観蓮会始まる
6月30日に掲載した「六月の敗荷」では、三溪園の蓮池の異変を打開するための<3方面作戦>、すなわち(1)ザリガニ駆除、(2)肥料管理、(3)蓮ポット苗の移植の推移を見た。その成果は明らかで、蓮の立ち葉が驚くほどの勢いで伸びてきた。
恒例の観蓮会は予定通り、7月17日(土曜)の朝7時に始まった。蓮の成長に心配はなくなったが、花の数はふだんよりまだ少ない。言い換えれば、これから8月9日(月・祝)までの土日祝日のうち、遅いほど花の見ごろを迎えることになりそうである。
開花の時期はふだんより遅れる可能性が高いと考えていたので、三溪園ホームページで適宜、開花状況を伝え、「今年は蓮の生育が一律でなく一部に遅れが出ていて、見ごろは8月中旬ごろとなる見通し」とした。
ところが7月28日の段階で平年並みの生育となっていると判断、「ご心配をおかけしました蓮の生育ですが、例年どおり蓮池全体に花が見られる状況となりました。花の見ごろは、8月中旬ごろまで続きそうです」とホームページ上で伝える。

この写真は7月22日(木曜・祝)の蓮池の様子、本ブログ前号「六月の敗荷」(6月30日掲載)と比べると、この間の成長ぶりが頼もしい。
蓮は開花から散るまでが4日間、それぞれの段階の花びらの形を示すイラストが下記の「蓮の咲き方」である。散り終わると<花托>が残り、なかにハスの実が入っている。例外なく、わずか4日間だけの花の命、それが順繰りに顔を出しては消えていく。

【CDI(Corporate Directions, Inc.)】
三溪園では観蓮会に関連する催事の取組も進んできた。企画広報に関する職員の会議をひんぱんに開き、アイディアを出し合った成果である。それらの企画を実施に移すには種々のノウハウが要るが、三溪園では初めてのものが多く、それを経営戦略コンサルタントのCDI(Corporate Directions, Inc.)が支援してくれる。以下、CDI(シー・ディー・アイ)とする。
そのきっかけは、2020年度に向けて三溪園を所管する横浜市文化観光局観光振興課が三溪園の経営機能強化に向けた経営アドバイザリー業務委託を公募し、同時に市職員(同課の係長一人)を経営機能強化担当室長として三溪園への休職派遣を決めたことにある。そして経営アドバイザリー業務委託の受託者として業者選定委員会においてCDI社を選定したのが2020年6月、新型コロナウイルスの<緊急事態宣言>が解除された直後であった。
そして7月3日、三溪園まで足を運ばれたCDIの占部伸一郎さん、芳賀正輝さん、高橋寛宣さん、岡野裕大さん、外山一成さんと初めて歓談の機会を得る。戦略を実際に日々の施策に落とす段階になってからは、サービス業界においてそれぞれ得意分野を持つ方々、五十嵐友美さん、宇式伸介さん、宇式菜穂子さんが支援に入ってくれた。
それから約1年が経つ。神奈川県では<緊急事態宣言>と<まん延防止等重点措置>が繰り返され、今も<まん延防止等重点措置>(7月12日~8月22日)下にあるが、この間の感染者急拡大(29日に1164人と2日つづけて過去最多)に伴い、7月30日、政府は神奈川県・埼玉県・千葉県の3県と大阪府を<緊急事態宣言>へ移行すること(期間は8月2日~31日まで)を決め、新たな局面に入った。こうしたなか三溪園の催事には格別の注意が必要である。観蓮会は原則として屋外で開かれるが、入園時の検温と除菌をいっそう徹底するとともに、<密>にならないよう注意して進めていきたい。
約1年半にも及ぶ長引くコロナ禍の下、三溪園の入園者減少は著しく、とくに外国人(インバウンド)入園者や団体バス旅行はほぼゼロに等しい。三溪園の経営は入園料と<貸館・庭園利用>収入の2つに大きく依存している。極端な赤字がつづけば<借り入れ>が必要となり、やがては<経営破綻>にも追い込まれかねない。この危機を乗り越えるには、職員の能力と知恵を存分に発揮する仕組みが不可欠である。
一方、黒字が多すぎると、公益財団法人として<収支相償>に抵触する。<収支相償>とは、公益目的事業会計のなかで経常収益が経常費用を超えないこと、さらに<公益目的事業費>、すなわち公益目的事業会計が収益事業会計と法人会計を加えた総額の50%以上であることの縛りがある。
CDIの社名は、同社のホームページによると「企業が進むべき道のクリアなイメージ=“Corporate Direction”を探り、練り、創り上げていくプロセス」から名づけられたという。<企業>を<組織>ないし<団体>と置き換えれば、公益財団法人三溪園保勝会にも共通するところが多い。とくにCDIは後述のKGI (重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)の設定と実行に関して、豊富な技術とノウハウを有している。
