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IUC学生の三溪園印象記(2018年)

 去る10月1日(月曜)、台風24号が襲来した日の午後、IUC(アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター)の学生が三溪園を訪れた。このことについては、本ブログの2018年10月4日号に「台風一過のIUC学生来園」で述べた。

 その時の私の歓迎挨拶のなかで、昨年の学生たちの印象記に触れて、本ブログ2017年10月24日「学生たちの三溪園印象記」に掲載したと伝え、「今回も印象記を期待しています」と希望を表明した。

 印象記を書いてくれる学生がいるか、いささか不安でいたところ、IUCの橋本佳子さんから「2018年10月1日 校外学習作文(三渓園、八聖殿)」14編が送られてきた。学生たちは、まず近くの八聖殿へ寄ってから三溪園に来るコースを取ったため、標題がそうなっている。以下にそのまま掲載する。学生たちの率直な印象がういういしい。



2018年10月1日 校外学習作文(三渓園、八聖殿)

★レーセン ハナ
 10月1日月曜日に三渓園で郊外学習をさせていただいた。三渓園を歩き回りながら、日本の美意識を見ることだけでなく、体験ができて素晴らしかった。
 三渓園は非常に和風の庭園だが、外国人によく「和風の庭園」として認められている枯山水とは違う。三渓園は極めて広く、一つの小さな世界に見える。そして、水はどこでもある。森の道のように曲がっている石の道を歩きながら、三渓園の様々な特徴についてガイドさんに教えていただいた。
 実はその石で作られた道を見ると、自分のギリシャの家の大きい庭にある石の道を思い出した。その道については、他の人に何回も「どうしてまっすぐにしませんか」と聞かれた。その理由は説明しにくいが、なぜか確かに、曲がっている道の方が美しい。三渓園はそう考えていた人によって作られたと思う。そして、自然にまかせた完璧でないもののように見えるかもしれないが、実際は非常に細かくデザインされていると思う。
 三渓園には建物(茶室や別荘など)が多くあったが、その建物も自然の一部になりうると思った。なぜかというと、建物は自然も考えて作られているからである。家の中に座っても、外の庭と庭の外にある山などが楽しめる。そのため、前にも書いたように、三渓園の中にいるとすっかり小さな世界に入った気がする。大変歴史的な所だが、自然はたえず変化し、新しく生まれ代わっているので、いつも新しく感じられる。各季節がそれぞれにきれいであるはずだと思うので、次回は紅葉の頃に行きたいと思う。


★ソー ウネ
 三渓園は歴史と自然が調和している公園だと思う。三渓園を作った原三渓氏は非常に多才であるのみならず、美に関する造詣も深い。公園のどこに立っても人工と自然の調和した景色が見られ、更に季節の変わりに伴い、楽しめる風景も違うそうだ。その上、屋内の装飾も自然に完璧に合い、部屋と自然の境界がまるでぼやけているように、内外が一体になるように作られている。臨春閣や聴秋閣を訪れると、三渓氏が至上の景色を眺めながら、風雅な歌を詠む場面が思い浮かぶ。秋が深まる頃、紅葉狩りに再び三渓園を訪ねたい。三渓園の新たな一面との出会いを楽しみにしている。


★アーロン スティール
 10月1日の三渓園のツアーに参加させてくださってありがとうございます。非常にいい勉強になりました。横浜で日本の伝統文化や様々な時代の伝統建築を体験させていただき、心より感謝いたします。ボランティアのツアーガイド、吉野さんも歴史や建物の情報を詳しく説明してくださって嬉しかったです。素敵な経験で、秋にも冬にもまた三渓園の美しい景色を見に行きたいと思います。
 三渓記念館の展示も興味深く、三渓が書いた漢字や展示された絵を見て、いつかそのような美しい字を書けたらいいと思いました。天井にあるステンドグラスの模様がきれいで、花のようなデザインを今でも覚えています。最も思い出に残るところといえば、春草盧です。なぜかというと、江戸時代の建築が好きで、屋根や黄色の壁が魅力的だったからです。聴秋閣と二条城の物語が面白く、秋の聴秋閣から必ず紅葉が楽しめるものと思いますので、秋が深まりましたらまた行きたいと思っています。
今回の三渓園のツアーに対し、重ねて心よりお礼を申し上げます。150年の歴史と三渓園の魅力がわかりましたが、次回は、外苑をゆっくり散歩したいと思います。


