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人類最強の敵=新型コロナウィルス(15)

 前回(200720掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(14)」)では未確認だった菅官房長官の7月19日フジテレビでの発言が、20日の日経新聞に掲載された。

 その要点は、(1)ホストクラブなど接待を伴う飲食店へ風営法に基づく立ち入り検査を進める、(2)検査と併せて感染防止策を確認する取り組みを念頭に「警察が足を踏み入れる形で厳しくやっていく」、(3)知事たちから法整備を求める意見があり、現行の<新型インフルエンザ等対策特別措置法(2012年)>の改正を視野に入れ、その時には休業要請に応じた事業者への補償が「最終的には必要」、の3点である。なお(3)は「事態が安定したとき」として将来的課題とした。

 上掲の(3)の特措法改正の先送りをはじめ、政府の指導力の欠如が気になる。18日の北海道新聞(電子版)は、「国会閉会1カ月 感染再燃、GoTo方針転換…課題次々、首相語らず 記者会見なし、委員会出席せず…」として次のように報じた。

 安倍晋三首相が通常国会閉会翌日の6月18日を最後に1カ月間、記者会見せず、国会の閉会中審査にも出席していない。この間、首都圏を中心とした新型コロナウイルスの感染再拡大や政府の観光支援事業「Go To トラベル」の方針転換など大きな課題が浮上、説明責任を果たさない逃げの姿勢が浮き彫りになっている。…さらに首相は周辺に「秋の臨時国会は開きたくない」と漏らす。コロナ対策などを巡って求心力のさらなる低下がささやかれる中、できる限り説明の機会を少なくすることで野党などの追及を避けたい思惑が透ける。

 こうしたなか、ネットに各種の情報が飛び交う。なかには参考になるものもある。その一例が鳥内浩一【コロナ「大分岐」】である。その7月20日版に、要約すれば次のようにある。

 コロナの終息は、出口が「見えない」どころか「存在しない」恐れすらあり、「感染者が再び増加しないよう万全を期す」ことなどできない。感染者は増えて当たり前であり、それでもリスクは制御可能で医療崩壊は起きない、という発想に切り替えることが必要である。…
 「感染者は増えて当たり前」というのは、新型であるがゆえに誰も免疫を持たずワクチンも存在しない状況においては、人口の一定数が感染して集団免疫を持つことではじめて事態が収束する、ということからも理解しやすい。…
ワクチンの是非、ウイルスの変異性、集団免疫自体が成り立つか否かという
 議論もあるが、少なくとも現状分かっている限りにおいては、インフルエンザや風邪と同じく、コロナウイルスとは常に付き合い続けていくものという前提に立ち、ア)高齢者や慢性疾患のある「高リスク者」の方をどれだけ感染から守るか(それ以外の致命率や重症化率は極めて低い)、イ)感染速度をどの程度に抑えるか、ウ)感染者を守るための医療資源をどう確保するか、の3つを焦点にする必要があり、そのためのデータは公開情報になっている。①抗体保有者数、②感染者の年齢層・基礎疾患の有無、③現在患者数/重症者数/対策病床数、④感染者1人からの二次感染者数(基本再生産数)など。

 いつ感染するか感染させるか分からない、これを前提とし、万一感染した時にどう対処するか。無症状や軽症で終われば、一定期間の隔離により他者への感染を防止できる。問題は病院(とくに重症者のための集中治療室と医師スタッフならびに医療機器)と隔離施設(ホテル等)をいかに安定的に確保し、急拡大する感染者に提供できるかに係っている。

【7月豪雨とDMAT、DPAT】
 九州を中心とする7月豪雨の被害状況について、厚生労働省は20日、正午時点の情報をまとめた第35報を公表した。これによると、災害派遣医療チーム(DMAT)は55隊活動しているが、このうち42隊が九州で活動。活動範囲は13都府県にまたがり、最多は熊本の38隊である。また災害派遣精神医療チーム(DPAT)は熊本で2隊、東京で1隊の計3隊が活動している。

【脆弱な医療体制】
 医療体制について22日の日経新聞は「軽症者施設 23都府県不足」を掲載した。副題が示す通り、軽症者等を収容する宿泊療養施設と、国(厚労省)が<第2波>で見込む軽症・無症状者の推計値を比較すると「第2波推計、東京は逼迫」、「重症者向け」に関しては26道府県が未達である、と。

 ICU等の重症者向け病床は、厚労省の標準的推計によれば、第2波の重症者は全国で約3500人が見込まれるのに対し、現状で確保見込みの重症者向け病床は約3800床。地域別では静岡県が必要数の3分の1にとどまり、埼玉県・広島県・兵庫県等も確保数が推計重症者数の半分以下、その他26道府県も達成できていない。

 日本のPCR等の検査能力は米英の約1割に過ぎない。さらに検査実務の効率の悪さがある。医師、保健所を結ぶ感染者情報のオンライン化も進んでおらず、検査から結果を知るまで3日もかかっている。

【感染の全国的拡がり】
 新宿区の劇場で30人の新型コロナ集団感染が発生した問題で、その後も感染が拡がり、21日時点で観客や出演者ら集団感染した人は、少なくとも11都府県の115人に上ることがわかった(22日の読売新聞)。

 東京都の感染者は20日(月曜)168人、21日(火曜)237人、22日(水曜)238人であったが、全国レベルでは増加して791人と最多を記録、大阪府でも121人と最多となった(これまでは4月9日の92人)。

 この状況を受け、政府の分科会は「8月1日以降は10000人規模に緩和するとした方針を改め、現状の5000人規模を8月末まで延期する」と決めた。

 4連休の初日の23日(木曜)、東京都の感染者は一挙に366人に跳ね上がった。重症者は16人(数日前は5人)。全国レベルでは感染者が920人(前日は795人)と増加、大阪府の感染者も104人に増加えた。

 前回のブログ(2020年7月20日掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(14)」)では次のように述べた。「6月25日(木曜)から約50人の1週間がつづき、7月2日(木曜)から約100人の1週間となり、さらに7月9日(木曜)から約200人の1週間と急ピッチで週単位の倍々増である。危惧された約200人が1週間つづき、その次の倍数の400人台が(23日頃に)到来するなら、感染第2波と言わざるを得なくなる」。

 23日(木曜)に368人と急増したのは、倍倍々と幾何級数的に増える400人台の幕開けなのか、それとも約200人の枠内の偶然の増加に過ぎないのか。どうやら前者のように見えて不安がよぎる。

 24日(金曜)、東京都の感染者は260人、その減少に安堵する。しかし大阪の感染者は149人と過去最多、また全国の重症者は9人増の68人である。

 感染が全国の大都市(愛知県63人、福岡県52人、埼玉県45人等)を中心に拡大していることは確かであるが、それ以上の合理的な説明は難しく、いわんや、このデータから今後を見通し、対策を立てるのはいっそう難しい。

【第2波対策と経済の両立】
 4連休初日の23日(海の日)は、折からの雨のせいか東京の人出は少なく、24日(スポーツの日)も午後から雨の予報。小池都知事が懸命に訴える「不要不急の外出は控えてください」に応えた側面も無視できないであろう。

 外電によれば、世界も同じような課題に直面している。日経新聞の25日(土曜)朝刊に「第2波対策と経済両立」の記事がある。小見出しは「独英、<小規模封鎖>機動的に 検査態勢の充実前提」。全国一律の対応ではなく、自治体に権限を与え、外出制限や施設閉鎖・イベント中止等の判断と執行を委ねようとしている。

【テレビ番組から学ぶ】
 この間、以下のテレビ録画を観る機会があった。学ぶことが多い。(1)「新型コロナウィルス 世界は科学で闘った」(NHK BS1スペシャル、6月29日)。(2)「ウィルスvs人類4 新型コロナ 免疫の謎に迫る」(NHK BS1スペシャル、7月18日)。(3)中国 武漢 ICU医師の闘い」(NHK BS1スペシャル)。(4)「ニューヨークの悲劇~”感染爆発“と闘った人々~」(NHK BS1スペシャル、7月19日)。(5)「新型コロナ挑み続ける研究者たち~東大 河岡ラボ100日の記録」(NHK BS1スペシャル、7月23日)。(6)「激動の世界をゆく 巨龍・中国が変えゆく世界 ポストコロナを迎える市民は」(NHK BS1スペシャル 7月23日)。(7)「コロナ危機を飛躍に変えるレジェンド経営者(日本電産会長・永守重信)の挑戦」(テレビ東京、7月23日)。(8)「“コロナ倒産を防げ”~下町信用金庫の二ヵ月~」(NHK BS1スペシャル、7月24日)。

【感染拡大の新たな傾向】
 東京都の感染者は23日(木曜)に368人と急増したが、翌24日(金曜)260人、25日(土曜)295人、26日(日曜)239人、27日(月曜)131人に減少、28日(火曜)266人、29日(水曜)250人。この1週間の1日あたり平均は258人で、ほぼ横ばいである。

 一方、愛知県で新たに109人が感染、初めて100人超となった。これに伴い、新型コロナウイルス感染者について「原則、医療機関に入院」の方針を転換し、軽症、無症状者の自宅療養を容認し、28日に再開した県の宿泊施設も活用するとした。

 ここで前稿(14)で述べた東京都の感染者数の平均値を週単位で整理したい。(1)6月25日(木曜)に始まる1週間は平均して1日に約57人である。

 それが(2)7月2日(木曜)に一挙に107人と3桁となったことで、驚きが拡がった。この1週間は平均して1日に約126人。

 これがまた(3)7月9日(木曜)に224人となり、この1週間は平均して1日に約190人。

 (4)7月16日(木曜)は一挙に286人に上り、この1週間は平均して1日に約243人。

 (5)7月23日(木曜)はさらに366人に跳ね上がり、幾何級数的な<爆発>を危惧したが、上掲の通り、その後はやや落ち着きを見せた。この1週間(~29日まで)を平均すると、1日に約258人。

