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久しぶりの市大テニス

 コロナ禍のため中断していた横浜市立大学(以下、市大)の教職員テニス親睦会と市大硬式庭球部との親善交流試合が八景キャンパス内のコートで開催された。これを「市大テニス」と略称する。今年3月の親善交流試合には出席できず、今回が私にとって数年ぶりの参加である。
 5月2日、坂智広さんから教職員テニス親睦会の面々宛にメールが来た。
「先月、4月4日付けで親睦会会長の上村先生から、2023年度(春季)の硬式庭球部との交流テニス(5月20日/土曜日開催)のお誘いをお送りしました。
上村さんが体調を崩され療養されているので、私がフォローアップを命じられております。交流テニスに向け、上村さんの早期の回復を祈っております。
5月20日(土)2023年度硬式庭球部との交流テニスにつきまして、前回のご案内に何名かの方からご参加の意向をお返事いただいておりますが、改めて出席につきご回答をお願い申し上げます。(2022年4月11日に案内をお送りした方々のアドレスにご案内しております。)
次の内容を、このメールに返信でお知らせください。」
 私は、その日のうちに、以下の返信をした。
「坂さん
上村さんの体調不全、心配ですね。
私は…その後の体調不全は徐々に回復、4月5日の入学式に出席しました。テニスにも復帰しました。
瀬戸遠征も可能かと考えています。テニス参加は無理でも、みなさんのお顔を見たく思います。」

【5年前のブログ記事を発見、再録する】
 以前に本ブログに書いた記憶があるので調べてみると、5年前の2018年6月1日掲載の「大学のスポーツ」があった。題名をこうしたのは意味がある。「大学のスポーツ」の一つの在り方を考えたいとの思いから、そう名づけた。いささか長文であるが、思い切って全文を、以下に再録しよう。

 (2018年)5月26日(土曜)、古巣の横浜市立大学(市大)へ行く。キャンパスの北側一帯には横浜の地形の特徴である谷戸(やと)がそのまま残り、常緑広葉樹(照葉樹)の多い混合林に踏み入ると、夏でもひんやりとした爽やかな空気に包まれる。石段を9つ上ると「第2グランド 196段 5分」と手書きの小さな木製案内板。
 第2グランドにはテニスコートと多目的グランド(ホッケー、サッカー等)がある。この急坂の林をなんど往復したことか。思索のために、学生たちとのテニスのために、そして夕映えの富士山を見るために。

 関東学生テニス連盟男子は最強の1部から6部まで各6校が入り、それ以外の約60校が7部に属す。10年前(2008年)、5部にいた市大と6部で優勝した東大との入れ替え戦がここで行われ、雨のため2日にわたる熱戦の結果、市大が勝利(防衛)した。両校にはスポーツ推薦入試もなく、高校時代にテニスをした者も多くない。その二者の、今も心に残る大試合であった。

 階段を上り切って平らな道をすすみ、しばらく下って鉄製の急階段が第2グランドへとつづく地点で、木々の間から視界が開け、遠くに山並みが見える。その先は富士山だが、今日は見えない。下のテニスコートから、「おはようございま~す」と大声が響いた。手を振って答える。

 教職員テニス親睦会(以下、親睦会)と硬式庭球部員との、年に一度の親善交流試合の日である。階段を下り切ったところで、男子部主将(軒野秀則)と女子部主将(斉藤玲乃)が出迎えてくれた。部員は男子22名、女子10名、男子に1年生が多いと言う。親睦会からは、仕事で出られない人もおり、男女合わせて9名が参加。
 椎の木の若葉がきらきら光り、薫風が吹き抜ける。曇りがちで少し蒸すが、絶好のテニス日和である。昨年の補修工事で、ハードコートからオムニコートとなり、足腰にかかる負担が減った。ありがたい。

 親睦会は創設が1980年頃なので、40年近く経っている。呼びかけの張本人が私で、初代の会長をつとめた。そのころ第2グランドのテニスコートが学生の部活専用として完成した。本キャンパスのコートは、私の記憶では今の図書館東側にあったクレーコート、ついで今のシーガルホール横の運動部部室あたりのコート、今の理科系研究棟あたりのコート(ここからオムニ)と移り、現在は谷戸の谷間にある弓道場の手前にある。

 現在の親睦会会長は随清遠さん(金融論)、学問に厳しく人に優しい。硬式庭球部の部長も兼ね、学生の信頼を集める。
 副会長の坂智広さん(農学)は左腕の剛速球。毎土曜の朝、季語や農暦を盛り込んだ、味わい深い名文の練習呼びかけメールをくれる。

 親睦会は会員の高齢化が進んで、20代から40代にかけての教職員がほとんどいない。子どもの頃の運動量(時間)が急減し、交通機関への依存度が高まった時代に育ち、運動習慣を持たない人が増えたのであろうか。

 「大学のスポーツ」と言えば、ふつうは学生スポーツを意味する。どの大学にも部活としてのスポーツがあり、スポーツ同好会も盛んである。部活は競技種目ごとに地域単位や全日本規模のリーグ戦、大学間の定期戦を行っている。

 学生生活におけるスポーツの役割を私は高く評価し、長く応援してきた。文章で表現したものは少ないが、ブログという新しい媒体が生まれてからは、『都留文科大学学長ブログ-2011~2014』(このブログのリンクにあり)等で折に触れて述べてきた。

 もともと「気晴らし」の意味であった英語のスポーツが、現在のようにラグビー、サッカー、野球、テニス等のゲームを意味する「近代スポーツ」として誕生したのは19世紀中頃である。近代スポーツの誕生は、都市化の進行と肉体労働の減少という近代史の特性と密接に関係している(拙著『イギリスとアジア-近代史の原画』岩波新書、1980年、第3章)。とくに高校・大学の若者たちが新生スポーツを先導してきた意義は大きい。

 そこに最近、忌わしい事件が起きた。関西学院大学(関学)と日本大学(日大)とのアメフトの定期戦(5月6日)で、日大の選手がボールを持たない関学の選手(QB)を後方からタックルして怪我を負わせた。

 それから2週間余の5月22日、危険(反則)タックルをした日大の選手が勇気ある謝罪会見をした。翌23日晩、雲隠れしていた日大の内田(元)監督と井上(元)コーチが記者会見を行ったが、反則タックルの指示はしていない等、選手と正反対の発言に批判が集中した。

 球技のなかでタックル等の接触プレーが多いのがアメフトで、次がラグビー。スポーツマンシップに基づくタックルは、かける方もかけられる方も爽快で、私もそれに魅せられてラグビーをした経験がある。だがタックルは取り返しのつかない怪我や死亡事故と紙一重であり、ルール厳守、フェアプレー精神(競技相手への敬意)の徹底が不可欠である。

 今回の事件は、スポーツ競技の例外的な不祥事にとどまらず、広く「大学のスポーツ」、「教育指導における主体性の尊重」等の問題を浮き彫りにし、日大執行部の体質等、根の深い課題をも露呈させた。

 この事件が念頭を去らぬまま、テニスコートまで来た。今回の交流試合は、1992年以来27回目であろうか。学生たちがプログラムを組み、審判やボーラーもつとめる。賑やかに声援が飛び交うなか、教職員と学生がペアを組み、4ゲームオール(第5ゲームあり)の試合を5セットこなした。

 歴代の庭球部部長が勢ぞろいしたのも嬉しい。年齢順に柴田梧一さん(経営学)、岡眞人さん(社会学)、随清遠さん(前掲)。柴田さんは今春に叙勲を受けた年齢だが、まだまだテニスは現役である。「若い」団塊世代の岡さんは、着実にテニスの腕を上げている。

 溌剌とプレーに打ち込む学生たちにつられ、私はいささか張り切りすぎた。学生が異世代と交流試合をする、これもまた「大学のスポーツ」の一つの姿であろう。

【今回の教職員の参加者】
 以上が5年前のブログ記事「大学のスポーツ」の全文である。 
読み返すと、意外に今年との類似点があったり、参加者等に変化もある。実名の出ている教職員に違いも目立つ。
5月2日の随清遠さんからのメールが、坂さんから転送されてきた。案内を送るべき親睦会メンバーの一覧である(敬称略)。
加藤 祐三、柴田 悟一、小島 謙一、木下 芳子、横山 晴彦、岡 真人、坂 智広、 青 正澄、上村 雄彦、鞠 重鎬、太田 塁、羽木さん、尾崎 正孝、佐藤 信裕、倉持 和雄、紺野 エミ、黒川 修司、林 正寿、足立 典隆の計19名。のち鞠 重鎬さんから鈴木さんに参加を求めて良いかとあり、鈴木さんの参加が決まり、計20名。
以上20名のうち、今回の出席者は下記のとおり。
加藤 祐三、柴田 悟一、倉持 和雄、林 正寿、佐藤 信裕、横山 晴彦、鞠 重鎬、鈴木さん、坂 智広の9人。

 開催予定日の5月20日(土)が近づくにつれて、気持ちが高ぶってくる。
12日、硬式庭球部副将の小笠原君から「この度は交流試合の閉会式における年長者挨拶をお願いしたい…」とメールが入り、すぐに下記のように返信した。木嶋君(女子)が主将のようである。
小笠原 碧斗君
cc 木嶋 未海 君
交流試合 閉会式の年長者挨拶について、承知しました。
数年ぶりの参加を楽しみにしています。
加藤祐三

【山を越えるのに自信なく、坂さんに車で搬送してもらう】
 5年ぶりの市大テニス。高ぶる気持ちの半面、はたして構内から山道を越えていけるかと不安もよぎる。5年前のブログに「第2グランド 196段 5分」と手書きの小さな木製案内板」があると書いてあるのを思い出した。「196段 5分」は若者の基準である。196段を登りきることが可能であろうか。
 迷っていても始まらない。18日のうちに坂さんにメールで依頼した。「12時半に市大正門に着くので、そこから車で第2グランド背面の入り口まで搬送していただきたい」
 いよいよ当日の5月20日、正門を入ると柴田さんがいる。彼もまた腰痛のため山越えに自信がないと言う。相乗りがいて、5年ぶりの久闊を叙した。

【若々しい学生諸君の挨拶に感激】
 第2グランドの光景が数年前、いな数十年前の記憶を呼び覚ます。
 三々五々、学生が挨拶に来てくれた。氏名、所属学部・学科、何年生かを述べる。そのなかにマユという名の女子がいることに気づき、「私の娘もマユ」と言うと、「…嬉しい!」と言う。驚くべきことに、もう一人、マユがいた。
 字こそ違うが、これで3人のマユがそろった。開港横浜を支えた最大の輸出品がマユの生み出す生糸ある。縁起が良いぞ!

【3セットをこなす】
 午前中は雨が降り、午後から参加の私が偶然にも正解であった。紅白に別れ、教職員と学生がペア―を組む。試合形式は4ゲームオール(2オールの場合に第5ゲームあり)で5年前まえ変わらない。ただし5年前は5セットこなしたが、今回は3セットが限度であった。
 最後の試合は1年生男子とペア―になった。カミサトという名字の初々しい人物、審判とボーラーを先輩が勤めてくれたせいか、すこし小さい声で「楽しかった」と印章を語った。私も同感である。

【年長者挨拶】
 いよいよ閉会式である。依頼を受けていたので、一言述べると同時に著『幕末外交と開国』(講談社学術文庫 2014年)を謹呈する準備をしていた。
 「86歳、最年長者の加藤祐三です。…市内出身者は6月2日のて港記念日をよく知っているはず。1859年6月2日である。ペリー来航や黒船来航についてはどうかな? 戦争を回避し、話し合い通して条約を結ぶことができた。それが後の都市横浜の発展につながる。幕府の外交能力の高さを認識してほしい。
 おりしもウクライナのゼレンスキー大統領も参加するG7広島サミットが開かれるのも一つのご縁かもしれません。
 本書は、日米和親条約(1854年)の締結までを主にしているが、これを基準に5年後の1859年の横浜開港にいたる。硬庭部員たる者、この大筋だけはぜひ理解してほしい」
 年長者挨拶で、まさかの<お説教>を食らうとは想定外であったに違いない。それでも微笑を浮かべつつ、耳を傾けでくれた硬庭部員のみなさん、ありがとう!
 来年もまた3セット参加できるよう、日々の鍛錬を怠らないよう努めます。
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変わりつつある世界(5)

 前回の(4)の掲載は、2023年4月25日(火)であったが、その直後にハリー・べラフォンテの訃報が入った。
4月26日の毎日新聞によれば、「訃報 ハリー・ベラフォンテさん 96歳=米歌手」2023/4/26 東京夕名曲「バナナ・ボート」で知られる米国の歌手で人権活動家のハリー・ベラフォンテさんが25日、ニューヨーク市マンハッタンの自宅で死去した。96歳だった。 死因はうっ血性心不全。ニューヨーク・タイムズ紙が伝えた。1927年、マンハッタンのハーレム地区で生まれた。幼少期を母の生まれたジャマイカで数年過ごした。海軍除隊後にニューヨークのナイトクラブで歌手として舞台に立ち注目を浴び、…とある。
 「バナナ・ボート」は60年ほど前の学生時代によく歌った曲。10歳年長とは初めて知った。心より、ご冥福を祈る。

【台湾有事、日米で「抑止力強化」 デサンティス米州知事】
 25日の日経速報メールは次のように報じた。米南部フロリダ州のロン・デサンティス知事は25日、都内で日本経済新聞の単独インタビューに応じた。中国と台湾の関係について「目標は現状維持だ」と明言したうえで、中国が台湾を侵攻する「台湾有事」の回避に向けて日米が結束して抑止力を高めるべきだとの考えを明らかにした。中国を米国の国家安全保障にとって「最大の脅威」と位置づけ、フロリダ州で対中強硬法案づくりを急ぐ意向も示した。
 デサンティス氏は2024年の米大統領選挙に向けた共和党の有力候補の一人。日本政府の招待で訪日し岸田文雄首相らと面会した。共和党候補の指名獲得争いにまだ名乗りを上げていないが、トランプ前大統領の対抗馬となり得る。今後の去就について「現在の州議会の会期が終わるまで表明はしない」と述べるにとどめた。
 対中強硬派として知られるデサンティス氏は、冷戦時代の旧ソ連と比較しつつ「自由世界への脅威という点で21世紀の旧ソ連は中国だ。中国共産党は経済的に旧ソ連よりも強い」と指摘した。習近平国家主席について「きわめてイデオロギー色が強く、強化した軍事力の影響を中国の国境を越えて広げようとしているのは日米や同盟国にとっての懸案の源だ」と明言した。
 その一方で台湾に関して「私は米国の同盟相手だと思う。米国にとって重要な利害関係を持つ」と強調した。「繁栄する自由社会の一例であると同時に、半導体のような製品をつくることから戦略的にも重要だ」と理由を語った。
 台湾有事の際には日米ともに中国と対峙せざるを得なくなる可能性があるが、デサンティス氏は「戦況が起きないように抑止することが(政策の)目標であるべきだ」と主張。「敵対行為に伴うコストがいかなる便益をも上回ると習近平氏が判断すれば、有事を避けられる」と日米による抑止力強化に期待を示した。
 日米豪印の4カ国の枠組み「クアッド」や、日韓関係の改善を評価したうえで、インド太平洋地域の安定に向けた「礎石」として「極めて緊密な日米関係が必要だ」と日米同盟の意義を力説した。防衛費増額などを打ち出した日本政府の対応について「絶対的に正しい」と称賛した。
 ロシアが侵攻したウクライナへの米国の支援をめぐっては、米共和党支持者の間で支援疲れの兆しが出ている。デサンティス氏も支援に慎重な発言をして、米国内で批判された経緯がある。
 デサンティス氏はウクライナ軍による反攻の成功を「期待している」と述べつつ、米連邦予算の巨額の債務やインフレなどを理由に米国による対ウクライナ追加支援に慎重な立場を改めて示した。そのうえで「欧州の同盟国がもっと多くのことをする必要がある。ドイツはやっていない。欧州は日本を見習い、国防支出のよい目標を達成すべきだ」と語った。
 北朝鮮に関しては「何十年も市民を圧迫してきた全体主義国家だ。金正恩(キム・ジョンウン)総書記は権力の座にとどまるために必要なことを何でもやっていると思う。日本列島を越えてミサイルを発射しているのは受け入れられない」と批判した。
 フロリダ州では中国語教育機関「孔子学院」を廃止したり、中国人が農地や米軍基地近くの土地を買収するのを禁止したりといった対中強硬策を進めている。デサンティス氏は中国が外国に「警察署」を設置し、中国人を監視している動きに言及し「主権国家としてこうした活動を認めるのは不適切」との見解を示した。
 デサンティス氏は米国が中国の世界貿易機関(WTO)加盟を認め、「最恵国待遇」の地位を与えた結果、「中国がより問題を起こしやすくなり、軍事力を高め、裕福にそして力強くなってしまった」と分析した。中国のWTO加盟は失敗だったかと問われると「そう思う」と言明した。(聞き手は編集委員 瀬能繁)