★エバン ターキントン
 台風24号が通り過ぎた次の日に、台風による被害にもかかわらず、三渓園の方々に暖かく受け入れていただきました。三渓記念館、内苑を案内していただき、原三渓が自分の手によって残した芸術品、それから彼の感性が生みだした庭園を見学することができました。初めて原三渓のことを知りましたが、趣味や才能の豊かさに驚きました。生糸貿易の実業家であり、美術や文学、日本の伝統文化に通暁した人です。英語で言うと、「Renaissance Man」にあたる人でしょう。
季節を満喫できるように設計された庭園に、また紅葉の時に行ってみたいと思います。


★サンピアス ウェスリー
 十月一日、私は三渓園に行った。前の日、台風が横浜に上陸したので、三渓園に行けるかどうかわからなかったが、台風が通り過ぎたので、行くことができた。行く前には雨が降るか風が強いかと心配したが、天気は非常によかった。風は強くなく、雨は降らなかった。天気が良かったので、三渓園はさらにきれいになった。
 三渓園にある建物は非常にきれいだと思う。一番面白かったのは扉に仏教の天国にいる人間が描かれた建物だ。体と頭は人間だが、脚は鳥の脚ので、人間とは言えないかもしれないが、非常に面白かった。どこかで見たようなきがするが、覚えていないので、あとで思い出そうと思う。他のお寺に行く時、このような描写を探すことにする。
 池の周りはきれいだったが、自然のもののほうがきれいだと思う。なぜなら、森のほうが本当の自然みたいで魅力的だからだ。池と池の周りは人間が作ったものだとすぐ分かる。それは残念だが、池と少し離れると、多くの木が生え、土地の上に苔が生えている。多くの木がある所は非常にきれいだ。三渓園は多くの木がある所もあるので、嬉しかった。
 私は三渓園が好きになった。またいつか行きたいと思うが、行くのが多少不便なので、いつ行けるか分からない。


★マット ミックレラン
 10月1日に学校の遠足で三渓園に行ってきた。最初のスケジュールには午前中に園内の見学をすると書いてあった。しかし9月30日に台風が上陸し、5本の木が倒れたそうだ。私達の安全のために午前中スタッフは倒れた木を処分したので、午後に変更されました。心遣いに感謝している。
 ボランティアの案内のかたは三溪園の歴史を詳しくご存じで、たくさんの興味深いことを教えてくれた。しかしガイドさんの声は小さかったので、微力な日本語能力である私は時々聞き取ることができなかった。
 私は二年間神戸に住んでいたので、たまに京都を観光した。横浜から京都は遠いので、京都の雰囲気を味わいしたい人には三溪園をおすすめする。私は景色を眺めたら京都に戻ったような気がした。公園は広いので、ゆっくり散歩することもできる。是非また行こうと思っている。


★チェン ジャン
 月曜日、IUCの学生と一緒に三渓園に行った。台風の直後、気温が急に高くなって、秋らしくはなかった。茶人である原富太郎によって明治期に作られた三渓園はとても綺麗な庭園であり、現在も人気の結婚式場所になったそうである。結婚記念写真を撮影していた新婚夫婦もいた。
 非常に豪華な着物を着ている花嫁はとても美しかったが、暑かったのではないかと思う。三渓園の一番面白い特徴は、茶室が多いということである。そして、建てられた茶室はほとんど他のところから三渓園に移築されたため、歴史的に非常に重要な茶室である。その上、三渓園の建物の内部が多くの美術品で飾られていたとガイドさんが説明してくれた。原富太郎が狩野探幽や海北友松など有名な絵師の作品を収蔵していたということが分かり、とても勉強になった。