三溪園を担当してくれる、上掲の、30代から40代の経験豊富かつ柔軟な発想のスタッフは、三溪園の職員にすぐ溶け込み、良好な関係を築いた。それは下記のCDIの<社是>(同社ホームページ)にある通りである。
「私たちは、依頼主企業が直面する固有の経営課題の創造的解決に、依頼主と共に取り組むことを専門に業(なりわい)とするコンサルタントの集団です。…そのすべてのプロセスを通じて、コンサルタントは、決して先入観をもって自らの理論や主張を押しつけることもありませんし、まして自らが課題解決の主役になることもありません。しかし一方で、ただ依頼主の要望を受動的に引き受ける存在でもありません。依頼主の認識を刷新する契機となり、思考を活性化する刺激となり、創造への動機を高める誘因となり、行動への決断と勇気を後押しする力となる・・・それは、徹底して<信頼できる第三者>であり続けると同時に、徹底して<信用できる身内>になるということの両立であり、そこにこそ、私たちのコンサルタントとしての職業的専門性の根拠と矜持があります。私たちは、そうした自覚と自負をもつコンサルタントの、<職人集団>です。」
【組織ビジョン、KGI、KPI】
今年に入って正月明けの1月7日と13日の2日間、CDIの発案により職員の研修会(通称:合宿)が園内の鶴翔閣と白雲邸で開かれた。CDIと三溪園スタッフがよく知り合うとともに、三溪園の歴史をより深く理解し、今後に果たすべき役割を考える契機とするためであった。
この合宿に至るまで、CDIのメンバーは、まず三溪園保勝会の現状を客観的に分析し、職員一人一人と面談する等ヒアリング調査を行い、約半年をかけて課題を浮き彫りにしてくれた。ここで強調されたことは、個々の職員は熱い思いで職務に当たっているが、その思いが<言語化>できていないため共有されず、外部にも発信できていない、ということであった。また、庭園そのものも魅力に富んで、観光施設としても十分なポテンシャルを持っているが、まだ存分に生かされていない、との指摘も受けた。
三溪園管理職とCDI各位は、これらについて議論を重ね、改善が必要な課題を徐々に共有していった。三溪園の①組織ビジョン、②KGI(Key Goal Indicator)、③KPI(Key Performance Indicator)という、聞きなれない言葉の意味が次第に浸透してきた。どうやらアメリカ経営学の安易な翻訳ではなさそうである。良い点は大いに学びたい。
① 組織ビジョン=組織がめざす方向
② KGIは「重要目標達成指標」、組織(企業)が掲げる最終的な目標の達成度合いを把握するための物差しのイメージ
③ KPIは「重要業績評価指標」、最終的な目標達成のために必要なプロセスの進捗状況を把握するための物差しのイメージ
これらのうち、①組織ビジョンは早い段階で明確になった。三溪園保勝会(以下、三溪園とする)は<企業>ではなく、公益財団法人である。その定款に、「この法人は、国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して、歴史及び文化の継承とその発展を図り、潤いある地域社会づくりに寄与するとともに、日本の文化を世界に発信することを目的とする」(第3条 目的)と書かれている。
三溪園の事業計画・事業報告はこの目的にそって構成され、ホームページに公表してきた。これを基軸として経営機能強化を進めたいと考え、それを図示して、2020年6月、観光振興課との間で合意している。
②KGIと③KPIについては、三溪園職員が学ぶべき点が多い。②KGIはゴールを定量的に示した指標そのものであるのに対し、③KPIは②KGI達成までの各プロセスの達成度をはかるもので、ゴールまでの中間指標になる。言い換えると②KGIは<結果>を見る指標であり、③KPIは<過程>を見る指標である。
ところが三溪園の②KGIには、企業の<事業収益>という定量的指標に加えて、公益財団法人が持つべき定性的な指標が必要である。いま管理職の間で詰めているのが以下の点、すなわち目標<地域づくりに対する貢献>のなかに含まれる<豊かな市民生活への貢献>や<横浜の観光振興への貢献>、目標<世界に対する日本文化の発信>のなかに含まれる<発信素材の磨き上げ>、そして目標<保存と活用のための資金確保>に含まれる<文化財の永続的な保有>、<事業収益>等である。
