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旅情と四季のうつろい

 三溪記念館で所蔵品展が始まった。第1展示室が「旅情を写す」、第2展示室が「四季のうつろい―春から初夏へ」(~6月15日)。そこで両展示室の題名の一部を採り、本稿の題名を「旅情と四季のうつろい」とした。なお第3展示室は「第45回三溪園俳句展」が5月19日に終わり、次の展示「蓮へのいざない」(6月3日~8月16日)を計画中である。

 感染症予防対策の一つとして、今回の展示は通常より作品の間隔を広くとった。その分だけ室内が広く感じられる。

 この所蔵品展は、特別企画<アートの庭>展の翌日に始まった。<アートの庭>展と今回の所蔵品展を、中心となって企画・実施したのが吉川利一事業課長(学芸員)である。在職30年を超えるベテランの一人。

 事業課は各種イベントの企画・連絡・実施、文化財古建築の保存と活用、庭園管理、さらにボランティアさんとのパイプ役も担う。吉川さんは多忙な業務をこなしつつ、時に偶発する難問にも穏やかな言動で的確に対応、<外柔内剛>の人というに相応しい。

 本ブログでは、三溪記念館の所蔵品展は幾度か紹介してきた。清水緑さん、北泉剛史さんという歴代の学芸員(<美術分野>)から展示解説等のデータを頂き、分からない点は教えを請いつつ、原三溪と三溪園を広く世に知らせたいと、私なりに模索してきた。

 思い出深いものに、「白きものを描く」(2015年9月13日掲載)、「三溪の書」(2017年9月12日掲載)、「三溪園所蔵の豪華な作品群」(2018年1月1日掲載)、「三溪園と日本画の作家たち」(2019年)8月6日掲載)、「所蔵品展「月づくし」と観月会」(2020年10月1日掲載)、企画展「臨春閣~建築の美と保存の技」(2020年11月26日掲載)等がある。
 
 今回も同様に吉川さんからデータを頂き、不明な箇所を尋ねた。吉川さんはとくに<歴史分野>に精通する。以下、吉川さんのキャプションを引用しつつ、今回の所蔵品展の見どころをお伝えしたい。

 第1展示室は、壁面に次のキャプション「所蔵品展Ⅰ 旅情を写す」
 「春は、ふらりと旅に出たくなる季節です。三溪園の所蔵品の中には、原三溪や三溪支援の画家たちが旅先で得た情景や印象を描いた作品がみられます。遠出の旅行がままならない昨今ですが、ひととき絵に表現された旅をお楽しみください。」

 ついで下置きのキャプション「旅情を写す―原三溪の絵画」で述べる。
「三溪は、自らの事業や蚕糸業全体を束ねる立場として奔走する日々を送るなかにも、時間を見つけては好んで旅をしたようです。その行先は身近な名所や旧跡から、故郷の岐阜や別荘のあった箱根・伊豆・京都、また遠くは東北各地にまで及びました。ここでは、こうした旅先で見かけた情景や感じた印象をもとに描かれた三溪の作品を紹介します。」

 三溪の軸装墨絵(紙本墨画淡彩)は《信濃路》、《野尻湖》、《近江路》、《鮎市》 の4点。うち《野尻湖》は縦97.4cm、横64.2cmと他より幅広く、山と湖と小舟の絶妙な配置に魅了される。小舟には舳先と船尾にそれぞれ漕ぎ手がおり、屋形に6人の客が乗っている。簡略な筆遣い。だが人物の表情まで感じ取れる。

            野尻湖

 《鮎市》 は「濃州郡上付近所見」。三溪の故郷、岐阜近郊の鮎漁解禁は初夏の6月である。獲れた鮎が川岸に並ぶ。人々は傘をさし、蓑笠姿も。梅雨の6月でもある。(松永耳庵旧蔵)

 解禁直後の生き生きとした鵜飼の様子を子細に描きこむ。絵は美術作品としてはもとより、描き出された<時代の風景>が、そのまま歴史資料となる。当時の新聞は、報道挿絵に加え、風刺画、子どもや市井の日常の描写、連載小説、広告にも<挿絵>を多用し始めていた。<挿絵>で紙面の印象がパッと変わる。美術界も、この流行と連動していたのではないか。

 覗きケースのガラス越しに、《二日遊関記》と《三溪先生東北遊影帖》の 2点。 
三溪《二日遊関記》のキャプションには「哲学者の和辻哲郎と阿部次郎、善一郎(三溪の長男)、西郷健雄(三溪の長女の夫)の4名と箱根芦之湯にあった別荘・去来山房に泊まり、付近の名所旧跡を巡った折のスケッチをもとに制作された絵巻。各場面には説明も加えられている。」とある。見開き部分に、湯舟につかる男性2人の後ろ姿と、柱の近くに男性1人を描いている。

 中村房次郎《三溪先生東北遊影帖》について、「この(写真)アルバムは、昭和5(1930)年に中村が東北への事業視察を兼ねて三溪とともに旅行をした後に作成されたもので、名所旧跡を訪ねたり、スケッチを行ったりと楽しい旅が記録されている。」とある。

 「中村房次郎(1870~1944年)は、製糖、小麦の製粉事業、鉱業等に功績をのこした実業家。とくに1914年、岩手県に松尾鉱業を創立、その経営では福利厚生に尽力し、<日本のロバート・オウエン>と呼ばれた。…中村と三溪とは公私共に深い交流があり、大正4(1915)年大隈内閣によって設けられた経済調査会には、両者が横浜を代表して選ばれるほど傑出した経済人であった。また、昭和14(1939)年の三溪の葬儀では中村が葬儀委員長をつとめた。」

 その斜め向かいに「原三溪支援の画家の作品」がある。軸装が牛田雞村《朝鮮風俗》、巻物は《荒井寛方三溪宛書簡(本願寺より)》の各1点。

 「三溪園では、三溪が支援した作家の作品も蒐集・所蔵しています。ここではその中から、荒井寛方(かんぽう)と牛田雞村(けいそん)の作品を紹介します。雞村は、朝鮮への旅で描いたスケッチから、女性の服装や壺を頭上に載せて運ぶ姿に着目した作品を制作しました。一方の寛方は、滞在していた京都から三溪に宛てて送った手紙の中で、信者でにぎわう本願寺境内の様子を絵で伝えています。いずれも作家の眼をとおした旅の印象や関心が描かれています。」

 寛方や雞村の作品も歴史資料となる。明治後半から大正時代の雰囲気が伝わってくる。吉川さんと一緒に展示室を回り、「画家たちも絵画が歴史資料としての側面を持つと意識していたのだろうか」と尋ねると、吉川さんが「共有していたはずです。寛方や雞村の絵から強く伝わってきます…」と応える。

 一息入れてから、第2展示室「所蔵品展Ⅱ 四季のうつろい―春から初夏へ」へ。キャプションは、「三溪園の魅力の一つは、四季折々に移り変わる様々な表情を楽しめることにあります。季節はまもなく春から初夏。この展示室では、三溪園の所蔵品から四季の風情をお届けします。」

 展示品は、下村観山《白藤》、牛田雞村《空木》、中島清之《「牡丹図》(臨春閣替襖)、《牡丹図衣桁》(三溪旧蔵品)の4点。

 下村観山《白藤》
  「下村観山(1873-1930)。和歌山に生れる。本名 晴三郎。能楽師の家に生れ、一家をあげて上京し、狩野芳崖、橋本雅邦に師事する。鑑画会でフェノロサに注目され、東京美術学校第1期生として入学、観山と号する。校長岡倉天心に認められ、卒業後助教授となるが、天心の退職に殉じて辞職、日本美術院創設に参加する。渡欧し英国の水彩画を研究、また名画の模写を行う。三溪の庇護を受け、三溪園内の松風閣に障壁画を描き、また招かれて本牧に新居を構える。のち横山大観と中心になって日本美術院を再興、以降在野作家を貫いた。三溪が最も高い評価を与え、敬愛した近代作家であった。」

             観山フジ

 牛田雞村《空木》
 「空木(うつぎ)は茎が中空のため、この名がつけられたといわれるが、一般には卯の花で知られている。金地に純白の花をつけた姿と、周辺をアゲハチョウやモンシロチョウが飛ぶ様を描き、春から初夏へと移り変わる季節が感じられる華やかな作品である。細密な昆虫画に加え、装飾性のある表現からは、作家の後年の日本画家から舞台美術家への転向をも予感させる。」 (山口八十八コレクション)

《衣桁》
 「衣桁は、着物を掛けておく実用の道具としてのほかに室内を装飾する調度としても用いられた。下部に金地に紅白の牡丹と岩、蝶の絵が施されたこの衣桁は、三溪の旧蔵品で、かつて園内の臨春閣内に置かれていた。」

中島清之《牡丹図》
 「三溪園にある歴史的建造物の中で、三重塔と並ぶ代表的な建物が内苑の庭園の中心をなす臨春閣。江戸時代初期に紀州徳川家の別荘として造営されたという由緒を持つこの建物内部には狩野派を中心とする障壁画が付属するが、本作品はその替え襖として日本画家の中島清之により制作された。…中島清之は、日本美術院を中心に活躍した作家で、東京藝術大学では後進の指導にもあたった。次々と新しい様式を求め続けたその作風は、生涯型にとらわれることはなかった。 各面に咲きほこる牡丹を配した本図では琳派研究の成果が発揮され、典雅で装飾的である。」

 展示を観つつ、吉川さんのキャプション等から想起したことがある。原三溪と中村房次郎の繋がりである。5年前に本ブログで取り上げた「20世紀初頭の横浜―(4)総選挙と二大新聞」(2016年1月16日掲載)等で両人について触れていた。

 横浜は日本の新聞発祥の地であるが、「横浜毎日新聞」が東京へ拠を移した後、横浜では日刊紙の空白期がつづく。そこに1890(明治23)年、「横浜貿易新聞」(愛称は「貿易」)が東京で創刊され、同年5月に横浜へ移転、横浜を代表する新聞に成長する。神奈川新聞は、この「横浜貿易新聞」創刊に起源するとして、昨年(2020年)、創立130周年を祝った(同社ホームページ)。

 ついで1902年、三溪の仲介で「横浜新報」(愛称は「新報」)が発刊される。これは「横浜毎夕新聞」(前年2月創刊)を継承した日刊紙で公称7万部。こうして横浜に二大新聞が生まれた(他に3紙あり)。

