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大学のスポーツ

 5月26日(土曜)、古巣の横浜市立大学(市大)へ行く。キャンパスの北側一帯には横浜の地形の特徴である谷戸(やと)がそのまま残り、常緑広葉樹(照葉樹)の多い混合林に踏み入ると、夏でもひんやりとした爽やかな空気に包まれる。石段を9つ上ると「第2グランド 196段 5分」と手書きの小さな木製案内板。

 第2グランドにはテニスコートと多目的グランド(ホッケー、サッカー等)がある。この急坂の林をなんど往復したことか。思索のために、学生たちとのテニスのために、そして夕映えの富士山を見るために。

 関東学生テニス連盟は最強の1部から6部まで各6校が入り、それ以外の約60校が7部に属す。10年前(2008年)、5部にいた市大と6部で優勝した東大との入れ替え戦がここで行われ、雨のため2日にわたる熱戦の結果、市大が勝利(防衛)した。両校にはスポーツ推薦入試もなく、高校時代にテニスをした者も多くない。その二者の、今も心に残る大試合であった。

 階段を上り切って平らな道をすすみ、しばらく下って鉄製の急階段が第2グランドへとつづく地点で、木々の間から視界が開け、遠くに山並みが見える。その先は富士山だが、今日は見えない。下のテニスコートから、「おはようございま~す」と大声が響いた。手を振って答える。

 教職員テニス親睦会(以下、親睦会)と硬式庭球部員との、年に一度の親善交流試合の日である。階段を下り切ったところで、男子部主将(軒野秀則)と女子部主将(斉藤玲乃)が出迎えてくれた。部員は男子22名、女子10名、男子に1年生が多いとのこと。親睦会からは、仕事で出られない人もおり、男女合わせて9名が参加。

 椎の木の若葉がきらきら光り、薫風が吹き抜ける。曇りがちで少し蒸すが、絶好のテニス日和である。昨年の補修工事で、ハードコートからオムニコートとなり、足腰にかかる負担が減った。ありがたい。

 親睦会は創設が1980年頃なので、40年近く経っている。呼びかけの張本人が私で、初代の会長をつとめた。そのころ第2グランドのテニスコートが学生の部活専用として完成した。本キャンパスのコートは、私の記憶では今の図書館東側にあったクレーコート、ついで今のシーガルホール横の運動部部室あたりのコート、今の理科系研究棟あたりのコート(ここからオムニ)と移り、現在は谷戸の谷間にある弓道場の手前にある。

 現在の親睦会会長は随清遠さん(金融論)、学問に厳しく人に優しい。硬式庭球部の部長も兼ね、学生の信頼を集める。

 副会長の坂智広さん(農学)は左腕の剛速球。毎土曜の朝、季語や農暦を盛り込んだ、味わい深い名文の練習呼びかけメールをくれる。

 親睦会は会員の高齢化が進んで、20代から40代にかけての教職員がほとんどいない。子どもの頃の運動量(時間)が急減し、交通機関への依存度が高まった時代に育ち、運動習慣を持たない人が増えたのであろうか。

 「大学のスポーツ」と言えば、ふつうは学生スポーツを意味する。どの大学にも部活としてのスポーツがあり、スポーツ同好会も盛んである。部活は競技種目ごとに地域単位や全日本規模のリーグ戦、大学間の定期戦を行っている。

 学生生活におけるスポーツの役割を私は高く評価し、長く応援してきた。文章で表現したものは少ないが、ブログという新しい媒体が生まれてからは、『都留文科大学学長ブログ-2011~2014』(このブログのリンクにあり)等で折に触れて述べてきた。

 もともと「気晴らし」の意味であった英語のスポーツが、現在のようにラグビー、サッカー、野球、テニス等のゲームを意味する「近代スポーツ」として誕生したのは19世紀中頃である。近代スポーツの誕生は、都市化の進行と肉体労働の減少という近代史の特性と密接に関係している(拙著『イギリスとアジア-近代史の原画』岩波新書、1980年、第3章)。とくに高校・大学の若者たちが新生スポーツを先導してきた意義は大きい。

 そこに最近、忌わしい事件が起きた。関西学院大学(関学)と日本大学(日大)とのアメフトの定期戦(5月6日)で、日大の選手がボールを持たない関学の選手(QB)を後方からタックルして怪我を負わせた。

 それから2週間余の5月22日、危険(反則)タックルをした日大の選手が勇気ある謝罪会見をした。翌23日晩、雲隠れしていた日大の内田(元)監督と井上(元)コーチが記者会見を行ったが、反則タックルの指示はしていない等、選手と正反対の発言に批判が集中した。

 球技のなかでタックル等の接触プレーが多いのがアメフトで、次がラグビー。スポーツマンシップに基づくタックルは、かける方もかけられる方も爽快で、私もそれに魅せられてラグビーをした経験がある。だがタックルは取り返しのつかない怪我や死亡事故と紙一重であり、ルール厳守、フェアプレー精神(競技相手への敬意)の徹底が不可欠である。

 今回の事件は、スポーツ競技の例外的な不祥事にとどまらず、広く「大学のスポーツ」、「教育指導における主体性の尊重」等の問題を浮き彫りにし、日大執行部の体質等、根の深い課題をも露呈させた。

 この事件が念頭を去らぬまま、テニスコートまで来た。今回の交流試合は、1992年以来27回目であろうか。学生たちがプログラムを組み、審判やボーラーもつとめる。賑やかに声援が飛び交うなか、教職員と学生がペアを組み、4ゲームオール(第5ゲームあり)の試合を5セットこなした。

 歴代の庭球部部長が勢ぞろいしたのも嬉しい。年齢順に柴田梧一さん(経営学)、岡眞人さん(社会学)、随清遠さん(前掲)。柴田さんは今春に叙勲を受けた年齢だが、まだまだテニスは現役である。「若い」団塊世代の岡さんは、着実にテニスの腕を上げている。

 溌剌とプレーに打ち込む学生たちにつられ、私はいささか張り切りすぎた。学生が異世代と交流試合をする、これもまた「大学のスポーツ」の一つの姿であろう。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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