【熱狂なき本命、バイデン氏出馬表明 対トランプ氏に勝算】
 26日早朝、日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・バイデン氏、24年の大統領選出馬を正式表明
・「米国の魂のため戦う」 最高齢、熱狂なく
・対トランプ氏で民主党束ねる「唯一の候補」
 バイデン大統領が25日、再選をめざして2024年の次期大統領選に立候補すると正式に表明した。本命には違いないが、支持者に熱狂はない。平均寿命が約76歳の米国にあって、史上最高齢の大統領は2期目を86歳で終える未踏の領域に挑む。
「4年前に大統領選に出馬したとき、私は米国の魂のために戦うと言った。今もそうだ。我々は今後数年間により多くの自由を手に入れるか、それとも失うのかという問題に直面している」。バイデン氏は25日早朝に公開した3分ほどのビデオでこう宣言した。
年明け早々としていた出馬表明が遅れた一つの要因は、急ぐ必要がなかったからだ。
 バイデン氏は22年11月、米有権者が政権に最初の審判を下す中間選挙で民主党を善戦に導き、高齢不安を理由に党内に巻き起こっていたバイデン降ろしの声を鎮めた。いまの党内に現役大統領に挑む政敵は見当たらない。
 「バイデン氏が80歳でなく70歳なら悩みはしない」。民主党支持者は語る。AP通信とシカゴ大世論調査センターの4月調査からは、有権者全体の7割超がバイデン氏の再出馬を「見たくない」と感じる米世論の声が浮かぶ。
 米リアル・クリア・ポリティクスの集計によると、民主党支持層でもバイデン氏の再選を支持するのは3分の1余りだ。「伴走者」のハリス副大統領と合わせても支持率が50%に届かないお寒い状況にある。
 それでもバイデン氏が「本命」なのは、ニューヨーク州大陪審に起訴されたトランプ前大統領が共和党の次期大統領選候補の最右翼にいるからにほかならない。米有権者の約7割は同じく前大統領の出馬を望んでいないが、共和党内はMAGA(「米国を再び偉大に」の頭文字)と呼ばれるトランプ主義なしにはまとまらない状況にある。
 同世代で保守強硬派を基盤とするトランプ氏が相手なら、バイデン氏は左派から中道派まで民主党内の各勢力を結束して戦うことのできる「唯一の候補」となり得る。極端な右傾化を嫌う無党派層の反トランプ票を取り込む皮算用も成り立つ。
 党内予備選での余計な消耗を避け、資金も人手も本選に集中するバイデン陣営の選挙戦術は正しい。だがいまはロシアのウクライナ侵攻が続く「戦時」であり、米中対立が国際秩序さえ変えようとしている。80歳代の米軍最高司令官に不安を抱くなというほうが無理がある。
 カリフォルニア大学サンタバーバラ校によると、バイデン氏の就任当初2年の記者会見は21回。同時期のトランプ前大統領(39回)、オバマ元大統領(46回)、ブッシュ元大統領(第43代、39回)、クリントン元大統領(83回)と比べて少ない。失言や失態を恐れて説明責任が不十分になれば、米国だけでなく世界に疑心や不安の種をまく。
 「待ち望まれていた正義の高波が押し寄せ、希望と歴史が響き合う」。バイデン氏は父祖の地アイルランドの詩人ヒーニーの言葉をしばしば引用する。トランプ主義を敵視するバイデン氏にとって、民主主義を守ると訴えることが「正義」となる。そこに希望の音色を響かせることができるか。24年へ向けた選挙戦が本格化する。(ワシントン支局長 大越匡洋)

【ispace、民間初の月面着陸に失敗 「次へ大きな一歩」】
 26日朝の日経速報メールは次のように報じた。
 宇宙スタートアップのispace(アイスペース)は26日、月面着陸船の月への着陸について、「通信の回復が見込まれず、完了が困難と判断した」と発表した。燃料が尽きて着陸時に機体を減速できずに月面に激しく衝突し、破損した可能性がある。成功すれば民間企業として世界初との期待があった月面着陸は失敗した。
 アイスペースの袴田武史最高経営責任者(CEO)は26日の記者会見で「着陸するまでのデータを取得しているのは非常に大きな達成で、次のミッションに向けた大きな一歩だと考えている」と強調した。着陸船は2022年12月に米スペースXのロケットで打ち上げられ、宇宙空間を4カ月半航行して月に到着した。26日午前0時40分ごろ、月面から高度約100キロメートルの位置で着陸態勢に入った。順調に行けば、着陸開始から1時間後の午前1時40分ごろに着陸する予定だった。
 アイスペースによると、着陸直前までは着陸船との通信は確認できていたという。ただ、その後は通信が途絶えた。東京都内にある管制室で通信の確立を試みたが、断念した。
 機体を十分に減速させてゆっくりと月面に降り立つ軟着陸ではなく、激しく衝突するような「ハードランディング」となった可能性が高いという。月では地球の6分の1程度の重力が働くため、月面方向に燃料を噴射して減速しながら下降し、4本の脚で着陸する計画だった。
 同社が着陸時のデータを分析したところ、着陸船の燃料が切れたほか、月面に向かう速度が急速に上昇していた。月面着陸は軟着陸が最大の難関とされる。着陸船が月面に激しく衝突して故障した可能性がある。
 今回の着陸船は宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが開発した小型ロボットなど7つの荷物を搭載していたが、月面に無事に届けることはできなかった。成功していればロボットは月面に放出され、動作確認や月面のデータを収集する予定だった。アイスペースは着陸船の脚に備えたカメラで月の砂を撮影し、米航空宇宙局(NASA)に所有権を販売する契約を結んでいた。
 月面着陸を巡っては米国と旧ソ連、中国の3カ国の政府機関が成功した事例はあるものの、民間で成功した事例はない。19年にはイスラエルの民間団体やインドの宇宙機関がそれぞれ試みたが着陸直前に通信が途絶え、軟着陸に失敗したとされる。
 アイスペースは24年に2回目、25年に3回目の着陸船の打ち上げを計画する。今回の運用で得た知見を2回目以降に生かす考えで、月面への定期輸送サービスによる収益化を将来的に目指していく。
 12日に宇宙開発の新興企業としては国内初の上場を果たした。今回の着陸失敗を受けて、アイスペースは着陸後のデータ送信を条件としている一部の顧客からの売り上げについて最大約1億600万円を計上できない可能性があるとしているが、「24年3月期の業績予想を直ちに修正すべき規模の影響はない」という。

【日銀、大規模緩和を維持 金融政策のレビュー実施へ】
 26日午後、日経速報メールは次のように報じた。
 日銀は28日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和政策を継続することを決めた。債券市場の機能低下といった副作用が指摘されていた長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の修正は見送った。過去の金融緩和策を対象としたレビューを実施することを決めたほか、政策金利をめぐるフォワードガイダンス(先行き指針)の一部を見直した。
 今回は植田和男総裁の就任後、初めての決定会合だった。植田総裁は28日午後に記者会見し、決定内容を説明する。マイナス金利政策は現状通り維持した。
 日銀は2022年12月、債券市場で長期国債の利回りが極端に低くなるといったゆがみが生じているとして、長期金利の変動上限を0.25%程度から0.5%程度に引き上げた。市場では政策の再修正の観測がくすぶっていたが、長短金利操作を維持することで政府・日銀が掲げる物価2%目標の達成を目指す方針とみられる。
 1990年代後半以降の金融緩和政策を対象としたレビューも実施する。日銀は16年に金融政策の「総括検証」、21年に「点検」を実施した。いずれも黒田東彦前総裁が主導した異次元緩和の一部を対象とし、期間は1カ月半ほどだった。今回は1年から1年半程度の時間をかけて多角的にレビューを行う。

【ソニーGの23年3月期、営業増益 売上高初の10兆円超】
 同じ26日、日経ニュースメールは次のように報じた。
 ソニーグループは28日、2023年3月期連結決算(国際会計基準)の本業のもうけを示す営業利益が前の期比で微増の1兆2082億円だったと発表した。音楽事業が堅調だったほか、スマートフォン向け画像センサーを手掛ける半導体事業などがけん引して利益を増やした。従来予想(前の期比2%減)から上振れして一転、営業増益となった。
 前期の売上高は前の期比16%増の11兆5398億円となり、同社として初めて10兆円の大台に達した。日立製作所の08年3月期の売上高11兆2267億円を上回り、国内電機大手の売上高として過去最高を更新した。
 一方で24年3月期の営業利益は前期比3%減の1兆1700億円を見込む。同社の営業利益が1兆円の大台を超すのは3期連続。売上高は前期比0.3%減の11兆5000億円で、純利益は10%減の8400億円をそれぞれ見込む。市場予想の平均(QUICKコンセンサス、営業益が1兆2484億円、純利益が9225億円)をそれぞれ下回る。中間配当は5円増の40円とする。年間配当は未定とした。
24年3月期はゲーム事業でソフトの開発費用の増加を見込むが、家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)5」などの損益改善や為替影響を見込む。今期のPS5の販売目標は歴代PSの中でも過去最高の2500万台とする。十時裕樹社長は「引き続きPS5の普及の加速を目指す」と述べた。
 24年3月期は3年間の中期経営計画の最終年度となる。ソニーGは調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の3年間の累計額を4兆3000億円とする目標を掲げている。これまで音楽や映画などエンタメ事業が好調だったことが奏功。23年4月時点の最新見通しは「5兆円に達する」と十時社長は明かし、安定した利益成長を強調した。
 また足元の経営環境から、半導体などを含めた3年間の設備投資額を1兆9000億円と当初計画から4000億円増額した一方、M&A(合併・買収)などの戦略投資は1兆8000億円として当初計画から2000億円引き下げた。十時社長は今期について「不安定な事業環境の中、足元のリスクマネジメントに重点を置く」と述べた。

【2056年に人口1億人割れ 70年に3割減の8700万人「将来推計人口」公表】
 26日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 国立社会保障・人口問題研究所は26日、長期的な日本の人口を予測した「将来推計人口」を公表した。2056年に人口が1億人を下回り、59年には日本人の出生数が50万人を割る。人口規模を保てなければ国力は縮みかねない。人口減社会でも経済成長の維持を目指す施策を急ぐ時期にさしかかっている。
 70年の総人口は現在のおよそ1億2600万人から3割減の8700万人に減る。
 17年の前回推計と比べ、人口の1億人割れの時期は3年遅くなった。外国人の入国超過数について16〜19年の平均値をとって、前回の年7万人から16万人に増えると見積もったためだ。日本人だけの人口でみると1億人を割る時期は48年へと1年早まった。
 全体の人口減のスピードはわずかに緩むものの、外国人が下支えする構図が鮮明となった。70年には日本の9人に1人が外国人となる。
 出生率の見通しは少子化の進展を反映し、仮定値の中位のシナリオで前回試算の1.44から1.36に下方修正した。
それに基づけば日本人の出生数は59年に49.6万人となる。足元では16年に100万人を、22年には80万人を割った。
 人口構成も少子高齢化の色が濃くなる。14歳以下の人口割合は50年に10%を割り込む。人数でみれば20年の1500万人からおよそ1040万人に減る。
 一方で65歳以上人口の比率は20年の28.6%から70年には38.7%に上がる。高齢者の数も70年に3367万人となる。20年比で200 万人以上減るものの、現役世代の人口減のスピードの方が速く、社会全体に占める高齢者の比率は高まる。
 外国人の流入が増えるとしても過度な期待をすべきでない。現役世代の減少傾向は変わらないからだ。
 15〜64歳の生産年齢人口は70年に4535万人と見積もった。7509万人だった20年実績からは4割減にあたる。これから50年間で3000万人規模の働き手が失われることになる。
 高齢化は社会保障費の急増につながるおそれがある。前回推計を使った政府試によれば、18年度に121兆円だったものが40年度に190兆円まで膨らむ。
 日本の経済成長の行方も左右する。マッキンゼー・アンド・カンパニーは20年公表の報告書で、日本が30年に現在の成長率を確保するには、労働生産性を2.5倍にする必要があると指摘した。
 総人口が1億人を割る見込みの時期まで、まだ30年以上ある。
 政府が取り組める余地はなお多い。経済成長は一般に労働、資本、生産性の3要素からなる。たとえ投下できる労働力が減っても生産性を高めれば成長につながる。
 内閣府の22年の試算によると、いまの生産性と資本が続くと仮定した場合、40年の実質国内総生産(GDP)は479兆円。女性の労働力率が男性並みに高まれば、これを519.5兆円まで押し上げられるという。
 内閣府は60年代も1億人の人口規模を維持できれば、高齢化率もピークアウトして現役世代の割合が増え、人口構成の「若返り」が期待できると分析する。
 少子化対策は出産や育児への財政支援だけではない。先端技術の開発を人口減対応の観点から進め、人工知能(AI)などをうまく活用すれば労働代替を期待できる。子育てしやすい環境づくりにつながれば出生率も改善する可能性はある。
 将来推計人口は国勢調査を基に5年に1度改定している。新型コロナウイルス禍を受け、今回は6年ぶりに改定した。

【習近平氏、ゼレンスキー氏と電話協議 「解決へ代表派遣」】
 26日晩の日経速報メール【北京=田島如生】によると、中国の習近平国家主席は26日、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話で協議した。ロシアによるウクライナ侵攻の解決策を議論するため、ウクライナに特別代表を派遣すると表明した。
中国国営中央テレビ(CCTV)やロイター通信が伝えた。両者が電話協議するのは、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻以降、初めて。
 習氏は「中国政府のユーラシア問題特別代表をウクライナなどに派遣し、ウクライナ危機の政治解決に向けて関係者と緊密に話し合う」と述べた。「速やかに戦火を止め、平和を回復するため独自の努力をする」と表明した。
 習氏は「対話と交渉が唯一の解決策であり、核戦争に勝者はいない」と強調。名指しを避けながらもロシアに核兵器を使用しないよう呼びかけた。「核問題のすべての関係者が冷静かつ抑制的に対応すべきだ」とも訴えた。
 CCTVによると、ゼレンスキー氏は外交手段によるウクライナ危機の解決に向け、中国が重要な役割を果たすことを歓迎した。「中国と包括的な協力を発展させ、世界の平和と安定の維持へ共に力を尽くすことを望む」と話したという。
 ゼレンスキー氏は電話協議後、ツイッターに「習氏と長時間にわたり、意義深い話をした。この電話は2国間関係を大きく発展させる」と投稿した。
 習氏とゼレンスキー氏の電話協議を受け、ロシア外務省のザハロワ情報局長は26日、「中国側が交渉プロセス確立のために努力する用意があることに注目している」とコメントした。
 中国は今年2月、ウクライナ危機の政治解決に向けた12項目の文書を公表した。習氏は3月にロシアを訪問してプーチン大統領と会談し、ウクライナとの対話を促した。
 ゼレンスキー氏は3月、習氏にウクライナへの訪問を要請したとAP通信のインタビューで明らかにした。

【米韓、核抑止へ協議体創設 「核使用なら北朝鮮は終焉」】
 27日早朝の日経ニュースメールは次のように報じた。
 【この記事のポイント】
・米韓首脳会談、核抑止の強化へ新たな協議体
・米の核運用方針を韓国と共有、迅速に対処する
・尹大統領「日本含め3カ国の協力へ努力続ける」
【ワシントン=甲原潤之介、坂口幸裕】米国のバイデン大統領は26日午後(日本時間27日未明)、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)  大統領との共同記者会見に臨んだ。北朝鮮が核を使えば「いかなる政権でも終焉(しゅうえん)につながる」と話した。両氏は核抑止の強化に向けた新たな協議体の創設を発表した。
 両氏はホワイトハウスで開いた首脳会談の成果を説明した。バイデン氏は「北朝鮮による米国や同盟国、パートナーへの核攻撃は容認できない」と強調した。「米韓相互防衛条約は鉄壁だ。拡大抑止への責務と核抑止力を含む」と話した。
 会談で拡大抑止の強化に関する「ワシントン宣言」を採択した。協議体の新設方針などを盛り込んだ。
協議体は「米韓核協議グループ」の名称で立ち上げる。米国の核運用の方針を韓国とある程度共有し、韓国側の安全保障上の懸念を払拭する狙いだ。米側は「大きな有事に対する我々の計画について韓国に追加的な見通しを示す定例の2国間協議メカニズム」と説明している。
 尹氏は核協議グループについて「北朝鮮の核に対する国民の懸念は多くが解消されるだろう」と述べた。「北朝鮮が核を使えば、強力な核戦略を含む圧倒的な対応で迅速に対処すると一致した」と強調した。
 「情報を共有して一緒にやるということだ。以前の『核の傘』を基礎にした拡大抑止とは大きく違う」と言及した。米軍の原子力潜水艦など戦略兵器を朝鮮半島に定期的かつ持続的に展開することになったと説明し、米の取り組みを歓迎した。
 バイデン氏は北朝鮮に「真剣かつ実質的な外交的打開策を求めている」と呼びかけ、改めて対話を促した。覇権主義的な行動をとる中国を念頭に「インド太平洋の未来が自由で開かれ、安全だと保証するため日本を含む3カ国でも協力している」と訴えた。
 日韓関係の改善を志向する尹氏に「あなたの政治的勇気と日本との外交に対する個人的な関与に改めて感謝する」と表明した。尹氏も「3カ国の協力強化に向け努力を続ける」と語った。
 尹氏はロシアのウクライナ侵攻に言及し「人的被害を引き起こす武力の使用はどんな場合でも正当化することはできない」と強調した。「ウクライナを支援するため協力を持続していくと合意した」と述べた。韓国が直接の武器支援に踏み切るかどうかは言及を避けた。
 尹氏は米国が韓国の通信を傍受していたとされる機密流出問題についても質問を受けた。「米国の調査を見守りながら、よく意思疎通しようと思う」と話した。
 経済安保に関連しては、半導体など先端技術分野のサプライチェーン(供給網)協力を一層強化するため緊密な協議を調整すると言明した。

