ありがたき耳学問
最近、いくつかの講演会やシンポジウムを聴きにいく機会があり、大いに耳を肥やしている。ありがたき「耳学問」(みみがくもん)である。「耳学問」とは、いささか否定的なひびきを持ち、「他人の話を聞いて得た知識」とされる。「生学問」(なまがくもん、なまかじりで未熟な学問)、「聞きかじり」、「一知半解」等に通じる。
ところが、乳幼児の発達から分かる通り、「耳学問」は重要な位置を占める。齢を重ねるにつれ、その価値を自覚することが多く、とくに専門外のことについては最良の学習法、知的刺激を感受する最適の方法ではないかと思う。
この間、恩恵を受けた耳学問の一つを紹介したい。2016年5月15日(日曜)開催の「安西祐一郎先生 文化功労者顕彰記念 ピアノコンサート+シンポジウム」(慶応大学日吉協生館 藤原洋記念ホール)である。主催は株式会社ブロードバンドタワー(藤原洋会長兼社長)、メール連絡を藤原さんから頂戴し、聴きにいった。
本ブログで「地球環境とサイエンス」について書いた(2014年10月1日掲載)が、その延長である。そこでは「エネルギー技術とインターネットの融合を推進する方策等をテーマに議論が展開する一方、もう1つの論点としてサイエンスの果たすべき「真理の探究と地球の持続可能性への責任」をめぐる議論が交わされた。コンピュータは大量情報の処理能力で効率性、快適生活の向上等に貢献してきたが、一方でコンピュータが制御不能の領域に至る危機(核の危機に次ぐ)が迫っており、…その時期を今年とする人と2030年頃とする人の違いはあるが、課題の重大性と迫力の討論に強い感銘を受けた」と述べた。
今回の講演会は、論点がすこし広い。3つの講演後のパネルディスカッションのテーマ「科学技術は自然と人間社会にどう向き合うか?」に示されている。
2時開会、藤原さんが開会挨拶と安西さんの業績紹介、ついで山岸ルツ子さんのピアノ演奏があり、休憩後に2つの基調講演(各45分)があった。天野浩(名古屋大学)「安西祐一郎先生文化功労者顕彰を記念して~先生への御礼を兼ねて」と梶田隆章(東京大学)「ニュートリノと重力波-神岡での30年の研究と今後」である。言わずと知れたノーベル物理学賞受賞者がダブルで講演という豪華な企画、それも学会発表とは違い、研究分野の異なる聞き手への語りかけである。
「学生は自由に研究を進めると強い責任感を持つ」、「最先端科学の分野では教師も学生も同一地平にいる」等々、自らの研究過程を率直に語った。不足する研究費を補うため実験装置を自ら開発・製作し、汗と泥にまみれて大学院生等と協働で進めた研究の歩みがストレートに伝わってくる。同時に、これからの展望と抱負を述べられたのが強く印象に残った。
最後が主賓である安西祐一郎さん(独立行政法人日本学術振興会理事長、前慶應義塾大学塾長)による記念講演「認知科学研究40年-その先に見えるもの-」である。ヒトの心と脳の働き(の発達や変化)を情報処理システムとして理解し、それを構造の自律的変化として把握する「認知科学」の歩みと、それへの(パイオニアとしての)格闘の過程を語られた。文系の心理学・哲学と理系の情報科学とを架橋した「文理融合」を、身をもって示す好例である。
自らの研究史を述べるなかで、専門分化(特定分野を深く掘ること)が主流となった昨今の学界や教育界に向けて、人間・自然・科学という「宇宙」を理解するにはどうしたら良いか、この根本的な問題を提起された。
安西さんがそれぞれ重要な役割を演じている3つの分野について次のように語る。(1)政府の科学技術基本計画の基本はオープンイノベーションを許容すること、(2)学術研究(と科学研究費配分を行う日本学術振興会の理事長として)は「個人の自由な発想に基づく」こと、(3)教育については受け身(の詰め込み教育)から能動的能力を身に着けるものへ変えること(そのための高大接続と大学入試制度の改革)。これら3者を統合するのが氏の認知科学であろう。
最後のパネルディスカッションのテーマは「科学技術は、自然と人間社会にどう向き合うか?」である。大物の科学技術研究者たちが、この大問題に正面から向き合う議論は、おそらく日本初ではないか。
その議論を整理・先導するのがモデレーターの藤原洋さん、京都大学理学部卒業後、日本IBM、日立エンジニアリング等で研究を進め、東京大学工学博士(電子情報工学)を取得したのち、1996年、実業界入りしインターネット総合研究所を、2013年に㈱ブロードバンドタワーを、また最近ANPACA(アンパカ)TV(科学技術等の普及動画)を設立した。
上掲3氏のほかに、村井純さん(慶応義塾大学、日本人で初めてIEEE Internet Award賞を受賞、2013年に「インターネット殿堂」入り)がパネリストに加わり、日本初のネットワーク間接続JUNETを設立、初期インターネットを日本語等の多言語対応に導いた経験を語った。
インターネットとは、国境や民族を越えて、世界を横につなぐ道具である。モノをインターネットで結ぶIoTが製造工程に入り込み、人工知能(AI)が労働の質を変え、一歩誤れば核兵器のボタンを押しかねない。
1時間ほどの議論で、科学技術、自然、人間社会の関係について即答が得られるわけではないが、今後の研究と社会的議論のなかで、異なる分野の第一人者の発言が刺激になり、生かされていくことを願う。
