IUCの卒業発表会

 IUCはアメリカ・カナダ大学連合日本研究センター(Inter-University Center for Japanese Language Studies)の略称である。本ブログのリンクで読める『都留文科大学学長ブログ2011~2014』の111号「IUC創立50周年を祝す」(2013年12月16日)でその概略を「…伝統ある世界で唯一の上級日本語教育機関、約1800人もの卒業生を輩出している。アメリカ等の大学で日本語を勉強した学生から約40名が選抜され、毎年、10か月間(40週=10週×4学期)、計700時間におよぶ日本語の集中特訓を受ける。その最終日に集大成として行われるのが、例年6月初旬の卒業発表会である。…」と記した。

 日本にはない素晴らしい機関である。若く優秀な日本理解者が一人でも増えればと、私もIUCの東京から横浜桜木町への誘致(1987年)、そして桜木町から現在のパシフィコ横浜への移転(1991年)の手伝いをした。とくにケネス・バトラー所長(故人)とは公私にわたり親しかった。現所長のブルース・L・バートンさんには、26年前にもお会いしている。青木惣一副所長は日本語教授法の柱で働き盛りである。

 その後、本ブログでも「2つの研究発表を聴く」(2014年6月12日)と「学生たちの三溪園印象記」(2017年10月24日)を載せた。とくに後者は来日して間もない10月2日の来園であったため、学生たちに新鮮な印象を書いてもらい、8名の文章を転載した。

 そして2018年6月4日(月曜)から6日(水曜)までの3日間、63名の卒業発表会が開かれた。以前は40名程度だったと記憶していたので青木副所長に尋ねると、これほどの人数は開校以来初めてで、教室を増やす等々「嬉しい悲鳴」を上げているという。

 発表は一人の持ち時間が15分(2問ほどの質疑応答をふくむ)、朝10時から夕方まで、3日間にわたった。私は最終日の午後の部、下記10名の発表に間に合った。

 ウォルター・ヘア「人形浄瑠璃の根本テーマ-心中-」。エリック・エステバン「俊成卿女の和歌に見る本歌取りへの態度」。ミョウレイ・セツ「句題和歌における漢詩受容-慈円と定家―」。スージー・キム「姿を変える女-江戸木版画における変身の記号学」。(休憩)

 ジェイソン・アレクサンダー「江戸時代の<被虜人>と対朝鮮観-朝鮮人捕虜の位置づけ-」。ブラッドフォード・ナップ「戦時の資源不足と環境問題の関係」。イクネイ・チン「婦人服と戦争-女性誌の表紙に現れるファッションショー(1930‐1945)」。ステファニー・佐久間「日韓の歴史認識の乖離」。ビーチェン・ファン「儀式化された領土問題-<竹島の日>と日本人の政治意識-」

 ほぼ毎年、私は聴きに来ているが、いつもA5版のプログラムに発表の概要(約300字)が準備されている。今年は63名分の発表概要とバートン所長の「ご挨拶に代えて」で全28ページである。

 テーマは多岐にわたる。パワーポイントを使い、ジョークも忘れない。彼らの的確な日本語、豊かな感性。ついつい引き込まれる。

 このなかに、三渓園印象記を寄せてくれた3名がいた。エリック・エステバンさんは、印象記で「…臨春閣の中の蟻壁には驚くことに和歌が見えます。その発見は古典文学を勉強している私にこの別荘をより楽しませてくれました。…」と記しており、彼の発表「俊成卿女の和歌に見る本歌取りへの態度」と繋がっていることが分かる。

 ショウレイ・セツさんは、句題和歌(漢詩の一部を題とする和歌)をめぐる論考で、慈円と定家は、白居易<凶宅詩>の政教性の世界から離れて「自然に対する独自な和歌世界を築いた」と述べた。比較文学は多くの関連項目をたぐる必要があるが、印象記に「…園内ではさまざまな和風建築が各地から移築されています。伝統的な風景が凝縮されている素敵な日本庭園です。…」と記していたことと関連があるように思える。

 イクネイ・チンさんは、『主婦の友』等の婦人雑誌の表紙絵は和装の女性の顔で通すが、記述は洋装や戦時中の国民服モンペを推奨しているという点に注目する。印象記では「…ガイドの吉野さんの説明を通して、日本伝統建築の巧みさを知り、造園の構想、そして「庭屋一如」という概念を理解できるようになった。…三渓園は個人的な庭園なだけではなく、地域及び伝統文化を保存するなどの意義も感じられた。」と述べていた。

 三溪園訪問の経験が卒業発表にどう影響しているか俄かには判じ難いが、ほとんどが大学院生であり、以前からの研究テーマと関心を背景に三溪園を観たのではないか。日本語集中研修や三溪園訪問等は、忘れ得ぬ経験となるだろう。来年度の学生がどのように三溪園の印象を書いてくれるか楽しみである。

 すべての発表が時間通り進み、青木副所長が閉会の辞を述べる。「ご来賓のみなさまにおかれましては、学生たちの発表に耳を傾けてくださり、ありがとうございます。…(学生に対して)みなさんは今日で解放されます(一斉の笑い)。…これから日本語で研究や仕事を進めていくみなさんにとって、日本語は単なる<道具>以上のものとなります。そのことを自覚し、日本語を更に磨き続けてください」のエールに、どの学生も深く頷いた。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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