVが普及する兆しがみえ、ヤマダはEV販売に再参入する環境が整ったと判断した。
 市場環境が整うなか、約10年ぶりの再挑戦に向けて協業体制も改善する。販売後の修理や点検、車検などのアフターサービスを前回の提携では三菱自が請け負っていたが、今回は原則、ヤマダが提携する整備工場が手掛ける。
 販売代行にとどまらず、保守・メンテナンスまで踏み込み、ヤマダグループ内でサービスを完結できるようにする。
 EVの新車販売市場は現状、メーカー系販売店が大半を占める。ヤマダの取り組みは車流通に風穴を開ける可能性がある。

三菱自、オール電化求める顧客にリーチ
 三菱自は国内に約550店を展開する。22年の新車販売台数は21年比17%増の9万554台だった。リコール問題があり、ピーク時の1995年の45万台からは激減している。
 三菱自はヤマダを系列販売店傘下の業販店の一つとして扱う。ヤマダは太陽光発電設備を販売し、電化住宅の顧客基盤を抱える。太陽光発電した電気を使ったり、蓄電したりすることができるEVは電化住宅と相性がよい。ヤマダの店頭を通じ、これまで販売店で獲得が難しかった顧客層にEVの販売を広げたい考え。
 ヤマダはEVを「新しい家電」と位置付ける。家電をはじめ、住宅や家具など消費者のライフスタイル全般にかかわる商品を一括で販売する戦略を掲げ専門店の展開も始めた。店舗にはEV充電器も設置する。

ヤマダ、「スマートハウス」拡販も視野
 将来は住宅や太陽光発電システムなどと組み合わせてEVから電力を供給し家電をネットでつなぐ「スマートハウス」の拡販にもつなげる。メーカー系販売店とは一線を画した売り方でEV需要を掘り起こす。
 世界的な脱炭素の流れを追い風に、EVの普及は一気に加速した。国際エネルギー機関(IEA)によると、23年の世界のEV販売台数は前年比35%増の1400万台になり、世界の自動車販売に占めるEVの割合は約18%になる見通しだ。
 調査会社マークラインズによると、新車販売に占めるEV販売比率は中国(35%)やドイツ(23%)に比べ、日本は3%と主要国に比べて普及が遅れている。業界の垣根を越えた10年越しの再挑戦で車流通の変化にまで影響が波及すれば、国内のEV普及を大きく後押ししそうだ。

【大規模洋上風力、伊藤忠や東京ガス応札へ 事業費1兆円】
 29日の日経速報メールは次のように報じた。
 政府が公募する大規模な洋上風力の第2弾の入札に、伊藤忠商事や東京ガスなどが応札を検討していることが分かった。対象は、長崎・新潟・秋田の4海域で、総出力は原子力発電2基分の約180万キロワットに上る。20社前後が応札に参加する見通しで、脱炭素の本命の洋上風力を巡る競争が激しくなってきた。
 2回目の入札対象は秋田県八峰町と能代市沖、秋田県男鹿市と潟上市及び秋田市沖、新潟県村上市と胎内市沖、長崎県西海市江島沖の4海域。いずれも着床式で、総事業費は非公表だが推計で国内最大規模の1兆円に上る見通し。国は30日に入札を締め切り、2023年度中に結果を公表する。
 企業が複数の海域で連合を組んで環境影響評価(環境アセスメント)を実施している。その公開情報を基に日本経済新聞が取材したところ、伊藤忠と東ガスのほか、東京電力ホールディングス(HD)、ENEOSHD、三井物産の計5社が応札を検討していることが分かった。
 政府が公表した「公募占用指針」で公募参加情報の意図的な開示が禁じられている。各社とも「応札についてはコメントできない」としている。
 最も応札が多いとみられるのが、新潟県村上市及び胎内市沖の海域だ。出力が4海域で最も大きい70万キロワットに上る。有望な海域にや英電力大手SSEの子会社など8陣営が環境アセスを行っている。
 東京ガスは秋田県男鹿市と潟上市及び秋田市沖の海域で応札を検討している。東電HDの再生可能エネルギー子会社は秋田県の2海域で応札を検討している。伊藤忠は国内火力最大手のJERAなどと連合を組み、2海域で応札する見通しだ。
 政府は30年までに洋上風力で原発10基分の1000万キロワットを導入する目標を掲げている。公募による大規模開発は再生エネの主力電源化に向けた重要な取り組みだ。
 1回目は21年12月に3海域すべてで三菱商事の企業連合が選ばれた。1キロワット時当たり11.99〜16.49円と次点より5円前後も安い計画を示し、価格面での優位で総取りした。
 国は供給網が1社独占すると洋上風力の産業が発展しない恐れがあるなどとし、2回目からルールを変更した。複数海域で公募する際は100万キロワットを落札上限にした。落札できるチャンスは広がっているが、2回目も価格が重要な判断要素になる。
 国は落札価格の上限を長崎県沖以外は1キロワット時当たり19円と第1弾よりも10円安くした。先行する欧州では1キロワット時10円をきる落札価格が相次いでおり、今後は日本でも10円前後が水準になっていく可能性がある。
 ただ、洋上風力は資源や物価高で採算が悪化している。欧州では収益の悪化から計画の延期などを検討する企業が相次ぐ。ノルウェーのエクイノールは5月、コスト上昇を理由にノルウェー沖で計画していた大型洋上風力発電所の建設を無期限で延期すると発表した。
 調査会社の英ウエストウッド・グローバル・エナジー・グループによると、同社が洋上風力事業者などに対して行った調査に対し、4分の3の企業が「コスト上昇によりプロジェクトの実現可能性を再検討し始めた」と回答した。
 三井物産は2海域で検討していたが、採算が厳しいことから秋田県の海域については応札せず、新潟県の海域だけ応札する見通し。為替リスクなど長期的にコストを抑えていくためには、部品の国内調達網の構築を急ぐ必要がある。