 そこに1903(明治36)年3月の第8回総選挙があり、「貿易」と「新報」が相対する候補者を支持、政財界、新聞界を二分する紛争に発展する。このころから「貿易」にも「新報」にも挿絵が増える。新聞写真の前身である。進化した紙面を駆使して総選挙をめぐる「情報戦」が始まった。

 三溪(1868~1939年)と房次郎(1870~1944年)はともに30代半ば、横浜開港<第3世代>と呼ばれ、1902年4月には「横浜貿易研究会」を設置して横浜産業界の将来展望を議論する間柄であった(本ブログ2016年4月26日掲載 「20世紀初頭の横浜-(5)横浜築港の新たな動き」)。その縁から「貿易」と「新報」の総選挙がらみの対立とシコリを憂慮、手をたずさえることで一致する。親交は、以来30余年にわたり、三溪の逝去する1939(昭和14年)までつづく。

 ふたたび三溪記念館の第1展示室に戻ろう。中村房次郎《三溪先生東北遊影帖》を収めるケースのすぐ上の壁面に、三溪に関する常設の説明資料がある。三溪を①実業家、②奉仕家、③美の育成家、④美術家・数寄者の4つの側面から描き、最後に三溪園の歴史年表を付す。この②奉仕家に、房次郎の「横浜の恩人・原富太郎の人となり」(弔辞)を引用している。

 「原さんという人は、どんな方面のことにも絶大な力をもっていられたが、表面に出ることを好まず、常にその力を内に蓄えられていた。しかし一朝何事かある時は、その内に蓄えられた真の力を縦横にふるわれたものである。」(「ただ痛惜に堪えず」 『蚕糸経済』誌 昭和14年9月)

 三溪の絵とその広い交友関係を通じて吉川さんが伝えようとした三溪の人間像、その一端を知ることができた。
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人類最強の敵=新型コロナウィルス(37)

 4月18日(日曜)午後、菅首相は訪米の旅からトンボ返りした。待ち受けていたのは、新型コロナの感染拡大で、「まん延等重点措置」(以下、<まん延等防止策>とする)の効果が一向に見られない厳しい現状である。とくに大阪府では新規感染者が1220人と過去最多を記録、6日連続の1000人超、東京都も543人と5日連続の500人超、神奈川も220人で、5日連続の200人超となった。

【3度目の緊急事態宣言】
 20日(火曜)から、<まん延等防止策>が神奈川・埼玉・千葉・愛知の4つの県で適用となった。期間は5月11日まで。これで適用地域は10都府県になった。同じ日夜、大阪府は、府内での感染の急拡大に歯止めがかからず医療のひっ迫が深刻さを増している状況を受けて、より強い対策の緊急事態宣言発出を要請することを決定し、正式に要請した。吉村知事は宣言の期間について、3週間から1か月が適切だとしている。宣言が発出されれば人出を抑えるため百貨店や商業施設それにテーマパークなど、規模の大きな集客施設を中心に休業を要請したいとして、具体的な措置について国との調整を急ぐ考えを示した。

 また同日夜、東京都の小池知事も都内の感染状況は厳しいという認識を示したうえで、緊急事態宣言の政府への要請について「できるだけ早く行う必要があると考えている」と述べ、政府に要請する考えを示した。東京都内では、20日の感染確認が火曜日としては今年1月26日以来となる700人を超えたほか、変異ウイルスの確認が1日に発表される人数としては初めて100人を超えて115人となった。

 21日(水曜)、京都府は、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかっておらず、医療体制を守るために強い措置が必要として、21日夜、国に対し緊急事態宣言の発出を要請した。京都府では、4月12日から<まん延等防止策>が適用されているが、直近1週間の感染者数は平均で100人を超え、感染拡大に歯止めがかかっていない。変異ウイルスの検出率が4月18日までの1週間でおよそ5割を占め、入院患者向けの病床の使用率も直近で50%を超えている。

 23日(金曜)午後6時半から、総理大臣官邸で対策本部を開き、今月25日から来月11日までの17日間、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県を対象に緊急事態宣言を出すこと、また愛媛県に「まん延防止等重点措置」を適用することを決め、すでに「重点措置」を適用している宮城県と沖縄県について、5月5日までの期限を11日まで延長することを決定した。ついで8時から菅首相が記者会見を開き、「全国の新規感染者数は、先月から増加が続き、大阪府と兵庫県では、医療提供体制がこれまでになく厳しい状況にある。また、感染力の強い変異株は、大阪府、兵庫県では、感染者のおよそ8割を占め、東京都では、およそ3割まで増えている」と指摘したうえで、「今回の緊急事態宣言は、ゴールデンウイークの短期集中対策として、飲食の対策を強化するとともに、いったん人の流れを止めるための強力な措置を講じるもの」と述べた。

 なぜ期間を4月25日から来月11日までの17日間と短めに設定したのかについては言及がなかった。第1回の緊急事態宣言は、昨年2020年4月5日掲載の「人類最強の敵=新型コロナウィルス(5)」に次のように記した。「4月9日(木曜)未明、緊急事態宣言が発効した。期間は5月6日までの1か月、指定対象地域は7都府県(東京都、大阪府、神奈川県、埼玉県、千葉県、兵庫県、福岡県)である。」と。第2回は、今年1月15日掲載の「人類最強の敵=新型コロナウイルス(31)によれば、「1月7日(木曜)、<松の内>の最終日夕方、菅首相は政府の対策本部で1都3県に緊急事態宣言を発令した。期間は2月7日までの1ヵ月」とある。これを今回は約2週間の17日間とした理由は明かされていないが、東京オリンピックの開催をめぐる協議のためIOCのバッハ会長の来日予定日から逆算したのではないかとの報道もある。

【オンライン気候変動サミット】
 22日(木曜)、アメリカが世界の40カ国・地域の首脳に参加を呼びかけた気候変動に関する世界首脳会議(気候変動サミット)がオンラインで開かれ、菅首相、中国の習主席、ロシアのプーチン大統領らが参加した。バイデン米大統領は、「持続可能な未来に向けて行動すべき」と呼びかけ、「今後10年で気候変動危機による最悪の結果を避けるための決断をしなければならない」と述べた。

 菅首相は、5日前の17日に行われた日米会談を受けて、46%(2013年度比)という日本の削減目標を提示した。従前の26%減でさえ困難視されていたのに、その2倍に近い目標値である。ものづくり日本を支える産業界には試練の季節の到来である。会議に先立ち主要国は2030年に向けた温暖化ガスの排出削減目標を相次いで打ち出し、アメリカは2005年比50~52%減らすと表明した。主要排出国が脱炭素で競い合う中、再生可能エネルギーの導入拡大など実効性をどう確保するかが課題となる。
 各国は新たな削減目標を国際連合に提出し、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で進捗状況を点検する。11月に英国で開く第26回会議(COP26)に向けて、温暖化対策が不十分な国からの輸入品に課税する「国境炭素税」など脱炭素に向けた国際協調も協議する。
 国際的な温暖化対策の枠組みであるパリ協定は、産業革命前と比べた気温上昇をできるだけ1.5度以下に抑える目標を掲げる。達成に向けて日米英や欧州連合(EU)は50年まで、中国は60年までにそれぞれ温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと表明済みだ。30年の排出削減目標は50年実質ゼロの中間目標となる。

【オーストラリアが中国との<一帯一路>協定を破棄】
 23日(金曜)の毎日新聞等によれば、オーストラリア(以下、豪州とする)政府は21日、南東部ビクトリア州政府が中国との間で独自に結んだ巨大経済圏構想「一帯一路」に関する二つの協定を破棄すると発表した。両国関係は急速に悪化しており、一層の冷え込みは必至である。
 豪州では2020年12月、州や地元自治体が外国政府と結んだ協定について、政府が検証し破棄できる法律が成立している。今回は、ビクトリア州が18年と19年に中国政府と結んだ<一帯一路>への協力に関する協定2件と、イラン、シリアとそれぞれ結んだ協定が破棄された。ペイン豪外相は声明で「国の外交政策と矛盾するか、外交関係に悪影響を及ぼすと判断した」と説明した。
 これに対し在豪中国大使館は「理不尽で挑発的な動きだ。両国関係をさらに悪化させ、自国を苦しめる結果になるだろう」と非難する声明を発表した。習政権にとって、大きな痛手になる。両国はこれまで貿易などで連携し、14年には中国の習主席が豪議会で演説するなど一時は良好な関係を築いたが、近年は中国による南シナ海進出などに豪州側が警戒を強め、関係は悪化している。
 本ブログ4月19日掲載の前稿(36)で、「(米中間で)政治的なボールの投げ合いとなれば、習政権がこの8年にわたり築いてきたアメリカとの<新型大国関係>の構築と、そのうえに築かれる<一帯一路>という世界戦略(2014年11月10日、中国北京市で開催されたアジア太平洋経済協力APEC首脳会議で習総書記が提唱)は徐々に後退を余儀なくされそうである」と書いたが、これほど早くオーストラリアから火の手が挙がるとは想定外であった。

 一方、28日付けの日経新聞朝刊によれば、中国は<一帯一路>の要衝の地、インド南部の島国スリランカに対して5億米ドル(約540億円)を融資し、金融ハブをめざして新たな港湾都市<コロンボ・ポートシティー>の港湾権益の確保を狙っている。この問題をめぐりスリランカの国会は紛糾。中印対立と<クアッド>(日米豪印の連盟)vs中国対立の焦点となる重大問題である。

【ミャンマー問題とASEAN首脳会議】
 24日(土曜)、ジャカルタで開かれたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議が終了した。加盟10ヵ国のうち、参加は7ヵ国首脳のみで、タイのプラユット首相は22日のインドネシアのジョコ大統領との電話協議で、国内の新型コロナウイルス対応を優先し、首脳会議には出席しない方針を伝えた。フィリピンのドゥテルテ大統領とラオスのパンカム・ヴィパワン首相も出席を見送った。また国連のブルゲナー事務総長特使(ミャンマー担当)が22日にタイのドーン外相と会談後、ジャカルタに移動、24日に開かれる合首脳会議にあわせ、インドネシアの首都ジャカルタを訪問することが分かった。首脳会議にはミャンマーのミン・アウン・フライン国軍総司令官も出席、ブルゲナー氏と会談する可能性がある。

