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人類最強の敵=新型コロナウィルス(14)

 前回(2020年7月2日掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(13)」の末尾は次の一文で終えた。「本稿作成中の7月2日午後、東京都の新規感染者は107人という速報が入った。前日の67人からの急増である」。

【増えつづける感染者】
 この1週間、東京都の新規感染者は、25日が48人、26人が54人、27日が57人、28日が60人、29日が58人、30日が54人、7月1日が67人(アラート解除後の最多)と50人前後で推移してきたが、一挙に107人と3桁となったことで、驚きが拡がった。

 ついで3日(金曜)が124人、4日(土曜)が131人、と3日連続の3桁である。新規感染者数は、緊急事態宣言下の2カ月前、5月大型連休中の高水準に戻った。うち約8割が10代から30代の若者で、感染経路不明が約3割の46名である。

 東京都にとどまらず隣接する埼玉・神奈川・千葉の3県でも増加している。これを受けて小池都知事は、「近隣の県でも陽性者(感染者)が増えている。不要不急の他県への移動は遠慮してほしい」と要請した。

 また新宿エリアや池袋エリアの<夜の街>関連の感染者が62人と約半数を占めるため、都知事は<夜の街>への外出を控えるよう要請するとともに、<夜の街>の従業員や利用客に対して、感染防止のガイドライン(関係団体が作成)を守るよう呼びかけた。また約3割の感染経路不明については、クラスター発生か否かを鋭意調査中と述べる。

【九州の豪雨災害】
 4日(土曜)、熊本県を中心に豪雨災害が発生、4年連続の豪雨である。雨は5日、6日と断続的に降りつづき、警戒地域を<九州全域>に拡げつつ、7日、8日とつづき、さらに全国へと拡がっている。(後記:実に2週間以上にわたる長期の豪雨である。)

 気象庁は、<熊本豪雨>から<九州豪雨>と名称を変え、さらに日本列島の広域にわたるため<令和2年7月豪雨>とした。地球規模の<気候変動>がもたらす豪雨と見られる。

 熊本県へ緊急支援に入った近県の職員の感染が判明し、受入れをやむなく断った。コロナ禍が復旧作業にさらなる追い打ちをかける。

【都知事選挙】
 5日(日曜)、都内の新規感染者は111人。4日つづきの3桁となる。この日は都知事選の投票日にあたり、締め切り時(午後8時)の出口調査で小池知事圧勝と出た。即日開票の結果は、小池氏が約366万票を獲得、2位の元日弁連会長・宇都宮健児氏の約84万票を圧倒した。

 6日(月曜)、2期目の再選を果たした小池知事は「責任の重さを改めて感じる。…国との連携で行っていくべき課題はたくさんある。コロナ対策、東京五輪・パラリンピックの話もさせていただかないと時間も迫っている」と述べ、安倍首相と会談に入った。

【増えつづける感染者】
 6日の都内新規感染者は102人で、5日つづきの3桁である。PCR検査の数を増やしたことも一因であるが、陽性率(検査数のなかの陽性者=感染者の比率)が高止まりなのも事実である。それでも病床数は足りているうえに、感染源が特定の店舗とその従業員に特定できているケースが多く、ピンポイントの対策を打つことができるとのこと。

 ウィルスがヒトを介して拡がることを考えれば、従業員とその顧客のPCR検査を徹底し、感染者が出れば14日間の隔離を実施、クラスターをつぶすことができる。しかし経路不明者が多く、無症状の感染者がおり、またPCR検査を拒否する人もいる。

 東京にとどまらず、埼玉、神奈川、千葉の近隣3県でも感染者が増加した。東京と近隣3県の生活圏が密接に繋がっていることが分かる。

【専門家会議から分科会へ】
 6日午後、新型コロナ対策の分科会として改組された専門家会議の初会合があった。メンバーは計18名で、感染症専門家のほかに経済等の専門家を含む。この分科会は、2月から医学的見地の助言を行ってきた専門家会議を廃止し、新たに設置されたもの。同本部のホームページにまだ委員名の掲載がない。

 7月4日の朝日新聞デジタルによると、分科会の名称は「新型コロナウイルス感染症対策分科会」で、専門家会議副座長だった尾身茂・地域医療機能推進機構理事長が会長に就く。12名で構成されていた専門家会議からは、6月24日の会見で「専門家会議と政府の役割分担を明確にする必要がある」と語っていた座長の脇田隆字氏や公衆衛生、リスクコミュニケーションの専門家8名が入った。

 基礎研究の学者4名は加わらず、感染症指定医療機関の医師、医療法人、保健所の代表、また全国知事会で新型コロナ対策本部長代行も務める平井伸治・鳥取県知事、南砂・読売新聞東京本社常務取締役も入った。政府筋によれば、構成員は継続性を考えて専門家会議の大半を移したほか、各団体にも推薦を依頼、感染・発症後に社会復帰した著名人を起用する案もあったという。

【ピンポイントの対策】
 8日のTBSテレビ<ひるおび>で吉住健一・新宿区長は、ホストクラブ経営者の協力も得て感染防止に努めており、ホストクラブでのクラスター発生はホストがマンション等で集団寮生活をしていることに多く起因することも分かり、対応策を進めている、と述べた。

 新宿区には多数の歓楽街や飲食街がある。その住民基本台帳人口は35万人弱、うち老齢人口(65歳以上)の比率は20%弱で、ほぼ都内平均に近いが、外国人の占める割合は約11%と高い。外国人経営の飲食店ではクラスター発生の報告はない。

【GoTo トラベル キャンペーン、22日から一部開始】
 感染者の増加に身構えるなか、消費を喚起する政府の「Go To トラベル キャンペーン」のうち観光分野の補助制度について、赤羽一嘉国土交通相は10日、7月22日から一部を先行開始と発表した。宿泊代金の割引から行い、旅行先での飲食や買い物に使えるクーポン券の発行は9月から「感染状況を踏まえながら準備を進める」と述べた。