またKPIやKGIを設定する時は、SMART、すなわち①Specific(具体的であること、「成功率を20%増やす」等)、②Measurable(定量的に測定できること)、③Achievable(達成できること)、④Relevant(戦略や方向性に則したもの)、⑤Time bound(期限があること、目標とバランスのとれた期限を設定すること)を考慮せよと<教科書>は言う。これらも納得できる指針である。
さらに<教科書>は言う。「ビジョンばかりが語られて、それをなんとなく追いかけているうちは、ビジョンは実現しない。ビジョンがあって目標がない状態では、<絵に描いた餅>の状態になりやすい。また目標だけあってビジョンがない状態でも、目標はただのノルマになり、人は疲弊していく。スポーツの世界でも、日常的な厳しい練習に耐えられるのは、明確な目標があるからであり、さらにその達成が歓喜に繋がると描けるからである」と。
具体的で詳細なKPIに近づくほど経験に基づく豊富な技術が必要になる。初めて取り組んだ三溪園の職員たちは、CDI各位の支援を受けて日々成長していった。CDI各位の支援を受け、職員の企画広報会議等の議論の中から、新たな企画を設定し、担当者を決め、広報発信へと結びつけ、チラシや記者発表等に加えて、インスタグラム等の情報発信の各種手段が強化されてきた。
その代表例が三溪園ホームページである。レイアウトや見せ方に一段と工夫が見られ、適時・適切な情報を豊かに提供できるようになった。春のサクラの時期に次いで、今回の観蓮会の諸行事にも、その成果が見られる。
【観蓮会の取り組み】
正門と南門で、観蓮会向けのチラシ(A4×両面コピー)を配布している(制作は庭園担当の羽田雄一郎主事)。片面が「早朝観蓮会で見られる花々」の写真に、園内の地図を加え、蓮以外の花々へと導いてくれる。
もう片面は「涼しい空間で、芸術・歴史文化に触れる。食で楽しむ。」であり、内苑にある三溪記念館の展示の紹介をはじめ、内苑の各所に見られるハスの図像・図形を掲載する。ミニツアーの手引きにもなる。
そのまま以下に再掲する。


直近の三溪園ホームページから観蓮会等に関する主な企画を引用したい。
(1)プレミアムツアー学芸員ツアー「蓮めぐり」(事前予約)は7月2日で完売となった。本ツアーは、三溪園所属の学芸員とともに、園内に秘められた蓮をめぐり庭園の世界観と蓮の魅力に迫る。仏教美術を茶の湯の世界に取り入れた三溪の美意識により創り上げられた三溪園には、蓮池だけでなく、古建築や石造品などいたるところに蓮が隠されている。日程:7月22日(木・祝)〜25日(日)、31日(土)、8月1日(日)、時間:8:00〜9:30。定員:各日10名(定員になり次第終了)、対象:高校生以上。費用:1人あたり5,200円(入園料込み、朝食つき)。
(2)プレミアムツアー「朝の三溪園で愉しむ「蓮尽くし」 ~特別懐石を味わい数寄屋建築をめぐる~」は7月15日に完売となった。本企画は、株式会社淡交社との共催で、原三溪ゆかりの蓮をキーワードに朝のさわやかな時間に咲く蓮の花を観賞していただいた後、ミシュラン2つ星の横浜の懐石料理店「真砂茶寮」による蓮尽くしの懐石料理、そして通常非公開の蓮ゆかりの建物・蓮華院と白雲邸の特別見学で、この時期だけの「蓮と三溪園」をゆったり堪能していただくもの。7月18日(日)、7月23日(金・祝)、24日(土)に開催。時間:8:00〜11:30。各日10名(最少催行人員5名)、費用:36,500円(入園料込) 。
(3)早朝観蓮会特別企画<はすあそび>は、7月17日(土)、18日(日)、22日(木・祝)、23日(金・祝)、24日(土)、25日(日)、31日(土)、8月1日(日)、7日(土)、8日(日)、9日(月・祝)に開催。
時間は①7:05~7:20 ②7:25~7:40 ③7:45~8:05 ④8:10~8:30 ⑤8:35~8:55。場所は蓮池東側 特設テント、定員:各回2名、対象:10歳以上 ※保護者の付き添いがあれば、小さなお子様も参加できる。料金:800円(入園料別)。以上の特別企画の収益は三溪園の維持・管理に役立てる。
三溪園早朝観蓮会をもっと楽しみたい方におすすめのアクティビティ。「蓮茎の糸とり体験」「葉っぱのお面づくり」「タネの発芽処理体験」をボランティアスタッフの指導のもと体験していただきます。お子様の夏の思い出づくりに、ぜひご参加ください。
(4)「梅しごと」(終了)は、料理研究家で、三溪園とゆかりのある杉田梅の普及活動に取り組む市原由貴子氏が、旬を迎える三溪園の梅の実を使い、梅酒や梅ジュースづくりを実演。その効能や魅力について楽しく解説します。日時:6月6日(日) 10:30~、11:30~(各回45分)、会場:三溪園 月影の茶屋、講師:市原 由貴子(合同会社横浜旬・菜・果 代表)、料金:無料(入園料は別途必要です)。定員:15名。