【22年度決算剰余金は2.6兆円 最大半分を防衛費に】
 29日の日経速報メールは次のように報じた。
 2022年度の税収は71.1兆円規模で一般会計の決算剰余金は2.6兆円規模となったことがわかった。政府は22年度以降の剰余金の最大半分を防衛費に使うため、1.3兆円が防衛財源に回る可能性がある。
22年度の決算は財務省が7月上旬に発表する。決算剰余金は予算措置したものの使い切れず、翌年度にも繰り越さなかった余ったお金をさす。
 税収は3年連続で過去最高を更新した。67兆378億円だった21年度から4兆円ほど増えた。物価上昇や円安による輸入品の価格上昇、賃上げなどに伴って消費税収や所得税収が伸びた。
 税収は22年11月に補正予算を編成した際に見積もった68兆3590億円から3兆円ほど上振れした。予算計上したものの使われなかったお金も生じたため、赤字国債の発行額を予定より12兆円程度減らす。それでもなお余ったお金が決算剰余金になる。
 財政法は決算剰余金の半分以上を国債の償還にあてると規定するため、防衛財源にあてられるのは最大半分だ。政府は過去10年の平均から年度あたり1.4兆円の決算剰余金が出るとみて、半分の0.7兆円の5年分として計3.5兆円を23〜27年度の防衛費にあてると見込む。
 22年度は2.6兆円の決算剰余金から最大1.3兆円が防衛財源に回ることになる。目安とする0.7兆円を上回ったことで24年以降としていた所得税や法人税などの増税の先送りを求める声が強まりそうだ。
 決算剰余金は毎年度ぶれが生じる。22年度は多かったとしても23年度以降はわからない。5年で3.5兆円を確保できるかは見通せないため、増税の先送りをただちに判断するのは難しそうだ。決算剰余金以外に税外収入の上積みなども必要になる。

【日本産食品の輸入規制撤廃で調整 EU、福島の魚など】
 30日の日経速報メールは次のように報じた。
 欧州連合(EU)は29日、東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて設けた日本産食品の輸入規制を完全撤廃する方向で最終調整に入った。福島県産の水産物などの輸入に義務付けてきた放射性物質の検査証明を不要にする。
 欧州委員会が29日中にも加盟国の同意を取り付け、今夏をめどに規制を廃止する。現在は福島県の魚や野生のきのこ類、宮城県のタケノコなど10県でそれぞれ規制品目が定められている。その他の都道府県の産品でも規制地域外で生産したことを示す証明書が必要で、輸出の制約となっていた。
 EUは2011年3月に輸入規制を導入した。段階的に緩和を進めてきたが、欧州議会が緩和方針に反対動議を出すなど完全撤廃には時間がかかっていた。
 米国は21年に米食品医薬品局(FDA)が輸入規制の撤廃を決めた。EUが撤廃すれば連動して規制を導入したノルウェーやスイスなども追随を検討する。輸入規制を課す国・地域は12から7に減る見通しで、日本産食品の輸出拡大に追い風となる。
 規制を続ける中国や韓国には福島第1原発の処理水の海洋放出への反対意見があり、食品輸入をめぐる協議にも影響している。日本政府はEUの規制撤廃を好機とし、日本産品の安全性を改めて訴える。

【「理想郷」装う監視国家 ビッグ・ブラザーが姿現す日 テクノ新世 岐路に立つ人類(5)】
 同じ30日の日経速報メールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・中国製機器による「監視」を受け入れるセネガル
・技術は統治を助ける一方、誤れば権力の暴走許す
・誘惑は民主国家にも。チェックの意識欠かせず
 幹線道路沿いに果物やナッツを売る露店が並び、談笑する人々やロバが行き交う。西アフリカにあるセネガルの首都ダカールは、アフリカ大陸でも治安の良い街として知られる。ほのぼのとした風景が続くなか、頻繁に現れるものがある。中国製の監視カメラだ。
 セネガルは約200億円を投じ2019年からデジタルインフラを整え始めた。支えたのは中国政府だ。

「ひったくり減る」
 主要都市に設置したカメラが集めるデータはセネガル政府が中国の華為技術(ファーウェイ)とともに整備したデータセンターで分析する。治安維持や交通の効率化のためと説明するが詳細は明らかにしていない。
 西側諸国ならぎょっとする話だが、地元の人々はあっけらかんとしている。「中国製のカメラで監視? 別にいいよ。ひったくりが減り安心して歩けるようになった。市民も好意的だ」。地元ジャーナリストのバンバ・カッセ氏はこう話す。
 「(支配者の)ビッグ・ブラザーが見ている」。英国の作家ジョージ・オーウェルは1949年に発表したディストピア(反理想郷)小説「一九八四年」で、あらゆる言動を国家が監視する近未来世界を描いた。
 全体主義の恐怖を表した古典とされたが、今やテクノロジーの力を得て現実ははるかに先をゆく。小説で暗黒統治の代名詞として書かれた監視国家は、安全で安心な「理想郷」の姿を装い現代に出現しつつある。
 問題なのは誰が何のために監視しているかだ。
 米国や日本は通信網からファーウェイ製の機器を除外している。米連邦通信委員会(FCC)のローゼンウォーセル委員長は2022年11月に「通信に絡む安全保障上の脅威から国民を守る」と理由を語った。
 中国に情報が流れる懸念が拭えないことが背景にある。中国メーカーの監視カメラの利用を避ける動きも日米で進む。
 中国が05年以降にデジタルインフラを輸出した国は約40カ国とみられる。中国のデジタル政策を研究する芝浦工業大の持永大 准教授は「自国で育てたシステムを西側よりも速いスピードで輸出している」と話す。
 地球上の人口の4分の1弱にあたる17億人ほどが中国の「目」や「耳」にさらされる可能性がある。

試される法治
 最新技術で監視したいという誘惑は、先進国や民主主義国にも潜む。
 オランダの税務当局は約10年前、政府が持つ個人情報を基に人工知能(AI)で児童手当の不正受給を検知する仕組みを導入した。
 低所得者や移民者らに不正受給のレッテルを貼り、多額の返金を求めたケースが続出。一家離散や自殺者まで出る事態となった。
 「国籍などに基づく人種差別的プロファイリングがされている」。国際人権団体はこう指摘。国民の反発は強まり、21年の内閣総辞職につながった。政府は誤りを認め、少なくとも2万8000人に不正受給のぬれぎぬを着せたと公表した。
シンガポールでは政府が新型コロナウイルス対策の接触確認アプリのデータを殺人事件の捜査に転用していたことが明るみに出た。
 アプリのプライバシーポリシーなどでは当初、感染症対策のみに使うと説明していた。国民が懸念する中で野党の追及をきっかけに発覚。その後、法改正して正式に使えるようにした。
 技術はよりよい技術はよりよい統治を可能にする一方、使途が逸脱すれば権力を暴走させる危険をはらむ。国際社会の求める「法の支配」に基づき、人権に配慮して使われているか。私たちは常に意識する必要がある。

【富士通、サイバー攻撃対策に不備 総務省が行政指導】
 同じ30日の日経速報メールは次のように報じた。
 富士通が2022年12月に公表したインターネット回線サービスへのサイバー攻撃を巡り、総務省は対策に不備があったとして同社に行政指導した。同サービスを利用する複数の企業や政府機関が影響を受けた。同省は再発防止に向けたガバナンス(企業統治)が機能していないと判断した。サイバー攻撃の被害に遭った企業に対する処分は異例だ。

