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人文学とAI

 大学共同利用機関法人/人間文化研究機構の主催する第38回人文機構シンポジウム「デジタル・ヒューマニティーズってなに?~コンピュータがひもとく歴史の世界~」が、1月25日(土曜)、東京の日比谷図書文化館の大ホール(定員200人)で開かれた。

 人文機構(NIHU)は、その活動やイベント等の情報を「人文機構ニューズレター」として配信している。標題の「デジタル・ヒューマニティーズってなに?」には啓蒙的な響きもあり、副題の「コンピュータがひもとく歴史の世界」とあるところから、狙いは歴史資料のデジタル化に焦点を絞っているようにも見える。

 チラシの表紙に歌舞伎役者の画を配し、吹き出しの「コンピュータが古文書を読めるのか」、「大量の写真からは何が分かるのじゃ?」、「AIってそんなすごいの?」で本シンポジウムの狙いを表している。

 前回の2年前のシンポジウム「人文知による情報と知の体系化-異分野融合で何をつくるか」(本ブログ2018年3月1日掲載「人文知による情報と知の体系化」)に参加して以来、その後の進展を知りたいと思っていた。それは人文機構と情報・システム研究機構の合同シンポジウムであり、副題に示す<異分野融合>を前面に打ち出していた。

 そのときの基調講演が立本成文(人間文化研究機構機構長)の「人文知から見た文理融合」である。3章9節の目次をスクリーンに映し、わずか40分の持ち時間のなかで自説を展開した。退任前の<最終講義>とも言えるもので、その密度の濃さと真摯な態度に感銘を受けた。

 立本さんは京都大学文学部哲学科を卒業、大学院では社会学を専攻、京都大学東南アジア研究センターで長らく研究に携わった。『東南アジアの組織原理』(勁草書房、1989年、旧姓の前田成文)、『共生のシステムを求めて』(弘文堂、2001年)等の名著で知られる。

 私は3章9節の目次を書きとり、上掲のブログに掲載したが、再掲したい。1章「文と理」に(1)「文理とサイエンス」、(2)「文理は分離できない、百学連環」、(3)「二つの文化論と二元論的発想」の3節を、2章「人文知-二項対立から融合へ」に(1)「客観的知識と主観的知識」、(2)「科学革命(19世紀後半)で失われたもの、いのち(からだ・こころ・ことばのはたらき)、(3)「総合性の復権」の3節を、そして3章「文理融合の方法」に(1)「総合的に捉まえる最近の考え方(ITによるビッグデータの統合等)」、(2)人間文化研究機構のビジョン、(3)「実事求是(事実判断と価値判断)と科学者の道義的責任、人間らしさの復権」の3節を配している。

 2章(2)の「科学革命で失われた、いのち(からだ・こころ・ことばのはたらき)」を受けて、ゲージ理論の草分けで、数学・物理・哲学等に通暁し、深い思索を展開したH・ワイル(1885~1955年)「プリンストン大学創立200周年記念講演(1946年)」(岡村浩訳『精神と自然』 1946年、ちくま学芸文庫、2014年所収)を引き、科学における人間らしさの復権を結びとした。

 それから2年、今回のシンポジウムについて書く前に、本稿の私の標題「人文学とAI」について幾つか説明が必要であろう。シンポジウムの題名「デジタル・ヒューマニティーズってなに?」を敢えて使っていない。

 <人文学>とは学問の3分類(人文科学、社会科学、自然科学)のうちの人文科学の省略形であり、多くの大学では文学部に属する諸学科、すなわち哲学、歴史学(史学)、文学、社会学、心理学、文化人類学等々を包括する。

 また本シンポジウムを主催する人間文化研究機構も人文機構シンポジウムと省略形で自称しており、これから見ると、人間文化研究≒人文学と考えているように見える。

 AI(artificial intelligence)とは<人工知能>と訳される情報処理の技術であり、コンピュータの運用によりデジタル化した膨大な資料を驚くべき速度で計算して解を導き出す。演算速度と解析ソフトのすさまじい進化が価格を下げ、急速に普及し始めた。

 身近な例ではスマホを使う翻訳会話機があり、これからの<異文化共生>に寄与することは間違いない。一方、<遺伝子検査>の1件あたりの費用3000億円は、20年後の現在、10万円でできるようになったが、<遺伝子検査>の結果をどう活用するかの倫理上の議論(学問の分類上は<哲学>を核とする学際的領域)は遅れている。

 情報処理技術が先行し、その利用に伴う善悪の判断基準が追いついていない。これを遺伝子操作や軍事技術に応用する場合、いっそう事態は深刻である。

 AIについては、私も本ブログで幾度か取り上げてきた。早いものでは「地球環境とサイエンス」(2014年10月1日掲載)、ついで「科学技術は、自然と人間社会にどう向き合うか?」シンポジウム(2016年5月24日掲載「ありがたき耳学問」)、さらに2018年8月17日掲載の「生命科学の行方」では、畏友・浅島誠氏(東京大学名誉教授、発生学)の報告を受けて、次のように書いた。