(5)この間、7月27日(火)から5日間限定で朝顔展が開かれた。
横浜の愛好家らが丹精込めて育てた朝顔を5日間限定で展示。陽光をたっぷり浴びるほどに、大きな花を咲かせる「大輪朝顔」や、江戸時代に盛んに栽培され、葉や花びらのかたちが珍しい「変化朝顔」など、厳選の花約40点が楽しめる。期間:2021年7月27日(火)~7月31日(土)、時間:9:00~12:00、会場:外苑 中央広場 月影の茶屋。料金:三溪園の入園料のみ。主催:公益財団法人三溪園保勝会、横浜朝顔会、後援:公益財団法人横浜市緑の協会、横浜市環境創造局。展示内容は大輪朝顔、変化朝顔 約40点ほか。≪苗のプレゼント≫ 抽選で10名様に朝顔の苗をプレゼント 期間中毎日10:00~≪種の販売≫。期間中毎日(無くなり次第終了)、≪朝顔の作り方相談≫:毎日9:00~12:00。
この三溪園朝顔会は長らく市庁舎(港町)で行われてきたが、昭和57(1982)年、市庁舎拡張工事のため、広瀬富有三郎会長(当時)が三溪園を頻繁に訪れ、川幡留司(いま三溪園参事)と相談のうえ、三溪園を会場とするようになった(『横浜朝顔会々報』第五十五号 令和2年度に平成6年の記事が再録)。この市庁舎も昨年、本町6丁目に移転した。
世事の有為転変のなか、江戸時代から継承される朝顔の園芸品種を楽しみたい。1865年に発表された<メンデルの法則>は、「メンデルがエンドウの交配実験から明らかにした遺伝の法則。①対になる形質のものを交配すると、雑種第一代では優性形質が顕在して劣性形質が潜在するという<優劣の法則>、②雑種第二代では優性・劣性の形質をもつものの割合が3対1に分離して現れるという<分離の法則>、③異なる形質が二つ以上あってもそれぞれ独立に遺伝するという<独立の法則>の3つからなる」が、それ以前の江戸時代の日本人は、遺伝の特性をどう理解して新しい園芸品種を創り出していたのか。
(6)今年初めての企画が、夏の古建築公開×「タゴールと夏の迷い鳥たち Stray Birds Japan 2nd Exhibition & Concert」である。ラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore、1861-1941)はインドの詩聖と称えられる人物。代表作『ギータンジャリ』により、1913年、アジア初のノーベル文学賞を受賞した。
今年はタゴール生誕160年、没後80年にあたる。三溪園ゆかりの詩聖タゴールにインスパイアされた若手アーティストたちによる、タゴールの詩の世界や鶴翔閣をより楽しめるイベントである。主催は公益財団法人三溪園保勝会、共催がStray Birds Japan、助成が東京芸術大学音楽学部若手作曲家・演奏家・研究者支援事業、そして後援が外務省、国立音楽院。
期間は8月7日(土)~8月15日(日) 9:00~16:00。場所は鶴翔閣(横浜市指定有形文化財)、料金無料 (入園料のみ)、予約不要。ただし、8/8・8/12開催のコンサート観覧希望者は、事前に整理券を求める。企画・展示内容は、タゴール紹介、インスタレーション、短編アニメーション、絵画作品、いけばな(8/14・15のみ)、涼の間、コンサート(8/8・12のみ)。
会場の鶴翔閣は、三溪園の創設者である原三溪の旧宅(旧原家住宅)であり、かつて三溪と交流のあった文化人や財界人が出入りし文化的サロンとしても使われていた。横浜に残る貴重な近代和風建築として、また歴史的にも貴重な建物として横浜市有形文化財に指定されている。普段は非公開のこの建物を、夏の期間特別に一般公開する。
タゴールは日本の美を愛し、日本に対する親しみも深く、1902年に訪印した岡倉天心と親交があり、何度も来日している。初来日の1916(大正5)年、三溪園に2か月逗留、このとき詩集『迷い鳥』(Stray Birds)が作られた。
インド独立運動のガンジーを支持し、アインシュタインやロマン・ロランらの著名人とも交流があったタゴールは、世界平和、人類愛を表現し続け、1941年の没後、現在にいたるまで尊敬を集めている。また、インドとバングラデシュ両国家の国歌の作者でもあり、タゴール国際大学の創設者でもある。「すべての赤子は神がまだ人間に絶望していないというメッセージを携えて生まれてくる」という彼のメッセージは、混沌した現代に一筋の希望を与えてくれる。
三溪園において最初の詩が生まれた詩集『迷い鳥』(Stray Birds)をもとに集まった、若手アーティストを中心とするコレクティブ・グループ。2020年はタゴールや三溪園を中心とした研究やフィールドワークを行い、短編アニメーショの制作や企画展を実施してきた。今年はその新たな展開である。