 6月末からの5週間、東京都の感染者数の推移を見たが、同じ手法で全国の状況をまとめておきたい(<特設サイト 新型コロナウィルス>の<日本国内の感染者数(NHKまとめ)>より)。上掲に合わせて(1)~(5)の5週に分け、( )内に東京の占める比率を入れると、以下の通りである。

 (1)134人(43%)、(2)217人(58%)、(3)374(59%)、(4)605人(40%)、(5)872人(30%)。

 全国の感染者数は、ほぼ週ごとに200人ずつ増加している。東京の感染者が占める割合は前半の3週間は高いが、最近の2週間は下落傾向にある。言い換えれば、感染は東京都より全国で増加している。

【テレビ番組から学ぶ(続)】
 この間、また録画を観る機会があり、新型コロナウィルスの及ぼす影響の大きさを知ることができた。上掲につづけて通番で一覧したい。(9)「新宿ダイアリー 母の店が危機に 娘が見たコロナの日々」(NHK総合(再)、7月25日)。(10)「コロナに揺れる多国籍タウン~東京、新大久保~ 住民の40%が外国人の多国籍タウン 共生の道を探る日・韓・ネパール・ベトナムの人々の半年を追う」(NHK BS1スペシャル、7月25日)。(11)「NHK 日曜討論 新型コロナウィルス 今すべきことはなにか」(7月26日)。(12)「新型コロナ いま“第2波への備えは? ~医療現場からの警告~」(NHK BSスペシャル、7月26日)。(13)「看護師たちの闘い~東京医科歯科大学病院の120日~」(NHK BS1スペシャル、7月26日)。(14)「闘いは、始まったばかり~(奈良県立医科大学)感染症専門医・笠原敬~」(NHK総合、7月28日)。

【さらなる感染拡大】
 7月30日(木曜)、東京都の感染者はふたたび367人に跳ね上がった。週明けの月曜・火曜の検査結果が出るため、木曜の数字は多くなるが、これまでの1週間の1日平均250人前後に比べ、きわめて多い。

 夕方、都知事は臨時記者会見を開き、現在の感染状況について<感染拡大特別警報>と<特別>の2字を加え、強い危機感を示した。また会食を通じた感染が相次いでいるとし、酒を提供する都内の飲食店やカラオケ店に営業時間の短縮(晩の10時まで)を要請、応じた中小の事業者に協力金20万円を支給すると表明した。

 全国の感染者も1301人と最多である。うち顕著に多い府県は、神奈川76人、埼玉57人、千葉49人、愛知160人、大阪190人、兵庫53人、福岡121人、沖縄49人である。そして、これまで唯一感染者ゼロであった岩手県に2人の感染者が出た。

【東京都医師会の見解】
 30日夕方、東京都医師会の尾崎治夫会長が記者会見し、感染確認者が全国的に増加していることに触れ、これを収束させるには(1)法的拘束力のある休業要請を可能にする(2)研究にしか使えないPCR検査を実用化させる―ことなどを訴えた。

 それに関してコロナ対策の特別措置法などの法改正に言及。「東京都医師会から本当にお願いしたいのは、いますぐに国会を召集して、法改正の検討していただきたい。ここ何日間かの流れを見ていると、人口比で東京をはるかに上回る感染確認者が愛知、大阪、福岡、沖縄でも出ている。こうしたことを、夏休み中と言わず…是非、国会を開いて議論してもらいたい。私は今が感染拡大の最後のチャンスだと思っている」と語気を強めた。

 また休業補償とセットの法的拘束力のある休業要請を可能にするよう要望。PCR検査についても「保健所のPCR検査ではエピセンター(感染の震源地の意味で、特定地域・業種・団体等から発生する感染源)と化した地域・時期を限定して一斉にPCRを行うことは能力的に無理だろう。そこで例えば研究所や大学等のPCRを動員してしっかりやっていくことが必要。これも感染症法の改正が必要になるかも知れない…」と説明した。

 その上で、「例えば14日間くらい休業していただければ、そこでの感染は理論的には収まるはず。その間にPCRを地域の検査能力を結集して一斉に行い、…そこに感染者がどのくらいいるか、きちっと把握して対策を練ることが必要ではないか」と語った。

 折しも唾液を使うPCR全自動検査機器(千葉県にあるメーカーの製品)が8月3日から発売される。48検体を2時間で判定、輸出先の欧州ではすでに使用しているという。許認可の不思議を絵に描いたような話である。

【新たな感染状況】
 31日(金曜)、東京都の新規感染者が463人と、さらに跳ね上がった。前々日の29日(水曜)250人から前日の30日(木曜)367人へと100人ほど増え、さらに463人とまた100人ほどの増加である。

 ただ一つの朗報は重症者が昨日の22人から16人と減少したことである。医療従事者の懸命の努力により回復・退院に至った人が6人であることを意味するが、重症者用の病棟が将来も足りることを意味するものではない。


 最近の全国的傾向としては、会食に伴うクラスターや家族内・団体内のクラスターが増えている。そこで焦点を絞り、ピンポイントで地域を限定して営業時間の短縮を要請する自治体(大阪府ではミナミ)や飲食を伴う会合について人数制限(「5人以上」ないし「5,6人以上」)を要請する自治体が出てきた。

【政府分科会の指標】
 31日、政府の分科会が開かれ、尾身会長は、想定される4つの感染状況(<感染ゼロ散発段階>、<感染漸増段階=医療提供体制への負荷が蓄積>、<感染急増段階=医療提供体制に支障>、<感染爆発段階=医療提供体制が機能不全に>)のうち、東京や大阪などは医療提供体制への負荷が蓄積しつつある第2段の<感染漸増段階>に当たるという認識を示した上で、「新規感染者や高齢の患者、重症者の数などの推移を注視し、状況の変化の予兆を見極めることにしたい」と述べた。

 この日、全国の感染者も1580人と最多、前日より279人(約18%)増となった(うち重症者は87人、3週間で3倍)。感染者が顕著に多い府県は前日とほぼ同じである。( )内に前日の数を入れて一覧すると、東京472人(463人)、神奈川53人(76人)、埼玉57人(57人)、愛知193人(160人)、大阪216人(190人)、兵庫62人(53人)、福岡170人(121人)、沖縄71人(49人)。

 人口比の感染者は、沖縄が最多である。人口10万人あたりの感染者は(8月1日現在)、沖縄が首位で18.38人、ついで東京が15.72人、福岡が13.83人、大阪が13.18人、愛知が12.80人である。首都圏では12位に埼玉の4.79人、13位に千葉の4.49人、15位に神奈川の3.66人。

 沖縄は増加のスピードも速い。医療資源等を勘案すると、憂慮すべき状況にある。これを受けて玉城知事は31日夜、記者会見を開き、感染拡大を食い止めるために県内の警戒レベルを「感染流行期」に当たる第3段階に引き上げたことを明らかにしたうえで、県独自の「緊急事態宣言」を発し、8月1日から15日まで、沖縄本島全域で不要不急の外出を自粛するよう要請、また県をまたぐ移動については自粛を求め、県外からの訪問者には慎重な判断を求めた。

 玉城知事は「重大な局面を迎えていることを県民に伝え、感染拡大防止に取り組むため宣言を発出した。県内の医療機関の病床は逼迫していて、何としても医療崩壊を食い止めたい」と述べた。また那覇市内の飲食店には営業時間を短縮して午前5時から午後10時までとするほか、イベントの主催者には開催の中止か延期または規模の縮小を検討してもらい、実施にあたっては十分な感染防止対策を取るよう求めた。

 これにより、人気の観光施設・沖縄美ら海水族館を2日から8月15日まで臨時休館することとした。

【これからどうする?】
 月が替わり8月1日(土曜)、全国の感染者が1536人で、前日より44人減であるが、4日連続の1000人越えである。東京都は472人で前日より9人増えた。

 都の担当者は「472人の情報を分析すると、先月下旬の4連休(7月23~26日)に外出したり、遊びに行ったりした人が感染したという例が多くあった。今日、人数が増えた要因の一つは4連休の行動だと思う」と話す。そして、多数での長時間の飲み会や宴会、少人数であっても近い距離での会話などは避け、飲酒を伴う会食目的の外出を控えるよう呼びかけた。

 2日(日曜)、夕方8時現在、東京の感染者は292人、前日より180人減である。急減した要因は分からない。重症者は1日と変わらず15人である。全国の感染者は1326人、こちらも210人の減である。

 九州が30日、梅雨明けした。例年より3週間遅い。31日には近畿地方、8月1日に東海、関東甲信越、翌2日に北陸と東北南部の梅雨明けが発表された。

 気温が急上昇し、感染症対策のマスク装着が熱中症を加速するのではないか。豪雨、長梅雨による影響も深刻で、今後の病虫害発生や台風被害も懸念される。この先、<備えあるも憂いあり>の心構えで迎え撃つことになるだろう。
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人類最強の敵=新型コロナウィルス(14)

 前回(2020年7月2日掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(13)」の末尾は次の一文で終えた。「本稿作成中の7月2日午後、東京都の新規感染者は107人という速報が入った。前日の67人からの急増である」。

【増えつづける感染者】
 この1週間、東京都の新規感染者は、25日が48人、26人が54人、27日が57人、28日が60人、29日が58人、30日が54人、7月1日が67人(アラート解除後の最多)と50人前後で推移してきたが、一挙に107人と3桁となったことで、驚きが拡がった。

