三溪の書

 いま三溪記念館(三溪園内)で開催中の所蔵品展は、第1展示室が「新涼」と題した三溪等の季節の日本画、第2展示室は臨春閣の障壁画「瀟湘八景」(中国湖南省の風光明媚の地)、第3展示室はミニ企画展「三溪、こころの書」である(第3展示室だけ2017年9月28日まで)。担当は清水緑学芸員。
 展示室の奥行が浅い場所に、立体物をいかに効果的に配置するか、また日本画などは油絵と異なり脆弱なため、保存のために展示のあと一年くらいは休ませる必要がある。こうした種々の制約のなかで、清水さんは知恵を絞り工夫をこらして公開をつづけてきた。

 これまで絵画や資料類では「三溪の家族」、「歌」、「画家の手紙」、「三溪画集への礼状」、「屏風」、「巻子」等、多様なテーマで展示、「書」を中心とした「ことば」の展示も行ってきが、今回の三溪の「書」は、旧来のものとは異なる。
 三溪は多くの人に自筆の毛筆の書を贈った。求められて揮毫したもの、何かの餞に贈ったものもある。近年、当時の実業家や原合名会社の社員の子孫の方々から、こうした書を寄贈いただくことがある。

 企画の狙いを「それぞれ、三溪が選んだ、その人にふさわしい言葉が書かれています。その他にも、三溪がしたためた言葉は、その奥深くに込められた、三溪自身のこころの内が反映されているようです。ここでは、そのような三溪の書を紹介します。その心の動きとあわせてご覧ください。」と記す。
 先日、担当の清水さんに案内してもらった。展示の書は計9点(番号は私が付した)、書の解説とそれに付した漢字2字のキーワード(ロゴ)を以下に抜粋する(丁寧語を普通語に変える等、一部改変)。そこに担当者の意図が見える。

1 清虚(せいきょ) 解説に付したロゴは無私
清虚は清らかで我欲がないこと。釈迦の教えにも無私の教えがあり、高潔な君子にあてはまる。三溪は多くの富と広大な庭園、優れた美術品を所有していたが、自然や造られた美は公共性を持つものであるという考えを持ち、「我欲」のない人物であったといえる。

2 若愚(ぐのごとし) ロゴは謙虚
「大智若愚」(大智は愚のごとし)とは、禅語で本当の知恵者はかしこぶらないという意味。博学で人格者の君子に重なる。三溪は、年下の人や従業員に対しても敬称をつけて名前を呼ぶなど、常に謙虚であり、教えを乞うという姿勢を忘れない人物だった。

3 順徳者昌(とくにしたがうものはさかえる) ロゴは道徳
『漢書』の言葉、これに続く言葉は「逆徳者亡」。道徳に従って行動する人は栄え、背く人は滅びるの意味。これも、三溪が人間として大切な言葉を選んだと思われる。今の世の中、特に身に沁みる言葉ではないか。

4 唯有義耳(ただぎあるのみ) ロゴは公共
「義」とは利害を捨てて条理に従い、人道・公共のために尽くすこと。関東大震災以後、荒廃した横浜の復興や恐慌による蚕糸業界への支援などに力を入れた三溪の、当時の社会貢献に対する決意・信念が表れている。神奈川県匡済会(きょうさいかい、1918=大正7年創設の社会福祉施設)に掲げてあった。

5 信愛能和衆(しんあいよくしゅうをわす) ロゴは調和
「信愛」とは信用してかわいがることを意味し、その心があれば人はみな調和することができる、という言葉。三溪が原合名会社で多くの事業を展開できたのも、自らがこの信念をもってことにあたったためであろう。別府敏氏寄贈

6 灑以甘露(かんろをもってそそぐ) ロゴは救済
妙法蓮華経授記品第六にある言葉に由来する。美味しい飲み物を与えるということは、法華経の教えを施すという意味。これは三溪が尽力した神奈川県匡済会に掲げてあったもの。三溪はこの言葉を宗教的な意味ではなく、「社会救済を実践する」という意味で書いたと考えられる。

7 観瀾書屋(かんらんしょおく) ロゴは知識
書斎の中から波を眺める。書斎にある膨大な書物を通じて知識を蓄え、広い世界を知る、或いは漣のような小さな一歩も書斎からということか。三溪と共に横浜復興会工業部副委員長を務めた実業家・石塚氏に贈ったもの。石塚氏の人物像を表したのであろう。 石塚壽彦氏寄贈

8 太虚(たいきょ) ロゴは根源
中国の「気」の哲学が言う、気によって万物が生成消滅する宇宙のことを指す。天空や虚空とも。三溪園の「自然」は万物共有のもの、という三溪の考え方の根源は、この「太虚」にあるのかもしれない。

9 白雲心(はくうんしん) ロゴは自由
三溪が好んだ「白雲」という言葉。禅語では、何ものにもとらわれない自由闊達な境地、無心で物事にこだわらない清々しさがあるという意味を持つ。人格高潔な君子や高士に通じ、三溪の目指す境地を表している。

 以上9点のうち、4と6は同じ神奈川県匡済会の大広間に掲げられていたもので、額は横330㎝、縦135㎝ときわめて大きいが、他は通常の和額や掛軸のサイズ。すべて右から左への横書きである。書いた年を記したものは少数。
 なお中央のガラスケースにあるのは松風閣蔵品展観図録(しょうふうかくぞうひんてんかんずろく)。園内の松風閣の倉に所蔵品の一部を収めていたが、これは後に売立を行おうとしたときの目録で、現在でも名品とうたわれる多くの美術品が記されている。開かれた頁は、弘法大師(空海)自筆の《金剛般若経開題残巻》(現福岡市美術館所蔵・重要文化財)。三溪が倣ったといわれる空海の書風は、この軸から学んだのかもしれないと解説にある。

 この企画を担当した清水さんは、10月末で退職される。15年の在勤中に多くの企画をこなし、最後を三溪の書で締め括ったのは、そこに三溪の想いが詰まっていると考えたためとのこと。2字でまとめた9個のロゴに、三溪の生き方が浮かびあがる。
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プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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