 ミャンマー国軍総司令官が出席することはミャンマー国内の強い反発を招いたが、ASEAN首脳会議では議長国ブルネイのエルワン・ペヒン・ヨセフ第2外相が議長声明を発表、①ミャンマー国内の暴力の即時停止、②国軍と民主派の対話開始、③ASEAN特使の派遣、④ASEANによるミャンマーへの人道支援、⑤ミャンマーでの特使と関係者との面会容認、の5点を要請した。なお国軍に拘束されているアウンサンスーチー氏に関する項目は盛り込まれなかった。
 ASEAN内には、制裁によって圧力をかける欧米の手法では事態の改善につながらず、市民生活への影響も大きいとの意見が根強い。内政不干渉の原則を維持しつつ、平和的な解決に向けた支援を表明することで、ミャンマー国内の当事者による対話を後押ししたい考えであり、国際社会からもASEANの役割に期待する声が聞かれる。国連のグテレス事務総長は19日、「ASEANの役割はこれまで以上に重要になっている」と指摘した上で、影響力を行使して事態のさらなる悪化を防ぐよう要請した。ただ、ASEAN内にはミャンマー問題への関与を巡って、積極的なインドネシアなどと消極的なタイなどとの間の温度差が依然残っていると言われる。首脳会議に総司令官を呼ぶことで、国軍による支配を追認したと批判されかねないジレンマも抱えている。後に「ミャンマー国軍利したASEAN」(日経新聞5月15日朝刊)のコラムがある。また14日、ミャンマーで治安当局に拘束されていた日本人フリージャーナリスト、北角祐樹さん(45歳)が解放され、同日夜に帰国した。その前日の国軍系テレビは「法は犯したが、日本とのこれまでと今後の友好関係を鑑みて起訴を取り下げる」と伝えた。

【4都府県に<緊急事態宣言>】
 25日(日曜)から東京、大阪、兵庫、京都の4都府県を対象に<緊急事態宣言>が実施された。<まん延防止等重点措置>では感染拡大を抑止し切れないとして政府にたいし3度目の<緊急事態宣言>を発するよう要請、4月25日(日曜)から5月11日(火曜)の17日間の<緊急事態宣言>下に入った。

 飲食店の営業を午後8時までとし、昼間を含め、酒類の提供をしないよう要請した。また東京都は、午後8時以降、都庁やレインボーブリッジの照明灯を消し、また街灯を除く明かりを消すよう各方面に呼びかけた。だが、明かりを灯し続けることに決めた商店街もある。「暗い道を灯すことで、安心して通ってほしい。語らう場を提供できないいま、せめてもの思いを届けることも、飲食店の役割なのではないか」と。

【ワクチン接種の推進】
 政府は新型コロナウイルスのワクチン接種を国の施設でもできるようにする。これまでは自治体に会場設営などを委ねてきたが、接種のスピードを上げるため国主導で取り組む。5月にも東京・大手町にある合同庁舎を使い、1日あたり1万人規模で接種できる会場をつくる。接種の対象は都内に住む人や働く人を想定する。大阪でも近く、同様の大規模会場をつくる。
 政府は5月の大型連休明けに高齢者向けのワクチン1800万回分を自治体向けに配送する。接種の本格化を踏まえ、国が運営する会場を初めて設ける。接種を担う医療従事者の不足に対応するため、国が運営する会場では医師や看護師の資格を持つ自衛官が加わる。海外では軍がワクチンの担い手になっている例がある。菅首相もかねて「自衛隊にもお願いしたい」と述べていた。
ワクチン接種は国が指示を出し、都道府県が調整したうえで市区町村が実施する仕組みで、予防接種法で役割が決まっており、新型コロナ対応でも接種会場や医師、看護師の確保は原則として自治体が担うことになっている。医療従事者や大規模な会場が見つからず、接種がスムーズに進まない問題が生じている。
 TBSテレビの<ひるおび>でイギリス人のお笑い芸人BJフォックスを招いてイギリスにおけるワクチン接種の現状を伝えていた。   
 ワクチン接種を行う大部分の人がボランティアで、10時間以上のオンライン研修を受け、接種の実地訓練を4回行って資格を得られるとのこと。日本のように歯科医師を動員するか否かの議論を進めているのと比べて、なんという大違いか。TBSのロンドン支局長にも滞在半年を超えたため案内が届き、接種会場に行くと接種をする人はテニス・コーチと自己紹介、「目と手の連携は確かです」とうまい冗談を言っていた。

【世論調査の結果】
 25日(日曜)、日本経済新聞社とテレビ東京が4月23~25日に実施した世論調査の結果が発表された。菅内閣の支持率は47%で3月の45%からほぼ横ばい。政府の新型コロナウイルス対策について「評価しない」は過去最高の65%で、3月の前回調査から10ポイント上がった。2020年2月から質問しているコロナ対策への評価は、「評価する」は前回から8ポイント低下の30%で、これまでの調査で最低だった。1回目の緊急事態宣言を発令中の20年5月は38%、2回目の21年1月は33%だった。
 内閣を「支持しない」と答えた不支持率は44%で3月の46%とほぼ同じ。支持率が不支持率を5カ月ぶりに上回ったものの、拮抗する状況は前回から変わらない。政党支持率は自民党が47%で前回から4ポイント上昇。立憲民主党は9%でほぼ横ばい、支持政党がない無党派層は29%で変わらなかった。直後に判明した国政選挙の結果(後述)に伴い、次の他社による世論調査では大きく変わる可能性がある。

【第3の<敗戦>】
 25日(日曜)の日経新聞朝刊のコラム<春秋>欄に、次のような記述がある。「病床やワクチンの確保で対応のまずさや出遅れが目立ち、太平洋戦争、バブル崩壊に続く第3の<敗戦>だと見る向きも出てきた。…軍事、経済、医療と分野こそ違うが、3度の敗戦には共通項がある。縦割りの弊害、根拠なき楽観、科学の軽視、始めたらやめられない組織。4度目があるなら食糧か水か、エネルギーか。予想外の、しかも自信のある分野を突かれるだろう。国内の資源や備蓄を適切に分配できず、輸入も滞る未来図-杞憂なら良いが」。雑誌『日経ビジネス』の最新号は<ワクチン最貧国>の見出しで「危機管理なき日本の医療」を特集する。

 短い行数に詰め込んだため、いささか論理を追いにくいものの、貴重な見解である。(1)太平洋戦争(軍事)、(2)バブル崩壊(経済)、(3)コロナ対策(医療)とつづく3回の<敗戦>に共通する要因を4つ挙げ(①縦割りの弊害、②根拠なき楽観、③科学の軽視、④始めたらやめられない組織)たうえで、次に予想される第4の<敗戦>という最大の危機に面と向かって備えるべしとする。「人類最強の敵=新型コロナウィルス」と題して連載してきた私には、これからも<人類最強の敵>と正対するための心得となる鋭い主張である。

 3回の<敗戦>に共通する4つの要因のうち、とくに①縦割りの弊害と③科学の軽視に関しては、これを科学者の側から語った記録を想起する。昨年末に刊行された西浦博著、聞き取り・川端裕人『新型コロナからいのちを守れ!  理論疫学者・西浦博の挑戦』(中央公論新社 2020年12月)である。

 2019年大晦日。西浦博(北海道大学教授)は、武漢で未知のウイルスが流行の兆し、との情報をキャッチする。翌1月16日には日本で最初の症例が確定。急遽、北海道から東京へ向かい、厚労省クラスター対策班データ分析に従事、「8割おじさん」と呼ばれた数理モデルの第一人者の初動である。それ以来、予想もしない6ヵ月にわたる格闘の日々を、本書で語っている。

 例えば、「…僕には脅迫状が届き、生まれて初めて殺害予告を受けました。一番緊迫した頃には、厚労省と新橋のビジネスホテルの間を歩くだけなのに警察の方に護衛してもらったことすらありました。・・・厚労省とも仲違いしそうな時、尾身先生がテーブルをたたきながら、先生より若い我々専門家全員を叱るように仰った。「厚労省がちびちび書き換えるとか、そんなしょうもない話はどうだっていいんだ。責任取れと言われるんだったら俺が取るぞ。お前たちはそんなもんなのか」。また「今は流行しているんだから、流行を止めるんでしょうが。お礼参りは終わったらちゃんとやるから、今はとにかく流行を止めるぞ」と言いながら、目に涙をためてみんなをいさめてくれたことがありました。

 ここに記される半年間の闘いとその成果、これからさらに1年近くが経過したのが現状に他ならない。その間に、科学の声が政治のトップの官邸に届くまでに立ちはだかる何重もの壁はいっそう強固になっている。

【日本学術会議総会】
 22日(木曜)、日本学術会議は定例の総会で「総理大臣は学術会議の推薦に基づいて任命し、法律が定めた会員数を満たす責務を負っている」とたうえで「いまだ任命されていない6人の候補者を即時任命するよう要求する」とした声明を決定した。この中で「任命しなかったことについて一般的な説明を超えた特段の理由を示す責任がある」とも指摘している。昨年10月に就任する新しい会員の候補として、定数の半分にあたる105人のリストを法律に基づいて提出したが、菅首相はこのうち6人を任命せず、学術会議は6人の任命を求めるとともに組織の在り方についても検討してきた。
 同じ日、日本学術会議を所管する井上科学技術担当大臣は、学術会議の梶田会長から、学術会議がまとめた組織の在り方についての報告書を受け取った。そのあと井上大臣は記者団に対し「報告書を踏まえて今後どうしていくか、悠長にしているわけにはいかないので、なるべく早く考えたい。今の設置形態に関わらず、さまざまな形態を考えてほしいと前から申し上げており、そこは変わらない。国民の関心という意味では、設置形態と会員の選考プロセスは、大きな課題かと思う」と述べた。また、井上大臣は、任命されなかった会員の候補者6人を即時任命するよう求める声明も受け取ったとしたうえで「任命については直接、権限がないので、任命権者に伝えると梶田会長に申し上げた」と述べた。

【日本人選手の大活躍】
 メジャーの野球で活躍するエンゼルスの大谷翔平選手やパドレスのダルビッシュ有選手、ゴルフの「マスターズゴルフ2021」を日本人として初めて制覇した松山英樹選手、また米プロバスケットNBAのウィザーズ八村塁の活躍ぶりは、在宅勤務の増えた多くの日本人に勇気と感動を与えている。

 エンゼルス大谷投手(26)が、本塁打でロケットスタートの4月を締めた。4月30日(日本時間5月1日)のマリナーズ戦に「2番DH」で出場し、4打数1安打1打点。3回の第2打席でタイミングをやや外されながらも、8号ソロを右翼席まで運んだ。メジャー記録を扱うStats社によれば、先発投手の月間8本塁打はベーブ・ルース以来、実に100年ぶりという。