• 【関連記事】複数省庁使用の富士通クラウド、サイバー攻撃被害か
 電気通信事業法に基づく措置で、30日午後に正式発表した。同法は通信事業者に「通信の秘密」を守るよう求めているが、富士通では対策が不十分だった。21年以降、同社はインターネット回線サービスの他にも、クラウドサービスなどで複数回の攻撃を受けたことが明らかになっている。総務省が外部からの攻撃を理由に同法に基づく行政指導に踏み切ったのは初めて。
 富士通は22年12月、法人向けのインターネット回線サービス「フェニックス」で不正な通信を確認したと発表した。その後、利用企業の京セラ、東京海上日動火災保険、積水ハウスなどが電子メールのデータが漏洩した可能性があると発表した。
 富士通は政府向けにも同サービスを提供しており、複数の省庁が被害に遭った。富士通は被害範囲を明かしていない。総務省関係者によると、フェニックスに関連する脆弱性の対応にミスがあったことが攻撃の原因になった。侵入は1年以上続いていたという。
 フェニックスは政府調達のクラウドサービスのセキュリティー要件を定めた制度「ISMAP」の登録クラウドに利用されている。同制度では定期的な安全性のチェックを求めているが、富士通は対応のミスや侵入に気づかなかった。総務省幹部は「富士通のガバナンス不全を放置すれば、再発防止策が十分に進まないと判断した」と説明する。
 政府が利用する富士通のクラウドサービスは21年以降、ほかにも2回攻撃を受けたことが明らかになっている。ISMAP登録サービスで被害が発覚したのは富士通だけだ。被害が相次いだことに加え、同社の責任者が事件の詳細を把握していなかったり、再発防止で設置した委員会の権限が不明確だったりした点を、総務省は問題視した。
 富士通のシステムを巡っては、マイナンバーカードを使ったコンビニ交付サービスで誤交付が相次ぐ。同社はサービスを止めて点検した上で再開したものの、再び誤交付が発覚し、29日に再度システム停止と点検を発表している。

【マンション相続、実勢価格6割に課税 国税庁が24年から】
 同じ30日の日経速報メールは次のように報じた。
 国税庁は30日、相続税の新たな算定ルールを発表した。相続税の課税のもととなるマンションの評価額が「実勢価格」の6割以上に引き上げられる計算で、「マンション節税」を抑止する狙い。2024年1月1日からの適用を目指す。
• 【関連記事】マンション相続税の新評価額、実際に計算してみると?
 マンションの評価額は現在、実勢価格の平均4割程度にとどまり、タワーマンションの高層階などで評価額の低さを利用した節税策が富裕層を中心に広がっていた。1964年の通達に基づく現行ルールを抜本的に見直し、税負担の公平化を図る。国税庁が近く通達改正案をまとめ、パブリックコメント(意見公募)を実施する。
 新たな算定ルールは、築年数や階数などに基づいて「実勢価格」を計算し、相続税額の根拠となる評価額を引き上げる内容。30日までに開かれた国税庁の有識者会議で了承を得た。
 マンション全般が対象となるが、特に影響が大きいとみられるのが総階数20階以上のタワーマンションだ。全国に1400棟以上あり、総戸数は38万戸を超える。
 国税庁が全国のタワーマンションについて2018年のデータを抽出調査したところ、平均して実勢価格と評価額に3.16倍の乖離(かいり)があった。「多くのタワマンで税負担が増える」(相続税に詳しい税理士)との見方もある。
 有識者会議で示された資料を基に試算すると、都内にある築9年の43階建てマンションの23階にある1室(実勢価格約1億1900万円)を子ども1人が相続した場合、相続税額は約508万円と従来の約12万円から500万円近く増えた。
 国税庁が算定ルールを見直すきっかけになったのが22年4月の最高裁判決だ。過度な節税策を否認した国税側の追徴課税を認め、判決理由で「他の納税者との間に看過しがたい不均衡が生じ租税負担の公平に反する」と言及した。
 それを受け、政府も23年度の税制改正大綱で「市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する」と明記。国税庁が23年1月に有識者会議を立ち上げ、算定法の見直しを進めてきた。
 同庁は今後、通達改正と並行して、新ルールの周知を急ぐ。
 マンション節税 相続税は資産価値を「時価」に基づいて評価し、申告して納税する。マンションの評価額は通常、建物は固定資産税評価額、土地は毎年公表される路線価から計算して合算するが、足元の取引動向を反映しにくく実勢価格を下回りやすい傾向がある。その乖離(かいり)を資産評価に使って相続税額を低く抑える手法として、富裕層などに広く使われている。
 特に人気で高価格となる都市部のタワーマンション高層階で評価額との乖離が大きくなり、節税効果が得やすいとされることから「タワマン節税」とも呼ばれる。

【Apple時価総額、終値で3兆ドル突破 世界で初めて】
 同じ30日の日経速報メール【シリコンバレー=中藤玲、ニューヨーク=竹内弘文】によれば、米アップルの時価総額が30日、3兆ドル(約430兆円)を突破した。大台超えは2022年1月以来の1年半ぶりで、終値ベースでも初めて3兆ドル台を維持した。製品・サービスの成長によるアップル経済圏の拡大期待が企業価値の向上につながっている。
「iPhone15」期待、株価半年で5割高
 高機能なiPhoneの販売に期待が高まっている(米カリフォルニア州クパチーノ)
アップル株は30日に前日比2%高の193.97ドルで引け、終値ベースの時価総額は約3兆510億ドルとなった。22年1月にも取引時間中に一時、世界の上場企業で初めて3兆ドルを突破したが、すぐに利益確定に押されて終値ベースの時価総額はわずかに大台を割り込んでいた。
 世界のスマートフォン市場が縮小する中で主力の「iPhone」の販売が堅調で、足元では株価が右肩上がりで推移している。22年末から半年間で約5割上昇した。
 投資家が特に注目するのは、今秋にも発売が見込まれる新型の「iPhone15」だ。根強いiPhoneユーザーの約25%がこの4年間同じ端末を使っているという試算があり、iPhone15はその買い替え需要を取り込めるとの見方が強い。iPhoneは高機能化とともに価格も上がり、利益率が高まっている。

稼働デバイス20億台、価値増す経済圏
 世界で稼働するアップルの各種デバイスは20億台を超えた。そのデバイスで利用できるゲームや音楽配信などのサービスも、23年1〜3月期の有料会員数は10億人に迫る。同部門の売上高は22年度に781億ドルで、24年度には1000億ドルに近づくとのアナリスト予想もある。
 ウェドブッシュ証券のダニエル・アイブス氏は「アップルの適正な時価総額は25年までに3.5兆ドルほど、強気にみると4兆ドルに増える」とする。初のゴーグル型端末「Vision Pro(ビジョンプロ)」の価格が25年度には普及帯に下がると予測し、「ビジョンプロがサービス分野の追い風になって経済圏が拡大する」という。
 米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めで米景気の先行き不透明感が増すなか、アップルの強固な財務や現金創出力が投資マネーを引き付けている面もある。