若手芸術家を支援して止まなかった原三溪は、微笑みながら見守っておられるに違いない。
恒例の観蓮会は予定通り、7月17日(土曜)の朝7時に始まった。蓮の成長に心配はなくなったが、花の数はふだんよりまだ少ない。言い換えれば、これから8月9日(月・祝)までの土日祝日のうち、遅いほど花の見ごろを迎えることになりそうである。
開花の時期はふだんより遅れる可能性が高いと考えていたので、三溪園ホームページで適宜、開花状況を伝え、「今年は蓮の生育が一律でなく一部に遅れが出ていて、見ごろは8月中旬ごろとなる見通し」とした。
ところが7月28日の段階で平年並みの生育となっていると判断、「ご心配をおかけしました蓮の生育ですが、例年どおり蓮池全体に花が見られる状況となりました。花の見ごろは、8月中旬ごろまで続きそうです」とホームページ上で伝える。

この写真は7月22日(木曜・祝)の蓮池の様子、本ブログ前号「六月の敗荷」(6月30日掲載)と比べると、この間の成長ぶりが頼もしい。
蓮は開花から散るまでが4日間、それぞれの段階の花びらの形を示すイラストが下記の「蓮の咲き方」である。散り終わると<花托>が残り、なかにハスの実が入っている。例外なく、わずか4日間だけの花の命、それが順繰りに顔を出しては消えていく。

【CDI(Corporate Directions, Inc.)】
三溪園では観蓮会に関連する催事の取組も進んできた。企画広報に関する職員の会議をひんぱんに開き、アイディアを出し合った成果である。それらの企画を実施に移すには種々のノウハウが要るが、三溪園では初めてのものが多く、それを経営戦略コンサルタントのCDI(Corporate Directions, Inc.)が支援してくれる。以下、CDI(シー・ディー・アイ)とする。
そのきっかけは、2020年度に向けて三溪園を所管する横浜市文化観光局観光振興課が三溪園の経営機能強化に向けた経営アドバイザリー業務委託を公募し、同時に市職員(同課の係長一人)を経営機能強化担当室長として三溪園への休職派遣を決めたことにある。そして経営アドバイザリー業務委託の受託者として業者選定委員会においてCDI社を選定したのが2020年6月、新型コロナウイルスの<緊急事態宣言>が解除された直後であった。
そして7月3日、三溪園まで足を運ばれたCDIの占部伸一郎さん、芳賀正輝さん、高橋寛宣さん、岡野裕大さん、外山一成さんと初めて歓談の機会を得る。戦略を実際に日々の施策に落とす段階になってからは、サービス業界においてそれぞれ得意分野を持つ方々、五十嵐友美さん、宇式伸介さん、宇式菜穂子さんが支援に入ってくれた。
それから約1年が経つ。神奈川県では<緊急事態宣言>と<まん延防止等重点措置>が繰り返され、今も<まん延防止等重点措置>(7月12日~8月22日)下にあるが、この間の感染者急拡大(29日に1164人と2日つづけて過去最多)に伴い、7月30日、政府は神奈川県・埼玉県・千葉県の3県と大阪府を<緊急事態宣言>へ移行すること(期間は8月2日~31日まで)を決め、新たな局面に入った。こうしたなか三溪園の催事には格別の注意が必要である。観蓮会は原則として屋外で開かれるが、入園時の検温と除菌をいっそう徹底するとともに、<密>にならないよう注意して進めていきたい。
約1年半にも及ぶ長引くコロナ禍の下、三溪園の入園者減少は著しく、とくに外国人(インバウンド)入園者や団体バス旅行はほぼゼロに等しい。三溪園の経営は入園料と<貸館・庭園利用>収入の2つに大きく依存している。極端な赤字がつづけば<借り入れ>が必要となり、やがては<経営破綻>にも追い込まれかねない。この危機を乗り越えるには、職員の能力と知恵を存分に発揮する仕組みが不可欠である。
一方、黒字が多すぎると、公益財団法人として<収支相償>に抵触する。<収支相償>とは、公益目的事業会計のなかで経常収益が経常費用を超えないこと、さらに<公益目的事業費>、すなわち公益目的事業会計が収益事業会計と法人会計を加えた総額の50%以上であることの縛りがある。
CDIの社名は、同社のホームページによると「企業が進むべき道のクリアなイメージ=“Corporate Direction”を探り、練り、創り上げていくプロセス」から名づけられたという。<企業>を<組織>ないし<団体>と置き換えれば、公益財団法人三溪園保勝会にも共通するところが多い。とくにCDIは後述のKGI (重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)の設定と実行に関して、豊富な技術とノウハウを有している。