 ついで3日(金曜)が124人、4日(土曜)が131人、と3日連続の3桁である。新規感染者数は、緊急事態宣言下の2カ月前、5月大型連休中の高水準に戻った。うち約8割が10代から30代の若者で、感染経路不明が約3割の46名である。

 東京都にとどまらず隣接する埼玉・神奈川・千葉の3県でも増加している。これを受けて小池都知事は、「近隣の県でも陽性者(感染者)が増えている。不要不急の他県への移動は遠慮してほしい」と要請した。

 また新宿エリアや池袋エリアの<夜の街>関連の感染者が62人と約半数を占めるため、都知事は<夜の街>への外出を控えるよう要請するとともに、<夜の街>の従業員や利用客に対して、感染防止のガイドライン(関係団体が作成)を守るよう呼びかけた。また約3割の感染経路不明については、クラスター発生か否かを鋭意調査中と述べる。

【九州の豪雨災害】
 4日(土曜)、熊本県を中心に豪雨災害が発生、4年連続の豪雨である。雨は5日、6日と断続的に降りつづき、警戒地域を<九州全域>に拡げつつ、7日、8日とつづき、さらに全国へと拡がっている。(後記:実に2週間以上にわたる長期の豪雨である。)

 気象庁は、<熊本豪雨>から<九州豪雨>と名称を変え、さらに日本列島の広域にわたるため<令和2年7月豪雨>とした。地球規模の<気候変動>がもたらす豪雨と見られる。

 熊本県へ緊急支援に入った近県の職員の感染が判明し、受入れをやむなく断った。コロナ禍が復旧作業にさらなる追い打ちをかける。

【都知事選挙】
 5日(日曜)、都内の新規感染者は111人。4日つづきの3桁となる。この日は都知事選の投票日にあたり、締め切り時(午後8時)の出口調査で小池知事圧勝と出た。即日開票の結果は、小池氏が約366万票を獲得、2位の元日弁連会長・宇都宮健児氏の約84万票を圧倒した。

 6日(月曜)、2期目の再選を果たした小池知事は「責任の重さを改めて感じる。…国との連携で行っていくべき課題はたくさんある。コロナ対策、東京五輪・パラリンピックの話もさせていただかないと時間も迫っている」と述べ、安倍首相と会談に入った。

【増えつづける感染者】
 6日の都内新規感染者は102人で、5日つづきの3桁である。PCR検査の数を増やしたことも一因であるが、陽性率(検査数のなかの陽性者=感染者の比率)が高止まりなのも事実である。それでも病床数は足りているうえに、感染源が特定の店舗とその従業員に特定できているケースが多く、ピンポイントの対策を打つことができるとのこと。

 ウィルスがヒトを介して拡がることを考えれば、従業員とその顧客のPCR検査を徹底し、感染者が出れば14日間の隔離を実施、クラスターをつぶすことができる。しかし経路不明者が多く、無症状の感染者がおり、またPCR検査を拒否する人もいる。

 東京にとどまらず、埼玉、神奈川、千葉の近隣3県でも感染者が増加した。東京と近隣3県の生活圏が密接に繋がっていることが分かる。

【専門家会議から分科会へ】
 6日午後、新型コロナ対策の分科会として改組された専門家会議の初会合があった。メンバーは計18名で、感染症専門家のほかに経済等の専門家を含む。この分科会は、2月から医学的見地の助言を行ってきた専門家会議を廃止し、新たに設置されたもの。同本部のホームページにまだ委員名の掲載がない。

 7月4日の朝日新聞デジタルによると、分科会の名称は「新型コロナウイルス感染症対策分科会」で、専門家会議副座長だった尾身茂・地域医療機能推進機構理事長が会長に就く。12名で構成されていた専門家会議からは、6月24日の会見で「専門家会議と政府の役割分担を明確にする必要がある」と語っていた座長の脇田隆字氏や公衆衛生、リスクコミュニケーションの専門家8名が入った。

 基礎研究の学者4名は加わらず、感染症指定医療機関の医師、医療法人、保健所の代表、また全国知事会で新型コロナ対策本部長代行も務める平井伸治・鳥取県知事、南砂・読売新聞東京本社常務取締役も入った。政府筋によれば、構成員は継続性を考えて専門家会議の大半を移したほか、各団体にも推薦を依頼、感染・発症後に社会復帰した著名人を起用する案もあったという。

【ピンポイントの対策】
 8日のTBSテレビ<ひるおび>で吉住健一・新宿区長は、ホストクラブ経営者の協力も得て感染防止に努めており、ホストクラブでのクラスター発生はホストがマンション等で集団寮生活をしていることに多く起因することも分かり、対応策を進めている、と述べた。

 新宿区には多数の歓楽街や飲食街がある。その住民基本台帳人口は35万人弱、うち老齢人口(65歳以上)の比率は20%弱で、ほぼ都内平均に近いが、外国人の占める割合は約11%と高い。外国人経営の飲食店ではクラスター発生の報告はない。

【GoTo トラベル キャンペーン、22日から一部開始】
 感染者の増加に身構えるなか、消費を喚起する政府の「Go To トラベル キャンペーン」のうち観光分野の補助制度について、赤羽一嘉国土交通相は10日、7月22日から一部を先行開始と発表した。宿泊代金の割引から行い、旅行先での飲食や買い物に使えるクーポン券の発行は9月から「感染状況を踏まえながら準備を進める」と述べた。

 その予算額1兆3500億円のうち事務委託費の上限が約16%の2300億円に野党などから批判が出ていた。委託先の公募には5事業者が応じ、有識者を含む委員会で検討した結果、JTBなど旅行大手や日本旅行業協会など7者でつくる「ツーリズム産業共同提案体」が選ばれ、委託費用は1895億円となった。

【苦境に立つ病院】
 人々の頼みの綱である病院が苦境に立たされている。使命感から対応してきた病院が、今後も同じような対応を進めることができるか。まずは病院の現状を見たい。日本医師会は8日、「新型コロナウイルス感染症の病院経営への影響―医師会病院の場合―」を発表した(【MEDIFAX web】2020年07月09日)。

 感染症の入院患者がいる病院の2020年3~5月の医業利益率はマイナス21.5%で、前年同期のマイナス6.4%から15ポイント悪化した。同感染症に対応する病床がある病院もマイナス16.3%で、マイナス3.4%から12.9ポイント悪化した。同感染症の入院患者がいた病院は14、病床を確保していたのは28であった。6月1日現在、稼働している72病院のうち58病院からの回答である(回答率は80.6%)。

 全国の新型コロナの重症患者の約81%を収容してきたのが国公私立の大学病院である。その経営悪化が、まず国立大学附属病院42で明らかになった(【MEDIFAX web】7月6日)。病床稼働率の大幅減などについて、42病院のデータを集計すると、今年4月の対前年度同月比較で外来と入院を合わせた医業収入は56.7億円の減収。5月は112.7億円の減収(マイナス12.2%)と深刻化している。

 5月の経営悪化の要因は、入院の延べ患者数13万4469人の減少(マイナス16,7%)、不急の手術の一時的回避で病床稼働率も67.4%まで下落したことである。外来延べ患者数も32万8158人の減少(マイナス24%)となり、患者の受診控えの傾向(4~5月で750件減少)も続く。

 6月からは病床稼働率を80%に戻し、今月6日から全面的に回復させていく方針の一方で、毎週開催している院内のコロナ対策会議は患者数が減少しても継続し、今後の感染の波に備えた体制を維持すると言う。

 ついで日本私立医科大学協会(医大協)も新型コロナの診療対応による経営への影響度調査結果をまとめた(【MEDIFAX web】7月16日号)。3~5月で、本院と分院を合わせ、重症患者233人、中等症450人、軽症645人の計1828人を受け入れている。4月、5月の経営実績(総額)は、加盟大学付属病院本院29病院では前年比で約300億円の減収、医業利益も約250億円減少した。分院54病院も同様で医業利益は約150億円減、病床稼働率も5月に61%に下落。病床稼働率90%台が採算ラインと言われるなか、61%は深刻である。

 公立大学の附属病院(10)はどうか。まだ発表がないが、おそらく国私立と大差ない困難な状況であろう。

 大学病院に対して2020年度補正予算の各種事業での迅速な手当てが急務である。さもないと第2波と呼ばれる次の感染拡大への積極的な備えはおろか、悪化した状況の立て直しさえできないまま、最悪の事態に突入しかねない。

【急増する感染者】
 東京都内の感染者は8日の75人から9日に224人と激増、4月17日の206人を超えて過去最多を記録した。また埼玉が11人、神奈川が25人、千葉が22人と増加、全国で350人増となった。

 ここまでの傾向を見ると、平均して50人前後の1週間があり、ついで100人前後の1週間がつづいたうえの9日からの224人である。この先の1週間、200人台はつづくのか。

 不安が的中したかのように、10日(金曜)には、東京都が243人と最多を更新、埼玉が44人、神奈川が32人、千葉が12人、全国で430人となった。11日(土曜)は東京で206人、12日(日曜)が206人。ただし東京都の重症者は減りつづけ現在は5人で、医療崩壊の危険はないという。

 にもかかわらず、保育園でのクラスター(集団感染)の発生があり痛ましい。また劇団の公演にともなう役者・スタッフのほか観客を含む30人の集団感染も発生、防止対策の難しさを浮き彫りにした。

 一方、政府対策本部の発表どおり、10日(金曜)から、プロスポーツやコンサートの無観客開催を上限1000人の観客開催とし、さらに緩和して上限5000人まで可能とした。プロ野球やサッカーJ1の会場に集まるファンの熱狂ぶり、日本フィルの5カ月ぶりの演奏に涙するファンの姿がテレビに写る。

