タケの開花(その6)

 「今年も三溪園のタケの花が咲いた」と書いたのが4月17日のブログ「タケの花(その5)」である。その末尾で4月11日に坂智広さん(横浜市立大学木原研究所教授)から届いた論考「三溪園の竹の花 観察記録(1)」の一部を引いた。「…イネ科タケ亜科メダケ属(Pleioblastus)に分類される、オロシマササとタイミンチクが、どれくらいの開花周期で、開花後にどうなるのかは全く分かっていません。…植物が花をつけるのは、一生のうちで最も大きなイベントです。…」

 これから約2か月半になる。内苑の事務所前にある植え込みのオロシマササと三重塔近くに繁茂するタイミンチク、いずれも静かに咲いている。オロシマササは丈が低いためか、しゃがんでカメラを構える人の絶えることがない。

 昨年より1か月以上も早く開花した後の展開は、ゆっくりで目立たないが、終わってはいない。最近の記録から抜粋すると、「…オロシマササは開花株と開花穂が増えてきたという印象。出穂の仕方について、多くは根元の分げつから1本だけ出穂するタイプだが、昨年開花した株では高いところの節から分枝して出穂開花しているタイプも見られる。 地際から生える新枝についた穂も、昨年より大きめで色が濃いように感じた」(4月26日、坂)。

 「園内を一巡、タイミンチクの新たな開花は認められなかったがオロシマササの開花は見つけた」(5月1日、私)、「坂さんが来園、羽田雄一郎主事(庭園担当)と一緒にオロシマササ及びタイミンチクの観察を行う。印象では開花が進んだようには見えないが、一部に新しい花も発見した」(5月10日、私)、「今日はすこし蒸し暑い。オロシマササの開花が増えた印象あり」(5月17日、坂+私)とある。

 5月21日、斎藤淳一さんからメールが入った。本ブログの2018年3月26日「善四郎とペリー饗応の膳」で紹介した方で、2年連続で咲いたタイミンチクとオロシマササの写真を撮ってきた。「昨年(6月9日)も<一生に一度しかないチャンス>と蚊に刺されながら撮影してきましたが、その経験を活かして今年は準備万端、長袖シャツに虫よけスプレー、虫刺されのかゆみ止め、…去る16日に開園の午前9時を待って入園、撮影してきました」とある。

 これにつづく一文が、多くの人の気持ちを代弁しているのではないか。「生涯に一度、出会えるかどうかというタケの花を2年連続で、しかも同じ場所の同じ株(地下茎)で観られる<幸運>を喜んでいいのやら、<その分、宝くじ高額当選運が遠ざかった>と嘆くべきか、はたまた、何か(天変地異でも?)が起こる予兆なのか…と、この珍現象にひとりで興奮しています。」

 5月31日、三重塔の近くでタイミンチクを観察しつつ談笑している二人連れのご婦人に声をかけた。「…タケの花には花弁がないのが特徴、イネ科の植物で雄しべ・雌しべともにイネやムギに似ている。イネやムギは受粉して実をつけ、それを人が食べるが、タケは開花後に必ずしも結実しないこともあり、結実しても不稔のこともある。そもそも開花の目的が子孫を残すためか、あるいは地下茎による個体の再生産(クローンの形成)が何らかの要因で困難を来たし、死滅を回避する一つの方法として開花・受粉して実をつけるのか…いずれも分かっていません。」等々、これまで得た知識をすこしばかり披露した。

 お一人が、子どものころ川崎で、青桐の花は咲くと死滅する、開花が不吉の代名詞とされていた、また蓮の花は咲くときにポンと音がすると言われ、早朝に寺へ聴きに行ったが、和尚さんから「そんなことはありません」と教えられたと話してくれた。私が「ポンという音の噂に誘われて、お寺参りや早朝の観蓮会に人が集まるのでは?…」と言うと、「…あら。黙っている方が良いかしらね」の返事。たわいない、楽しい会話だった。

 この日の夕方、坂さんが固定カメラ3台を設置、タイミンチクの定点観測を開始した。

 6月14日、所用で来園できない坂さんに、私から「観察では一昨日及び先週と似ていて、新しい花もあれば、そのままの穂先が残ってもいる印象。全体として増えても減ってもいない。」と送った。羽田さんの観察は、「花数としては、先週よりもやや少ないと感じ…雄しべが垂れた状態の花数は、先週と同じくらいにも思えたが、開花したての花や先週の観察で…注目の新たなつぼみは減少しているようでした。出世観音の手前で新しいつぼみが見られた程度です。鈴なりの穂は新たに見つけられず…」と詳しい。

 19日、北九州市立大学の近藤倫明前学長がメールで、「竹の花は60年に一度枯れる前にとの説有。遠く離れても呼応して咲くと竹学者から聞いたことがあります。」と報せてくれた。開花周期説も開花後の枯れ死説も、全国規模で言われているようである。確かな記録に基づく説明が欲しい。

 後日、近藤さんから同僚の岩松文代さんの研究資料「日本語の視点からみた竹笹概念(その2)万葉集の「たけ」「しの」「ささ」概念」(Bamboo Journal no.30 2017)を受けとった。「万葉集で「たけ」は皇族を象徴する高貴な概念を持つ言葉で、人の美しい姿、さびしさ、苦しい恋などの比喩であり、「ささ」は人をおもう切なさの比喩…」とある。古代人の抱くイメージに、目前の花が重なる。

 <竹酔日>(ちくすいじつ)という言葉を思い出した。去年6月1日掲載の「タケの開花(その2)」に「…<竹酔日>の言葉が村松さんから出た。この日にタケを植えるとよく育つという中国の言い伝えで、陰暦5月13日、新暦で6月23日頃を指す。この頃がタケの個体更新や世代交代の最適期なのか。まずは竹酔日までの変化をしっかり観察していきたい。」と書いた。

 その<竹酔日>の6月23日が昨年の「タケの開花(その4)」の掲載日で、テレビ朝日の報道の顛末等を引用して終わっている。

 今年の<竹酔日>はとうに過ぎた。坂さんが地図を作り、6月28日、「…去年より開花地域がり…三重塔西側斜面から東慶寺お堂と滝の方向に向かった北東側でタイミンチクに多くの開花が見られる。…」と送ってくれた。今年初めて開花域が拡がったのか、あるいは今年初めてそれに気づいたのか。

 6月29日、気象庁はついに関東甲信の梅雨明けを宣言、6月中の梅雨明けは観測史上初とのことである。<異常気象>か<温暖化>か。

 4月4日にオロシマササが咲いたとの第一報が入ってから3か月も経過してしまった。7月4日、昨年と今年の開花地点を示した新しい地図と観察結果に関する壮大な仮説が坂さんから届いたが、今回は7月5日までの近況を急ぎお届けする。

 タイミンチクもオロシマササもまだ咲いている。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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