ありがたき耳学問で栄養を貰った私であるが、次の研究にどう生かせるか、まだ見通せない。しかし歴史学が「古今東西 森羅万象」を対象にするものである以上、絶えず関心を払い、耳を研ぎ澄ませていたい。
ところが、乳幼児の発達から分かる通り、「耳学問」は重要な位置を占める。齢を重ねるにつれ、その価値を自覚することが多く、とくに専門外のことについては最良の学習法、知的刺激を感受する最適の方法ではないかと思う。
この間、恩恵を受けた耳学問の一つを紹介したい。2016年5月15日(日曜)開催の「安西祐一郎先生 文化功労者顕彰記念 ピアノコンサート+シンポジウム」(慶応大学日吉協生館 藤原洋記念ホール)である。主催は株式会社ブロードバンドタワー(藤原洋会長兼社長)、メール連絡を藤原さんから頂戴し、聴きにいった。
本ブログで「地球環境とサイエンス」について書いた(2014年10月1日掲載)が、その延長である。そこでは「エネルギー技術とインターネットの融合を推進する方策等をテーマに議論が展開する一方、もう1つの論点としてサイエンスの果たすべき「真理の探究と地球の持続可能性への責任」をめぐる議論が交わされた。コンピュータは大量情報の処理能力で効率性、快適生活の向上等に貢献してきたが、一方でコンピュータが制御不能の領域に至る危機(核の危機に次ぐ)が迫っており、…その時期を今年とする人と2030年頃とする人の違いはあるが、課題の重大性と迫力の討論に強い感銘を受けた」と述べた。
今回の講演会は、論点がすこし広い。3つの講演後のパネルディスカッションのテーマ「科学技術は自然と人間社会にどう向き合うか?」に示されている。
2時開会、藤原さんが開会挨拶と安西さんの業績紹介、ついで山岸ルツ子さんのピアノ演奏があり、休憩後に2つの基調講演(各45分)があった。天野浩(名古屋大学)「安西祐一郎先生文化功労者顕彰を記念して~先生への御礼を兼ねて」と梶田隆章(東京大学)「ニュートリノと重力波-神岡での30年の研究と今後」である。言わずと知れたノーベル物理学賞受賞者がダブルで講演という豪華な企画、それも学会発表とは違い、研究分野の異なる聞き手への語りかけである。
「学生は自由に研究を進めると強い責任感を持つ」、「最先端科学の分野では教師も学生も同一地平にいる」等々、自らの研究過程を率直に語った。不足する研究費を補うため実験装置を自ら開発・製作し、汗と泥にまみれて大学院生等と協働で進めた研究の歩みがストレートに伝わってくる。同時に、これからの展望と抱負を述べられたのが強く印象に残った。
最後が主賓である安西祐一郎さん(独立行政法人日本学術振興会理事長、前慶應義塾大学塾長)による記念講演「認知科学研究40年-その先に見えるもの-」である。ヒトの心と脳の働き(の発達や変化)を情報処理システムとして理解し、それを構造の自律的変化として把握する「認知科学」の歩みと、それへの(パイオニアとしての)格闘の過程を語られた。文系の心理学・哲学と理系の情報科学とを架橋した「文理融合」を、身をもって示す好例である。
自らの研究史を述べるなかで、専門分化(特定分野を深く掘ること)が主流となった昨今の学界や教育界に向けて、人間・自然・科学という「宇宙」を理解するにはどうしたら良いか、この根本的な問題を提起された。
安西さんがそれぞれ重要な役割を演じている3つの分野について次のように語る。(1)政府の科学技術基本計画の基本はオープンイノベーションを許容すること、(2)学術研究(と科学研究費配分を行う日本学術振興会の理事長として)は「個人の自由な発想に基づく」こと、(3)教育については受け身(の詰め込み教育)から能動的能力を身に着けるものへ変えること(そのための高大接続と大学入試制度の改革)。これら3者を統合するのが氏の認知科学であろう。
最後のパネルディスカッションのテーマは「科学技術は、自然と人間社会にどう向き合うか?」である。大物の科学技術研究者たちが、この大問題に正面から向き合う議論は、おそらく日本初ではないか。
その議論を整理・先導するのがモデレーターの藤原洋さん、京都大学理学部卒業後、日本IBM、日立エンジニアリング等で研究を進め、東京大学工学博士(電子情報工学)を取得したのち、1996年、実業界入りしインターネット総合研究所を、2013年に㈱ブロードバンドタワーを、また最近ANPACA(アンパカ)TV(科学技術等の普及動画)を設立した。
上掲3氏のほかに、村井純さん(慶応義塾大学、日本人で初めてIEEE Internet Award賞を受賞、2013年に「インターネット殿堂」入り)がパネリストに加わり、日本初のネットワーク間接続JUNETを設立、初期インターネットを日本語等の多言語対応に導いた経験を語った。
インターネットとは、国境や民族を越えて、世界を横につなぐ道具である。モノをインターネットで結ぶIoTが製造工程に入り込み、人工知能(AI)が労働の質を変え、一歩誤れば核兵器のボタンを押しかねない。
1時間ほどの議論で、科学技術、自然、人間社会の関係について即答が得られるわけではないが、今後の研究と社会的議論のなかで、異なる分野の第一人者の発言が刺激になり、生かされていくことを願う。
ありがたき耳学問で栄養を貰った私であるが、次の研究にどう生かせるか、まだ見通せない。しかし歴史学が「古今東西 森羅万象」を対象にするものである以上、絶えず関心を払い、耳を研ぎ澄ませていたい。
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