【コロナ5類移行「5月8日」最終決定 対策は自己判断に】
 27日午前の日経速報メールは次のように報じた。
 政府は27日、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけを5月8日に5類に移すことを最終決定した。加藤勝信厚生労働相が表明した。3年以上に及んだ異例の政策対応は大きな区切りを迎える。社会経済活動の正常化に一段と弾みがつきそうだ。
 これに先立ち厚労省は27日午前、厚生科学審議会(厚労相の諮問機関)の感染症部会を開き、5類移行について了承を得た。政府は1月に5月8日の分類変更を決めたが、移行前に感染症部会の意見を聞いて最終確認する方針を示していた。
 部会では移行後の医療提供体制について、全国の病院8200のうちおよそ9割にあたる7400の医療機関で入院患者を受け入れられるとする計画も公表された。
 コロナは現在、感染症法上の2類以上に相当する「新型インフルエンザ等感染症」に位置づけられる。季節性インフルエンザと同等の5類に移ることで、同法に基づいて実施してきた措置もなくなる。
 感染者や濃厚接触者への待機要請はなくなり、個人の判断に委ねられる。感染者の療養期間については発症翌日から5日間を目安とする。5日間の療養後も熱やせきなどの症状が続いた場合は、症状回復から24時間が経過するまで外出自粛を推奨する。
現在公費で負担している検査費や外来医療費は原則として自己負担となる。
 コロナワクチンは5類に移行しても2023年度中は無料で接種できる。24年度以降の接種の扱いは今後詰める。
新規感染者数の公表も現在の毎日から週1回に見直す。全国5000ほどの医療機関に年齢層、性別ごとの新規感染者数を報告してもらい、集計結果を国立感染症研究所がホームページで公表する。
 事業者や個人の感染対策もそれぞれの判断となる。マスクの着用は3月13日から個人の判断に委ねられている。
5類移行で経済社会活動のいっそうの正常化が期待される。移行前までは感染者は法律に基づいて5〜7日間、濃厚接触者は3〜5日間の待機期間があった。小売・サービスなど労働集約型産業では通常営業の支障となるケースもあった。
 5類移行後は感染した人に5日間の療養が必要との目安を示すものの、それ以外に待機期間を求めない方針。企業側は労働者の突然の休業に惑わされることはなくなりそうだ。

【ホンダ・GSユアサ、国内にEV電池工場 4000億円規模】
 27日、日経速報メールは次のように報じた。
 ホンダとGSユアサは国内で電気自動車(EV)や住宅に使う電池の開発や量産に4000億円強を投資する。国内でまず年20ギガワット時以上の生産能力を目指し工場を新設する。2023年に共同出資で設立予定の新会社が主体となり、電池や部材の開発や設備投資を進める。経済産業省が1500億円程度を補助する。
 電池を巡ってはEV市場が世界最大の中国や、誘致策を拡充する米国に投資が集中し、技術や雇用の海外流出が懸念されている。国内生産を強化し産業基盤を維持する。
 量産をめざすのは、EVや住宅向けのリチウムイオン蓄電池。20ギガワット時以上の電池は、数十万台分のEVに搭載できる規模という。ホンダとGSユアサが新設する共同出資会社は、EVに使う電池だけでなく、開発や販路開拓、企画といった幅広い領域でも協業する。
 政府は22年12月に蓄電池を「特定重要物資」の一つとして閣議決定した。蓄電池で補助対象が明らかになるのは初めて。有事などに備え、国内での安定的な開発や供給が必要と判断した。経産省は22年度の第2次補正予算で同分野に3300億円を確保していた。今後も別の事業者への補助を計画している。

【経産省、韓国向け輸出管理の優遇再開 「グループA」に】
 28日、日経速報メールは次のように報じた。
 経済産業省は輸出優遇措置の対象となる「グループA(旧ホワイト国)」に韓国を再指定する方針だ。近く発表する。日本は韓国について2019年8月から、輸出する日本企業が受けられる貿易管理上の優遇措置が限定される「グループB」に格下げしていた。
経産省は格下げの理由について人員不足のほか、軍事転用可能な部品や素材を韓国が輸出する際の審査体制である「キャッチオール規制」が一部未導入だった点を挙げていた。
 輸出管理を巡っては厳格にした19年夏より前の状態に戻すことを念頭に、経産省が韓国当局と局長級の対話を続けていた。3月には韓国への半導体材料3品目の輸出管理の厳格化措置を緩和した。

【マンション修繕の住人決議、出席者の過半数で可能に 政府、24年度にも法改正検討 築30年物件が20年で2.4倍に】
 30日の日経速報メールは次のように報じた。
 政府は分譲マンションの修繕方針などを決める住人集会について出席者の過半数の賛成で決議できるよう法改正を検討する。現在は欠席を反対と見なすため賛成不足で決議できない場合がある。増加する老朽マンションの改修を進めやすくする。
法相の諮問機関である法制審議会で議論し、2024年度にも区分所有法の改正をめざす。
 国土交通省によると、ほぼ全てのマンションは建設から30年たつまでに少なくとも1回は大規模修繕をする。築30年以上の分譲マンションは21年末時点で全国に249万戸ある。20年後にはおよそ2.4倍の588万戸になる見通しだ。
 適切な時期に修繕しないとマンションの価値が落ち所有者離れにつながる。老朽化を放置すれば外壁がはがれるような事故も起きかねない。階段やエレベーターの修理が必要になることもある。修繕決議の要件を緩和して改修を後押しする。
 不動産調査会社の東京カンテイ(東京・品川)によると、中古マンションの全国の市場規模はおよそ3.4兆円(22年10〜12月)だった。19年同期と比べると新築マンションが1割近く減少した一方で、中古は3割ほど拡大した。
古いマンションでも管理が行き届いていれば地域に人を呼び込む魅力となる。
 マンションは共用部分などを修繕する際、所有者で構成する管理組合の集会での決議が要る。物件管理に無関心な住人や別の場所に住んでいて連絡がつかない人がいると欠席者が多くなる。
 現在は欠席して委任状や議決権行使書による賛否表明もなければ反対として扱うため、改修などに必要な決議ができないケースがある。
 特に大規模マンションで出席が少ない傾向がある。都内のタワーマンションの3割程度は出席率が7割未満という調査がある。
法制審は所有者の5分の4の賛成が必要な建て替えに関する決議の要件緩和も議論する。所有者の所在が分からないときは決議の参加対象から除外する案がある。多数決の要件を4分の3以下に引き下げることも検討する。
 建物の構造を変えるような大規模改修に必要な要件も緩める方向だ。現在は所有者の4分の3以上の同意が必要だが、出席者の4分の3で可能にすべきだとの意見がある。
 マンションの管理規約の変更も同様に緩和を協議する。防犯や災害対策で規約を変更する機会が増えており、決議の円滑化を求める声があがる。日本マンション管理士会連合会の瀬下義浩会長は「投資用での保有が増えている都市部で規約変更できない例が出ている」と話す。
 区分所有法の改正案には分譲マンションの所有者の責任について書き込む可能性がある。マンション管理は所有者が「相互に負うべき責務」だと明記すべきだという指摘がでている。

【岸田内閣支持率52%、4ポイント上昇 8カ月ぶり5割台 本社世論調査】
 同じ30日の日経速報メールは次のように報じた。
 本経済新聞社とテレビ東京は28〜30日に世論調査をした。岸田文雄内閣の支持率は52%で、3月の前回調査から4ポイント上がった。8カ月ぶりに5割台となった。「支持しない」と答えた割合は40%だった。
 23日投開票の衆参両院5つの補欠選挙で自民党は4勝1敗と補選前から議席を増やした。2022年8月まで5割以上を維持した内閣支持率は政治と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係を巡る問題などで低下した。23年に入ってから上昇が続いていた。
 内閣を支持する理由の首位は「自民党中心の内閣だから」(38%)、2位は「人柄が信頼できる」(28%)、3位は「安定感がある」(21%)と続いた。支持しない理由のトップは「政策が悪い」(41%)となった。
 政党支持率は自民党の43%が最も高い。2位は日本維新の会の13%、3位は立憲民主党の9%で、4カ月ぶりに順位が逆転した。支持政党がない「無党派層」は21%。
 調査は日経リサーチが28〜30日に全国の18歳以上の男女に携帯電話も含めて乱数番号(RDD)方式による電話で実施し816件の回答を得た。回答率は36.5%だった。
◇2023年4月定例世論調査の方法
 世論調査は有権者の一部に質問する「標本調査」の手法を使う。日本経済新聞社はコンピューターが無作為に決めた電話番号に調査員が架電する「乱数番号(RDD)方式」によって、毎月の定例世論調査や内閣改造後などの緊急世論調査で800〜1000人程度の有効回答を集める。
 標本調査と全数調査を比べた誤差の目安は、この規模ではおよそ3ポイント以内におさまる。今回の定例世論調査は日経リサーチが28〜30日、固定電話と携帯電話にかけて全国の18歳以上の男女から816件の回答を得た。回答率は36.5%だった。

【日経平均3日続伸 終値は266円高の2万9123円】
 5月1日の日経速報メールは次のように報じた。
 1日の東京株式市場で日経平均株価が続伸し、前週末比266円74銭(0.9%高)の2万9123円18銭で取引を終えた。終値で2万9000円を超えるのは2022年8月17日以来8カ月半ぶり。円相場が一時1カ月半ぶりの円安水準に下落し、輸出関連株に業績改善を見込んだ買いが集まった。もっとも米地銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)救済を巡る調整が大詰めと伝わるなか、先行き不透明感も強く一段の上値を追う動きは限られる。
 1日は信越化学工業、ダイキン工業、TDKなど輸出関連株が日経平均を押し上げた。日銀が前週末に金融緩和の継続姿勢を示したことで円相場は一時、1ドル=137円に迫った。決算発表が本格化するなかでNECが一時16%高となるなど、堅調な業績見通しを発表した企業も買われた。東京証券取引所の要請を受けて企業が株価の割安是正策を打ち出すとの期待も続き、東証プライム市場銘柄の7割が値上がりした。
 急速な預金流出が続くFRCを巡っては米連邦預金保険公社(FDIC)が公的管理下におく方向で調整が進んだと伝わり、米ダウ工業株30種平均先物は日本時間に強含んで推移した。ただ米市場の取引開始前に決着できるかには不透明感もあり、日本株も買い一巡後は上値を追う動きは限られた。

【米地銀FRC破綻、JPモルガンが買収 過去2番目の規模】
 同じ5月1日、日経速報メール【ニューヨーク=斉藤雄太、大島有美子】によると、米連邦預金保険公社(FDIC)は1日、米地銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)が経営破綻し、公的管理下に置いたと発表した。米銀最大手JPモルガン・チェースがFRCのすべての預金と資産を買収するとも発表した。3月のシリコンバレーバンク(SVB)の破綻後、財務が脆弱だったFRCの預金も急減し、信用不安が広がっていた。
 米国では2カ月足らずで3つの銀行が破綻する事態になった。破綻の連鎖に歯止めをかけられるかが焦点になる。FRCは低金利下で融資や債券投資を増やしてきた。米連邦準備理事会(FRB)の利上げで貸出債権や債券の含み損が拡大していた。
 FRCが本社を構えるカリフォルニア州の金融当局が1日に同行を閉鎖し、FDICを破綻管財人に指名した。FDICは競争入札を実施し、JPモルガンがFRCのすべての預金と実質的な全資産を引き継ぐことになった。
 JPモルガンはFRCの1730億ドル(約23兆7000億円)の貸出債権、300億ドルの証券、920億ドルの預金を引き取る。買収代金としてFDICに106億ドル支払う。FRCが米国内8州に構える84支店はJPモルガンの支店として1日に営業を再開する予定という。
 FRCの資産規模は2022年末時点で全米14位だった。23年4月13日時点の総資産は2291億ドル。破綻した米銀の資産規模としては3月に破綻した  SVBを上回り、リーマン危機時の2008年秋に破綻したワシントン・ミューチュアル(約3070億ドル)に次ぐ過去2番目の大きさとなった。
 JPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は1日、「銀行システムを安定させることができたのは良いことだ」とFRC買収の意義を強調した。地銀からの預金の流出は「ほぼ終わった」との認識も示した。
 FRCは本店のあるサンフランシスコに加え、ロサンゼルスやニューヨークなどに拠点を構え、富裕層向け事業を軸にここ数年で業容を急拡大していた。1口座あたり25万ドルまでの預金保険の対象外となる大口預金比率は昨年末時点で全体の7割弱と、約9割のSVBに次ぐ高い水準だった。
 3月10日にSVBが破綻するとFRCにも経営不安が飛び火し、預金の取り付けが生じた。同社は3月半ばに米銀最大手JPモルガン・チェースなど大手11行から300億ドルの預金を受け入れた。信用不安の広がりを防ぐための官民連携の救済措置だったが、資産の劣化や収益力の低下といった経営難は続いていた。
 4月24日発表の2023年1〜3月期決算で、3月末の預金が22年末比で4割以上減ったことが判明すると、経営不安が再燃しFRCの株価は下げが加速した。米銀大手への資産売却計画など打開策を模索したが、買い手側も損失リスクのある資産の購入には及び腰だった。
 今回、FDICとJPモルガンはFRCから引き継ぐ住宅ローンや商業用ローンで損失が発生した場合に負担を分かち合う契約を結んだ。いったんFDICの管理下に置く破綻処理を経ることで、買い手がつきやすくした。
 米財務省は1日、「(FRCが)すべての預金者を保護する方法で破綻処理されたことを歓迎する」との報道官コメントを公表した。預金保険の基金への影響は最小限に抑えられたと説明した。そのうえで「銀行システムは依然として健全で強靱(きょうじん)であり、米国人は預金の安全性と企業・家計への信用供与という銀行の本質的な機能について自信を持つべきだ」と強調した。
 FRBの金融引き締めに伴い、銀行預金からより利回りの高い金融商品に資金が流出する動きが続く。保有するローンや債券の損失が膨らみ、財務が悪化した米銀も多い。3月には資産規模で全米29位だったシグネチャー・バンクも破綻した。暗号資産(仮想通貨)関連の取引が多かったシルバーゲート銀行は自主清算に追い込まれた。