【東京の感染者が再増加】
 都庁のホームページ「都内の新感染情報」等によれば、東京の感染者は9日(木曜)224人、10日(金曜)243人、11日(土曜)206人、12日(日曜)206人、13日(月曜)119人、14日(火曜)143人、15日(水曜)186人、16日(木曜)に一挙に286人に上り、17日(金曜)293人、18日(土曜)290人、19日(日曜)188人となった。

 約50人の1週間から約100人の1週間となり、次いで約200人の1週間と急ピッチで週単位の倍々増である。危惧された約200人が1週間つづき、その次の倍数の約400人台が到来するなら、感染第2波と言わざるを得なくなる。急速な医療崩壊が目前に迫る。

 陽性率も上がっている。1週間単位で見ると2週前は3%だったが、17日に至る1週間では6%と倍増。18日、東京都が設けている総括コメント(4段階)のうち<感染が拡大していると思われる>の赤信号が点灯し、もう1つの医療提供体制についても<体制が逼迫していると思われる>の赤信号となった。また経路不明者が増え、陽性率が上がると、これまでの<クラスターつぶし>という対応法が通用しなくなる恐れがある。

 17日、神奈川県でも感染者が43人、過去1週間の陽性率は7%となり、黒岩知事が<感染拡大注意>の黄色信号(神奈川警戒アラート)を発令した。

 全国レベルでは感染者が682人で、この1ヶ月に比べて11倍の急増である。世界レベルでも18日の1日だけで26万人と過去最多となった。

【東京発着を除外】
 16日(木曜)、政府の分科会が開かれ、国内旅行の需要喚起策「Go To トラベル キャンペーン」について、予定の8月1日開始を7月22日からに前倒しするとした方針を、知事たちの反発と東京都の感染者急増という現実を前に、急ぎ東京都民の他地域への移動と道府県から東京への移動を除外すると決めた。<東京発着の除外>である。

 予定日直前の方針転換に旅行・運輸業界の打撃と戸惑いは大きいであろう。それ以上に、政界の意思決定過程が多大な不信感を招いた。これが尾を引けば、第2波への対応に大きな綻びが生じかねない。

【PCR検査の進め方】
 同じ16日の分科会では、今後の検査体制の基本的な考え方がまとめられた(【MEDIFAX web】7月17日号)。検査は①有症状者、②無症状者で感染リスクと検査前確率が高い、③無症状者で感染リスクと検査前確率が低いーの3カテゴリーに分ける。検査をすべきかどうかで最も意見が割れる③については、検査実施のメリットに「不安を持つ受検者に安心感を与える」等を、またデメリットに「感染リスクと検査前確率が低い無症状者から感染者を発見する可能性は極めて低い」「検査前確率が低いほど偽陽性が出やすい」等を挙げた。

 その上で提言として、①と②の検査を優先することを前提にした上で「行政検査としては実施しないが、民間企業や個人が個別の事情に応じておのおのの負担で検査をすることはあり得る」と提言。その際の留意事項に、検査の質の確保や、事業者が従業員を対象に検査をする際は従業員の自由意思で行うことなどを挙げた。分科会終了後の会見で尾身会長は「コンセンサスを得た。これが分科会としての政府への提案になる」と述べる。

【藤井聡太棋聖の誕生】
 同じ16日、18歳の誕生日を目前にした藤井聡太七段が、第91期棋聖戦五番勝負で渡辺明棋聖(36歳)を破り、タイトルを獲得した。30年ぶりの最年少記録更新に世論が沸く。

 桂馬を頻繁に使う戦法を、五条大橋で牛若丸が弁慶を従えた比喩に用いた解説があったが、これならは素人にも分かりやすい。あどけない風貌が残る天才棋士に各界からエールが送られた。

【世界のコロナテックと日本】
 18日(土曜)の日経新聞のトップ記事は「米中コロナテック躍進 ネット新興 社会変化対応」である。新造語<コロナテック>は、新型コロナウィルス感染拡大に端を発した諸問題を解決するテクノロジーやサービスの意味であろうと容易に推測がつく。先行例として<フィンテック>等があり、その類推を活かした造語である。この記事が紹介する要点は以下の通り。

 経済や社会の激動期は新興企業のスタートアップにとって大きなチャンスである。2003年のSARS流行期に中国ネット通販のアリババが急成長した。2008年のリーマン危機前後にはウーバーテクノロジーズ等が生まれ、車や住宅等の<所有>から<利用>の動きを先取りして成長した。
 現在も似た状況にあり、デジタル関連の企業が多い。技術革新を生み出すスタートアップを育成しなければ、産業の新陳代謝が進まず、国の競争力は落ちていく一方である。
<ユニコーン>(企業価値10億ドル超の未上場企業)の数で見ると、アメリカが225社、中国が125社、EUが29社、インドが21社、韓国が12社等に対して、日本はわずか3社に過ぎない。主要国のスタートアップ投資額(年換算)は、アメリカの14兆円、中国の10兆円に対して、日本はわずか4000億円と、桁が違う。

 この特集記事のすぐ下に「行政デジタル化 集中改革 骨太方針決定 内閣官房に司令塔」の記事が載る。安倍首相が経済財政諮問会議で「思い切った社会変革を果敢に実行する」としたが、財政運営の見通し数値を示さず、「2020年末までに改めて工程の具体化を図る」として先送りした。

 関連記事が3面につづく。20年前に「5年以内に世界最先端のIT(情報技術)国家とする」と宣言はしたが、「旗振り役 行政の遅れ」のため、諸指標から見て世界10位の圏外にある。日本は<IT競争力ランキング>で12位、<電子政府ランキング>で14位、ビジネス環境ランキング>で29位。日本の政治行政機能の劣化を象徴するような数字である。

 本連載「人類最強の敵=新型コロナウィルス」を3月6日に始めて以来、展開の速さを追うため、ほぼ週に1回のペースでつづけ、(11)まできた。それ以降はペースダウンし、(12)と(13)は3週間に1回としたが、ここに来てまた事態急変の予感がする。

三溪の禅画と三溪園の風景画

 新型コロナウィルス感染防止のため、三溪園内の三溪記念館(3つの展示室と呈茶コーナーの望塔亭等を持つ施設)を臨時休館としたのが2月29日。そして三溪園全体の臨時休園を決めたのが4月8日である。

 感染拡大が思うように止まらず、幾度かの休館・休園の延長を行った末に、三溪園を再開できたのが6月1日であった。屋内施設である三溪記念館と旧矢箆原住宅はまだ十分な安全確保ができないため、休館のままとした。準備を整えて再開できたのは6月22日(月曜)である。

 年度をまたぎ2月29日から6月21日に至る約4カ月(約16週)という長期の閉館は、三溪記念館にとって初めてであり、<異常事態>であった。

 三溪園ばかりでない。横浜市、神奈川県、日本全体、そして世界にとって、新型コロナウィルス感染症との戦いは今なお進行形である。この間、本ブログで計13回にわたり「人類最強の敵=新型コロナウィルス」を連載、その中で三溪園の苦闘にも触れているが、今回は三溪記念館の展示を取り上げたい。

 会期は、第1,2展示室が7月21日まで、第3展示室の「第44回三溪園俳句展」は9月2日まで。

 担当は北泉剛史学芸員。感染防止策として、美術館等のガイドラインに沿い、①手指消毒用アルコールの設置、②空調機等による換気の徹底、③状況に応じた入場制限を予定、を採用した。これに加え三溪園独自の工夫として、展示作品の間隔を十分にとった。

<所蔵品展>は、季節ごとの絵画(三溪の作品と三溪ゆかりの画家による所蔵品)、園内古建築の障壁画(収蔵庫で保管の現物)の展示や漆工芸品等の公開を主にしてきたが、今回はコロナ感染対策を意識した展示である。

【再開後初の展示】
 第1展示室は三溪の<禅画>4点と横浜の画家として今村紫紅(いまむら しこう)と牛田雞村(うしだ けいそん)の二人の代表作を各1点で、すっきりと構成した。北泉さんの解説で、ご案内したい。

原三溪《漁樵相賀》
 通常、「漁樵問答」として、漁師と樵が相対して議論する場面が表されます。異なる生業の二人がお互いの仕事の大変さを主張し、結局のところ、ともに同じような苦労を抱えていることに気づくという禅問答です。本図では、議論する様子ではなく、ともに笑顔で談話する姿が描かれています。

原三溪《指月》
 穏やかな表情の布袋が指さす方向には月があることを示しています。「指月布袋」という、昔から親しまれる禅問答を表す画題です。解釈には諸説ありますが、布袋が指を掲げたとき、その先にある月を見ず、指先を見てしまうようでは、悟りの境地には至らないという深い意味が込められています。

原三溪《寒山拾得》
 寒山と拾得は中国・唐時代の僧侶で、いつも着物は破れており、髪は乱れていたといいます。それが、俗世を離れ仏教の悟りを体現している姿として禅画の画題に好まれました。寒山が経巻、拾得が箒を持つ姿は定型で、本図では髪・着物・肌ごとに異なった筆遣いが見え、表現力の高さが窺えます。

原三溪《寒山画讃》
 こちらは寒山のみを描いた作品です。満面の笑みを浮かべ、うたた寝している姿が描かれます。通例では、寒山は経巻を携えますが、よく見ると、本図では竹筒のようです。竹筒には、水だけではなく飯や酒を入れることもあります。賛に「飽腹一眠」とあることから、食後のひと休みと思われます。

【横浜ゆかりの画家】
 コーナーを右折すると、横浜の画家として取り上げる今村紫紅(1880~1916年)と牛田雞村(1890~1976年)があり、以下は再び北泉さんの解説。

