タケの開花(その7)
三溪園のタケ・ササの花が終わりに近づいている、そう長くはあるまい、と想定しつつ書いたのが、本ブログの7月6日版「タケの開花(その6)」であった。
これまでムギ研究(農学)の第一人者・坂智広さん(横浜市立大学木原生物学研究所教授)に科学的分析と見解の大部分を依存し、庭園担当の羽田雄一郎主事による日々の観察に頼り、私は主に三溪園のタケの花の推移を記録・公開すると同時に、文化的・歴史的背景を追って、昨年からブログ「タケの開花」を書いてきた。今回が(その7)になる。
前回の(その6)の末尾で、坂さんによる第12回「観察報告」(6月28日現在)の総括に触れたが、紙幅の余裕がなく掲載できなかった。それを最初に紹介したい。今回は写真や地図がないと分かりにくいため、本ブログで初めて画像入りとした。
【タイミンチク】
▶ 6月28日の観察で三溪園内のタイミンチクの分布域を把握し直した。分布エリア内部には大きな株が散在しており、そこから地下茎により子株、孫株とクモの巣状ネットワーク(Web)のように分布を広げている様子が見て取れる。
▶ 私の考えでは、昨年は尾根筋を中心としたタイミンチク分布域の中央で、数十年の周期で竹林全体が同調して開花する「一斉開花」が見られ、その勢いからすると竹林の全面で開花のピークを迎えた。
▶ 今年は一斉開花が継続。そのピークは三重塔や旧東慶寺仏殿方面の北東から東側の辺縁部に広がり、また昨年の咲き残りが竹林内部の株で部分的に引き継がれた、部分的な開花の様相を示したと考えます。
▶ この場合、一斉開花は一年で終わらず、それが昨年のピークの前後で数年続いていると思います。
▶ 竹林全体でも開花のエリアが移動しており、面積的に昨年が全面的な一斉開花(全面開花)とすると、今年は辺縁部分での開花(部分開花)あるいは部分的な全面開花であると考えます。花穂の枯れた様子を見ると、旧東慶寺仏殿付近が昨年から開花はあったものの、やはり今年の方が花は増えていると思われます。辺縁部が3〜4年に亘る一斉開花の終盤に当たるのか否か、予見は難しいと思います。

タイミンチクの2017年/2018年開花観測地点比較
【オロシマササ】
今年のオロシマササの開花は、昨年同様に事務所から見て向かって左側の生垣がほぼ全体にわたって全面開花し、右側の垣根でも部分開花をして、昨年よりも花の数は減ったが5月に開花のピークを迎えた。来年も部分開花は期待されるが、数と場所は限られると予想している。今後の刈り込み施肥管理の状況により、地下茎や株の生育具合によって出穂・開花の様相が左右される可能性がある。(その総括に至った考察を以下に述べる)
考察①:これまで(一昨年以前)にオロシマササが開花していたかどうか判断できないが、昨年タイミンチク同様に「一斉開花」が見られ、今年は部分的に継続した「一斉開花」が昨年も多くの花を付けた株で部分的に引き継がれた、部分的な開花の様相を示したと考えます。
考察②:管理事務所から見て向かって右手の垣根では、昨年も開花していた特定の株で今年も出穂・開花が見られたが、昨年同様に全体的に開花はしていない。また、6月に入り栄養成長が盛んになるにつれ垣根全体を通して葉に二型が顕著になった。出穂していない稈は幅広で長い葉をつけ、出穂しているものは小さい葉をつけており、a)遺伝的に均一な集団ではないかもしれない、b)刈り込み等の管理による生育状況、栄養状態により出穂開花が制御されているかもしれないなどの仮説が立てられる。来年の開花が長期周期により減少傾向に進むのか?あるいはこれからの刈り込み作業などで夏場の生育が来年の開花に影響するかは、今後実験的思考も含め検討する必要がある。
なお参考として「ササの開花と結実」(2014年、名古屋学芸大学 教養・学際編・研究紀要)、柴田昌三(京都大学地球環境学堂)「緑化植物としてのササ類」(2015年 『草と緑』7)、柴田昌三「緑化植物としてのササ類の特性とその利用」の添付あり。
以上が坂さんによる2年間の観察の総括と見通しである。
この間、私はタケ・ササの開花周期等に関して思いを巡らし、確かな記録が見つからない以上、他の方法で補正することができないかと、簡略なアンケート調査(主にメールによる)を実施した。お願いした対象はテニス仲間の3団体、構成員合計は約50名だが、よく参加する<常連>は30名~35名である。7月8日晩に次の質問事項をメールで発信した。
つかぬことをお尋ねします(アンケート調査のお願い)。以下の6問にお答えください。
Q1 タケ・ササの花を見たことがありますか? はい いいえ
Q2 はいと答えた方に、いつごろ? どこで?
