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小林學さんの想い出

 小林學(こばやし まなぶ)さんが、令和元(2019)年11月24日(日曜)、ご自宅で逝去された。享年87。在横濱ルーマニア名誉領事でもあられた。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 喪主は静子夫人。通夜が11月30日(土曜)、告別式は12月1日(日曜)、関内ほうさい殿(横浜市中区)で執り行われ、私は告別式に参列した。

 小林さんと初めてお会いしたのは2000(平成12)年ころ。横浜市立大学の学長室にお見えになり、市大の英語の教材開発等にかかる経費をひきつづき支援したい、と言われた。大学に思いを寄せてくださるのは大変に有難い。支援は理系・医系の教員に企業等から入るのが一般的で、個人による英語教材開発のためという趣旨は珍しい。

 「…これからの時代、学生さんたちが社会に出てから英語で苦労しないように、学生時代にしっかり教えてほしい、その一助になれば…」と。

 私は戦後半世紀以上も経ってなお英語教育とその教材開発があまり進んでいない現状を痛感、大学の実情や役割について考え直すきっかけをいただいた。

 2002年、学長を退任した私は時間の余裕を得て歴史研究に完全復帰、2004年3月から神奈川新聞に「開国史話」の連載を始めた(滝とも子さんの挿絵入り)。執筆にあたり歴史の現場をこの目で見たいと、横浜や横須賀の各地を歩き、その延長上に小林さんの印刷工場も見せていただいた。印刷に大量の紙を使うため紙資源の循環にはとくに気を使っていると話された。

 それから10年ほど後の2014年、私は三溪園の園長に就任、近くの住宅に小林學の表札、その横に<在横浜ルーマニア名誉領事>とあるのに気づいた。さらに驚いたのは、もう一つ並ぶ表札に伊波俊之助とある。まさか。

 伊波俊之助(いなみ としのすけ)とは、旧知の横浜市会議員・伊波洋之助さんと一字違いである。三溪園で聞いて、洋之助さんのご子息が俊之助さん(現横浜市会議員)で、小林さんの女婿と分かった。

 その3年後の2017年、俊之助さんが伊波洋之助著『平成に活きた市会議員 伊波洋之助小伝』を届けてくださった。横浜市会議員を引退されて2年後、の刊行で、市議7期28年を務めた記録と回想である。

 同じ2017年、在横浜ルーマニア名誉領事館 伊波美緒の名で入ったメールに「…三渓園に寄贈したいものがあり、そのお願いです。…父が私の生まれたときに用意してくれた、とても高価な七段飾りの雛人形です。サイズが従来のものより大きめの人形とあって、家に飾るのはそれなりのスペースが必要なため、大切に飾っていただけるところがあればお渡ししたいと考えております。…もし可能であれば、備品をこちらで買い換えたうえで寄贈させていただければ有難いのですがいかがでしょうか。外国人観光客も日本の文化に喜ばれると思います。」と有難い申し出である。美緒さんは小林さんのご息女で、伊波俊之助夫人である。

 すぐ園内で検討したが、三渓園には雛人形が5セットあり、収蔵スペース等の都合もあり、残念ながら頂戴するのは難しいとの結論になった。すると「…4月に父がルーマニアへ行く予定をしておりますので、ブカレスト大学の日本語学科へ寄贈しようかと思います。…日本の文化に感動してくださることでしょう。」とのお返事。最適の寄贈先であったと思う。

 また小林家がルーマニア新任のヨシペル大使(女性)ご一行を三渓園へ連れてこられたことがある。当日は、小林さん自らが先導し、豊富な知識を交えて誇らしげに三溪園を語ってくださった。

 「…1859年に開港した横浜(村)には全国から人びとが集まり、新しい街を築きました。その一人が埼玉県出身の生糸売込商・原善三郎で、生糸輸出で富を得て、街づくりに貢献します。獲得した貴重な外貨は、お雇い外国人雇用の財源とすることもでき、たんに横浜だけでなく、日本の近代化にも貢献しました。善三郎の孫娘と結ばれたのが、三溪園を創った原富太郎(三溪)。…

 …善三郎が埼玉出身、富太郎が岐阜出身です。<三代住めば江戸っ子>と言われますが、横浜は<三日住めばハマッコ>と言います。こうして<進取の気性>に富む人たちが横浜を創ります。三溪園造りにかけた三溪さんの情熱はもちろん、その類まれな美的センスに感服しています。…」

 ヨシペル大使は小林さんの話に目を輝かして頷いておられた。大使には翌2018年3月にも再会することができた(本ブログ2018年3月12日掲載「女性駐日大使ご一行の三溪園案内」)。女性駐日大使のなかでヨシペル大使の三溪園観は群を抜いており、小林さんの献身的な友好事業がルーマニアとの貴重な架け橋となっていることを深く思った。