三溪園を担当してくれる、上掲の、30代から40代の経験豊富かつ柔軟な発想のスタッフは、三溪園の職員にすぐ溶け込み、良好な関係を築いた。それは下記のCDIの<社是>(同社ホームページ)にある通りである。
「私たちは、依頼主企業が直面する固有の経営課題の創造的解決に、依頼主と共に取り組むことを専門に業(なりわい)とするコンサルタントの集団です。…そのすべてのプロセスを通じて、コンサルタントは、決して先入観をもって自らの理論や主張を押しつけることもありませんし、まして自らが課題解決の主役になることもありません。しかし一方で、ただ依頼主の要望を受動的に引き受ける存在でもありません。依頼主の認識を刷新する契機となり、思考を活性化する刺激となり、創造への動機を高める誘因となり、行動への決断と勇気を後押しする力となる・・・それは、徹底して<信頼できる第三者>であり続けると同時に、徹底して<信用できる身内>になるということの両立であり、そこにこそ、私たちのコンサルタントとしての職業的専門性の根拠と矜持があります。私たちは、そうした自覚と自負をもつコンサルタントの、<職人集団>です。」
【組織ビジョン、KGI、KPI】
今年に入って正月明けの1月7日と13日の2日間、CDIの発案により職員の研修会(通称:合宿)が園内の鶴翔閣と白雲邸で開かれた。CDIと三溪園スタッフがよく知り合うとともに、三溪園の歴史をより深く理解し、今後に果たすべき役割を考える契機とするためであった。
この合宿に至るまで、CDIのメンバーは、まず三溪園保勝会の現状を客観的に分析し、職員一人一人と面談する等ヒアリング調査を行い、約半年をかけて課題を浮き彫りにしてくれた。ここで強調されたことは、個々の職員は熱い思いで職務に当たっているが、その思いが<言語化>できていないため共有されず、外部にも発信できていない、ということであった。また、庭園そのものも魅力に富んで、観光施設としても十分なポテンシャルを持っているが、まだ存分に生かされていない、との指摘も受けた。
三溪園管理職とCDI各位は、これらについて議論を重ね、改善が必要な課題を徐々に共有していった。三溪園の①組織ビジョン、②KGI(Key Goal Indicator)、③KPI(Key Performance Indicator)という、聞きなれない言葉の意味が次第に浸透してきた。どうやらアメリカ経営学の安易な翻訳ではなさそうである。良い点は大いに学びたい。
① 組織ビジョン=組織がめざす方向
② KGIは「重要目標達成指標」、組織(企業)が掲げる最終的な目標の達成度合いを把握するための物差しのイメージ
③ KPIは「重要業績評価指標」、最終的な目標達成のために必要なプロセスの進捗状況を把握するための物差しのイメージ
これらのうち、①組織ビジョンは早い段階で明確になった。三溪園保勝会(以下、三溪園とする)は<企業>ではなく、公益財団法人である。その定款に、「この法人は、国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して、歴史及び文化の継承とその発展を図り、潤いある地域社会づくりに寄与するとともに、日本の文化を世界に発信することを目的とする」(第3条 目的)と書かれている。
三溪園の事業計画・事業報告はこの目的にそって構成され、ホームページに公表してきた。これを基軸として経営機能強化を進めたいと考え、それを図示して、2020年6月、観光振興課との間で合意している。
②KGIと③KPIについては、三溪園職員が学ぶべき点が多い。②KGIはゴールを定量的に示した指標そのものであるのに対し、③KPIは②KGI達成までの各プロセスの達成度をはかるもので、ゴールまでの中間指標になる。言い換えると②KGIは<結果>を見る指標であり、③KPIは<過程>を見る指標である。
ところが三溪園の②KGIには、企業の<事業収益>という定量的指標に加えて、公益財団法人が持つべき定性的な指標が必要である。いま管理職の間で詰めているのが以下の点、すなわち目標<地域づくりに対する貢献>のなかに含まれる<豊かな市民生活への貢献>や<横浜の観光振興への貢献>、目標<世界に対する日本文化の発信>のなかに含まれる<発信素材の磨き上げ>、そして目標<保存と活用のための資金確保>に含まれる<文化財の永続的な保有>、<事業収益>等である。
またKPIやKGIを設定する時は、SMART、すなわち①Specific(具体的であること、「成功率を20%増やす」等)、②Measurable(定量的に測定できること)、③Achievable(達成できること)、④Relevant(戦略や方向性に則したもの)、⑤Time bound(期限があること、目標とバランスのとれた期限を設定すること)を考慮せよと<教科書>は言う。これらも納得できる指針である。