【リース取引、26年度にも資産計上 経営の透明性向上】
 2日、日経速報メールは次のように報じた。
 日本の会計基準を作る企業会計基準委員会(ASBJ)は2日、店舗や設備などを借りて使うリース取引に関する新しい会計基準の草案を公表した。原則すべてのリース取引について借り手に資産と負債に計上することを求め、2026年度にも適用する。国際基準と足並みをそろえ、企業の経営実態の透明性を高め投資家が評価しやすくする。業種によっては貸借対照表(BS)が大きく変動するため、投資家などに丁寧な説明が不可欠だ。
 制度改正で狙うのは、企業の経営実態を財務諸表に適切に反映することだ。リースの借り手はこれまで一部しかBSに計上していなかったため、投資家などから実態を示していないとの批判が多かった。かつて米国で小売り企業が破綻した際には支払いが決まっているリース料が「隠れ負債」だと問題視されたこともある。すでに国際会計基準(IFRS)や米国会計基準でも19年度からすべてのリース取引のBS計上が義務づけられており、日本も足並みをそろえる。
 リース取引は「ファイナンスリース」と「オペレーティングリース」に分けられる。中途解約できず実質的に購入に近いファイナンスリースはすでに使用権利と支払い義務をそれぞれ貸借対照表(BS)の資産・負債に計上している。一方、不動産などで利用が多いオペレーティングリースはBSに計上せず、支払ったリース料を損益計算書で費用処理していた。
 新しいリース会計は少額や短期契約の取引を除き、すべてのリース取引をBSに計上することを求める。「ある資産を使う権利を一定期間移転する契約」であればリースとみなされるため、適用対象も広がる。ASBJは草案への意見を募ったうえで最終基準にまとめる。3月期企業なら早ければ27年3月期、2月期企業なら28年2月期から適用される見通しだ。
 新制度の企業財務への影響は大きい。有価証券報告書で開示されている、支払いが決まっているリース料「未経過リース料」をもとに試算すると、金融などを除く上場企業1400社超で影響が見込まれ、資産・負債がそれぞれ合計で約18兆円増える。総資産や負債が膨らむため、総資産を使ってどれだけ利益を稼いだかを示す総資産利益率(ROA)や財務の健全性を示す自己資本比率が適用前よりも低下する。
 不動産を借り上げて入居者に貸し出す「サブリース」を手がける東建コーポレーションは、22年4月期の未経過リース料が2兆6988億円と総資産1941億円の約14倍にのぼる。同社は新リース会計により、これに近い規模のBS計上が必要になると見込む。「経営実態が変わるわけではない。投資家などに丁寧に説明するしかない」(同社)とする。
 店舗を賃借する小売りや、航空機や船舶をリース契約する航空会社や海運でも影響が大きそうだ。イオンは全国で展開する店舗でリースを活用しており、22年2月期の未経過リース料が約1兆円と総資産の1割弱に当たる。同社はリースを「引き続き有用な取引」としつつ、金利が上昇局面にあるなかで「従来以上に投資効率、資産効率を意識した経営が必要」と指摘する。
 本社や物流施設など不動産を売ると同時に借りて入居し続ける「セール・アンド・リースバック」の会計処理も変わる。同取引は所有する不動産をBSから切り離すメリットがあったが、新リース会計で契約内容によってはBSの圧縮効果が薄れる。セール・アンド・ リースバックはこれまで電通グループやエイベックス、リクルートホールディングスな どが活用した例がある。
 金融機関などによる企業評価にも影響する可能性がある。リース事業協会が20年にリースの借り手に実施した調査によると、リース基準変更で「リース負債増加による財務制限条項などへの影響」を懸念する声が13.1%あった。すでに格付け会社はBSに計上されていないリース取引も含めて企業の信用力を評価しているが、基準変更後に企業の資産や負債の計上額が大きく変われば、格付けにも波及する。
 新リース会計を機に、企業がリース取引を見直す動きが広がる可能性もある。リース取引のメリットだったBSから切り離す効果がなくなるためだ。商船三井は「新リース会計の効果や経済合理性などを考慮してリースを継続するかどうか判断していく」とする。セブン&アイ・ホールディングスは今後のリース活用の方向性について「現時点で未定」という。
 リース業界はこれまで新リース会計について「多くの企業が強い懸念を抱いている」などとして導入に反対してきた。リース事業協会の加藤建治事務局長は需要に与える影響について「公開草案の中身を吟味する」と話す。
 それでも制度変更は避けられないと見越し、すでに大手の一部はリースに頼らない経営へと動き出している。東京センチュリーは社名から「リース」を外し、不動産開発を進めるなど事業領域を拡大。リースを祖業とするオリックスは不動産や再生可能エネルギー、空港の運営など広く事業を手がけ、営業収益に占めるリースの比率は大きく下がっている。
 ただ事業を多角化できる会社は限られる。リース事業協会の加盟社は約230社で、そのうち資本金が1億円に満たないリース会社は半数弱に及ぶ。企業をつなぎ留めようとリース料の低価格化が進む可能性が指摘されるほか、合併や再編を通じて企業規模の拡大を模索する動きにつながるとの見方もある。

【AI研究の第一人者ヒントン氏、グーグルを退社「危険性話すため」】
 3日早朝の朝日新聞デジタルは、次のように報じた。
 人工知能(AI)研究の先駆者とされるカナダ・トロント大のジェフリー・ヒントン名誉教授は1日、米グーグルを退社したと表明した。対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」などの生成AIが世界的注目を集めるなか、AIの危険性をより自由に発信する意向を示した。
 米ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)が1日公開したインタビューで、ヒントン氏は、生成AIの普及で偽の画像や文章があふれ、真実がわからなくなる可能性があると指摘。グーグルや米マイクロソフトなどIT大手が、止めることのできない開発競争に陥っているとの見方を示した。

【米政府、AI規制と技術革新でバランス探る AI4社と会談】
 5日、日経速報メール【ワシントン=飛田臨太郎、ニューヨーク=渡辺直樹】によれば、ハリス米副大統領ら米政府高官は4日、生成AI(人工知能)の主要4社トップとホワイトハウスで会談した。対話型AI「Chat(チャット)GPT」を開発した米オープンAIなどが参加した。米政府は安全性に基本的な責任を負うよう要請した一方、技術革新へ協力する姿勢も示した。
 ハリス氏は会談後の声明で4社トップと「企業には製品の安全性を確保する倫理的、道徳的、法的な責任がある」との認識を共有したと明らかにした。「AIは最も強力な技術の一つで人々の生活を向上させ、社会の最大の課題に取り組む可能性を持つ」とも加えた。
 バイデン大統領も短時間、会議に立ち寄った。ツイッターで「責任を持ったイノベーションと、人々の権利と安全を守ることの重要性に触れた」と明かした。
 会談にはオープンAIのほか、米グーグルの持ち株会社のアルファベット、米マイクロソフト、生成AIスタートアップの米アンソロピックの最高経営責任者(CEO)が参加した。
 チャットGPTを開発し先行するオープンAI以外の3社も急速に力を伸ばしている。マイクロソフトはオープンAIと提携し、自社の検索やビジネスソフトにAIの搭載を進める。 グーグルは2023年2月に対話型AI「Bard(バード)」を発表した。
 アンソロピックは21年に設立されたスタートアップで、「クロード」と呼ぶ生成AIを開発し、チャットGPTのライバルと目される。CEOのダリオ・アモデイ氏はグーグルからオープンAIに転じ、さらに独立してアンソロピックを設立した。23年2月には古巣のグーグルからの出資が判明した。
 バイデン政権が懸念を抱くAIの安全面でのリスクはいくつかある。職場での人種差別の助長や偽情報の拡散などだ。AIが自動的に人種差別を強めるとの見方は与党・民主党内に多い。偽情報や著作権侵害は中国やロシアのリスクを念頭に置く。
 米政府の現時点の方針は、あくまで企業の努力に委ねる仕組みで安全性を担保する。政府・企業から独立した数千人の専門家らが評価し、企業に問題点を知らせる。AIプラットフォームの米「Scale AI」が開発した評価システムを使う。
 バイデン政権は規制だけでなく、技術革新も後押しする方針だ。4社トップとの会談にあわせ、1億4000万ドル(約190億円)を投じ、AIの国立研究機関を7つ立ち上げると発表した。
 米経済は長引くインフレと金融不安に揺れる。生成AIの登場は数少ない明るい材料だ。経済活動にもたらす潜在的な影響力は計り知れず、バイデン政権も技術革新の芽を摘むような規制には慎重にならざるをえない。
 政権内で巨大IT(情報技術)企業規制の急先鋒(せんぽう)であるカンター司法次官補(反トラスト局長)でさえも、4日の講演で「AIの技術が競争力のある市場を生み出し、技術そのものが競争力を持つようにすることは、絶対に必要なことだ」と言及した。
 米中競争の観点からも過度な規制がAIの技術革新を遅らせる事態は避けたいとの思惑もある。AIはドローンやデータ解析、自律型致死兵器システム(LAWS)など広く最新軍事技術に活用される。中国は軍民融合でAIの技術開発にまい進する。
 グーグル会長だったエリック・シュミット氏らが昨年9月にまとめた報告書は、25年までに米国がAI秩序を主導できなければ、世界中が中国のデジタル規範の中に置かれるリスクを指摘した。

【首相、グローバルサウスへの関与強化「サミットで示す」 アフリカ4カ国訪問 ロシア非難に2カ国同調】
 4日、日経速報メール【マプト=塩崎健太郎】によると、アフリカ訪問中の岸田文雄首相は4日、モザンビークの首都マプトで内外記者会見を開いた。主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)で「各国からもらった声を届け、グローバルサウス(南半球を中心とした新興・途上国)への関与の強化を具体的に示す」と意欲を示した。
 首相は4月29日に日本を出発しエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークの各首脳と会談した。
内外記者会見で首相は「外交の成果を広島サミットでの議論の糧にする」と述べた。G7とグローバルサウスの橋渡しとして「法の支配を貫徹する」ことが日本に求められていると唱えた。
 アフリカは米欧だけでなくロシアとも付き合う国が多い。広域経済圏構想「一帯一路」を掲げる中国もアフリカ各国に積極的に融資してきた。
 首相は日本の姿勢について「アフリカとともに成長するパートナーとして人への投資や成長の質を重視するきめ細やかなアプローチで関係を一層深化させていきたい」と説いた。戦闘が続くスーダンの安定化で協力することも確認した。
 モザンビークのニュシ大統領との4日の会談後の共同記者発表では「ロシアによる核の威嚇は受け入れられず、核兵器の使用はあってはならないことで一致した」と説明した。同国は独立時に旧ソ連の支援を受け、ロシアと関係が深い。
 今回の訪問にはグローバルサウスの国々をG7側に引き寄せる目的がある。ウクライナに侵攻するロシアなどを念頭に各国に「法の支配に基づく国際秩序の重要性」を訴えた。ウクライナ侵攻についてガーナとケニアが名指しでのロシア非難に同調した。
 両国は国連総会のロシア非難決議に賛成してきた。首脳会談でも批判的な立場を明確にした。
 債務問題を抱える国には「透明な開発金融」によるインフラ支援を打ち出した。人材教育や財政に目配りする「持続可能な成長」を提起した。中国から融資を受けた国が返済に行き詰まると権益などを中国が奪う「債務のわな」を踏まえた。
 ガーナとの首脳会談では同国の若手行政官の日本留学を支援する取り組みで合意した。ケニアでは日本のスタートアップの進出を含む市場の育成を打ち出した。太陽光や地熱発電などの再生可能エネルギーの普及へ協力するとも一致した。
林芳正外相も4月29日から5月7日までトリニダード・トバゴ、バルバドス、ペルー、チリ、パラグアイの中南米5カ国を訪問中だ。
G7広島サミット前に首相と外相が分担してグローバルサウスとされる国々を訪れた。G7議長国として国際世論づくりに取り組む姿勢を示した。

【デジタル遺言制度を創設へ 政府、ネット作成・署名不要 円滑相続を後押し】
 同じ5日の日経速報メールは次のように報じた。
 政府は法的効力がある遺言書をインターネット上で作成・保管できる制度の創設を調整する。署名・押印に代わる本人確認手段や改ざん防止の仕組みをつくる。デジタル社会で使いやすい遺言制度の導入により円滑な相続につなげる。
法務省が年内に有識者らで構成する研究会を立ち上げ、2024年3月を目標に新制度の方向性を提言する。法相の諮問機関である法制審議会の議論を経て民放などの法改正をめざす。
 現行制度で法的効力がある遺言書は3種類ある。本人が紙に直筆する自筆証書遺言、公証人に作成を委嘱する公正証書遺言、封書した遺言書を公証役場に持参する秘密証書遺言だ。
 自筆遺言には国による保管制度がある。法務省が2018年に発表した推計では作成済みと作成予定の合計で1204万人の需要があった。公正証書遺言は22年に11万1977件の利用があった。秘密証書はほとんど使われていない。
 新制度では自筆遺言をパソコンやスマートフォンで作成し、クラウド上などに保管する案がある。
 現在の自筆遺言は本人がペンを使って本文や作成日を書いて署名・押印しなければ法的効力を持たない。法務局に預けて亡くなった後で受け取りを請求する制度は用紙の大きさや余白やページ番号のふり方まで細かい規定がある。
 不動産や現預金など相続する財産を一覧化した財産目録も作成しなければならず、高齢者が自筆遺言を作るのは簡単でない。弁護士らの助けが必要になるケースが多い。
 ネット上での作成が可能になればフォーマットに沿って入力する形になるため遺言制度に詳しくない人でも自分でつくりやすい。紙の遺言書と違って紛失リスクがなく、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を使えば改ざんもされにくい。
デジタルでの相続対策サービスを手がけるサムライセキュリティ(東京・渋谷)の浜川智最高経営責任者(CEO)は「デジタル化で遺言作成の利便性が高まれば利用者の裾野が広がる」とみる。
 海外では紙以外の遺言制度の整備が進んでいる。法務省などの資料によると、米国は19年に電子遺言書法を定めた。
2人以上の証人の前で電子署名すればデジタルでの遺言書を認めた。導入は各州の判断に委ねられており、これまでにネバダ州やフロリダ州などが取り入れた。
 韓国も遺言を残す本人による趣旨説明や証人の立ち会いで録音の遺言が効力を持つ。
 一方でドイツやフランスなどまだデジタル形式や録音での遺言を認めていない国もある。遺言書は通常の契約と異なり本人が死去した後に使う。事後の意思確認ができないため、電子化への慎重論もある。
 政府はこうした意見を踏まえ、安全性や実効性を担保できる制度設計を探る。

【石川県能登で震度6強 今後1週間程度は警戒必要】
 同じ5日、日経速報メールは次のように報じた。
 5日午後2時42分ごろ、石川県能登地方で最大震度6強を観測する地震があった。震源地は能登地方で震源の深さは12キロ。地震の規模はマグニチュード(M)6.5と推定される。2020年12月から続く同地方の地震で震度、Mともに最大。気象庁は今後1週間ほどは最大震度6強程度の地震が起きる可能性があるとして注意を呼びかけている。

【北陸新幹線、全線で運転再開 地震の影響で一時見合わせ】
 同じ5日夕方、日経速報メールは次のように報じた。
 JR西日本などによると、北陸新幹線は5日午後4時3分ごろ、全線で運転を再開した。同日午後2時42分ごろに石川県能登地方を震源とする最大震度6強の地震が発生した影響で、運転を一時見合わせていた。

【韓国大統領「歴史より未来の協力」 日韓首脳会談】
 7日の日経速報メール【ソウル=小林恵理香】によると、韓国を訪問中の岸田文雄首相は7日、ソウルの韓国大統領府で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と会談した。日韓や日米韓の安全保障協力などを議論する。首脳同士が互いの国を訪問し合う「シャトル外交」が再始動した。
 韓国大統領府によると、まず少人数で約40分間会談した。
 その後の拡大会合の冒頭、尹氏は「東京で首脳会談を開催してから2カ月もたたないうちに、韓国と日本の関係も本格的な改善がはっきりとあらわれている」と述べた。「両国の歴史問題が完全に整理されない限り、未来の協力に一歩も踏み出せないという認識から抜け出さないといけない」と唱えた。
 首相は「対話がダイナミックに動き出している」と語り「2国間関係の進展について意見を交わしたい」と答えた。19〜21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に言及し「サミットを見据え、北朝鮮を含むインド太平洋地域の最新情勢やグローバルな課題の連携についても議論したい」と呼びかけた。
 首相は7日午前、政府専用機で羽田空港を出発した。同日昼にソウルに到着し、国立墓地の国立ソウル顕忠院を訪れた。首脳会談後、尹氏とそろって記者会見し成果を発表する。8日には韓日議員連盟の議員や韓国の経済関係者と面会を予定している。
首相の訪韓により元徴用工問題などで冷え込んだ日韓関係の改善機運を国内外に示す。核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への対応や半導体といった重要物資のサプライチェーン(供給網)の強化策を話し合う。
 首相は7日午前、羽田空港に向かう前に公邸で記者団に「尹氏と信頼関係に基づき率直な意見交換をしたい」と述べた。
G7サミットに尹氏を招待していることを踏まえ、国際・地域情勢についても議論すると話した。「日韓の対話の流れを一層発展させる」と強調した。
 石川県能登地方で5日に発生した地震をめぐり「政府として警戒感を持って状況を注視する。地元と緊密に連携を取る」と説明した。首相は地震の状況を見極めて訪韓する考えを示していた。
 日本の首相の訪韓は2018年2月に安倍晋三首相が平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開会式に参加して以来5年ぶりとなる。
シャトル外交は年に1回ずつ両首脳が互いの国を訪れる形式で04年に始まった。11年12月に当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が来日し、野田佳彦首相と会って以来滞っていた。

【3メガ銀、中途採用2年で4.5倍 三菱UFJは新卒と同水準へ】
 8日夕方の日経ニュースメールは次のように報じた。
 3メガバンクが中途採用を大幅に増やす。2023年度は少なくとも計770人と21年度実績比4.5倍に急増する。新卒を含む採用全体に占める比率も4割に迫り、三菱UFJ銀行は24年度にも中途の採用数を新卒とほぼ同水準にする方針だ。デジタル分野などで即戦力となる人材を集めており、新卒中心だった3メガ銀の採用は転機を迎えている。
 22年度の採用実績は計約570人と前年度比3.3倍まで増えたが、23年度はさらに35%以上、上積みする目標を掲げる。IT(情報技術)やマーケティング、マネーロンダリング(資金洗浄)対策、サステナビリティー(持続可能性)など専門的な知識が求められる部門で重点的に中途人材の採用を進めている。
 みずほフィナンシャルグループ(FG)と傘下の銀行・信託銀行は22年度に計320人強を中途採用した。前年度比5.3倍の水準で当初計画より増えた。23年春入行の新卒は380人で、中途採用が新卒の5分の1以下だった前の年の採用活動から一変した。23年度は400人以上を採用する計画だ。
 三菱UFJ銀は23年度、前年度より45%多い200人の中途採用をめざす。現在の仕事が多忙でも転職活動がしやすいよう、面接の回数を減らし、エントリーから最短2週間で内定を出せるようにする。中途入行者向けの研修も充実させる。来年度以降はさらに中途採用を増やし、24年度は新卒と同水準を採用する方針だ。
 三井住友銀行は23年度に63%増の170人を採用する。デジタルなど専門性を持った人材や、若手社会人などを積極的に採用する。同行は新卒でも24年度入行からサイバーセキュリティーやデータサイエンスなどの採用コースを設けて専門性のある若手人材の確保を急いでいる。
 3メガ銀の採用数に占める中途の割合は19年度の採用活動(新卒は20年入行)時にはわずか7%だったが、23年度は4割に迫る。中途採用を増やしているのは、デジタル金融の浸透や銀行法改正による業務範囲の拡大に伴い事業領域が広がっているためだ。
 巧妙化する金融犯罪に対応するため、セキュリティーや法令順守分野で知見のある人材の確保も急務になっている。大量採用の「バブル入行組」が退職期に入るほか、雇用の流動化を背景に若手の離職が目立っているという事情もある。
 メガバンク以外でも、りそなホールディングスは23年度に傘下4行の合計で前年度比2.3倍の364人を採用する計画だ。22年度に中途採用を250人と8割増やした三井住友信託銀行も23年度に150〜200人程度をとる方針だ。