 その予算額1兆3500億円のうち事務委託費の上限が約16%の2300億円に野党などから批判が出ていた。委託先の公募には5事業者が応じ、有識者を含む委員会で検討した結果、JTBなど旅行大手や日本旅行業協会など7者でつくる「ツーリズム産業共同提案体」が選ばれ、委託費用は1895億円となった。

【苦境に立つ病院】
 人々の頼みの綱である病院が苦境に立たされている。使命感から対応してきた病院が、今後も同じような対応を進めることができるか。まずは病院の現状を見たい。日本医師会は8日、「新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響―医師会病院の場合―」を発表した(【MEDIFAX web】2020年07月09日)。

 感染症の入院患者がいる病院の2020年3~5月の医業利益率はマイナス21.5%で、前年同期のマイナス6.4%から15ポイント悪化した。同感染症に対応する病床がある病院もマイナス16.3%で、マイナス3.4%から12.9ポイント悪化した。同感染症の入院患者がいた病院は14、病床を確保していたのは28であった。6月1日現在、稼働している72病院のうち58病院からの回答である(回答率は80.6%)。

 全国の新型コロナの重症患者の約81%を収容してきたのが国公私立の大学病院である。その経営悪化が、まず国立大学附属病院42で明らかになった(【MEDIFAX web】7月6日)。病床稼働率の大幅減などについて、42病院のデータを集計すると、今年4月の対前年度同月比較で外来と入院を合わせた医業収入は56.7億円の減収。5月は112.7億円の減収(マイナス12.2%)と深刻化している。

 5月の経営悪化の要因は、入院の延べ患者数13万4469人の減少(マイナス16,7%)、不急の手術の一時的回避で病床稼働率も67.4%まで下落したことである。外来延べ患者数も32万8158人の減少(マイナス24%)となり、患者の受診控えの傾向(4~5月で750件減少)も続く。

 6月からは病床稼働率を80%に戻し、今月6日から全面的に回復させていく方針の一方で、毎週開催している院内のコロナ対策会議は患者数が減少しても継続し、今後の感染の波に備えた体制を維持すると言う。

 ついで日本私立医科大学協会(医大協)も新型コロナの診療対応による経営への影響度調査結果をまとめた(【MEDIFAX web】7月16日号)。3~5月で、本院と分院を合わせ、重症患者233人、中等症450人、軽症645人の計1828人を受け入れている。4月、5月の経営実績(総額)は、加盟大学付属病院本院29病院では前年比で約300億円の減収、医業利益も約250億円減少した。分院54病院も同様で医業利益は約150億円減、病床稼働率も5月に61%に下落。病床稼働率90%台が採算ラインと言われるなか、61%は深刻である。

 公立大学の附属病院(10)はどうか。まだ発表がないが、おそらく国私立と大差ない困難な状況であろう。

 大学病院に対して2020年度補正予算の各種事業での迅速な手当てが急務である。さもないと第2波と呼ばれる次の感染拡大への積極的な備えはおろか、悪化した状況の立て直しさえできないまま、最悪の事態に突入しかねない。

【急増する感染者】
 東京都内の感染者は8日の75人から9日に224人と激増、4月17日の206人を超えて過去最多を記録した。また埼玉が11人、神奈川が25人、千葉が22人と増加、全国で350人増となった。

 ここまでの傾向を見ると、平均して50人前後の1週間があり、ついで100人前後の1週間がつづいたうえの9日からの224人である。この先の1週間、200人台はつづくのか。

 不安が的中したかのように、10日(金曜)には、東京都が243人と最多を更新、埼玉が44人、神奈川が32人、千葉が12人、全国で430人となった。11日(土曜)は東京で206人、12日(日曜)が206人。ただし東京都の重症者は減りつづけ現在は5人で、医療崩壊の危険はないという。

 にもかかわらず、保育園でのクラスター(集団感染)の発生があり痛ましい。また劇団の公演にともなう役者・スタッフのほか観客を含む30人の集団感染も発生、防止対策の難しさを浮き彫りにした。

 一方、政府対策本部の発表どおり、10日(金曜)から、プロスポーツやコンサートの無観客開催を上限1000人の観客開催とし、さらに緩和して上限5000人まで可能とした。プロ野球やサッカーJ1の会場に集まるファンの熱狂ぶり、日本フィルの5カ月ぶりの演奏に涙するファンの姿がテレビに写る。

【東京の感染者が再増加】
 都庁のホームページ「都内の新感染情報」等によれば、東京の感染者は9日(木曜)224人、10日(金曜)243人、11日(土曜)206人、12日(日曜)206人、13日(月曜)119人、14日(火曜)143人、15日(水曜)186人、16日(木曜)に一挙に286人に上り、17日(金曜)293人、18日(土曜)290人、19日(日曜)188人となった。

 約50人の1週間から約100人の1週間となり、次いで約200人の1週間と急ピッチで週単位の倍々増である。危惧された約200人が1週間つづき、その次の倍数の約400人台が到来するなら、感染第2波と言わざるを得なくなる。急速な医療崩壊が目前に迫る。

 陽性率も上がっている。1週間単位で見ると2週前は3%だったが、17日に至る1週間では6%と倍増。18日、東京都が設けている総括コメント(4段階)のうち<感染が拡大していると思われる>の赤信号が点灯し、もう1つの医療提供体制についても<体制が逼迫していると思われる>の赤信号となった。また経路不明者が増え、陽性率が上がると、これまでの<クラスターつぶし>という対応法が通用しなくなる恐れがある。