米中などリスク、成長ストーリー持続できるか
 フリーキャッシュフロー(純現金収支)は初代iPhoneを発売した07年9月期から22年9月期までに年平均20%超の成長を続けた。23年3月末時点で総資産の16%に相当する558億ドルもの手元資金(短期有価証券を含む)を抱える。積極的な株主還元も株価を押し上げる。22年9月期は894億ドルと過去最大の自社株買いを実施し、今期も23年3月までの半年間で390億ドルの自社株を取得した。
 米中経済対立などのリスク要因もあり、先行きは順風満帆ではない。アップルの時価総額が前回3兆ドルに達した22年1月以降、新型コロナウイルスの感染拡大でiPhoneを生産する中国工場の稼働率が下がり、22年を通して株価は低迷した。
 足元の株式市場における先導役の偏りを警戒する向きもある。米国の主要株価指数S&P500種株価指数は年初来16%上昇したが、アップルやマイクロソフト、テスラ、エヌビディアなど上位の巨大ハイテク株7銘柄だけで指数上昇率の12ポイント程度の押し上げに寄与した。
 JPモルガンによると上位銘柄への集中度合いは2000年のITバブル期を超えている。人工知能(AI)など成長ストーリーを描きやすい一握りの会社にマネーが殺到する状況は、ストーリーが陰ると投資家の失望を招いて相場全体の波乱要因ともなりかねない。

【ロシア企業、中国から「特別軍事作戦用」ドローン輸入 民生品、ウクライナで使用か 日経調査】
 同じ30日の日経速報メールは次のように報じた。
 ロシアの民間企業が中国企業からウクライナ侵攻用の名目でドローン(無人機)を輸入していたことが、日本経済新聞の調査でわかった。侵攻後のロシア通関データを分析したところ「特別軍事作戦用」と明記する37機の輸入記録が見つかった。中国政府はロシアへの軍事支援を否定している。企業間の取引が両国の兵器移転ルートとなっている可能性がある。
 ロシアはウクライナ侵攻において、全地球測位システム(GPS)などで無人で飛ぶドローンを爆弾投下や相手布陣の偵察などに活用している。プーチン大統領は2022年12月の演説で「(戦闘での)ドローンの使用はほぼ普遍的になった」と話した。
 中国の貿易統計によると、22年2月の侵攻後、中国はロシアに約3万機の民生用ドローンを輸出した。中ロのドローンの取引額は22年夏以降に急増している。
 日経はインドの調査会社エクシムトレードデータ、エクスポートジーニアスなどから22年2月24日から23年4月30日のロシアの通関データを入手し、ドローンの輸入事案を分析した。
 製品の概要を記す「品目説明」欄を個別に確認したところ、ロシア語でウクライナ侵攻を意味する「特別軍事作戦用」と明記した中国企業からの輸入記録が4件見つかった。いずれも23年1月以降で、37機が約10万ドル(約1400万円)で取引されていた。
 60カ国以上の輸出入データを政府機関や産業界に提供するエクシムトレードデータによると、ロシアIT(情報技術)企業のステータスコンプライアンシズは2月、中国の電子機器メーカー、深圳市可信智能発展からドローン3機を約2万8000ドルで輸入した。
 運搬物を含めた飛行可能な重量が25キロ以上150キロ未満の民生品で「ロシア軍が実施する特別軍事作戦用」と記載があった。
 ドローンに詳しい古谷知之・慶応大教授は「このサイズだと前線に兵器を送ったり、爆弾を投下したりできる」と指摘する。戦車の開発を手掛けた元陸上自衛隊の赤谷信之氏は「約5㌔の爆発物を落とせば装甲車を破壊できる」と話す。
 ステータス社は日経に「取引内容を把握していない」と回答。通関データを提示すると「輸入した事実はない」と否定した。深圳市可信智能発展にもメールで取材を求めたが、日経が設定した期日までに反応はなかった。ロシア政府、在日中国大使館は問い合わせに応じなかった。
 1月にはロシア企業のプロキシーテクノロジーが香港のアピオグループから中国DJI製の小型ドローン24機を約4万6000ドルで輸入した。高精細カメラを備え「上空からの偵察に使えるタイプ」(古谷氏)だ。プロキシー社とアピオ社は取材に応じなかった。
DJIは「当社グループは軍事転用されないようにあらゆる手段を講じている。(輸出した企業は)正規販売代理店でなく、当社の管理下を離れた製品はコントロールできない」と説明した。
 ロシア税関は22年11月、ロシア軍の支援を目的とする製品の通関を優先すると公表した。プーチン大統領が軍事用途品の調達を急ぐように指示しており、デュアルユース(軍民両用)品や民生品を軍に円滑に届けるための措置とみられる。
 プーチン氏は23年6月13日の軍事ジャーナリストとの会合で、侵攻で使うドローンについて「量的に十分ではない」と言及した。通関データで民生用として輸入したものが兵器に転用されている可能性もある。
 米政府によるとロシアはイランから昨夏以降に数百機のドローンの供与を受けたが、非正規の貿易取引は通関データに反映されない。中ロの協力関係について、6月19日に習近平国家主席と面会したブリンケン米国務長官は「中国からロシアへの殺傷兵器の提供はなく、今後も提供しないという確証を得た」と話した。
 一方でブリンケン氏は「ロシアの侵攻を支援する中国企業を懸念しており、中国政府に警戒するよう要請している」とも述べた。国務省の報道担当者は日経の取材に対し「我々の制裁措置や輸出管理に違反した相手にはちゅうちょなく行動を取る」と強調した。

【Lサイズはいらない 「少食高齢化」で縮む胃袋 1億人の未来図】
 7月2日の日経速報メールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・人口が1億人を割る2056年、日本の食が変わる
・大量生産型から「私だけ」のオーダーメード型に転換
・高齢化で食は細り食品産業生き残りは技術力が左右
 2056年に日本の食の風景は様変わりする。人口が1億人を割って65歳以上が全体の4割に迫り、食に携わる産業への衝撃は大きい。企業がフードテックを進化させて顧客の好みや生体データに合わせてあらゆる食品を「カスタマイズ」する世界が訪れれば、L・M・Sといったサイズ展開は不要になる。
 家族や友人で分け合って食べるピザの常識が変わろうとしている。宅配ピザ大手のストロベリーコーンズ(仙台市)が2月に発売したパーソナル(P)サイズは従来のL・Mサイズより小さく、一人で食べきれる大きさが支持を集めている。「個食」ニーズの高まりや、単身世帯の増加を背景に今後も需要は広がると予想する。
 「サイズも顧客ごとに個別対応する世界が来るだろう」。宮下雅光社長は、受注から製造や配送の過程でIT(情報技術)導入が進めば、顧客からのサイズの要望にきめ細かく応じられるようになるとみる。
 カルビーが4月に始めた新サービスは、顧客が腸内の状況を調べて自分に合ったグラノーラを定期的に届けてもらえる。「ITを活用することで、顧客のオーダーに応じて商品を生産する体制ができるだろう」。カップヌードルなどを進化させる日清食品ホールディングスの安藤宏基社長は語る。