Q3 タケ・ササが枯れた姿を見たことがありますか? はい いいえ
Q4 はいと答えた方に、いつごろ? どこで?
Q5 タケ・ササの花について話を聞いたことがありますか? はい いいえ
Q6 どのような話ですか?
実は私の関係する国指定名勝三溪園(横浜)でタケ・ササが咲いており、この何年に一度と言われる現象に関して調べている最中です。みなさんからの貴重な情報が役立ちます。サンプル数が多ければ多いほど確率が高くなりますので、ぜひご協力ください。よろしくお願いします。 加藤祐三
その晩から回答が来始めて翌日に集中、コートで直接に訊いたものを含めると計26通。それを材料に集計、そこから得られた主な論点は以下の通りである。
Q1とQ3については、「いいえ」が多かった。メール返答がない方々に口頭で尋ねると、Q1、Q3、Q5の全問に「いいえ」なので返信しなかったとのこと、これを加えると圧倒的多数派である。なお全問に「はい」は一人のみ。
Q1に「はい」と答えた人も三溪園へ観に行った、テレビで観た等であり、唯一の例外が花を2度観たとの回答1件と「子どもころ周辺に多くの竹林があり、いつも花を観ていた」の1件である。
Q3の枯れ死を見たとする回答は、花を見たとするものよりすこし多い。タケの花は小さく目立たないが、竹林の枯れ死は外からも異様な風景として印象が強いのであろう。静岡、成田等、見た場所を覚えているもの、曖昧とするものもあった。
Q5については「はい」が意外に多かった(全体の約3分の1)。Q6の記述は2種に分けられる。第1のタイプが花の周期に関するもので、「100年周期で咲く」、「数10年に一度」、「めったに咲かない」等々である。なお「(戦禍を免れた)庭のマダケに白い花が咲くと母親から聞いていたが、自分はまだ観たことがない」と答えた83歳の仲間、タケの花の長い周期を知る実例の一つとなる。
Q6の第2のタイプは、開花と枯れ死を関連づけた話である。「昔からよく聞いています。100年に一回、花が咲くとその竹藪は全体が枯れるというように」、「花が咲くと枯れ、数十年に一度ぐらい起こると聞いています」、「咲くことは咲くが、極めてまれである。花が咲いたタケ・ササは枯れてしまう」等である。
花が咲くと枯れるとする説(噂、伝承、風説)は少なくないが、こう答えた人のうち「タケの花と枯れ死を見た」は、今回の調査では一人だけであり、それも同じ竹林ではない。「花が咲くと枯れる」とする説の根拠は、依然として不明のままである。
またアンケート調査の波及効果も想定以上に大きく、「人生100歳時代」を唱えるテニス仲間の最長老(85歳)は、そのモットーに「<竹の花を観た>と加えたい」として、アンケートを見た翌日に即断即決、夫妻で三溪園へ行き、ギリギリの時期にタケの花に会えたと感激の報告をくれた。
さらに坂さんがフェイスブックを使ってアンケートを10日に開始、対象は彼の授業を受けている学生で、20名の回答があった。回答の分布等は上掲のものと似ているが、Q6の内容に物語性(劇画性)が強い印象を抱く。
Q1については「はい」が4名だが、ネットのニュースの写真で見たがふくまれ、実物を見たのは2名。Q3については「はい」と「いいえ」が半々で、「子どものころ通学路にあった竹やぶで」、「明確な記憶はないが、見たことがあるような気が…」とある。
Q5についても「はい」と「いいえ」が半々で、Q6では「120年ぶりに咲いた笹の花のニュース。余りにも珍しいためか、大地震の予兆というはなしもあるらしい」、「なかなか咲くことはなく、100年に一度と言った周期で咲く。ただし、当たり年はピッタリ1年ではなくブレがあることも分かっている」と自信たっぷりの回答もある。また「咲くのは珍しく、咲くときは一斉に咲き、その後すべて枯れる」や「咲いたら枯れる」ともある。
しかしタケの開花とその枯れ死を同じ竹林で見たとの回答はない。
これらのアンケートから得たものが一般的に妥当するかどうかは定かでないが、一つの試みとしては有益だったと思う。
昨年は、三溪園のタケの花がいつ終わったかの確認を迂闊にも行わなかったため、今年はしっかり見張ることとしている。羽田さんに頼むと同時に、彼に種々の連絡をくれる巡回警備の天野英士さんや清掃担当の鳥澤雅志さんにもお願いした。