【米銀の融資態度、地銀破綻でさらに悪化 不動産向け鮮明】
 9日の日経ニュースメール【ニューヨーク=大島有美子】によると、米地銀の破綻後に米国の銀行が融資態度を一段と厳しくしている。米連邦準備理事会(FRB)が8日発表した銀行融資担当者調査によると、2023年1〜3月に企業向け融資の厳しさを示す指数は46ポイントと22年10〜12月から1.2ポイント高まった。融資態度の厳格化は商業用不動産向けでより鮮明だ。米銀は今後、融資を絞り込む見通しで、米景気の重荷となる可能性がある。
 調査は4半期に1回公表する。今回の回答期間は3月27日〜4月7日。3月のシリコンバレーバンク(SVB)破綻で地銀の経営不安が強まって以降、初の調査となる。過去3カ月の融資状況について尋ね、米銀65行や米国に拠点を置く外国銀行19行が回答した。
 融資基準は「厳しくした」の回答割合から「緩めた」を引いて算出し、数値が大きいほど銀行の融資姿勢が引き締まっていることを示す。企業向けは22年後半から厳格化が続いており、今回調査でさらに厳しくなった。リーマン危機時や20年の新型コロナウイルス禍に次ぐ厳しさだ。商業用不動産向け融資も引き締まりが目立ち、建設・土地開発用は73.8と前回調査から4.6ポイント高まった。
 今回の調査の回答期間後となる5月1日にはファースト・リパブリック・バンク(FRC)が破綻した。米金融調査会社MFRのマリア・ラミレス最高経営責任者(CEO)は「銀行は融資への慎重姿勢を強めており、次回以降も厳格化の傾向は続くだろう」と指摘する。
 FRBによる急ピッチな利上げや景気減速懸念により、米銀の融資態度は悪化傾向にあった。急速な預金の流出に見舞われたSVBが3月10日に破綻すると地銀の信用不安が一気に広がった。他の銀行でも預金の流出が続いており、融資に慎重にならざるを得なくなっている。
 融資態度を厳しくした銀行は「経済見通しの不確実さ」(97%)、「流動性の低下や改善の必要性」(57%)、「担保価値の減少」(69%)などを主な理由に挙げた。景気後退に伴う融資の焦げ付きや預金流出の懸念に伴い、銀行が融資を絞り込む姿勢が示された。
 FRBによると、特に資産規模が500億〜2500億ドルの中堅銀行は、2500億ドル以上の大手銀と比べて「流動性や預金流出、資金調達コストに関する懸念への言及がより多かった」。
 銀行の融資態度と実際の融資動向は連動する。過去の景気後退期をみると、融資態度が厳格化した後、およそ半年から1年かけて貸出残高が鈍化・減少する傾向がみられる。融資の伸びはすでに鈍化しており、今後さらに低迷する公算が大きい。調査では23年の融資基準の見通しについても聞いた。銀行は、企業や消費者、商業不動産などすべての融資先で基準を厳しくすると回答した。
 与信環境の引き締まりの影響はすでに出ている。4月には生活雑貨販売大手のベッド・バス・アンド・ビヨンドが経営破綻した。資金繰りに窮し、増資による資金調達計画が失敗した。オフィスビルを担保にしたローンのデフォルト(債務不履行)も相次いでいる。
一方、借り手の資金需要も低迷している。大・中堅企業からの資金需要が「強まった」との回答割合から「弱まった」を引いた値は マイナス55.6と、22年10〜12月から24.3ポイントの大幅下落となり、リーマン時の水準(マイナス60.4)に次ぐ弱さとなった。
 空室増加などで収益の悪化しているオフィスビルなど商業用不動産向けローンも、需要の落ち込みが目立った。建設・土地開発向けの借り入れはマイナス67.2と、比較できる13年10〜12月以降で最低となった。JPモルガンのマイケル・フェローリ氏は「融資の供給側と需要側のどちらをみても今回の調査は先行きの厳しさを暗示している」と指摘した。

【米景気に3つの崖「融資・貯蓄・財政」 迫る真の試練】
 同じ9日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 米国経済に3つの「崖」が迫っている。米地銀の相次ぐ破綻で銀行は融資に慎重な姿勢を強める。個人消費を支えてきた新型コロナウイルス下の余剰貯蓄は年末にかけて使い切る公算が大きく、債務上限問題で与野党が対立するなか財政拡大による景気押し上げ余地も乏しい。米景気が緩やかな減速にとどまる軟着陸の道は狭まり、世界経済にも大きな試練となる。
3つの崖はシリコンバレーバンク(SVB)やファースト・リパブリック・バンク(FRC)など地銀の連続破綻がもたらす融資活動の萎縮だ。
 米連邦準備理事会(FRB)が8日発表した銀行融資担当者調査によると、2023年1〜3月の企業向け融資の厳しさを示す指数は46と新型コロナウイルスの影響が色濃い20年4〜6月以来の高水準になった。商業用不動産(建設・土地開発向け)は73.8とより高い数値だ。同指数は融資基準を「厳しくした」という回答割合から「緩めた」を差し引いて算出し、数値が大きいほど融資姿勢が厳しくなっていることを示す。
 今回の調査で示された融資基準の厳しさは過去の景気後退局面とほぼ同じレベルに達している。みずほリサーチ&テクノロジーズの太田智之チーフエコノミストは、銀行の融資態度が10ポイント悪化すると実際の貸し出しは1.4%減り、実質成長率を0.3%押し下げると試算する。
 「信用収縮が始まっている」。シカゴ連銀のグールズビー総裁は8日、米メディアに語った。FRBによると、米国の中小銀行の融資残高は3月末までの1カ月間で460億ドル(1%)減った。前月比の減少額は米住宅市場のバブル崩壊懸念が出始めていた07年3月以来、16年ぶりの大きさだ。4月に入ってからは持ち直しつつあるが、3月の落ち込みは回復しきれておらず、融資の厳格化が実際に貸し出しに響くのはこれからとみられている。
 相次ぐ地銀の破綻で大手銀に比べ信用力の劣る中堅・中小銀行では預金の流出圧力が強まった。これまでの低金利下で安価な資金調達源だった預金の獲得が難しくなり、銀行側は一段の減少を阻止するためにより高い金利を払ったり、預金減に見合うだけ貸出債権などの資産を減らす必要が出ている。
 融資先の選別が強まると、もともと財務的に弱かった企業はさらなる苦境に追い込まれる。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスによると、1〜3月の米企業の破産申請件数は183件と前年同期比で倍増した。年初からの3カ月間では2010年以来の高水準になった。
 3月には米シェアオフィス大手のウィーワークが大株主のソフトバンク・グループと、10億ドルの無担保債務を株式に転換する債務削減策で合意した。各社は必死の財務改善策を練る。資金繰りのメドが立たなくなった生活雑貨販売のベッド・バス・アンド・ビヨンドは4月に米連邦破産法11条(チャプター11)を申請した。
 信用収縮の懸念が広がるなか、FRBは5月3日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で10会合連続となる利上げを決めた。3月のエネルギー・食品を除く消費者物価指数(CPI)の上昇率は5.6%となお2%の物価目標にほど遠い。インフレの背後にある強い需要を抑え込む金融引き締め継続が必要だと判断している。
 米経済の7割を占める個人消費はなお粘り強さをみせる。1〜3月期の消費は3.7%増と7四半期ぶりの高水準だった。ただし近い将来の「崖」を指摘する声は多い。「嵐を呼ぶ雲はいまだ地平線上にとどまる」。米銀最大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は警告する。足元の消費の強さの一因にコロナ下で増えた余剰貯蓄の押し上げ効果があるとみるためだ。
 FRBスタッフの試算では、米家計は21年7〜9月期のピーク時に約2.3兆ドルの余剰貯蓄を抱えていた。多くのエコノミストはこれが足元で1兆ドル前後まで減ったとみる。ダイモン氏は「今年末から来年初めにかけて大半を使い果たし、将来の景気後退圧力に拍車をかける」と指摘する。
 米調査会社チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスによると1〜3月の米企業・政府機関の人員削減規模は27万人超と前年同期の5倍近くに膨らんだ。4月の全米の失業率は3.4%となお半世紀ぶりの低水準にとどまるが、リストラ計画が実行に移されるにつれて上昇は避けられない。
 米経済にとって第3の崖は財政だ。トランプ前政権やバイデン政権はコロナ対応の給付金など積極的な財政支出を繰り返し、20年は実質成長率を0.45ポイント、21年は0.11ポイント押し上げる要因になった。しかし22年は与党・民主党内で財政拡大がインフレを助長するといった反対論が上がり、0.1ポイントの成長下押しにつながった。
 現在は米政府の債務残高が上限に達し、バイデン政権と米議会下院の多数派を占める野党・共和党が上限引き上げをめぐる駆け引きを繰り広げている。バイデン米大統領は下院共和党を率いるマッカーシー議長と9日に会談する予定だが、歳出見直しなどをめぐる両者の溝は大きい。米財務省は臨時で実施する資金繰り策が「6月1日にも行き詰まる可能性がある」と議会に警告しているが、合意の道筋は見えない状況だ。
 「景気後退にならずに回避できる可能性のほうがまだ高いと考えている」。FRBのパウエル議長は3日の記者会見でこう訴えた。ただFRBのスタッフは3月時点で年後半の景気後退入りを基本シナリオとしている。ニューヨーク連銀が国債利回りの動きをもとに算出する景気後退確率も24年4月は68%まで高まった。
 これまでFRBは景気や雇用の強さからインフレ抑制に向けた引き締め強化にまい進することができた。この先さらなる「痛み」が顕在化した場合でも、なお2%の物価目標達成に向けた引き締め継続の意思は揺るがないのか。世界のけん引役である米国経済の動向は、欧州やアジア景気の行方も左右する。

【米債務上限問題、進展なく 大統領がG7欠席の可能性も】
 10日朝、日経ニュースメール【ワシントン=飛田臨太郎】によれば、バイデン米大統領は9日、連邦政府債務の上限引き上げを巡り、下院で多数派を握る野党・共和党のマッカーシー下院議長とホワイトハウスで会談した。債務不履行(デフォルト)回避に向けた引き上げの合意には至らず、バイデン氏は会談後、主要7カ国首脳会議(G7サミット)に欠席する可能性に言及した。
 デフォルトの可能性がある6月1日まで残り3週間となり、市場では警戒感が高まっている。マッカーシー氏は会談後、記者団に「新しい動きは見られなかった」と語った。12日に再協議すると明らかにした。
 バイデン氏は会談後、記者団に債務上限問題の解決が「最も重要なことだ」と述べた。「解決するまで、ここにとどまるだろう」と説明し、19〜21日に日本で開くG7サミットへの出席を取りやめる選択肢に触れた。
 米国では政府債務に限度額が定められている。米議会が6月までに上限の引き上げか停止を決定しなければ、国債の元本償還や利払いに回す資金が調達できなくなる。米財務省は6月1日にも危機が来ると警告している。
 9日の会談は債務上限を上げる条件として厳しい歳出削減を求める共和と、反対するバイデン政権との間で立場の隔たりが埋まらなかった。共和は気候変動対応などバイデン政権の看板政策を削る案を示しており、政権側は受け入れづらい。
 バイデン氏とマッカーシー氏の会談は2月1日以来で、およそ1時間に及んだ。協議には米議会の各党リーダーも交えた。上院から 与党・民主党のシューマー院内総務と共和のマコネル院内総務、下院から民主のジェフリーズ院内総務が出席した。
 デフォルトまでの期限が迫るなか、一時的に債務上限を無効にして合意までの時間をつくる選択肢もありえるが、マッカーシー氏は9日、慎重な姿勢を示した。政権側に早期の妥協を求める。ホワイトハウスのジャンピエール大統領報道官も同日「私たちのプランではない」と語った。
 バイデン氏は5月中に日本に加え、パプアニューギニアなどの外国訪問の予定が詰まる。米議会の日程を考慮すると、6月1日までにバイデン氏と上下両院の各党リーダーが集まれる日程は限られる。
イエレン米財務長官は議会が債務上限を引き上げなかった場合「経済的な大惨事になる」と警告している。「基軸通貨としてのドルに悪影響を及ぼす」とも指摘した。

【トヨタ営業益10%増の3兆円、日本企業初 24年3月期】
 トヨタ自動車は10日、2024年3月期の連結営業利益(国際会計基準)が前期比10%増の3兆円になる見通しだと発表した。達成すれば日本企業で初めてで、トヨタにとっては2年ぶりの最高益となる。生産台数の回復や好採算車種の増加が追い風になる。純利益は5%増の2兆5800億円を見込む。
 売上高は2%増の38兆円とした。これまでの日本企業の営業利益の最高はトヨタの22年3月期の2兆9956億円だった。想定為替レートは1ドル=125円と前期実績や実勢の135円より10円円高とした。円高は営業利益にも営業外損益にも影響するため、純利益は22年3月期の最高(2兆8501億円)に届かない。
 同日開いた決算説明会で、4月に就任した財務担当の宮崎洋一副社長は「資材高騰の影響をTPS(トヨタ生産方式)、原価低減と営業面の努力で跳ね返し、成長投資を着実に増やせる基盤が整ってきた」と話した。佐藤恒治社長もトヨタの社長としては3年ぶりに通期決算の説明会に出席した。
 営業利益が大きく増えるのは、車向けの半導体不足の影響が改善し、生産が回復する点が大きい。「トヨタ・レクサス」ブランドの生産台数の計画は11%増の1010万台と、6年ぶりの最高だった前期(913万台)をさらに100万台近く上回る見通しとした。ダイハツ工業と日野自動車を含めた世界販売台数も8%増の1138万台と5年ぶりの最高を見込む。
 また半導体の供給が改善すれば、好採算車種の生産もしやすくなる。トヨタは営業利益の増減要因に生産台数の増加と車種の採算改善のみで8650億円の増益効果を見込んだ。
 値上げ効果などの影響も5250億円の増益要因とした。トヨタは同社にとっての最大市場の米国などで値上げをしている。米調査会社のコックス・オートモーティブによると、23年1〜3月のトヨタ・レクサスの米国の平均価格は約4万2600ドル(約560万円)と1年で5%上昇した。
 仮に25万円相当の値上げを米国販売の200万台強でできるだけで、トヨタにとっては5000億円以上の増益となる。このほかトヨタが強みとする原価低減も3600億円利益を押し上げる。
 ただトヨタは輸出採算の悪化などによる円高影響が、8750億円の減益要因になるとした。鉄やアルミ、非鉄金属、樹脂といった原材料や燃料代の高騰は前期の1兆5千億円強に比べると和らぐものの、依然として5100億円の利益の下押し要因となる。
 あわせて発表した23年3月期の決算は、売上高が前の期比18%増の37兆1542億円、純利益が14%減の2兆4513億円だった。会社予想(17%減の2兆3600億円)からは上振れした。ただ原燃料高が響き減益となった。営業利益は9%減の2兆7250億円と会社予想を3250億円上回り、アナリスト予想の平均を示すQUICKコンセンサス(市場予想、2兆6377億円)も上回った。
 期末配当は35円とし、年間配当は8円増(株式分割考慮後ベース)の60円とした。あわせて1500億円を上限とする自社株買いも発表した。「株価水準等を踏まえて機動的に実施する」という。
 主要な4地域のトヨタの年度別のシェアでみると生産計画の下振れにより、日本や米国、中国で0.2〜1.1ポイント下がった。ただ欧州ではハイブリッド車(HV)の好調で0.5ポイントシェアが伸びた。
 10日午後に発表したトヨタの好業績見通しを受け、東京株式市場でトヨタの株価は一時前日比2%高となり、約5カ月ぶりの高値をつけた。24年3月期の営業利益見通しは市場予想の3兆427億円をやや下回った。ただトヨタは例年保守的な業績見通しを出すことで知られており、例年より下振れ幅が少ない点が好感された。
 欧州の運用会社から気候変動に関わる株主提案に「反対」
 トヨタは10日、6月14日に開く株主総会で欧州に本社を置く運用会社の3社から共同で気候変動に関わる株主提案を受け、この提案に反対する意見を示した。
 提案したのはオランダで公的年金を運用するAPGアセットマネジメントなど3社。トヨタの気候変動関連の開示を「投資家の期待に照らして不十分」と評価し、温暖化ガスの排出削減にどう寄与しているかなどをまとめた報告書の作成を定款に盛り込むよう求めた。
 トヨタは提案に対し「開示のあり方は適時に変化させていく必要がある」とした上で、「定款には個別具体的な業務執行に関する事項は規定せず、現行の定款を維持したい」とした。