企業の淘汰と業界再編は必至
 食品と飲料、酒類を合算した市場規模は2022年の18兆1000億円から2030年の16兆6000億円へと8%強減少する――。調査会社インテージの試算だ。顧客ニーズを深く掘り下げなければ胃袋が縮んでいく国内市場の激変に対応できないとの危機感が各社を動かしている。
 限られた市場を巡る競争が激化し、企業の淘汰と業界再編が進むことは必至だ。
 首都圏地盤の食品スーパー、いなげやは4月にイオンの子会社になることを決めた。ドラッグストアやeコマースを含め「食を巡る競争が急速に激しくなっている」。本杉吉員社長は単独での事業展開を断念した理由として、少子高齢化と人口減少の影響を挙げた。群雄割拠のスーパー業界はイオンなど大手を軸に集約が進む見通しだ。
 ただし単なる規模拡大では通用しない時代がやってくる。

コンビニで「私だけ」の味
 「大量生産・大量消費を前提したビジネスモデルを刷新しないと企業は生き残れない」。フードテック関連のコンサルティングを営むシグマクシス(東京・港)の田中宏隆・常務執行役員は指摘する。人口が1億人割れに向かう未知の消費市場に対処するには、過去に成功したモデルも思い切った見直しが求められる。売れ筋データの分析などIT活用で先行するコンビニエンスストアも例外でない。
 経済産業省などが主催する「ワールド・ロボット・サミット」の関連事業として昨年、未来のコンビニエンスストアのアイデアを競うコンテストが開かれた。優勝したのは、店舗に3次元(3D)フードプリンターを置くアイデアだった。
 考案したのは機器の開発を手掛ける山形大学教授の古川英光氏ら。規格外の食材などを粉末にして形成し販売する構想だ。審査に参加したセブン―イレブン・ジャパン営業本部総括マネジャーの中橋佑介氏は「フードロスの低減や健康社会を目指す当社の方針からも共感できる」と話す。機器の進化次第で、顧客の体質に合わせた食品を店内でつくり提供できる。もし小売業界に普及すればメーカーの製品開発が変わる可能性がある。

未来の食、鍵はフードテック
 農林水産政策研究所の推計によると日本の一日1人当たりの摂取エネルギーは、過去の消費減の傾向が継続すると仮定した場合、2017年の1907キロカロリーから50年に1648キロカロリーまで減少する。高齢者の比率が高まることなどが要因で、食の好みの変化への対応も課題だ。
 モスフードサービスはハンバーガーに用いる食材を広げてきたことが、これからの高齢化対応に生きてくるとみる。食肉の代わりに大豆の植物肉を使ったバーガーといった商品に力を入れていく。中村栄輔社長は「お年寄りが食べやすいサイズを検討する必要が出てくるだろう」と話す。ハンバーガーの小さめサイズなどが念頭にある。
 未来の食をどうつくるか。世界的な食料不足の懸念も高まり、新たな食材にも注目が集まる。植物工場や実用化が見込まれる培養肉も有望視される。フードテックに詳しい宮城大学の石川伸一教授は「人の価値観や食文化に寄り添うかたちで、食の産業とテクノロジーが発展することが重要だ」と指摘する。

「1人前」を再定義 高島宏平オイシックス・ラ・大地社長
 地球上で排出される温暖化ガスのうち食品産業が占める割合は大きい。これから地球と共存できる産業にしていきたい。米国では食べるのを我慢する方向ではなく、より良いものを生み出そうとしており、(植物肉など)代替たんぱくは市民権を得ている。こうした課題に対応するベンチャー企業に対してファンドを通じて出資し、商品を販売して支援していく。
 高齢化していく日本の課題に対してパーソナライズがひとつの解になる。食事をどのように摂取するのかを個別に提案することが求められるだろう。どのような食生活をすれば塩分を減らしやすいのかは、一人ひとり異なるはずだ。定期的にメニューを提案して食材を届ける当社のサブスクリプションモデルは、そうした提案がしやすい。
 食品の量やサイズの問題は難しい。企業は「1人前とはどのくらいなのか」を明確に定義できてないと思う。本来は体重などによって違うと思うが、みんな分かっていない。これが一人前なんですと提案していくのは重要だろう。
 子会社で展開している移動スーパー事業の「とくし丸」は、契約した個人事業主が高齢者の住まい近くまで軽トラックで食品を届けている。食べたいものを自分で選べる楽しさを、80〜90歳代のお年寄りに提供している。最近はフランスなどからの視察もあった。
 環境保全や高齢化への対応は日本が世界をリードできるものだ。日本で生まれたソリューションを海外に提案したい。

【日EU、アジア海洋安保・サイバー共同対処 首脳声明案】
 3日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・13日に開く日本・EU首脳会談の共同声明原案が判明
・中国を念頭に安全保障分野で新たな枠組みを創設
・アジアの安保にEUが関わるという強いメッセージに
【ブリュッセル=辻隆史】日本と欧州連合(EU)が13日の首脳会談でまとめる共同声明の原案が2日判明した。安全保障分野で新たな協力枠組みを創設し、東アジアの海洋の安全確保やサイバー攻撃対策などに共同で取り組む方針を明記した。EUはアジアへの関与を明確にする。
 急速に軍事力を高め、海洋進出を続ける中国の存在が念頭にある。台湾有事などアジアで緊張が高まれば、世界経済全体が影響を受ける。日本とEU加盟27カ国が地域をこえてアジアの安定に向けて協調する姿勢を示す。
 岸田文雄首相は13日、ベルギーのブリュッセルでEUのフォンデアライエン欧州委員長、ミシェル大統領との会談を予定する。
 日本とEUの安保協力を格上げし、新たな連携の仕組みをつくる。共同声明案には閣僚級の定期協議を新設することを盛り込んだ。安保分野で初めて本格的な連携に踏み込む。日EUの協力はこれまで「グリーンアライアンス」「デジタルパートナーシップ」など経済分野が中心だった。
 日仏は外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)、日独は首相と外務、防衛、財務など主要閣僚が勢ぞろいする政府間協議の枠組みを設けている。日EUレベルでも実現すれば、EUがアジアの安保に関わるという国際社会への強いメッセージになる。
 具体的には海洋安全保障、宇宙、サイバー、偽情報といった領域で組む案を明示した。