 ともに横浜の出身で、横浜市立尋常高等横浜小学校(現在の本町小学校の前身)を卒業しました。二人は歴史画家の松本楓湖が主宰する安雅堂画塾で学んでおり、紅児会・赤曜会という美術団体で新しい時代に向けた日本画を研究しました。紫紅は明治44(1911)年から、雞村は大正2(1913)年から原三溪の支援を受けています。
二人の作品にはともに繊細な線描の作品もありますが、こちらのように輪郭線を用いない作品も描いており、さまざまな表現の可能性を追究していたことを思わせます。

今村紫紅《山村夕暮》
 山間の村の夕暮れを描いた作品です。版画のように色を重ね、淡い樹木がだんだんと暗くなっています。手前はすでに日が翳りながら、奥にはまだ夕日の残照が当たっている様子が伝わってきます。また、帰巣する一羽のカラスが明るい空のアクセントになって、静かな場面に動きを与えています。

牛田雞村《山中樵夫》
 鬱蒼とした木々の中に、薪を背負った樵の姿が見えます。斜めに重ねられた絵具は、風の強さを表しているようでもあります。大正初期は赤曜会の画家を中心に、画面の大部分に緑青や群青を用いた作品が見られます。また、印象派風の点描画は紫紅が好み、雞村はその影響を強く受けていました。

【今村紫紅と原三溪】
 北泉さんの解説に導かれ、三溪の禅画を観る。コロナ対策で展示物の間隔を広くとったためか、見る側の歩みもゆったりして、それだけ非日常の世界に入りやすい。

 今村紫紅の《山村夕暮》の前まで来て、7年前の三溪園保勝会の財団設立60周年を記念する特別展「今村紫紅展−横浜のいろ」(2013年11月2日~12月2日)に関する記事を思い出した。「今村紫紅と原三溪」(『(都留文科大学)学長ブログ』の108回(2013年11月20日)である。本ブログの右欄にあるリンクの「都留文科大学学長ブログ」にもある。

 その時の図録(96ページ)の表紙を飾っていたのは、豊臣秀吉の醍醐の花見を描いた《護花鈴》(ごかれい)。紫紅31歳の作品である。

 今村は横浜小学校卒業後、山田馬介(1871~ 1938 年)に英国風水彩画を学んだ。「少年期 に洋画の一端を学んだことは、彼の画業に とって大きな出来事で、後に日本画家とは 思われない素描法や線質を見せたことがその証である」と図録所収の松平修文「今村紫紅の画業」は指摘する(図録解説等)。

 1898年、18歳で自ら紫紅(「千紫万紅」から取った)と号し、日本美術協会展に出品して入選、のち安田靫彦(1884~1978年)らと紅児会を結成。1907 年には、安田に連れられ茨城県五浦の日本美術院研究所(岡倉 天心が主宰)にしばらく滞在し、天心ほか弟子の横山大観らと知り合う。1911年、上掲の「護花鈴」を文展に出品、これに三溪が着目、支援を始める。

 三溪は古美術の名品を収集するとともに、それらを新進の日本画家に見せては共に議論し、模写等を許した。さらに彼らの作品を買い上げるパトロン役も引き受けた。その一人が紫紅である。

 生年順に並べると、天心が1863年、三渓が1868年、紫紅が1880年である。三溪は5歳年長の天心の思想と行動に共鳴し、12歳若い紫紅の画風にほれ込み、育てたという関係になる。

【第2展示室:障壁画と三溪園の風景】
 第2展示室へ進むと右手に、臨春閣第三屋の一階「次の間」を囲む障壁画・雲澤等悦《山水図》(の現物)が展示してある。

 正面と左手のケース内には<三溪園の風景>として、往時の三溪園を描いた貴重な絵4点を展示している。北泉さんの解説を引用しよう。

村田徳治《三溪園画巻》
 原家の執事を務めた村田徳治が描いた《三溪園画巻》です。巻末に「戦災前の三溪園」とあり、戦後、かつての三溪園を偲びながら描いたものとわかります。正門から原家(現在の鶴翔閣)を通り、内苑をめぐって外苑の奥へと続いて一周する構成で、現在は失われてしまった建造物も見られます。

牛田雞村《三溪園全図》
 園内の様子から、大正10年(1921)頃、関東大震災以前の三溪園であることがわかります。右手の大きな建物は原家の本邸(現在の鶴翔閣)で、当時では珍しい車が停まっています。三溪記念館の辺りは平地で、その先には富士山が見えていますが、現在も天気の良い日には松風閣から眺められます。

小島一谿《三溪園》
 一谿は、はじめ洋画を学び、三溪と縁の深い牛田雞村や中島清之と出会って日本画に転向、前田青邨に師事しました。本図は広々とした眺めのなか、大池に浮かぶ睡蓮、池端に咲くツツジが印象的です。昭和40年(1965)の制作ですが、その2年前に本牧海岸が埋め立てられる以前の姿を描いています。

小島一谿《三溪園》
 本図も昭和前期の園内風景で、正門から三重塔を望む景色は現在とほとんど変わりません。本牧海岸が埋め立てられる前には、海水浴や潮干狩りができました。その海の向こうには白い帆掛け舟らしき影も見えます。三重塔が実際よりも大きめに捉えられ、青々した山に際立って佇んでいます。

 北泉さんの解説と一緒に、これららの風景画を載せたいと思ったが、著作権者の許諾を得るのに時間がかかるため、残念ながら諦めた。ただ牛田雞村《三溪園全図》は横浜美術館企画編集『原三溪の美術』(2019年)の154ページに収録してあり、また村田徳治《三溪園画巻》は8枚組の絵ハガキとして記念館売店で手に入る。他は会期中に展示作品をぜひご観覧いただきたい。

 このほか第3展示室では第44回三溪園俳句展の入賞作品を展示している(会期は9月2日まで)。首位の横浜市長賞には、清水呑舟さんの句「三溪の草書の余白あたたかし」が選ばれた。色紙に日本画家・志世都りも氏による挿絵を添えて紹介してある。志世都さんのご厚意により、この色紙をここに収録することができた。お礼申し上げたい。

色紙_横浜市長賞


 三溪の禅画で彼の希求した世界に思いを巡らせ、また昔の三溪園を描く風景画では、谷戸の地形を巧みに活かした三溪設計の庭園の在りし日の姿を垣間見ることができた。

 三溪園保勝会定款の第3条(目的)に「国民共有の文化遺産である重要文化財建造物等及び名勝庭園の保存・活用を通して」達成すべき3つの目的を掲げているが、その最初が「歴史及び文化の継承と発展を図り…」である。

 三溪園の推移に思いを馳せつつ、眼前に拡がる風景を楽しみ、さらには未来の姿を心に描く、新たな機会を得たように思う。

人類最強の敵=新型コロナウィルス(13)

 前回(12)の末尾は、6月11日(木曜)、東京アラートが解除され、「今後は感染リスクの高い場所などに対象を絞った対策が中心となる」と結んだ(2020年6月12日掲載「人類最強の敵=新型コロナウィルス(12)」)。東京都の掲げる7つの指標のうち、現段階では病院のベッド数に余裕はある。

 6月12日以降はどうか。東京都の新規感染者は14日(日曜)が47人、16日が21人で、アラート解除後の5日間で計171人にのぼり、なお増え続けている(その後の数字は後述)。

 東京のみならず全国規模で感染者が増えてもおかしくないが、どのくらいの人数までなら現有の病床数が間に合うのか。再びの緊急事態宣言の発動はあるのか。いわゆる<第2波>をどのように定義し、どのように防ぐのか。

 これまでのブログ連載「人類最強の敵=新型コロナウィルス」は、ほぼ1週間に1回のピッチであった。激しく変わる状況を記録しようと追いかけてきたが、これからは少し長い時間軸で追い続けていきたい。

 世界の現状を18日(木曜)の日経新聞が伝える。米ジョンズ・ホプキンス大の集計によると、米東部時間16日午前11時(日本時間17日午後0時)時点で、世界の累計感染者数が806万人を超え、8日間で100万人の増加、死者は43万7千人となった。2週間後の29日、累計感染者数は1000万人、死者数は50万人を突破する(日経新聞29日)。

 国別ではアメリカが感染者・死者ともに世界最多で、ブラジルが続く。感染の中心は欧米から中南米や南アジアの新興国へ移り、現在、新規感染者が多いのはブラジルやパキスタン、インドといった国が中心である。アメリカも経済活動の再開を機にふたたび増加傾向に転じ、世界全体の1日あたりの新規感染者が過去最多を更新する日も多い。格差が大きい新興国では低所得層の感染拡大がつづくが、有効な手を打てていない。

 過去5カ月間の新型コロナによる死者の増加ペースは、10万人から20万人までは16日間、20万人から30万人は19日間、ペースは徐々に鈍化しているものの、1日あたりの死者数は約3千~5千人台となお多い。国・地域別の死者はアメリカが10万9千人超で、全体の約4分の1を占め、2位はイギリスの4万人、以下、ブラジルが3万5千人超、イタリアが3万3千人超とつづく(ロイター通信)。

 ピークを超えた国・地域、また中国や韓国など抑え込みに成功したとされる国では経済活動の再開や規制緩和が進むが、同時に<第2波>への対策が大きな問題となっている。

 ワクチンの開発が急がれるが、早くとも1年と言われる。たとえ開発されても世界の約72億人のどこまで行き届くか、それに要する時間や経費の負担の目途は立っていない。既存の治療薬の活用は進んでいるが、新規の治療薬はまだできておらず、世界的な事態収束への道のりはなお遠い。