 パドレスのダルビッシュ投手(34)も4月30日(日本時間5月1日)、本拠地でのジャイアンツ戦に先発。6回3分の1を投げて4安打1失点、今季最多の12三振を奪って3勝目(1敗)を挙げた。パドレス移籍後の本拠地初白星となり、防御率は2.13。

 4月11日、ゴルフ界最大の大会「マスターズゴルフ2021」で、日本人プロゴルファー松山選手(29歳)が初制覇!広大なオーガスタナショナルGCウイニングパットが決まった瞬間、実況のアナウンサーは声を震わせながらこう伝えた。「…日本の男子ゴルフ界がマスターズに初挑戦してから実に85年。幾多の名だたる日本人選手がはねのけられてきた高い壁をついに越えた。…日本中に歓喜をもたらした歴史的快挙は、日本人にとって長きにわたる夢であり、松山にとっても大きな夢であった。10度目の挑戦で悲願のグリーンジャケットに袖を通した松山は2011年4月、東日本大震災の直後、アマチュアだった東北福祉大学2年時に初めてマスターズに挑戦した。それから10年後の快挙である」。

 米プロバスケットボールNBAは4月30日、各地で行われ、ウィザーズの八村は敵地クリーブランドでのキャバリアーズ戦に先発して22分3
 3秒プレーし、3試合連続2桁の11得点、5リバウンドだった。チームは122-93で快勝して2連勝。八村は第1クオーター、味方の動きに合わせて位置を取り、パスを受けて中距離のシュートを沈めた。その後もフリーで3点シュートを沈めるなど同クオーターだけで9得点をマーク。守備では身長211センチの相手をゴール下でしっかり押さえてリバウンドを奪うなど攻守でチームを支えた。

【バイデン大統領の施政方針演説】
 28日(日本時間29日)、バイデン大統領は、就任から100日を迎えるのを前に議会上下両院の合同会議で初めての施政方針演説を行った。
 1時間余りにわたる演説でまず「今、100日がたちアメリカは再び動きだした」と述べ、新型コロナウイルスの感染拡大や経済的な危機の収束に向けた兆しがあると成果をアピール、そのうえで「中間層がこの国を築いた」と述べ、
▽雇用を生み出すインフラ投資や子育て世帯を支援する大規模な予算計画の実現
▽大企業や富裕層の負担を増やす税制改革を進めて格差の是正に取り組む、との方針を示した。

 また、演説で中国にたびたび言及、習主席を専制主義者としたうえで「彼は中国を世界で最も重要で影響力のある国にしようと真剣に取り組んでいる。民主主義は合意を得るのに時間がかかりすぎるため、専制主義に対抗できないと考えている」と述べ、その上で「アメリカの労働者や産業を弱体化させる不公正な貿易慣行には立ち向かう」とし、インド太平洋地域で強力な軍事的影響力を維持する考えを示した。

 さらに、ことし1月の連邦議会議事堂の乱入事件や国内の分断にも言及し、「われわれは民主主義がまだ機能することを証明しなくてはならない。専制主義国家が未来を勝ち取ることはない。アメリカが勝つ。光と希望をもって21世紀の競争に勝ち抜くために新たな力と決意を奮い起こす」と訴えた。また、バイデン大統領は演説で繰り返し野党・共和党に党派を超えた協力を呼びかけたが、議会下院の共和党トップ、マッカーシー院内総務はバイデン演説についてツイッターに「すべてはメールですむ話ではないか」と皮肉を込めたような内容の投稿、今後の政権運営には困難も予想される。

【外交青書と茂木外相の東欧等訪問】
 令和3年版外交青書(外交青書2021)が刊行され、その巻頭言で茂木敏充外務大臣は次のように述べた。「今、国際社会は三つの大きな変化・課題に直面しています。第一に、新型コロナの世界的拡大がもたらす危機、そして、「人間の安全保障」への挑戦という厳しい状況をいかに乗り越えるか。 第二に、保護主義や一方的な現状変更の試みなど、これまで国際社会の平和と繁栄を支えてきた普遍的価値や国際秩序に対する挑戦。そして第三に、グローバル化、デジタル化の進展、気候変動といった国際社会が直面する共通の課題や、宇宙・サイバーといった新領域、経済安全保障など新たな課題の顕在化です。このような時代を画する変化の中にあって、日本は、ポスト・コロナの世界を見据え、多国間主義を尊重し、経済面でも、自由で公正な秩序、ルールの構築に向け、より一層主導的な役割を果たしていきます」。

 4月29日から5月8日にかけ茂木外相は、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、英国、ポーランドを順に訪問する。東欧諸国は中国の広域経済圏構想<一帯一路>の欧州への入り口にあたる要衝であり、欧州連合(EU)がまとめるインド太平洋戦略を左右する。日本の対中戦略上でも重要である。またロンドンでは5月3~5日に開かれる先進7カ国(G7)外相会議に出席、香港の統制強化や新疆ウイグル自治区での人権侵害により中国への警戒が欧州でも高まる中、民主主義や法の支配といった価値観を共有する欧州諸国との連携強化を図りたい意向である。

 一方、中国はすでに9日、中東欧17カ国と例年開催している<17+1>の首脳会議をオンラインで開いた。欧州メディアによると、中国の習主席は、要請があれば、中国製のワクチンを中東欧諸国に供給すると約束、欧州でワクチン供給が滞る中、<ワクチン外交>で、影響力を強める姿勢を鮮明にした。なかでもセルビアはすでに中国国有製薬大手・中国医薬集団(シノファーム)のワクチン約100万回分を調達。欧州連合(EU)加盟国であるハンガリーも、中国からワクチン供給を受けることで合意している。なおエストニアとリトアニアは、今回の会議への首脳の参加を見送った。

【空き病床37万でも病床逼迫】
 30日(金曜)、菅首相は日本医師会の中川敏男会長、日本看護協会の福井トシ子と会談し、ワクチン接種を急ぐため、地方自治体が休日や夜間に接種できるよう協力を求め、集団接種を担う医師や看護師への報酬を引き上げると表明した。この報道を伝える日経新聞5月1日の朝刊はトップに「空き病床37万でも逼迫 「なんちゃって急性期」増殖 非効率 改革先送りの代償」を掲載した。
 救急患者や手術が必要な患者など高度で緊急性の高い医療を担う「急性期病床」を名乗りながら、実態は十分な診療体制を整えていない病院を問題視したものだ。これまで急性期向けの高い医療費を受け取りながら、コロナ患者などを積極的に受け入れない病院の存在が逼迫の温床になっている。なぜこんな病床があるのか。全国約4分の1の病院が加入する日本病院会の相沢孝夫会長は「日本では、急変時などに対応する急性期病床だけではなく、回復期や高齢者向けの療養病床を併せ持つケアミックス(混合型)病院が多い」と指摘する。急性期と慢性期の両機能があり、転院なしで治療できる半面、急性期の対応力は劣る。
 こうした病院は看護師1人が10人以上の患者を診る病床が多い。ハイリスクの高齢患者が多く、院内感染を恐れる意識も強い。相沢会長は「コロナ患者を受け入れられるのは看護師1人に対して7人という手厚い病床。本当の急性期に使える病床は少ない」と話す。「7対1」病床は約34万床あるが、病院間の役割分担や連携が不十分で運用が非効率だ。通常医療に必要な病床もあり、コロナ用は約3万床から大幅な上積みはできずにいる。国は都道府県に地域医療構想を策定させ、病床の整理再編を促していた。 その矢先にコロナ禍に見舞われ、議論は止まったままである。有効活用できないのは人材も同様。20年の入院患者数は前年より1割強減った。コロナ禍で手術を先送りしたり、急な治療を要しない患者が入院しなかったりしたためである。都内のある大規模病院の院長は「感染症対応の医師や看護師らが疲弊する一方、入院が減った診療科は時間的余裕ができている」と明かす。
 感染者数は欧米より桁違いに少なく、病床数も世界有数の多さを誇る日本が、またも緊急事態宣言に追い込まれた。「病床逼迫」の裏で何が起きているのか。現在と同様に感染者が急増した昨年末、実は全国の一般病床と感染症病床を合わせた約88万9千床のうち約37万2千床(42%)は空いていた。コロナ禍のまっただ中なのに、2019年末より約3万床増え、病床使用率はむしろ低下していた。年末年始は病院職員が休みを取り、人員が手薄になる。都内のある病院幹部は「自宅療養が可能な患者は退院させる。年間で最も空き病床が多くなる」と明かす。当時、健康観察や治療が必要な感染者は約4万人。それを大きく上回る病床が使われないまま、年明けには2度目の緊急事態宣言に発展した。「ベッドが足りない」と悲鳴があがる一方で、大量の空き病床が発生する矛盾は、日本医療の機能不全を象徴する。
 日本は開業医の利益を重視する診療報酬体系が維持され、小規模乱立の医療提供体制で民間病院が8割を占める。最新の医療機器を備えていても、使いこなせる人材の育成は後回し。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会で病床確保策はほとんど議論されず、国も自治体も、十分な手を講じることができなかった。変異ウイルスの確認が相次ぎ、なお新型コロナとの闘いは続く。今の流行を抑止できたとしても、「第4波」「第5波」への備えの重要性は変わらない。

【菅政権最初の国政選挙】
 25日(日曜)、菅政権が誕生して最初の国政選挙が投開票され、参院長野選挙区補欠選挙、参院広島選挙区の再選挙は与野党対決となった自民党候補がいずれも敗れた。また与党が候補擁立を見送った衆院北海道2区補選を含め1議席も得られなかった。<与党全敗>、<野党全勝>と呼ばれる。当選したのは参院長野が羽田次郎氏、参院広島が宮口治子氏、衆院北海道2区は松本謙公氏。
 首相は、首相官邸で記者団に答え、「国民の審判を謙虚に受け止め、さらに分析したうえで正すべき点はしっかり正したい」と述べた。また選挙結果が衆院解散・総選挙の判断に影響を与えるかを問われ、「新型コロナウイルス対策を最優先に取り組んでいく考え方に変わりはない」と強調、また「7月末を念頭に希望する高齢者全員に2回目のワクチン接種を終えるよう政府として取り組んでいきたい」と語った。