開花は気づきやすく、日にちも特定しやすいが、花の終わりとなるとまた別である。タケ・ササの花は花弁がなく(露出せず)、小さい黄色の雄しべが3個、雌しべの周囲についていて、風にゆれるのを頼りに判別する。終わりに近づくと黄色の雄しべが退色するが、どの段階が花の終焉なのか判別するのは難しく、おおよその判断しかできない。
「本日7月9日、タケ・ササの花が少なくなり、花の所在を示す案内板を撤去しました。なお新しい開花も見られます」と羽田さんからメールが入った。撤去したのは丘の上のタイミンチクの案内板で、内苑入口のオロシマササの案内板は残してある。
7月12日、羽田さんと一緒に園内を見て回った。オロシマササには新しい花がいくつか見られた。広域に繁茂するタイミンチクは、これまで咲いていた場所とその周辺を重点的に観察、いくつかの新しい花を見つけた。さらに周辺部と外延部も見て回ったが、こちらには新たな開花は見られなかった。
15日、蓮の花を愛でる早朝観蓮会が始まって二日目、猛暑のなか坂さんと羽田さんが観察を行い、羽田さんが観察結果と見通しを送ってくれた。オロシマササもタイミンチクも12日の観察より花の数が増えているとあり、驚かされる。「…全体としては両種とも全面開花の盛期は終わり、栄養成長期(枝葉が伸長する時期)に入ったとことから一つの区切りをつけてもいい時期かと思いますが…、花の終焉という表現にふさわしい状態がいつ頃訪れるか予想は難しく、人間の都合通りにはいかない自然を観察し、伝えることの難しさを感じております」とあった。
「人間の都合通りにはいかない自然を観察し、伝えることの難しさ」に、私も強く共感する。とりあえず、以上をもって急ぎ中間報告としたい。
これまでムギ研究(農学)の第一人者・坂智広さん(横浜市立大学木原生物学研究所教授)に科学的分析と見解の大部分を依存し、庭園担当の羽田雄一郎主事による日々の観察に頼り、私は主に三溪園のタケの花の推移を記録・公開すると同時に、文化的・歴史的背景を追って、昨年からブログ「タケの開花」を書いてきた。今回が(その7)になる。
前回の(その6)の末尾で、坂さんによる第12回「観察報告」(6月28日現在)の総括に触れたが、紙幅の余裕がなく掲載できなかった。それを最初に紹介したい。今回は写真や地図がないと分かりにくいため、本ブログで初めて画像入りとした。
【タイミンチク】
▶ 6月28日の観察で三溪園内のタイミンチクの分布域を把握し直した。分布エリア内部には大きな株が散在しており、そこから地下茎により子株、孫株とクモの巣状ネットワーク(Web)のように分布を広げている様子が見て取れる。
▶ 私の考えでは、昨年は尾根筋を中心としたタイミンチク分布域の中央で、数十年の周期で竹林全体が同調して開花する「一斉開花」が見られ、その勢いからすると竹林の全面で開花のピークを迎えた。
▶ 今年は一斉開花が継続。そのピークは三重塔や旧東慶寺仏殿方面の北東から東側の辺縁部に広がり、また昨年の咲き残りが竹林内部の株で部分的に引き継がれた、部分的な開花の様相を示したと考えます。
▶ この場合、一斉開花は一年で終わらず、それが昨年のピークの前後で数年続いていると思います。
▶ 竹林全体でも開花のエリアが移動しており、面積的に昨年が全面的な一斉開花(全面開花)とすると、今年は辺縁部分での開花(部分開花)あるいは部分的な全面開花であると考えます。花穂の枯れた様子を見ると、旧東慶寺仏殿付近が昨年から開花はあったものの、やはり今年の方が花は増えていると思われます。辺縁部が3〜4年に亘る一斉開花の終盤に当たるのか否か、予見は難しいと思います。

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タイミンチクの2017年/2018年開花観測地点比較
【オロシマササ】
今年のオロシマササの開花は、昨年同様に事務所から見て向かって左側の生垣がほぼ全体にわたって全面開花し、右側の垣根でも部分開花をして、昨年よりも花の数は減ったが5月に開花のピークを迎えた。来年も部分開花は期待されるが、数と場所は限られると予想している。今後の刈り込み施肥管理の状況により、地下茎や株の生育具合によって出穂・開花の様相が左右される可能性がある。(その総括に至った考察を以下に述べる)