 17日、神奈川県でも感染者が43人、過去1週間の陽性率は7%となり、黒岩知事が<感染拡大注意>の黄色信号(神奈川警戒アラート)を発令した。

 全国レベルでは感染者が682人で、この1ヶ月に比べて11倍の急増である。世界レベルでも18日の1日だけで26万人と過去最多となった。

【東京発着を除外】
 16日(木曜)、政府の分科会が開かれ、国内旅行の需要喚起策「Go To トラベル キャンペーン」について、予定の8月1日開始を7月22日からに前倒しするとした方針を、知事たちの反発と東京都の感染者急増という現実を前に、急ぎ東京都民の他地域への移動と道府県から東京への移動を除外すると決めた。<東京発着の除外>である。

 予定日直前の方針転換に旅行・運輸業界の打撃と戸惑いは大きいであろう。それ以上に、政界の意思決定過程が多大な不信感を招いた。これが尾を引けば、第2波への対応に大きな綻びが生じかねない。

【PCR検査の進め方】
 同じ16日の分科会では、今後の検査体制の基本的な考え方がまとめられた(【MEDIFAX web】7月17日号)。検査は①有症状者、②無症状者で感染リスクと検査前確率が高い、③無症状者で感染リスクと検査前確率が低いーの3カテゴリーに分ける。検査をすべきかどうかで最も意見が割れる③については、検査実施のメリットに「不安を持つ受検者に安心感を与える」等を、またデメリットに「感染リスクと検査前確率が低い無症状者から感染者を発見する可能性は極めて低い」「検査前確率が低いほど偽陽性が出やすい」等を挙げた。

 その上で提言として、①と②の検査を優先することを前提にした上で「行政検査としては実施しないが、民間企業や個人が個別の事情に応じておのおのの負担で検査をすることはあり得る」と提言。その際の留意事項に、検査の質の確保や、事業者が従業員を対象に検査をする際は従業員の自由意思で行うことなどを挙げた。分科会終了後の会見で尾身会長は「コンセンサスを得た。これが分科会としての政府への提案になる」と述べる。

【藤井聡太棋聖の誕生】
 同じ16日、18歳の誕生日を目前にした藤井聡太七段が、第91期棋聖戦五番勝負で渡辺明棋聖(36歳)を破り、タイトルを獲得した。30年ぶりの最年少記録更新に世論が沸く。

 桂馬を頻繁に使う戦法を、五条大橋で牛若丸が弁慶を従えた比喩に用いた解説があったが、これならは素人にも分かりやすい。あどけない風貌が残る天才棋士に各界からエールが送られた。

【世界のコロナテックと日本】
 18日(土曜)の日経新聞のトップ記事は「米中コロナテック躍進 ネット新興 社会変化対応」である。新造語<コロナテック>は、新型コロナウィルス感染拡大に端を発した諸問題を解決するテクノロジーやサービスの意味であろうと容易に推測がつく。先行例として<フィンテック>等があり、その類推を活かした造語である。この記事が紹介する要点は以下の通り。

 経済や社会の激動期は新興企業のスタートアップにとって大きなチャンスである。2003年のSARS流行期に中国ネット通販のアリババが急成長した。2008年のリーマン危機前後にはウーバーテクノロジーズ等が生まれ、車や住宅等の<所有>から<利用>の動きを先取りして成長した。
 現在も似た状況にあり、デジタル関連の企業が多い。技術革新を生み出すスタートアップを育成しなければ、産業の新陳代謝が進まず、国の競争力は落ちていく一方である。
<ユニコーン>(企業価値10億ドル超の未上場企業)の数で見ると、アメリカが225社、中国が125社、EUが29社、インドが21社、韓国が12社等に対して、日本はわずか3社に過ぎない。主要国のスタートアップ投資額(年換算)は、アメリカの14兆円、中国の10兆円に対して、日本はわずか4000億円と、桁が違う。

 この特集記事のすぐ下に「行政デジタル化 集中改革 骨太方針決定 内閣官房に司令塔」の記事が載る。安倍首相が経済財政諮問会議で「思い切った社会変革を果敢に実行する」としたが、財政運営の見通し数値を示さず、「2020年末までに改めて工程の具体化を図る」として先送りした。

 関連記事が3面につづく。20年前に「5年以内に世界最先端のIT(情報技術)国家とする」と宣言はしたが、「旗振り役 行政の遅れ」のため、諸指標から見て世界10位の圏外にある。日本は<IT競争力ランキング>で12位、<電子政府ランキング>で14位、ビジネス環境ランキング>で29位。日本の政治行政機能の劣化を象徴するような数字である。

 本連載「人類最強の敵=新型コロナウィルス」を3月6日に始めて以来、展開の速さを追うため、ほぼ週に1回のペースでつづけ、(11)まできた。それ以降はペースダウンし、(12)と(13)は3週間に1回としたが、ここに来てまた事態急変の予感がする。
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三溪の禅画と三溪園の風景画

 新型コロナウィルス感染防止のため、三溪園内の三溪記念館(3つの展示室と呈茶コーナーの望塔亭等を持つ施設)を臨時休館としたのが2月29日。そして三溪園全体の臨時休園を決めたのが4月8日である。

 感染拡大が思うように止まらず、幾度かの休館・休園の延長を行った末に、三溪園を再開できたのが6月1日であった。屋内施設である三溪記念館と旧矢箆原住宅はまだ十分な安全確保ができないため、休館のままとした。準備を整えて再開できたのは6月22日(月曜)である。

 年度をまたぎ2月29日から6月21日に至る約4カ月(約16週)という長期の閉館は、三溪記念館にとって初めてであり、<異常事態>であった。

 三溪園ばかりでない。横浜市、神奈川県、日本全体、そして世界にとって、新型コロナウィルス感染症との戦いは今なお進行形である。この間、本ブログで計13回にわたり「人類最強の敵=新型コロナウィルス」を連載、その中で三溪園の苦闘にも触れているが、今回は三溪記念館の展示を取り上げたい。

 会期は、第1,2展示室が7月21日まで、第3展示室の「第44回三溪園俳句展」は9月2日まで。

 担当は北泉剛史学芸員。感染防止策として、美術館等のガイドラインに沿い、①手指消毒用アルコールの設置、②空調機等による換気の徹底、③状況に応じた入場制限を予定、を採用した。これに加え三溪園独自の工夫として、展示作品の間隔を十分にとった。