【川崎重工業がロボットPCR検査サービス】
 27日の報道によると、川崎重工業はロボットを使った新型コロナウイルスのPCR検査サービスを始める。1基あたり1日2500件さばける検査システムを開発した。2022年3月までに繁華街や空港などで最大50基程度の稼働を見込む。フル稼働時の1日の処理能力は12万件を超える。現状のH.U.グループホールディングスやビー・エム・エル(BML)など大手検査会社の受託能力の1万数千~3万件に比べ格段の処理能力を有し、検査の大幅な底上げにつながる。
 これまでの一般的なPCR検査では結果判明までに平均2~3時間かかるが、これは検体が入った容器をベルトコンベヤーでコンテナに送り込むと、核酸抽出や試薬調整、PCRなど一連の工程を無人でこなし、約80分で感染の有無を判定する。繁華街や高齢者施設などでの無症状者の検査や、空港での出国時検査を1件1万円前後で請け負う。複数の自治体や空港運営会社と詰めの交渉を進めている。医療機関とも連携して5月中にもサービスを始める。検体には鼻の粘液のほか唾液も使えるようにして、検査の実務を担う医療従事者の人数を減らせる。
 川重の検査システムは同社とシスメックス、両社が共同出資するメディカロイド(神戸市)の3社が開発した。装置は長さ12メートル、幅2.5メートルの可搬式コンテナに収まっている。半導体や自動車の生産に使う川重のロボットとシスメックスのPCR装置を十数台ずつ搭載する。人手に頼らざるをえない検体の採取を除いたPCR検査の全工程を自動でさばく。ロボットを使った全自動PCR検査システムは世界的にも珍しい。川重は従来、医薬業界向けにロボットを製造・納入しているが、自社で感染症の検査受託サービスに乗り出すのは初めて。川重は2月から藤田医科大学(愛知県豊明市)が担う出国前PCR検査サービスの実務を同コンテナを利用して受託している。この運用で検査の精度を検証した結果、本格的な商業サービスに乗り出せると判断した。空港向けでは出国直前に検査し、陰性証明書を発行するしくみを備える。国際線が多く発着する空港への導入を目指し、1つの空港に複数のコンテナを導入して1日1万人規模の検査に対応できるようにすることも検討する。スポーツ大会でも会場付近で選手などに実施するような場合に対応できるとみる。

【病床確保協定 神奈川モデル】
 28日(水曜)から5月11日(火曜)までの間、神奈川県は<まん延防止等重点措置>を横浜市、川崎市、相模原市、厚木市、大和市、海老名市、座間市、綾瀬市、鎌倉市の、合わせて9つの市に適用した。期間中、対象地域の飲食店に対しては午後8時までの営業時間の短縮に加え、終日、酒類の提供を停止するよう法律に基づいて要請した。正当な理由無く要請に応じない場合、県は立ち入り検査や命令を行うことができ、従わない場合は行政罰として20万円以下の過料が設けられている。

同時に<神奈川モデル>と呼ぶ病床確保のための行政と病院間の協定を結んだ。具体的には、中等症患者を集中的に受け入れる「重点医療機関」を設置し、無症状・軽症の方は自宅や宿泊施設で療養することで、新型コロナウィルス感染症の患者に対応できる病床を確実に確保している。26日には、この「重点医療機関」を1200床から1450床に増やした。

【急増する感染者】
 29日(木曜、昭和の日)、この連休入りの日の東京都の新規感染者が1027人となった。1日あたりの感染者数が1千人を超えるのは、1月28日(1065人)以来3カ月ぶり。29日までの1週間平均の感染者は782・1人で、前週比は114・3%だった。明らかな急増である。

【投与量10分の1以下の新型ワクチンが日本で治験へ】
 5月2日(日曜)の日経新聞朝刊に「新型ワクチン投与量10分の1以下 米新興、日本で治験へ」の記事が載った。概要は次の通り。
 新型コロナウイルス向けに、投与すると体内で自ら増える新しいタイプのワクチンの臨床試験(治験)が今夏にも国内で始まる。投与量は既存の米ファイザー製ワクチンなどの10分の1以下ですむ計算で、供給不足が起きにくい。今後登場する変異ウイルスへの対応も速められると期待を集めており、欧米でも開発が進んでいる。

 新型ワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる物質を利用する。日本でも接種が始まったファイザーと独ビオンテックのワクチンはこの物質を使っており、今回のコロナ禍ではほかのタイプのワクチンに先駆けて実用化された。米新興ワクチンメーカー、VLPセラピューティクス(メリーランド州、赤畑渉最高経営責任者=CEO)の日本法人が、大分大学医学部付属病院で数十人を対象に、臨床試験の第1段階に当たる第1相治験を実施する方向。6月までに国の審査機関に申請し、今夏の治験開始をめざす。
 同社の試算によると、1人の接種に必要なワクチンの量は1~10マイクロ(マイクロは100万分の1)グラムで、既存のmRNAワクチンの10~100分の1ですむ。日本の全人口に必要な量は、理論上130~1300グラムですむ。体内に投与するとmRNAを基に、コロナウイルスのたんぱく質の一部が作られる。そのたんぱく質に対する免疫反応でウイルスを攻撃する。ただ、mRNAは体内で分解されやすく、たんぱく質が作られる時間は短い。従来型でしっかり免疫を働かせるには、一定量のmRNAの投与がいる。
 新たなワクチンでは、mRNAに増殖する機能を加える。たんぱく質の設計図となる遺伝情報に、自動複製に必要な情報を加える。mRNAが体内の細胞に入ると、たんぱく質を作る一定の間、増え続ける。微量の投与でも十分な量のたんぱく質が作られ、効果を発揮すると考えられている。VLPは米国立衛生研究所(NIH)ワクチン研究センターの研究者だった赤畑氏が2013年に創業。双日やみやこキャピタル(京都市)などが出資する。20年度から日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、自己増殖型mRNAの新型ワクチンの開発を進めている。…年内にも第2相試験に進み、22年には最終段階の大規模な第3相試験の実施をめざす。治験が順調に進めば、富士フイルムがワクチンを製造する。…実用化されたことがないタイプのワクチンのため、治験では安全性や有効性の慎重な検証が求められる。

【政府が量子技術を官民で共同研究】
 5日(水曜、祝)、日経新聞朝刊は、「量子技術を官民で研究 政府、トヨタなど50社と協議会」として次のように報じた。
政府は産業界と組み、情報処理や通信に使う量子技術の共同研究に乗り出す。5月中にもトヨタ自動車や東芝、NECなど50社ほどが参加する協議会を立ち上げる。国家主導で大規模な投資を進める米国や中国が世界で先行する。日本が強みを持つ量子通信・暗号技術は安全保障の優位性にも直結するため、官民挙げて実用化を急ぐ。
 量子技術は特殊な物理法則である量子力学を高速計算や通信に利用するものだ。コンピューターの処理能力を飛躍的に向上させられる。安保上の重要性は高く、米中など各国が力を注いでいる。通信・暗号の安全性の確保や情報収集・分析の能力に大きく関わる。素材など先端技術の開発能力も左右する。
 日本は特に量子通信・暗号の研究で一定の影響力を持つ。この分野のハードウエア関連の特許件数は東芝が世界首位で、NECやNTTも上位につける。情報を盗み見できず安全性の高い「量子インターネット」を構成する要素になる。協議会は富士通や日立製作所、NTTグループなども加わる見通しだ。2022年中に法人にする計画や、ファンド(基金)をつくって投資活動に携わる案もある。
 日本は一部の研究で優位に立つ一方で、実際のインフラ整備を目指す動きは中国が先んじる。中国は北京と上海の間に2千キロメートルに及ぶ量子暗号の通信網をすでに構築している。協議会には国内勢の知見を組み合わせて実用化につなげる狙いがある。他社と協力して技術を新たな商品やサービスに応用する契機になる。政府にとっても情報を集約できれば国家戦略を立てやすくなる。専門性の高い人材の裾野を広げる役割も担う。
 官民連携には企業の期待も大きい。富士通で量子コンピューター開発の責任者を務める佐藤信太郎氏は「一企業で網羅的に取り組むのは困難だ」と指摘する。「どの点と限定することなく、広く産官学と連携したい」と強調する。日立製作所は「量子技術は中長期視野での研究投資が必要になる」と分析する。NECは「同業者との議論が多く、分野の異なる専門家との議論はあまり機会がない」と回答した。協議会は複数の専門部会を設ける。分野ごとに基礎研究の蓄積を融合させ、開発を深める。

【中国製ドローン 排除進む】
 5月4日(火曜、祝)の日経新聞朝刊は、情報漏洩を懸念して、NTTグループや電力会社がインフラ点検に使うドローンを中国製から国産に切り替える動きが加速していると伝えた。ドローンの世界市場では、中国企業が圧倒的な存在感を見せており、商用小型ドローンでは世界シェアの7割強を占めると言われる。中国は2017年に制定した「国家情報法」で、いかなる中国の組織も情報提供で政府・共産党に協力しなければならないと義務づけた。
 NTTグループでドローンの製造にも動く。NTT東日本は2020年12月に新会社を設立、3月末までに約150台を販売した。23年度末までに累計2千台の販売を見込む。九州電力も高所での点検作業にドローンを使う。国産やスイスメーカー製のほか、DJI製も含む。九電は「セキュリティーのリスクを含めて適切な対応を考えている」といい、国産への切り替えなどを検討する。
 ドローンは離れた場所から操作できる小型の無人飛行機。商用では、鉄塔などの点検や工事現場の測量、農薬の散布など活用は多岐にわたる。物流各社や楽天などがドローンでの商品配送の実証実験、サービスに乗り出すなど、様々な業界でドローンの活用が広がっている。プロペラの4つ程度付いたものが一般に知られている。サイズは個人が空撮などで使用する一辺10センチメートル程度の手のひらサイズのものから、物流や農業で使用する1メートル以上のものまで用途によって幅広い形や大きさがある。光の反射を利用して物体との距離を測る技術「LiDAR(ライダー)」を搭載した自律飛行ドローンなどが増え、操縦する人の負担も軽減されている。
 インプレス総合研究所(東京・千代田)は、2025年度の国内のドローン産業の市場規模が6468億円と19年度の4.6倍に拡大すると見込んでいる。現在は有人地帯でドローンを使うのは、飛行ルートの周囲を地上から目視する補助者がいる場合などに限られているが、政府は22年度中にも目視できない範囲でも飛行を認めるなど、規制を緩和していく方針である。