考察①:これまで(一昨年以前)にオロシマササが開花していたかどうか判断できないが、昨年タイミンチク同様に「一斉開花」が見られ、今年は部分的に継続した「一斉開花」が昨年も多くの花を付けた株で部分的に引き継がれた、部分的な開花の様相を示したと考えます。
考察②:管理事務所から見て向かって右手の垣根では、昨年も開花していた特定の株で今年も出穂・開花が見られたが、昨年同様に全体的に開花はしていない。また、6月に入り栄養成長が盛んになるにつれ垣根全体を通して葉に二型が顕著になった。出穂していない稈は幅広で長い葉をつけ、出穂しているものは小さい葉をつけており、a)遺伝的に均一な集団ではないかもしれない、b)刈り込み等の管理による生育状況、栄養状態により出穂開花が制御されているかもしれないなどの仮説が立てられる。来年の開花が長期周期により減少傾向に進むのか?あるいはこれからの刈り込み作業などで夏場の生育が来年の開花に影響するかは、今後実験的思考も含め検討する必要がある。
なお参考として「ササの開花と結実」(2014年、名古屋学芸大学 教養・学際編・研究紀要)、柴田昌三(京都大学地球環境学堂)「緑化植物としてのササ類」(2015年 『草と緑』7)、柴田昌三「緑化植物としてのササ類の特性とその利用」の添付あり。
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以上が坂さんによる2年間の観察の総括と見通しである。
この間、私はタケ・ササの開花周期等に関して思いを巡らし、確かな記録が見つからない以上、他の方法で補正することができないかと、簡略なアンケート調査(主にメールによる)を実施した。お願いした対象はテニス仲間の3団体、構成員合計は約50名だが、よく参加する<常連>は30名~35名である。7月8日晩に次の質問事項をメールで発信した。
つかぬことをお尋ねします(アンケート調査のお願い)。以下の6問にお答えください。
Q1 タケ・ササの花を見たことがありますか? はい いいえ
Q2 はいと答えた方に、いつごろ? どこで?
Q3 タケ・ササが枯れた姿を見たことがありますか? はい いいえ
Q4 はいと答えた方に、いつごろ? どこで?
Q5 タケ・ササの花について話を聞いたことがありますか? はい いいえ
Q6 どのような話ですか?
実は私の関係する国指定名勝三溪園(横浜)でタケ・ササが咲いており、この何年に一度と言われる現象に関して調べている最中です。みなさんからの貴重な情報が役立ちます。サンプル数が多ければ多いほど確率が高くなりますので、ぜひご協力ください。よろしくお願いします。 加藤祐三
その晩から回答が来始めて翌日に集中、コートで直接に訊いたものを含めると計26通。それを材料に集計、そこから得られた主な論点は以下の通りである。
Q1とQ3については、「いいえ」が多かった。メール返答がない方々に口頭で尋ねると、Q1、Q3、Q5の全問に「いいえ」なので返信しなかったとのこと、これを加えると圧倒的多数派である。なお全問に「はい」は一人のみ。
Q1に「はい」と答えた人も三溪園へ観に行った、テレビで観た等であり、唯一の例外が花を2度観たとの回答1件と「子どもころ周辺に多くの竹林があり、いつも花を観ていた」の1件である。
Q3の枯れ死を見たとする回答は、花を見たとするものよりすこし多い。タケの花は小さく目立たないが、竹林の枯れ死は外からも異様な風景として印象が強いのであろう。静岡、成田等、見た場所を覚えているもの、曖昧とするものもあった。
Q5については「はい」が意外に多かった(全体の約3分の1)。Q6の記述は2種に分けられる。第1のタイプが花の周期に関するもので、「100年周期で咲く」、「数10年に一度」、「めったに咲かない」等々である。なお「(戦禍を免れた)庭のマダケに白い花が咲くと母親から聞いていたが、自分はまだ観たことがない」と答えた83歳の仲間、タケの花の長い周期を知る実例の一つとなる。