【吉村知事と西浦博教授の論争】
 大阪府の吉村洋文知事が6月12日の「第2回大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議」終了後の囲み会見で、北海道大学の西浦博教授(理論疫学)の数理モデルを基にコロナ対策を行ってきたことについて、「国を挙げて批判的検証をしないと間違った方向に進むんじゃないか」と懸念を表明した。

 これを受け、西浦教授から取材し、かつ第三者の見解を含めた記事を掲載した雑誌がある(「週刊新潮」誌2020年6月25日号に先立つネット配信)。重要な論点を含むので、幾つかを再録したい。

 吉村知事はあらためて次のように答えた。「西浦先生には敬意を表していますが、感染拡大時に冷静な分析は難しい。緊急事態宣言などの政策は、僕は正しかったと思いますが、第2波がきても同じことをするのか、事後に冷静に検証するのは別のこと。第1波の自粛要請で生じた経済、社会へのダメージはものすごい。失業率も2%上昇し、自殺者も2千人増えると言われ、そちらの命も守らなきゃいけない。で、抑えこみの出発点が西浦モデルでした。次の波に備えて同じことをしたら、国家は危機的状況になる。ほかの指標はないか探し、出てきたのがK値でした。国家の浮沈を決める重要な局面で、西浦モデルに批判的意見を言う人が出てこないことに、危機感を抱いています」。

 国の政策を動かし、社会経済活動を停止する大本の試算を提示した西浦教授は次のように言う。「中国しか制御できていなかった3月下旬、接触を減らすことが必要で、被害想定や接触削減の目標が据えられました。(強烈なインパクトを受けた)吉村知事のリアクションは、妥当なものであったと思います」と言いつつも、吉村知事が「全部抑えなければならない」と思ったことは、「当方の担当している話と逸れ、厚労省と大阪府のコミュニケーションの問題かと思います。(社会的なインパクトを与えたと批判されるなら)感染症疫学の問題と経済学の問題を混在して、感情的に議論していると思う。私を含め感染症の専門家は、流行制御のためにシナリオを分析しており、他方、経済的インパクトは経済学者にご意見を聞いていただかないといけません」。

 また、42万人の被害想定と接触8割削減の目標は、「キッチリ分けてお考えください。前者は科学顧問あるいは首相が説くべきであったと思う。この感染症は流行の展開が速いなか、どうして専門家が体を張って、前のめりに発表しないといけなかったのか、みなさんには共有してもらいたいと思っています」とのべ、自ら発表せざるをえなかった、政治と行政への不満をにじませる。

 また、被害想定の妥当性については、「伝達法は政府も専門家も改善点がありますが、その時点での科学的妥当性に瑕疵があったとは考えていません。社会的影響が大きかった流行対策なので、科学的検証がなされる必要があると思いますが、被害想定の42万人は、米国の状況とくらべていただくとよいのが、人口差を換算しても大きく離れているようには思いません。いまだ“日本は大丈夫だった”というわけではないので、注意していただく必要があります」。

 政治が動かないなか、体を張って発表した試算は、あくまで感染症疫学上のもので、西浦教授だけに責任を負わせるのはアンフェアと言える。国の専門家会議関係者などで構成されるコロナ専門家有志の会の一員、早稲田大学の田中幹人准教授(科学技術社会論)が言う。「西浦教授も、被害想定は政治の側から発信してほしいと語っています。科学者が情報を上げ、決定は政治が、という棲み分けが必要でしたが、日本では政府が専門家会議から意見を聴取し、政策決定は自分たちが行う、という役割分担がうまくいかなかった。安倍総理の会見でも、社会的に議論を呼びそうな部分は“専門家会議の提言はこうだから”と、判断の主体を専門家に差し戻している様子が窺えます」。

 科学コミュニケーションが専門の東京大学特任講師、内田麻理香さんも言う。
「本来、リスク評価は専門家、リスク管理は政治、と分けるべきで、そのバランスがとれているのがドイツ。コッホ研究所や科学アカデミーの助言、分析をもとにメルケル首相が判断を下す、というように役割が明確に分けられています。しかも科学アカデミーには、政治学や経済学の専門家もいるので、サッカーをいつ再開するかというテーマも、経済学の視点を入れて取り上げることができます」

 それができない日本は、「科学者がリスクマネジメントにまで踏み込むという、不健全な状態になってしまった。常設の科学の諮問機関はなく、専門家会議も新型インフルエンザの際の会議の変型版で、権限や責任が不明確のまま形成され、シミュレーションも西浦教授頼み。人材不足は、日本が感染症のように普段は重要とみなされない分野への予算を削った影響でもあり、数理モデルを扱える人はわずかなためブラックボックスになってしまう、という見方をされています」と述べる。

【山内一也<敵対と共生のはざまで>】
 20日の再放送<山内一也 敵対と共生のはざまで>(NHK Eテレ)を観る機会があった。ウィルス学者の山内さんは、ウィルスにとってヒトはコウモリ等に比べると取るに足りない宿主だと言う。

 ウィルスの側からヒトを観るウィルス学者の視点から、46億年前に誕生した地球を1年に置き換える山内さんの<生命の一年歴>によると、ウィルスの登場は5月初旬ころであるのに対して、人類の地球への登場は、年末はおろか大晦日の最後の数秒に過ぎないという。

 そのためか、ヒトゲノムの約4割はウィルス由来であり、ヒト(人類)はウィルスと<共生>し、これからも<共生>をつづけると言う。題名の<敵対と共生のはざまで>は、ここに由来している。

【国産スパコン<富岳>】
 23日の日経新聞は、一面トップで「国産スパコン 世界一奪還 理研・富士通の<富岳> 8年半ぶり」と報じる。2011年秋に計算速度世界一の<京>(けい)がトップの座を奪われ、以来アメリカと中国が首位を奪い合ってきた。その<京>の後継機が<富岳>(ふがく)で、1秒間の計算回数は直前首位のサミット(アメリカ)の実に3倍である。

 性能の高さと利用の裾野の広がりから富士山をイメージして命名された。<富岳>を使い、感染予防の一つとして、咳で飛沫がどこまで飛ぶかの実験が行われたばかりである。今後の新薬や新素材の探索、人工知能(IT)への活用に道を開く。企業や大学がいかに活用できるかが問われている。

【集団免疫をめぐる諸説】
 集団で免疫を持つ人が一定の割合に達すると感染拡大は終息に向かうとされるため、免疫を強制的に獲得するワクチンは一つの手段である。集団免疫の獲得により社会経済活動の制限解除へと大きく舵をきる、その<一定の割合>とは如何ほどか。これまでは約6割といわれてきたが、今回の場合、約1割から4割ほどでも良い等のばらつきが見られるという。

 集団免疫説による対策の一つが、スウェーデンが採用しているもので、26日の日経新聞によれば、周辺国より死者も多く、感染も拡大しているがロックダウン(都市封鎖)は行わず、集団免疫により感染の終息を目ざす政策を進めている。賛否のある中、経済活動への影響を可能なかぎり減らす対策として注目を集めており、5月下旬のストックホルムでは、住民の抗体保有率は約1割と推定され、4月末から感染者数の伸びは鈍化した。

 また2月に横浜港に停泊したクルーズ船で乗客乗員全員にPCR検査を行ったところ、約2割からウィルスが検出された。4月の長崎港のクルーズ船でも同様に約2割である。従来の<6割説>より、はるか少ない。

 集団免疫に関する研究は必ずしも多くはなく、精度も途上にある。英科学誌サイエンスにはストックホルム大学でまとめた「免疫を持つ人が4割程度で集団免疫が獲得できる」とする試算が掲載された。英オクスフォード大学等のグループは「人口の1~2割が感染すれば流行が終息に向かう」とした。一方、感染しても免疫が長期に持続せず、集団免疫は期待しにくいとする見解もある。

【新型コロナウィルスを可視化する】
 27日、NHK BSスペシャルの番組「見えない敵を観る-ミクロの目で迫る新型コロナウィルスの正体」を観ることができた。医師でCGクリエーターの瀬尾拡史さんが、コロナウィルス学の松山州徳さん(国立感染症研究所)、免疫学の村上正晃さん(北海道大学)、治療現場の臨床医の忽那賢志さん(国立国際医療センター)、西川正憲さん(藤沢市民病院)等から今年3月下旬以来オンラインで独自取材、最先端CG(コンピュータ・グラフィックス)によりウィルスを可視化。感染や発症、治療薬開発の謎に迫る。

 松山さんは新型コロナウィルスの顕微鏡写真を初めて公開した人で、SARS(2003年)コロナと今回の新型コロナウィルスとの比較等を通じて、その特性を語る。村上さんはサイトカインストーム=免疫細胞(1L-6)の暴走による謎の炎症を解明、重症化を断ち切る治療薬トシリズマブの効用を語る。

 瀬尾さんは言う。「世界中で新しい知見を無料で公開するのは今回が初めてではないか」。この一言に感銘を受け、瀬尾さんその人に興味を抱いた。ネットに公開されている資料から簡単に紹介したい。

 瀬尾さんはいま35歳の医療CGプロデューサーで、株式会社サイアメント代表取締役。彼の幼少期の趣味は<因数分解>、足し算と掛け算でできたパズルを解くのが楽しかったと言う。筑波大学附属駒場中学に進学、部活はパーソナルコンピュータ研究部(通称・パ研)。東京大学入学、教養学部の単位は最初の半年でほぼ全て取り切り、2年次にはダブルスクールでデジタルハリウッドに通う。3年生で医学部進学、チューターの法医学教授から2年後に裁判員制度が始まるが、殺人の状況や傷の状態が写真だけでは把握しにくいため、「良い方法を考えてほしい」と政府から東大に依頼が来た。こうして瀬尾さんの作った3DCGが裁判員裁判第1号事件の証拠に使われ、東大総長賞を受賞(2010年)。以来、異なる分野の専門家をつなぐ<通訳>が必要と考え、2011年にサイアメント社を起業。