【企業統治指針に人権尊重を】
 同じ5日の日経新聞朝刊によれば、金融庁と東京証券取引所は6月に施行する上場企業への「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)に人権を尊重するよう求める規定を盛り込む。中国のウイグル族の人権侵害で対中制裁に踏み切った欧米の投資家を中心に問題意識は高まっている。日本企業の人権意識が低いとみなされれば投資対象から外れるリスクがあり、指針を通じて自発的な対応を促す。東証は意見公募を経て6月に改定指針を施行する。東証が2022年4月に予定する市場再編で現在の市場1部に相当するプライム市場に上場する企業などを対象とする。具体的には指針の補充原則の中に、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題の一つに「人権の尊重」を盛り込む。企業の取締役会は人権を重要な経営課題と認識し「(対応に)積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきだ」とする方向である。

【緊急事態を6都府県に拡大】
 7日(金曜)午前、政府は新型コロナウイルスの緊急事態宣言の対象に12日から愛知、福岡の両県を加え、発令中の東京、大阪、京都、兵庫の4都府県は11日までの期間を延長して31日までにすること、また宣言に準じる「まん延防止等重点措置」は9日から北海道と岐阜、三重両県を加え、埼玉、千葉、神奈川、愛媛、沖縄の各県の重点措置は31日まで延長、また12日から宮城県は外すことを決め、西村大臣が専門家で構成する基本的対処方針分科会に諮問し、了承を得た。7日夕に開く政府対策本部で正式に決定した。
 宣言地域では酒類とカラオケ設備を提供する飲食店の休業措置を続ける。利用客の酒類の持ち込みも認めない。提供しない店舗でも営業時間を午後8時までに短縮するよう引き続き求める。屋外での集団飲酒もやめてもらうよう要請する。百貨店やショッピングセンター、映画館など、延べ床面積が1千平方メートルを超える大型の商業施設への休業要請は原則やめる。午後8時までの営業は認める。知事の判断で措置を強める場合は国が支援する。これまで無観客だったスポーツの試合やコンサートなど大規模イベントは緩和し、参加者を5千人または定員の50%の少ない方まで認める。午後9時までの開催にしてもらう。不要不急の外出や都道府県間の往来の自粛を引き続き促す。テレワークの推進で出勤者7割減をめざすよう働きかける。
 10日(月曜)、オンラインで開かれた全国知事会で、都道府県ごとに異なる宣言・措置は混乱を招くとして、全国を一律に緊急事態宣言の対象とし、断固として感染拡大を食い止める時期ではないかとの見解が多く出された。

【菅首相の支持率低下とコロナ対策への批判】
 10日(月曜)に発表されたTBS/JNNの世論調査によれば、菅内閣を支持できるという人は、先月の調査結果より4.4ポイント下落、40.0%と、政権発足後最低を記録、支持できないという人は4.3ポイント増え57.0%であった。政権発足後最低となった。 新型コロナウイルスの感染防止に向けた政府のこれまでの取り組みについて聞いたところ、「評価する」は27%と、こちらも政権発足後最低となった。「評価しない」は63%。緊急事態宣言を今月31日まで延長し、新たに福岡・愛知を対象地域に加えた決定について「評価する」と答えたのは72%、「評価しない」は21%であった。ワクチンについては、感染拡大防止策として「期待する」人が83%に達した一方で、政府が7月末までに高齢者への接種を終えたいとしていることについて、「できると思う」は20%にとどまり、「できるとは思わない」が73%に達した。 NHKの世論調査も。
 菅首相の感染症抑止対策は科学的根拠を欠いているばかりか、小さな目先の政治日程に縛られているとする批判が少なくない。指摘されるのは次の3点である。
(1)1月8日に発動した2回目の緊急事態宣言を、3月25日の聖火リレー開始の4日前に無理に解除した結果、各地でリレーと呼ぶのも難しいほどの惨状に陥った。(2)4月21日に官邸で開かれたコロナ対策のための主要閣僚会議で、菅首相は期間を出来るだけ短くすることを求めた結果、わずか17日間となった。しかも、内容は相変わらず外出自粛と店の時短だけで、新たな脅威となっている変異種への特段の検査体制強化策も、専門家が前々から提言していた実効再生産数を基準とした科学的な各種規制の緩急管理システムも、退けられた。菅首相は、5月17日のバッハ来日までに感染の勢いが衰えていなければならないという“希望的観測”で一杯だった。(3)菅首相が「最後の決め手」と信じているワクチン摂取についても失敗の連続で、ワクチンそのものが確保できていない段階の2月24日に根拠もなく、つまり“希望的観測”で、「高齢者向けの接種を4月12日から始める」と言ってしまった。市町村は「まずは医療関係者から」という方針をねじ曲げて、格好だけでいいから高齢者への接種を始めているフリをしなければならなくなり、480万人の医療関係者への接種は遅れ、現状で2回目接種を終えたのはわずか2割。そのため未接種の医師・看護師が高齢者の接種を担当するという倒錯状態も起きている。

【バッハIOC会長の来日は延期】
 バッハIOC(国際オリンピック委員会)の来日は、当初、5月17日からの2日間とし、菅首相らと会談することで調整されていたが、緊急事態宣言の延長が決まったことを受けて見送られた。緊急事態宣言の解除を前提に、IOCと大会組織委員会(橋本会長)は、あらためて6月中の来日を調整しているとFNNが伝えた。

【ワクチン接種の混乱】
 3日(月曜)から始まった高齢者向けの集団接種の予約は、市の想定を超えるアクセスが集中しシステムがパンクした。市民からは困惑や怒りの声がやまず、市は受け付け計画の大幅な見直しを迫られた。3日午前9時の受け付け開始直後、業務を委託した業者とテレビ会議を結んで状況を見守っていた市幹部は、すぐに異変を察知した。大量のアクセスがあるのに、実際の予約数がなかなか増えない。想定を超えるアクセスで、専用ホームページ(HP)を支えるサーバーの処理が追いつかなかった。同じ頃、委託先が運営するコールセンターの電話も鳴り続けていた。東京都と札幌市のセンターで400回線を準備して臨んだが、HPと同じシステムを使うため、結局は「共倒れ」となった。午前9時45分。市は受け付けの中断を決めた。負荷がかかったサーバーやシステムに対策を講じるためだったが、作業は難航した。この日の受け付け再開を市が断念したのは午後3時直前である。サーバーを他自治体の予約システムと共有していたため、大がかりな改修など抜本的な対策を講じると他に影響が及ぶ可能性があった。中止は不可避だった。(以上は8日付け毎日新聞)

 9日(日曜)、NTT東西は新型コロナウイルスのワクチン接種予約を実施する各自治体の電話番号に通信制限をかけると発表した。ワクチン接種の予約で一時的に通信量が増え、警察や消防など緊急通報に影響が出るのを避けるためとしている。10日には全国で約200自治体がワクチン接種の予約を固定電話で受け付けるという。各自治体の受け付けの電話回線には限りがあり、それ以上の問い合わせがあると、警察への通報など他の通信に影響が出てしまう可能性がある。これまでも通信量の急増が見込まれるイベントなどで同様の措置をとってきた。NTTドコモやKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯各社と協力し、発信側でも通信制限をかける。 

 11日(火曜)の日経新聞朝刊によれば、高齢者向け新型コロナウイルスワクチンの市区町村への供給が本格化する。10日からの2週間で、高齢者の約半数に相当する量が届く見通し。市区町村にはネットや電話で接種予約が殺到し、枠がすぐ埋まる状況が続く。供給増に備え、円滑な予約対応や医療従事者の確保が一段と重要になる。東京都渋谷区は10日午前9時に集団接種の予約受け付けを始めたところ、開始から15分ほどで約4800回分の予定枠に達した。「早い段階で埋まるのは覚悟していたが、15分とは」(予約受け付け担当者)。区民からは「電話がつながらない」「ネットにアクセスできない」などの苦情が寄せられた。

【インドで新型変異株が猛威、日本人の避難・帰国が始まる】
 13日(木曜)、新型コロナウイルスの感染が拡大するインドで、日本人が帰国に必要な検査証明書を円滑に取得できるよう、外務省は現地の日本企業と協力して、日本人を対象とした検査場を臨時に設け、現地に滞在する日本人に「スポット情報」を出し、一時帰国を含めた対応を検討するよう呼びかけた。帰国する場合、検査証明書が必要となることから、外務省は、円滑に取得してもらおうと、現地の日本企業でつくる商工会と協力して、臨時の検査場を設けた。対象はインド全域に在住する日本人で、首都ニューデリー近郊のホテルを会場に、希望者は早ければ来週から、無料で検査を受けられる。
 一方、政府は、水際対策の強化の一環として、過去2週間以内にインド、パキスタン、ネパールに滞在していた外国人は、定住者や日本人の配偶者など在留資格を持つ人であっても、特段の事情がないかぎり入国を拒否することを決めた。一方、日本人は引き続き入国できる。

【<宣言>と<措置>の対象を拡大】
 14日(金曜)、政府は新型コロナウイルスに対応する緊急事態宣言(以下、<宣言>と略称)の対象に北海道、岡山、広島の3道県を追加、9都道府県とする。期間は5月16日から31日まで。宣言に準じた措置をとる「まん延防止等重点措置」(以下、<措置>と略称)の適用対象には千葉、神奈川、埼玉、岐阜、三重、愛媛、沖縄の7県に加えて群馬、石川、熊本の3県(期限は6月13日まで)を加え、計10県とする。いずれも変異株N501Yの増大による医療機関の逼迫が主な理由である。

 政府はこの日朝、岡山、広島両県には「まん延防止等重点措置」の適用を諮ったが、分科会の了承を得られなかった。そこで政府は、北海道を加えた3道県への宣言に切り替えて再諮問し、了承された。分科会は、前身の会議を含めて20回以上開いてコロナ対応について様々な意見を伝えてきたが、結果的には政府案に専門家のお墨付きを与える「追認機関」となっていた。今回は違った。政策案に対して、分科会が主導して政府に認めさせた。極めて異例である。

 14日夕の朝日新聞デジタルは、次のように伝えた。14日午前8時半過ぎ、首相官邸。閣議を終えたばかりの首相は、加藤勝信官房長官、田村憲久厚生労働相、西村康稔経済再生相の3人と向き合った。「かなり厳しい状況です」。そう切り出したのは西村氏で、その説明を聞いた閣僚らからは「このまま突っ込むか」という強硬論も出たが、田村氏がそれを制した。分科会の尾身茂会長が衆院厚労委員会に出席することに触れ、「答弁がもたないんじゃないか」。政府方針と専門家の意見が異なったままでは、国会の答弁に支障が出ると指摘した。閣僚のやりとりを聞いていた首相が最後に口を開いた。「それが専門家の結論なんだろ。もう決まっているんだろ」。西村氏が「そうです」と応じると、首相は「なら、それでいいじゃないか」と、決断を下した。この間わずか10分だった。