【トルコ大統領選、決選投票へ エルドアン氏過半数届かず】
 15日晩の日経速報メール【アンカラ=福冨隼太郎】によれば、トルコの選挙管理当局は15日、14日に実施した大統領選で現職のエルドアン大統領(69)の得票率が49%超だったと発表した。当選に必要な過半数に届かず、約45%を得た野党候補のクルチダルオール氏(74)と28日の決選投票に進むことになった。
 大統領選と同時に行われた議会選(一院制、定数600)ではエルドアン氏の与党連合が過半数議席を維持した。エルドアン氏は議会との「ねじれ」を生まないよう、有権者に自身への支持を訴えるとみられる。
 少数野党で極右のオアン氏(55)の得票は5%強だった。オアン氏は15日、ロイター通信の取材に対し、決選投票でいずれの陣営を支持するか自陣営と協議すると説明した。オアン氏の票がどちらに流れるかが決選投票の結果を左右しそうだ。
 エルドアン氏は15日未明、アンカラの公正発展党(AKP)の党本部で演説し「得票はクルチダルオール氏よりもはるかに多い」と主張した。「1回目の投票で終わるかはわからない」とも述べ、決選投票となっても最終的に勝利すると自信を示した。
 クルチダルオール氏は同日未明、最大野党・共和人民党(CHP)の党本部で記者団に「決選投票で必ず勝利する。民主主義をもたらす」と語った。

【賃上げドミノ、横並び変える 老いも若きも待遇改善 日本の賃金 強まる上昇圧力②】
 16日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 長く横並びだった3メガバンクの初任給にこの春、異変が起きた。三井住友銀行は2023年入行の大卒初任給を5万円増の25万5千円に大幅に引き上げた。前年までと比べ24%増で引き上げは16年ぶり。「学生の価値観の多様化に加え、人材の流動性が高まっている」(同行)ことも踏まえ、急ぎ引き上げる必要があると判断した。
 スマートフォンを使った金融サービスなどの強化に必要なデジタル人材はあらゆる業界で奪い合いだ。人事院の調査によると22年4月時点の民間企業の大卒事務員の平均初任給は20万7878円。従来の待遇のままだと、優秀な人材が獲得しにくくなっていた。年数億円単位の人件費増につながるが危機感が勝った。
 みずほフィナンシャルグループは24年に5万5000円増、三菱UFJ銀行も同年に5万円、それぞれ初任給を引き上げることを決め、ネット専業銀行や地方銀行にも波及した。「高めの報酬を提示する商社やコンサルティング会社と見劣りしない水準にしなければ採り負ける」。ある3メガ銀幹部は本音をもらす。
 ただ、ライバルと目される商社は先を行く。三菱商事は23年4月入社の大卒初任給を30万5000円と前年比5万円引き上げた。初任給引き上げドミノは商社業界に波及し、差が縮まらなかった金融業界は来年度以降も待遇改善を迫られる可能性がある。
 日本経済新聞が実施した採用計画調査では23年4月入社の大卒初任給は前年比2.2%増。22年入社を1.6ポイント上回り、10年以降で過去最高となる増加率だ。労務行政研究所によると、23年度に全学歴で引き上げた企業は70.7%と22年度比28.9ポイント増に急増している。
 背景には新卒採用で売り手市場の傾向が一段と強まっていることがある。リクルートワークス研究所によると、24年3月卒業予定の大卒求人倍率は1.71倍と、23年卒の1.58倍より0.13ポイント上昇し、新型コロナウイルス禍前の水準をうかがいつつある。少子化もあって大卒求人倍率の上昇基調は長期的に続く。
 賃上げの波は新卒だけでなく、これまで春季労使交渉の対象外だった、管理職やシニア人材にも広がる。日東電工は7月から、約1000人の管理職を対象に基本給を平均で約1割引き上げる。管理職給与の改定は5年ぶりだ。
 OKIは役職定年制度を4月に廃止した。従来は56歳で役員以外の管理職はシニア社員として役職を降り給与も最大15%下がっていた。今後、60歳までは役職にとどまることが可能で給与も下げない。
 60歳以降も適性と会社の意向で管理職にとどまる道も残した。八反田徹人事総務部長は「中途採用競争も激しくなっており、シニア社員と若手社員の登用という二軸を併用していくしかない」と話す。
 老いも若きも賃上げが始まった23年。労働政策研究・研修機構の荻野登リサーチ・フェローは「永久凍土のように手つかずだった初任給の引き上げと管理職やシニアの処遇改善が、人手不足を背景にようやくてこ入れされ始めた」と指摘する。企業の賃上げ競争の号砲は鳴らされたばかりだ。

【楽天G、最大3300億円の増資発表 公募増資と第三者割当】
 16日午後、日経速報メールは次のように報じた。
 楽天グループは16日、公募増資と三木谷浩史会長兼社長の資産管理会社などへの第三者割当増資で最大で約3300億円を調達すると発表した。楽天は携帯電話事業の設備投資の負担が重く最終赤字が続く。資金調達のため、西友ホールディングス(HD)の保有株売却などを進めているが、投資家などからも広く資金を調達し財務基盤の改善を急ぐ。
 第三者割当増資ではサイバーエージェント、東急なども引き受け、計420億円となる。公募価格は未定だが、16日の終値(610円)で計算すると、総額で最大2855億円となる。

【核融合発電で日本連合 三菱商事など16社、新興に出資】
 16日晩の日経ニュースメールは次のように報じた。
 次世代エネルギー技術である核融合発電で官民が日本連合を形成する。三菱商事や関西電力、政府系ファンドなど16社が京都大学発スタートアップに計約100億円出資する。関連設備や技術者など経営資源を充実させ技術開発力を高める。燃料は海水から採取できるため無尽蔵に近く、脱炭素の切り札として期待されている。海外勢が開発で先行するなか、オールジャパン体制で世界との競争に挑む。
 出資先は京都フュージョニアリング(東京・千代田)。京大の研究者らが2019年に設立し、核融合の関連技術を持つスタートアップでは国内で最も実績がある。
 三菱UFJ銀行や三井物産、Jパワー、INPEXのほか、政府系ファンドのJICベンチャー・グロース・インベストメンツなど16社が第三者割当増資を引き受けた。新規出資分は合計で20%程度になるとみられる。
 京都フュージョニアリングは「ジャイロトロン」と呼ばれるプラズマ加熱装置で高い技術力を持つ。核融合反応を促す中核装置で、開発では世界でも先行する。技術力への期待から英国原子力公社から装置を受注した。
 調達した資金を活用し、核融合炉を安定的に稼働できる技術の確立を目指す。24年にも国内に核融合発電の小規模な実験プラントを設け、ジャイロトロンなどの装置が安定して動くかどうかや熱の取り出しなどを実証する。技術者らの採用も拡大し、現在の約3倍の200〜300人規模に増やす。
 20年代後半から世界で実験炉の建設が本格化する見通し。設備需要の拡大が見込まれるため、追加の資金調達も検討していく。三菱商事なども出資を通じ、核融合のノウハウを蓄積する。早期の実用化を後押しし、次世代エネルギーで主導権を得たい考えだ。
 核融合発電は原子核同士を融合させてエネルギーを取り出す仕組み。化石燃料を燃やさず二酸化炭素(CO2)が発生しない。燃料となる重水素は海水に含まれ、水素と異なり、中性子を1つ持つ。海水を電気分解するなどして取り出す。地球の表面の7割を占める海から大量に採取できる。
 30年代の商用化に向け、技術開発が進展してきている。米エネルギー省は22年12月に、実験で核融合を起こすために投入した分を上回るエネルギーを取り出せたと発表した。
 企業側も後押しに動き出した。米マイクロソフトは核融合発電の米スタートアップのヘリオン・エナジーと28年からの電力購入契約を結んだ。核融合の売電契約が交わされるのは世界で初めてとされる。企業の支援が加速すれば、実用化が前倒しになる可能性もある。
 日本は国際プロジェクト「国際熱核融合実験炉(ITER)」に参画するなど、1990年代から国主導でプロジェクトを進めてきた。世界でもトップレベルの技術を持ち、「材料開発では欧州とともに先行している」(慶応大学の岡野邦彦訪問教授)。
 日本政府も4月には核融合発電の実用化に向けた初の国家戦略を策定し、産業化の推進や専門人材の育成を急ぐ方針を打ち出した。
 ただ、国主導から民間主体に移り始め、巨額資金を調達するなど競争が激しくなってきている。米核融合産業協会が22年7月にまとめた報告書では、世界の核融合関連の企業は30社以上存在し、資金調達額は計48億ドル(約6500億円)以上に上る。
 米マサチューセッツ工科大学発のコモンウェルス・フュージョン・システムズは累計20億ドル以上を調達した。英トカマク・エナジーは核融合反応の効率を高める技術などで特許申請数を伸ばし、数で他社を圧倒する。
 核融合発電は巨大な市場規模が見込まれ、産業の裾野も広い。実用化になお時間がかかる。日本も世界での開発競争に乗り遅れないためには、オールジャパンでの支援が重要となる。

核融合発電
 水素のような軽い原子核同士が融合し、ヘリウムなどの重い原子核に変わる反応で、少ない燃料から膨大なエネルギーを生み出す。理論上は1グラムの燃料からタンクローリー1台分にあたる約8トンの石油と同じ熱量を得られるとされる。現在の原子力発電所で起こしている核分裂反応の4倍にのぼるとされる。

 太陽も核融合反応で膨大な熱を放出するため、核融合炉は「地上の太陽」と呼ばれる。核融合燃料やその原料は海水に含まれるため、資源供給の不安も少ない。燃料供給を止めれば反応がすぐに収まるため、従来の原発よりも安全性が高いとされる。
 核融合反応で得た熱で水から蒸気を作り、タービンを回転させるなどすれば発電できる。核融合発電は石油や天然ガスを燃やす火力発電と異なり二酸化炭素(CO2)を排出しないため、脱炭素の切り札にもなる。国際協力では日本や米欧、中国やインドはITERの建設をフランスで進めており、2035年に核融合反応を起こして熱を発生させる運転を始める計画だ。(新興・中小企業エディター 鈴木健二朗、大西智也、サイエンスエディター 草塩拓郎、猪俣里美)

【ChatGPT開発のCEO「高度AIに免許制を」 米議会で提案】
 17日の日経ニュースメール【シリコンバレー=渡辺直樹】によれば、対話型人工知能(AI)「Chat(チャット)GPT」を開発した米新興オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は16日、米議会上院の小委員会で証言した。AIのリスクに対し「政府による規制面での介入が重要になる」と述べ、高度なAI開発とサービス提供にライセンス制を導入することを提案した。
アルトマン氏が提案した新しい機関は、原子力規制のように一定以上の能力を持つAIにライセンスを付与し、安全基準を満たさない場合にはライセンスを取り上げることで、安全性を担保する形を想定している。また専門家による独立した監査を義務付けることを挙げた。
 高度なAIが世論を形成し、選挙干渉につながるのではという議員からの質問に対し、アルトマン氏は「来年には(大統領)選挙もあり、私が最も懸念している事項の一つだ」と話した。
 AIによる情報誘導を避けるため「その人が見ているコンテンツが(AIによって)生成されたものなのか、そうでないのか明確にする必要がある」と指摘した。その上で、AIサービスを提供する企業がどのような情報を消費者に開示すべきかの基準となる「ルールや ガイドラインが必要になる」と述べた。
 米国ではオープンAIの最新技術基盤である「GPT-4」を上回るシステムの訓練を少なくとも6カ月間停止するよう求める非営利団体による署名活動も起きている。アルトマン氏は「現在GPT-5の訓練はしていないし、今後6カ月の間にする予定もない」と話した。当面は安全対策を重視し、ルールづくりを見極めていく方針を示した。
 米IBMの最高プライバシー責任者を務めるクリスティーナ・モンゴメリー氏も証言し、「AIを積極的に開発・使用している企業は戦略に責任を持つ倫理担当者や、委員会などの内部ガバナンスを備える必要がある」と述べた。

【電気代6月値上げ、家計負担さらに そがれる補助効果】
 16日の日経ニュースメールは次のように報じた。
 燃料価格の高騰に伴う家庭向け電力料金の値上げ幅が16日決着した。夏の需要期を控え、家計の負担は重くなる。政府の激変緩和の補助政策は9月までの期限がある。輸入燃料に依存しない脱炭素型経済への転換に向けて官民が対応を急ぐ必要がある。
 西村康稔経済産業相は16日の記者会見で「(東京電力ホールディングスなど)7社中5社が当初申請前よりも低い料金水準になる」と力を込めた。政府の電力料金の激変緩和策などの効果で、一般家庭の負担増は抑制できると訴えた。
 値上げ幅の決着までは曲折があった。電力7社は当初、主に2022年7〜11月の燃料価格をもとに経産省に値上げを申請した。だが今年に入って燃料費の上昇が一服したのに加え、電力業界で顧客情報の不正閲覧やカルテルといった不祥事が明るみに出た。
 河野太郎消費者相は不祥事と値上げ申請を関連付けて審査すべきだと圧力を強めた。一方、4月の統一地方選を控え、岸田文雄首相が慎重な検討を求めたこともあった。
 この結果、2回にわたって値上げ幅が圧縮された。電力会社は、経営効率化に向けた一段の取り組みが求められる。各社の改善策は割安な低品位の石炭の利用拡大やデジタル技術の導入による業務効率化、不動産の賃借料の削減など幅広い。
 東電は顧客の再生可能エネルギー設備導入を独自に補助するなどして省エネを促す。省エネで高止まりする燃料調達費を抑えたい狙いがある。圧縮されたとはいえ、家庭の電気代の負担は増える。2人以上世帯の消費支出に占める割合は22年に4.4%と、比較可能な00年以降で最も高くなっている。政府が今年1月から負担軽減のために始めた補助制度は、6月からの値上げで効果はそがれる。
 野村総合研究所の木内登英氏は「実質賃金がマイナスの状況が続いており、値上げは家計に打撃となり消費に下押し圧力がかかる」とみる。
 経産省や電力各社は、家庭が1年間を通じて同じ電力量を使うことを前提に平均料金を算定する。実際には冷房を使う夏や暖房を利用する冬の使用量が増え、電気代は高くなる。夏の需要期を迎えれば、平均的な算定値以上に家計の負担が大きくなるリスクがある。
 東電は値上げ申請にあたり、休止している柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の7号機を10月に再稼働させる前提を置いた。しかし同原発ではテロ対策の不備が相次ぎ、原子力規制委員会から事実上の運転禁止命令を受けている。想定通りに収益が改善するかは見通せず、再値上げに追い込まれる可能性も残る。
 東北電力は女川原発2号機(宮城県)を24年2月に再稼働させる前提だ。再稼働による燃料費の削減効果は年間400億円程度で、樋口康二郎社長は16日「フル稼働できれば、収支に良い影響を与える」と語った。
政府の電気代補助は9月末までが期限だ。西村経産相は16日、補助の延長について問われ「今後さまざまな状況を見ながら適切に判断していきたい」と述べるにとどめた。10月以降も続くかは不透明だ。
 冬に入り、暖房需要が増える時期に補助制度がなくなれば家計の支出は一段と膨らむ恐れがある。もっとも補助は家計の負担を和らげる半面、電力消費の増加につながる面もある。
 ドイツでは電気代やガス価格の上昇に伴うインフレを抑制するため、政府が光熱費を支援する枠組みを持つ。支援対象は過去の消費量の8割までだ。家計を支援するとともに省エネを促す目的がある。燃料費上昇に伴う負担軽減に特化した日本とは性格は異なる。
 大手電力のうち原発の再稼働が進む関西電力や九州電力は値上げは見送った。火力比率の高い電力会社や規模の小さな地方電力の収益悪化が目立ち、値上げにつながった。
 家計負担を長期的に軽減するには、他国からの輸入に頼る化石燃料の利用を減らしていくしかない。「自国産エネルギー」といえる太陽光や風力といった再生可能エネルギーの導入拡大や、安定して発電できる原発の再稼働など、電源の脱炭素化がカギを握る。