【東京都のモニタリング指標】
 東京都はモニタリング指標として7つを挙げ(都ホームページ)、これに基づく総合判断を行っている。すなわち①新規陽性者数、②新規陽性者数における接触歴等不明率、③週単位の陽性者増加率、④重症患者率、⑤入院患者数、⑥PCR検査の陽性率、⑦受診相談窓口における相談件数。

 これら7つの指標のうち、①が目立つためよく取り上げられるが、医療崩壊を回避するための予想指標は④と⑤である。現状では④が100床(レベル1)の20床、⑤が1000床の225床(6月23日現在)で、たとえ急増しても対応可能な範囲内とされる。

【入国制限の緩和(<開国>)】
 今後の入国制限の緩和(<開国>)について、前回の本ブログ(12)で次のように述べた。「…感染防止策の一つが<水際対策>と呼ばれる国家間の移動の禁止、すなわち入国制限=<閉国>である。これは事実上の国交断絶に等しく、歴史用語の<鎖国>ではなく、史上初の世界規模にわたる<閉国>と呼ぶに相応しい。いま日本は世界111カ国からの入国禁止(<閉国>)を実施している。そして近い将来の入国制限緩和(<開国>)の対象国としてタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4ヵ国が挙がっているが、相手国の合意まで紆余曲折が予想される」。

 4ヵ国のうちベトナムとは、19日、合意に達し、25日に最初の臨時便が成田を発った。他の3カ国との合意はまだなされていない。観光面でのインバウンドに期待する声も、当分の間は<空振り>となりそうである。

 一方、感染国からの帰国日本人の成田空港における検査だけでも人手不足でパンク寸前との報道がある。これに110カ国からの入国禁止(<閉国>)が解除(=<開国>)されれば対応できるのか。

【科学者と政治家】
 25日午後、記者クラブで専門家会議の脇田隆宇座長、尾身茂副座長(基本的対処方針諮問委員会会長)ほかが会見し、組織の見直しについて見解を表明したが、その直後(ほぼ平行して)、西村大臣が記者発表を行い、「今般、専門家会議を廃止することになります。代わりに(新型コロナウィルス感染症対策の)基本的対処方針諮問委員会の分科会とします」と述べた。科学者と政治家の意志疎通に疑問が出され、西村大臣はのちに「…ことばが足りなかった」と釈明した。

 この問題は前述の【吉村知事と西浦博教授の論争】でも繰り返された重要な問題である。専門家会議を、政府が<基本的対処方針>を決めるさいの<諮問委員会>の分科会と位置づけることにより、一応の解決を得たように見える。

【増えつづける感染者】
 東京都の①新規陽性者数の増加ぶりは異常に高く、今後も止まりそうにない。24日が55人、25日が48人、26人が54人、27日が57人、28日が60人、29日が58人、30日が54人、7月1日が67人(アラート解除後の最多)である。うち8割弱の42人は30歳代以下の若年層。接待を伴う飲食店の従業員や客等の<夜の街>関連の感染者は31人、その半数が新宿地域の店の関係者である。

 19日の東京アラート解除と国による全国的な移動解禁から14日後(これが潜伏期間とされる)の、7月3日ころから大きな変化が出てくるとされる。それと相関関係(ないし因果関係)がありそうである。

 30日、東京都は、7つの指標の枠組みは変えないまま、幾つかの見直しを発表した。注目すべき点は、数値目標を撤廃し、医療体制を軸に総合判断するとしたことであろう。

 一方、医療機関にたいしては④の100床と⑤の1000床の<レベル1>を、それぞれ500床と3000床の<レベル2>に引き上げる準備をしてほしいと指示した。

 北海道では、小樽市で4人が感染、市内に住む60~70歳代の男女で、うち2人は24日にクラスター(感染集団)が認定された「昼カラオケ」の利用客。同市の感染者は3日間で19人となった。このほか、埼玉県でも新たに16人の感染が判明した。

 これについて西村大臣は、27日午前、「今のところ政府としての対応の方向性を変える考えはない。引き続き緊張感を持って、感染者数の動向を分析する」と述べる。

【感染は本人の責任か】
 29日の読売新聞によれば、感染するのは本人が悪い――。3~4月の時点で、そう考えていた人の割合が、日本は米国や英国などに比べて高かったという調査結果を、三浦麻子(大阪大教授)ら心理学者の研究グループがまとめた。3~4月、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国の5か国で各約400~500人を対象にインターネット経由で得た回答である。

<本人が悪い>とする比率は、日本が12%、中国が5%、イタリアが3%、イギリスが2%、アメリカが1%で(小数点以下四捨五入)、米英の約10倍にのぼる。反対に<全く思わない>と答えた人は、他の4か国の60~70%台に対し、日本は29・25%である。

 国内で感染者が非難されたり、差別されたりしたことと、こうした意識が関係している可能性があるとしている。「日本ではコロナに限らず、本来なら<被害者>のはずの人が過剰に責められる傾向が強い。通り魔被害に遭った女性が、『深夜に出歩くほうが悪い』などと責められることもある。こうした意識が、感染は本人の責任とみなす考えにつながっている可能性がある」と三浦さんはいう。この日本人の<心理的特性>は、新型コロナウィルス対策に影響を及ぼす一因と考えられよう。

【7月に入って】
 月が替わり7月1日(水曜)、香港の<一国二制度>を50年にわたり約束した中英の合意施行から、その半分に満たない23年目の記念日である本日、習近平国家主席は<香港国家安全法>の公布・施行を決定した。<一国二制度>の一方的放棄を、<民主主義への挑戦>と捉える世界の世論がある。

 日経新聞の1日朝刊に「ビジネス往来再開 第2弾 台湾・ブルネイと協議へ」の記事。その次の候補にはミャンマー、シンガポール、マレーシアが挙がる。一方、中国や韓国を第2弾の交渉相手に加えるかは慎重に検討中という。

【免疫で人間の再生力引き出す】
 こうした情勢下、「免疫で人間の再生力引き出す」という記事を見つけた。日経新聞1日の朝刊<挑戦者たち>シリーズの1つ。その<挑戦者>の名はK・サンドラー(米国立衛生研究所NIH研究員)、30歳の才媛である。

 彼女は「もともと人間に備わっている免疫を使い、迅速に組織を再生させる研究」に取り組んでいる。ケガをしたときウィルスやバクテリアと戦い化膿を防ぐ<攻撃型>の免疫機能に対して、サンドラーが注目するのは「傷口を塞ぐ組織や筋肉を再生する」という<癒し型>の役割である。

 ジョンズ・ホプキンス大学の博士論文執筆中、夜に日を継ぐ実験の合間に、この<組織や筋肉を再生する役割>を担うのが<ヘルパーT細胞>であることを突き止めた。免疫の研究に邁進しつつ、斬新なアイディアを分かりやすいことばでネット配信する<TEDトーク>にも登壇する。趣味はハイキング。いま無症状等を理由に統計に反映されない感染者数を洗い出すプロジェクトを立ち上げたばかりである。

 瀬尾拡史さんといい、サンドラーさんといい、研究者・特異な表現者・実務家等の顔を併せ持つ、若い世代の登場と今後の活躍に心から期待する。そして<その次の世代>の育成にも大きな期待を抱く。

 本稿作成中の7月2日午後、東京都の新規感染者は107人の速報が入った。前日の67人からの急増である。

清談会(2020夏)

 清談会(せいだんかい)は横浜市立大学教員OBの小さなグループで、夏と冬の2回、議論と懇親の会を開いている。現在のメンバーは、敬称略の年齢順に穂坂正彦(医学)、私(歴史学)、丸山英氣(法学)、小島謙一(物理学)、山本勇夫(医学)、浅島誠(生物学)の計6名、全員が昭和10年代生まれである。詳細は本ブログの「清談会(2019冬)」(2019年1月6日)や「清談会の定例会」(2018年1月5載)を参照されたい。

 全員が専門を異にする。共通するのは(1)専門分野にとどまらず広い知的関心を持っていること、(2)大学という学問の府をいかに自由闊達な知の展開の場にするかに情熱を持ち、(3)地域・国・人類と地球の未来に思いを馳せていること、あたりであろうか。

 最初の会合は2005年12月。以来15年、今回が記念すべき30回目である。そのつど事前に話題提供者を決め、食事と酒の合間に耳を肥やし、やがて侃々諤々、時に脱線の議論へ。

 今回は新型コロナウィルスのため外出自粛がつづき、予定の6月20日(土曜)の開催が危ぶまれたが、徐々に解除の方向へ進み、政府も都知事も、6月19日(金曜)以降の休業要請を全面解除すると発表していた。

 偶然とはいえ、開催予定日の1日前の自粛解除である。私もそうだが、メンバーにとっても3か月半ぶりの会食・談笑の機会であったようだ。10余人座れる大きな円卓に半分の6人、部屋も大きく、換気も良い。

 清談会の命名者で永年幹事の小島さんが、日程調整から場所の決定、会計までを担ってくれる。今回は前日のうちに、「明日の清談会ですが、念のため家を出る前に検温をおねがいします。37.5℃以上の方はご連絡ください。よろしくお願いいたします」とメールが来た。

 2017年冬の第25回からは新しいテーマ「各専門分野の10年後を予測する」と定め、小島、穂坂、浅島、私、山本、丸山と一巡、30回目の今回からは話題提供者だけを事前に決め、テーマは本人に任せる従前のルールに戻った。トップが最年長の穂坂さんである。

