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タケの開花(その8)

 前回の「タケの開花(その7)」(2018年7月18日掲載)の末尾で、連絡をくれた羽田雄一郎主事(三溪園庭園担当)の言葉「…(花の)終焉という表現にふさわしい状態がいつ頃訪れるか予想は難しく、人間の都合通りにはいかない自然を観察し、伝えることの難しさを感じております」を引いて、それへの共感を表明、急ぎ中間報告とする旨を述べた。

 それから1ヶ月以上が経った。この間も三溪園のタケの花の観察をつづけてきたが、花はなくなったかと思えば、またあらわれ(発見でき)た。しかし見つけにくくなったため、「竹の花」と書いた案内板は、タイミンチクについては7月9日に取り外し、オロシマササについては8月6日に撤去した。
5月下旬に咲き始めた花菖蒲の花が散り、蓮の花を愛でる早朝観蓮会(7月14日~8月5日)も終わったが、タケの花はちらほらと残っている。8月22日、オロシマササは刈り込まれてさっぱりし、タイミンチクは先週と同じ所に密かに咲いていた。

 8月23日は、奇しくも原三溪の150年前の誕生日である(慶応四年八月二十三日=1868年10月8日)。ここで今回のタケの「一斉開花」は収束したと表明したい。「花の終焉」ではなく「一斉開花の収束」とする理由は後述する。そう判断するまでの前回(その7)以来の観察経緯、知人から寄せられたタケの目撃情報、いささか難しい理系論争の展開の一部を紹介し、議論の深化の過程も残しておきたい。

 7月19日、テニス仲間の正木泰裕さんが、アンケートのつづきとしてタケに関する話題を送ってくれた。その1つが目撃情報である。「岬巡りの歌で有名な丹後半島でバス巡りしていると 今までは根っ子が強いと理解していた竹林が 今回の豪雨で押し流されて倒壊していました。」

 また同じテニス仲間の三輪美子さんからも目撃情報が入った。「新幹線の車窓から竹を観察、…竹林は彦根あたり、三島あたりに多く観ました。3ヶ所ほど、30本ほどの塊で枯れていました」。旅のさなかに目の行く先に竹林があり、その目撃情報を送ってくれるのはアンケートの影響かもしれない。自然への愛着であろう。

 19日、市大テニス仲間の横山晴彦さん(横浜市大名誉教授 化学)からメールが入った。この間の「タケの開花」シリーズを読んで、いくつかのことが分かったとし、(1)タケの花は1年だけでなく複数年にわたって咲く場合がある、(2)咲いたからといってすぐ枯れるとは限らない、の2点を挙げ、化学者らしく「タケ・ササの花と枯れ死の問題の解明を難しくしているのは、タケ・ササの花はめったに咲かないこと、地味で目立たないため咲いていても気づきにくいこと、タケ・ササが枯れているのに気づいても前年に花が咲いたかどうか後からでは確認しにくいこと、地道な観測データが少ないことなどにあるようですね。」とデータ不足の背景を語る。

 これに関して翌20日、坂智広さん(横浜市立大学木原生物学研究所教授 農学)から返信があった。坂さんはムギの専門家で、ムギもタケも同じイネ科に属するとは言え、タケについては「この自然現象を完全に再現できるに至っていない門外漢、この数十年のサイクルの中で出会った貴重な体験を楽しんでいます」と前置きして、次のように言う。

 「地球上の生物は地球の公転による1年の季節変化サイクルに適応進化し、生活環や環境反応を営んでおり、一方で過去の地球の歴史・地質年代において氷河期など長年にわたる気候変化が起こらない時代もあったはずで、必ずしも1年サイクルの体内時計で暮らしていない生物も存在します。作物でも二年生や多年生など、ある意味で複数の時計の歯車(遺伝子)が組み合わさり生活環を成しています。タケが氷河期以前の時代に進化して古くから姿を変えていない植物であることを前提にすると、その一生が60〜120年と長期に及び、その一生の最後に花を咲かせ実をつけるとなると、「1年限定で花を終わらせる」というスケールに嵌らないと考えます。一年草が1年のうち数日間の開花期だとすると、100年の生活環(ライフサイクル)ではそれが数百日に拡大するイメージです。」