EU、アジア海洋安保に関与 半導体も日本と協力
 欧州連合(EU)がアジアの安全保障への関与を鮮明にする。13日の日EU首脳会談でまとめる共同声明の案に新たな協力枠組みをつくる方針を明記した。連携対象となる海洋安保、サイバー、偽情報は地域をこえた課題だ。新設する閣僚級協議で早急に具体策を詰める。
 フォンデアライエン欧州委員長は6月の日本経済新聞の書面取材で、日本との安保協力を「アップグレード(格上げ)」すると明言していた。
 日EUは2014年、ソマリア沖の海賊対策などで海上共同訓練をした実績がある。EU加盟国イタリアの海軍が駆逐艦を、日本は海上自衛隊の護衛艦を派遣した。
 こうした協力を発展させ、アジアの海域で日EUの本格的な共同訓練を実施することを視野に入れる。EU加盟国の艦船に個別の国旗に加えて「EU旗」を掲げる案も浮上している。加盟国内に慎重論もあり、調整を急ぐ。日本とEUが組み、アジアの第三国の海上警備能力を高める案も議題となる。
 声明案では中国が海洋進出を強める南・東シナ海の現状に深刻な懸念を示す。台湾に関し「力や威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する」と強調した。
 経済安全保障でも意思疎通を深める。安定したサプライチェーン(供給網)を維持するために「半導体早期警戒メカニズム」を設ける。EUと日本がそれぞれ域内・国内の半導体の需給をウオッチし、供給不足が起きそうなときなどに情報を共有する。官民で素早く在庫の確保や増産などに動けるようにする。
 日EUがともに次世代の有力なエネルギーと期待する水素についても、技術開発や将来の供給体制、国際的なルール作りで組む。
 東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて設けた日本産食品の輸入規制を、EUが完全撤廃する方針も改めて確認する。

【路線価2年連続上昇、23年分 1.5倍 コロナ禍から回復 鮮明】禍から回復鮮】
 3日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 国税庁は3日、相続税や贈与税の算定基準となる2023年分の路線価(1月1日時点)を発表した。全国約32万地点の標準宅地は平均で前年比1.5%上昇した。上昇は2年連続。新型コロナウイルスの影響が弱まり、観光地や繁華街を中心に人出や経済活動の回復が著しく、22年の上昇率を1ポイント上回った。
 新型コロナの感染症法上の分類が5類に移行する前の評価だが、インバウンド(訪日外国人)客の増加も見込んで上昇地点が広がった。地方都市もにぎわいを取り戻しつつあり、コロナ禍からの回復傾向が鮮明になっている。
 都道府県庁所在地の最高路線価が前年に比べて上昇したのは29都市で、22年から約2倍に増えた。22年は5.8%マイナスと下落率が最大だった神戸市が2.0%プラスに転じたほか、下落が続いていた大阪市や奈良市などもプラスに転じた。
 標準宅地の変動率を都道府県別にみると、25都道府県が上昇し、前年より5県多かった。最も上昇したのは北海道(6.8%プラス)で、札幌市内や近郊で住宅地の需要が伸びたほか、30年度末の北海道新幹線延伸を見据えて商業地などでも上昇地点が目立った。下落は20県で、和歌山県がマイナス1.2%で最も下落率が大きかった。

繁華街に戻るにぎわい
 インバウンドが戻ってきた東京・銀座。38年連続で全国トップの文具店「鳩居堂」前(1平方メートル当たり約4270万円)は前年を1.1%上回り、3年ぶりに上昇に転じた。高級ブランド店の紙袋を両手にぶら下げた中国人男性(46)は約40万円の腕時計と約15万円のバッグを購入。「夏にかけて、もう一度訪れたい」と満足そうに話した。
 高級時計店「アワーグラス銀座店」には22年秋以降、1日当たり数十組の外国人客が訪れる。中国人客が大半だったコロナ前と異なり、欧米やシンガポールなど東南アジアの新規客が増えているという。コロナ禍で売り上げが2割程度落ち込んだ時期もあったが「円安などで割安感を覚える外国人客が多い」(運営元の桃井敦社長)。業績は好調だったコロナ前を超えて推移している。
 関西屈指の繁華街、大阪・ミナミも回復の兆しが見えてきた。中心部の戎橋周辺は2年連続で各税務署管内の最高路線価地点で下落率ワーストだったが、23年は下げ止まった。閑散としていた道頓堀も平日昼からたこ焼きなどを食べ歩く訪日客でにぎわう。
 道頓堀商店会の谷内光拾事務局長は「昨秋から街に来る人は倍近くに増えた」と話す。ドラッグストアなどで「爆買い」していた中国本土からの団体客の姿はまだなく、コロナ前の水準には達していないが「大阪万博が開催される25年に向けてテナント出店の動きも活発になっている」と期待をのぞかせた。

息吹き返した観光地
 主要な観光地も回復基調だ。「宿泊客はかなり戻ってきた」。那覇市中心部の国際通り沿いにあるホテルの支配人は手応えを口にする。23年1〜5月の客室稼働率は、19年の同時期とほぼ同水準になった。「中国と那覇を結ぶ直行の航空便再開でさらに訪日客の増加が見込める」と見通しを語る。

清水寺に続く三年坂も観光客でにぎわう(6月、京都市)
 コロナ禍で打撃を受けた京都市は国内客も戻った。21年にマイナス8.7%に落ち込んだ京阪電鉄祇園四条駅周辺は23年に6.0%と上昇。清水寺に通じる三年坂に修学旅行の生徒がひしめき合う。
 周辺の菓子店で働く20代の女性は「国内客に加え欧米やアジアからの訪日客が戻り、空き店舗もアイスクリームのテイクアウト店などで埋まった。紅葉シーズンに向けさらに観光客が増えるだろう」と声を弾ませる。