【米債務上限の議論平行線 大統領、G7後に再協議へ】
 17日朝の日経ニュースメール【ワシントン=飛田臨太郎】によれば、バイデン米大統領と野党・共和党のマッカーシー下院議長は16日、連邦政府債務の上限引き上げを巡りホワイトハウスで会談した。マッカーシー氏は会談後、記者団に引き上げの合意には至らなかったと明かした。日本で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)からバイデン氏が帰国後に再協議する。
 共和が引き上げの条件として要求する歳出削減をめぐり妥協案を探った。マッカーシー氏は依然として立場に隔たりがあるとの認識を示した一方「今週末までに取引を成立させることは可能だ」とも述べた。
 ホワイトハウスは会談後に声明を発表し、バイデン氏が残る課題について事務レベルで毎日協議するよう指示したと明らかにした。バイデン氏は日本から帰国後にマッカーシー氏と改めて会談する意向だ。
 声明に「バイデン氏は『双方が誠実に交渉し、どちらの側も望むものをすべて手に入れることはできないと認識すれば、超党派の予算合意へ道が開けると楽観視している』と強調した」と記した。
 米財務省が資金繰りで行き詰まる可能性がある6月1日の「Xデー」が2週間ほどに迫る。債務不履行(デフォルト)の懸念が強まっている。バイデン氏と上下両院の議会リーダーは9日に続き協議した。9日以降、事務レベルで断続的に意見を擦り合わせてきた。
 米メディアによるとバイデン政権は無条件の引き上げを共和に求めていたが、一部の歳出削減案で一致点を探っている。政府補助金の要件を厳しくする案や未使用の新型コロナウイルス対策費を取り消す案などが浮上する。エネルギーインフラに関する認可要件の緩和も双方が合意できる点となりえる。
 共和の保守強硬派はバイデン政権の看板政策である気候変動対策や社会保障制度を削るよう主張している。与党・民主党にはのめない提案だ。バイデン氏がG7に出席している間に事務レベルで双方の落としどころを詰める。
 米国では政府債務に限度額が定められている。議会が6月までに上限の引き上げか停止を決定しなければ、国債の元本償還や利払いに回す資金が調達できなくなる可能性がある。米財務省は6月1日にも危機が来ると警告している。
 イエレン財務長官は16日、与野党リーダーの会談に先立ち講演し「時間はもうない。議会は一刻も早く対処すべきだ」と訴えた。 「デフォルトは、私たちが苦労して獲得した進歩をすべて覆すことになる」と唱え「多くの米国の雇用とビジネスを破壊する不況につながる可能性がある」と指摘した。
 ロイター通信などが9〜15日に実施した世論調査によると、およそ8割の米国人がデフォルト回避のための合意を望んだ。無条件で債務上限をすぐに引き上げるべきだと答えた人と、大幅な歳出削減なしに引き上げるべきでないと答えた人が半々で割れた。


 この間、以下の録画を視聴することができた。 (1)BS6報道1930「北朝鮮が軍事衛星発射か。”尊敬するお嬢様“づくりが始まった」4月25日。 (2)英雄たちの選択「ようこそ黒船~阿部正弘とマシュー・ペリー(再)26日。 (3)BS6報道1930「プーチン氏 暗殺恐れ地下壕に。ロシアのテロ組織”実行犯”を直撃」26日。 (4)BS6報道1930「訪米韓国大統領の重圧。対米従属迫られる事情。「核の傘」同盟強化は」27日。 (5)BS6報道1930「日本は軟着陸できるか。日銀正常化の困難とは。大丈夫か?米金融危機」28。 (6)BS6報道1930「ウクライナ春の大攻勢。“河渡る奇襲”準備か。ロシアでテロ画策も?」5月1日。 (7)BS6報道1930「日本の社会経済の危機。加速する人口減が迫る外国人受け入れの改革」2日。 (8)BS6報道1930「若者投票率低い背景に”同世代候補いない現実“」3日。 (9)BS6報道1930「ロシア新傭兵部隊「コンボイ」の実力は? プーチン氏動かす男の権力」4日。 (10)BS6報道1930「コロナ第9派来るのか…5類引き下げは大丈夫?」5日。 (11)BS6報道1930「合同結婚式を現地取材…安倍氏銃撃後初開催”旧統一教会“変化とは」8日。 (12)BS6報道1930「NATO軍が徹底訓練、ウ軍が企む電撃戦とは、ロ軍防衛線弱点はどこに」10日。 (13)BS6報道1930「ロシア国内で破壊活動、パルチザンの実態証言。 トルコ大統領選の不穏」12日。 (14)BS1スペシャル「市民が見たコロナショック 2023年5月」14日。 (15)BS6報道1930「SDGs特別番組 ”人間の破壊“ プーチン氏をなぜ止められなかった…2014年6月の証言」14日。 (16)BS6報道1930「ウクライナ反転攻勢はいつ? 待ち受ける難題とは」15日。 (17)BS6報道1930「プーチン体制崩壊ならロシア大分裂? 欧米で広まる議論の現実味」16日。

神奈川県立博物館協会(県博協)総会と表彰式

 2023(令和5)年5月10日(水)午後、神奈川県立博物館協会(県博協)総会があった。朝の冷気がウソのような快晴である。
 馬車道沿いにある会場の神奈川県立博物館(県博)は旧横浜正金銀行本店本館で国指定重要文化財、外観は堂々たる石造りのドイツ風建造物。なお県博の正門は、一回りした反対側の会談を上った所にある。
 そこから階段を上り、左手の地階が会場だったはずと久しぶりの総会に戸惑い気味だったが、目の前に突然に現れたのが、県博の嶋村元宏主任学芸員。昨年の青山学院大学シンポジウム「アヘン戦争と日本の開国」の仕掛け人であり、進行役もつとめた人物。彼はまた来る6月3日の横須賀市開国史研究会総会で講演する予定と連絡があり、出席すると返事を投函したばかりであった。
 その嶋村さんが「表彰、おめでとうございます」と言い、先導して地階の会場(講堂)へ案内してくれた。細長い会場の所定の座席まで案内すると、「…これから出かけなければならないので、ここで失礼します」と一言を残して立ち去った。

【県博協総会の議題等】
 ほどなく13時30分から総会が始まり、配布の冊子(41ページ)に沿って進む。
 議題1 令和5年度役員の改選について
 議題2 令和4年度事業及び決算・監査報告について
 議題3 令和5年度事業計画及び予算案について
 報告事項 
 1 入会の館園について
 2 令和5年度 川崎市市民ミュージアム救援活動について
 3 その他
 表彰 令和5年度 神奈川県博物館協会表彰

 ページ1の「令和5年度 神奈川県博物館協会役員名簿(案)」によると、会長が神奈川県立博物館館長の望月一樹氏、副会長に3氏、理事に13氏、監事に3氏、また東海地区博物館連絡協議会役員に3氏が並ぶ。
人事異動等による新役員には〇印を付してあり、(公財)三溪園保勝会三溪園園長 海野晋哉ほか6名に〇印がある。海野さんは私の後任の三溪園園長である。
 この参考として、人文科学部会、自然科学部会、機能研究部会の名簿がつく。

 収入支出については、10ページ資料に令和4年度の総収入額2,792,090円、総支出額が2,037,577円、差引残額753,513円(翌年度繰越金)とある。16ページ資料の平成5年度収支予算(案)は、収入予算額が2,914,528円、支出予算額が2.680、000円、収支差引234,528円(翌年度」繰越金)とあり、前年度より増加している。

【神奈川震災100年プロジェクト】
 議題3に「県博協 防災yearの取組について」があり、今年が大正12(1923)年9月1日に起きた関東大震災(大正関東地震)から100年の節目を迎えることから「神奈川震災100年プロジェクト」を立ち上げると宣言、各館園でいま計画中の展示計画を一覧してある(19ページ)。
 これに関連して、22ページに「神奈川県立博物館協会総合防災計画」(平成28年策定)、23~24ページに「神奈川県立博物館協会災害時相互救済活動要綱」を掲げる。

【現在の加盟館園は97】 
 32~35ページに「神奈川県立博物館協会会則」、そして36~38ページ「神奈川県立博物館協会加盟館園名簿」がある。これに依ると現在の加盟館園は97である。

【表彰式】
 最後に今年度の表彰式があり、望月会長から症状が授与された。
功労者として2名。
 国見徹(大磯町郷土資料館)  根拠=第2条1号 協会役員在任年数 11年
 加藤祐三(三溪園)  根拠=第2条1号 協会役員在任年数 11年
永年勤続として、以下の10名。
 秋山大志(新江の島水族館) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 笠川宏子(新江の島水族館) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 北嶋 円 (新江の島水族館) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 桜木 徹 (新江の島水族館) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 根本 卓 (新江の島水族館) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 吉田 敬 (山口蓬春記念館) 根拠=第2条2号  勤続年数19年
 大谷美穂子(横浜市立野毛山動物園) 根拠=第2条2号  勤続年数16年
 白木久史(横浜市立野毛山動物園) 根拠=第2条2号  勤続年数17年
 東野晃典(横浜市立よこはま動物園) 根拠=第2条2号  勤続年数23年
 柏木智雄(横浜美術館) 根拠=第2条2号  勤続年数35年
 予定を数分遅れて14時45分に終了、15時からの研修会に待機していた方々と慌ただしく入れ替わった。三溪園の中村さん(美術担当学芸員)の笑顔もあった。

【令和5年度特別展「あこがれの祥啓-啓書記の幻影と実像-」を拝観】
 空腹を感じたので、外へ出て、正面入り口の対面にある蕎麦屋 つけ天 味奈登庵(みなとあん)で、すこし遅い昼食を取った。何度も通った、なつかしい味である。外は眩しい陽光、上着を脱いで階段を上り、また館内へ。
令和5年度特別展「あこがれの祥啓-啓書記の幻影と実像-」を拝観するためである。会期は4月29日から6月18日まで。令和5年度「地域ゆかりの文化遺産を活用した展覧会支援事業」の一つである。前期が5月21日まで、後期が5月23日~6月18日で、前期と後期で展示作品が入れ替わる。
リーフレットの冒頭に次のようにある。
 「水墨画の巨匠雪舟が生きた室町時代、雪舟と並んで重要な絵師が鎌倉の建長寺にいました。
祥啓と名乗るこの画僧は、京の室町幕府で絵画を学びます。同朋衆の芸阿弥を介して幕府秘蔵の中国絵画を間近に見る機会を得ました。
 三年にわたる京都滞在を終えて鎌倉に戻った祥啓は、本展覧会に出品されるような、山水画、花鳥画、人物図を描きます。祥啓の絵が人気を博したことは、祥啓次世代の絵師たちが残した多数の模倣作品によって明らかとなります。
 祥啓の通称である「啓書記」の絵として今に伝わるたくさんの絵のなかには、素材や画材の観点から、桃山時代や江戸時代、あるいはそれ以降の絵と判断される絵も存在します。つまり室町時代の祥啓その人が描いたとは言えない「啓書記」の絵です。
室町時代の祥啓の知らないところまで拡がる「啓書記」のブランド――
祥啓ひとりに注目した初めての展覧会です。
祥啓にあこがれた絵師、大名、数寄者たちの歴史に迫ります。」

【多彩な展示品】
 5章に分けた全113の展示品は、県博所蔵のもののほか、根津美術館、東京国立博物館、京都国立博物館、南禅寺、建長寺等所蔵や個人蔵をふくめ全国から集めたもの。その豪華ぶりは、他では味わえない。
第1章  前史-祥啓登場前夜          1番~13番
第2章  清玩-祥啓画を味わう         14番~41番
第3章  追慕-祥啓をしたう           42番~89番
第4章  輪郭-狩野派が見た啓書記      90番~103番
第5章  愛好-近代数寄者が愛した啓書記  104番~113番

【「山水人物図屏風」 伝祥啓と出会う】
眩しいほどの外光から暗い部屋に入ったせいか、解説の字が読みにくい。いや、読めない。作品一覧はもちろん、個々の作品に付した解説も判読できない。私の視力の衰えかもしれない。
 展示品保護のため、光量を落としているせいもあろう。衰えてきた私の視力に合わせる必要はない。言うまでもなく、貴重な展示品の保護が優先する。
 それにしてもイライラする。そもそも掛軸のサイズ自体が小さい。そんな不満をブツブツと言いながら、閲覧するなかで、突然、目に飛び込んできた作品があった。第3章の最後、89番「山水人物図屏風」伝祥啓、東京国立博物館蔵である。重要美術品を指す●が付いている。
 大きめな四曲一隻の屏風に大ぶりの山水が描かれ、よく見ると各扇にそれぞれ談笑している人物が描かれていかる。
寸法は測らなかったが、一扇がそれまで見てきた掛軸の数倍はあろうか。
 その図柄の大きさが私の胸に迫ってきた。伝祥啓とあり、祥啓の作品とは断定できないというが、これに出会ったことだけで私は満足した。
 ブツブツの不満は雲散霧消し、感謝の気持ちでいっぱいになった。

横浜開港と三溪園-その1

 表題の「横浜開港と三溪園」には、さまざまな意味がある。
 第1が、三溪園内の白雲邸(創設者の原三溪の隠居所、横浜市指定重要文化財)において今年の3月2日、中浜万次郎国際協会主催の講演会を行ったときの演題に加筆したものである。
 この講演会には落合静男理事長をはじめ日程調整に苦労された幅泰治さん、会員への案内をくれた轟木さん、かつて私が青山学院大学へ非常勤講師として出向した時の学生の一人、岩下哲典(東洋大学教授)さんほか約20名が参加された。
 第2が、このために作成した略年表の名称である。これまで何度か書き換えてきたが、現段階での集大成と言える。そのきっかけとなったのが、昨年(2022年)9月24日、青山学院大学で開催された「青山学院大学総合研究所シンポジウム「オランダ別段風説書にみるグローバリゼーション-19世紀の世界と日本-」で要請された私の特別講演「アヘン戦争と日本の開国」用に作成した略年表の名称。
 このシンポジウムの報告は、本ブログの2022年10月2日「アヘン戦争と日本の開国(上)」、2022年12月26日「アヘン戦争と日本の開国(中)」、2022年12月28日「アヘン戦争と日本の開国(下)」として掲載した。
 第3が、三溪園に置かれた「名勝整備委員会」で3月13日に報告した園長としての最後の報告であり、かつ3月17日の三溪園保勝会評議員会での退任挨拶で述べたさいに配布した年表でもある。在任10年余を経て引退するにあたり、横浜開港が成功裏に始まったことを確認するためである。

【1889年、生糸売込商・原善三郎が市会議長に選出】
 急増する横浜開港場の人口に一定の秩序を与えるため、開港30年にあたる1889年、生糸売込商・原善三郎が市会議長に選出されて市政が公布された。内務省告示第一号をもって全国に36市が誕生、横浜市ほか30市が4月1日に施行した。
 市制施行の第一歩として横浜では前年年5月に市会(市議会)議員選挙が行われ、36人が当選した。横浜の有力者の構成を反映して、商人派(同好会)が24名、地主派(公民会)が12人である。なお初代市長の増田(さとし)は市会が推薦した3名のうちから内務省が決めたもの。<市長独任制>は1911年の改正以降である

【1909年、開港50周年記念行事】
 開港50周年を記念する行事は1909年、朝田又七市会議長、三橋信方市長(第5代)が主導して行われた。三橋は工部省電信寮の技術員から内務省が神奈川県庁内に置いた横浜築港掛長につき、1889(明治23)年から工事監督の英人H・S・パーマーと共に横浜港第一期築港工事に尽力した人物で、その後オランダ公使などをつとめた後、1906(明治39)年、横浜市長として戻ってきた。
 肥塚龍『横浜開港五十年史』と『開港側面史』が刊行され、また横浜市歌(森鴎外作詞、南能衛(よしえ)作曲)を制定、いまも市内の学校は「開港記念日」を祝日とし、「横浜市歌」を斉唱している。
(加藤祐三連載「挿絵が語る開港横浜」7 神奈川新聞 2008年5月15日号)。


【略年表 横浜開港と三溪園】
 A3横組みで3段に分けた「略年表 横浜開港と三溪園」はそのままでは収まらないため、3段をA,B,Cに分解して収録する。

A都市横浜の歩み【+世界史】
〇誕生以前 
1842年8月28日(南京条約締結1日前)、長崎に入る2系統の【アヘン戦争1839~1842年】情報を分析、天保薪水令(薪水供与令)を公布。←1825年の文政令(異国船無二念打払令)撤回と<避戦>の徹底。
1854 年 日米和親条約(久良岐郡横浜村で調印)←12年目。
1858 年 日米修好通商条約(五港開港、アヘン禁輸…)←16年目。
○誕生
1859 年 7月 1 日(安政六年六月二日)横浜開港←17年目。
【1856~60年の第2次アヘン戦争。天津条約でアヘン合法化】

○成長期(1859~1923 年)
1859 年 武蔵国久良岐郡横浜町(5ヵ町)
 【1860年 万延元年遣米使節 77名、修好通商条約の批准書交換】
 【1871~73年 岩倉使節団(米欧回覧)派遣、107名】
1872年 横浜=新橋間の鉄道開通
1879 年 横浜正金銀行設立
1889 年 横浜市(市政公布、市会議長に善三郎)、市域5.4㎢ 人口 12 万人 
  【1894~95年 日清戦争】
1901 年 本牧ほか6ヵ村を横浜市に編入(第1次市域拡張)⇒24 ㎢、30 万人
【1904~05年 日露戦争】
1909 年 横浜開港50周年祝賀会 市歌等を制定 