 16日(日曜)、緊急事態宣言が適用された北海道、岡山、広島とまん延防止が適用された群馬、熊本の昼間の人出は、前週の日曜に比べて10~20%と2桁の減少であった。一方、4月25日に3回目の緊急事態宣言が発令され、5月12日から延長期間に入った東京と大阪では、前週と比べて20%代の増加となった(ドコモインサイトマーケティング)。人々の行動変容の持続期間に差が出ている。

 17日(月曜)から、東京と大阪で国主導のワクチン大規模接種の予約が始まるが、電話予約はなくネット予約のみで、高齢者には厳しい。それも2会場の接種能力は最大1日1万5千回で、政府目標の首都圏で1日100万回の、わずか一部(5%分)を補うに過ぎない。さらに予約システムのデジタル化の遅れが原因で、二重予約の回避をもっぱら申し込み者の良識に求めている始末である。

 いまやワクチン接種の進展が経済再開と社会の安定への決め手になっている。そこに焦点を絞り、接種を担う人材のさらなる拡充策が切に求められる。


 この間、以下の録画を視聴することができた。(1)クローズアップ現代+「野球に革命! 極意を公開しシェア・育成のヒント (ダルビッシュ、青学原監督、広島武田高校野球部ほか)」4月14日。 (2)にっぽん!歴史鑑定「明智光秀より先! 信長に刃向かった男・荒木村重」19日。 (3)歴史探偵「葛飾北斎 天才絵師の秘密」21日。 (4)BS世界のドキュメンタリー選「人類2.0 肉体改造の科学」21日。 (5)ズームアップオチアイ 大回復 グレートリカバリー(4)「生と死」 (落合陽一)23日。 (6)「週刊ワールドニュース(4月19~23日)」24日。 (7)BS1「最後の講義 上野千鶴子(再)」25日。 (8)BSスペシャル「2030 未来への分岐点▽飽食の悪夢~水・食料クライシス~」25日。 (9)ヒューマニエンス「“出産” ヒトは難産を選んだ」26日。 (10)プレミアムカフェ 司馬遼太郎「アメリカ素描」を行く(2003年)27日。 (11)BSスペシャル「市民が見た世界のコロナショック(3月~4月 全5話)」29日。 (12)ヒューマニエンス「“涙” 秘められた魔法のチカラ」29日。 (13)BSスペシャル「渋沢栄一に学ぶSDGs “持続可能な経済をめざして」29日。 (14)BS1映像の世紀(6)「独立の旗の下に アジアは苦難の道を歩んだ」5月3日。 (15)最後の講義「物理学者 村山斉」5日。 (16)BS日テレ 三宅裕司のふるさと探訪~こだわり田舎自慢~山梨県大月市の旅」5日。 (17)NHKスペシャル「新型コロナ”第4波” 変異ウィルスの脅威」5日。  (18)NHKスペシャル「被爆の森2021 変わりゆく大地」9日。 (19)時論公論クエスチョンタイム(テレビ朝日)「コロナ禍で縮むニッポン 私たちはどう生きる?」9日。 (20)Eテレ ズームバック-オチアイ 大回復(7)「孤独論」14日。 (21)TⅤ東京ガイアの夜明け「コロナなのに…なぜ株高?」14日。 (22)BS1 「週刊ワールドニュース(5月10日~14日)」15日。 (23) NHKスペシャル「ビジョン・ハッカー~世界をアップデートする若者たち~」16日。

アートの庭

 4月28日(水)、三溪園の外苑で、「《特別企画》アートの庭 北欧と日本の作家によるコンテンポラリーアート展」が始まった。EAJAS(イージャス、後述)が主催し、(公財)三溪園保勝会が共催、(公財)野村財団、(公財)朝日新聞文化財団、スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の助成を受けた。後援がスウェーデン大使館、協力がセーデルテリエ アーティスト アソシエーション、セーデルテリエ アートホール。会期は5月12日(水)までの2週間。

 新型コロナウィルスのまん延により作品の移送が遅れるなど、ぎりぎりになったが、EAJAS展覧会実行委員長の岩野仁美さん達の指揮下、26日(月曜)からわずか2日間のうちにスウェーデンの作家16名、日本の作家18名の作品の搬入と設置を完了、滞りなく初日を迎えた。

 スウェーデンの作家は新型コロナウィルスのため来園はかなわず、空輸した作品の園内配置を日本の作家に任せた。スウェーデンからの作品を園内のどこに、どのように配置するか。この作業を担ったのがEAJASの日本人スタッフ(=作家)と三溪園職員である。岩野さんは「スウェーデンの作家が来日できず、代わりに私たち日本人作家だけで展示するので、いつも以上にリモートのやりとりが密になり、作品を通して心が近づいたような気がしています」と言う。

 重要文化財の古建築を使うため、さらに庭園は国指定名勝であるため、いささかの傷もつけてはならず、アーティストの希望と三溪園の役割である<文化財の保存と活用>を厳格に両立させなければならない。吉川利一事業課長を筆頭に、庭園担当の羽田雄一郎主事、建築担当の原未織主事が協働し、庭園管理の鈴木正造園技士、川島武造園技士、築地原真造園技術員、菅沼笙造園技術員が、作品を設置しやすい環境に整えた。こうして日本庭園の屋外と2つの重要文化財(旧燈明寺本堂と合掌造りの旧矢箆原住宅)の屋内に現代アートが並んだ。

 手際よく作成された1枚の案内図(A4版)を手にする。園内の略地図に、屋外、合掌造り、旧燈明寺本堂の3会場を示し、設置した作品にAからNまでの記号を付している。

 会場の三溪園は原三溪が設計、<外苑>と<内苑>のうち、1906年に<外苑>を公開した。谷戸(谷と丘)の地形を活かした「自然主義に基づく近代の風景式庭園」であり、そこに京都や鎌倉などの廃寺等から古建築を移築した。そのシンボルとしたのが旧燈明寺三重塔(室町時代建造の重要文化財、1914年移築)であり、司令塔が自邸の鶴翔閣(1902年建造)であった。今回の企画展<アートの庭>は<外苑>で展開される。

 開催2日目の4月29日(祝日)、朝一番に野村財団の飯野強専務理事とEAJASの岩野さんを、吉川さんと私が正門で出迎えた。短い挨拶を交わしてから、藤棚、八つ橋、三溪園天満宮とつづく道をたどる。小雨に煙る新緑を見渡し、「いまの季節、多彩な緑が見られますね」と飯野さん。

 最初に出会った作品が案内図にあるN番の3作品である。そこから旧燈明寺本堂の屋内展示、ついで茶店・待春軒の前の、野趣あふれるせせらぎの斜面に配置された屋外作品群、そして合掌造りの屋内展示へ。さらに同じせせらぎを反対側から下って屋外展示の数々を鑑賞する。最後が<月影の茶屋>(無料休憩所)の作品A番のルートを取った。

 このEAJAS(イージャス)とは、Emerging Art from Japan & Around Scandinaviaの短縮形である。“emerge”(新しく台頭する、日が昇る…)の語に込めた強い思いがあるに違いない。同団体のホームページは謳う。「環境、教育、福祉、豊かな自然、木の文化、美しい森、湖、町並み…日本からはるか遠くに位置する、美しいスカンジナビア周辺諸国。日本から遠く離れていますが、真面目で勤勉な気質、シンプルで洗練されたデザインを好み、木の家を愛するなど、日本人との共通点も多く見られます。EAJASでは、アーティスト活動を通して、日本とスカンジナビア周辺諸国の芸術交流を推進していきます。…アーティスト自身の制作活動、発表活動、国を超えたアーティスト同士の親交、そして社会全般へのコンテンポラリーアートの発信、これらが互いに良い連鎖を生みだす事を目指し、企画運営にあたります。」

 「…スウェーデンのアーティストグループとアートホールの協力を得て、2010 年にスウェーデンにて“CONTEMPORARY ART FROM JAPAN”、 2012 年に日本にて“CONTEMPORARY ART FROM SWEDEN” を開催。多くの両国アーティストを紹介してきた。…日本での3 回目となる本展では、日本の魅力が溢れる横浜の名勝庭園・三溪園を会場とし、スウェーデンと日本のアーティスト総勢34 名の作品を、庭園や重要文化財の建築物に展示いたします。美しい日本の庭と、現代アートとのコラボレーションがお楽しみいただける展覧会です。」このようにEAJASは、ビエンナーレとしてスウェーデンと日本で交互に展覧会を行い、両国のアートを広める活動をしている。

 吉川さんによれば、2016年のEAJAS日本展覧会は横浜の赤レンガ倉庫を主会場に開かれたが、猿渡紀代子さん(横浜美術館学芸員(当時)、三溪園保勝会副理事長)の提案により、スウェーデン人作家の3作品だけを三溪園内で展示した。したがって、今回の三溪園での展示は日本人作家にとって初めてであり、それだけに強い思い入れを持って臨んでおられるとのこと。

 この<アートの庭>が開かれる4月28日(水曜)から 5月12日(水曜)の2週間は、神奈川県が<まん延防止等重点措置>を実施する4月28日から5月11日までと、ぴったり重なる非常時である。期間中、神奈川県は対象地域の飲食店に対しては午後8時までの営業時間の短縮に加え、終日、酒類の提供を停止するよう要請した。正当な理由無く要請に応じない場合、立ち入り検査や命令を行うことができ、従わない場合は行政罰として20万円以下の過料を設けている。

 黒岩知事は県境をまたぐ移動を自粛するよう要請し、かつ「神奈川の海岸には県外の方々をお入れできない」とまで述べ、最大限、人の移動(人流)を抑制することで感染拡大を防ごうと呼びかけた。とくに感染力が強く、若者でも重症化しやすいという変異株N501Lの拡大が懸念される。<神奈川モデル>と呼ぶ病床確保のため行政と病院が協定を結び、中等症患者を集中的に受け入れる「重点医療機関」を設置、無症状者・軽症者は自宅や宿泊施設で療養できる対応を強化した。26日には、「重点医療機関」を1200床から1450床に増やしたばかりである。