郊外の住宅街は
 感染拡大中でも上昇地点がみられたのが首都圏近郊の住宅地だ。テレワークの浸透で移住需要の受け皿となった。影響が弱まった現在も、埼玉県や千葉県などの住宅エリアはなお上昇傾向が続く。
 「テレワークが移住を大きく後押しした」。東京都内の会社に勤める吉永美奈子さん(36)は23年春、家族4人で東京都港区から神奈川県厚木市に引っ越した。
 コロナ禍で導入された在宅勤務制度を利用し、出社は月1〜2回程度。「子どもを自然の豊かな場所で育てたい」と教育環境を重視し中古マンションを購入した。ローンの支出もそれまでの家賃の3分の1程度に収まっている。
 不動産市場の好況も郊外にプラスに働く。都内の住宅は中古物件も含めて高騰。9.8%上昇した千葉県船橋市の不動産会社では「都内を諦めて物件を求めて来る人が増えた。都心へのアクセスも悪くない船橋市内の人気は高まっている」(担当者)という。
「今後は地域差も」
 都市未来総合研究所の平山重雄・常務研究理事は「繁華街や観光地がコロナ禍の影響から脱しつつあり路線価も順当な数値になった。コロナ前を上回る水準まで上昇していくことも考えられる」と分析する。
 都市の近郊では、テレワークの浸透が路線価を押し上げる要因になっているとしながらも「在宅勤務制度の導入は一巡し、出社に回帰する動きもあることから、これからの影響は限定的になる」と予測。さいたま市や札幌市など再開発が進む中核都市で軒並み上昇していることに触れ「今後は回復の進度に地域差が出てくる可能性もある」と話している。
取材・記事
藤田このり、佐藤淳一郎、蓑輪星使

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茨城県、31年ぶり上昇 栃木・群馬は下落
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【大谷翔平31号ソロ、チーム連敗止める】
 3日の日経速報メールは次のように報じた。
 【アナハイム=共同】米大リーグは2日、各地で行われ、エンゼルスの大谷は本拠地アナハイムでのダイヤモンドバックス戦に「3番・指名打者」で出場し、八回に2試合ぶりの31号ソロを放つなど4打数1安打1打点だった。チームは5-2で勝ち、連敗を4で止めた。

【東急や西武、外資ホテルと真っ向勝負 不動産より運営力】
 4日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・東急など日本勢が不動産を持たない運営受託式へ
・有力外資と同様のビジネスモデルで真っ向勝負
・人件費高騰など逆風も吹くなか優勝劣敗あらわに
新型コロナウイルス禍からの回復に沸く高級ホテル業界で、外資と国内勢が真正面から対決する構図になってきた。米マリオット・インターナショナルなどは手薄だった地方都市に相次ぎ進出。迎え撃つ東急や西武ホールディングス(HD)といった日本勢も、不動産を持たない運営受託式へシフトする動きを加速し、外資と同様のビジネスモデルに近づく。日本のホテル業界は運営力と投資効率が厳しく問われる局面を迎え、淘汰や再編の火種もかかえることになる。

九州を攻めるマリオット
 都心立地のイメージが強かった外資の有力ホテルチェーンが、いま地方で開業ラッシュを迎えている。例えば九州。世界最大手のマリオット・インターナショナルは、6月21日に「ザ・リッツ・カールトン福岡」を開業した。ラグジュアリーホテルの代表的なブランドで、全国的に宿泊料金が高騰するなかでも、1泊約10万円から(1室2人利用時)という水準は地方都市で際立つ。
 マリオットは5月に「シェラトン鹿児島」を開き、2024年初期には「長崎マリオットホテル」を立ち上げる。これらのブランドは周囲の国内ホテルとも料金帯が近くなり、競合はより鮮明になる。
 外資の攻勢を受ける日本勢はどう動くのか。
「開業ラッシュということで、競合の状況が厳しいのは事実だ。とくに京都や札幌で競争が激しい」。東急社長への昇格が決まった5月、堀江正博氏は述べた。ホテルの供給過剰の懸念があるが「地道にリピーターの顧客をつくり勝ち抜いていく」という。東急の柱のひとつであるホテル事業において札幌や京都は重点地域だ。そこにブランド力と集客力の強い外資大手が続々と拠点を増やしてくる。
 札幌では、英インターコンチネンタル・ホテルズ・グループ(IHG)が25年に、米ハイアット・ホテルズ・コーポレーションが26年に進出する見通し。その後、マリオットも札幌駅隣接の再開発による高層ビルにラグジュアリーホテルを開く予定で、高級ホテルの大激戦区になる。
 この数年でホテル業界を取り巻く状況は目まぐるしく変わった。インバウンド(訪日外国人)の増加などを背景に大型ホテルの計画が相次いだが、コロナ禍で大きな痛手を被った。人手不足や光熱費の上昇は続いている。
東急の場合、ホテル・リゾート事業は20年度の312億円の営業赤字から改善したものの、22年度もなお41億円の赤字を計上した。今後、宿泊需要や競争環境に予期せぬ激変があったとしても、堪えられるビジネスモデルへ抜本的に見直す――。
 教訓を踏まえて、戦略の軸に選んだのは、業界で「マネジメントコントラクト(MC)」方式といわれ、不動産をもつ企業などからホテル運営を受託するものだ。これはマリオットはじめ外資大手の事業モデルと正面からぶつかることを意味する。

ホテル運営に集中して稼ぐ
 MC方式は不動産などの資産を原則持たないため、財務上は身軽で減損リスクなどを抑えやすい利点はあるものの、ホテル運営そのもので稼ぐ力を高めないと成立しないビジネスモデルだ。並みいる外資との受託競争にさらされ、不動産オーナーから選ばれるような運営会社としての実力が欠かせない。
 いったん運営を受託しても業績が悪ければ、契約を切られかねない。オーナーなどから運営委託料をもらうモデルのため、リスクが抑えられる半面、拠点数を増やしてスケールメリットをとらないと収益を伸ばしにくい面がある。
 2030年度までをメドに、新たに15カ所・約4000室のMCを受託する――。東急が積極的な方針を掲げる背景には、一定の事業規模を早く築こうとする思いがある。リスクを意識しながらも、外資とガチンコ勝負をし、事業ポートフォリオとしてホテル事業の成長に挑む。そんな経営姿勢を象徴するのが、5月に開業した超高層ホテルだ。

歌舞伎町で試す「東急」外し
 新宿・歌舞伎町の新名所として異彩を放つ高層ビル「東急歌舞伎町タワー」。この上層階に2つのホテルが入っている。「ベルスター東京」と「ホテルグルーヴ新宿」で、ともに東急ホテルズ&リゾーツの運営ながら、東急の名称はついていない。
 ビルの最上部39〜47階で97室を有するベルスター東京は、1泊300万円を超える部屋を持つ超高級ホテルだ。今春には三井不動産が開発した東京ミッドタウン八重洲(東京・中央)に、マリオット系のブルガリホテルが開業して話題を集めた。ベルスター東京もインバウンドの富裕層らをターゲットにしており、外資が席巻する都心の「超高級市場」に参戦した格好だ。
 歌舞伎町タワーは東急が保有しているが、東急ブランドを名乗らずに運営実績を積むことに意味がある。ここで評判を高め、高級ホテルを誘致したい不動産オーナーなどから「運営を引き受ける事業機会を広げていきたい」(東急ホテルズ&リゾーツの村井淳社長)という。ホテル激戦区の札幌に今秋開く「ストリームホテル」も、やはり「東急」をつけず、今後展開していく「ストリーム」ブランドを確立する狙いがある。
 東急はこれまで不動産を所有あるいは賃借して運営しているホテルが多かった。今年、グループのホテル事業を再編して、MCに特化する会社「東急ホテルズ&リゾーツ」を立ち上げた。村井社長は「日本のホテル会社は、手数料を払って旅行会社に集客してもらうという仕組みが強かった」と語り、強固な会員ネットワークをもつ外資系との実力の差を認める。今後は「販売力や会員組織といった我々独自のマーケティングを深めていかないと、外資とは戦えない」と覚悟する。

