風薫る五月

 テニスコートのベンチサイドで何気ない会話を交わす。天気晴朗、やさしい風。
 どちらかというと無口なSさんが、誰に言うでもなく、「風かおる五月ですね~」と感慨深げにつぶやく。好天への感謝はテニス好きに共通するから、みながうなずく。
 間をおいて、「<風薫る>を感じるのは、五感のうちどれかなあ~」と私が言う。「かおるを感じるのは嗅覚でしょう…それに味覚も…」と元シェフのAさんが応じる。
 ややあって、「いや、枝を揺らして吹き抜ける風だから、視覚では…」と受ける医師のKさん。遅れて「触覚、それも肌で感じる皮膚感覚」と学者のFさん。これに「聴覚でもあり…」と、ジャーナリストのGさんが加わる。
 コートへの出番が来て、話はそれきりになった。嗅覚、味覚、視覚、触覚、聴覚、感じ方は人それぞれ。
 「風薫る」。広辞苑には、「初夏の涼しい風がゆるやかにふくのにいう」とある。類語の「薫風」を引くと、①南風、温和な風、かんばしい風、南薫。②青葉の香りを吹きおくる初夏の風、である。「温和な風」は触覚(皮膚感覚)、「かんばしい風」は味覚・嗅覚であろう。
 翌週、2年ぶりに昔の勤務地・横浜市立大学の教職員テニス親睦会と硬式庭球部学生との親善交流試合に出かけた。大学構内の裏山を30メートルほど登り、緑に囲まれたコートに着く。最近には珍しいハードコートである。
 今は若葉のグラデーション。スダシイの鮮やかな黄色が際立つ。葉擦れのコーラスに学生たちの歓声が和する。都心とは天空のスケールが違う。近くの浜で餌をあさるトビが空を舞い、コート上に影を落とすのに驚かされる。
 若い人のボールは勢いが良い。それでも何とかボールを追う。ラケットの手応えもよし。
 3時間を過ぎた頃か、突然、足に痛みが走った。ハードコートと練習用の硬いノンプレッシャーボールが伏兵だったとは。無念の棄権と相成った。
 ベンチで風に包まれる。胸いっぱいに吸い込む。思いがけず与えられた豊かなひととき。五感を全開にして「風薫る」を堪能した。
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三溪園とは

 このブログで幾度か触れた国指定名勝の日本庭園・三渓園は、横浜市中区本牧三之谷に東京湾に面してあり、1906年開園、今年で108歳を数える。
 創設者の原富太郎(1868~1939年)は、開港横浜の代表的職種である生糸売込商を継いで1899年に原合名会社を創設した実業家であり、同時に茶人、画家、日本画家のパトロンであり、また造園家でもあった。三渓(さんけい)は彼の号で、三渓園の名はここに由来する。
 17ヘクタールの広大な土地に、明治政府の神仏分離政策(廃仏毀釈)で朽ち果てつつあった京都や鎌倉等の古建築を移築・保存し、自らの造園思想で巧みに配置した。義祖父の原善三郎(1827~1899年)や5歳年長の岡倉天心(1862~1913年)の影響も大きい。いま重要文化財10棟ほか多数の古建造物が、四季折々の植栽と見事に調和して来園者を癒す。
 7年前の2007年、国指定名勝となった。国指定名勝とは、国(文部科学大臣)が文化財保護法第7条に基づいて指定した名勝を指し、2014年3月現在、全国に378件(人文的名勝(日本庭園等)230件、自然的名勝148件)ある。うち京都府が57件と圧倒的に多く、神奈川県に5件、東京都に11件、ちなみに埼玉県は長瀞の1件、千葉県は高梨氏庭園(野田市)1件である。都市部には人文的名勝が圧倒的に多い(指定順)。
 神奈川県 円覚寺庭園(鎌倉市)、建長寺庭園(鎌倉市)、三溪園(横浜市中区)、瑞泉寺庭園(鎌倉市)、山手公園(横浜市中区)
 東京都 小石川後楽園(文京区)、旧浜離宮庭園(中央区)、六義園(文京区)、旧朝倉文夫氏庭園(台東区)- 朝倉彫塑館、旧芝離宮庭園(港区)、旧古河氏庭園(北区)、小石川植物園(御薬園跡および養生所跡)(文京区)、小金井(サクラ)(小金井市・小平市・武蔵野市・西東京市)- 玉川上水、向島百花園(墨田区)、伝法院庭園(台東区)、殿ヶ谷戸庭園(随冝園)(国分寺市)。
 周知の通り都市の誕生は関西地方が先行し(奈良・京都等)、関東地方ではまず鎌倉に幕府が置かれて800余年、江戸(東京)は開府から400余年が経つ。いずれも新政権が建都した「政治都市」であり、そこに文化・宗教・経済・人口等の高い集積がなされた。神奈川県は3件すべてが鎌倉にあり、東京都には近世の大名庭園に起源するものが多いのは、このためである。
 一方、いま最大政令市、人口370万超の横浜は、とても若い都市である。小さな横浜村が横浜市へと急成長する契機、つまり都市横浜の起源が約150年前、1859年の横浜開港にある。
 三渓園は、独特の造園思想を持つ、ひとりの私人が若い都市横浜に作った、歴史と伝統の象徴たる古建造物を擁する、比類なき日本庭園である。

月一古典  つきいち こてん

 本ブログ冒頭の画面に「月一古典(つきいちこてん)」とあるが、これはどなたの言葉か、と問い合わせをいただいた。この十数年、折々に学生諸君にプレゼントしてきた三訓の1つで、第1が「足腰使え」、第2が「月一古典」、第3が「世界を見据え 持ち場で動かむ」である。
 もともとは自戒の、私自身が日々実践すべき教訓として作った。
 第1の「足腰使え」は最重要の基本であり、人類の誕生は直立二足歩行に始まる。これにより重い脳と発達した顎を持ち、両手を解放し、飛躍的に高度な能力を獲得した。
 この人類独特の身体構造を維持するには、十分にアシコシを使わなければならない。しっかりしたアシコシの上に気力、その上に知力があるピラミッド構造を心中に描いている。意識して実践したい。
 第2が「月一古典」である。せめて月に一度は古典に触れたい。古典とは長い歳月を経て現在に生き、深く心を動かすものと定義すれば、「自分の古典」は芸術や文学等にとどまらない。山、川等の自然も古典である。
 私の散歩道に、樹齢800年という楠(くすのき)の巨木がある。幹に太い注連縄(しめなわ)を結び、泰然と在る。私の古典の1つである。
 第3の「世界を見すえ 持場で動かむ」とは、広い視野で自分の役割を考え、最善を尽くすぞ、という心構えである。
小さな一人の最善が、かけがえのない最善として世界とつながる。恐れず、あきらめず未来を拓けと、学生諸君に伝えてきた。
 私も過去に学び、未来に思いを馳せ、大局を見失わずに歩んでいきたい。
 三訓のうち第1は、今のところなんとか実践できていると思う。第3は歴史家として不可欠の要素であるが、取り組みたい具体的な歴史事象はすこしずつ変わりつつある。
 ここで敢えて第2を選んだのは、多忙に紛れ、古典が疎かになる自省からである。「自分の古典」に出会う感性と、ゆったり味わう時間を大切にしたい。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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