 配布資料によるとテーマは<死生学>。全メンバーに避けて通れぬテーマである。丁寧なA4×4ページのレジメと5ページ目の参考文献(著書)が16点、医学研究者・臨床医としての鋭い学問的アプローチである。

 穂坂さんは、横浜市大で医学教育の一環として<死生学>に関心を持ち、泌尿器科の専門医、医学部長等の経験を重ねて、その後は船医として多数の患者を診てきた(2017年1月6日掲載「船医、この10年」)。こうした体験にも裏打ちされた<死生学>である。

 次のように始まる。

 死を意識することが自己確信を通じて「良く生きる」ことを導く。すなわち死について学ぶことにより、同時に「生きる尊さ」が再発見される。
 死についての探求は、学問としても哲学や宗教学のみならず、生物学、医学、法学、工学の様々な分野で独自に行われきた。死生学は、これまでにない範疇で死を考察するものではない。むしろ、その範疇を取り去り、限定のない、あるがままの現実の死を考察するものである。

 ついで先行研究をたどる学説史を、研究者別・時代別に8つ掲げる。それに付した穂坂さんの説明から一部を引用しつつ紹介したい。
 (1)エリー・メチニコフ(Ilya Mechnikov)、ロシアの微生物学者、動物学者。生命科学を補完する学問としてThanatology(ギリシャ語のタナトス=死と、ロゴス=学問を結びつけた造語)を提唱、研究対象として死者のみならず、死に行く者、老い行く者の生命研究を試みる。“The Nature of Man”1903を刊行。「腸内の腐敗菌増殖が老化を促す」という仮説を立て<ヨーグルト不老長寿説>も唱えた。
 (2)ロズウェル・パーク(Roswell Park)が1912年、「Thanatologyは生の本質と原因に関する確かな考察」と定義する。
 (3)ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)。オーストリアの精神医学・精神病理学者。『戦争と死に関する時評』(1915年)、『死別悲嘆の研究』(1917年)、『幻想の未来』(1927年)、『精神分析概説』(1940年)等。
 (4)マザー・テレサ(Mather Teresa)。インドのコルコト(カルカッタ)に1952年、<死を待つ人の家>を設立した。
 (5)ソンダース(C.M.S.Saunders)。1967年、現代ホスピスの始まりとなるSt.Cristopher’s Hospiceを設立。
 (6)P・アリエス(Philippe Aries)。フランスの歴史家。『死の五つのモデル』(1977年)、成瀬駒男訳『死を前にした人間』(1990年 みすず書房)等。
 ① ギリシャ・ローマから12世紀頃までの<飼いならされた死>、②ルネサンス時代の<自分自身の死>、③その後の<遠くて近い死>、④18~19世紀の<他者の死>、<美化された死>、⑤死を医療従事者という他者に委ねた20世紀の<死のタブー化>。
 (7)キューブラ・ロス(E.Kubler-Ross)、精神科医として牧師とともに終末期患者200名以上をインタビューし、死に行く人に関わる周囲の者の取るべき態度を考察した。”On Death and Dying”1969.(鈴木晶訳『死ぬ瞬間 死とその過程について』中公文庫 2001年)を発表。
 死の5段階説=①否認、②怒り、③取引、④抑鬱、⑤受容。
 (8)フランクル(V.E.Frankl)。精神医学・心理学者でフロイトの弟子。自身もアウシュビッツに収容され、<死を意識せざるを得ない人々>を描いた『夜と霧-ドイツ強制収容所の体験記録』(1947年)を発表。

 これらのうち(6)P・アリエス『死の五つのモデル』は歴史のなかの<死の概念>や歴史のなかで変化する<死生観>を探る。5段階のうち⑤死を医療従事者という他者に委ねた20世紀の<死のタブー化>の現代においては、「死の瞬間あるいは死に行く過程の持続期間を、神や病、自然に任せるのではなく、医療が決定する義務を負う事態となった」と述べる。

 つづけて<死の定義>の変遷に触れ、「<脳死>は社会的合理性を考慮し必要性に導かれて決定された<死の定義>である。すなわち臓器移植のための新たな<死の定義>である。それゆえ今後、再生医療等の発展により脳死の考察は不要となり、<新たな死の定義>が必要となる可能性がある」と述べる。

 ついで(7)のキューブラ・ロスは、「死を語れる者は生きている人間のみである。<死に行く者><死を意識せざるを得ない者>の心理を精神医学的に語る。死に行く人がたどる<死の5段階説=①否認、②怒り、③取引、④抑鬱、⑤受容>を明らかにすることにより、周囲の者(家族や医師・看護師等)が取るべき態度を考慮した死の語りや適切なケアーが、死に行く者を成長させる」と主張する。

 5段階の最後の<受容>とは、「死が避けられないという事実を率直に受け入れる態度。絶望からの諦めではなく、為すべきことは為し終えた休息の時。…<受容>の段階で得られるものは<落ち着き><安らぎ><威厳>であり、変容した価値観による新たな生の意味である。大多数の患者はこうして恐怖や絶望のない<受容>のうちに死に至る」。

 さらにキューブラ・ロスは次のようにも言う。「自らの信仰によって救われる人は真の無神論者と同じくらい、ほとんどいなかった。何らかの信仰を持ちつつも、その信仰は葛藤や恐怖を取り除くには十分とは云えない」。これは意味深長である。

 穂坂さんが一瞬沈黙したのを見計らって、さっそくメンバーが口を開く。「世代・宗教等で死生観は異なるのではないか」。「死の恐怖は<予告死>と<突然死>とでは違うのか」。「死生学とは医学としての関心であり、個々の死生観と同じではないと理解して良いか」…「医学の進歩(ロスの言う時代の変化)で死生観は変わると思う。<再生医療>とはパーツ(部品=一部の臓器)を新しいものと交換する医療で、オランダでは90歳以上には治療しないことにしている。…自分はピンピンコロリを望んでいたが、家内の死を体験して以来、<予告死>を望むようになった」等々。

 5ページの参考文献16点のなかに異色なものが1点、梅原猛『日本人の「あの世」観』(1993年 中公文庫)である。「この本は?」と問うと、私から教えてもらったと答えた。本書は縄文時代以来の日本人に底通する死生観を描いている。簡潔に言えば<この世>と<あの世>の間の<自由往来>説で、私には強く印象に残る1冊であった。

 各人各様、通底するものはありつつ、意見・見解・感想が飛び交う。そこに小島さんが切り込んだ。「穂坂先生の講話をめぐる議論は際限がない模様なので、メールで事前にお知らせしたとおり、この間の新型コロナウィルス感染の影響やら感じ方について話してほしい。お隣の山本先生から時計まわりで…」

 山本さんは開口一番「去年の話題で取り上げた感染症が、これほど早く迫ってくるとは思わなかった」と言う。昨年夏の山本報告は「医療の近未来」。記憶では「治療中心から、治すだけでなく病を抱えて生きる辛さや痛みなどを癒し、看取りまでを地域全体で支える医療へ移行」という内容であった。

 改めて昨年の記録(本ブログ2019年7月29日掲載「医療の近未来」)を見ると、目次に次の5項目が掲げてある。(1)医療ニーズの変化、(2)診断、(3)治療、(4)疾病構造の変化、(5)最悪のパターン。この(4)には「がん、循環器疾患、感染症の制御と克服、老化の制御、認知症の回復」が並ぶ。
 
 山本さんによれば、医師は(2)と(3)の分野でのテクノロジーのメリットを活用し、その活用で得た時間を他の側面に力を注ぐべしとして、筆頭の「がん、循環器疾患」は治療法が確立したため除き、残る難題の「感染症の制御と克服、老化の制御、認知症の回復」に注力すべしと言う。

 次が私の番である。「新型コロナウィルスの感染防止の手順と方法は国により異なることを前提として、外出自粛やロックダウンと次々に手を打ってきたが、経済の回復とのバランスが大切として世界的に規制緩和の方向へ向かい始めているが、私の見るかぎり、これからの方がはるかに難しいのではないか」。
 
 「その一つが<水際対策>と呼ばれる国家間の移動の禁止、すなわち入国制限=<閉国>である。これは事実上の国交断絶に等しく、歴史用語の<鎖国>ではなく、史上初の世界規模にわたる<閉国>と呼ぶに相応しい。いま日本は世界111カ国からの入国禁止(<閉国>)を実施している。そして近い将来の入国制限緩和(<開国>)の対象国としてタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4ヵ国が挙がっているが、相手国の合意まで紆余曲折が予想される」と述べた。

 メンバーの談笑はまた拡散し、「<個人は死ぬも法人は死なず>というが、個人の死と国家・民族等の<集団の死>をどう考えるか」へ移り、はたまた世界史の教科書に引用されている<愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ>へ飛ぶ。これはドイツの宰相オットー・フォン・ビスマルク(1815年-1898年)が「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む」と述べたものを、日本人好みの格言らしく改造したものである等々。<百家争鳴>ならぬ<六家争鳴>!。
 
 3時間が瞬時に過ぎ去る。<新型コロナウィルス>に関する発言は私の番でお開きの時間となった。恒例の集合写真を撮る。<生と死>を見据えつつ、また元気で再会したい。
プロフィール

Author:加藤 祐三
日本の歴史学者

横浜 市立大学名誉教授

国指定名勝・三渓園(横浜)
園長

・前都留文科大学長
(2010~2014)

・元横浜市立大学長
(1998~2002)

主な著書
「イギリスとアジア」
         (1980年)
「黒船前後の世界」(1985年)
「東アジアの近代」(1985年)
「地球文明の場へ」(1992年)
「幕末外交と開国」(2012年)
蒋豊訳「黒船異変」(2014年)
蒋豊訳「東亜近代史」
         (2015年)

 など

専門
・近代アジア史
・文明史

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