 一方、新規感染者が急増している東京都と関西エリア(大阪府・京都府・兵庫県)は、<まん延防止等重点措置>では感染拡大を抑止し切れないとして、政府に3度目の<緊急事態宣言>を発するよう要請、4月25日(日曜)から5月11日(火曜)までの17日間、より強い<緊急事態宣言>下に入り、県境をまたぐ不要不急の人の移動を控えるよう呼びかけた。

 こうした状況下で始まった<アートの庭>である。ガイドボランティアは対面接触による感染拡大につながるため昨年の2月26日から中止、以来14か月が経過している(庭園ボランティア等は継続実施中)。来場者への対応や作品の見守りは、日本人作家が3名ずつ毎日交代でSTAFFの名札をつけて当たる。
 
 入口(正門と南門)で検温・三密回避を徹底し、体調不良の方は入園をお断りする。庭園で密になることはほとんどないが、旧燈明寺本堂と合掌造りの屋内は密になる可能性がある。横浜市副市長からの指示にしたがい、EAJASの方とも密になりそうな場合についての申し合わせを確認した。また酒類を提供しないよう、園内3軒の茶店にお願いした。

  「美しい日本の庭と、現代アートとのコラボレーション」、その一端を素人の私が紹介するのは容易ではないが、幸い、作品の添えられた小さなアクリル板のキャプションには、作家名、作品の題名に加えて、素材やサイズ、それに制作意図等まで表示してある。

 旧燈明寺本堂に上がると、大人が3人は乗れそうな舟が目の前に。キャプションには、柳井嗣夫「古の岸辺 Ancient Shore」の題名、寸法(560mm×4670mm×1170mm)、材料(植物繊維、染料、金網)、それに創作意図が次のようにある。「この舟は私の住む埼玉県で出土した丸木舟がモチーフになっている。縄文時代には大宮あたりまで海が進出していたようだ。…海と大地の境界線をめぐっては、この三溪園でも面白い発見があった。かつてこの辺りは本牧岬があり東京湾に突出する台地であった。近くで発掘された平台貝塚は縄文時代前期にまで遡ることができ、海岸はすぐ目の前に迫っていたことになる。舟は人類が発明した最初の交通手段であり、隔たった両岸を繋ぐだけではなく未だ見ぬ異郷へと導いてくれる。そればかりか、舟に乗り過去への旅に出てみると胎内の記憶が蘇ってくるかも知れない。」

 そしてもう一点、木片を並べた作品、Per-Arne Strang(ペールアーネ ストレング)の「In memoriam 追憶で」が傍らに。キャプションに「木片は伐採された木からのくさびです。くさびは、かつて木が立っていた場所に残されました。その配置は墓地に似ており、かつて誰であったかの記憶の現れとして見ることができます」とある。

 次の合掌造りの建物は、旧矢箆原家(やのはらけ)の、飛騨白川郷(岐阜県)にあった江戸時代後期の住宅で、ダム建設に伴い水没する直前の1960年に移築された。農家ながら式台玄関や書院造りの座敷など立派な接客の空間を備え、屋根の破風には寺院に用いられる火灯窓があり、現存する合掌造りでは最大級の民家である。このなかにスウェーデンの作家8名と日本の作家7名の作品を展示している。

 その書院づくりの床の間を飾るのがMarius Wahl Gran(マリウス ヴァ―ル グラーン)の”Entrance 1” 「エントランス 1」という絵画で、H1100mm×W1650mm。キャプションに言う。「私は、自分が行ったことのある場所や風景の要素や断片、そして伝統的なカラーフィールド・ペインティングの技法を用いて作品を創作しています。絵画の要素は、明るさ、暗さ、色、雰囲気で構成されています。私は絵画を遅さ、忍耐、不確実性の伝統と定義し、それは光についてであると主張します。絵画とは、絵画そのものから発せられる光の質を知覚することです。絵画の中の光は、色によって運ばれ、そこに射す光によって表現される事ではありません」

 合掌造りを出ると、正面に改修工事のため覆いを被った旧東慶寺仏殿が見える。せせらぎ沿いに下り、右手に横笛庵を見て寒霞橋を渡ると、その先に岩野さんの作品E番が現われた。季節のショウブを想起させる、径10数cmほどの立体的な花が12点、斜面のコケの上に。紫や黄色に彩られた3次元の作品が、湿潤な緑と清冽なせせらぎに融合し、4次元とも言うべき新たな空間を構成している。題名は<flowering time>、素材はアクリル絵具、布、発泡スチロール/ミックストメディア。

 見つめる私たちに、岩野さんが制作・展示の意図の説明をしてくれた。「私は<木目込み>(きめこみ)という筋掘りに布を入れ込んでいく日本の伝統的な手法とペインティングを組み合わせた作品を制作しています。…留めることのできない形や記憶の痕跡を<木目込み>によって定着させ、残そうとする試みです。…描くよりも削るよりももっと強い線で、かけがえのない大切な今を、この花たちに刻みたいと思います。」 なおこの岩野さんの言葉は、正確を期すために送っていただいたキャプションから転記した。

 「描くよりも削るよりももっと強い線で、かけがえのない大切な今を、この花たちに刻みたい」の言葉が心に残る。「…かけがえのない大切な今を、この仕事に刻みたい」と言い換えれば、アーティストにとどまらず、多くの人に通じる想いではないか。

岩野仁美 宮坂省吾

 ついで下村観山の代表作の一つ「弱法師」のモデルとなった臥竜梅の近くに、囲炉裏に薪で湯を沸かし、茶を供する東屋(あずまや)の<初音茶屋>がある。そこが今回は姿を変えた。囲炉裏の自在鉤に作品D番を吊り下げている。縦長の布を通して紅い球体が透けて見える。中の鈴が風に応えて、さやかに響く。

 宮坂省吾「また昇る It will rise again」。H1800mm, W1100mm, D1100mmとサイズ表示、ろうけつ染:ナイロン布に染料、和紙にアクリル絵の具。その一文、「宇宙の中では人の命が生きている時間なんて一瞬にも満たない出来事かもしれない。だから無駄にしないよう急いでみるが、また上手くいかない日々を過ごす。今は焦らずにこの隠れている太陽でも観て、きっと明日は上手くやれることを想像してみよう。世の中もきっと晴れて日が昇る」。

 なるほど! 紅い球体は太陽であったか。

 せせらぎ沿いに下り中央広場に至ると、三溪園茶寮と雁ヶ音茶房の中間に、東屋の<月影の茶屋>がある。ここが作品A番で、暖簾のように掛けた2枚の画紙に二人の力士の立ち姿が描かれている。木村浩之「デモーニッシュ ボディーズ Dämonisch Bodies」。①H250cm×W88cm、 ②H250cm×W88cm 壁紙、アクリル絵具、墨。
 説明には、「デモーニッシュとはドイツ語で鬼神がとりついた凄味のある様の事である。力士は日々修行を重ね、土に練られて体を作る。猛稽古によって体内の細胞に神々の力が宿り、その鋼の肉体は超自然的な力と崇高な美しさを携える。シリーズ「デモーニッシュ ボディーズ」は道に生きる人間の美しさ、躍動感溢れる肉体を描いたものである。天があり 光があり 此処に静謐な闇をみる」とある。

 裏面は赤地。組み合う二人の力士を墨で描く。この作品がアルファベットの始まりのA番であることを改めて思う。ここから異界(展覧会場)に入る結界(暖簾)を暗示しているように感じた。

 はるか100年以上も昔、原三溪は廃寺等から古建築を移築・保存しつつ造園の指揮をとった。また多くの日本画家(前述の下村観山ほか)を支援し、名画を展げて共に学び、自身の画才をも磨いた(彼の画才については2018年11月19日掲載の本ブログ「原三溪の生き方を考える」等を参照)。三溪はいま園内で展開される<アートの庭>展に目を細めているのではないか。この庭園を管理し、未来へ継承する役割を担う三溪園保勝会にも意義ある、嬉しい展覧会である。

 日を替えて再び訪れ、A番の力士絵から結界をくぐるイメージで異界(展示場)に足を踏み入れた。最大の収穫は上述の作品D番を制作した宮坂省吾さんに再会できたこと。直径55㎝の球体一つで、①昇る朝日、②中天に向かう太陽、③真上にある太陽、④夕陽を表現するために、囲う布を染め分けたと語る。

 今回の展覧会を企画・推進したEAJAS実行委員(日本側は7名)のうち、美術染色家でデザイナーの宮坂さんが、今回のポスター(そのA4版がチラシ)を制作。その関係から三溪園の広報担当の岩本美津子さんには格別に世話になったと言う。

 今回の展覧会は事前に図録を作成しておらず、これから作りたいとのこと。作品と、それが置かれた場との共演で新しい世界が生まれる。そこに宮坂さんの感性と技法を加えて完成する図録は、どのようなものになるだろう。

 <アートの庭>を文字だけで紹介するのは至難の業と伝えたところ、宮坂さんがたくさんの写真を送ってくださった。了承を得て2点を該当箇所に挿入した。


【参加アーティストと配置場所】
●旧矢箆原家住宅
Carina Åkerman-Fijal カリーナ・オーケルマン・フィヤール
Jan Manker  ヤーン・マンケル
Jim Axén  イム・アクセーン
Leena Møller  レーナ・メッレル
Lena Weimers  レーナ・ウェイメシュ
Marius Wahl Gran  マリウス・ヴァール・グラーン
Maud Probst Rönnbom  マウド・プロブスト・ロンボム
Sten Granlund  ステーン・グラーンルンド
石井 奏子
河合 悦子
谷井 夕菜
中川 アイリン
水谷 篤司
三井 園子
弓良 麻由子

●旧燈明寺本堂
Amanda Cardell  アマンダ・カデル
Johan Thurfjell  ヨハン・トゥールフィエル
Malin Desme  マーリン・デスメ
Per-Arne Sträng  ペールアーネ・ストレング
柳井 嗣雄

●庭園
Eva-Mia Sjölin  エヴァミア・ショリーン
Helena Hildur W  ヘレーナ・ヒルドゥール W
Joze Strazar Kiyohara  ヨージェ・ストラージャー・キヨハラ
Marion Forssell  マリオン・フォシェル
石川 丘子
岩野 仁美
右近 多惠子
大野 静子
木村 浩之
栗原 優子
指田 容史子
菅井 香織
宮坂 省吾
渡辺 敏子
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
前園長(2012年8月~2023年3月)

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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