 三溪園の近くで小林さんと行き会うこともあり、買い物へ行かれたのか、手に袋を下げ、悠然と歩いておられた。ちょっと立ち話。

 小林さんが私の5歳年長で、敗戦時に中学2年生だった軍国少年が民主教育とどう折り合いを付けたかを語られ、私の方はまだ国民学校(小学校)3年生で、群馬県への学童集団疎開からやっと東京の親元に戻れたものの、食糧難で、素人農業を始めた父を手伝った日々を語る展開になったことも。

 またルーマニアの近況についての時だったか、私は1963年にルーマニアを訪れていて、首都ブカレストの変貌、また<東欧>と一括される地域の多様性について等々の長話になったことも。

 そして2019年、小林さんの訃報。知らせてくださったのは、前年に洋之助さんを彼岸へ見送ったばかりの俊之助さんであった。(本ブログ2019年2月6日掲載の「伊波洋之助さんを偲ぶ」)

 美緒さんにお願いして、『タウンニュース 中区・西区版』2014年12月4日号を送っていただいた。小林さんを「…中世の面影を残す世界遺産や美しい自然に囲まれた東欧の国、ルーマニア。同国政府から2001年に在横浜名誉総領事に任命された。」と伝えている。

 同紙のインタビューに答えて、「実はルーマニアは大変な親日国でね。日本でルーマニアといえば、ドラキュラが有名ですが、友情に厚く、ラテン的な情熱も持った素晴らしい国ですよ」と、温和な語り口でかの国での思い出を懐かしげに語る。同紙はまた小林さんの人生を次のように報じている。

 〇…生まれは横浜市鶴見区。理系大学を目指していたが、高校時代に結核にかかり4年間床に伏せた。「人生のレールから外れることになり、これで終わりかなと諦めかけた」。そんな折、アメリカから輸入された空き瓶を再利用するために洗うアルバイトで発見したのがシリコン樹脂。「これを建物の防水・防腐の塗布剤として使えたら」と研究開発し、会社を設立。これが成功し、その後も機械製造や輪転印刷、映像制作、学習教材の製作販売など多くの事業を手掛けてきた。」

 そしてルーマニアとの出会いについて次のように言う。

  ○…ルーマニアとの出会いは1990年。代表を務めていた映像制作会社で前年に起きたルーマニア革命を追うドキュメンタリー番組を制作。革命後の取材は混迷を極めた。しかし、国営放送のトップに紹介なしで飛び込み協力を得るなど、のちに続く人脈を築き日本のメディアが伝えられなかったルーマニアの真の姿を報じた。これまで約10本のルーマニアに関するドキュメンタリー番組を制作したほか、同国での国際音楽祭の審査員や大学での講師、孤児院での奉仕活動など長年の貢献が認められ名誉総領事に選ばれた。

 告別式では、ご家族との心温まるスナップ写真が次々と放映された。

 ここに頂戴した「懸命に歩んだ父の道のりを偲んで」と題する<家族一同>の「感謝」の一文がある。

 若かりし頃に戦争を経験し 大学入学の時期に結核を患った父 周りが進学していく中 病床にあって何も出来なかった 当時のもどかしさが 父の気概溢れる行動力と高い志を築き上げたのかもしれません その後 何もないところから印刷会社を立ち上げ ご縁を大切にし 杜を守りつつ 様々な分野に挑戦し続けてきた幾歳月 ルーマニアとの縁もその一つでした 歴史的背景から交流が困難だったルーマニアとの架け橋になりたいと名誉領事となってからは より一層友好関係に尽力しておりました 人が好きで どこへ行っても皆に親しまれる父の人柄もあってか 現地でも多くの方々に慕って頂いたものです 確固たる意思と強い向上心を胸に 時に周りを巻き込みながら 新しい風となって道を切り開いた そんな父を心から誇りに思います 全力で駆け抜けたその人生を讃えて 今は感謝の気持ちで見送ります  ~家族一同

 ついで静子夫人の挨拶。

 夫 小林學は 令和元年十一月二十四日 八十七歳にて その生涯に幕をおろしました。
 人生の途上で出逢い お力添えくださった皆様へ 賜りましたご厚情に厚く感謝申し上げます 本日はご多用の中 ご会葬を頂き誠に有難うございました 略儀ながら書状をもってお礼申し上げます    

 小林學さんと伊波洋之助さんを偲びつつ、謹んで小林・伊波ご両家のご多幸をお祈り申し上げる。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
前園長(2012年8月~2023年3月)

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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