 ついで横山さんが「門外漢としての素朴な考え・疑問等」として、「的外れな箇所や間違い」もあると思うが、お読みいただけると幸いです(ご回答いただかなくても結構)としつつ、知的好奇心を抑えきれない様子で、(1) 1本のタケの寿命とタケ枯れ、(2) タケ・ササ藪の寿命、タケの花と環境、(3) タケ・ササ藪の株の3点から、タケ藪全体が枯れるのと新陳代謝による1本のタケの寿命とは区別する必要がある、或いは異なる種であっても同一環境下にあるとき、同調するように花が咲くということがあるかもしれないと指摘した。

 これに関する坂さんの見解が示されたが、そのうち2点を再掲したい。「植物の場合、発芽⇒苗⇒栄養成長という植物の体を作るステージと、花を分化⇒開花⇒稔実という生殖成長のステージと質的に異なる生育相があり、日の長さや積算温度や加齢により栄養成長から生殖成長に切り替わります。人でいうなら、ある程度育つと思春期になり、環境条件により大人になるということです。そうした意味で、花を咲かせた場合、実をつける(つけなくても)、そしてその成長点は生を全うして枯れます(それが1年なのか、100年なのかの違いです)。幸い植物は「先端成長」といって成長点が芽や根の先端にあり、しかも分枝、分岐するので、長男坊が開花して枯れても、直下の分枝の成長点が生き続けたり脇芽や節から新たな成長点を形成して無限に生育を続けることもできます。一つの成長点は花を咲かせて一生を終えても次の成長点へ命をつないで、植物体としては数千年も生き続けることになります。」

 また「タケの種により、種子繁殖の有無(群落の遺伝的構成)や開花の同調性によって繁殖戦略に変異があるので、総論的に区分けするというより連続的な変異によって環境に適応していると考える方が妥当だと思います」とし先行研究の柴田 2003、井鷲 2010、陶山ほか2010等が添付されていた。

 7月26日、私から送信した。「議論がいよいよ深みに入ってきて、外野としては興味津々です。理系の議論の進め方を学んでいます。私なりに整理し、どれをどこまで外へ伝えるべきか(伝えることができるか)を考えています。昨日、ザっと園内を回りましたが、新しい開花は見つかりませんでした。…本日も会議後に、しっかり見てきます。12日ぶりに熱帯夜が明けたので、彼らも日常復帰しているかもしれません。…」

 8月3日、横山さんが来園、30年ぶりとか。坂さん、羽田さんと4人で園内を回って観察した。オロシマササもタイミンチクも新しい花を見つけることができなかった。これで「開花終焉」を宣言できるかを議論したが、2週間周期で新しい開花があったと思われるので、もう1週間、経過を見ることとした。

 8月9日、羽田さんから連絡が入った。「今週の観察を実施、オロシマササは1つだけですが、開花したての花を見つけました。…タイミンチクは、開花した状態のものは見つけられませんでしたが、今にも咲き出しそうな蕾を一つ見つけました。また咲き終わった花頴の先端に新芽のようなものがいくつか見られましたが、それが花芽になるのかどうか分かりません。…来週の観察(8月15日(水)予定)で再確認したいと思います」と。

 翌10日、私が独りで観察したが、羽田さんのいうオロシマササの開花は判別できず、タイミンチクの開花も見つけられなかったと述べ、「8月3日に、もう1週間待ってみようとしましたが、羽田さんの観察からすれば正解でしたね。私の観察は当てになりません。そこでやはり坂さんの出番、ここに最後の期待をかけます」とSOSを発した。