 高速演算能力を高める量子コンピュータの発展により、生命科学はさらに進歩し、AIが自己創造力を発揮すればするほど<倫理観>の置き去りが危惧される。言い換えれば、「科学の<独走><暴走>を抑止する現代の<倫理観>をいかに構築するかである。」

 浅島報告を受けて、その半年後に私も「10年後の歴史学」(2019年1月7日掲載)の話をした。AIを使う「科学の<独走><暴走>」に関して危機感を持ちつつも、次の3点から話を進めた。(1)「歴史学と他の学問分野との比較」、(2)「歴史学にとっての記録(文字史料、図像、映像、録音等)の重要性」、(3)「30年(一世代=平成の30年)の回顧と10年後の歴史学」。

 (1)のなかで、「歴史史料は数量化に馴染まず、かつ応用価値がないため、AIの出動機会はない?」と記したが、その後、AIの過小評価を修正する情報は徐々に増え、注目していた矢先の今回のシンポジウムであった。

 以上の経緯を述べた上で、いよいよ人文機構シンポジウム「デジタル・ヒューマニティーズってなに?~コンピュータがひもとく歴史の世界~」に話を進めたい。

 開会の挨拶に主宰者の平川南人間文化研究機構長が立ち、本機構は全国6つの研究所・センターからなると説明、シンポジウムの意図については岸上伸啓人間文化研究機構理事(国立民族学博物館教授併任)が趣旨説明「コンピュータが読む人間文化」のなかで明らかにした。

 ついで講演1の後藤真(国立歴史民俗博物館准教授)「コンピュータが読む日本語」は文字情報を、講演2の朝日祥之(国立国語研究所准教授)「コンピュータが読む写真」は写真という図像情報を主題とする。

 休憩を挟んでコメントは次の3氏。北本朝展さん(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 人文学オープンデータ共同利用センター長)、霜山文雄さん(NHK知財センター アーカイブス部チーフディレクター)、日下九八さん(元ウィキペディア管理者)である。

 さらに休憩を挟み、第3部にあたる<総合討論>は、岸上さんの司会のもと、講演者2名とコメントを述べた3名の計5名である。岸上さんはコメント・総合討論の司会も務める八面六臂の活躍、巧みな司会裁きにも拘わらず、会場からの質問・意見を受ける時間がとれず、定刻の16時30分に閉会した。

 上掲の2つの講演(各35分)のうち講演1の後藤真「コンピュータが読む日本語」を取り上げたい。文字情報はコンピュータによる読み取り・データ化を通じ、多くの日常語をキーワードとして検索可能となっている。

 すなわち(1)難読の崩し字文書をAIが解読する機能の著しい向上(どれだけ多くの情報を蓄積するかにかかっている)、(2)筆跡の異なる種々の手書き史料を活字化して相互比較が容易になり、(3)文字情報の大量蓄積から特定のキーワード検索を通じてより正確な史実を確定し、新たな歴史像を導き出す手段として活用することも可能となる。…

 その事例として日本古代史の一級史料である「延喜式」のデジタル化を取り上げる。すでに完成している「日本の文化資料を一気に検索」できる総合検索システムNihuINTを使って幾つかの例示を示した。史料の少ない古代史には極めて有効であろう。

 帰宅後に私もNihuINTを開いて「延喜式」を検索してみた。6251件がヒットし、例えば「群馬県二社延喜式内 神大赤城神社真図」や「(下野の)朱間馬牧」のレベルで分かる。面白いほど多様な使い道がありそうである。検索用の参考例「料理 江戸」では2261件がヒットした。

 ほかにも「地名辞書データ」、「人名一覧表示システム(人名一覧)」、「縄文集落データベース」、「幕末明治地図」等の独立したデータがある。また「年表」のキーワードで検索すると驚くことに29172件(数分後には32401件と表示)がヒットし、「佐原年表 天正十八年~明治二十六年の年代記」、「利根川治水年表」、「年表(教育関係事項)」等、様々なレベルがある。

 このツールを使うことにより、史料解読に費やされる膨大な労力と時間から解放され、史料の理解が深まり、仮説を立てて新たな歴史像を追究する幾通りもの道が開けそうだと強い興奮を覚えた。

 なお人文学研究資源のデジタル化の現状と意義については、山田太造・古瀬蔵「nihuINT による人文学研究資源の情報統合」も参考になる。

 本シンポジウムの狙いの1つ、「コンピュータが古文書を読めるのか」については、私なりに理解できた。しかし、「デジタル・ヒューマニティーズってなに?」の、総体として意味するところは一向に分からない。

 後藤講演の末尾で、わずかにこの課題の指摘がなされたものの、3氏による<コメント>でも、また5氏による<総合議論>でも対象にならず、期待していた会場との質疑応答も時間切れとなった。

 主催者が考える(or考えようとする)<デジタル・ヒューマニティーズ>の全体像を問うことこそ今後の課題であるとの印象を受けた。2年前のシンポジウムで立本さんが示された諸問題、とくに9項目の最後に位置する「<実事求是>(事実判断と価値判断)と科学者の道義的責任、人間らしさの復権」に立ち返り、議論を深めてほしい。

 歴史学徒であるが人文機構には所属していない、外野(あるいは内野?)から送る私の切なるエールである。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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