★ビクトリア デービス
 IUCの宿題や勉強が多くなればなるほど、観光する時間が少なくなるので、今週の月曜日皆さんと一緒に八聖殿と三渓園に行くことができ、良かったです。とても独特な博物館で、八聖殿の館員の方は勾玉や漁業者が持っていた道具のような有形文化財だけではなく、祭りの振り付けのような無形文化財も説明してくださったので、珍しい経験だと思います。横浜市がどのように都市化してきたかも学んだから、面白かったです。
 三渓園は同じように文化財として高く評価されている所で、自然と建築の両方が綺麗でした。近くに立っていましたが、案内してくださったボランティアさんの声が聞こえなかったこともありましたが、英訳のプリントをいただいたので、知らなかった単語と聞こえなかった説明も簡単に理解できました。全体として、八聖殿と三渓園に行ってみる機会をいただいて、とてもありがたかったと思います。


★イアン ハッチクロフト
 先週の月曜日、八聖殿と三渓園を尋ねた。横浜に引っ越す前に、旅行ガイドブックで三渓園の写真を見たことがあったから、遠足のことを楽しみにしていた。八聖殿のことは詳しく分からなかったから、遠足の前に少しインターネットで少し調べた。当日の天気はよかったですが、前夜の台風のせいで、風が強かった。最初に、皆さんが桜木町駅前で集まった。そこで、八聖殿へ行くバスに乗った。
 八聖殿で、ネックレスを作った。そして、蚕と絹の貿易について習った。八聖殿では、像が八つある。聖徳太子、弘法大師、親鸞、日蓮、釈迦牟尼、孔子、ソクラテス、そしてイエスキリストの像が建てられていた。西洋と東洋の影響を経験できた。凄かったが、違和感を感じた。
 昼ご飯を食べてから、三渓園に行った。枯山水が好きですから、三渓園でいろいろ勉強になった。案内者が建築を詳しく説明してくれたり、サギと蓮をたくさん見たり、散歩したりしたから、嬉しかった。残念ながら、案内者の説明が全然分からなかった。専門的な言葉が分かるように、これから日本語を頑張ろうと思っている。総じて、普通の授業より楽しい経験ができた。皆さまに感謝を申し上げる。


★チョウ モウシ
 三渓園は思ったより大きくて自然が豊かです。園内で和服を着ているカップルはその美しい景色を背景に写真を撮らせてもらいました。季節によって違った景色を楽しむことができると思いましたが、残念ながら、今回、蓮は枯れて、紅葉はまだ見られませんでした。それでも、のんびりした時間が流れました。
 三渓園に国の重要文化財に指定されている建物が多いです。その中で京都や鎌倉などから横浜に移されたのがあります。たとえば、聴秋閣は京都で、臨春閣は和歌山県で建てられましたので、2つが同じ場所で見られるはずがありませんでした。しかし、今、聴秋閣から歩いて3分で臨春閣に着けます。空間だけではなく、時間も越えられます。聴秋閣は徳川家光によって建てられて、臨春閣は家光の甥徳川吉宗の子供の頃の遊ぶ場所です。散歩しながら徳川幕府の歴史を整理することもできます。
 横浜を出なくても歴史的価値が高い建物が見られることは便利ですが、古い建物を本来のコンテクストから離れて移築することはいいかどうかわかりません。聴秋閣は二条城の一部分として京都のほかの建物と立ち並んでいるはずだったが、お金をもっている三渓の集めるもののひとつになって自分の庭園に置いてありました。
 もちろん、元来の歴史的なつながりが壊れたと同時に、新しいのが作られてきました。以前、聴秋閣は幕府の場所なので、庶民は入れませんでした。今、それが横浜市民に限らず普通の人も近距離で見られます。日常生活の場所が観光地になってきます。年代や地域や状況によって、物の価値が変わります。