<所蔵品展>は、季節ごとの絵画(三溪の作品と三溪ゆかりの画家による所蔵品)、園内古建築の障壁画(収蔵庫で保管の現物)の展示や漆工芸品等の公開を主にしてきたが、今回はコロナ感染対策を意識した展示である。

【再開後初の展示】
 第1展示室は三溪の<禅画>4点と横浜の画家として今村紫紅(いまむら しこう)と牛田雞村(うしだ けいそん)の二人の代表作を各1点で、すっきりと構成した。北泉さんの解説で、ご案内したい。

原三溪《漁樵相賀》
 通常、「漁樵問答」として、漁師と樵が相対して議論する場面が表されます。異なる生業の二人がお互いの仕事の大変さを主張し、結局のところ、ともに同じような苦労を抱えていることに気づくという禅問答です。本図では、議論する様子ではなく、ともに笑顔で談話する姿が描かれています。

原三溪《指月》
 穏やかな表情の布袋が指さす方向には月があることを示しています。「指月布袋」という、昔から親しまれる禅問答を表す画題です。解釈には諸説ありますが、布袋が指を掲げたとき、その先にある月を見ず、指先を見てしまうようでは、悟りの境地には至らないという深い意味が込められています。

原三溪《寒山拾得》
 寒山と拾得は中国・唐時代の僧侶で、いつも着物は破れており、髪は乱れていたといいます。それが、俗世を離れ仏教の悟りを体現している姿として禅画の画題に好まれました。寒山が経巻、拾得が箒を持つ姿は定型で、本図では髪・着物・肌ごとに異なった筆遣いが見え、表現力の高さが窺えます。

原三溪《寒山画讃》
 こちらは寒山のみを描いた作品です。満面の笑みを浮かべ、うたた寝している姿が描かれます。通例では、寒山は経巻を携えますが、よく見ると、本図では竹筒のようです。竹筒には、水だけではなく飯や酒を入れることもあります。賛に「飽腹一眠」とあることから、食後のひと休みと思われます。

【横浜ゆかりの画家】
 コーナーを右折すると、横浜の画家として取り上げる今村紫紅(1880~1916年)と牛田雞村(1890~1976年)があり、以下は再び北泉さんの解説。

 ともに横浜の出身で、横浜市立尋常高等横浜小学校(現在の本町小学校の前身)を卒業しました。二人は歴史画家の松本楓湖が主宰する安雅堂画塾で学んでおり、紅児会・赤曜会という美術団体で新しい時代に向けた日本画を研究しました。紫紅は明治44(1911)年から、雞村は大正2(1913)年から原三溪の支援を受けています。
二人の作品にはともに繊細な線描の作品もありますが、こちらのように輪郭線を用いない作品も描いており、さまざまな表現の可能性を追究していたことを思わせます。

今村紫紅《山村夕暮》
 山間の村の夕暮れを描いた作品です。版画のように色を重ね、淡い樹木がだんだんと暗くなっています。手前はすでに日が翳りながら、奥にはまだ夕日の残照が当たっている様子が伝わってきます。また、帰巣する一羽のカラスが明るい空のアクセントになって、静かな場面に動きを与えています。

牛田雞村《山中樵夫》
 鬱蒼とした木々の中に、薪を背負った樵の姿が見えます。斜めに重ねられた絵具は、風の強さを表しているようでもあります。大正初期は赤曜会の画家を中心に、画面の大部分に緑青や群青を用いた作品が見られます。また、印象派風の点描画は紫紅が好み、雞村はその影響を強く受けていました。

【今村紫紅と原三溪】
 北泉さんの解説に導かれ、三溪の禅画を観る。コロナ対策で展示物の間隔を広くとったためか、見る側の歩みもゆったりして、それだけ非日常の世界に入りやすい。

 今村紫紅の《山村夕暮》の前まで来て、7年前の三溪園保勝会の財団設立60周年を記念する特別展「今村紫紅展−横浜のいろ」(2013年11月2日~12月2日)に関する記事を思い出した。「今村紫紅と原三溪」(『(都留文科大学)学長ブログ』の108回(2013年11月20日)である。本ブログの右欄にあるリンクの「都留文科大学学長ブログ」にもある。

 その時の図録(96ページ)の表紙を飾っていたのは、豊臣秀吉の醍醐の花見を描いた《護花鈴》(ごかれい)。紫紅31歳の作品である。

 今村は横浜小学校卒業後、山田馬介(1871~ 1938 年)に英国風水彩画を学んだ。「少年期 に洋画の一端を学んだことは、彼の画業に とって大きな出来事で、後に日本画家とは 思われない素描法や線質を見せたことがその証である」と図録所収の松平修文「今村紫紅の画業」は指摘する(図録解説等)。

 1898年、18歳で自ら紫紅(「千紫万紅」から取った)と号し、日本美術協会展に出品して入選、のち安田靫彦(1884~1978年)らと紅児会を結成。1907 年には、安田に連れられ茨城県五浦の日本美術院研究所(岡倉 天心が主宰)にしばらく滞在し、天心ほか弟子の横山大観らと知り合う。1911年、上掲の「護花鈴」を文展に出品、これに三溪が着目、支援を始める。

 三溪は古美術の名品を収集するとともに、それらを新進の日本画家に見せては共に議論し、模写等を許した。さらに彼らの作品を買い上げるパトロン役も引き受けた。その一人が紫紅である。

 生年順に並べると、天心が1863年、三渓が1868年、紫紅が1880年である。三溪は5歳年長の天心の思想と行動に共鳴し、12歳若い紫紅の画風にほれ込み、育てたという関係になる。