 8月15日、坂さんと羽田さんが観察結果を送ってくれた。「旧東慶寺仏殿横(立入禁止区域)の株では、数輪の花を再確認した」とあった。翌16日、私が単独で観察に出ると、同上の花の雄しべは一つを残して散っていたが、それとは別に坂道を登り尾根に出るすぐ手前右に開花直前と思われる花を見つけた。タイミンチクの親株と思われる株の直下と、もっとも遠い最末端と思われる旧東慶寺仏殿横で盛んに花をつけている姿がいじらしく見えた。

 17日、坂さんから「タケの花の終焉」という表現は誤解を与えかねないとして「一斉開花の収束」とする提案があった。そこで私は「一斉開花」と「部分開花」の区別がいまひとつ分かりにくいと、昨年の「タケの開花(その3)」以来の疑問を伝えた。坂さんの答えは、

 一斉開花:ある時(周期的あるいは不定期でも)に同一の植物が、あるいは同所に生育する多種多様な植物が、一斉にあるいは次々に開花する現象。時間的なタイミングの観点と説明があり、参考として下記の記事が付されていた。https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/081/research_2.html
全面開花:林全体が一時期に開花し、場合によっては枯死して行く現象。対峙するのが部分開花で、林の一部分や散発に、偶発あるいは突発して開花する現象。空間的な観点と、タイミングの同一性のニュアンスも含まれるとして下記の記事が添付されていた。
*https://tenki.jp/suppl/usagida/2017/05/16/22741.html 

 表現が時間と空間の物差しによりますが、後者(全面開花)には時間の同一性も含まれます。前者にはタケ・ササのようにおそらく体内時計が関与する周期性(年サイクルの1年生~1年を超えた長時間の周期)と、ボルネオ熱帯雨林のように環境の効果も大きいことによる局所的な空間範囲も含まれます。

 今回のタケ・ササの場合は、一年の季節変動の中でも開花が盛んになる時期(5~6月)とゆっくり少なくなるその他の月があり、周年の四季環境変化に左右される生理的な花の咲きやすさの振動が複数年に亘ってありました。それにより数十年周期の一斉開花が複数年にまたがり分断されたように見えました。昨年の2017年4月10日に観察を始めた時には、それ以前の早春か前年に出穂した花穂の痕跡が認められたため、その頃に部分的に数十年周期の一斉開花が始まっていたと考えます。昨年には全面的開花に転じて、5〜6月に一斉開花のピークを迎えました。今年は開花箇所のエリアが辺縁部に変遷しながら部分開花として観察でき、やがて収束していくという傾向が見られました。

 故に今回の「一斉開花の収束」はオロシマササ、タイミンチクの数十年に及ぶライフサイクルにおける一斉開花がここ複数年にわたって生じ、今年およそ収束したことを意味します。

以上が坂さんの見解である。

 これをめぐってふたたび横山さんが見解を述べた。私は坂さんに横山見解にかんする反応を求めると同時に、坂見解の分かりにくい点についてまた質問すると、次のように答えてくれた。

 一斉開花の考え方について植物生態学者の間でも議論が続いており、2010年の日本生態学会誌の「特集 Bamboo はなぜ一斉開花するのか?」では、仮説も踏まえ言葉の定義が提唱されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/seitai/60/1/_contents/-char/ja
今回の私たちの観察も、そうした学会の見識を踏まえつつ、タイミンチク・オロシマササを実際に見ながら落とし込んだ解釈だと考えています、と。

 こうした経過を経て、私は判断した。あの広域に展開するタイミンチクの花を個別ではなく、全体を一つとして見るべきであり、そうであれば「一斉開花の収束」という表現が最適である、と。

 なお今年がこの2~3年の「一斉開花の収束」である可能性は高いものの、なお断定はできない。来年、開花が見られるか否かにより最終的な判断ができると考えている。

 このブログ「タケの開花」も今回の(その8)をもって今年分の最後とし、三溪園のタケの花を気にかけておられる方々への報告に代えたい。今後も引きつづき身近な自然の営為に眼を向けていくつもりである。

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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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