★ファトゥマ ムハメッド
 今週の月曜日、横浜の歴史について学びたいために八聖殿と三渓園に行った。(中略)
三渓園で働いている人たちが私たちのために台風で手折られた枝と木々を綺麗にしてくれて、感動した。織田信長の兄弟のために作られた茶室や京都から運ばれた門を見ることができてうれしかった。綺麗な庭の写真をたくさん撮った。歴史の教科書に描がかれている絵を見るより、昔の時代の建物、庭、茶室などを見ることの方が素晴らしい経験であった。


★メーガン マッカーシー
 10月1日にアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターの人と一緒に校外学習をした。(中略) 八聖殿(はっせいでん)の勾玉体験をした後、三渓園に移動した。思ったより近かった。入ったら、ボランティアガイドと待ち合わせてツアーが始まった。晴れた日に行けて良かったと思う。ガイドさんが面白い話をしてくれて、特に遠いところから持ってきた建物や墓の話が非常に面白かった。特に墓のことについて、三渓園に運んできた時、中に入っていた体はもうなくなっていた。誰の墓か分からなかったそうだった。ちょっと変なことだと思った。
 ツアーが終わった後、学生3人とガイドさんにちょっと公園を案内していただいた。その時、三渓園の合掌作りの民家も見た。白川郷の方から運んできたことがすごいと思っている。聞くのを忘れたが、どうやって横浜まで来たのかを聞きたかった。そのままで運ばれてきたのか、それとも分解して建て直したのか。


★リリアン ハート
 先週の月曜日は初めての三溪園に行く体験だったが、横浜に引っ越してから携帯の地図に「行きたいところ」と保存していた。歴史が分からずに、行きたい気持ちだけ持っていた。(中略)
 三溪園に行った時に、大学で受けた日本の映画の授業を思い出した。違う地域だが、そういう風な茶屋は映画や博物館で建てられたモデルしか見たことなくて、千利休のことを考えた。授業で利休という映画を見て、京都の話だったが、茶屋を想像すると三溪園のような家を考える。案内してくださった人が「横浜はお金がなかった地域」と強調したが、お金がなかったら、どうやってこういう綺麗な建築デザインを作れたのだろう。
 案内してくださった人たちはすごく優しかったが、まだ私は使われている単語が全部分からなくて、残念だと思った。日本の歴史、特に横浜や関東の歴史をもう一回復習して、もっと学びたいと思う。博物館に行く前やこういう風な説明をしてもらう前に、自分でちゃんと読んだり、単語を復習したりしたいと思う。


★カサリン ジョプリン
 十月一日に私たちは八聖殿と三渓園を見に行った。前の夜の台風で、天気が晴れで少し蒸し暑かったが、非常に綺麗だった。 (中略)
 八聖殿を出た後で、三溪園を散歩しに行った。1906年に三渓園は原三溪というビジネスマンによって作られた。公園が広いし、美しいし、そして静かな場所なので、私たちは歩く時非常に平和を感じた。その他、三渓園の最も興味深い特徴は、多くの歴史的な建物があることだ。原三溪は歴史が大好きで、秀吉大名と茶道を特に評価していそうだった。その結果、三渓園には集められた日本全国の塔、茶室、その他の歴史的な建物が多い。
 三渓園を出る時、ミケの猫にびっくりさせられた。ツアー中に私は気づいていなかったが、多くの猫が三渓園の葦や林に住んでいるようだ。これらの猫はおそらくネズミの個体数を減らすのに役に立つだろう。
 全体として、横浜の歴史について習ったのが楽しかった。さらに、クラス外で日本の伝統や文化を静かに楽しむ機会に感謝している。教科書や講義から日本語を学ぶことは大事だが、時々私はドアの外で日本を楽しむことを忘れてしまう。センターで日本語を勉強するのに忙しいけれども、将来私はまた日本を探検したり、歴史的なスポットを尋ねたりする時間を見つけられることを希望する。

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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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