【第2展示室:障壁画と三溪園の風景】
 第2展示室へ進むと右手に、臨春閣第三屋の一階「次の間」を囲む障壁画・雲澤等悦《山水図》(の現物)が展示してある。

 正面と左手のケース内には<三溪園の風景>として、往時の三溪園を描いた貴重な絵4点を展示している。北泉さんの解説を引用しよう。

村田徳治《三溪園画巻》
 原家の執事を務めた村田徳治が描いた《三溪園画巻》です。巻末に「戦災前の三溪園」とあり、戦後、かつての三溪園を偲びながら描いたものとわかります。正門から原家(現在の鶴翔閣)を通り、内苑をめぐって外苑の奥へと続いて一周する構成で、現在は失われてしまった建造物も見られます。

牛田雞村《三溪園全図》
 園内の様子から、大正10年(1921)頃、関東大震災以前の三溪園であることがわかります。右手の大きな建物は原家の本邸(現在の鶴翔閣)で、当時では珍しい車が停まっています。三溪記念館の辺りは平地で、その先には富士山が見えていますが、現在も天気の良い日には松風閣から眺められます。

小島一谿《三溪園》
 一谿は、はじめ洋画を学び、三溪と縁の深い牛田雞村や中島清之と出会って日本画に転向、前田青邨に師事しました。本図は広々とした眺めのなか、大池に浮かぶ睡蓮、池端に咲くツツジが印象的です。昭和40年(1965)の制作ですが、その2年前に本牧海岸が埋め立てられる以前の姿を描いています。

小島一谿《三溪園》
 本図も昭和前期の園内風景で、正門から三重塔を望む景色は現在とほとんど変わりません。本牧海岸が埋め立てられる前には、海水浴や潮干狩りができました。その海の向こうには白い帆掛け舟らしき影も見えます。三重塔が実際よりも大きめに捉えられ、青々した山に際立って佇んでいます。

 北泉さんの解説と一緒に、これららの風景画を載せたいと思ったが、著作権者の許諾を得るのに時間がかかるため、残念ながら諦めた。ただ牛田雞村《三溪園全図》は横浜美術館企画編集『原三溪の美術』(2019年)の154ページに収録してあり、また村田徳治《三溪園画巻》は8枚組の絵ハガキとして記念館売店で手に入る。他は会期中に展示作品をぜひご観覧いただきたい。

 このほか第3展示室では第44回三溪園俳句展の入賞作品を展示している(会期は9月2日まで)。首位の横浜市長賞には、清水呑舟さんの句「三溪の草書の余白あたたかし」が選ばれた。色紙に日本画家・志世都りも氏による挿絵を添えて紹介してある。志世都さんのご厚意により、この色紙をここに収録することができた。お礼申し上げたい。

色紙_横浜市長賞


 三溪の禅画で彼の希求した世界に思いを巡らせ、また昔の三溪園を描く風景画では、谷戸の地形を巧みに活かした三溪設計の庭園の在りし日の姿を垣間見ることができた。

 三溪園保勝会定款の第3条(目的)に「国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して」達成すべき3つの目的を掲げているが、その最初が「歴史及び文化の継承と発展を図り…」である。

 三溪園の推移に思いを馳せつつ、眼前に拡がる風景を楽しみ、さらには未来の姿を心に描く、新たな機会を得たように思う。

人類最強の敵=新型コロナウィルス(13)

 前回(12)の末尾は、6月11日(木曜)、東京アラートが解除され、「今後は感染リスクの高い場所などに対象を絞った対策が中心となる」と結んだ(2020年6月12日掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(12)」)。東京都の掲げる7つの指標のうち、現段階では病院のベッド数に余裕はある。

 6月12日以降はどうか。東京都の新規感染者は14日(日曜)が47人、16日が21人で、アラート解除後の5日間で計171人にのぼり、なお増え続けている(その後の数字は後述)。

 東京のみならず全国規模で感染者が増えてもおかしくないが、どのくらいの人数までなら現有の病床数が間に合うのか。再びの緊急事態宣言の発動はあるのか。いわゆる<第2波>をどのように定義し、どのように防ぐのか。

 これまでのブログ連載「人類最強の敵=新型コロナウィルス」は、ほぼ1週間に1回のピッチであった。激しく変わる状況を記録しようと追いかけてきたが、これからは少し長い時間軸で追い続けていきたい。

 世界の現状を18日(木曜)の日経新聞が伝える。米ジョンズ・ホプキンス大の集計によると、米東部時間16日午前11時(日本時間17日午後0時)時点で、世界の累計感染者数が806万人を超え、8日間で100万人の増加、死者は43万7千人となった。2週間後の29日、累計感染者数は1000万人、死者数は50万人を突破する(日経新聞29日)。

 国別ではアメリカが感染者・死者ともに世界最多で、ブラジルが続く。感染の中心は欧米から中南米や南アジアの新興国へ移り、現在、新規感染者が多いのはブラジルやパキスタン、インドといった国が中心である。アメリカも経済活動の再開を機にふたたび増加傾向に転じ、世界全体の1日あたりの新規感染者が過去最多を更新する日も多い。格差が大きい新興国では低所得層の感染拡大がつづくが、有効な手を打てていない。

 過去5カ月間の新型コロナによる死者の増加ペースは、10万人から20万人までは16日間、20万人から30万人は19日間、ペースは徐々に鈍化しているものの、1日あたりの死者数は約3千~5千人台となお多い。国・地域別の死者はアメリカが10万9千人超で、全体の約4分の1を占め、2位はイギリスの4万人、以下、ブラジルが3万5千人超、イタリアが3万3千人超とつづく(ロイター通信)。

 ピークを超えた国・地域、また中国や韓国など抑え込みに成功したとされる国では経済活動の再開や規制緩和が進むが、同時に<第2波>への対策が大きな問題となっている。

 ワクチンの開発が急がれるが、早くとも1年と言われる。たとえ開発されても世界の約72億人のどこまで行き届くか、それに要する時間や経費の負担の目途は立っていない。既存の治療薬の活用は進んでいるが、新規の治療薬はまだできておらず、世界的な事態収束への道のりはなお遠い。