○受難期(1923~1965 年)
1923 年 9 月 関東大震災①~五重苦の始まり
1927年~ 中区等の区制化。市域 133 ㎢、53万人
1930年~ 昭和初期の経済恐慌②
1939 年 市域拡張で 400 ㎢、87 万人
1941 年~【第二次世界大戦】 空襲③、東京が国際貿易港に
1945 年~ 連合軍による占領と接収④
1959 年 横浜開港100周年、マリンタワー建設
1960年~ 郊外部のベッドタウン化による人口爆発⑤。
1969 年 417 ㎢、人口 210 万

○再興期(1965~
1965 年 横浜六大事業(都心臨海部強化、港北ニュータウン、金沢地区埋め立て、地下鉄建設、高速道路網等)
1989 年 横浜博覧会とみなとみらい地区開発
(市政公布 100 周年 開港 130 周年)

○成熟期
 
    横浜開港と三溪園
               加藤祐三
B 青木富太郎(原三溪)と三溪園
1861 生糸売込商・原善三郎が横浜居留地に出店
1863年 岡倉天心生誕(石川屋=現開港記念会館)~1913年
1868年 青木富太郎(原三溪)生誕(10月9日)
1885年 富太郎が上京、東京専門学校(現早稲田大学)入学。政治・経済を学び、跡見女学校で漢詩・漢文・歴史を教える。
1889年 天心らが『国華』誌を創刊。「夫れ美術は国の精華ナリ」
1892年 富太郎が善三郎の孫娘・屋寿(やす)と結婚、原家に入る
1897年 古社寺保存法(文化財保護)の制定

1899年 善三郎没、富太郎が承継、原商店を原合名に改組。また跡見女学校の筆頭理事を承継、生涯にわたり務める。
1902年 富太郎が本牧三之谷に転居(鶴翔閣)、この頃から三溪の号を使う。
富岡製糸場を経営(1902~1938 年)
1906年 三溪園外苑を公開、<遊覧ご随意>
1907年 東慶寺仏殿を移築
1909年 生糸輸出量で日本が世界一となる
1913年 三溪が下村観山(代表作=弱法師1915年)を本牧和田山に招く。
1914 年 三重塔の移築、外苑の完成
1917 年 臨春閣の移築。
1920 年 白雲邸(隠居所)へ移る
1922年 聴秋閣の移築により三溪園完成。
1923 年4月 三溪園で大師会茶会開催、三溪園のお披露目
1923年 9 月 1 日、関東大震災、私財を投じて震災復興に尽力。
横浜市復興会会長。
1937 年 三溪の長男・善一郎が急逝(46 歳)
1939 年8月16日 三溪没

1953 年 財団法人三溪園保勝会設立
2007 年 国指定名勝となる
2012年 公益財団法人三溪園保勝会となる
その定款第3条 「この法人は、国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して、歴史及び文化の継承とその発展を図り、潤いある地域社会づくりに寄与するとともに、日本の文化を世界に発信することを目的とする。」(下線は加藤)

2019年末~ 新型コロナウィルス感染症による打撃

C 注と参考文献
 1827、原善三郎(~1899 年)が武蔵国渡瀬(埼玉県児玉郡神川町)に誕生。1868 年8月23日、青木久衛と琴の長男・富太郎が誕生(岐阜市柳津町佐波)~1839年。
 主な参考文献:拙著『幕末外交と開国』(2012年 講談社学術文庫)に主な史料35点、主な研究書84点を収めた。ほかに『三溪園 戦後あるばむ』2003、『三溪園 100周年』2006、『三溪園』リーフレット、横浜中区史、藤本実也『原三溪翁伝』、齋藤清『原三溪-偉大な茶人』、『横浜もののはじめ考』、『名勝三溪園保存整備事業報告書(中間) 平成 28 年度』。『跡見花蹊日記』。ホークス編・宮崎寿子監訳『ペリー提督日本遠征記 上下』(2014年 角川ソフィア文庫)、S・W・ウィリアムズ/洞富雄訳『ペリー日本遠征随行記』(2022年 講談社学術文庫)。

 加藤祐三の主な著書:『幕末外交と開国』(2012年 講談社学術文庫)、『開国史話』(2008年 神奈川新聞社)、『世界繁盛の三都』(1993年 NHKブックス)、『地球文明の場へ』(『日本文明史』第7巻 角川書店 1992年)、加藤編 Yokohama Past and Present 1990 横浜市立大学、『黒船異変-ぺりーの挑戦』(1988年 岩波新書)、『黒船前後の世界』(1985年 岩波書店)、『東アジアの近代』(1985年 講談社)、『イギリスとアジア』(1980 年 岩波新書)

加藤祐三ブログ http://katoyuzo.blog.fc2.com/
ブログの下記数点(掲載日の頭の20は省略) 140414 花めぐり。141022 原三溪の故郷。 151123 白雲邸。160503 原時代の富岡製糸場。 160609 開港記念日と横浜市歌。 161003 三溪と横浜-その活動の舞台。 161121 原三溪と本牧のまちづくり。 171120 三溪園と本牧のまちづくり。 180312 女性駐日大使ご一行の三溪園案内。 180608 IUC 学生の卒業発表会。181101 三溪園の大師会茶会。 190315 臨春閣の屋根葺き替え工事。 190619 IUC 学生の卒業発表会。 190909 展示「もっと知ろう! 原三溪」。 191025 ラグビーW杯2019。191016 IUC 学生の三溪園印象記(2019年)。 210125 新年の書画。211119 「日仏文化交流-CHAUMET 特別公開によせて」。 220226 春が来る。 221004 アヘン戦争と日本の開国(上)。 221111 富岡製糸場創業150周年記念式典。 221225 アヘン戦争と日本の開国(中)。 221228 アヘン戦争と日本の開国(下)。 230131 Yokohama Past and Present。 また同ブログの右欄リンク内にある、「横浜の夜明け」(『横濱』誌連載)。
国指定名勝(2007年)認定⇒「…(近世以前の象徴主義から脱却した)近代の自然主義に基づく風景式庭園で、学術上・芸術上・鑑賞上の価値はきわめて高い。内苑の移築建物の配置やそれらの建物とよく調和した周辺の修景もまた三溪の構想によるもので、数寄者としての三溪の美意識が窺える。…」(下線は加藤)

【1825年の文政令(異国船無二念打払令)と1842年の天保薪水供与令】
 天保薪水令から17年目に実現する1859 年 7月 1 日(安政六年六月二日)の横浜開港について述べるには、まずその発端である1842年8月28日の天保薪水令(薪水供与令)の発布から始めなければならない。
 幕府は中国におけるアヘン戦争の展開を情報収集して分析、イギリス海軍の圧倒的な力を冷静に掌握、1825年の文政令(異国船無二念打払令)を撤回し<避戦>に徹っした。すなわち<戦争>の敗北による悲惨さと、<交渉>による意見交換の有効性との決定的な相違を認識し、それに沿った行動を取った。
 本稿「横浜開港と三溪園 その1」は1842年8月28日の天保薪水令(薪水供与令)の発布から始める。以降、段階を追って、その17年後に実現する1859 年 7月 1 日(安政六年六月二日)の横浜開港について述べ、さらに横浜に来た外国勢の活動と貢献へと続けたい。
 1842年8月28日の天保薪水令(薪水供与令)の決定にいたる過程を述べたのが『思想』誌(岩波書店)1984年5月号掲載の「我が歴史研究の歩み【37】「連載 黒船前後の世界」(七)「経験と風説-モリソン号事件とアヘン戦争情報」である。
それまで(四)「東アジアにおける英米の存在」、(五)「香港植民地の形成」、(六)「上海居留地の形成」を通じて東アジア情勢を中心に分析してきたが、それを受けて本稿は日本開国の導入として位置づけた。
 幕府は長崎で収集したオランダ商船と中国商船が伝えるアヘン戦争情報(風説書)を読み解き、これにモリソン号打払い事件(1837年)という過去の<経験>を結びつけた。それにより強引な文政令(異国船無二念打払令)から穏健な天保薪水(供与)令に政策変更した経緯を解明した。

【幕府によるアヘン戦争情報の収集】
 1節では、英中双方の史料を用い、アヘン戦争の発端となる地域的軍事衝突(1839年9月4日)から南京条約締結(1842年8月29日)までの過程をまとめた。
 2節では、イギリス派遣軍のカントン沖集結を皮切りにアヘン戦争の経過を次の4期に分けて概観する。
(1)1840年6月~11月、イギリス軍の北方沿海部の攪乱と華中の長江下流域の封鎖
(2)1840年11月~41年8月の広東戦争
(3)1841年8月~42年5月、華中の寧波、鎮海、定海を中心とする攻防
(4)1842年5月~8月、イギリス軍の長江遡航、大運河と交差する鎮江=揚州を越えて食糧運搬の水運を封鎖、南京(明代の首都)に迫り、南京条約締結に到る。つづく3節では、イギリス派遣軍の具体的な作戦展開を述べる。
 4節と5節は、アヘン戦争の展開を、幕府は、いつ、どのように収集したかがテーマである。小西四郎、森睦彦、片桐一男等の先行研究と、民間に流布した写本(『阿片類集』、『阿芙蓉彙聞』等)を整理し、中国商船がもたらす唐風説書(唐①等と表記、和解(和訳)のみを含む)とオランダ商船のもたらす情報(蘭①等と表記する和蘭風説書と和蘭別段風説書)を一覧した。
すなわち
(1)最初の情報である1839年8月入手の蘭①と1840年7月入手の蘭②(2)1840年夏のほぼ同時に入手した唐①と蘭③の情報
(3)唯一の情報源となった唐②(1840年秋までの状況)と唐⑦(1841年末までの状況)の情報、これら3期の情報から幕閣が把握した戦況を検討した。
鎖国により海外渡航はできず、風説書だけを頼りに、周到かつ多角的に検討し、情勢判断に努める幕閣の動きが窺い知れる。

【オランダ風説書の内容】
上掲(1)で蘭①はアヘン厳禁という清朝政府の政策に理があるとしたが、翌年の蘭②はイギリスが「仇を報んがため」に出兵したと述べる。戦争の正義・正統性が大きく転換され、幕閣はイギリス側に出兵理由があるのかと驚く。
6節は上掲(2)1840年夏に入手した唐①と蘭③の比較検討に充てる。中国船情報は戦場での目撃情報に官報の一部等を含む。オランダ船情報の情報源はカントン、シンガポールなどの英字紙誌であり、これらをバタビア(オランダ総督府の置かれた植民地インドネシアの首都)で編集、オランダ語に翻訳した。
うち1831年創刊の月刊誌”Chinese Repository”はとくに信頼性が高い。とりわけ編集に当たったイギリス人宣教師R・モリソン、アメリカ人宣教師のE・C・ブリッジマン、S・W・ウィリアムズ。モリソンは1807年にカントンに渡って中国語・中国情勢の研究に励み、”A Dictionary of the Chinese Language”(1815~1822)を上梓した。ブリッジマンは米清望厦条約(1844年)の通訳を担い、ウィリアムズは後にペリーに随行して来日する。
これら英文紙誌の編集・蘭訳は、アヘン禍問題やアヘン戦争の「正義」の所在には深入りせず、戦況情報を優先する。イギリス派遣軍到着前の、イギリス貿易監督官付きの軍艦との、第1の交戦事件(1839年9月4日、英艦ボラージュ号の中国船への発砲)、第2の交戦事件(1839年9月12日、清朝砲台からスペイン船をアヘン貯蔵船と誤認・発砲)、第3の交戦事件(1839年11月3日、英艦ロイヤルサクソン号がカントン湾を遡航して清朝官船へ発砲)を列挙、「唐人敗北したり」や「…1艘は空虚に打ちとばされ…」等でイギリス側の圧倒的優位を伝える。これら交戦は、つづくイギリス派遣軍到着後の風説書解読の前提となる。

【アヘン禍と林則徐によるアヘン没収】
 7節は、これらの情報が幕閣に与えた影響について述べる。唐①はアヘンについて、当初、イギリスが紅茶等の対価として中国へ輸出、貴賤を問わず服用者が増大、諸外国の商人でアヘン貿易にかかわらない者はおらず、「現在は金銀をもって公然と売買し、怪しむべきことにただ口腹の利益をむさぼるのみで、生命を害するの恐るべきことを顧みない。アヘンを用いる者は徐々に憔悴し、ついにその生命をそこなう…」と伝える。
 そして銀流出に伴う財政危機論とアヘン害毒論の2点をめぐり、アヘン厳禁派の林則徐の上奏(1833年)、黄爵滋の上奏(1835年)、さらにアヘン弛禁派の許乃済の上奏(1836年)、黄爵滋の上奏(1838年)を経て、林則徐のアヘン没収(2万箱余、一箱あたり銀3600両)に到る経緯を述べる。
 これを読んだ幕閣たちは、正義は清朝側にあるものの、軍事力では中国側に勝ち目があるとは言えない、と判断した可能性が高い。

【イギリス派遣軍が植民地インドのセポイを率いてカントン沖に到着】
 8節は、1840年秋までを扱う唐②と、一年後の1841年末までを扱う唐⑥から幕閣が戦況をどう読みとったかの解析である。この間、オランダ風説書の舶来はなく、唐風説書が唯一の情報源であった。
 イギリス派遣軍が植民地インドのセポイを率いてカントン沖に到着する1840年6月からの戦争情報は、3段階に分けられる。
第1段階ではカントン到着後のイギリス派遣軍が間を置かず北上して華中の定海と華北の白河入口を占領(1840年6月~11月)、
第2段階は1840年11月から41年8月にかけてカントン近辺に戦力集中、
第3段階は1841年8月から翌1842年8月まで戦場を華中へと展開し、長江(揚子江)と大運河の交差する水運の要所を抑え、南京条約の締結に追い込む。

【イギリス派遣軍の圧倒的優勢】
 第1段階の唐②は、1840年7月5日の交戦に触れ、寧波沖に「尹夷(イギリス)船七十八艘到来」、交戦のすえ「舟山定海県の総兵官(指揮官)は戦死、知県(県知事)は驚愕極まり入水自死、居民は四散逃亡…」と述べる。
 第2段階の唐④は、「…いまにいたるも定海県は港をふさがれ、その地の人民はともに貿易の便路を失い、次第に離散…」と、イギリス艦隊による封鎖を明らかにし、「広東には新たにイギリス軍百余艘の噂…」とも記す。
 第3段階の1840年秋から41年春までの戦況を伝える唐⑤と、1842年2月に入手した唐⑦が伝える情報に触れ、「…イギリスは軍艦を広東外洋の香港等に移して停泊、あるいは鎮海、寧波、定海等の一帯、二、三百里の洋面を遊弋…」と記す点に注目した。

【モリソン号事件と<蛮社の獄>】
 10節では、まず幕府の対外令が1791年の寛政令(薪水供与)、1806年の文化令(薪水供与の拡大)、1825年の文政令(異国船無二念打払令)と変化してきたことを整理したうえで、1837年に浦賀来航のアメリカ船モリソン号(船名をイギリス人モリソンと結びつけイギリス船と誤解した)を文政令に従って打払った事件が起き、その翌年、モリソン号来航の目的は日本人漂流民(漁民)の送還にあったと述べるオランダ風説書が長崎に入る。
 日本人漂流民の送還を目的に来航したアメリカ船モリソン号を打ち払うとは何事かと声を挙げたのが蘭学者たちで、高野長英は打ち払いに反対する書『戊戌夢物語』を書き、幕府の外国への対応を非難、渡辺崋山は『慎機論』という本でモリソン号事件を非難した。これを機に二人が投獄・処罰される、天保10年(1839年)の言論弾圧事件<蛮社の獄>である。

【異国船無二念打払令の撤回、天保薪水令の発布】
 11節と12節では、第1にモリソン号事件と<蛮社の獄>を追いかけるように届いたアヘン戦争情報により、イギリス脅威論がどのように増幅されたか、第2に鎖国以来の幕府の対外政策にどのような修正を迫ったかについて、田保橋潔『近代日本外国関係史』(刀江書院 1930年 原書房 1976年)や井野辺茂雄『幕末史の研究』(雄山閣 1927年)、石井孝『日本開国史』(吉川弘文館 1972年)等の先行研究を整理する。
老中水野の諮問に、評定所答申は打払令の継続であった。一方、林大学頭の答申は穏健な文化令への復帰であり、両者は対立する。
 水野はアヘン戦争情報の分析から、強大なイギリス艦隊にとって江戸湾の封鎖、物流の阻止はごく容易であろうと考えた。加えて、非武装のモリソン号の来航目的を知った以上、強引な文政令(異国船無二念打払令)の継続は無策と判断、隣国のアヘン戦争を「自国之戒」 として穏健な文化令(薪水供与令)に復した。これが天保薪水供与令であり、いみじくも南京条約締結(1842年8月29日)の1日前である。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
前園長(2012年8月~2023年3月)

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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