Q6の第2のタイプは、開花と枯れ死を関連づけた話である。「昔からよく聞いています。100年に一回、花が咲くとその竹藪は全体が枯れるというように」、「花が咲くと枯れ、数十年に一度ぐらい起こると聞いています」、「咲くことは咲くが、極めてまれである。花が咲いたタケ・ササは枯れてしまう」等である。
花が咲くと枯れるとする説(噂、伝承、風説)は少なくないが、こう答えた人のうち「タケの花と枯れ死を見た」は、今回の調査では一人だけであり、それも同じ竹林ではない。「花が咲くと枯れる」とする説の根拠は、依然として不明のままである。
またアンケート調査の波及効果も想定以上に大きく、「人生100歳時代」を唱えるテニス仲間の最長老(85歳)は、そのモットーに「<竹の花を観た>と加えたい」として、アンケートを見た翌日に即断即決、夫妻で三溪園へ行き、ギリギリの時期にタケの花に会えたと感激の報告をくれた。
さらに坂さんがフェイスブックを使ってアンケートを10日に開始、対象は彼の授業を受けている学生で、20名の回答があった。回答の分布等は上掲のものと似ているが、Q6の内容に物語性(劇画性)が強い印象を抱く。
Q1については「はい」が4名だが、ネットのニュースの写真で見たがふくまれ、実物を見たのは2名。Q3については「はい」と「いいえ」が半々で、「子どものころ通学路にあった竹やぶで」、「明確な記憶はないが、見たことがあるような気が…」とある。
Q5についても「はい」と「いいえ」が半々で、Q6では「120年ぶりに咲いた笹の花のニュース。余りにも珍しいためか、大地震の予兆というはなしもあるらしい」、「なかなか咲くことはなく、100年に一度と言った周期で咲く。ただし、当たり年はピッタリ1年ではなくブレがあることも分かっている」と自信たっぷりの回答もある。また「咲くのは珍しく、咲くときは一斉に咲き、その後すべて枯れる」や「咲いたら枯れる」ともある。
しかしタケの開花とその枯れ死を同じ竹林で見たとの回答はない。
これらのアンケートから得たものが一般的に妥当するかどうかは定かでないが、一つの試みとしては有益だったと思う。
昨年は、三溪園のタケの花がいつ終わったかの確認を迂闊にも行わなかったため、今年はしっかり見張ることとしている。羽田さんに頼むと同時に、彼に種々の連絡をくれる巡回警備の天野英士さんや清掃担当の鳥澤雅志さんにもお願いした。
開花は気づきやすく、日にちも特定しやすいが、花の終わりとなるとまた別である。タケ・ササの花は花弁がなく(露出せず)、小さい黄色の雄しべが3個、雌しべの周囲についていて、風にゆれるのを頼りに判別する。終わりに近づくと黄色の雄しべが退色するが、どの段階が花の終焉なのか判別するのは難しく、おおよその判断しかできない。
「本日7月9日、タケ・ササの花が少なくなり、花の所在を示す案内板を撤去しました。なお新しい開花も見られます」と羽田さんからメールが入った。撤去したのは丘の上のタイミンチクの案内板で、内苑入口のオロシマササの案内板は残してある。
7月12日、羽田さんと一緒に園内を見て回った。オロシマササには新しい花がいくつか見られた。広域に繁茂するタイミンチクは、これまで咲いていた場所とその周辺を重点的に観察、いくつかの新しい花を見つけた。さらに周辺部と外延部も見て回ったが、こちらには新たな開花は見られなかった。
15日、蓮の花を愛でる早朝観蓮会が始まって二日目、猛暑のなか坂さんと羽田さんが観察を行い、羽田さんが観察結果と見通しを送ってくれた。オロシマササもタイミンチクも12日の観察より花の数が増えているとあり、驚かされる。「…全体としては両種とも全面開花の盛期は終わり、栄養成長期(枝葉が伸長する時期)に入ったとことから一つの区切りをつけてもいい時期かと思いますが…、花の終焉という表現にふさわしい状態がいつ頃訪れるか予想は難しく、人間の都合通りにはいかない自然を観察し、伝えることの難しさを感じております」とあった。
「人間の都合通りにはいかない自然を観察し、伝えることの難しさ」に、私も強く共感する。とりあえず、以上をもって急ぎ中間報告としたい。
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