【吉村知事と西浦博教授の論争】
 大阪府の吉村洋文知事が6月12日の「第2回大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議」終了後の囲み会見で、北海道大学の西浦博教授(理論疫学)の数理モデルを基にコロナ対策を行ってきたことについて、「国を挙げて批判的検証をしないと間違った方向に進むんじゃないか」と懸念を表明した。

 これを受け、西浦教授から取材し、かつ第三者の見解を含めた記事を掲載した雑誌がある(「週刊新潮」誌2020年6月25日号に先立つネット配信)。重要な論点を含むので、幾つかを再録したい。

 吉村知事はあらためて次のように答えた。「西浦先生には敬意を表していますが、感染拡大時に冷静な分析は難しい。緊急事態宣言などの政策は、僕は正しかったと思いますが、第2波がきても同じことをするのか、事後に冷静に検証するのは別のこと。第1波の自粛要請で生じた経済、社会へのダメージはものすごい。失業率も2%上昇し、自殺者も2千人増えると言われ、そちらの命も守らなきゃいけない。で、抑えこみの出発点が西浦モデルでした。次の波に備えて同じことをしたら、国家は危機的状況になる。ほかの指標はないか探し、出てきたのがK値でした。国家の浮沈を決める重要な局面で、西浦モデルに批判的意見を言う人が出てこないことに、危機感を抱いています」。

 国の政策を動かし、社会経済活動を停止する大本の試算を提示した西浦教授は次のように言う。「中国しか制御できていなかった3月下旬、接触を減らすことが必要で、被害想定や接触削減の目標が据えられました。(強烈なインパクトを受けた)吉村知事のリアクションは、妥当なものであったと思います」と言いつつも、吉村知事が「全部抑えなければならない」と思ったことは、「当方の担当している話と逸れ、厚労省と大阪府のコミュニケーションの問題かと思います。(社会的なインパクトを与えたと批判されるなら)感染症疫学の問題と経済学の問題を混在して、感情的に議論していると思う。私を含め感染症の専門家は、流行制御のためにシナリオを分析しており、他方、経済的インパクトは経済学者にご意見を聞いていただかないといけません」。

 また、42万人の被害想定と接触8割削減の目標は、「キッチリ分けてお考えください。前者は科学顧問あるいは首相が説くべきであったと思う。この感染症は流行の展開が速いなか、どうして専門家が体を張って、前のめりに発表しないといけなかったのか、みなさんには共有してもらいたいと思っています」とのべ、自ら発表せざるをえなかった、政治と行政への不満をにじませる。

 また、被害想定の妥当性については、「伝達法は政府も専門家も改善点がありますが、その時点での科学的妥当性に瑕疵があったとは考えていません。社会的影響が大きかった流行対策なので、科学的検証がなされる必要があると思いますが、被害想定の42万人は、米国の状況とくらべていただくとよいのが、人口差を換算しても大きく離れているようには思いません。いまだ“日本は大丈夫だった”というわけではないので、注意していただく必要があります」。

 政治が動かないなか、体を張って発表した試算は、あくまで感染症疫学上のもので、西浦教授だけに責任を負わせるのはアンフェアと言える。国の専門家会議関係者などで構成されるコロナ専門家有志の会の一員、早稲田大学の田中幹人准教授(科学技術社会論)が言う。「西浦教授も、被害想定は政治の側から発信してほしいと語っています。科学者が情報を上げ、決定は政治が、という棲み分けが必要でしたが、日本では政府が専門家会議から意見を聴取し、政策決定は自分たちが行う、という役割分担がうまくいかなかった。安倍総理の会見でも、社会的に議論を呼びそうな部分は“専門家会議の提言はこうだから”と、判断の主体を専門家に差し戻している様子が窺えます」。

 科学コミュニケーションが専門の東京大学特任講師、内田麻理香さんも言う。
「本来、リスク評価は専門家、リスク管理は政治、と分けるべきで、そのバランスがとれているのがドイツ。コッホ研究所や科学アカデミーの助言、分析をもとにメルケル首相が判断を下す、というように役割が明確に分けられています。しかも科学アカデミーには、政治学や経済学の専門家もいるので、サッカーをいつ再開するかというテーマも、経済学の視点を入れて取り上げることができます」

 それができない日本は、「科学者がリスクマネジメントにまで踏み込むという、不健全な状態になってしまった。常設の科学の諮問機関はなく、専門家会議も新型インフルエンザの際の会議の変型版で、権限や責任が不明確のまま形成され、シミュレーションも西浦教授頼み。人材不足は、日本が感染症のように普段は重要とみなされない分野への予算を削った影響でもあり、数理モデルを扱える人はわずかなためブラックボックスになってしまう、という見方をされています」と述べる。

【山内一也<敵対と共生のはざまで>】
 20日の再放送<山内一也 敵対と共生のはざまで>(NHK Eテレ)を観る機会があった。ウィルス学者の山内さんは、ウィルスにとってヒトはコウモリ等に比べると取るに足りない宿主だと言う。

 ウィルスの側からヒトを観るウィルス学者の視点から、46億年前に誕生した地球を1年に置き換える山内さんの<生命の一年歴>によると、ウィルスの登場は5月初旬ころであるのに対して、人類の地球への登場は、年末はおろか大晦日の最後の数秒に過ぎないという。

 そのためか、ヒトゲノムの約4割はウィルス由来であり、ヒト(人類)はウィルスと<共生>し、これからも<共生>をつづけると言う。題名の<敵対と共生のはざまで>は、ここに由来している。