大阪で挑む西武の戦法
 同じ私鉄の雄でホテル事業を展開してきた西武HDはどうか。傘下の「プリンスホテル」は国内ホテルを代表する存在だが、事業規模の大きさゆえ、東急以上にコロナ禍の衝撃は大きかった。西武HDは22年度にホテル・レジャーの26資産をファンドに1000億円以上で売却し、「アセットライト」戦略を進めた。財務リストラの意図が色濃く伝わったが、やはり戦略の軸に据えるのはMCによるホテル運営の受託拡大だ。
 東急が新宿ならば、西武の試金石は大阪にある。
 「今後MC契約のネットワークを拡大する橋頭堡(ほ)として非常に意味のある案件になる」。西山隆一郎・西武HD社長が期待をかけるのは、1日に開業した「グランドプリンスホテル大阪ベイ」だ。それまでは「ハイアット リージェンシー 大阪」として知られていた。
 ホテルを所有するのは星野リゾート・リート投資法人。運営の委託先が米ハイアットグループからプリンスホテルへと切り替わった。ブランド転換の一因として、プリンスが宴会需要を獲得する力などが評価されたとみられている。
 コロナ禍の逆境にあった社員らにしてみれば、西武グループとして不動産業と一体のホテルではなく、ホテル運営そのものが評価されたという自信にはなる。だが逆に、運営受託の獲得争いに突入し、外資に運営を奪われ る可能性もある。取るか取られるか。熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられるだろう。
 だからこそ後藤高志会長は「CS(顧客満足)の向上に加えて、OS(オーナーサティスファクション)の向上にも努める」と強調する。資産売却した物件を含め、ホテルの運営者(オペレーター)としての評価を高めていくという次元の違う戦いだ。「業界ナンバーワンクオリティー、250ホテル体制の構築」との目標達成には、プリンスホテルを求めるオーナーを各地でどれだけ増やせるかがカギをにぎる。

「おもてなし」一本やりは限界
 外資大手の強さは世界規模の顧客ネットワークと磨き上げたブランド力だけではない。「不動産を所有してきた日本勢に比べて、MC方式の外資は、まるでファンドマネジャーのように最終的にどれだけ利益を出せるかを、より厳格に数値で管理している」。国内外のホテル経営に詳しい立教大学の沢柳知彦特任教授はこう指摘する。今後、外資とぶつかる日本のホテル会社には「おもてなし」など伝統的なサービスにとどまらず、国際的に高いレベルのオペレーションが問われることになる。
 深刻な人手不足への対応も急務だ。インバウンド需要はさらに地方に広がると期待できても、外国人に対応できる語学やスキルをもった人材を呼び込むのは簡単ではない。一方で外資は経験豊かで地域に通じたマネジメント層を引き抜くこともいとわない。
 貴重な労働資源を科学的に配置・活用して無駄なく働いてもらうノウハウは、ホテル各社にとって課題であり、外資に負けずに磨いてく必要があるだろう。人手をかける手厚いサービスは日本勢の競争力の源泉とされてきたが、それがどこまで多様化する顧客に望まれるものか、効率を上げる余地はないか点検する好機でもある。東急ホテルズ&リゾーツの村井社長も「顧客の意識も変わっており、待たせない効率的なサービスを求めている面もあるだろう。働き方を変えていく必要がある」と話す。
 国内の有力ホテルチェーンをみると、西武の資産圧縮と似た決断にせまられたケースが相次いでいる。近鉄グループホールディングスは21年に、8ホテルの資産を米投資ファンドに売却したうえで、運営を受託した。ロイヤルホテルは今年1月、主力のリーガロイヤルホテル(大阪市)の土地・建物をカナダ系の不動産投資会社に売却すると発表し、同様に運営を続ける。ここまでは資産の流動化が目立っているが、今後は運営会社の変更、あるいは有力チェーンへの集約などホテル再編が加速していく可能性がある。
 足元では経済再開やインバウンドの復活で成長期待が高まるホテル業界だが、コロナ禍の痛手は残り、人件費高騰にあえぐところも少なくない。東京商工リサーチがまとめている「新型コロナ」関連の経営破綻(負債1000万円以上)のうち、ホテル・旅館といった宿泊業は今年5月までの累計で190件と高水準だ。今後もコロナ関連融資の返済など懸念が広がる。
 この倒産集計は経営規模の小さい企業の厳しさを映しているが、業界全体をみても宿泊料金の高騰と外国人客復活という活気の裏で、険しい生存競争が待ち受けており将来を楽観できる状況にはない。運営受託にスイッチする日本勢と、そこで待ち受ける有力外資。優勝劣敗があらわになるのに、そう時間はかからないかもしれない。

 この間、下記の録画を観ることができた。 (1)NHK総合スペシャル「ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺しあうのか」6月18日。 (2)BS世界のドキュメンタリー(選)「エネルギー~それぞれの手で~欧州の挑戦」19日。 (3)BS6報道1930「ウ軍反攻゛遅い進撃“集落奪還義勇軍が証言 米中直接対話 何を話す」19日。 (4)BS世界のドキュメンタリー「半導体ウオーズ 台湾と国際秩序のゆくえ」19日。 (5)BS世界のドキュメンタリー(選)「広がる”持続可能な交通“-都市変革の最前線」20日。 (6)BS世界のドキュメンタリー(再)「ロヒンギャの民 バングラデシュ孤島の難民キャンプ」20日。 (7)NHKBSスペシャル「”がん大国“に生きる~中国・命の決断を迫られる患者たち~自己負担平均年収の5倍」21日。 (8)BS6報道1930「プリゴジン氏”反乱“ ワグネル撤退で収束も、揺らぐプーチン氏基盤」26日。 (9)BS6報道1930「海底が米ロの戦場に 狙われる海底ケーブル切断、スパイ船不審な動きも」29日。 (10)BS6報道1930「プーチン氏粛清開始か。姿消したロ軍高官のゆくえ、ワグネル利権誰の手に」7月3日。

プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
前園長(2012年8月~2023年3月)

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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