さらに<教科書>は言う。「ビジョンばかりが語られて、それをなんとなく追いかけているうちは、ビジョンは実現しない。ビジョンがあって目標がない状態では、<絵に描いた餅>の状態になりやすい。また目標だけあってビジョンがない状態でも、目標はただのノルマになり、人は疲弊していく。スポーツの世界でも、日常的な厳しい練習に耐えられるのは、明確な目標があるからであり、さらにその達成が歓喜に繋がると描けるからである」と。
具体的で詳細なKPIに近づくほど経験に基づく豊富な技術が必要になる。初めて取り組んだ三溪園の職員たちは、CDI各位の支援を受けて日々成長していった。CDI各位の支援を受け、職員の企画広報会議等の議論の中から、新たな企画を設定し、担当者を決め、広報発信へと結びつけ、チラシや記者発表等に加えて、インスタグラム等の情報発信の各種手段が強化されてきた。
その代表例が三溪園ホームページである。レイアウトや見せ方に一段と工夫が見られ、適時・適切な情報を豊かに提供できるようになった。春のサクラの時期に次いで、今回の観蓮会の諸行事にも、その成果が見られる。
【観蓮会の取り組み】
正門と南門で、観蓮会向けのチラシ(A4×両面コピー)を配布している(制作は庭園担当の羽田雄一郎主事)。片面が「早朝観蓮会で見られる花々」の写真に、園内の地図を加え、蓮以外の花々へと導いてくれる。
もう片面は「涼しい空間で、芸術・歴史文化に触れる。食で楽しむ。」であり、内苑にある三溪記念館の展示の紹介をはじめ、内苑の各所に見られるハスの図像・図形を掲載する。ミニツアーの手引きにもなる。
そのまま以下に再掲する。


直近の三溪園ホームページから観蓮会等に関する主な企画を引用したい。
(1)プレミアムツアー学芸員ツアー「蓮めぐり」(事前予約)は7月2日で完売となった。本ツアーは、三溪園所属の学芸員とともに、園内に秘められた蓮をめぐり庭園の世界観と蓮の魅力に迫る。仏教美術を茶の湯の世界に取り入れた三溪の美意識により創り上げられた三溪園には、蓮池だけでなく、古建築や石造品などいたるところに蓮が隠されている。日程:7月22日(木・祝)〜25日(日)、31日(土)、8月1日(日)、時間:8:00〜9:30。定員:各日10名(定員になり次第終了)、対象:高校生以上。費用:1人あたり5,200円(入園料込み、朝食つき)。
(2)プレミアムツアー「朝の三溪園で愉しむ「蓮尽くし」 ~特別懐石を味わい数寄屋建築をめぐる~」は7月15日に完売となった。本企画は、株式会社淡交社との共催で、原三溪ゆかりの蓮をキーワードに朝のさわやかな時間に咲く蓮の花を観賞していただいた後、ミシュラン2つ星の横浜の懐石料理店「真砂茶寮」による蓮尽くしの懐石料理、そして通常非公開の蓮ゆかりの建物・蓮華院と白雲邸の特別見学で、この時期だけの「蓮と三溪園」をゆったり堪能していただくもの。7月18日(日)、7月23日(金・祝)、24日(土)に開催。時間:8:00〜11:30。各日10名(最少催行人員5名)、費用:36,500円(入園料込) 。
(3)早朝観蓮会特別企画<はすあそび>は、7月17日(土)、18日(日)、22日(木・祝)、23日(金・祝)、24日(土)、25日(日)、31日(土)、8月1日(日)、7日(土)、8日(日)、9日(月・祝)に開催。
時間は①7:05~7:20 ②7:25~7:40 ③7:45~8:05 ④8:10~8:30 ⑤8:35~8:55。場所は蓮池東側 特設テント、定員:各回2名、対象:10歳以上 ※保護者の付き添いがあれば、小さなお子様も参加できる。料金:800円(入園料別)。以上の特別企画の収益は三溪園の維持・管理に役立てる。
三溪園早朝観蓮会をもっと楽しみたい方におすすめのアクティビティ。「蓮茎の糸とり体験」「葉っぱのお面づくり」「タネの発芽処理体験」をボランティアスタッフの指導のもと体験していただきます。お子様の夏の思い出づくりに、ぜひご参加ください。
(4)「梅しごと」(終了)は、料理研究家で、三溪園とゆかりのある杉田梅の普及活動に取り組む市原由貴子氏が、旬を迎える三溪園の梅の実を使い、梅酒や梅ジュースづくりを実演。その効能や魅力について楽しく解説します。日時:6月6日(日) 10:30~、11:30~(各回45分)、会場:三溪園 月影の茶屋、講師:市原 由貴子(合同会社横浜旬・菜・果 代表)、料金:無料(入園料は別途必要です)。定員:15名。
(5)この間、7月27日(火)から5日間限定で朝顔展が開かれた。