【国産スパコン<富岳>】
 23日の日経新聞は、一面トップで「国産スパコン 世界一奪還 理研・富士通の<富岳> 8年半ぶり」と報じる。2011年秋に計算速度世界一の<京>(けい)がトップの座を奪われ、以来アメリカと中国が首位を奪い合ってきた。その<京>の後継機が<富岳>(ふがく)で、1秒間の計算回数は直前首位のサミット(アメリカ)の実に3倍である。

 性能の高さと利用の裾野の広がりから富士山をイメージして命名された。<富岳>を使い、感染予防の一つとして、咳で飛沫がどこまで飛ぶかの実験が行われたばかりである。今後の新薬や新素材の探索、人工知能(IT)への活用に道を開く。企業や大学がいかに活用できるかが問われている。

【集団免疫をめぐる諸説】
 集団で免疫を持つ人が一定の割合に達すると感染拡大は終息に向かうとされるため、免疫を強制的に獲得するワクチンは一つの手段である。集団免疫の獲得により社会経済活動の制限解除へと大きく舵をきる、その<一定の割合>とは如何ほどか。これまでは約6割といわれてきたが、今回の場合、約1割から4割ほどでも良い等のばらつきが見られるという。

 集団免疫説による対策の一つが、スウェーデンが採用しているもので、26日の日経新聞によれば、周辺国より死者も多く、感染も拡大しているがロックダウン(都市封鎖)は行わず、集団免疫により感染の終息を目ざす政策を進めている。賛否のある中、経済活動への影響を可能なかぎり減らす対策として注目を集めており、5月下旬のストックホルムでは、住民の抗体保有率は約1割と推定され、4月末から感染者数の伸びは鈍化した。

 また2月に横浜港に停泊したクルーズ船で乗客乗員全員にPCR検査を行ったところ、約2割からウィルスが検出された。4月の長崎港のクルーズ船でも同様に約2割である。従来の<6割説>より、はるか少ない。

 集団免疫に関する研究は必ずしも多くはなく、精度も途上にある。英科学誌サイエンスにはストックホルム大学でまとめた「免疫を持つ人が4割程度で集団免疫が獲得できる」とする試算が掲載された。英オクスフォード大学等のグループは「人口の1~2割が感染すれば流行が終息に向かう」とした。一方、感染しても免疫が長期に持続せず、集団免疫は期待しにくいとする見解もある。

【新型コロナウィルスを可視化する】
 27日、NHK BSスペシャルの番組「見えない敵を観る-ミクロの目で迫る新型コロナウィルスの正体」を観ることができた。医師でCGクリエーターの瀬尾拡史さんが、コロナウィルス学の松山州徳さん(国立感染症研究所)、免疫学の村上正晃さん(北海道大学)、治療現場の臨床医の忽那賢志さん(国立国際医療センター)、西川正憲さん(藤沢市民病院)等から今年3月下旬以来オンラインで独自取材、最先端CG(コンピュータ・グラフィックス)によりウィルスを可視化。感染や発症、治療薬開発の謎に迫る。

 松山さんは新型コロナウィルスの顕微鏡写真を初めて公開した人で、SARS(2003年)コロナと今回の新型コロナウィルスとの比較等を通じて、その特性を語る。村上さんはサイトカインストーム=免疫細胞(1L-6)の暴走による謎の炎症を解明、重症化を断ち切る治療薬トシリズマブの効用を語る。

 瀬尾さんは言う。「世界中で新しい知見を無料で公開するのは今回が初めてではないか」。この一言に感銘を受け、瀬尾さんその人に興味を抱いた。ネットに公開されている資料から簡単に紹介したい。

 瀬尾さんはいま35歳の医療CGプロデューサーで、株式会社サイアメント代表取締役。彼の幼少期の趣味は<因数分解>、足し算と掛け算でできたパズルを解くのが楽しかったと言う。筑波大学附属駒場中学に進学、部活はパーソナルコンピュータ研究部(通称・パ研)。東京大学入学、教養学部の単位は最初の半年でほぼ全て取り切り、2年次にはダブルスクールでデジタルハリウッドに通う。3年生で医学部進学、チューターの法医学教授から2年後に裁判員制度が始まるが、殺人の状況や傷の状態が写真だけでは把握しにくいため、「良い方法を考えてほしい」と政府から東大に依頼が来た。こうして瀬尾さんの作った3DCGが裁判員裁判第1号事件の証拠に使われ、東大総長賞を受賞(2010年)。以来、異なる分野の専門家をつなぐ<通訳>が必要と考え、2011年にサイアメント社を起業。

【東京都のモニタリング指標】
 東京都はモニタリング指標として7つを挙げ(都ホームページ)、これに基づく総合判断を行っている。すなわち①新規陽性者数、②新規陽性者数における接触歴等不明率、③週単位の陽性者増加率、④重症患者率、⑤入院患者数、⑥PCR検査の陽性率、⑦受診相談窓口における相談件数。

 これら7つの指標のうち、①が目立つためよく取り上げられるが、医療崩壊を回避するための予想指標は④と⑤である。現状では④が100床(レベル1)の20床、⑤が1000床の225床(6月23日現在)で、たとえ急増しても対応可能な範囲内とされる。

【入国制限の緩和(<開国>)】
 今後の入国制限の緩和(<開国>)について、前回の本ブログ(12)で次のように述べた。「…感染防止策の一つが<水際対策>と呼ばれる国家間の移動の禁止、すなわち入国制限=<閉国>である。これは事実上の国交断絶に等しく、歴史用語の<鎖国>ではなく、史上初の世界規模にわたる<閉国>と呼ぶに相応しい。いま日本は世界111カ国からの入国禁止(<閉国>)を実施している。そして近い将来の入国制限緩和(<開国>)の対象国としてタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4ヵ国が挙がっているが、相手国の合意まで紆余曲折が予想される」。

 4ヵ国のうちベトナムとは、19日、合意に達し、25日に最初の臨時便が成田を発った。他の3カ国との合意はまだなされていない。観光面でのインバウンドに期待する声も、当分の間は<空振り>となりそうである。

 一方、感染国からの帰国日本人の成田空港における検査だけでも人手不足でパンク寸前との報道がある。これに110カ国からの入国禁止(<閉国>)が解除(=<開国>)されれば対応できるのか。

【科学者と政治家】
 25日午後、記者クラブで専門家会議の脇田隆宇座長、尾身茂副座長(基本的対処方針諮問委員会会長)ほかが会見し、組織の見直しについて見解を表明したが、その直後(ほぼ平行して)、西村大臣が記者発表を行い、「今般、専門家会議を廃止することになります。代わりに(新型コロナウィルス感染症対策の)基本的対処方針諮問委員会の分科会とします」と述べた。科学者と政治家の意志疎通に疑問が出され、西村大臣はのちに「…ことばが足りなかった」と釈明した。

 この問題は前述の【吉村知事と西浦博教授の論争】でも繰り返された重要な問題である。専門家会議を、政府が<基本的対処方針>を決めるさいの<諮問委員会>の分科会と位置づけることにより、一応の解決を得たように見える。

【増えつづける感染者】
 東京都の①新規陽性者数の増加ぶりは異常に高く、今後も止まりそうにない。24日が55人、25日が48人、26人が54人、27日が57人、28日が60人、29日が58人、30日が54人、7月1日が67人(アラート解除後の最多)である。うち8割弱の42人は30歳代以下の若年層。接待を伴う飲食店の従業員や客等の<夜の街>関連の感染者は31人、その半数が新宿地域の店の関係者である。

 19日の東京アラート解除と国による全国的な移動解禁から14日後(これが潜伏期間とされる)の、7月3日ころから大きな変化が出てくるとされる。それと相関関係(ないし因果関係)がありそうである。

 30日、東京都は、7つの指標の枠組みは変えないまま、幾つかの見直しを発表した。注目すべき点は、数値目標を撤廃し、医療体制を軸に総合判断するとしたことであろう。

 一方、医療機関にたいしては④の100床と⑤の1000床の<レベル1>を、それぞれ500床と3000床の<レベル2>に引き上げる準備をしてほしいと指示した。

 北海道では、小樽市で4人が感染、市内に住む60~70歳代の男女で、うち2人は24日にクラスター(感染集団)が認定された「昼カラオケ」の利用客。同市の感染者は3日間で19人となった。このほか、埼玉県でも新たに16人の感染が判明した。

 これについて西村大臣は、27日午前、「今のところ政府としての対応の方向性を変える考えはない。引き続き緊張感を持って、感染者数の動向を分析する」と述べる。

【感染は本人の責任か】
 29日の読売新聞によれば、感染するのは本人が悪い――。3~4月の時点で、そう考えていた人の割合が、日本は米国や英国などに比べて高かったという調査結果を、三浦麻子(大阪大教授)ら心理学者の研究グループがまとめた。3~4月、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国の5か国で各約400~500人を対象にインターネット経由で得た回答である。

<本人が悪い>とする比率は、日本が12%、中国が5%、イタリアが3%、イギリスが2%、アメリカが1%で(小数点以下四捨五入)、米英の約10倍にのぼる。反対に<全く思わない>と答えた人は、他の4か国の60~70%台に対し、日本は29・25%である。

 国内で感染者が非難されたり、差別されたりしたことと、こうした意識が関係している可能性があるとしている。「日本ではコロナに限らず、本来なら<被害者>のはずの人が過剰に責められる傾向が強い。通り魔被害に遭った女性が、『深夜に出歩くほうが悪い』などと責められることもある。こうした意識が、感染は本人の責任とみなす考えにつながっている可能性がある」と三浦さんはいう。この日本人の<心理的特性>は、新型コロナウィルス対策に影響を及ぼす一因と考えられよう。

【7月に入って】
 月が替わり7月1日(水曜)、香港の<一国二制度>を50年にわたり約束した中英の合意施行から、その半分に満たない23年目の記念日である本日、習近平国家主席は<香港国家安全法>の公布・施行を決定した。<一国二制度>の一方的放棄を、<民主主義への挑戦>と捉える世界の世論がある。

 日経新聞の1日朝刊に「ビジネス往来再開 第2弾 台湾・ブルネイと協議へ」の記事。その次の候補にはミャンマー、シンガポール、マレーシアが挙がる。一方、中国や韓国を第2弾の交渉相手に加えるかは慎重に検討中という。

【免疫で人間の再生力引き出す】
 こうした情勢下、「免疫で人間の再生力引き出す」という記事を見つけた。日経新聞1日の朝刊<挑戦者たち>シリーズの1つ。その<挑戦者>の名はK・サンドラー(米国立衛生研究所NIH研究員)、30歳の才媛である。

 彼女は「もともと人間に備わっている免疫を使い、迅速に組織を再生させる研究」に取り組んでいる。ケガをしたときウィルスやバクテリアと戦い化膿を防ぐ<攻撃型>の免疫機能に対して、サンドラーが注目するのは「傷口を塞ぐ組織や筋肉を再生する」という<癒し型>の役割である。

 ジョンズ・ホプキンス大学の博士論文執筆中、夜に日を継ぐ実験の合間に、この<組織や筋肉を再生する役割>を担うのが<ヘルパーT細胞>であることを突き止めた。免疫の研究に邁進しつつ、斬新なアイディアを分かりやすいことばでネット配信する<TEDトーク>にも登壇する。趣味はハイキング。いま無症状等を理由に統計に反映されない感染者数を洗い出すプロジェクトを立ち上げたばかりである。

 瀬尾拡史さんといい、サンドラーさんといい、研究者・特異な表現者・実務家等の顔を併せ持つ、若い世代の登場と今後の活躍に心から期待する。そして<その次の世代>の育成にも大きな期待を抱く。

 本稿作成中の7月2日午後、東京都の新規感染者は107人の速報が入った。前日の67人からの急増である。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
前園長(2012年8月~2023年3月)

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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