横浜の愛好家らが丹精込めて育てた朝顔を5日間限定で展示。陽光をたっぷり浴びるほどに、大きな花を咲かせる「大輪朝顔」や、江戸時代に盛んに栽培され、葉や花びらのかたちが珍しい「変化朝顔」など、厳選の花約40点が楽しめる。期間:2021年7月27日(火)~7月31日(土)、時間:9:00~12:00、会場:外苑 中央広場 月影の茶屋。料金:三溪園の入園料のみ。主催:公益財団法人三溪園保勝会、横浜朝顔会、後援:公益財団法人横浜市緑の協会、横浜市環境創造局。展示内容は大輪朝顔、変化朝顔 約40点ほか。≪苗のプレゼント≫ 抽選で10名様に朝顔の苗をプレゼント 期間中毎日10:00~≪種の販売≫。期間中毎日(無くなり次第終了)、≪朝顔の作り方相談≫:毎日9:00~12:00。
この三溪園朝顔会は長らく市庁舎(港町)で行われてきたが、昭和57(1982)年、市庁舎拡張工事のため、広瀬富有三郎会長(当時)が三溪園を頻繁に訪れ、川幡留司(いま三溪園参事)と相談のうえ、三溪園を会場とするようになった(『横浜朝顔会々報』第五十五号 令和2年度に平成6年の記事が再録)。この市庁舎も昨年、本町6丁目に移転した。
世事の有為転変のなか、江戸時代から継承される朝顔の園芸品種を楽しみたい。1865年に発表された<メンデルの法則>は、「メンデルがエンドウの交配実験から明らかにした遺伝の法則。①対になる形質のものを交配すると、雑種第一代では優性形質が顕在して劣性形質が潜在するという<優劣の法則>、②雑種第二代では優性・劣性の形質をもつものの割合が3対1に分離して現れるという<分離の法則>、③異なる形質が二つ以上あってもそれぞれ独立に遺伝するという<独立の法則>の3つからなる」が、それ以前の江戸時代の日本人は、遺伝の特性をどう理解して新しい園芸品種を創り出していたのか。
(6)今年初めての企画が、夏の古建築公開×「タゴールと夏の迷い鳥たち Stray Birds Japan 2nd Exhibition & Concert」である。ラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore、1861-1941)はインドの詩聖と称えられる人物。代表作『ギータンジャリ』により、1913年、アジア初のノーベル文学賞を受賞した。
今年はタゴール生誕160年、没後80年にあたる。三溪園ゆかりの詩聖タゴールにインスパイアされた若手アーティストたちによる、タゴールの詩の世界や鶴翔閣をより楽しめるイベントである。主催は公益財団法人三溪園保勝会、共催がStray Birds Japan、助成が東京芸術大学音楽学部若手作曲家・演奏家・研究者支援事業、そして後援が外務省、国立音楽院。
期間は8月7日(土)~8月15日(日) 9:00~16:00。場所は鶴翔閣(横浜市指定有形文化財)、料金無料 (入園料のみ)、予約不要。ただし、8/8・8/12開催のコンサート観覧希望者は、事前に整理券を求める。企画・展示内容は、タゴール紹介、インスタレーション、短編アニメーション、絵画作品、いけばな(8/14・15のみ)、涼の間、コンサート(8/8・12のみ)。
会場の鶴翔閣は、三溪園の創設者である原三溪の旧宅(旧原家住宅)であり、かつて三溪と交流のあった文化人や財界人が出入りし文化的サロンとしても使われていた。横浜に残る貴重な近代和風建築として、また歴史的にも貴重な建物として横浜市有形文化財に指定されている。普段は非公開のこの建物を、夏の期間特別に一般公開する。
タゴールは日本の美を愛し、日本に対する親しみも深く、1902年に訪印した岡倉天心と親交があり、何度も来日している。初来日の1916(大正5)年、三溪園に2か月逗留、このとき詩集『迷い鳥』(Stray Birds)が作られた。
インド独立運動のガンジーを支持し、アインシュタインやロマン・ロランらの著名人とも交流があったタゴールは、世界平和、人類愛を表現し続け、1941年の没後、現在にいたるまで尊敬を集めている。また、インドとバングラデシュ両国家の国歌の作者でもあり、タゴール国際大学の創設者でもある。「すべての赤子は神がまだ人間に絶望していないというメッセージを携えて生まれてくる」という彼のメッセージは、混沌した現代に一筋の希望を与えてくれる。
三溪園において最初の詩が生まれた詩集『迷い鳥』(Stray Birds)をもとに集まった、若手アーティストを中心とするコレクティブ・グループ。2020年はタゴールや三溪園を中心とした研究やフィールドワークを行い、短編アニメーショの制作や企画展を実施してきた。今年はその新たな展開である。
若手芸術家を支援して止まなかった原三溪は、微笑みながら見守っておられるに違いない。
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